2005/03/13
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カテゴリ: 国内小説感想
 2004年に書き下ろしで出た本。8月に初版、10月で二刷。売れないジャンルの、決して一般受けがいいとは思えない作者なのに、固定購買層が多くついているらしい。近頃では小説以外の著書も多いみたいだし(そっちはあまり興味がない)。
 自分を救いようのないものと決めて自殺した、飛鳥という女性の死から三年後、彼女に関わってきた人たちの紡ぐ、それぞれの物語。弟も母も、弟の恋人も、飛鳥の友人やストーカーも、離れていた父も、命日の前日(実際に飛鳥が首を吊った日)に、それぞれの飛鳥の像を心の中で結び、悩む。飛鳥が落としたたましい(まぶい)が彼らに干渉する。弟とその恋人は飛鳥のたましいと自分たちのたましいを取り戻すために、沖縄へ行く。母は煩悶する。父は後悔する。ストーカーは殴られ、友人は捕まる。それぞれに救済が用意されてはいるが、死んでしまった者は戻らない。
 輪廻を科学的に説明しようとするところなど、相変わらず面白いが、たましい(まぶい)の話には素直に頷けない。霊的なことが書かれているのが嫌ということではない。宗教的(仏教)なところ? 玄侑宗久を自分から読んでおいてそんなこと言うのも変か。死後の飛鳥のたましいがどれだけ救われようと、生前の苦しみ抜いた人生は変わらない。そこに異和感を覚えるのか。軽々しく「わかった」「救われた」という思いはない。
 離婚して今は富士山の麓に、かつての妻と正反対の女性と住んでいる飛鳥の父親の章が妙に心に刺さる。




 政恵と別れ、こちらに引っ越して農業を始めた今でこそ、山のピンクや茶色や黒の新芽がやがて緑色に変化するさまが言いようもなく美しいと思う。しかしあの頃は、明らかに「きれい」など解ってはいなかった。移りゆく自然から収穫だけを望むように、家族とはそれまでの人生の果実だと思い込んでいた。そんな誤解のとばっちりを、最も強く受けたのが飛鳥ではなかっただろうか。

 政恵とのあいだには、いつしか戦うようなパターンができていたのかもしれない。音響設備でも車でも台所用品でも、なんでも買うまえには資料を取り寄せて二人で議論した。それが民主的だし最良の価値を選びとれる方法だと思いこんでいた。割引の多い自社製の車以外の車を選ぶ自分は、なんて偏見がないのだろうと誇らしく思ったものだった。しかし価値とは、おそらくそんなものではないのだ。自然を相手にする今の生活だとそれがよくわかる。
 そんな二人の雰囲気のなかで、幼かった飛鳥は議論を平静に聞いていることはできなかっただろう。いや、実際それは議論というよりも感情的な遣り取りになることが多かった。昼ならば飛鳥もそれを避け、幸司と一緒に表で遊んだりもできたけれど、議論になるのは大抵夜だったから、ときに司郎は子供を側に坐らせたまま夕食後に政恵とやり合うこともあった。
 最高の選択をするための議論という司郎の理屈は、結局はj自分の考えを正しいものとして押しつけるための、民主的に見える手続きにすぎなかったのだと今は思う。ここに移り住み、農業しながら家のあちこちを作り続ける日々を送っていると、最高の価値なんて変化し続けるのだと実感してくる。自分で引いた図面で作った家でも、オンドルばかりか屋根も物置も失敗して造り直した。




 そうしてこれから車谷長吉に入る。


新潮社  2004年





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Last updated  2005/03/14 02:16:43 AM
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