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楽園のサジタリウス3 三
「――さんっ。一機さん」
「……ん?」
真っ暗な闇の中、揺さぶられて一機はまぶたを開いた。どうやら眠っていたらしい。後頭部がなんかズキズキしていたが、また麻紀が固いもので殴りでもしたのかと。
「っさいな……今起きるから」
「なにこんな半端な時間に寝てんですか。届け物来てますよ」
「ん、え……?」
視界の回復していない一機が顔を上げると、眼前に段ボール箱が突き出されていた。
「なんだこりゃ……こんなん郵送された覚えないぞ」
「玄関口に置いてありましたよ。貴方いつから寝てたんですか?」
「…………敵十機くらい撃破した気がする」
「今結構な時間なんですがね。またずいぶん寝ましたね逆さまになって」
制服姿で嘲笑する麻紀に言われてみると、一機は天地逆転、ベッドに足を乗せてひっくり返っていた。ベッドから落ちたらしい。頭痛いわけだ。
「お前、今日葬儀じゃなかったの?」
「んなもんとっくに終わりましたよ。週末だから例によってこうして泊まりに来たのに、そんな恰好で迎えるとはなんたる罰当たりな」
「……週末だから、ね」
なんだか呆れを感じつつ、後頭部をさすりながら一機は起き上がった。パジャマもない上に昨日はめんどくさがったので制服のままだ。
「つか、お前も制服な」
「何を今更。いつものことでしょうが」
まったくその通り、と一機を目をこすりながら同意する。
実は、麻紀とはなんだかんだ長い付き合いになるが私服というものをほとんど見たことがない。ネカフェで会った時以来、こちらへ来る時もわざわざ制服を着て来るのだ。特に何の意味も理由もないのだが、いつの間にかそうなってしまっていた。
ちなみに、麻紀がこうして一機の許可なしに家に入っているのは、無論合鍵を所有しているからである。たまにこうしてガッツリ寝る一機なので、祖父が亡くなって浮いた鍵を預けていた。
「冷蔵庫カラッポでしたから、兵糧買っておきましたよって何してるんですか」
「うん……なんだこの小包」
渡された覚えのない小包を不思議そうに見回していると、裏に『AA』と記されていることに気付いた。
「AA……A・アールグレイか?」
「サーバからの小包ですか? そういや景品応募の時に住所書いて送ってましたね」
「いつの話だよそれ。でも別になんか頼んだ覚えは……あ」
そこで昨日、というより寝る直前に届いたメールを思い出した。皆目意味不明な不思議メールに、何の気なしに送った三文字。他に考えられることはない。
しかし、それは昨日の真夜中のこと。速達でも届くのが早すぎる。第一これはAA以外表に何も記されておらず切手も貼られていない。通常の郵便や宅配便などを介したものでないことは明白だ。
だとすると、これはサーバ側が直接届けに来たというのか? なんだってそんなことを……理解できない一機は、とりあえず小包を振ってみた。ガコガコいっている。なんか重いものが入っているらしい。
「――開けてみるか」
怪しすぎる代物だが、だからといって放置してもしょうがないから開けてみることにした。意外と雑な包装の小包を開けてみたその中には、
「――石?」
「ダイヤモンドですかね?」
「いや手の平大くらいあるじゃねーか。こんなでっかいダイヤ値段つけられないだろ。ガラスだガラス」
入っていたものは、何かの結晶かわからないとにかく透明な石だった。いや石じゃないかもしれないが、あいにく一機も麻紀も鉱物には疎いのでよくわからない。とにかくゴツゴツしていてわりと硬く、にしてはやけに軽い変な代物だ。
「わかりませんよ。一機さんとこ金持ちなんですから、これくらいのダイヤ買えるかも」
「……たとえ買ったとしても、俺にわざわざ届けるわけないだろ。何年会ってないと思ってんだ」
顔をしかめた一機は、小包の中をもう一度探ってみる。すると、折り畳まれた紙切れがあった。やっと正体がわかると開けてみた。が、
「……あん?」
なんて素っ頓狂な声を上げてしまう。眉をひそめた麻紀が顔を寄せてのぞき見てくる。
「――『楽園へのチケットを送り届けいたします。
貴方が真に楽園を求むのなら、扉は開かれるでしょう――』
……なんですかこれ?」
そんなことを言われても、一機も渋い顔をするしかない。しかしこの文面からすると、やはりあのメールに返信したから届けられたらしい。だけど、この石コロがなんだというのか? さっぱり理解できなかった。
一応そのことを話してみると、あんなわけのわからんものに返信したんですかあからさまに馬鹿にされてしまった。
「で、この石がなんだって……あ」
「ん? なんか知ってんのか?」
「そういえば、鉄伝関連サイトの掲示板に変な石の噂があったような……御存じありません?」
「知らんよ。ここんとこ依頼以外は今月末のドラゴン退治イベントの情報収集してたんだから。ドルトネル峡谷が場所だってことしか分かってないから、他の記事なんか閲覧してる暇ないし。で、その石がなんだって?」
「最近鉄伝でも特に優秀なプレイヤーに変なメールが来て、それに応えると石が送られてくるって話です」
まさに今の状況そのものである。サーバから送られた来たものだとこれで間違いなくなったが、じゃあこれは何らかのイベント用のものなんだろうか? だが、続けられた麻紀の発言はまたしても一機を困惑させた。
「それが、サーバ側は無関係だと発言してましてね。一部では憶測が飛び交ってる有様です」
「……さっぱりわからん」
まあこれがどこから送られてくるかはともかく、この宝石みたいな石はなんなのか一機は気になった。
「で、この石については?」
「それもよくわかりませんねえ。でもこれを漬物石にすると漬かりがよくなるとか、体に入れると肩こりがとれて疲労回復なんて書き込みがありましたけど」
「パワーストーンか何かなのかね。じゃあ後でうちのぬか床にでもぶち込んでおくか」
皆目意味不明のままだったが、とりあえず疲労回復というならと胸ポケットに入れておく。冷蔵庫に食料品を詰め出した麻紀を横目に、ボリボリ頭をかいていたら、視界に大きめのバッグが入ってきた。
これといって特徴のない暗色系で構成されたバッグには、着替えとかその他諸々。麻紀のお泊りグッズだ。昔はシャンプーとかも入っていたが、なんかめんどくさくなったらしく家に置きっぱなしにしている。
「……何が週末の悪魔だよ、馬鹿らしい」
吐き捨てるように呟くと、バッグを気付かれないよう軽く小突いた。すると、後ろでドサッと音がした。
振り返ると、本が一冊落ちていた。かなり古いもので、外国製の絵本だ。
「ああ、これか――」
裏表紙だけで一機はなんなのか把握したようで、軽くため息をつきながら拾い上げると、ついページをめくってしまった。
ページをめくっていくと、外套に身を包んだ兎を追いかける少女の姿が描かれていた。
「あら、またそれ読んでるんですか?」
「――そんなに読んでるか?」
「そりゃもう度々。おじいさんからのプレゼントでしたっけ」
「そ。ガキの頃この話が好きだって言ったら、妙に張り切っちまってオークションで高いの買ってきたんだよ。まあ、全然読めなかったんだけどな」
故に祖父に読んでもらう他なく、ずいぶん聞かせてもらったので今ではそらで読めてしまうまでになった。何の自慢にもなりはしないが、と一機は苦笑する。
「あ、ところで醤油入れってどこにありましたっけ」
「……シンクの中」
まったく、空になったら自分で注いでくださいよ。などとこぼしながら台所に戻る麻紀を尻目に、一機は本を戻しつつため息をついた。
昔のことは、特に小学校半ばのことは思い出したくない。今ある世界に満足し、兎を追いかけた少女の気持ちが理解できなかった過去の一機は、現在の己を考えれたであろうか。
かくして、何もかも持っている恵まれた少年はいなくなり、失意と怠惰しか抱いていないシリアが誕生したわけだ。悲しいを通り越して笑うしかない。
「ったく……兎はどこにいるのかね」
苦笑混じりの言葉を囁くと、一応手伝う仕種でもするかと台所へ向かおうとしたが、
ドクンと、心臓が高鳴った。
「……え?」
理解する間もなく足が力を無くし膝をつく。そうしてる間にも鼓動はどんどん高くなっていく。視界がかすみ、土間に崩れ落ち靴の上へ倒れこんだ
――な、なんだこれ……?
激し過ぎる脈動に呼吸が荒くなる。胸が締め付けられたように痛く、苦悶の表情で大量の汗を流す。
「一機さん、また汚れた皿そのまま……一機さん!?」
そこへ戻ってきた麻紀が、苦しげに倒れている一機に驚き、抱き起こしてくる。
「ちょっ、どうしたんですか、一機さん!」
「く、苦し、わかんな……!」
その時、一機はどうしてだか胸ポケットにしまったあの石を思い出した。
「ま、き……む、胸の……」
「胸? 胸が苦しいんですか? ――違う? 胸ポケットを探れと?」
言われるまま胸ポケットに手を入れると、麻紀の手にゴツゴツ固い感触が伝わって、それをゆっくりと取り出した。
「あれ、こんなもんどうして……っ!」
途切れつつある意識の中、麻紀が絶句するのを感じとりそちらへ目を向ける。視線の先、例の石を見た一機もまた言葉を失った。
透明であるはずの石の中から、光が溢れていた。
否、光などではない。
その光の色は、黒。
闇を照らす偽りの光を、呑みこまんばかりに肥大化し、喰らい尽くす漆黒の闇が現出していた。
「あ、ああっ!」
叫び声を上げる間もなく、二人は黒き光に吸収された。
その瞬間、古ぼけた本が砕ける様を一機は幻視した。
***
「――さん、一機さんっ」
「……ん?」
真っ暗な闇の中、揺さぶられて一機はまぶたを開いた。どうやら眠っていたらしい。後頭部がなんかズキズキしていたが、また麻紀が固いもので殴りでもしたのかと……はて、似たような経験を三回、いや二回くらいしたような。
「っさいな……今起きるから」
「なんか似たようなこと三、二回くらい言われたような気がしますが起きて下さい、寝てる場合じゃありません」
「ん……え?」
無理やり体を起こされ、未練気に開かれたまぶたの奥が映したのは、岩だった。
あたり一面全部岩、というより地面。昨日の鉄伝に出てきた崖の中、というよりは洞窟のような様相だ。ちょっとしたビル並みの巨大さの穴に、一機と麻紀はいた。
「ど、どこここ?」
「わかりませんよ。私も気がついたらこんなとこにいたんです。一機さん覚えは?」
「ないよこんなとこ。前に富士に行った時入った鍾乳洞みたいだけど、あれよりずっとでかいな。とにかく、ここがどこかなんてさっぱりわからん」
周囲を見回すが、ゴツゴツした黄土色の岩肌が並ぶだけであった。――そういえば、この洞窟照明もないのに明るいな。岩肌から弱い光が出ているようだ。ヒカリゴケ……いや、あれは自発的には光らないから、発光バクテリアを寄生させた苔でもあるのかと一機は考察した。
「んー……わからんな。とにかく、ここがどこか調べないと。携帯持ってるか?」
「圏外です」
間髪入れず、携帯を手に掲げられてそう答えてきた。一機もポケットに入っていた自分の携帯で確認すると、なら最初から言えよと舌打ちした。
「ま、こんな洞窟じゃしょうがねえか……となると、ここから出なきゃな。しかし、どこへ行ったものか」
「とりあえず、どっちか行けば人里へは出れるんじゃないですか?」
「あん? いやそんないい加減な」
「確証はないですけど、可能性はありますよ。だってこの洞窟、明らかに人工物ですから」
「――それもそうか」
たしかに麻紀の言うとおり、岩肌はゴツゴツしているものの比較的滑らかで、今足をつけている地面も自然のものではあり得ないほど平坦だ。誰かが掘ったものであることは一機自身わかっていた。
「しゃーない。手掛かりあるでなし、闇雲に行ってみるか」
そんなわけで、二人はその光る洞窟をあてもなく歩くことになった。ちなみに食料は傍に麻紀が買っておいたお菓子類入りバッグが落ちていたので問題なし。
道を進む間、何もない殺風景なところなので暇なので、二人は色々と考えを整理するためにも話すことにした。
「で、一機さんはこの状況をどう考えますか?」
「どうって言われても……ここに来る前のこと曖昧なんだよな。胸が苦しくなって、石から変な輝きが――」
そこで、ドクンと心臓が再び高鳴った。あまり詳細は思い出せないが、それでもあの戦慄と恐怖は覚えている。
黒き光――そう表現するしかないものに包まれて、そこで意識を失った。麻紀も同じことを証言しているので間違いはないのだが、だからこそ信じられない話である。なんだ黒い光って。
「とにかく、気絶してる間に誰かがここへ運んだと思うべきだろうよ。誘拐かな。しかし、俺や麻紀を誘拐してどうなるって……」
「一機さんなら身代金たんまり取れるじゃないですか」
「――払わないと思うよ? 俺はいないもの扱いだし、じいちゃんもういないし」
そうかそうだったなと一機は失笑する。わざわざ麻紀に言われないと自分が金持ちだということを忘れてしまうのはさすがにアホ過ぎる。
「だとしても、お前までさらうのはおかしいだろ。第一、誘拐したんならこんな洞窟に放っぽっていくか? 縄で縛るくらいしてるって」
「おや、一機さんは縛られるのがいいんですか」
「誰が性癖の話しとるか。この状況でよくそんなこと言ってられんなお前」
はあとため息をつくと、一機は洞窟の壁に手をついた。
刹那、ゾクリとする寒気が襲いかかる。
「……!?」
驚いて飛び退くと、「一機さん?」と麻紀が眉をひそめてくる。それに答えず壁に目をやると、
「――なんだこりゃ」
岩肌に、白い何かが埋められていることに気付いた。
「これは……骨ですかね」
麻紀の言葉どおり、埋まっている白無垢の物体は骨、というより化石に見える。ここが地下なら、埋まっててもおかしくはない。
しかし、問題はそのサイズだ。肋骨のような部分が露出しているが、その長さは数メートルはある。太さも相当のものだ。明らかに巨大生物、恐竜かあるいはクジラなどの化石に違いない。
「いや、これ恐竜じゃないんじゃないですか? ほら、あの腕」
指差された先にある腕の骨、すっと伸びた先に五本の指がある。第一肋骨を束ねる太い背骨、それと広い骨盤は、四足歩行ではなく二足歩行の生命特有のものだったはず。恐竜とは思えない、この特徴を持った生物は――
「……頭部の骨ないのか?」
「ないですね。埋まってるのか紛失してるのか。まあ全身骨のほうが珍しいでしょ」
「そう、だな……」
「まあこれが何なのかは後回しにして、先へ進みましょ。食料はあるけど水ないですし。ポテチ食べます?」
「水ないって言ってるのにポテチ勧める奴いるか。――そうだな。行くか」
あっさりと切り上げて、麻紀が先導して二人は前進を再開する。その心には、なんとも言えないもやもやがあった。
――まさか、な。
一機の胸中には、今自分たちが置かれている状況に対してある仮説があった。しかし、荒唐無稽すぎてとても口に出せる代物ではない。それ以前に、あり得ない。そのはずなのに、胸の鼓動は強まるばかり。
ぎゅっと胸を握りしめる。胸ポケットに入れ直した、あの奇妙な石と共に。
「……楽園へご招待、か」
「ん、なんか言いました?」
「いや、別に――あ」
一機の視線の先に、変な苔の弱々しいものではなく、強烈な光が差し込んでいた。出口のようだ。いい加減な理由で進んでいたが、間違いでなかったことにホッとしていると、「はて?」と麻紀が首をかしげた。
「あん、どうかしたか?」
「あれ……日光、ですかね」
「ん……まあそうじゃないか。それがどうかしたか?」
一機の質問には答えず、ずいと眼前に携帯の画面を開いた。
空飛ぶ少年と妖精のファンシーな絵の隅に、『PM9:00』と記されていた。びっくりした一機がズボンに入れていた己の携帯を開いてみると、やはり九時と記されてあった。
「――俺んとこの電化製品ってよく時間狂うんだよね」
「調整くらいちゃんとしなさいよ。てか貴方のとこはともかく、私の携帯まで狂ってるのはおかしいでしょ」
ごもっとも。返す言葉は一機になく、もやもやがさらに増していく。麻紀もなんとなく感じているのか、目を合わせようとしない。
とりあうず二人はゆっくりと足を動かす。ぽっかり開いた出口に入り込む光は、やはり太陽だった。
「……最近の電化製品て華奢でいけねえな」
「電化製品より、目を疑うべきと思いますが」
半眼で睨む麻紀の視線には、一面の木、いや森があった。十メートルはありそうな高木が見渡す限りズラリ生い茂っている。
「俺さ、十年近く群雲市住んでるんだけとこんなとこ知らないんだ。どうなの麻紀?」
「奇遇ですね、私も知りません。小学校の頃遠足とかで山登りましたが、四方見渡せば必ず建造物が視界に入って景観なんかありゃしない」
「身近なところで環境破壊は進んでるんだね、自然は大事にしなきゃ。はっはっはっはっは」
無理やり作った笑いはすぐさま消え吐息に変わる。もうわけがわからんと脱力した。
「とりあえずここが群雲じゃないのは確実か。となると、誘拐されて俺らの知らんとこに運ばれたと考えるのが自然だよな」
「まあ、普通はそう考えますよね」
じゃあ普通じゃない考え方って? なんてことを口に出せる勇気はない。チンタラしてると余計なことを考えてしまいそうなので、とにかく休める場所を探そうと歩いていく。すると、急に森が開けた。
「あれ……?」
木がなくなり、目の前にあったのはうっすら生えた雑草と、さっきの玉より数倍キラキラ輝く水面――水面?
「水っ!?」
目の前にあったのは小さな湖だった。いや、池と言ってもいいかもしれない。元々どちらも大して違いは無いし……て、そんなことはどうでもいいと、一機は水面に飛びついた。乾いていた喉を一気に潤す。
「ふう……生き返ったぁ」
「そんな歩いてないでしょうが。体力無さすぎですよ一機さん」
「うるせ、半ニートなめるなよ」
自分でも意味不明な応答だと思うそれに麻紀は返事をしなかった。両手で上品に水をすくって飲んでいたからである。
閉ざされた瞳に長いまつげ、おさげの端に巻かれたアクセが二つ揺れる頭をクイと持ち上げると、ほっそりした指から零れ落ちた水が首筋へ流れていって……
「……ん? どうかしました?」
「い、いや! なんでもない!」
見入っていたことに気付かれないようあわてて顔を逸らした。キョトンしている姿からすると素でやったらしい。というよりこちらがドギマギしてるだけか、と一機は嘆息した。
「さて、水も飲んだ事ですから、とにかく湖のまわり回ってみます? 水辺には人が住んでいるものですから、って聞いてますかちょっと」
「聞こえてる聞こえてる。じゃ、行くか」
顔を見られるのが嫌なので早足でずんずん先行することにした。というか、今更どうして麻紀の面見ただけで赤くなってるんだろうと一機は混乱した。何気に二年近い付き合いだというのに。
「たまにわざと下着見せたり露出高い服着たりしてからかってきたから慣れてるはずなんだけどなあ」
「はい? なにか用ですか?」
「何でもない。気にするな」
こうして呟いてしまうほど精神が安定していない。どうしたことなのか。
――日差しのせいだ。高校以外引きこもりの半ニートが日に当たるからだ。緑の香りも原因だ。珍しい環境で体がうまく機能してないんだ、うん。
ということで結論付けることにした一機。
「しかし暑いなー。今十一月ぐらいじゃなかったっけ?」
「来年三年生なんだから月ぐらい覚えてくださいよ。一年は十二月までって中学校で習いませんでした?」
「いやそんなん小学校で習っとるわい! つーかそれ以前だよ! そうじゃなくて、暑いなってだけだ」
「それは同意します。でも私としては、そこらに生えている見たこともない植物の方が気になってるんですが」
麻紀の視線には、青々と茂っている――なんか熱帯系の植物たち。木も一機たちの身長から約十倍以上もあり、ここは日本なんですかと言いたくなってくる有り様だ。またしても一機の脳内にある予測が立てられたが、全力で考えないことにした。
「――いや、現実から逃れる手段として思考停止とは良くないな、うん。ではこうしよう思考しよう。日本という国は狭いながらも南北に広がっていて季節も多彩にある。しかも十一月という晩秋であれ中途半端な時期は急に暑くなることも日常茶飯事。それでなくとも世界は異常気象だしなー。守ろう自然、守ろう地球。百歩譲ってどこかへ誘拐されたとすればもっと簡単。東北生まれ東北育ちの俺たちには、ちょっと南へ下るだけでも温度が上昇したと早合点しても何の不思議もない。うん、変じゃない」
早口で目を泳がせながら誰にでもなくまくしたてながら歩く一機は、「あ、ちょっと靴ひもほどけちゃったんで待、って無視ですか? 素でやってるんですか? おーい」なんて麻紀が声をかけていることに気付かず先へ進んでいってしまう。
「植物なんか俺たち植物博士じゃないし、十メートル以上の大木なんて場所によるけどどこにだってあるだろー。少し乱暴だけど、外国に連れてかれた可能性だって。ないかー。あはははは。うん、まあ、不可思議な状況だって認めないこともないけど、説明なんかいくらだってつくさ。はは、そうだよ。そんなことあるわけな……ぶっ」
ひきつった顔で脂汗をかきながら笑っていると、前方不注意が祟って顔からどこかへアタックした。マヌケの極みである。
「~~~~~……ええぃ! なんだこりゃ!」
ヤケ気味に一歩下がる。なんか生ぬるい壁みたいなぐにゃって感触がした。木にでもぶつかったかのかと思って、一機が顔を上げると、
「……ん?」
緑色の体は鱗で埋め尽くされ、デカい口からは赤い舌が突き出している。
一機の目の前に、自分の身体よりもはるかに大きいトカゲがいた。
「…………」
硬直。
人間、緊急時には考えられないという話を聞いたことがあったが、このとき一機はそれが本当であることを知った。
化け物トカゲはバランスボールほどある両目で一機を興味深そうに見回している。
やがて、とりあえず危険はないと判断したのか、化け物トカゲは口を大きく開けてその巨大な舌で一機を、
ベロリと、嘗めた。
「う……わああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
絶叫。
これまで一度も出したようなほどの声量で、よだれまみれの一機は叫んだ。驚いた化け物トカゲは目を白黒させるが、そんなことは関係ない。ただただ叫んでいた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
涙目になりその場を駆ける。もう自分がどこを走っているかもわからず必死に逃げた。そうしているうちに葉っぱで覆われた自然のカーテンが進行方向に現れたが、気にする余裕は一機になくそのままにとび蹴りの要領で突っ込んだ。薄いカーテンは二つに裂け、一機を通す。開けた視界からは、キラキラ光るものが。
「はぁ、はぁ、はぁ……え?」
その時、目に映ったものを知覚した一機は、自分が夢を見ているのだと思った。
キラキラ輝く湖の水面。
そこから少し目を上げた先にある、水より一際美しく輝く黄金の髪。髪から流れ落ちる雫は、白くてきめ細かな肌に伝わっていく。
まるでヴィーナスの絵画のような美しすぎるその姿が、現実のものであるとはとても思えなかった。夢だと感じた。
化石といい化け物トカゲといい、おかしなことばかり続いていた一機が幻想的な光景を見せられれば、夢と思っても仕方ない。だから、自分でも気付かず、
「……綺麗だ」
と呟いてしまった。
「む?」
「え?」
呟きが聞こえたのか、水浴びをしていたヴィーナスがこちらへ振り返った。と同時に、背中の反対側にある二つの大きなスイカが揺れた。
「…………」
「…………」
沈黙。
呆然としているその顔は、どう見ても女神でも妖精でもない、人間のそれだった。歳は二十代前半だろう、背は高く、スレンダーと呼ぶべきか。少々釣りあがった碧眼、大人の魅力を持つ端正の取れた美貌は白くすきとおっている。何より目を引くのは、どう見てもFくらいあるのではないかと思われる二つの……ってそれどころではないと一機は思い直す。
時間につれ金髪美女の顔が赤くなっていき――
「な、な、な……!」
「あ、いや、あのその」
状況を理解し始めた必死になだめようとするが、一機も目は未だにその裸体に釘付けである。それに金髪碧眼美女もやっと気付いて両手でなんとか隠すが隠しきれていない。だがもうその姿は一機の完全に脳髄に焼き付けられており、忘れることは絶対にないだろう。
「な、な、何者だお前!」
金髪碧眼Fカップ巨乳美女(さっきから表現が変わっているが同一人物)は声を上ずらせて叫ぶ。ああ声もいい、人気声優みたいとちょっと恍惚になるがだからそれどころじゃないと頭を振った。しかし一機を責めることはできない。これほどの美女の全裸見て正気でいられる男子は、よっぽど可哀想な奴か男子にとって近寄りたくない奴である。
「何をまじまじと見ている! 貴様、のぞいておったのか!?」
「え、いや、のぞいてなんては……」
状況からして当然だが、一機はのぞき魔と間違われていた。まあ実際きっちり眼福したのだから間違いではないが、それでもこれは偶然であり事故。これは情状酌量の余地があるはず、実刑は勘弁してくれ、と金髪碧眼Fカップ巨乳美声美女に懇願しようとしたら、
「どうしたんですか一機さん、何騒いで……え?」
後を追ってきた麻紀の体が硬直した。
「…………」
「…………」
「…………」
再び沈黙。そして硬直。
金髪碧眼Fカップ巨乳美声スレンダーボディ美女は突然知らぬ人物が二人も現れたことに対する困惑、一機はこの状況をどうしようか皆目わからないがつかないための絶句、麻紀は自分の見ているものが説明つかないため――というより、女の身でも魅せられる裸体に釘付けになっているとするのが正しい。
動けない。もう全然動けない。
そんなお三方を憐れんだのか、慈悲深い神が思し召しを授けて下さった。
『――グオオオオオオオオオオォォッ!!』
思し召しとするには、やたら野太い叫びだったが。
「んっ!?」
「えっ!?」
「……っ!」
鼓膜を強烈に刺激した咆哮に一機と麻紀はただ驚いただけだが、女性は顔を強張らせ、岸に置いてあったタオルで身体を覆ってこちらへ声を張り上げた。
「お前ら、何者かは知らんが今すぐ逃げろ! 魔獣が来るぞ!」
「は? ま、まじゅう……?」
なんのことかわからず首をかしげた。麻紀の方に視線を向けると、そちらも一機同様意味が理解できていないようだ。そんな両者にバスタオル一枚、手に鞘から抜いたばかりの剣を構えた女性は怒りを露わにする――剣?
「何をしている! 魔獣だと言ってるだろ、早く逃げないか!」
「え、いや、あの……まじゅうって、なに?」
「なにぃ!? 魔獣を知らんとは、お前ら……!」
その時、水に濡れた金髪越しにのぞかれる女性の両目がカッと見開かれた。瞳には、今までとは違う形の驚愕と動揺が描かれていた。
「まさか、お前らが……?」
言葉の続きは、木々がへし折れ倒れる轟音にかき消された。
「うわぁ!」
「きゃあ!」
「くっ!」
一機たちと女性との間に木製の壁が形成され、互いの姿を隠す。
森から抜け出たはずの二名に、その時影が差した。空を見上げてみると、
「――え」
そこに空はなかった。
あったのは、白無垢の巨人。否、どちらかというとゴリラや類人猿の類に近い。
推測でも十メートルは下らない怪物が、こちらを見下ろしていた。
「え、え……ええっ!?」
驚愕する暇すら与えられず、その巨躯に漏れず多大な質量を持った足が振り下ろされ、地面が激震し一機は浮き上がり、そのまま叩きつけられる。
「がっ!」
気を失う刹那、ふと覗いた青い空。そこには昼の月がうっすらと輝いていた。
ただし、通常の数十倍の大きさで、紅蓮に染まって。
――ああ、来ちゃったんだな。
理解したと同時に、一機の視界は闇に閉ざされた。
***
「――ん、うん……?」
ちらちらと、不規則に輝く光がまぶた越しに目に入り、一機は目を覚ました。寝袋のようなものの上に横になっていたらしく、起き上がろうとした。が、
「……づっ!」
胸に激痛が走る。はっきりしない両目で見ると、制服が脱がされていて包帯が巻かれていた。
「な、なんだこりゃ……」
「あら、一機さん起きました?」
顔をしかめていると、ひょいと眼前に向日葵が二輪突きだされた。麻紀が顔をのぞかせてきたのだ。近い近いと一機の顔が赤くなる。
「いたた……って、なんだお前そのカッコ」
「貴方にだけは言われたくないですが、まあお気持ちはお察しします」
そう歪んだ笑みを浮かべた麻紀の顔は、右目の部分が包帯で覆われていて、左腕も包帯と三角巾で巻かれている。骨折しているらしい。
「――やっぱ、夢じゃないってことか」
「認めたくないのは同意ですが、その通りです」
二人がいるのは、布製の小さいテントか何かだった。少し開けられた入口から焚火の不規則な明かりが漏れてきている。
そしてその先には――例の巨人、じゃなかった巨大ロボットが鎮座してあった。それも一つや二つではない、ざっと見ただけで二十機はあるだろうか。よく耳を澄ませばドシンドシンと足音もする。あの化け物の死体を片付けでもしているのかもしれない、と一機は推測した。なんたってホラ生臭い匂いが漂っている。
「なあ、どれぐらい寝てた俺?」
「そうですね、四分の一日以下ってとこですか」
「つまり約六時間程度ってことね。わざわざ分かりづらい単位使うなよ。……つーか、よく生きてるな俺。胸になんか刺さった気がするが」
「まあ私も死ぬだろうなとは思ったんですが、意外と丈夫でしたね半ニートのくせに」
「ひっでえ言い草だなおい」
「そう言うな、彼女は今までお前に付きっきりだったんだぞ」
ふと、全く別の声が割り込んできた。テントに入ってきたのは、豪奢な金髪。
先ほど――なのかどうかははっきりせんが――のあまりにも美し過ぎる肢体が、紺のシャツとズボンに包まれていた。そんな薄手では隠しきれない胸と体のラインが、間違いなく湖で会った彼女だと一機に確信させた。
「ちょっ……! ヘレナさん、余計なこと言わないでください!」
何か知らないが、麻紀が声を上ずらせる。心なしか顔が赤くなっているように一機には見えた。しかし、一機にはもっと気にしなければならないことがあった。
「へれ、な……?」
そう呼ばれた彼女は、「ん?」と首をかしげた。
「なんだ、まだ話してないのか?」
「ああ、今しがた目覚めたばかりですから。私から説明したかったんですが……」
「構わんさ。やはり私の口から話すべきだろう」
そう言うと、彼女は一機の前に腰をおろし、その彫刻のように完成された顔を近づけ、エメラルドグリーンの瞳で一機を正面から見つめてきた。なにぶん女性に慣れていない一機は赤くなってしまう。
「な、なんですか?」
「――ふむ。怪我の具合は問題ないようだな」
「なんかボケたような発言してましたけど、いきさつ覚えてます?」
「あー……うん、だいたい思い出したわ」
昨日のこと、なのかどうか判然としないが、とにかく鉄伝を終えて寝て以降のことは思い出していた。変な石が届けられ、不思議な光に包まれたと思えばいつの間にかおかしなところにいた。森を歩き、湖でこの女性と出会った。そして――巨人の骨、獰猛な巨獣。しまいには巨大ロボットときたもんだ。頭を打ったショックとはいえ、よくこんな刺激的な記憶を忘れていたものだ。
「ならば話は早い。一機というのだったな。いいか、落ち着いて聞いてくれ」
そこで彼女は言葉を切ると、一旦呼吸を整えてから続きを言った。
「信じられんかもしれんが、この世界は」
「俺たちの世界じゃない、ってんでしょ?」
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