2004/12/25
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カテゴリ: 国内小説感想
 著者謹呈のシールが見返しに貼ってあった。売ったのは誰だろう。長年作家活動していようと、日野啓三の本はあまり売れてなかったというのに、送った人にも売られて。時とともに忘れられて。文学賞選考委員としてばかり名が売れて。やがて亡くなって。生きている間は一度も読もうと思わなかった作家なのだけれど、読むたびに好感度は上がっていく。


 きょうも夢みる者たちは死んでゆく
 向こう側に何があるかを見ようとして(U2「ヨシュア・トゥリー」)


 U2の歌詞の引用から始まる、東京幻視譚二編。
『ランナーズ・ハイ』夜、皇居の周りを一緒に走りながら、お互いのことには触れずない人たち。ランニング中の恍惚感の中でそれぞれ自分の中に沈み込み、いつもと僅かに違う顔を見せる皇居とその周辺に狂気を呼び覚まされ、破滅的な結末に向かっていく話。


 多分、狭い歩道を、ガードレールを、両側の低い木立を、前方の内堀通りとの交差点の信号灯を、おれが見ているのではなくて、見えているだけなんだ。同じように自分の足音、内堀通りを走り過ぎてゆく車のひびき、夜の彼方でかすかに鳴っている夜の都市のざわめきも、おれが聞いているのではなく、ただ聞こえているだけなのだ。
 道が見える、おれが見なくても。
 音が聞こえる、聞いているおれがいなくても。
 何てことだ。おれが走るのではなくて、いろんなものが一緒になって、おれを走らせる。
(事実そうじゃないか。誰かから誘われたのでも、とくに決心したのでもないのに、いつのまにかおまえは毎夜のように走っている、こんなところを)

『ランナーズ・ハイ』より


 東京の真ん中にドサリと居座る皇居とその周辺の森という、自然風の異物。それに影響されたなら、走っている最中に取り込まれたなら、狂うのもやむなし、と思えてくる。昔校庭を、あるいは校舎の周りを、延々と走っていた時のことを、思い出してみるも、真剣に、狂うほど走っていた時期はなかったようで、「狂えない人は狂ってしまった人より不幸だ」などと箴言めいたことを思ったが、別にそちらに踏み込む気はないのだ。
『光る荒地』東京から少し離れた郊外の家で、痩せ衰え続けていく女と、中古車屋で臨時雇いとして働く流れ者の奇妙な生活。35kgからやがて30kgへ。生き続けているのも不思議な女は現実と幻想の間の世界に入り込み、自分の分身のような女、美化された廃工場に出会い、やがて死ぬ。


 シマウマのあの模様は、白地に黒の縞が入っているのか、黒地に白が縞になっているのか、という子供のころのナゾナゾを思い出した。いおも男はその答を知らない。
 この部屋も暗いはずのところに光が縞になって射しこんでいるのか、明るい部屋に斜めに歪んだ影が入りこんでいるのか、わからなくなりかける。

『光る耕地』より


 昭和六十三年という、時代のせいもあったろうが、日野啓三の書く荒地と東京がどこか大友克洋の描くそれに似て見える。あるいは反対か。『光る荒地』の最後、女がここは日本の地下にある街だと気付くのも、妄想というわけではないようにも思えてくる。やはりどこまでも青臭い、


新潮社 1988年





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Last updated  2004/12/26 02:31:09 AM
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