2003/02/23
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 久し振りの見沢知廉。「読みにくい」という評判しか聞いたことのないこの本も、埴谷雄高を読んだ後はサラサラ読める。純文学風味といっても一度書いた文章に出てくる単語を暗く重そうな物に書き換えただけのような、作為の跡の見える、自然ではない文章。「天皇ごっこ」の方が勿論数倍面白いが、それでもそれなりに充分楽しめた。
 作中に出てくるSは見沢知廉本人ではない。Sは神社に爆弾を仕掛け警官を殺して捕まっているが、見沢知廉はイギリス大使館に火炎瓶を投げたりスパイを粛清したから捕まった。Sは小説を書く手段を取り上げられて発狂するが、見沢知廉は獄中から出す手紙に様々な手段で小説を書き、母に送り、新人賞をとった(「母と息子の囚人狂時代」に詳しい)。その思想に共感することはなかったし犯罪には嫌悪感を感じるが、「天皇ごっこ」はとても面白かった。今回は常日頃私が思っていることと似たようなことが書いてあるのも見つけた。これまでの作品にも書いてあったか知れないが、昔のことで忘れた。
 新聞が配達されなかった時、「たまには配達員が忘れることもあるだろう」と最初はのんきに構えてるが、すぐに、新聞を読めない今の状況はこちらに何か過失があって出来上がったものではない、こちらに何の落ち度もない、と、さほど熱心に新聞を読むわけでもないのに腹が立ってきて受話器を取り、やがて謝罪の言葉とともに年輩の人が新聞を届けに来ることになる。
 ある犯罪に巻き込まれた時──たとえば神社に爆弾が仕掛けられていて、爆発時たまたま近くに居て、指を二本吹き飛ばされた。犯人は逮捕されて刑に服しているが、失われた指は戻らない。被害者がギターを弾くことを趣味としていたら、プロでもなく、ただ時々触るだけだが、習慣的にやっていたことで、一種の精神安定剤の役目を果たしていたとしたら。指を失ったことで起こる日常の様々な不便はそれぞれの物を恨んで事足りることもある。ギターは指が二本無くても弾けないことはない。しかし弾きにくい。弾きにくくなった理由は自分で作り出したわけではない。そこで恨みは犯人へと向かう。しかし犯人は刑務所の中で規則と所員に縛られて苦しめられて、労役と苦痛と反省の日々を送っていたとしても、それで指が戻ってくるわけではない。宙ぶらりんになった恨みが床に溜まり続ける。被害者に襲ってきた「罪」と、犯人が受ける「罰」には遠い隔たりがある。そこに許しはない。年月の経過で、薄れる記憶と感情を許しと誤解してしまうだけだ。ギターを手を取るたびに、指を失った被害者はやり場のない苛立ちを感じるが、新聞を持ってこさせて済むわけではない。


「いいか、小説なんてのはな、昔からまっとうな奴のやることじゃねえ。更正の手段とは認められない。あれは一つの病気だ。懲役の本旨はな、仕事と反省、それだけだ。それ以外は考えるな。有難く思えよ。俺達はな、おめえをな、考える苦しみから救ってやるんだ。考えちゃあ、人間は素直にも幸せにもなれねえ。人間は考えちゃあいけねえんだ・・・・・。半端な締めつけや自由なんてものはやる方も、やられる方も不幸なんだ。S、喜べ、ノート没収だ。もう考えないで済む。仕事だけに専念しろ」


 網走刑務所の前を通ったことがある。赤レンガの向こうにも外にも高倉健や田中邦衛の姿は見えなかった。近くの寺の門は、昔の網走刑務所の正門を移したものと聞いた。住職と刑務所との交流を聞いても、いい話のようにそうなった経過を聞いても、風景としては狂っているようにしか見えなかった。

見沢知廉「調律の帝国」(新潮文庫)





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Last updated  2003/02/24 03:27:31 AM
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