日常・・・

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第2章 【HG Lウイルス】





「この事件の主犯ウイルス名はなんだっけ?」
グリーがベッドに横たわりながら口にする。
隣のベッドで眠っていたアポーが思い出しながら答えを出した。
「確かLウイルスだと思ったんだが・・・ちょっとデータパックで調べるか」
ベッドから飛び降り、傍らにある薄いPCの電源を入れ、乾電池のようなものを取り出した。
それをPCに接続すると画面が切り替わり、「ウイルス事件」と見出しの書かれた画面が出た。
アポーがすばやくキーボードを連打すると、画面がどんどん切り替わっていく。
「出たぞ・・・歴史年表がな」
グリーもアポーの横に来て、一緒に画面を覗き込んだ。
まず「2004年」の項目をクリックする。
「何々・・・記録上初めてのリッカー事件発生・・・島での事件で死亡者7人・・・」
「そんなものか・・・結構もっと死んでいると思ったのにな」
アポーが解説グリーが一言感想を延べる。
「2006年が・・・これがはじめて退治に向かったやつだな。これも結構裏があると聞いたことが・・・
生存者リスト・・・これか、カルロス・ジノフィフ・・・ロスソンのじーさんは」
名前だけ記されてあるところにアポーが指をやる。
「カルロスって名前かっこいいな」
「そこに食いついたか」
突然グリーが珍しいことを言うので、アポーは半分呆れた。
グリーは一瞬で画面に顔を戻した。
「で、ウイルスの名前?」
「ちゃんと出てるぞ。正式名称はSSウイルス、一般ではLウイルスで通っている」
アポーは画面を見ながら解説をする。
ふと、画面に釘付けになる。
「もう1パターンあるみたいだぞ。Uウイルスという同型のウイルスがな」
グリーは、アポーが言い放った聞いた事の無いウイルスの名前を聞いて唖然とした。
「まさか・・・危険じゃないだろう?・・・」
「だから、同型といったろ。危険に決まってる」
アポーはさらにそのウイルスをピックアップした。
いろいろな情報が出てくるが、その中で一応情報を絞りきった。
「え~と・・・両方とも主製作者はビッグス・アローンという男だ。Uウイルスは現在、感染の可能性は無いか・・・
しかしな・・・結構関連してくるものだ。色々と関係があるようだしな」
アポーは独り言のように呟いて、横にいるグリーに向き直った。
しかし・・・グリーがいない。
「あら?」
疑問に思ったがベッドに目をやると答えが出た。
「寝るなよ・・・」
ベッドにはすやすやと眠るグリーの姿があった。
ウイルスの名前さえ分かればよかったようだ。




―アラスカ州 北部―


「博士、感染レベルが極限に達しました」
「よし、最高の状態だな。もうすぐ世界は我々の手に落ちるだろう」
博士と呼ばれた男はそう述べると、一握りの容器を見た。
「これを今から売りさばけば、ものすごい資金になるな」
容器に入った黄に近い液体を見つめる。

ほとんど白で埋め尽くされた部屋では、白衣を着た人間達が慌しく動き回っていた。
PC、モニター、テーブル、壁、床、器材、そして白衣とやはり真っ白である。
モニターに映る動画ほどしか、白ではないものが無い。
先ほどの「博士」は、ガラス張りの自動ドアから隣の部屋に移った。
先ほどの部屋が実験室のようで、こちら側では実験の様子を見ながら食事ができたりもする。
実際、そんなことをする者はいないのだが「博士」だけは違った。
早速コーヒーを作って、椅子に腰かけすすり始めた。
そして胸についている小型マイクに向かって話し出した。
「ジョーンズ、人体実験の準備は進んでいるか?」
しばらくして、そのマイクから声が聞こえた。
『実験の準備は完了。隔離した9人の精神レベルは限界だ。早いところ実験に踏み切ろう』
相手の男は苛立っていた・・・と感じ取れる。
こちら側はいたって冷静に返した。
「よし、俺が今からそっちに行く。ジョーンズ、お前はそこにいるんだぞ」
そういって電源を切った。
「博士」はコーヒーをそそくさとすすり、このコーヒールームを後にした。



「いつになったら出すんだ!」
ベッドが9個並び、TVとテーブル、椅子だけがある小さな部屋で、一人の男が叫んだ。
「ダラック、静かにしろ。叫んだって聞こえやしないぞ」
髪の毛を立てて、若干筋肉質な体系の男が叫んだダラックという男をなだめた。
ダラックは不満そうな表情でその男に振り向く。
「ジョン、お前はここで10日間放置されているんだぞ。イライラするだろ」
ジョンとは先ほどの若干筋肉質の男である。
そのジョンが寝転がりながら答える。
「食事も出るし、トランプもある。全然暇じゃないぞ」
ジョンは手際よく他の仲間達にカードを配っていく。
ダラックはその場に座り込んだ。
「何があろうと俺は限界だぜ。こんなところにいるのはもう嫌だ」
「大丈夫よ」
突然ダラックの後ろから、美しい女性の声が聞こえた。
普通なら振り向くところだが、ダラックは見向きもしない。
「ふん、エレナはジョンとくっついていろ。俺に構うな」
エレナと呼ばれた部屋で唯一の女性は怒ったような顔を見せ、ジョンのもとへ向かった。
「ダラックはもうダメね」
「大丈夫だ。一晩寝れば直るだろう」


・・・そんな様子を「博士」は見ていた。
監視員が監視モニターで24時間監視している。
「確かに・・・1人は重症なようだな」
「一人だけだが・・・これ以上はまずいぞ」
その博士より一回り年配の男が忠告を兼ねて言い放った。
「博士」はゆっくりと考えているようだ。
「よし・・・「HG Lウイルス」で実験を開始だ!!」


「出せー!出せってば!!」
「うるさいぞ、ダラック。ジョンの言うとおり、聞こえはしない」
再び叫び始めたダラックに黒人の男が苛立って告げた。
ダラックはその場に座り込んだ・・・そして寝転んだ。
うつぶせに寝転ぶものなのでジョンはいっそ踏み潰してやりたいと思ったほど・・・だった。
するとダラックの顔の前の厚い鉄の扉が開いた。
ダラックは急いで飛び起きると、入ってきた白衣の男達の前に立った。
「ついに出すのか!?」
期待半分、不安半分にダラックは尋ねた。
冷たい目で見張っていたジョンも、内心は喜びにあふれていた。
しかし白衣の男達の言葉は期待を裏切る・・・といってもいいものだった。
「これから我々が案内する」
「は?」
ダラックは男達の目の前で思い切りそう言ってしまった。
そして白衣の男達はダラックの後ろに回りこむと、腕を強引に合わせて手錠をかけた。
そして倒れこむダラックを見て、ジョンは一瞬後ずさった。
そして感じた。
「何かを企んでいるな・・・」
まずジョンの後ろにいた若い男2人が反撃に出たが、電流が流れている警棒で殴られ、
一瞬で気絶した。ダラックにしびれをきらしたあの黒人はその警棒を奪って、別の男達とチャンバラを
はじめている。その間に3人が素直に手錠をかけられにいった。
エレナもその中の一人であった。
ジョンとあともう一人が残されていたがその一人もすんなりと手錠をかけられた。
最後の抵抗を試みようとジョンは椅子を片手に白衣の男めがけて突進した。
しかし、それも電流にはかなわなかった。
腹を殴られて、思い切りその場に突っ伏した。
気を失う寸前、あの黒人も同じ状態であることを確認していた。




―――――ウイルスを注入せよ――

―――限度を超えました―――――

―変異をしたか確かめろ―――――

――変異確認!!隔離する!!――

――ダメだ!地表に放出だ!――――

―――変異しなかった人間はどうします?―

―さらに隔離を続けろ・・・――――




どれだけの時が経ったのだろう・・・
エレナは頭痛が響く中目を覚ました。
場所は・・・どうやらしばらく前に隔離されていた場所と同じ部屋のようだ。
頭痛が酷い。明らかに体がおかしかった。
体を起こすとジョンとダラックが話し合っているのが分かった。
「おはよう・・・」
エレナは陽気に話しかけようとした。
しかし、雰囲気が雰囲気だけに言葉が通らない。
「ああ、おはよう」
ジョンがいつもどおりに返答をする。
するとエレナに近づいてきた。
「エレナ・・・お前、何か体に変化は無いか・・・?」
ジョンは真剣に眼を見て問い詰める。
白い布に包まれている自分の体を見渡しながらエレナは考えた。
「特に変化は無いみたいだけど・・・それがどうかしたの?」
するとジョンは手をかざした。
エレナにはそれが何か分からなかったのだが、ダラックに言われて気付いた。
「後ろを向くんだ」
振り返ったエレナの目に飛び込んできたのは・・・
浮かんでいる椅子・・・?
エレナは何回か瞬きをして確かめて、思い出したかのようにジョンを見た。
見るとジョンが椅子を持ち上げている。
・・・いや、浮かばせているという表現か・・・
まるで超能力を使っているようだ。
ジョンが力を抜くと椅子は連動しているかのように落下した。
「まさか!?・・・」
エレナは疑ったが、疑いようが無かった。
事実だからだ。
「そんな・・・ジョン・・・まさか・・・」
「そうだ」
ジョンは頷いて見せた。
「事実は覆せないな」
笑いながらダラックを見ると、ダラックは立ち上がって話し出した。
「コイツ、目を覚ましてすぐにこの超能力に気付いたんだ。ちなみにこの中でこの技を使えるのはジョンだけ」
エレナはジョンを見るとやはり少し笑っていた。
「ジョンは・・・俺らにはもてない力を持ってしまったようだ」
「だが一つ!」
突然ジョンが険しい顔になって口を挟んだ。
「何でこの力を持ったかだ・・・」
すると今まで盛り上がっていた雰囲気も、一気に沈んだ。
あの黒人は未だ眠っているようだ。
ジョンはその黒人を自然と見て、小さな声で話し出した。
「確認しろエレナ。眠っちまう前は9人部屋にいたのに今じゃ・・・5人だ」
ジョンはエレナ、ダラック、眠っている黒人、そして隅でうつむく白人を順に見た。
「あとの4人はどこに消えたかだ・・・」
「帰ったんじゃないかしら・・・」
「そうだといいんだが・・・」
ジョンがうつむくとあの黒人が目を覚ました。
ダラックが駆け寄る。
うつむきながら立ち上がる黒人の男を見て、エレナは自身の頭痛を思い出した。
この頭痛の原因ももしかしたら、ただの目覚めの頭痛とは違うかもしれない。
ジョンは何故かあれほどの超能力を使えているが、もしかしたら自分も・・・
なんて考えたりもした。




「死の便は間もなく発進いたしま~す」
今にも飛び立ちそうなヘリの前で短い髪の毛を立てた男が言っている。
その男は小さく笑いながらヘリに乗り込んだ。
「おい、この死の便はいつ飛び立つんだ?予定より10分はオーバーしてるぜ」
隣に腰かけていたハンディース少佐にその男は嫌味っぽく尋ねた。
「うるさい。またあの2人だ。グリーとアポー。あいつらが来るまで待ってろ、ラリー」
ラリーと呼ばれた先ほどの男は首を横に振り、うんざりしたような顔でうつむいた。
既にチームのほとんどが集まっているが、未だグリーとアポーの姿は見えない。
「やっぱり一旦作戦室に集まってからのほうは良かったんだろうな」
ロスソンが誰とも無くつぶやいたが、ハンディースはしっかりその言葉を捉えた。
(下っ端がなにを言うんだ・・・)
ハンディースの心の中はこんな感じであった。
ヘリの前方、コックピット側は後ろの兵士達のスペースとは一枚の扉で仕切ってある。
したがって、静かに作戦を立てるときは会話が筒抜けになる。
操縦を担当する2人のパイロットは容姿を見ただけでまったく別のタイプと分かる。
まず年齢が違いすぎていた。
片方は20代後半という感じで、もう1人はどう見ても定年間近である。
「アンソニー、エンジンの最終チェックを頼む」
年配のパイロットが若いアンソニーというパイロットに声をかけた。
「はいはい、もう3回目ですよ。もうさすがにやりすぎだと・・・」
アンソニーはそこまで愚痴ったところで、相手の鋭い眼差しに気付いた。
「トミー・・・お前さん心配性すぎるぞ」
トミーと呼ばれた年配のパイロットは何か呟き始めた。
「あのな、俺はお前より何百倍も飛んでいる。パイロットになりたてのお前がそんなこと言うな」
「はいはい熟練さん」
アンソニーは軽く流した。
まともに返すとそれこそ話が長くなる。
そしてアンソニーはトミーにそっぽを向く感じで座り込んだ。
トミーもアンソニーを見ずにヘルメットを被りなおした。
この2人、何かといがみ合いも多いが2人とも信頼しあっている。
スコット・アンティリーズ前最高司令官には「昔の俺とネイオみたいだ」とまで言われたほどである。
まあアンソニーにはその言葉は単なる褒め言葉としか捉えてはいないのだが。
「おい、出発準備OKだ!」
突然後方から声が聞こえた。
どうやら全員揃ったようだ。
トミーはアンソニーと顔を見合わせた。
そして右腕を差し出す。
アンソニーも同じく右腕を出した。
「安全飛行でな」
トミーが言うと、2人の右腕はぶつかり合い、互いの信頼性を確認しあった。




「変異した4人は今何処か分かるか?」
先ほどの博士がモニターを見ている部下に尋ねる。
「アラスカ内を動き回っていることだけは確かです・・・」
「アローン博士」
突然、先ほどの一回り年配の男が尋ねてきた。
「あと5日変異しなかった者たちを隔離するが、それまでに効果が無いとなると・・・
何か体で異変があったとしか思わない。ウイルスはたまに体に順応してしまう場合がある」
「それはどういうことだ?」
30半ばあたりのアローン博士―あのアローンの孫で冒頭の人物の息子―は上司に尋ねる部下の如く尋ね返した。
もっとも、地位はその逆ではあるが。
「ああ、あのHG Lウイルスは・・・Lウイルスを強化させて造ったものだ・・・もともとあのウイルスも、
稀な場合ではあるが感染者の体に対しプラスに働くことがある。普通、このウイルスは
正常な細胞を侵食させリッカーへと変異させる。しかし、悪い細胞のみを破滅させたら?
不安定なこのウイルスは正常な細胞のみ侵食し、悪影響のある細胞を侵食すると・・・。
中和してしまうんだ。だからその細胞と共にウイルスが消え、正常な細胞が残る・・・つまり
健康にする働きもある。もしかしたら、何かしらの異常でその働きを持ってしまったのかもしれない・・・」
「親父たちの報告書には書いてなかったぞ」
アローンは反論した。
「それは知らん。マイナスのことだから消したのかもしれない・・・その記録を。
そして・・・最強生物を作るために最も避けておかなければならないこと・・・」
「細胞レベルでウイルスを取り込む・・・だろ?」
アローンは強気に答えた。
「それくらいは知っているさ。ウイルスを自分の細胞に取り入れる・・・そして大きな変異も無く、
リッカーやらの力を手に入れることが出来る・・・でもこれは滅多に起こらないことだろ」
アローンはそう得意げに言う。
しかし、年配の男は違った。
「その稀が起きる可能性があるから忠告しているんだ」


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