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さて、草木も眠る牛三つ時のなんていいますが皆さん結構起きて活動しておいでのようですね。さっきから表で車の乗降の物音が少々煩いくらいです。飲み会の帰りかなにかだと思われます。私も12時少し前にお薬を飲んで今日こそぐっすり眠れるものと思いましたが胃の激痛に先程目が覚めてしまいました。こうなると中々寝付けるものではなくこうしてプログなんて書いてしまったり入院準備だけしてみたりヒマつぶしようの刺繍セットを購入してみたりする訳です。よく考えると今日で9月も最終日もうすぐ10月になるわけでベッドの空き待ちをして1ヶ月ほど入院したとしましたらあっという間に年末になってしまうのですね。そろそろカレンダーと手帳と年賀状の季節になるのですからあぁ、本当に時間が立つのはなんという速さなんでしょうか。でも今夜のように眠れない夜はゆっくりと過ぎていくようです。そう、何かの歌にもありました。眠れぬ思いは貴方だけじゃないって。我が家には本当に養母の御霊がいるのかもしれない。何故って2・3日調子の悪かった冷蔵庫がとうとう壊れて動かなくなってしましったから。5/24から色々な物品が壊れて私自身も壊れているけれど、しっかりしなさいという養母からのお叱りかもしれないと謙虚に受け止める。でもね、おばちゃん何から何まで修理にせよ買い替えにせよお金がかかる事忘れないでね!そちらの世界にはないものなのでしょうから。
2007年09月29日
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ブックオフにいってちょっとびっくりしました。はるか昔、正確に何年前になるんでしょうか少女漫画の「アリーズ」が復活していました。最近やたらと昔の漫画を復活させる例が多いですが「アリーズ」に限っていうと絵柄が違いすぎて続きとかパート2にはとても見えませんでした。でも立ち読みだけはしてきましたけれど。書き忘れ 微熱37.3~37.4℃が続く今日ショックだったこと 私に万一のことがあった為に交通費と葬儀代を預けてあった実家ですっかり使い込んでいることが判明しました。もう実家はあてにしないでそれこそ「死して屍拾うものなし」の心構えで無縁仏になるのを覚悟しておいた方がよいようです。しかしあきれた母親と弟だと思います。
2007年09月29日
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抗鬱剤を飲むようになってのどが渇いてたまらない思いがします。通りすがりのコンビにで午後の紅茶ダブルベルガモットというのを飲み干してしましましたが、おいしくなかったです。エビアンにすればよかったです。
2007年09月28日
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今日は大学病院の予約日だったので仕方なく部屋着のような茶色っぽいワンピースと唯一入る黒いサンダルで行ってきました。先生も驚いて「ちょっとよく見せて」としげしげ私の足を診たりつついたりしておられましたがもう一週間だけ様子を見ましょうという結論になりました。今日は生まれて初めて脳のMRI検査をしました。あれって暗闇の中で物凄い音が響きますよね。ちょっとびっくりしました。主治医の「どうしてそんなに死にたいの?」と聞かれました。それは養母が亡くなったことがきっかけだと思うけど正確な事が私に分ってどうにかできるならお医者にかかったりは致しません。よくは分らないけど突然死にたくなって薬や剃刀が手放せなくなるんですとしか答えられません。
2007年09月27日
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全身のむくみがひどくなりパジャマでさえも入らなくなってしまいました。これは真面目に嫌でも病院に行って検査するしかないのでしょうか?でも着ていける靴も服もないです。困ったぞ。
2007年09月26日
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20日前後から何故か全身がむくんでおります。普段の靴も服もはいりません。何とかならないものでしょうか?まだサンダルが許される季節だからいいですが。
2007年09月25日
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吐き気も胃痛もどちらも治まらなくて困ってます。きっと性質の悪い風邪でもひいたのでしょう。ひたすらアクエリアスを飲む毎日。固形物は吐き気がして口に入れるのも嫌です。プリンタとPCが両方復旧して一安心しました。しかし、人間勝手なもので今度は自分の痛みしか頭になくPCなくて生きてはいけるわよ~と現実的ではない所に感情が行ってしまいました。
2007年09月24日
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ひたすら吐き気と胃痛を薬で宥めながらベッドの上を転がりまわっておりました。何とか治らないのかなぁ。
2007年09月23日
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吐き気に転がりまわって一日過ごしてさすがにこのままではマズイのではないかと心配になって病院へ行こうと思ったまではいいのですが時刻はすでに深夜でしたので、夜間救急へ。はっきり行って行くだけ無駄でした。薬がでてるならそのうち治るよの一言に生まれて初めて医師が嫌になりました。他の人に対しての対応に腹を立てたことはあっても自分の事で病院に怒りを感じたことはなかったのですが。もう2度とあんな病院行かないぞ。それと何故か全身むくんで普段の靴や服がはけませんし着れないです。何故なんでしょうか?書き忘れ 微熱37.3~37.4℃が続く
2007年09月22日
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余りの胃痛に耐えかねて病院に駆け込みました。いつもの内科が金曜日で午前中だけで午後休診でしたので一番近くの内科へ。3日分の殺菌作用のある胃薬を頂いただけ。この吐き気と胃痛をどうにかしないとなんにもできないと泣いて訴えてみましたが、点滴2日連続だけでした。痛いです。吐き気に困っています。
2007年09月21日
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今日は大学病院の予約日でした。時間10:30ですが予約している意味があるのか疑問に思う程待たされて胃についてはいつもの内科でどうぞだって。マイスリー・デパスも同じく。これは養母の時も疑問に思ったのだけれど大きな総合病院で何故各科の連携がとれないのでしょうか?精神科はA病院へ、心臓はB病院へこれで彼女が転倒して骨折でもすればまた更に違う病院へという事になった訳で何故に精神科と身体科で連携してくれないのでしょうね。だから医療費が嵩むのではないでしょうか?お医者さまそれぞれ違う分野が得意なのは分りますがまったくうちは精神科ですから、内科ですから、と言われると困っちゃいますよね。ストレスと胃腸とかの消化器の関係は深刻なんですから。特に胃痛はある程度我慢できますが吐きそうなのを我慢するのは非常につらいです。で、保証人いりませんから2週から1ヶ月入院しましょうってそんなに私を入院させたいのでしょうか?万床状態でお客様には困ってなさそうなのに、何故にそうも熱心に入院させたがるのでしょう。結局ベッドが空いたら考えると言うことにしていつもの内科へいって吐き気止めなど点滴、投薬処方され帰宅しました。養母がいつも点滴して貰っていたベッドだったのでこっそり泣いてしまいました。ひたすら疲れた一日でした。お彼岸の入りなのにまだまだ暑いですね。ちょっとプログのデザイン変えて気分だけ秋にしてみましたが。今日からちょっと薬が増えました。アビリット錠 50mg 朝夕1ヶコントミン糖衣錠 12.5mg 就寝前ベンザリン錠 5mg 2ヶ 就寝前リスバタール内用液1mg/mL 0.1% 就寝前マイスリー錠 10mg 1ヶ 就寝前デパス錠 0.5mg 一日3回1ヶムコスタ錠 0.5mg 一日3回1ヶプリンペラン錠 食前3回1ヶずつ今日死ぬ事と20年後に死ぬ事に何か違いがあるのかな。
2007年09月20日
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昨夜もぐっすりと夢も見ずに眠れるという事はなく朝刊が配達されて直ぐに読みもう一度ベッドに7時までのつもりでもぐりこみました。30分うとうとしないうちに理由のない吐き気に襲われ胃の中は空っぽででるものもないのにきょうはひたすらトイレとベッドの往復だけになった。何で突然こんな吐き気にダウンしたしまったのでしょうか?性質の悪い風邪でもひいたのでしょうか。ナウゼリンがあって助かりました。今日はもうひたすらぐったり。吐くのって本当に体力消耗します。何分粥になるのか分らない程薄くしたお粥というより重湯かな?を流し込んで空っぽの胃袋を宥めることにしまして、薬を飲んだらお休みなさいします。明日病院でこの話をすると摂食系障害の疑いがまた言われるでしょう。子供の頃からやせっぽちなせいでよくそういわれては検査するんですが、異常が見つかったのは貧血=鉄分が少々不足気味くらいです。胃腸も異常なし。心臓が平均より少し小さめなだけで機能的には全然大丈夫な訳で、結局いつも酷使・疲れ・ストレスで薬漬けの日々なのでした。思えば何の薬も飲まない日って一日もないですね。
2007年09月19日
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散々調べたけれどやはり故障であり修理にだすより買い換えた方が安上がりにつくので某オークションで同じ型を購入することに。インクの買い置きがあるので。まぁ、5年間私の酷使にたえその間に一度も修理にださなくて済んだ働き者の愛機なので、お別れするのは悲しいけれど減価償却とっくにすんでるでしょう、という事であきらめました。ありがとう、そしてさようなら成仏してね。君の事は忘れませんからね最近の眠れない夜に呼んだ本J・ディーヴァー クリスマス・プレゼント 12番目のカード浜辺祐一 こちら救命センター 救命センター当直日誌 救命センターからの手紙 救命センターからの手紙 再び安野モモコ 働きマン 明日をつくる言葉酒井順子 会社人間失格!!島沢優子 アタシ探し シゴト探し 33歳からのハローワーク松永詠美子 採用される女はココが違う 女性の転職・再就職小川洋子 博士の本棚 博士がくれた贈り物大野裕 こころが晴れるノート うつと不安の認知療法自習帳山口律子 「家族力」がうつから救う!向田邦子 向田和子 向田邦子の暮らしの楽しみ常に家の中に居て私を今も呼び続ける養母に伝えたい事があります。私は生きていて貴女とは次元の違う世界に隔てられて寂しいのは分るけれど死の闇の中に大事な母である貴女をおきざりにしていく訳じゃないのですからどうか安心して安らかにお休みになって下さい、と。常に頭の中でなっている救急車のサイレンの音と私を呼び死を命じる養母の声これらから解放されたいと思っているけれどそれとは別にいつもおばちゃんの冥福を祈っている私の気持ちも知って欲しいです。うつ状態から平常心に戻りたい、治そうとする意思もあるけれどそれは大好きなおばちゃんを忘れる事とは違うことです。
2007年09月18日
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現在、就職活動中であります。それ以前に介護中の薬がたたったらしく(結局散々検査しても原因不明)内科のかかりつけのお医者はあっさりとまぁ、精神的なものでしょで済まされたので、大学病院の精神科に通院開始。でも、指先に軽い麻痺が今も残って困っています。自力で字がかけない、もしくは書くことそのものに不自由がある人にとってPCは生き残るための大げさに聞こえるかもしれないけれど空気や水や食品と同じで必需品な訳です。たとえば私にとってはPCと同じほどに大切なものに眼鏡とコンタクトがあります。12歳のとき裸眼で0.01の視力になり自分の顔さえ鏡ではっきり見えない、車の免許は安全の為に取らないほうがいいでしょうと眼科医に告知?され弱視、乱視が強度であり3.0もこれは使い捨てのコンタクトの技術ギリギリラインだそうで後はオーダーでハードのコンタクトを使うしかない。確かに平成11年まではそれを使っていたのです。しかし、事務職はPCとは縁がきれません。当時会社で女性事務員乳がんと交通事故で入院加療を余儀なくされおまけに○ビルと六本○ヒルズの伝票は打っても打っても終わらずに残業ばかりで頚椎捻挫と腱鞘炎、止めにドライアイが進行しついに節を屈してクリアーな視界と引き換えにディスポータブルのレンズに買い換えたのでした。これによって光が物凄く滲む視野に常に耐える事と信号が花火のように見える事に常時耐えなければいけません。そうかといってハードは痛いのです。3時間程は大丈夫です。しかし、その後瞬きするごとにチクチクと刺すような痛みに絶えなければなりませんし、イライラは募るしおまけに肩こり、偏頭痛にもたえなければならないのです。更には使い捨てのコンタクトレンズも眼鏡(家の中でしか使えませんが)もマッサージも足もみも更に更に整形外科も接骨院も長期かかると健康保険からチェックが入るのです。そして医療費控除の対象外でもあります。事務職にとって肩こりと頭痛・腰痛は職業病のようなものです。後は冷え性と更年期障害でしょうかね。少子高齢化が社会問題になっているくらいなのですから不妊治療とならんでこのような持病も保険適用にして頂きたいものです。タバコの煙でアレルギーを起こし喘息まがいの咳をする方もいました。話がそれましたがもはや現代社会でPCと携帯は仕事の必需品でしょう。なかった頃には戻れません。勿論気骨ある方にはPCも携帯も私は入らない、必要ない、なければないで生きていけると仰る方も少数ですがおいでになります。けれどそのような方は私がリサーチした限りではお仕事をリタイアした方ばかりでございました。もしくはフリーランスでPCの代わりにFaxを使用していらっしゃいます。そして私が今深く深くため息をついている原因は就職活動において今や必須の職務経歴書についてなのです。履歴書は手書きでも許されます。会社によっては職務経歴書も手書きでも許される場合もありますし、市販もされてます。大抵の会社では事務志望者のPCスキルを見るためにもA4でPCで作成するものなのですよ、困ったことに。ネットに接続できるし、ワードもエクセルも使用可能なのにプリントアウトできない!!なんというトラブルでしょうか。あちこち電話しましたし、相談しましたし、思いつく限りの事は試みましたがどうにもならない。しかも出張サービスも引き取りも明日、明後日になるというのではお話になりません。当方の勝手な事情ではありますが。PCもプリンタも税法上は消耗品扱いです。しかし個人としてはいくら10万円を切る機種があってもすぐ買い換えるという訳にはいかない金額であると思います。個人で保守サービスに入っても今すぐ(ここが重大)に直らなければ困るのです。健康上、仕事上PCがなくては困る生活をしているのですから。現在就職活動中の皆様方は職務経歴書を作成中のフリーズやトラブルについてどう対処しておられるのでしょうか?仕方ないと思って修理、点検後にやり直すのかけれど、大きなビジネスチャンスや面接の機会を逃す事だってあると思うのです。得意先や面接までこぎつけた会社は寛大な心でお許し下さるのでしょうか...。
2007年09月17日
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最近といってもここ2~3年位だと思いますがリストカットシンドロームとか練炭自殺とかが流行?するようになっていたようです。自己中といわれようとも私は養母と自分の事で一杯一杯だったので人様の自殺に至るまでの苦しみを思いやることはできなかったのです。最近就職活動を始めて困ったことができました。それは手首の傷跡なのです。これはうつ病なのか人格障害なのか知りませんが(お医者によって言う事が違うから)実母が親子心中を図って自分のお腹と私の手首を切った時の痕な訳で正確にいうとリストカット=自傷行為と訳するなら自分で自傷した訳ではないのでリスカの範疇ではないのかもでも、目立つんですよね、これ。丁度手首の所なんで左側は腕時計で隠れるからまぁ、いいとしても問題は右腕の方ですね。長袖・スーツでもちょっとした動きでチラチラと見えてしまうのです。正直に訳を話すか、事故と無理やりこじつけるかいっそ自分で切った過去をでっちあげるか考え中です。面接担当の方が見ないフリをしてくれるのが一番助かりますが、そう都合よく事が運ぶとは思えませんし。上京して養母が役員の会社に縁故採用された訳ですから2週間勤めた会計事務所以外就活はした事がないのです。あの時は所長が気が付かなかったのか善意で見てみぬフリをして下さったのか簿記2級の資格がありながら筆記の悪さに驚かれたのか、あるいは例の占い優先で採用されたのかもしれません。あくまでも私の個人的な感想ですが今現在にリスカしている人達はおそらく10代・20代位の方達と思います。一時しのぎか一瞬のストレス解消にはなっても根本的な解決にはならないと思います。そして時間が経過した後、つまり就職・結婚を考える時期が来るとこの傷跡どう説明しようか?と悩むはめになるのです。誤解を恐れずに(でもビクビクしてますが)言うのなら自傷するなら自己責任と強弁できるかもしれませんし理解ある優しい方々もいるでしょうが、嫌な思いをする場面が後々増えるだけだと思うのです。とはいえうつ、パニック障害等の方は今この時が全てでそれしか考えられない程苦しい訳で、いや実をいうと自分でも目立たない足首で切ってみたことは私自身もあるのです。どんな気分かしりたくて。確かに想像していたような痛みはないしスッキリしましたが切ってもなんにも変わらないのです。血だらけになったお風呂場と床の掃除の手間が増えただけ。救急車も呼ばなかったし消毒もせず自然に出血はとまり縫う程でもなくうっすらと赤い線が残っただけでした。馬鹿馬鹿しくなってもうやらないと思いました。しかし我が子を傷つける母親ってどんな気持ちなんでしょうね。病気に意識を乗っ取られているのだからと言われても子供としては納得できないし30歳過ぎても未だに心の片隅に許せない、憎たらしい、そんなにいらないなら産まなければこんなに苦しい思いをさせられなくて済んだのに、という呪いに似た気持ちが膨れ上がる頃があります。だからこそ実母と私は距離をおいて暮らした方がいいのだと思います。
2007年09月16日
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本日は土曜日で就活はお休み。ウォーキングという事で以前から行きたかった等々力渓谷へ出発しました。入り口に渓谷内の温度が電子掲示板にて表示されていましたがそんなに涼しくなかったです。今年は格別猛暑ということなのかも?ぐるっと一周しましたが特に危険な事も場所もなく色々な人とすれ違いながら散策と森林浴を楽しんで参りました。ただ車椅子はちょっと無理そうな遊歩道でした。養母が健在でも一緒に散歩という訳にはいかなそうです。残念です。これは私の偏見と独断ですが仮にも「渓谷」と呼ぶならばもう少し水質浄化した方がよろしいのではないかと思われます。見るからに水が汚い...。「渓谷」というと私が連想するのは奥入瀬なのですがあそこには修学旅行含めて3回行ってきましたが遭難しそうなほど山深き渓谷でした。23区中のオアシスというならもう少し環境美化するべきだと余計なお世話な事を考えました。世田谷区も財政難なのでしょうか。ただ夜中に行ったらまた違う感想を持つかも知れませんが。結構怖そうです。お地蔵さんのあたりとかが。それから出かけなければいけない所がもう一箇所あるのです。それは洗足池公園という所です。桜の名所です。ここの池に今を去ること何十年前になるのか正確な事は不明で多分戦後まもなくと思われますが、養母がかつて自宅で飼っていた亀(物騒な種族ではないそうです)をここに夜中一人でこっそりと放したといいましょうかそれって捨てた、という事ではと私は思った事でしたがとにかくそういう事実があったそうです。多摩川が氾濫して護岸工事が始まる前の年といういつのことなのかは私には見当がつきませんがその亀の行く末を確かめに行ってみたいと二人で話していたのです。池のほとりを一周したくらいでくだんの亀さんが見つかるとは思っていませんが養母の思い出話なので就職前に行ってみたいと思っております。全体に養母の話には「東名高速が開通する前」とか私が生まれる前の例えが多くて同居したばかりの頃はジェネレーションギャップを感じたものです。今思えば懐かしい限りですが。そういえば阿久悠氏がお亡くりになったとか。ご冥福をお祈りいたします。久世光彦氏もお亡くなりだし、並べるのは僭越ながら養母もいなくなったし昭和は本当に遠くになった気が致します。
2007年09月15日
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薬を飲んでもまるで眠れそうもないので手書きのメモを元にPCの日記を遡って書くことに致します。お医者さんによってはPCと携帯はメンタルヘルスの敵であり不眠症の素というご意見のお方もいらっしゃるようです。私の個人的感想ですが、ネットゲームにはまったりするのはまず体が丈夫といいましょうか健康でなければできないと思います。私はPCの前のファミコン・スーファミ全部お医者に禁じられていました。視力がこれ以上下がらないようにする為です。これが小学校の時なので私はコンピュータ関係のゲームはしたことがありません。TVも一時間以上は見ませんし、映画もしくはDVD鑑賞読書は必ず休憩を取りながら致します。たかが近視・乱視ドライアイとあなどれません。休憩を忘れると痛い思いをするのは自分なのです。自分の痛みは他人様には理解して貰えません。自分で気をつけ管理するしかないのです。無理してもたかが視力が悪いくらいでとかドライアイなんてとかそこまでしろなんていってないだろう、とか言われるのがオチなのです。しかも瞬きする度に痛いのです。仕事をしていたときはお客様は神様です、と心の中でとなえながらPC入力していたものです。コンタクトをしている方なら経験者もいらっしゃるかもしれませんが目が乾いている状態で目薬をさせばいいものをついつい疲れているとか面倒とかの理由であせってはずそうとして角膜に傷をつけてあわや救急車を呼ぼうかと思うような激痛に襲われたこともあります。他には救急車を呼びたくなる理由は胃痙攣があります。こちらはストレスが(おそらく)原因です。どちらの痛みも鎮痛剤で治まるものではなくまさしく七転八倒の苦しみです。私は胃痙攣は経験上から胃薬を飲んで5時間程で治まるとしっているのでひたすら時計と睨めっこして何とかやり過ごします。問題は目の方でこれは我慢していると涙がとまらなくなり目をあけられなくなります。仕方がないのでタクシーで夜間救急外来へ3度程お世話になりました。この時眼科のお医者さんが様子を診ようにも痛くて目が開けられないので点眼で麻酔をしてくれます。しかしこれは処方してくれないお薬なのです。その後は角膜に傷がついています、という事で大抵2種類目薬がでます。これでおしまいです。2~3日で大体治りますが放置すると角膜潰瘍とかの失明の危険がある病気に発展する場合もあるので甘く診る訳にはいかないのです。一番いいのは点眼の麻酔を処方してくれる事なのですがやはり素人には駄目なのでしょう。あれがあると救急に行かなくて済むのですが。悪用しませんから、念書もいれます、とお願いした事もありますが無理でした。PCと携帯は不眠症の原因になるのか?という問題ですけど不眠症になる前に肩こり・頭痛・ドライアイなど身体的に問題が発生して痛いからやめるとはならないものなのでしょうか?私個人は肩こりと腱鞘炎と頚椎捻挫の為携帯メールを片手で素早く打っている方を電車などで見かけると尊敬してしまします。どう頑張っても私には無理です。これをやると腱鞘炎の再発につながるので気をつけるように注意されました。いえいえ、注意されなくても出来ませんし、痛い思いをわざわざしてまで練習したりもしませんってば。でも携帯メールがお好きな方は腱鞘炎にはどうぞお気を付けてくださいね、と他人事ながら尊敬の気持ちとその方の手首の状態が気になって仕方ないのでした。
2007年09月14日
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昔といってもそんなに昔でもない筈ですが「天上の青」という小説を読んでそれ以来どうしてもヘブンリーブルーを自宅に植えたくなりました。毎年欠かさなかったのに今年は養母の容態が急に悪化しつつあった事もありとうとう種まきしませんでした。変わりにルリマツリがすごい勢いです。例年なら朝顔が咲いているところまで侵略してしまいまして通りすがりの方に「お花を頂けませんか?」と言われる程になりました。種は取り敢えず大事に冷蔵庫にしまって来年巻くことに致します。「天上の青」の名前の通り天国の養母に届きますように。
2007年09月13日
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生まれて初めてエステというものに行ってきました。といってもたいした事をしたわけではなくて駅ビルの中の一室で顔と首のお手入れだけです。シェーピングとアイブロウとデコルテのお手入れセットというコースです。何でも結婚式前の花嫁さん達に人気のお店だとか。秋のブライダルシーズンを目前に予約が一杯でした。しかし9月半ばでこの気温ではウエディングドレスを着るのも大変だろうな、とまた余計な事ばかり考えていました。私の場合は結婚式までに少しでも綺麗になどという野心?ではなくつまりは履歴書に添付する写真を撮る為に先にお手入れした訳です。洗面所の鏡の前に立っても自分顔すら見えない視力では例えコンタクトをいれても目元にアイラインを引くなどという事は恐ろしくてできません。怖い、という理由でビューラーも使えません。とにかく目元に金属製のものが近づいてくるのが無性に恐ろしいのです。更に眼圧をはかるのが苦手です。私は上京してこのかた同じ眼科にもう10年以上通院していますが、眼圧を苦手にしていることは看護師さん達もよくご存知でイザという時には三人がかりで素早く頭をがっちりと固定されまぶたをこじあけられても3度くらいやってようやく測定すると言う有様なのです。恐怖とお金をはかりにかけて潔くプロにお任せしました。担当の方には本当にご迷惑をお掛けしました。きっと大抵の方にはなんでそんな事が怖いのだと首をかしげられるでしょう。コンタクトだってはずすときには爪の先に引っ掛けるという方もいるくらいです。私は爪の白い部分は絶対に残さずやすりで削っています。ネイルアートなんて夢のまた夢です。伸ばした爪の先で目に傷をつけるのではないかと想像するだけで恐ろしくて爪を伸ばしておけないのです。よく「痛くないの?」と聞かれますが痛くはないです。特にダイエットしたこともないのに現在161センチ・体重38キロなのです。これは中学時代と同じです。最高で体重は42キロです。多分これがベスト体重なのだと思います。生理はもう一年くらいありませんが出産を希望している訳ではないし検査の結果卵巣・子宮に異常なしなので放置しております。これもお医者に言わせると介護と養母の急死によるストレスということになります。つまり私は女性の給湯室もしくはお昼休み時間の主な話題であるTVドラマ・お化粧・ダイエットそして恋愛相談もしくは結婚・出産あるいは子育てなどなどこれらのいずれにも私は関心がありません。健康上・家庭環境からどうしても関心がもてないのです。聞いている分には何でもないのですが、自分の事にはならないので「そういうあなたはどうなの?」と聞かれるのが一番困ります。なるべく話を合わせる努力はしておりますが世間一般的ではないというのは中々に気苦労が多い日々です。
2007年09月12日
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ここ2年ほど病院以外の場所には行かずに買い物は全てと言っていい程にネットで済ませて外出するのは新聞・郵便物を取る時、ゴミだし庭とベランダの水遣りのみという昼夜逆転生活をしておりました。最近駅を利用するようになって駅近の本屋さんコンビになどにも求人情報誌がおいてあるのでそれを目当てに巡回するようになったのです。ついでに本が大好きな私は中の売り場も全てのコーナーを巡回しつくさないと落ち着きません。そしてかつての愛読書が文庫化されていたり完結していたりするのに気がついて、大げさな表現ですが時の流れの速さに愕然と致します。購入を続ける本は最初から新刊が発売されるとお知らせメールがくるように予約しておいているのです。完結して欲しい本 田中芳樹系列・ガラスの仮面・王家の紋章 妖精国の騎士などこちらは当分完結しそうもないですね。完結して欲しかったのに連載再開されていた本 やじきた学園道中記 エロイカより愛をこめて最終話を知らなかった本 輝夜姫・罪に濡れたふたりそして...アルカサル-王城これは購入して速攻で読了といっても漫画なのでそんなに時間はかかっていませんが。未完の歴史物漫画の大作で終わるものと思っていたので最終巻が出版されていたことに驚きました。いつかアルハンブラとこのドン・ペドロのアルカサルの宮殿に行ってみたいものです。他に海外の旅行希望地にグランドキャニオンと万里の長城とピラミッドそしてヴェネツィアのサン・マルコ広場があります。年々ひどくなる一方の環境汚染に負けずにいつの日にか私が訪れるその日まで健在でいて下さますように。特に心配なのは明日にも水没しそうなサン・マルコ広場でしょうか。それならさっさと貯金を崩して気分転換がてらに出掛ければいいでしょという声が聞こえてきそうですが、行きたくても行けない理由があるのです。それはほとんど亜熱帯と化している日本では考えられない程にもユーラシア大陸は広大で乾いているという事なのです。日本のなかでも高温多湿の東京でさえクリアーな視覚を保てるのはせいぜい3時間目薬と専用のゴーグルを併用しても5時間が限度でしょう。つまりせっかくはるばると遠い異国へ世界遺産を歴史のロマンをこの肌に感じてみたいと願っても「見えない」という障害が立ちふさがっているのです。それなら部屋でクリアーかつ安全(この点は養母がいなくなったのでうるさく言われない訳ですが)な自宅で旅行雑誌・旅行記・DVDを鑑賞している方が見えるのでそれで我慢しているのでした。 痛いのを我慢しても万里の長城に自分の足で立って中国四千年の歴史の風に直にふれたらきっとDVDやTVでみるのとは全く違う感動があると思うのです。「輪違屋糸里」が文庫化されて更にドラマ化もされていたようです。全然知りませんでしたが、DVD化されたらレンタルして見たいと思います。副長役はどなただったのでしょうか?文庫版の装丁の方がずっと私好みでした。単行本もあの感じの方がいいと思うのですが。
2007年09月11日
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このタイトルはうろ覚えですが養母が好きだった時代劇の台詞だったと思うのですが肝心の時代劇のタイトルを覚えていません。何方かご存知の方がいらっしゃったら教えて下さいませ。その前に検索すれば分るかも?養母の喪主は私がつとめた訳ですが友人はいても身内と呼べる人がほぼいない養母はこの台詞のような気持ちで日々暮らしていたようでした。私によくそう言っていたものです。女の人が日常口にする言葉としては少々物騒な気もいたしますが天涯孤独な人達、もしくは家族と事情があって離れている死別したとか事情はそれぞれでもこれは一人で生きていく為の心得かもしれませんね。ただ私は心の中でだけ思っていようと思います。
2007年09月10日
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