2007.03.11
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毎週日曜更新! 「ブログ」がテーマの連続サイコドラマ

第十四話






 病院へは、面会時間の終了すれすれに滑り込んだ。一日のうちに二度扉を開いた時子に、雪絵はきょとんとした顔を向けた。

「雪絵ちゃん、ごめんね。でもどうしても聞いてみたいことがあったんだ」
「・・なあに」

 雪絵の顔からは驚きは消え、目は足元あたりの宙を見つめていた。それにしても、この子は何でこんなにはかない感じがするのだろう、と時子は思った。

「雪絵ちゃん。あなた・・」

 ここが、境目だ。時子はつばを飲み込んだ。

「あなた、本当は、彼に探し出してもらいたかったのね」

 それが、時子のたどりついた答えだった。

「・・・」



「不気味な絵も、残酷な詩も、別れた彼に見てもらいたかったのね」

 雪絵は、またこくりとうなずく。
 そうだったのだ。雪絵の、ブログを通じた奇妙な行動は、すべて彼への思いからだったのだ。時子の胸をせつなさが襲った。

「どうして・・どうして彼に直接ぶつけないの?」
「・・・」

 Moonは魂が抜けたように、宙の一点を見つめている。

「雪絵ちゃん」

 時子はMoonのベッドまで駆け寄り、手を握った。このまま彼女が消えてしまいそうな不安を感じていた。Moonは身体を固くしていた。まるで何かを守るように。
 何でこんな単純なことに気付かなかったんだろう。彼女は、彼に読んでほしかったのだ。彼に自分を探して、見つけてほしかったのだ。彼に、あの呪いがかった絵や詩を見てもらいたかったのだ。そして自分の深い愛を、彼に感じてほしかったのだ。もう叶わなくなった彼との対話を、万が一の可能性にすがるような気持ちで、ブログに託していたのだ。

「どうしてなの? ねえ。雪絵ちゃん」

 震えるような小さな声で、尋ねるのがやっとだった。時子は彼女に質問することを、とても酷に感じた。でも知りたかった。雪絵の声で、教えてほしかった。


「・・ん?」
「あたし、分かってるの。・・もうダメだってこと」

 雪絵の目から大粒の涙がこぼれ、シーツがポトッと音を立てた。

「私のことを捨てた彼を許せない。でも、それ以上に大好きなの。好きで好きで、どうしようもないの」

 雪絵は、もうシーツに顔をうずめていた。時子は、なすすべもなかった。ただ、雪絵の声を、一言ももらさず聞きとることに全神経を集中させた。



 時子はうなずいた。

「でも、現実は全然違うの。それが分からなくって、苦しいの。ずっと考えてたら、心がぐちゃぐちゃになっちゃったの」

 時子は、何もいえなかった。心が壊れるくらいに一人を思い続けている人に、かけてあげる言葉は見つからなかった。出口がないことは彼女が一番よく知っている。時子は、雪絵の手を握る手に力をこめると、眼に涙が浮かんできた。
 ふと星野の顔がよぎった。「あの人、何て言ってたかな・・」。「つらい時はコーヒーを飲めってことだったかな・・」。やはりトラップが邪魔して、星野の言葉は時子の記憶に残っていなかった。
時子は、雪絵の手をほどき、雪絵を強く抱きしめた。
 病室の窓に、薄い月が浮かんでいた。

(続く)

【この小説はフィクションです】





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Last updated  2007.03.11 08:13:36
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