タルト・タタンの夢
カウンター七席、テーブル五つ。下町の片隅にある小さなフレンチ・レストラン、ビストロ・パ・マルのシェフは、十年以上もフランスの田舎のオーベルジュやレストランを転々として修行してきたという変わり者。無精髭をはやし、長い髪を後ろで束ねた無口なシェフの料理は、気取らない、本当にフランス料理が好きな客の心と舌をつかむものばかり。
そんなシェフが、客たちの巻き込まれた事件や不可解な出来事の謎をあざやかに解く。
定連の西田さんはなぜ体調をくずしたのか?
甲子園をめざしていた高校野球部の不祥事の真相は?
フランス人の恋人はなぜ最低のカスレをつくったのか…。
【目次】タルト・タタンの夢/ロニョン・ド・ヴォーの決意/ガレット・デ・ロワの秘密/オッソ・イラティをめぐる不和/理不尽な酔っぱらい/ぬけがらのカスレ/割り切れないチョコレート
(「BOOK」データベースより)
タイトルに惹かれて図書館で予約していた本を、やっと読むことができました。
それはもう、温かく、楽しく、そして美味しいミステリの数々でした。
「パ・マル」とは「悪くない」という意味だそうな。
そんな悪戯めかした名のビストロで働いているのは、無精髭をはやし長い髪を後ろで束ねた、やや無愛想なシェフ・三舟さん、
そんなシェフのもとで働きたいと有名ホテルの厨房を去ってきた志村さん、
ワイン好きが高じてOLから転職したソムリエの金子さん、
そして新米ギャルソンの僕・高築。
従業員たった4人のこじんまりした店ですが、隅々まで気持ちが行き届き、出されるお料理もワインも実に美味しそうです。
表紙をめくると、もうビストロへ。
飾り罫でかこまれた目次は1行ごとにフランス語の訳が書かれ、まるでメニューのよう。クロスをかけたテーブルを前に、料理を選ぼうとしている気分になります。
カウンター越しの厨房の音や、席を埋めたお客さんが料理を楽しむ音が聞こえてきそう。
こんなふうに、食べ物や飲み物を供するお店で、お客のかかえる悩みや謎を、会話を耳に挟んだ料理人が解き明かす――という趣向のミステリはいくつか読んだことがあって、私の好きなジャンルなのでしょうね。
どれも面白かったけれど、この1冊もまた、私のお気に入りになりました。
どの謎も、「不可解」「理不尽」と片付けられてしまいそうなもの。
それがここのシェフにかかると、よく煮込まれた料理がすーっと身体にしみてゆくように、優しく解きあかされるのです。
私も(も、だなんてwスミマセン)フレンチには疎く、「ロニョン・ド・ヴォー」とか「カスレ」と言われても全くイメージがわきません。
材料を言われても料理の味の想像がつかないものも多いです。
それが、高築君の語りを聞いていると、お皿に盛られたソースの照りや、湯気にこもった食欲をそそる匂いまで浮かんでくるようでした。
一番のオススメは『オッソ・イラティをめぐる不和』。
以前何度か、奥さんと一緒に訪れていたサラリーマンが、2日続けて1人で食事にやってきます。
食べるマナーも話し方も落ち着きのあるごく普通の紳士ですが、聞けば奥さんが家を出てしまったのだという。
以前着たときには、自分のオーダーしたフォアグラをナイフで切って奥さんのお皿に取り分けてあげていたり、奥さんがしきりに彼に話しかけていたりと、不和を感じさせるものは全くなかったのです。
今回も、フランス旅行に行きたいという彼女を気持ちよく送り出し、奥さんも、美味しいワインやチーズをトランクにつめて戻ってきたばかり。
何故なのか、話をしようにも、実家に帰ったきり電話口にも出てくれない…
三舟シェフはエピソードの端々をヒントにその理由を推理します。
それが、フレンチの料理と関わっているというのがミソなのですが、チーズの名前や食べ方を知らない私でも、その言葉にはなるほど!と大きく頷きました。
実際には登場しないその奥さんの気持ちが、本当によくわかったのです。
フォアグラも洒落たテリーヌなどにせず、スライスして網であぶって出すというこのお店。
煮込み料理はお鍋のまま供されることも多いようです。
トラブルも謎も抱えていない(ように思う)私ですが、ああ、訪ねてみたいものです「パ・マル」。
想像しながら自分でお料理してみますか…そして家族皆のトラブルを解決してあげよう?
え?話してごらん?何かない?え?
お鍋でフランス料理
フランスの伝統から、子どものころの思い出から、そして夢から引っ張り出した、ビストロの味、田舎の味、おばあさんの味。やさしく作れるフランス版家庭料理を。
小山薫堂 『恋する日本語』 2011.04.26
北森鴻 『ちあき電脳探偵社』 2011.01.28 コメント(2)
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