紀りんの館

紀りんの館

神をたたえるための祈り


 神をたたえるための祈り
   (フランシス・ジャム)


しびれたような真昼時を
一匹の蝉が松の木で鳴き立てています。
まっかな空のきらめきの中で
無花果の木だけが厚く茂って涼しそうです。
神さま、私は此処にあなたと二人きりです。
深い涼しい田舎びた庭で
万物はじっと黙っていますから。
香炉の形をして黒々と光る梨の木は、
聖卓のような白い石敷のそばを花飾りのように走っている
黄楊の生垣ぞいに眠っています。
唐胡麻のそばへすわって物思いにふけっている者に
そのつつましやかな唇形の花が清らかな匂いを送って来ます。
 ・・・・・・
私は本を読んでは微笑をしました。
私は物を書いては微笑しました。
考えては微笑し、泣いてもまた微笑しました。
この世に幸福などは有り得ないのだと知りながら。
そしてほほえみたい時に泣くこともありました。

神様、どうか私の心を
この哀れな心を鎮めてください。
そして昔ながらのさまざまな物の上へ
正午の麻痺が水のように拡がるこんな夏の日に、
松の木のまどろみの中で叫びを上げる蝉のように、
つつましやかに、善良に、
もう一度あなたをたたえ得る勇気を、
神様、どうか私にお与え下さい。     (尾崎喜八 訳)


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