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楽園のサジタリウス3 六
「ほら、一機さんあ~ん」
「いやもう手動かせるから。あ~んなんかやんなくていいからホント」
三日後。揺れてる運搬車の中の一室で二人の男女が睦言を交わし……ているわけがない。一機と麻紀が昼食を間に挟んで向かい合っている。ちゃぶ台には黒パンと干し肉を戻したスープ、それとパンにつけるソースがあった。
本来食事は一旦《マンタ》を停止させ外で食べるものだが、今回はあと少しで目的地のドルトネル峡谷なので一気に行軍しようと待ったなしとなった。しかし他は交替で仲良い者同士食べているのに、この二人だけ寂しく食事しているのは、言うまでもないが全身包帯だらけで首からまたアマダスをぶら下げてる一機一人のせいである。
たび重なる痴漢行為(事故故意含め)にボッコボコされた一機、当然そんな奴と寝食を共にしようなんて女子は親衛隊にいない。だが三日前のリンチでボロボロになった一機は誰かの介助なしには動くこともままならなくなり、必然その役目は片腕が動かないが麻紀しか適任がいなかった。
というわけで激痛の代わりに地獄の特訓から抜け出せた一機だったが、
「たしかにもうだいぶ回復しましたね。特訓も再開ですよ嬉しいでしょ?」
「……それを思うと腕一本くらいまた折りたい気分になるね」
親衛隊看護兵の的確な治療とアマダスの効用によりけがはずいぶん良くなり、麻紀の言うとおり「訓練は間をおいてはいかんからな。休んだ分もっと厳しくせねばいかん」なんて鼻息荒くしているヘレナを見ると一機は全く喜べない。というか死ぬよね、確実に死ぬよね俺と泣きそうになっている。
「まったく嫌気が刺す。風呂でも入って疲れ取りたいよ」
「この世界お風呂ってあるんですかね。ヨーロッパじゃお風呂無かったんでしょ百年ぐらい前まで」
「そりゃペストとか病原菌が流行ったからだよ。それ以前は入浴だってあったし、だいたいシャワーとか水浴びくらい……」
そこまで言って、ふと一機は口ごもって赤くなった。
数日前、あのヘレナとの出会い――その裸体は完全に一機の脳内にフルカラーで添付された。絶対に色あせるとはあり得ないだろう。
なんてことを思い出してると「おい変態聞こえてんのか」なんて低い声で言われたのであわてて話を元に戻す。
「ま、まあとにかくヨーロッパの事情は特別だから、いくら中世っぽいとはいえそこまで一緒とは限るまい」
「ああ、そういえばヘレナさんがここら辺は火山帯だから時々近くで温泉が出るなんて言ってましたね」
「温泉て概念あるからには入浴はするのか……おいなんだその目は、別に入浴シーンなんか想像してねえよ!」
「語るに落ちるってこのことですね。実物見るの珍しいので記念に写メ撮っていいですか」
「撮るな! そんなもん!」
二人仲良くわいわい楽しいランチ。しかしそこに漂う匂いはきつい発酵臭がした。
「――ところでさ、このソースすげえくさいな」
「スルメとかビーフジャーキーとか乾物好きな人が何ほざいてんですか。だっぷりつけて美味しそうに食べてるクセに」
なんて言いながら麻紀も瓶の中に入ってる褐色のソースをパンに塗って食べている。中身はよくわからないが、たしかに熟成されたハムやジャーキーのような香りがして独特のクセと塩っけがなかなかの美味で一機は気に入った。
二人が驚いたことに、この世界チーズやバターといった乳製品がない(一地方ではあるらしいが主要な食べ物ではないとのこと)代わりに、この『ガルム』なんて動物の内臓などを塩漬けし発酵させたソースを食べていた。パンに塗ったり調味料にしたりわりと広く使われているらしい。
「ガルムって、古代ローマにありませんでしたっけ?」
「ありゃ原料魚だよ。まあ魚も肉も似たようなもんだ、関係あるかもしれんがね」
古代ローマ帝国でサバやイワシの類を塩漬けにした発酵調味料であるガルムの名は一機も知っていた。祖父が「再現してみっか」とかほざいて作ったのだが、「ただのしょっつるじゃねえか」と一機が感想を述べたらへこんでしまったことがある。
「ただの偶然か、あるいは誰かがメガラに製法をもたらしたのか……意外と俺たちの世界とこの世界の間は狭いのかもしれんな」
「そりゃまあ、ウインドウ越しですから狭いですね」
「いやだからさ、そっちはまだわからんて言ってるだ……お?」
会話中急に部屋が揺れなくなった。《マンタ》が止まったらしい。何事かと思い二人が窓から外へ顔を出すと、
「……この景色……」
「間違いないですね。ここは……」
二人の眼前にあったのは、始めて見るが見慣れた景色だった。
MNが隠れるくらい高く育った木が生い茂った森から一変、草がほとんど生えていない荒地。そこから続く高く切り立った崖と崖に挟まれた細道――と言ってもMNが二、三機くらい並んで通れそうではあるが――は圧倒的な威圧感を二人に与える。中心に立つ燃えるような赤で彩られた火山と合わせ、人間のちっぽけな力では成し得ない自然の造形美がそこにあった。
「なんか、テレビで見たグランドキャニオンとか思い出しますね。スカイウェイは高かったですか?」
「いや行ってないよ、じいさん飛行機大嫌いだったからまともに群雲離れたことないし」
そんな雄大な美をまるで理解してない二人だったが、内心動揺していた。
「――やっぱ、そっくりだよな」
「細かいディティールとかは覚えてませんが、だいたい合ってるんじゃないかと」
一機たちの視界を埋め尽くす自然の芸術品(アート)は、やはりネット上に作られた0と1の工芸品(データ)と恐ろしく類似していた。
ドルトネル峡谷――数日前二人が暴れ回ったフィールド。ここまで符合する点が多過ぎると、「ゲームの中に入っちゃった? そんなファンタジーやメェルヘンじゃあるまいし」なんて笑っていられない。
「へ……へへ、へへ……」
「一機さん、何笑ってるんですか気持ち悪い。ただでさえ気持ち悪い顔がマイナス二.七パーセント増しですよ」
「減ってる! ノーマルな顔の方がキモいの俺!? ていうか少ないな数字!」
なんておちょくられるほど一機の高揚感は強かった。
ツバを飲み込む。一機の全身にピリピリした寒気が生じていた。あのつまらない現実の世界(かずき)ではあり得なかった、楽園の世界(シリア)での快感。
「あら、意外と小さくてなで肩で余計なとこにだけ肉がついてるいい体してますね一機さん。ぴと」
「冷たっ! 寒気の原因お前かよっ! ていうか全然ほめてないよねそれ!」
漂流者二人をさておいて、親衛隊は峡谷へ入る準備を行っていた。ただそのまま入るのではない。MNを起動させ、隊員たちは鎧を着ての完全装備で向かう。
なにせこの峡谷は、五十年前のグリード侵攻からシルヴィアの遠征軍を退けてきた悪魔の谷なのだから。
やがて進軍の準備が整った。先頭はグレタが率いるMN隊、補給物資を載せた《マンタ》と残る隊員は後方、指揮を執るヘレナはその間に入る。一機と麻紀はヘレナの指揮車(《マンタ》に乗ってるだけ)に同乗させてもらうことに。
しかし、ヘレナがなかなか進軍命令を出さないでいた。
「……あの、ヘレナ?」
「うわっ! な、なんだ、何かいたか!?」
「いや別に何もいないけど……どうして進まないのさ、もう準備できてるんだろ?」
「馬鹿者! ここは別名『悪魔の谷』と呼ばれる魔境だぞ! そう易々と入ったらいいものではない! 十分注意して……!」
「あ、ヘレナさんの右肩に白い手が」
「ひいいぃっ!?」
なんとなく可愛い悲鳴を上げてヘレナがキョロキョロ見回すが無論そんなものはいない。一機にとって慣れ親しんだ麻紀のデマカセである。
ヘレナにこんな一面があったとは……萌え。なんて思わないこともない一機だったが、そんなこと言ってられない。何しろこれはヘレナのみならず、親衛隊みんなそうだからだ。
どいつもこいつもビクビクして落ち着かない。身体をカタカタ震わせていたりきゃーなんて悲鳴はさっきから絶え間なく聞こえてくる。なるほどこれは行進なんか不可能だ。
「まさか親衛隊がこんな怖がりの集まりだとは……グレタも青い顔してたからなあ」
「怖がりっていうより、信心深いと言うべきでは。聞いたじゃないですかここは悪魔の住処として恐れられているとか」
「にしても、これじゃ話にならんだろ。どうにかしないと……ん!?」
二人が頭を悩ませていると、突然地の底から響くような声がした。
ウオオオオオオオォォ……と、亡者の呻きのような声にただでさえ恐慌状態の親衛隊がパニックを起こす。
「もう駄目です隊長、撤退させてくださ……あれ、隊長は?」
「あーヘレナなら……そこの隅でうずくまって震えてるぞ」
とうとう隊員数名が泣きついてきたが、今のヘレナに聞く余裕はない。本当に怖がりだなこの人と一機はため息をついた。
「というか貴方がた、こんなにビクついててどうするんですか。仮にも女王を守護する親衛隊でしょう?」
「いやだって、あたしまだ二ヶ月目だし……」
「あ、私は三ヶ月……」
「なんだ、お前らも新米かよ」
新人のだからと迫害してきた連中も実はペーペーだったと知りいい気分になる。しかもこれだけ怯えてるところだから尚更だ。
だが喜んでばかりいられない。このままではらちが明かないので、なんとか対処する必要がある。麻紀に耳打ちする。
「お前、この死者の声らしきものどう思う?」
「その質問に答える前に離れてくださいくせぇ」
「もうちょっとオブラートに包めや麻紀! だからこれやると話続かないから後でにしよう!」
「そうですね、ここら辺火山帯だそうですから、蒸気がどこかから噴出してそれがデコボコの壁や穴に共鳴して泣き声みたくなるのでは」
「ああ、自分で言っといてなんだがここまであっさり切り替わられるとムカつく……」
歯がゆい気持ちは忘れることにして、まあ恐らくそんなところだろう。この峡谷は入りくんでゴツゴツした岩が露出しているので、その間を蒸気や風が通れば気味の悪い音に変換されても不思議ではない。が、そういう理屈をわからないシルヴィアの人間ならこの反応は当然だ。これがドルトネル峡谷が悪魔の住処と呼ばれた所以か。
となれば、この恐怖を何かで払拭させる必要がある。一機は一計を企てた。
「何が悪魔だよ馬鹿馬鹿しい。そんなのあるわけないじゃないか」
「なに? お前、そんなこと言っていると今に呪いが降りかかるぞ!」
「あーもう俺かかってるかもね。だってほら、指が……」
そこで一機は右手の甲を隊員の前に出し、左手で親指をつかむと、
スッと横にスライドさせた。
「…………」
「…………」
「……ええと、なーんちゃっ」
て、を発音する前に、辺りが絶叫で包まれた。そりゃもう地の底から響く声なんか打ち消すくらいの悲鳴が。
「う、うわぁっ!?」
偶然にも隊員全員の視線が一機に向けられていたらしく、その場はもはや阿鼻叫喚の地獄と化した。ヘレナなどあわてて駆け寄る始末である。
「か、一機無事か!? 誰か止血、誰か止血を!」
「いや落ちついてヘレナさん! 指はありますから!」
「えっ!? だ、たってさっき指がとれ……!」
「……確かに指は取れましたが、私の故郷に代々伝わる悪魔払いの術を使ったらつながりました」
「なに!? そんなものあるのか!?」
うわあこれ外国人には効くって聞いてたけどここまでとは予想外だなあとやった一機自身驚いていた。無論日本人には説明するまでもない単純な手品だが、親衛隊隊員(一人を除く)はすっかり信じ切っている。とりあえず一機の思惑通りだ。
「どう? その悪魔払いの術を使って呪いを解いてから進むというのは」
「そ、それで安全なのか?」
「いや俺プロじゃないから完全に大丈夫とは言えないけど、効き目はあると思うようぎゃあっ!」
ずいと、ものすごい数の女性に迫られた。男としてはうわぁいと喜びたくなるが、どいつもこいつも鬼気迫る形相なので嬉しくもなんともない。おまけにMNまで来ているのだから一機はビクついた。顔近い顔近い。
何する気なのかなあという片目半眼の視線を無視して、一機は皆に向かって声を張り上げた。
「ヘレナ、ちょっとやりながら教えるからこっち来て」
「う、うむわかった」
よっとと運搬車に上り、ヘレナの後ろに立って腕を握る。隊員たちが歯がゆい思いをしているのが伝わっていい気分になる。しかし身長差があって辛いのが泣きそうになった。
「まずな、右手をスッと前に突き出してまとわりついてる悪魔を払う。左手はこう曲げて顔の横くらいかな。で、反対の手でも同様に払う。ここでちょっと一歩前へ。これは他の動きの時も一緒ね」
「こ、こうか?」
「そうそう。で、離れた悪魔をこう両手をはたいてかく乱させる。右から一回、左も一回。これを二回やる」
「なるほど、こうか」
一斉にパンパン叩く音が響く。呪いを解く術はまだ終わらない。
「そうそう、で、腰とか足に残ってる奴らを両手で払う。こうスッと右から左へ二回くらい」
「ようし、わかった。これで……ん、どうした一機、どうして顔をうつむかせているのだ。肩まで震わせて」
「い、いやなんでもない。続けようか」
顔をひきつらせた一機だが、そんなことで終わらせる気はなかった。
「あともうちょっとだから。そして、天に両手をかざして祈りを捧げる。これも右左一回ずつね。それが終わったら最後に手を四回はたくことで悪魔去っていくから」
「ようし、これで任務を果たせるぞ! 世話になったな一機……ん、どうした。何故突っ伏して床をドンドン叩いている」
「っは、いえ別に――それよりも、これ一回やっただけじゃ効果ないんですよ」
「なに!?」
「そこいらで回りながら一時間くらいやらないと」
「むう……よし。皆の者、この『魔神』回収任務は絶対に成功させねばならぬのだ。悪魔などに怯んでいてはいられん、始めるぞ!」
おーっ! という歓声と共にMNに乗っていない隊員たちは輪を作りながら一機に習った悪魔払いの術をやっていた。
それを見た一機は、勢いよく寝室に入るとベッドに飛び込んだ。
顔を枕に押しつけ、ぐげはははははははははと気味の悪い呻きを上げる。全身を震わせ、両手でベッドを叩き……まあつまり、大爆笑していた。
そんな不気味な男を心底呆れ切った顔をしながら入ってきたのは、向日葵を揺らした同郷人(アマデミアン)であった。
「――キモい笑い方しないでくれませんかね」
「ぎゃは、ぎゃはは……無理、無理……」
「ていうか今皆さんがここを回り回りってるんですがね、見てみたらいかがです?」
笑いながら首を横に振る。今の一機がそんな光景を見たら確実に笑い死にするだろう。
「ていうか私も笑おうかと思ったんですがね、あまりに馬鹿馬鹿しくて呆れる方が強くて笑えません。何が悪魔払いの術ですか、私盆踊りにそんな効用があるとは知りませんでしたよ」
「いんや、元々祭りとか踊りって祈ったり払ったりするもんだろ? だから間違ってなぶはははははははははっ!」
そう。一機が手取り足取り恩ある親衛隊の方々に教えたのは先祖代々伝わる秘術でも仏様から授けられたありがたいお経でもなく、一機の故郷にある盆踊りの振りつけだった。小学生の頃習ったのをなんとなく覚えていたからそのまま使っただけである。悪魔とか幽霊とかどうにかできるかは知らない。
「別になんだっていーじゃん。本気で神とか悪魔とか信じてる連中に理屈熱弁してもわかってもらえないだろ? だったらそれを逆利用していい方向にすりゃぷっぷーっ!」
またしても吹き出した。それもそのはず、外から回ってるはずの方々が「それそれそれよいっと」なんて掛け声を上げ始めたのだから。
「て、てめえなに合いの手教えてんだよ!」
「いやあ、「こうした方が効果ありますよ」って言ったらみんなさらに頑張ってくれまして」
一機がほざいた大ボラを訂正するどころかより悪化させた麻紀。やはりこの二人はコンビなのであった。
「ま、やり方は失笑せざるを得ませんが、一応これで先には進めそうですね。例の『炎の魔神』とやらも回収できますよこれで」
「……炎の魔神、ねえ。FMNだか何だか知らないけど、そんな五十年前の骨とう品本気でどうにかなると思ってんのか」
笑いを収めてため息をつく。馬鹿みたいな話だなあ、とは数日前の話でも思ったことだった。
『炎の魔神』。それが、シルヴィア親衛隊がこんなところまで来て回収したい“置き土産”FMN(ファーストメタルナイト)の名称であった。
五十年前の『グリード侵攻』の際、シルヴィア王国にMNの製造技術をもたらしたのは、グリード皇国からの亡命者たちであった。開戦直後から流入してきた亡命者たちの助力があってこそ、シルヴィアはMNを製造でき、グリードに対抗できたと言える。
しかし、彼らがもたらしたのは製造技術だけではない。何体ものMNも亡命の際強奪してきた。それがFMNである。
グリードでも最初期に作られたといわれるそれらFMNは、他のMNとは圧倒的な性能差を持ち、大量のMNを一瞬で蹴散らす化け物とまで呼ばれたらしい。どうしてだかFMNのことに関してはシルヴィア国内でも極秘とされているので、詳細どころか正確な機体数も王族のヘレナですら知らないそうだ。
ただ、そのFMNはそのすさまじい力とプロパガンダ的役割としてメガラ大陸に古代から伝わる伝承になぞらえ『魔神』の名が与えられた。そして休戦後、その多くは封印されメガラ大陸各所に散らばった。
ところが、このドルトネル峡谷に封印されているFMN、『炎の魔神』は少し他と趣が違った。なんとこの機体は終戦直前にグリード側に奪い返されてしまったのだ。
しかしながらその時ドルトネル峡谷周辺はシルヴィア軍が完全に包囲しており、グリード軍は峡谷の深くに潜むしかなかった。シルヴィア軍は何度となく奪還作戦を行ったが、例の呪いとやらで阻まれ、当時は他に重要な戦線も多かったので兵力もなかなか割けず、結局包囲したまま放っておかれる形となり、今に至るというわけだ。
「五十年近くそんなやばい兵器を放っておくというのもどうかと思ったが、あのビビりっぷりじゃしょうがないか」
「果たしてそれだけですかねえ。でも、五十年ほど捨て置いたものを今更取りに来た理由もアホみたいと思いません?」
「……予言? でもそれがないと俺ら助からなかったしねえ」
『炎の魔神』よりある意味もっとおかしな話であるその『予言』を思い出し二人苦笑した。すると、
ドシンと、大きな地響きがした。
「お、おわっ?」
「きゃっ」
驚いた一機と麻紀が個室から顔を出すと、ガンガンと耳障りな音を奏でるMNがいた。
「おいグレタ、乗ったままやるんじゃない!」
(ヘ、ヘレナ様。しかしMNから降りるわけにもいきませんし……!)
MNに乗っていてわからなかったが、グレタ自身かなりビビっていたらしくやらずにはいられなかったのだろう。搭乗して待機していた他の隊員も我先にと踊り始めた。見ている分には滑稽極まりないがなにしろ相手が十メートルの鉄の塊では話が違う。みんなあわてて止めようとした途端、
(うわっ!?)
何の前触れもなく、グレタの《エンジェル》が倒れた。否、地面に沈みこんだ。
「な、なんだぁ?」
何が起こったかわからない一機と麻紀は、他の隊員たちと同様に《エンジェル》に駆け寄った。するとそこには、異様な光景があった。
「こいつは……」
グレタの《エンジェル》の右足は地面に沈んでいた、というより落ちていた。
地面にあったのは、大きな穴。
MNをもスッポリ入れる大きく深い穴は、四角に出来ていて明らかに人工的に掘られたものであった。
何よりその証拠として、穴の底にMN用の巨大な剣山がびっしり並べられていた。これがゆっくり踊っていて踏んだからまだいいが、もし普通に前進していたら完全に落下して串刺しになっていたことは間違いない。
「――なるほど。たかが悪魔の呪いなんかで五十年近く放っておかれるわけはないと思ってましたが、やっぱこういうことですか」
「その『魔神』とやらを守る、墓守がいるってことだな」
墓守――かつてこの地に追いつめられたグリード軍の残党。シルヴィア軍のこの地に対する進軍を阻んだのは、信心深いシルヴィア兵の恐怖心などではなく、罠や奇襲など彼らの妨害工作だったに違いない。
ふと、峡谷とそびえ立つ火山を見上げる。今の一機にはそれがMNの巨体であっても制することが叶わない、難攻不落の城砦に見えた。
「……おい相棒、攻略作戦考えてくれよ」
「《サジタリウス》もない身でほざいてんじゃねーっすよ無能者。人に頼ってないでせめて自分でサジを扱えるくらいになったらどうですか」
「いやだからもうできるって! お前こっちに来てから毒舌に拍車かかったな!」
嘆く一機は放っておいて、こうしてシルヴィア王国騎士団親衛隊によるドルトネル峡谷攻略作戦が開始されたのであった。
***
「開始されたのであった」とはいえ、その進みは牛歩と呼んでいい遅さであった。
なにしろ広い峡谷、道もところどころ分かれ入りくんでいるので、下手に進むとはぐれる危険性が高い。おまけに敵側の罠が設置されているとあれば、そうそう気安く通るわけにはいかない。MNを先頭におっかなびっくり進むしかなかった。しかも、罠は引っ掛からなければいいというものでもない。
ところが、ここでまたしても意外な奴が役に立った。
(ええと、こっち、ですか?)
「ああ、違う。もうちょっとこっちだな」
(ここ、ですね)
「そうだ、落ちついてしっかり支えてゆっくりと……」
「…………」
「……一機さん、今卑猥な想像しましたね?」
「んな!? そんな男子中学生じゃあるまいし誰がこんなんで想像するか! てかあの会話じゃどんなシチュかわかり辛いし!」
「それ、想像した人間の発言ですよ」
「ぬかったあああああああああああああああああぁぁぁ!!!」
と、いつも通り一機と麻紀がボケとツッコミをかましている最中、ドスっと何かを突き立てる鈍い音がした。
音の先には、何本もの槍を縄で繋いで一本の竿とし、先端にMNの装甲板を取りつけた……表現しようのない変なものが《エンジェル》の両手にあった。
(ヘレナ様、本当にこんなもので大丈夫ですかね?)
「筋は通っている。いちいち手さぐりするわけにはいくまい? とにかく、そのまま続けてくれ」
グレタの半信半疑な声に答えるヘレナ。こちらもあまり信じきれていない様子なのが一機を少しさびしい感じにさせた。
なにしろ今グレタ及び先行するMN三機が使っているのは、一機考案のトラップ発見器(笑)なのだから。
「ってなんだ(笑)って。(笑)じゃねえよ十分理にかなった代物だぜ」
「自分のモノローグにツッコミ入れないでくださいよ。槍で作った竿の先で突いて落とし穴探すってだけのものに理もへったくれもありますか」
考案なんてカッコつけたが原理は一行で説明できるチャチな有様。しかし、これは厳密には一機が作ったものではなく、逸話がある。冷戦時代、東ベルリンから西ベルリンへの亡命を防ぐために設置された地雷原を、モップで突いて確認しながら切り抜けた男の話だ。言うのは簡単だがやるのは相当度胸いるだろうなあとテレビで見て感心したのを一機は覚えていた。
それで、落とし穴程度ならこれで大丈夫だろうと提案したが、効果のほどは――
(きゃっ!)
ボゴッと、グレタ機が可愛い声と共に前につんのめった。一応効果があったらしい。
眼前にまた、MNをも落とせる巨大な穴が現れた。何本もの槍も同様。先ほどと同じMN用の罠、墓守の仕業であろう。
(……まあ、使えなくはないですね)
「どうも。まあこんなもん大したことじゃないですね」
「いや、助かったぞ。感謝する一機」
「そんな、例を言われるほどでは……痛っ!」
ヘレナにほめられいい気分になったのもつかの間、右足に激痛が走った。
「…………」
「ちょっ、何その半眼! 踏みつけたのお前だろ麻紀!」
「さあ、何のことですかね?」
そっぽを向いた麻紀はいつも通り無表情に見えるが、付き合いの長い一機にはわかった。この女、理由はわからないが明らかに怒っている。
ケガの具合が悪いのだろうか、それとも……と考えが及んだ瞬間今度は体重を乗せた右ストレートを顔面にいただいた。うん、これは殴られても仕方ない。でもいてぇとKOされた一機は泣いた。
「――お前ら、何してるのだ?」
夫婦漫才からドツキ漫才へと発展した二人を覚めた目で見るヘレナ。そんな変な雰囲気の三人は無視して、親衛隊は進んでいく。が、そのスピードはかなり遅かった。
警戒して進まなければならないのは先ほど述べたとおり、落とし穴や上から岩などが落ちてくる罠の場合穴を埋めたり岩を撤去しなければ先へ行けないのでまた行進は止まる。引っかからなければいいというものではない、隊員たちを疲れと焦りと苛立ちが襲う。
そこで、また前方が騒がしくなった。何度目かの落とし穴が見つかったようだ。
「くそっ、またか……工作兵!」
MNに乗った隊員を呼ぶ。そのMNにはちょうどいいサイズのスコップ(ただし人間からするとでかい)が。なにせ穴が穴なので人間では埋めるのにかなり時間がかかるからこうしてMNでやるしかない。多分この落とし穴自体MNで作られたものと思うが。
「……ん?」
ふと、一機は落とし穴に視線を向ける。
四角形の穴、カモフラージュするための土、そして落ちた獲物を確実に仕留める赤錆びた剣山――
「――なあ、ヘレナ」
「ん!? どうかしたか!?」
「あ、すいませんなんでもないです」
「なら呼ぶんじゃない! まったく……!」
声をかけただけで怒られた。ヘレナも相当ムカムカしている。一本気なヘレナの性格からすればこんなチマチマした嫌がらせのような真似は腹立たしいことこの上ないだろう。
「何をしておるか! お前も手伝ってこい!」
「は、はい!」
一機はあわてて埋め立て作業をしている元へ走った。MNや物資を通れるようにするには穴を再び埋めるしかない。剣山を引っこ抜きそこらから土を掘り出し埋める、を延々と繰り返すのは結構きつい。一機も剣山を運んだり片付けたりと土木作業員のような仕事に従事するようになった。
「ぎぎぎぎぎ、ぎぎぎぎぎぎぎぎぎ……っ」
が、そんな仕事普通のインドア系高校生だった一機にできるはずもなく。
「こらー! そこなにへばってるかー! 処刑されたいのかー!」
「いやちょっと待て! MN刺す用の剣山なんか人間一人で運べるわけないだろ!」
まあ、少なく見積もって八メートル以上ある鉄の塊を一人で運べる奴はそうそういないだろうが。もはやビルか何かの建材と言った方が正しい。無論他は何人も一緒になって運んでいる。
「誰か手伝ってくださいよ! このままだと潰れて死ぬわ!」
「潰れろ! このまま運べなかったらサボった罪で処刑! になるといいなー!」
「ああもう直接的な表現になってしまったよ! もはや女の子のひそやかな願いになってる! 完全オープンだけど!」
(こらそこ、さっきからやかましい!)
もはや定番となってしまった隊員たちからのイジメ(殺意含む)を受けていると、MNで作業を指揮していたグレタの怒声が響いた。
(ただでさえ予定と遅れているというのに、何をガヤガヤ遊んでいるのですか! 特に一機、新人だというのになんですかその気の抜けようは!)
「いやだから、こんなもの一人で運べるわきゃねーって……!」
(問答無用! 気合いを入れ直してやります、歯を食いしばりなさい!)
「え!? ちょい待ち、MNに乗ったままぶん殴ったりしたら即死……!」
もう完全に気が立っていたらしい。さすがにみんな「え!?」と顔を上げたが、グレタの拳はそれより早かった。
MNの文字通り鉄拳が、一機の顔というか全身に飛んできた。
「……!!!」
とっさ。本当にとっさ。
火事場の馬鹿力か数年間の鉄伝の経験が育んだ反射神経か、とにかくその瞬間一機は素晴らしい反応速度でその場にしゃがみこんだ。
ターゲットを失った拳は速度を維持したまま岩肌に強烈な一撃を喰らわせた。
ボゴッ! という結構大きな音がその場を駆け抜ける。
「…………」
一機からすればここのところ慣れ親しんだ静寂が、今度は親衛隊全員を支配した。
ミシミシ、という嫌な音だけが唯一その場で聞こえる音となった。
「――ば、馬鹿者、MNで人を殴る奴がいるか!」
(いえ、その……つい)
やっと正気に戻ったグレタも口ごもるしかない。当の一機は汗がドバッと出て激しく呼吸する。というか、まだ一機の頭上に拳が突き刺さったままだったりする。
「ついじゃない! まったくお前というやつは……ん?」
その時、
さっきから鳴っていたミシミシという不快な音がどんどん大きくなっていることに誰もが気付いた。
「…………」
恐る恐る、皆が視線を岩肌に向けると――そこには予想通りの光景があった。
鉄拳が命中したところから、亀裂が広がっていく。音が派手になるにつれ、亀裂は崖を登っていって、そして……
「た……退避、全員退避しろぉ!」
ヘレナと絶叫と共に亀裂が頂上まで辿り着き、ベキボキバキィ! と轟音がして崖が崩落、大量の土砂がなだれ込んでくる。
そこかしこで悲鳴が上がり、蜘蛛の子散らすように親衛隊隊員は逃げ惑う。一機もあわてて駆けたが、《サジタリウス》とタメをはる鈍足では間に合うわけもなく思いっきり土砂をかぶる。
「ぶがぁ!!」
その体は土石流の中でぐるぐる回り、気がついたら逆さのまま土の中で固定された。
頭に血が上り息が出来ないが、腰から下の下半身は土から露出しているようで――っておい、まさかこれって。
「えいっ、しょっと!」
「ごばっ!!」
何人もの土から引き抜かれた。土まみれで大根の気持ちを知った一機は口に入った土や小石とかにせき込む。
それをニヤついた顔で見下ろすのは、もはや誰か言うまでもないかな。
「おお、リアル祟りじゃー」
「それ八つ墓村ね。こっちは犬神家」
「アレあのシーンだけ強調されてて意味わかんないけど、ちゃんと理由が」
「ネタバレになるからやめなさいそういう発言は」
何に誰に対して気を使ってるのか。そんな二人は無視して騒ぎは発展していく。
「だいたいお前はすぐ激昂して落ち着きが無さ過ぎる! 冷静さを欠いては勝てる戦も勝てん、そんなことで親衛隊を名乗れるか!」
(な、んな……人のことが言えたクチですか! ビクビク怖がって震えていただけの方が!)
「うっ……!」
そう言われると隊長も押し黙るしかない。色々言いたいことがあったらしく、副長はマシンガンのごとく言葉を投げつける。
(そもそも騎士ともあろう者がお化けにビビってちゃしょうがないでしょう! 子供の頃ならまだしも立派な大人なのに!)
「ぐっ……! や、やかましい! 怖いものは怖いんだからしょうがないだろうが! それにお前だって怖がってたのは一緒だろ!」
(はいー!? その発言だけは許しませんよ! 肝試しに一回行っただけで城中ランプ一日中点けっ放しで戦時並みの厳戒態勢にして部屋の片隅でガタガタ震えてたお嬢さんはどこのどなたでしたっけっ!?)
なんかもう親衛隊隊長と副長というより幼なじみ同士の口ゲンカのレベルになってしまった。前からなんとなく感づいていたが、この二人はただの上司と部下ではなく個人的な関係が深いようだ。
「あ、あれはお前らが勝手にどこかへ行ってしまったからだろ! 夜中の間ずっと泣きながらさ迷ったんだぞ!」
(それは、女王陛下に連れられて嫌々行った貴方が、私のクシャミ一つに「きゃー!!」って泣きながら逃げてったからでしょうが! 私母上にあの後さんざん怒られたんですからね!)
ケンカのレベルはさらに低下、もはや子供同然である。二人の意外な一面が知れて可愛く思えてきた一機だった。が、
「つあっちぃ!!」
不埒な思いを抱いた罰が当たったのか、いきなり座り込んでた足と尻のあたりに強烈な熱が走った。
ていうか何これ、と振り返った。すると、
「……?」
崩れた崖のひび割れから、チロチロと水らしきものが流れてくる。何か白く濁っているような。試しに少し触れてみる。
「熱っ!」
すぐ手を引っ込めた。間違いなく原因はこいつだ。
「一機さん、なんですかそれ?」
「――なんか、妙にあったかいんだけど、もしかしてこれって」
その解答は、疑問を口にする前に与えられた。
ひび割れから吹き出した大量の熱湯が、一機に襲いかかり飲み込んだ。
「ぐおっぷ!?」
俺こんなんばっか、と嘆く暇もなく今度は水流にミキサーされる。流されて落ちたのは、ちょうど今埋めてる最中の落とし穴だった。
「ぶがっふ、ぶげふ……熱い熱い熱い、なんだこりゃ?」
あわててはい上がると、落とし穴には大量の熱湯が注ぎこまれている。ってこれひょっとして、
「……温泉?」
(なんですって? そんな、温泉なんか簡単に出てくるものじゃないでしょう)
グレタの発言ももっともなのだが、実際にあったかい水は亀裂からジャンジャン湧いて出てくる。しかも飲み込まれた時ちょっと飲んじゃった一機はそれがなんかしょっぱい味なのも知っている。ナトリウム泉か。
「たしかにこのあたりは温泉が多いことで有名だが……まさか温泉を掘り当てるとは思いもしなかった」
「掘り当てたというより殴り倒したといった方が適切かと思うがヘレナさん。副長なんという強運なんだ」
(要りませんよそんな強運……)
呆れるグレタを無視して、湯はどんどん溜まっていく。
「…………」
いつの間にか、誰も彼もが沈黙した。きっかけは何もないが、とにかく沈黙した。
グダグダな進軍、キリのないトラップとそれに対処に埋め立てる疲労、苛立ち。誰もがいい加減限界だった。
そこに現れた天然温泉。ちょうどいいことに溜める穴はある。ちょっと深いのなら埋める土も岩も道具もそこにはあった。
「…………」
もう何度目かわからない沈黙。しかし、その沈黙はこれまでとは違っていた。
「――いいのですか? 親衛隊ともあろうものが、進軍先で温泉にのんびり浸かっているなどと」
「今更何を言うか。皆のあの羨望の眼差しを向けられ、止められるものがいるわけがなかろう」
そういうヘレナとグレタも、服を脱いで肩まで湯に入って堪能しているのだから文句を言う筋合いはない。
親衛隊隊員、さっきまでのぐたりとした働きぶりはどこへやらというスピードで簡易露天風呂を建造していた。まあ穴を埋めて岩を敷き詰めた程度だが、源泉を誘導し湯を溜め外へ排出されるよう流れを作ったその仕事ぶりは騎士より風呂屋の勢いだった。さすがに完成する頃にはずいぶん日も落ちたが、松明をそこらに立てて光源は確保している。
そしてその風呂に今親衛隊総員百名余(一人除く)が疲れを癒していた。ある者は溶けてしまいそうなくらいゆったりと、ある者は広いスペースを利用して温水プールさながら泳いできゃっきゃきゃっきゃ嬌声を上げ楽しんでいた。
全員疲れ果てていたのは一緒だし、何よりみんな騎士として粉骨砕身するには若すぎた。こんな息抜きの機会がないとやってられないのである。
「やれやれ、まさか別世界で温泉に入れるとは思いませんでしたよ。だけど、骨折してる身なのが辛いですね」
そう言いながら湯船の横で、右手で洗面器代わりの兜(他に手ごろなのがなかった)を使い左手の骨折部分にかからないようかけ湯をしている麻紀は愚痴った。骨折時は炎症などの理由から入浴はちょっとまずいからだ。湯をかけてタオルで拭くしかないのだが、温泉が目の前にある誘惑に耐えれる日本人はなかなかいない。おろした髪の間から未練たっぷりで睨みつける。
「なんだ、その身で一人で体など洗えるか。手伝ってやろう」
「え!? いや待ってくださいヘレナさん、一人でできますから! できないとしても貴方に介助してもらうのは勘弁して下さい!」
「なに? なんだそれは。どうして私だと嫌なんだ」
「貴方の裸を見たくないんですよ! これでもスレンダーだけど胸は意外とあると自負してきましたが、ヘレナさんの体見ると羨望どころか憎悪すら湧いてくる!」
わけのわからんことを、と思ったヘレナだったが、ふと湯船に入った隊員たち全てが「うんうん」と首肯していたことに気付く。
「こんなのただ煩わしいだけだが……」とは言わなかった。かつて何度も知人友人(女性)にそう発言した際、ほとんどが恨みと憎しみを込めた眼をヘレナに向けてきたのを覚えていたからだ。
「とにかく、けが人はおとなしく従っておれ。ほら、タオルを貸せ」
「だからやめてくださいって……ちょっ、そっちはちがっ、きゃ」
ちょっと乱暴に麻紀の体を洗うヘレナの手が滑る。傍目からすると微笑ましい光景――ではない。
「ヘレナ様、その辺でやめていただかないと。あとは私がやりますので」
「うん? まだ全然洗い終わってないぞグレタ」
「いえ、それ以上続けられるとこれ以上進軍できなくなりますので」
「は?」
何のことだとヘレナが湯船に目を向けると、嫉妬に狂った隊員たちが血の涙を流しながら岩に腕を叩きつけて自分も手を折ろうか、いや足の方が色々してもらえそう、いっそ全身複雑骨折とかしたら――きゃーなんて今にもへし折ろうとしてるところであった。
「お、お前ら待たんか! そんな皆が骨折したら任務が果たせなくなる!」
なんて和気あいあいとした裸の女性たちが織りなす楽園(パラダイス)が現世に降臨している頃、その楽園を誰よりも堪能するはずの一機はというと、
「……この扱いは、いくらなんでもひど過ぎるんじゃないですかね」
などと目隠しされ縄でグルグル巻きに縛られた状態で嘆いた。
まあ、女性ばかり桃源郷で唯一男だけなのだから、こういう扱いをされるのは仕方ないといえばないのだが。
しかし即席露天風呂建造を必死になって手伝い(裸目的は当然あったものの)完成してさあ入るぞというところで後ろから取り押さえられ、そこらに捨てられたことを考えれば泣きたくなるのも道理であろう。
ついでに言うと、耳は塞がれていない。きゃっきゃと笑う声がしてうらやましいやら色々想像して悶々とするやら。これをずっと耐えねばならないのだから一機にとって地獄であろう。
……否。一機はただ耐えているだけの男ではなかった。
「くっくっく……ド素人共が。ロクに身体検査もしないで」
お前何のプロなんだよとツッコミを入れたくなる一人言を呟きつつ一機が後ろ手で取り出したのは、尖った石の破片。縛られる直前とっさに隠し持っていたのだ。そして地面に顔をこすりつけ目隠しから抜ける。すれて痛かったが、これで視界は確保した。
「いくらなんでもこの扱いはねえだろうが……俺何にもしてねえってのに。ならば、そちらの希望通りのぞいてやろうじゃねえか!」
だからそういうことするから信用されないし縛られたんだよ、なんて諭してくれる人は誰もいないし、怒りと男(オス)の本能(だいたい二対八の割合)に支配された一機には聞こえない。破片で縄を切ろうとする。
「――割と難しいな。いっそ縛られたままのぞきに行くか。それだと後でしらばっくれることもできるし……あ、切れた。まあいいか」
とりあえずのぞきさえできれば……なんて最初はそれだけだったが、いざ自由になるともっと欲が湧いてきた。今なら短距離金メダル狙えるぞというスピードで自分のテントへ戻り、使いどころがないので電源を切って置いておいた携帯を持ってきた。もう十世代ぐらいいっちゃったんじゃないかというかなり古い機種だが、さすがにメール、ワンセグ、そしてカメラ機能くらいは搭載している。
「麻紀にさえ感知されなければ、奴らに発見されたところで問題ない。シャッターが消音できないのはまずいが、あれだけ騒いでるなら聞こえないだろう。ノープログレム!」
『問題ない』はノープロブレム。そんな間違いを毛ほども気付かずぐへへへへと抜き足差し足する一機。恩も忘れて罰当たりもいいところである。
そんな罰当たりな一機を、天の神も許すはずがなく、罰を与えた。
「……っだ!?」
ビュッという衝撃と共に携帯を持っていた手に鋭い痛みが走ると、いつの間にか携帯が吹っ飛んでいた。どうも何かがぶつかったらしい。
「な、なんだ?」
地面を見回すと、なんか正方形の黒い石コロみたいなのが落ちていた。
「これは……?」
拾ってみると、ゴツゴツしてるが硬さはそれほど硬くはない。土はそれほどついておらず、黒っぽいがなにかツルツルした手触りで、一機が知っている一番近いもので例えると――
「――石ケン?」
それが一番正しいように思えた。そういえば石ケンは隊員も使っていたのを見たことがある。あれよりも無骨で不純物が混ざってるようだが、それでも石ケンであることに変わりはない。石ケン自体は紀元前以前からあるものだし存在するのはおかしくない。しかし、何故石ケンが飛んできたのか?
「…………」
空を見上げる。上にはちょうど温泉が流れる亀裂があった。そこから流れを作り、只今桃源郷と化している元落とし穴へと伝わる。そのもっと上は……当然、崖だ。
――まさか。
一機の脳内に浮かんだ、ある一つの予測。ここへ訪れてから見てきた様々なものと絡めて、その推測は確信へと近くなる。
元いた場所へと戻る。その一機の行動を監視する親衛隊隊員はいない。皆入浴中だからである。敵地のはずなのに気が抜けてるにも程があるだろうと言いたいくらい油断し過ぎだ。
……否。そうではない。ここまで進軍してきた隊員たちは、共通認識としてあることに気付いていた。しかし、あり得ないこととして誰もが言う気になれず、それがこの暴挙をさせた理由でもある。
仕切りになってる岩に背中を預け、妙に速くなった鼓動を抑えて後ろのヘレナに話しかける。
「――なあ、ヘレナ?」
「うん? ああ悪いな縛ったりして。ちゃんと後で入れてやるから安心しろ」
「いや、それはいいんだけどさ。ちょっと変なの落ちてきたんだよ」
「変なの? なんだそれは」
「――石ケン、かな?」
「石ケンだと?」
怪訝そうな声が返ってきた。一機はそのまま続ける。
「上からつーか、崖から落ちてきたつーか。そもそも不思議だったんだよね。いくらMNでも、パンチ一発で温泉なんか湧き出るもんかね。温泉の源泉ってもっと地下深くに埋まってるイメージだけど」
「ちょっと待ってください、出るかねって、実際出てきたんですよ?」
「だからさ、別にさっき温泉が出てきたって、今初めて湧き出てきたとは限らないでしょ?」
岩の向こうで、誰かが「ハァ?」なんて声を上げた。一機は携帯を操作しつつ、自分の考えの最後を述べた。
「この石ケン、上から落ちてきたって言ったじゃん。風呂ないのに石ケンだけあるってのも変な話だろ? しかもこれ、あの亀裂の真上からだな確実に。てことは――」
「――つまり、元々上で掘り当てられた温泉が、たまたまあの一撃で崩れて流れ落ちてきたと?」
確実ではないが、そういう推測も立てられると答えた。だが、ここで一つ新たな疑問が。
「誰かが元々掘っていたって――誰が?」
そんな誰とも知らぬ疑問の声で、またしてもその場を静寂が一瞬支配すると、
ザバーッと水から上がる音がし、その刹那一機は躍り出て携帯のカメラを向けた。
「総員配置に付け!」とヘレナが叫び、皆急いで湯から出て駆けてゆく。その隊員たちの凛々しい姿――ではなく、タオルを羽織る余裕すらないあられもない姿を一機は撮りまくっていた。
――はっはっは、火事場作戦大成功! 文明の利器に万歳を送りたいぜ!
さっきの推理、別に嘘八百ではないが、今話したのはこうしたわけだ。
自由の身になってのぞこうとしても、相手は戦いを生業とする兵士。しかもヘレナといい麻紀といいどうも勘がよさそうばかりなので困る。普通にのぞいても見つかって袋叩きだなあと悩んでいたところで石ケンが落ちてきて。それでピンと来たのだ。
つまり、この近くに敵がいる可能性が非常に高いということ。上に露天風呂など作っているのだとすれば、相当近くに。
この可能性を提示すれば、あわてて戦闘準備に入るだろう。こちらを気にする余裕などないし、あっても携帯なんぞ知るはずもないから撮られているなんてわかるはずもない。
敵がいて襲撃される可能性があることを言いたかったのも本当。でもそんな危機的状況に陥っていることを察した自分に対する褒美としてこの写真を貰ったのだ。そう思うことにしよう。それがいい、うん。
自己中心的(アンブレイカブル)もたいがいにせいとばかりの一機の論理。あわただしく着替えてMNを準備したり武器を手に取ったりと戦う用意をしている隊員の中で、一人我関せずとしゃがんで携帯で撮った写真を確認しつつガッツポーズする。能天気極まりない。
しかし天はそんなスケベ小僧を放っておくほど寛容ではなかった。
ザン、と一機に影が差す。
振り返ってみると――そこには修羅がいた。
「…………」
「ま、麻紀……さん? あの、これは……」
右目に巻かれた包帯、三角巾。それ以外は何もつけてない麻紀の姿を一機は美しいと思った。
ただ、その髪の間からのぞいているたった一つの眼光が一機を鋭くとらえていなければ、の話だったか。
「えと、あの、その……これはなんというか、つい魔が差したというかええと、ご安心を貴方様の裸体は写していないのでてそんなんで許されるわきゃねーかあはは」
「……なんで私は撮らないんだよ」
「へ? 今何かおっしゃいましたかげぐばぁ!?」
顔面を見事に足蹴され、倒れる間もなくキックの嵐。顔どころか全身の骨を砕くように念入りに踏みまわされ、たった一人なのにヘレナの時やられた隊員総出の集団リンチより重症となった。
程なく一機はまたしても全身ボロボロで目覚めたが、カメラのメモリーは――言うまでもなかろう。
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