第九章~Voyage3



 4月17日深夜、シジムの村に程近い「朝焼けの丘」に立ち、北西の夜空を見上げるミュカレ翁の姿がありました。

ミュカレ:フン!シリュー(※1)のヤツめが出おったか・・・。火元はルー
     テシアか・・・、それとも・・・。

 そして王府の天文台ではシグルが、私宅のバルコニーではテオが、ミュカレと同じ方向の夜空を見つめていました。

シグル・テオ:・・・あれは!?(-""-;)

 その頃、自宅の自室ではダルヒムが・・・、

ダルヒム:何だろう、妙な胸騒ぎがするな~・・・。

 その頃、ピロテーサの家の屋根の上ではラーズが寝そべりながらぼんやりと夜空を眺めて涼んでいました。その目が北西の方角に吸い寄せられる様に向いたかと思うと、ラーズは「むくり」と身を起こしました。

 そして城郭の外の新市街、通称ドブ板横丁の水茶屋の2階でやはり北西の夜空を見上げ、何かに祈りを捧げる何ともいわくありげな女性の姿がありました。

女性:御神祖様、どうか我が愛しきユウサリーを、ティピカを・・・、オオカ
   ミ星の禍からお守り下さい」

===================================

 19日早朝、ラーズがシグルの執務室を尋ねて来ました。

ラーズ:ユートム遺跡管理事務所就任が内定しました。通例では着任まで3週
    間程お休みが頂けるはずです。ルーテシアまでは船と陸路で往復2週
    間・・・、時間の余裕はあります。是非、旅のお供に加えて下さい。
    御願いします!

 シグルは困惑した様な顔で、

シグル:今回は少し込み入った事情を抱えていてね…、ルーテシア海にも再び
    海賊が出る様になったというし、親書を渡して「はいさようなら」と
    いう旅じゃないんだ。3週間で帰って来れる保証なんてないんだよ。

 と答えました。

ラーズ:危険な行程は避けるって言ってましたよね?安全な道を選んで行くっ
    て、言ってましたよね?

シグル:ああ、出来るだけ安全な航路を選んで行くつもりだ。でも君を同行さ
    せる訳には行かない。初任地に遅参はまずいだろう?

ラーズ:( - ""-)じぃ~っ・・・。

シグル:(〇o〇;)な・・・何だ!?

ラーズ:・・・っていうか、ホントはシリューの星が出てるからじゃないんで
    すか?・・・ここ2日ばかり北西の空にかかってますよね。

シグル:(〇o〇;)!!!!???

 シグルは正直驚いていました。天眼(※2)を得たシグルでさえ、シリューの星が見えたのは一昨日の夜のことだったからです。天眼を得ていないはずのラーズになぜこの時期に見えたのか・・・?

シグル:そうじゃない。君は観星官じゃないだろう?これは国王からの親書を
    奉戴する国務なんだ。・・・それにとってもデリケートな届け物があ
    って・・・。

ラーズ:僕だってイエルカの国士です。お役に立ちたいんです。

ケット:なあ若先生、話中に悪いんだけどよ・・・、お前さんがいなくなると
    おババが寂しいんだってよ。・・・年寄り悲しませちゃいけねえよ。
    な?

シグル:(@_@;)!?

ラーズ:おババって…。義母さんのことか!?

ケット:さあね~。おうちに帰って聞いてみな。

ラーズ:そんなバカな!!

 ラーズは猛烈な勢いで執務室を飛び出して行きました。こういう時のラーズの脚力は犬の全速力より早いのです。

シグル:意外だな。ケット、君はピロテーサと顔見知りだったのか?

ケット:いいや、顔を知ってるだけで話したことはないね。

シグル:しかし君は今・・・。

ケット:先生よぉ、あの若先生を行かせたくねえんだろ?だからさ・・・。
    あの御婦人は昔、可愛い一人息子を亡くしてるし、あの坊やはその事
    情を知ってる・・・。巡りの良さそうな坊やだ。あの御婦人があんた
    に「いなくなったら寂しい」って漏らしても不思議はないって思うか
    な~って踏んだんだ・・・。な?ドンピシャだったろ?

シグル:しかし・・・、ピロテーサが傷付くことになりはしないか?

ケット:あの坊やのことだから、いきなり「コラ!このくそババア!」なんて
    ことははねえだろ・・・。さて、一時の時間稼ぎにはなるだろうがす
    ぐに勘づかれちまうだろうからな・・・。今の内に行こうぜ。

シグルはケットに促され、王宮の東門に向かいました。

===================================

 ラーズは自宅に駆け込むと・・・、

ラーズ:母さん!ねえ母さんてば!

ピロテーサ:いきなり何だろうねこの子は、騒々しい・・・。仕度なら出来てるよ。

ラーズ:仕度・・・? (@_@;)

ピロテーサ:シグル導師と行くんだろ?アヤ様のお嫁入りのお供だなんて・・・、
    そんな人が2人もウチから出るなんてねえ・・・、こんな光栄なこと
    はないよ。しっかり頑張るんだよ!

ラーズ:はぁ・・・??(・_。)?(。_・)? だって母さん僕がいなくなったら寂
    しいって言ったんじゃないの?

ピロテーサ:そりゃ可愛い我が子が半月以上も家を空けるんだから寂しいさ。でも
    ね、まだ内緒なんだけどね、ウチにも凄いお客様がいらっしゃるのよ。
    私も忙しくなるよ~。だから寂しいなんて言ってる暇なんかないわよ。

ラーズ:・・・(O.O;)

ピロテーサ:どうしたの?

ラーズ:くっそ~~~!ケットのヤツ~~~!!・・・、よくも騙したな~~
    ~!!(▼▼メ) 芋の芽喰わして下痢させてやるからな~~~~!!

 ラーズは頭から湯気を噴きだして砂塵を巻き上げながら犬よりも早く走ってシグルの執務室に逆戻りして行きました。

ピロテーサ:何なんだいあの子は・・・?(¨;)

 その頃、王府東門では・・・、

ケット:おおう!(ゾクゾクっ! (*_*;))

シグル:どうした?

ケット:いや、ちょっと悪寒が・・・。

===================================

ここで閑話休題、

※ 1、シリューとは麦の穂のことで、シリューの星とは今で言う彗星のこと
   です。彗星を日本人が「ほうき星」という感覚と同様に、この地方の人
   は麦の穂の形の星と思った訳です。
    彗星が現れた年はたびたび凶作となり、飢饉の国が豊かな国に攻め入
   ったりして戦争が起きるのです。そして禍はこの星が現れた方角からや
   って来る・・・とも言われていました。 
    シグル達が向かうルーテシアは、まさに彗星の現れた方角にあるので
   す。ラーズはそれが心配でついて行こうというのです。

※ 2、天眼とは第4の目を開眼した者という意味です。
   修練を積んだ修道士やセージは第3の目と言われる眉間の第6チャクラ
   を意識的に使えるようになります。そのため肉眼では見えないものを感
   覚的に「なんとなく」捉えることが出来るようになり、オーラを具現化
   できるようになります。   
    サリエスはさらに頭頂の第7チャクラを意識的に使うことが出来るよ
   うになります。
    基礎的な能力ではセージは既にサリエスと同等の力を持っていますが、
   その両者を隔てる唯一の差がこの「天眼」です。サリエスはこの「天眼」 
   によって、セージが「なんとなく」感じている事象を視覚、聴覚等の五
   感による感覚の様に捉えることができる様になり、独自の能力に目覚め
   るのです。

===================================

 王府の東門では、先ほど謁見の間で王に別れを告げてきたアヤと、身重の体で義姉を見送ろうと東門で待ち続けていた義妹のアスタリテが名残を惜しんでいました。そこに長女のラニーニアの姿はありませんでした。

アスタリテ:姉上・・・、息災をお祈りしています。どうかお元気で・・・(・_・、)

アヤ:お父様やお姉様のこと、宜しく御願いします。それと、丈夫な赤ちゃん
   を生んでね・・・それと・・・旦那様と仲良くね。

アスタリテ:どうしていつも姉上ばかりがこんな・・・A>_<。)

アヤ:泣かないで。私は大丈夫だから。・・・向こうに着いたら手紙書くわね。
   (・_・、)

 アスタリテや見送りの者に「皆もどうかお元気で・・・」そう言ってアヤは2頭立ての五色大牛が曳く牛車に乗り込んで行きました。

 宮中の侍従や女官達は皆心優しいアヤを慕っておりましたので、アヤの身を案じての涙なのでしょう。お嫁入りだというのに周囲からはすすり泣く声が聞こえています。
 アスタリテは涙を堪えるように少し上を見上げてからシグルの方に向き直ると、

アスタリテ:本当はヨアヒム様のお役目だったのに・・・、でも、我が身を捨てて
   人様に尽くす・・・、そんなあなたを誇りに思います。どうか御無事
   でお戻りになることをニンファの星に祈りながらお待ちしています。

シグル:ああ、1月はかからないと思うが・・・それから、これを私だと思っ
    て持っていてくれ。・・・じゃあ行ってくるよ。

 シグルはガラス細工の首飾りを自分の首から外すとアスタリテに手渡し、愛馬スレイブニルに跨りました。

 王家の花嫁行列というにはややこぢんまりとした隊列はマグオーリに向け、出発しました。アスタリテは第2市街の東門まで見送り来ていましたが、一行が砂丘の彼方に消えるまで手を振り続けていました。

 そしてこの姿こそ、シグルが最後に見たアスタリテの姿でした。

===================================

 ラーズがシグルの執務室に着いたとき、そこは既に蛻(もぬけ)のカラでした。置いてけぼりを喰ったラーズが立ちつくしていると、階下から上がってきたテオに呼び止められました。そして天文台下層のテオの執務室で・・・、

テオ:君のユートム着任は5月12日に決まったよ。今日を含めてあと22
   日(※3)あるから準備に充てるといいよ。ゆっくりしていてもいい
   し・・・。

ラーズ:先生、あの~・・・。

テオ:なんだい?

ラーズ:あっ、いえ・・・シグル先生から初任地への遅参は御法度だから国外
    に出るなって言われたんですけど・・・、実際のところどうなんでし
    ょう?

テオ:確かに遅参はマズいよね。でも、ユートム着任に支障がない距離で治安
   のいい国に旅行するなら問題ないんじゃない。でも遠くて東ならエルモ、
   西ならアプラサスくらいかなぁ?

ラーズ:・・・そうですか。

テオ:エルモはもう春の花は終わりかけ、夏の花ももうちょいだからね・・・。
   今ならアプラサスがお薦めだよ。百花繚乱て感じで花が咲き乱れてる時
   期だからね。
    今日の昼にマグオーリからアプラサス経由ルーテシア行きの大型構造
   帆船が出るらしいからロンガーと一緒に行けるんじゃないのかな?

 テオはそう言とニヤッと笑いました。

ラーズ:アプラサスっていうと・・・そうか・・・、先生!ありがとうござい
    ました!!

テオ:いえ、どういたしまして。(^^)偶然、その船にシグル先生が乗って
   たとか、うっかり船を乗り過ごしてルーテシアに着いちゃった、なんて
   ことがないとはいえない・・・って、いねえよ。(^^ゞ

 テオが言い終わる前に、既にラーズの姿はありませんでした。

===================================

※3、イエルカの1ヶ月は28日で、各月を黄道13宮に準えるので13ヶ月
   で1年です。


つづく



© Rakuten Group, Inc.
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: