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楽園のサジタリウス3 十
そこにあったのは、巨人。
否、さっきの《ゴーレム》と同じくMNだった。しかし、一機は最初それをMNと判断することを躊躇してしまった。
まずその表面の色は、黒。
それもただの黒ではない。闇をすくって絵の具に使ったような、見ていて怖気がするような濃い黒だ。
その闇の色で塗られた装甲は《ヴァルキリー》や《ゴーレム》と比べ数段ごつく、太く作られているようだ。騎士というより熊のような猛獣に近いかもしれない。頭部の兜は五画形のバケツを逆さにしたような不格好さで、額と横にそった角が真っ白く生えていて気持ち悪いほどのアンバランスさをかもし出している。
だが、一機が戦慄したのはそこらではない。
最も異様な部分、巨人の右腕と背中であった。
本来左腕と同じく豪腕があるはずのところにあるのは、筒。
巨大なMNの全長に匹敵するほどの長い筒が、右腕とすげ替わっていた。そしてその筒は、もう一つ異様な背中と繋がっているようだ。
そのMNは、背中に黒いランドセルのような箱を背負っていた。巨体の肩から腰くらいまである箱はどう見ても剣をふるって戦う騎士にはそぐわず、まるで行軍する兵隊みたいな姿になっていた。
兵隊――というフレーズが浮かんだ一機は、もう一度筒を眺めてみる。正面から見ると筒は中空で、中に螺旋状の傷が付いている。そして側面には左手でつかむであろうフォアグリップが……ってちょっと待て、これはまさか……
「……大砲?」
「そ、大砲」
恐る恐る紡がれた一言をあっさり肯定されてしまう。一機は動揺する他なかった。
「いやだって、こんな大砲、この世界の技術で作れるわけが……」
あくまで聞いた話だが、この世界は剣や槍、弓矢が主だった武器で銃や大砲はあるもののあまり浸透してはいないようだ。シルヴィア王国軍でもほとんど所有しておらず、むしろ地方蛮族――つまりはアマデミアン――がよく使うらしい。まあ、現代兵器の対戦車ライフムや大口径砲ならともかく、鋼鉄の巨人相手で火縄銃や旧式の大砲なんて役立たずだろうから無理無いが。
そんなメガラで、こんな巨大な大砲を作る技術があるとは思えない。それより、どうしてこんなところにMNがもう一機もある? まるで、隠されているかのように――とまで考えて、一機はふとあることを思い出した。
「……っ! こいつ、まさか!」
「え、あんた知ってんの?」
「ああいや、ちょっと小耳にはさんだ程度だが……とするとこいつが」
「そ、これがあたしたち『守護の民』が四十五年間守り通してきたもの、FMN(ファーストメタルナイト)『炎の魔神』よ」
FMN。グリード皇国が開発し、その後シルヴィア王国に奪われ使用された最初のMN。一騎当千の戦闘能力を秘めたと語り継がれ、伝説の魔神の名を得た巨人――その一つ、親衛隊が出向いてまで手に入れようとした『炎の魔神』がそこにあった。
「『炎の魔神』か……なるほど、名の通り、いや、それ以上の力だな。一騎当千も納得だ」
この砲身の大きさからして、砲弾は最低でも十センチは下るまい。戦車の大砲として載っててもおかしくない代物だ。MNの装甲強度など知らないが、こんな大砲食らって無事で済むわけがない。射程も弓矢とは比べ物ならないはずだから、戦闘は一方的なリンチになるだろう。まさに『炎(を吹く)魔神』と呼ぶにふさわしい。
「しかし何処の誰がこんなもの作れたのか……ふむ、砲弾は背中のバックパックに入ってるのか。そこから大砲と繋がって装填されて……うわ、駐退復座機まである。おいおい中世ヨーロッパどころじゃないぞこれ?」
「??? あんたさっきから何言ってるの? チュータイフクザキって何よ」
大砲オタクのウンチク語り出しについていけないマリーは目を白黒させる。彼女は『炎の魔神』自体は知っていてもそれがなんなのか詳しくわかっていなかったようだ。
「え? あーと説明しづらいな。駐退復座機ってのは大砲を発射した時の衝撃を逃がすため、ピストンの方式で砲身をスライドさせるものだ。……っていったところで理解できんか。ううむ、お前、銃や大砲見たことあるか?」
「拳銃だったら、ここにあるけど」
と言って、一機の眼前に銃口を突き付ける。
「うわっ! お、お前なんでオートマチックなんか持ってんだよ!」
「えー? なんか旅人に貰った」
「気前のいい旅人だこと。まあこれで説明しやすくなったか。撃ったの見たことくらいあるだろ? ここのスライドのように、駐退復座機は砲身を後方へガシャンと下げる。それで衝撃がある程度消されるんだ。オートマチックとはスライドする部分と目的が違うんだが……いや待て、一緒か? この大砲とバックパックへの繋がり方からすると、発射のガス圧でオートマチック同様次弾を装填する仕組みかもしれん」
マリーは一機の言葉を半分も理解できなかったが、とにかくこの男が自分が長年整備してきた『炎の魔神』の真価を知っている人間だということはわかった。
「なんか――ずいぶん詳しいわねあんた」
「んー、一時期そういうのにハマった時期があってな、にわか勉強だけど色々本読んだりしたもんだよ」
自他(麻紀&鉄伝のプレイヤーたち)共に認める大砲馬鹿として有名な一機は、それが祟って大砲や戦車など軍関係の本や戦争映画などに夢中になっていたことがある。無論バーチャル世界である鉄伝でその知識が役立ったことなど一度もないが、まあ楽しめたから良しとしていた。ちなみにその頃の一機は「動画で大砲が発射され煙と轟音が響くたんびにエヘエヘ笑って気持ち悪かったby麻紀」とのこと。
そして大砲馬鹿が大砲を一目見ると、その口径が気になってしまうのは当然(一機だけかもしれんが)。目の前の大砲が何センチ砲なのか気になって仕方なかったが、いくら一機でも砲口だけで細かい口径を判断するのは不可能であった。
「具体的な口径知りたいな……マリー、この砲弾の口径ってどれくらいかわかるか?」
「は? 口径って何さ?」
「お前、口径も知らずに大砲付きMNの管理してたわけ? えーと、正確じゃないけど、つまりこいつの砲弾はどれくらいの直径かってこと」
「あ、それなら聞いたことある。4ディオ……ってわからないわね。ちょうど、今のあたしの身長の十分の一くらいかな?」
「……そりゃまたずいぶん分かり辛い単位だこと」
一機は困ったが一応推測してみる。マリーの身長は一機より少し低い程度。百六十以下か百五十以上、あるいは中ほど――いや、
「――まさか、十五.五センチ砲?」
十五.五センチ、と思ってしまったのは、大砲研究に熱中してた時読んだ艦載砲最大口径、四十六センチ砲を積んだ戦艦大和の副砲が十五.五センチだったことを思い出したからだった。まあ主砲に比べあまりに脆弱すぎるということでいらない子扱いされた不遇の砲なのだが――と大砲に同情するという高度なプレイをかます変態ぶりを発揮したところで現実に戻る。
「なるほど、お前が見せたかったのってこれか。しかし、五十年近く前の代物だろ? とっくにサビついてくず鉄じゃないのか?」
「おいちょっと待て。何がくず鉄だって?」
「ぬわっ!」
一瞬でマリーのジト目が眼前に迫ってきて思わずビビる一機。というか近い。息感じる近いと妙に赤くなってあわてる。
「な、なんだよいったい!」
「何がくず鉄ですって? あたしら『守護の民』が四十五年間守ってきた魔神をくず鉄呼ばわりとはいい度胸ね」
「え、怒ったのか? いやいやでも、そんな年月経ってたら金属製品なんて使い物にならないに決まって……」
「馬鹿言わないでよ、ちゃんと毎日整備くらいしてるわよ。ほら、ちょっと触ってみて」
「触る? このMNにか? それがなに……うん?」
言われるまま『炎の魔神』の表面に触れてみると、ぬとっとネバネバした感触がした。なんか燻製みたいな匂いもする。
「なんだよこれ?」
「樹液」
「樹液ぃ? なんでそんなもん塗ってあるんだよ」
「サビ止めのために決まってるでしょ。これでも毎日整備してるんだからね」
「えー? こんなでかいものを毎日整備て無理あるだろ」
「……そりゃ、さすがに全部片付けるのは無理だから工程決めてコツコツと。他に罠作ったりする必要もあるし。で、でも、ちゃんと完璧に整備してるんだから」
「……ふうん」
どうも毎日きちんと手入れできないことに歯がゆさとか後ろめたさとか感じているらしく最後の方気弱になってしまった。そんなマリーをあえて気にしないことにし、一機はもう一度『炎の魔神』に視線を向ける。
「しっかし、大砲付きとか重くてしょうがないと思うが、歩けるのか? ……ってん? この足の裏まさか……おいおい履帯かよ! 何が巨大ロボットだ、ほぼ戦車だろ人型の!」
いきなり叫び出した一機にマリーはもはや皆目不明。頭から???を出しまくっている。
履帯というのは、無限軌道、クローラーなど様々な名称があるが、一般的なのはやはりキャタピラになるだろう。通常の車のようなタイヤではなく車輪に履板と呼ばれる板を囲むように接続することで不整地などの移動を可能にするもので、例を上げると戦車が有名だろう。大砲オタなら戦車オタになるのが必然(とは限らないが)なのでその関係の本も読んでいた。
いずれにしろ、大砲といい履帯といいこれがメガラの世界の技術では作り得ないことは明白だ。駐退復座機などというものは第一次世界大戦中発明された物、その他大砲といい履帯といい、本来のこの世界の技術では発想することすら不可能なはずである。
――確実だな。こいつを作ったのは絶対にアマデミアン、それも軍の技術者か何かだ。でないとこんなものは作れやしない。この『炎の魔神』を、いや――
実を言うと、一機が驚愕したのは『炎の魔神』の異様さそのものではなかった。一目見た時、あるものとダブって映ってしまったのだ。全然似てないというのに。
数年来自分の手足に代わって戦場を駆け抜けた、0と1で出来た相棒と。
「ところでさ、マリー」
「何さ今度は」
「こいつ、名前あるのか?」
「名前? 『炎の魔神』以外の? ないと思うけど」
「ないのは変だな。魔神の名前はシルヴィア側がつけた名称だろ、グリードで使われてた時の名前とか聞いてないのか?」
「そんなもんいないし……あ、ええと、ここにはいないってことで、他の拠点の長老に聞けばわかるかもしれないけど、今日はもう遅いし明日にして」
「――あいよ」
急にわたわたしだしたマリーにもう追求する気にもなれない一機は軽く流した。それより重要なことがあるし。
「じゃあ、俺名付けていい?」
「はい?」
「この『炎の魔神』、俺が名前つけていいかって」
突発性難聴にでもかかったのか耳に手を当て聞き返したマリーにもう一度告げる。そうしたら口を大きく開けて「あ?」みたいな顔になった。一機は思わず吹いた。
「ちょっ、何笑ってんのよ! 名前ってどういうこと!?」
「えーいいじゃん、名前ないんだったら勝手につけて。シルヴィア王国がつけた名称なんかいつまでも使う必要無いだろ。だったら別の名前にしたって問題無いさ」
「だからってなんであんたが……ちょっと待って」
最初怒っていたマリーだが、急に真剣な顔になり一機から背を向けた。なんとなく首筋に手をやった一機は、そこでやっとあのネックレスが消えていることに気付いた。
「あ、あれ? お、おいマリー」
「……名前つけるってことはこれが気に入ったってこと? だったらここにいてくれるかもしれない……下手に拒否するより受け入れてしまった方が……もうこれ以上……りはごめんだし……ってうわっ! な、何よ!?」
「あのさ、俺が首に巻いてたネックレス知らないか?」
「ネックレス? んなもん服のポケットに入ってるわよ。運ぶ時落ちちゃったから入れといてあげたの」
言われてまさぐってみると、たしかに右ポケットの中にネックレスはあった。少々汚れてはいるが別に壊れてはいないので安堵する。とりあえずもう一度かけ直すと、マリーが一人言から解放され声をかけてきた。
「わ、わかったわ。名前つけてもいいわよ。でもあんまり変な名前は勘……弁……」
最後の言葉は形にならなかった。振り返った一機の顔を見て思わず引いてしまったのだから。
実を言うと一機はもうマリーの声など耳に入っていなかった。自分でも不思議なほど昂っていて、動悸も激しいし息も絶え絶え。今この瞬間にも暴れ出しそうなほど茹だった体温の中、発したのはたった一言。
「……《サジタリウス》」
「――は?」
「だから、《サジタリウス》だ。こいつは今から《サジタリウス》なんだ」
「はあ……」と首をかしげるマリーの様子からすると、このメガラでは意味の無い単語らしい。しかし、一機にはそんなことどうでもいい。
早速とばかりに、鎮座されている『炎の魔神』――《サジタリウス》によじ登った。
「あー! ちょっと何してるのあんた!」
「ん? 何ってなんだよ。乗り込んで操縦するに決まってるだろ。よく言うじゃないか、「何故乗るのか、そこに《サジタリウス》があるからさ」って」
「聞いたこと無いし、そもそも《サジタリウス》って何よ! 第一、それ操縦しようなんて無理! 動かせないんだから!」
「……は?」
思わず力が抜けて《サジタリウス》からずり落ちた。したたか頭を打ち、悶絶する。コントのような見事なこけっぷりにマリーは爆笑する。
「~~~~~っ! ……あたたたた。おいちょっと待てマリー。動かせないってどういうことだ。ええい笑ってるんじゃない!」
「ははははは……あーお腹痛い。えーとなんだっけ、動かせないってとこ? 文字どおりの意味よ、この『炎の魔神』――いいか、《サジタリウス》でも。とにかく、こいつはここに封印されてから四十五年間、一回も動かされたことがないの」
「動かされたことが、ない?」
一機は信じられなかった。伝説の魔神の名を頂いたFMN、その名に恥じない火力を有したこの《サジタリウス》は本物だ。壊れてもいないのはマリー自身が断言したとおりならば、この大砲で敵――《サジタリウス》奪還を目論むシルヴィア軍――を蹴散らさんとしないわけがない。それが動かされたことがない? あり得ない。
「なんで動かさないんだよ? どこか壊れてるのか?」
「失礼ね、さっき整備は完璧って言ったでしょ。動かせないのは操縦者の問題よ。これを動かせた操縦者はあの戦争の終わりごろ亡くなって、それ以来誰も操れていないのよ」
「操れてない……そんなことが……あ」
言いかけて、ふと一機は思い出した。
この世界に来て初めての時、乗り込んだMNを動かそうとして身じろぎすらできなかったことを。
「そういや、MNの操縦は訓練が必要だっては聞いたけど、でもお前さっきの《ゴーレム》は動かせるんだろ? どうしてこいつは無理なんだよ」
「そりゃ、あたしは普通のMNなら動かせるんだけど……こいつはちょっと」
「あん?」
「なんつーかキモいというか……こう、ズポッとなってザワザワってしてズシッってきて……とにかく怖気が走って嫌なのよ! あんなの無理無理!」
ブンブンと首を振るマリーは本当に嫌そうで、嘘をついているようには見えなかった。本当に動かせないらしい。
――変な話だなあ。仮にも五十年前のグリード侵攻で活躍した機体なら動かせたに決まってるるから、動かせないわけはないと思うんだが。何が気持ち悪いってんだ?
そう言われてみると、一機もどこかふらつくというか気分が悪くなったというか……
「……うぅっ」
「ん? あれ、あんたどうしたの?」
「ええと、急にフラフラというか意識がかすみがかったようというか、これも《サジタリウス》が発する魔力……うぷ」
「ちょっ!? それ魔神のせいじゃなくて悪酔い! ここで吐いちゃだめー!」
ここら辺は父に似て、飲めてもそれほど強くない一機はあっさり気分が悪くなる。ましてや久々の酒は想像以上に回るのが早かった。
歩くことすらままならなくなってきた一機を、ここを汚物まみれにされてはたまらないとマリーが元の場所へ引きずって戻る。ウオオオオオオオオオォ……とまたうめき声が泣き声だかわからない叫びがそこらに響いた。決して一機がリバースしているのではない。
***
「――それで、状況は?」
「ようやく半分、といったところですか。なにぶん罠が過剰なほど多いのと、総員休みなしで解除に回っているため疲弊してきてますね」
「そうか……」
グレタの報告を聞いて、ヘレナはひとつため息をついた。すっかり日の暮れた中乏しい松明に照らされた青の鎧姿は相変わらず美しく凛々しかったが、肩を落としていると不思議と小さく感じられる。
「正直、この程度でへばっていては話にならないんですがね。ま、無理な行軍であることは事実ですが」
「仕方無かろう。なにせ、今の親衛隊は……」
「何が仕方ないんです?」
「っ! ……もう慣れてしまっている自分が嫌だ」
「まったくです」
親衛隊隊長と副隊長としてはこうも簡単に後ろを取られてはいけないだろうが、もう憤る気力も失せているらしい。疲れているのはこの二人も一緒かと麻紀は考える――違う意味で、だが。
「な、何の用だ麻紀?」
「何の用って、ヘレナさんが頼んだ仕事の報告ですよ、ほら」
そう言って麻紀は紙の束を渡す。この世界で借りた筆で質の悪い紙(一機たちの世界からするとだが、メガラだとそれなりのもの)に書かれているのは、箇条書きのよくわからない文だった。
自ら書いた文の意味を、麻紀自身理解してはいなかった。ただ聞こえてくることから意味のありそうなものを羅列しただけである。本当はまだ聞いてなくてはいけないのだが、これは中間報告だった。
「ああ、御苦労だな。変な役を押し付けてすまない」
「いえいえ、けが人の私ができることなんてこれくらいですからどんどん使ってください。まあ利き腕この様ですから字は汚いでしょうが」
「――字が汚い以前に、読めません。あなた方の世界の字で書かないでくれませんか?」
懇切丁寧な麻紀の声にグレタのツッコミが被る。だとしても麻紀は笑顔を崩さずさらに歪める。
この世界に来た時から何故かこちらの言語が理解できるアマデミアンには、当然のごとくメガラで使用されている文字を読むことだって平気。しかしながら書かれている文章を理解しても、その文字や文章を書くことはできない。ちょうど、薔薇とか躊躇とか読めるけど書けない漢字のようなものか。故に麻紀の箇条書きも日本語だった。
「すみませんねえ不勉強で。これが終わったら練習いたしますのでどうかご勘弁を」
「来たばかりのお前にそこまで要求せんさ。なら、口頭で頼めるか?」
「了解しました。ではまず最初に――」
と、麻紀は紙に書いた内容を述べる。これなら初めから口で伝えるべきだったかもしれないが、まあメモと思えば無駄にはならない。麻紀が伝え終わると、ヘレナは口元に手を当て考え込む仕種をした。
「――なるほど。やはり『炎の魔神』はこの向こうにあると思って間違いないな。そして、相手はやはり少人数、いや一人らしいな」
「ええ、正直驚きましたね」
「驚いた? 少ないことがか?」
「いいえ」
意味ありげな会話をする二人。麻紀も何を指すのか予想がついたので何も言わなかった。
「とにかく、目的地は近いということだな。急いでここを突破する必要がある。隊員に指令を……」
言いかけたところ、ガシャーン! という轟音と共に「あーっ……」という『ジスタ』越しの悲鳴が辺りに響いた。何せ狭い峡谷内だから音が反響してうるさいことこの上ないのだ。
「つぅ……こら、そこの《エンジェル》! 誰だかわかりませんが、隠されてもいない落とし穴に落ちてどうするんです! そのまま埋葬されたいんですか!」
キンキンする耳をさすりながらグレタが叫ぶ。単に《MN》が足を滑らせて転んだだけなのだが、グレタの苛立ちは本物だった。
苛立っているのはグレタだけではない。一機が気付いていたかは分からないが、ヘレナやグレタはいつもピリピリしていた。ヘレナは比較的穏やか――きっと一機と幼なじみを重ねていたせいだろう――だったが、グレタは常に不機嫌。それは性格のせいもあるだろうが、麻紀にはそれだけとは思えなかった。
何より気にかかったのは、それ以外の隊員の様子だった。全員明るいというか、軽い。麻紀は知り合いに軍人などいないが、彼女達にはそういった雰囲気というものがあまり感じられず、同年代のせいもあって普通の女子高生に見えてしまう。両者の間に溝がありすぎるのだ。
「まったく……これでは親衛隊の名が泣きますよホント」
「言ってやるな。とにかくこれでこんな任務ともおさらばだ。元老院もこんなくだらん任務を押し付けるなんて、我々をいったいなんだと……」
「なんだと思われてるかは、ご自身が一番よくわかっているのでは?」
ピクリ、と一瞬動きを止め、ヘレナがこちらへ視線を向ける。睨みつけるような鋭い視線だが麻紀はまるで気にも留めず続ける。
「まあ、私はこの国の事情はよく知りませんが、こんなあるかどうかもわからない宝箱探すような仕事させる気持ちもわかっちゃうかなーって」
「……どういう意味です?」
「どういう意味ですって? うーん、そうですね……」
小馬鹿にした態度で二人のボルテージが上がっていくのを感じつつ、くるりと可愛く回ってヘレナの眼前に指を突き付けた。
「いい加減、全部教えてくれませんかね?」
「……全部?」
「だって、一応私もここの一員になってるんでしょ? 今のところですけど。だったら教えてくれたっていいじゃないですか、この親衛隊の問題を」
問題、のところで虚を突かれたような顔をされた。気付いていたことよりも、聞いてきたことに驚いているような顔だ。麻紀としても、これまでの様子や会話から察してはいたが、直接聞くつもりなどまったくなかった。聞くのが躊躇われたというのではなく、単に関心が無かっただけだ。
しかし、彼が行動しているのならば、自分も深入りすべきと思った。だからこうして質問することにした。
だって、情報収集(あいつにできないこと)こそが、間陀羅麻紀(ティンカー・ベル)の役割なのだから。
「ちょっと、貴方どういうつもりで……!」
「わかった、話そう」
「ヘレナ様!?」
逆上しかけたグレタをヘレナが制する。不思議とさっきより疲れたような顔なのは、二十四歳という若さで一軍隊の指揮をしている重みからか、失った幼なじみの埋められない空虚を抱き続ける辛さか、あるいはそれ以上の何か――問題という重圧からなのか。
「……そうだな、一時休憩としよう。全隊員に通達、しばし休息だ」
そうグレタに指示し、麻紀を連れて指揮所代わりのテントに戻る。と、そこにウオオオオオオオオオォ……とここに来てから何度も聞こえたうめき声のような音がした。
さすがにヘレナも慣れてきたのか騒ぎはしないものの、ビクッとするのは相変わらずで、見ている分には愛らしいものではあった。
しかし――このうめき声は、麻紀には他と違う『何か』があるように感じていたのだった。
***
引きずられてグッタリした一機は、二人だけの飲み会会場に戻っても地面に寝転がってるだけだった。天地もはっきりせずうえぇぇ……とうなるしかない。
「ったく、こんなに弱いとは思わなかった……ほら、迎え酒」
「いや、迎え酒って意味ないから水……わかったよ、飲むよ」
断るのもわずらわしく、促されるまま差し出されたコップを受け取る。起き上がれはしたが岩肌を背もたれ代わりにしないと倒れてしまいそうである。
「飲めないなら飲めないって言いなさいよ、だったらあたしだって勧めたりしなかったのに」
「いや、飲めるし酒も嫌いじゃない。ただ……度がすぎると高確率でこうなるんだ」
一番たちが悪いわね、同感なんて交わしつつ、一機は呼吸を整えた。
「しかし、動かせないMNなんて無用の長物だろ。あんな大事に整備する必要も、ここで守ってる必要もないんじゃないか?」
「馬鹿言わないで。あたしたちには動かせないってだけで、本国の騎士なら乗れるかもしれないじゃない。それまで完全な状態を維持しとかないと」
「……本国の、ねえ」
つまり、グリード皇国が再侵攻してこちらへ救援に来るということだろう。四十五年間ずっと沈黙している国が、しかもこんな敵陣のど真ん中にある動くかもわからんMNをわざわざ取りに来るとは一機には思えなかったが、言わないでおく。
「にしてもさ」
「うん?」
「この騒音に対して無反応ってのはどうかと思うんだが」
二人が座り込んでる谷間には、さっきからガシャーンだのドシーンだの轟音が耳障りなほど響いている。考えるまでもなく、親衛隊が行軍している音だろう。にもかかわらず酒をかっくらってるマリー能天気振りが一機には理解できなかった。
「仮にも敵が来てるんだぞ? なんか武装したりとか、仲間と連絡取るとかせんでいいのか?」
「あっはっは、仲間なんて……いやいや、放っておいても大丈夫よ、いつものことだから」
「はぁ?」
ちょっと何かを口走りそうになったが、「しまった」という顔をしてあわてて取り繕った。
「あいつらいつもこうなんだから。蛮族討伐とか奪還作戦とかほざいて、適当にあたしらの住処を荒らして帰っちゃうの。でもやる気がないのよね」
「やる気がない?」
「昔はあっちも本気で攻めてきて一族のみんなも懸命に戦ったらしいけど、近頃は言い訳みたいなもんよ。とりあえずメガラ統一のため頑張ってますよって姿を現しておきたくて、そこらに攻め入ってちょっと暴れたら帰ってくわよ。いつものこと……でも今回はちょっとしつこいけどね」
「――なるほど」
要するに、プロバガンダ的な行為なのだと一機は理解する。シルヴィア王国としてもいくら伝説のFMNが潜んでいるとはいえ、四十五年もの間ずっと引きこもっている残党になんぞ興味を示さないのだろう。道理でロクな地図もないわけだ。『炎の魔神』奪還なども今は昔の話でもはや興味はなく、国民に対するアピール用の軍事行動以外には用はない。つまり、この地は完全に忘れられた場所だったのだ。
……否、忘れ去られていた、だ。少なくとも親衛隊は、ヘレナは本気で《サジタリウス》を取り戻す気でいる。予言なんておかしな物により命令であれ真っ当にやり遂げようとするだろう。そうなれば遊び半分でも言い訳でもない、本当の戦闘が始まる。このドルトネルが本物の戦地になってしまう。
いや――ならない。そうはならない。だとすればもっと悪い。そう判断した一機は、マリーにそれを伝えようとした。が、
「しかも親衛隊だって。まったく馬鹿にしてるわよねぇ。『貴族のお遊び場』なんて揶揄されてる親衛隊をあてがうなんて、物見遊山でもこっちを舐めてるにも程があるって。ねえ、あんたもそう思わない?」
「……え?」
一瞬、マリーが何を言ったのか理解できなかった。
しかし脳に言葉が反芻されていくと、理解できないのではなくしたくないという思いが立った。
「な、なんだそりゃ? どういうこった? 親衛隊て、女王の傍で護衛する一番優秀な兵士たちなんじゃ……」
「え? ああ、あんたが知ってるわけないか。なにそう聞かされてたの? あっはっはっはっは! 笑っちゃうわねえ!」
アルコールの影響もあるとはいえあまりに朗らかに親衛隊を馬鹿にするマリーに一機は怒りを覚えたが、戸惑いの方が強く何も言えなかった。
いや――本当は一機は戸惑ってなどいなかった。むしろこちらに来た時から抱えていたモヤモヤが晴れていく気分すら感じていた。
隊長含め若過ぎる隊員たち、どこか幼さが抜けず統率も取れてない。整備兵も足りてないと愚痴も聞いた。第一、女王を守護するはずの親衛隊がこんな極地とやらにいるのが編ではないか。予言だか何だか知らないがあまりはっきりもしていないことにそんな大事な部隊が遠征されるとは思えない。
それら不自然が導くことは――推測は、一機も立てていた。だが直接ヘレナに聞くことはできなかった。勇気がなかったからだ。だけど今は……
「ちょっ、と……説明してくんない? 親衛隊が『貴族の遊び場』って、なんのことさ?」
「えー? あんたあいつらから聞いてないの? ま、当然よねー。そんな恥ずかしいこと何も知らなアマデミアンに言うわけないか。ははっ!」
酔いが回ってきたのかさらにテンションが上がるマリーは、コップに残った酒を一気に飲み干すと、開口一番こう告げた。
「簡単に言うとね、親衛隊なんて部隊は四年前に滅亡してんのよ」
マリーの話をかいつまんで話すとこうなる。
話は遡ると五百年前、シルヴィア一世がメガラ大陸を統一した頃から始まる。稀代の武人と知られたシルヴィア一世はその武力によって乱世だったメガラ大陸を統一したはいいが、無論そんな力ずくでは不平不満を持つ者は少なくない。シルヴィア王国から『蛮族』と称される地方の少数民族や迫害されるアマデミアンなどがそれだ。
故に、統一したとはいえ五百年の歴史に規模の大小あれ内乱や暴動などはしょっちゅうだった。しかしながら、魔人という圧倒的な武力と魔獣を討伐するという役目を独占したことによりそれは致命的なものにはならなかった。
ところが五十年前のグリード侵攻が全てを変えてしまった。もたらされたMNの建造技術は不満を持つ地方領主や蛮族にも強大な力を与え、起きる内乱は規模も被害も格段に上がってしまった。対処するシルヴィア軍も大規模な派兵を強いられる。これが五十年続けば、国に与える経済的ダメージは計り知れない。
今シルヴィア国は疲弊の極みに達しており、軍事力だけで領地を支配するのは困難になった。ならば政治的宣伝、プロバガンダが必要になり、白羽の矢が立ったのが女王を守護する精鋭部隊として名高いシルヴィア王国親衛隊であった。
最新鋭のMNと優秀な騎士を集めた最強の部隊。しかも当時現シルヴィア女王陛下の娘で『シルヴィア一世の再来』と呼ばれるほどの剣の腕を持つヘレナが入隊していたのが大きかった。無論女王守護が存在理由である親衛隊はそのような広告塔のような役割は無いのだが、宣伝目的がなくても軍事力の減退激しく兵もMNも不足している現状において精鋭を遊ばせる余裕はシルヴィアにはなく、様々な戦場に投入される。
が、そんな事情での投入となれば当然のことながら酷使される羽目になった。各地方に休みなく繰り出され、戦わされ、そして傷ついても暴動があれば行かされた。無理に飛ばされているとはいえ実際剣を振るって殺したのは親衛隊、戦い続けていれば相手から恨みを買う。ついに四年前、酷使され過ぎて疲労困憊だった親衛隊にアマデミアンや蛮族たちが総攻撃を行い、かろうじて勝利したものの壊滅的打撃を被る。
いや、被害は壊滅どころか全滅と言った方が正しい。MNはほぼ大破、隊員で生き残ったのは片手で足りる数、それで現役として復帰できたのはヘレナとグレタ二人しかいなかった。事実上親衛隊はこの世から消え失せたのだ。
しかし、だからと言ってシルヴィア王国の象徴たる親衛隊を無くしたままでいるわけにはいかない。再建することに決定したが、ただでさえ軍事力低迷著しい今少ない女性騎士に余裕はなかった。他から引っ張ろうものなら編成が乱れてしまう。育てている余裕もない。それならば――
***
「――だから、素人に毛が生えたようなのをにわか仕込みで親衛隊にしちゃった、ってわけですか」
テントの中、呆れたように呟いたその台詞に、ヘレナは沈黙という肯定で返した。ぶっちゃけた発言に紅茶をおいたテーブルに向かい合わせに座ったグレタが激昂するかと思ったが、彼女も沈黙しか返さなかった。
「まったくその通りだよ。再編の際、「親衛隊に配属されていた」という名が欲しい貴族たちが二女や三女をこぞって入れてきたから、今の親衛隊を『貴族の遊び場』なんて笑うものもいる。――否定できないのが寂しいところだがな」
自嘲の笑みを浮かべつつ紅茶に口を付けるヘレナに、隣のグレタは唇を噛みしめていた。ヘレナのあまりのいいように怒っているのではなく、名ばかりの親衛隊と化した現状に対して憤っているのだと麻紀は感じていた。
「……単なる地方の暴動だと思っていました。そのことに対するこちらの判断が甘かったのは事実です。でも、元老院たちが私たちをああも使い走らせなければ、あんな無様なことにはならなかった」
苦々しく吐露するグレタは、その時の惨状を思い出してるだろう。カップを強く握りしめ過ぎて壊れてしまいそうになっている。
「……『貴族の遊び場』、ですか」
ちらと視線を外へとそらす。テントの入り口から見えるのは親衛隊の面々。休憩に入った者もいればMNの整備にいそしむ者、または交代で作業を続ける者もいる。
そんな素人どもの集まりになってしまった親衛隊に戦う力などあるわけがない。だから親衛隊の任務など軽い魔獣退治や小規模な暴動制圧など小じんまりしたものになった。戦闘経験を積むと言うならそれも悪くないが、元がプロバガンダ部隊の意味合いが強い親衛隊はそのどうでもいいような戦果や大したことない戦いが誇大に宣伝され勇名を轟かせると同時に名ばかりと叩かれる声も大きくなる。その高名と現実のギャップ、おまけに過去の栄光を思い出し凋落ぶりに憂いでいる、のだろうと麻紀は理解した。
「…………」
もう一度入口から隊員たちをのぞき見る。みんなたしかに幼くて年頃の雰囲気はある。が、遊んでるようには見えなかった。
少なくともみんなヘレナに対する敬愛はある。一機に裸を見られたことで本当に殺しかかっていたし、それが歪んだものであったとしても隊長のためなら死ねるという覚悟は持っていると思う。
誰が言ってるのか知らないが『貴族の遊び場』という蔑称は当たらない気がする。しかし、この当人たちはそうは考えない。まあかつての優れた騎士ぞろいだった親衛隊を知っていれば無理ないことなのか。
「それで、予言という不確かなものを調べるのにあてがわれたわけですか……つーことは、それを命令した元老院とやらもあんまり信じてないってことじゃありません?」
「さあな。予言はともかく、伝説の『炎の魔神』とやらは欲しがっているかもな。もっとも元老院もどんなものか詳細は知ってるのか知らないのか……本当に凄まじい力を秘めているのなら、な」
ヘレナはちらりと、テーブルに置かれた紙束を見た。さっき取ったメモだが、もう内容は伝え終わっていた。
「しっかし、こうものんびりしてていもんですかね? 一応交代で作業はしてますけど」
「構わんさ。急いで罠にかかっては話にならんし、急ぐ必要はなくなった……だろ?」
「――そりゃそうですね」
麻紀も視線をテーブルに向ける。テーブルには紅茶と紙束ともう一つ、例の『ジスタ』が置かれていた。
「遅くとも明日の……朝方には全ての罠を撤去できるようです。もっとも、他の罠が発見されねば、の話ですが」
「さすがにそれは仕方がない。今は体力温存を……うん、どうした麻紀?」
不意に麻紀は『ジスタ』を取り上げると、耳に押し付けていた。ちょうど、貝殻を耳に当て波の音を聞くように。
「いえ、また何か聞こえるんじゃないかと……おや?」
「? どうかしましたか?」
怪訝そうな顔のグレタには答えず、麻紀は耳をすませる。
――ウオオオオオオオオオォ……
「これは……風の声? いえ、それとも……?」
突如聞こえてきた鳴き声とも風とも知れぬ音に、麻紀は戸惑っていた。
「何かまた話してるのか?」
「いえ、話し声ではないと思いますが……なんでしょうこれ」
「騒いでないのなら問題ないのではありませんか? まったく、あの馬鹿平民が、こちらの苦労も知らないで勝手なことを……」
「馬鹿平民? あら、それは不適切ですよ?」
「……は?」
「あ、失礼しました。不適切なのは平民の方ですので誤解なきよう」
「あら、そうですかそれは……いえ馬鹿は撤回しないんですか!? そっちの方がよっぽど失礼でしょ!」
ツッコミに対し麻紀は平然と受け流す。このやりとりは一機を思い出して似たようなタイプかもと心の中で笑う。
「それより、平民が不適切とはどういう意味だ?」
「――そうですね、話してもいいかもしれませんね。せっかくだから」
仮にここに一機がいたら、絶対に止めていただろう。麻紀自身だって、コンビを組んで一年目ほどに家に残ってた酒を飲んでベロベロに酔っ払った一機がつい漏らしたことから聞き及んだのだ。
でも、この二人、ヘレナには聞いてほしい気がした。
もしかして自分と重ねているのかもしれない一機の心境と合わせて。
***
「うおおおおおおおおおぉ……うぷ」
「だから吐くなっつってんでしょ! 落ち着きなさい、病は気から!」
「悪酔いは病気と呼んでいいものか……うぐ」
結局また悪化して吐きそうになる一機。これでもギリギリ我慢しているのに汚れるのを嫌がってばかりのマリーは鬼畜だと心の中で悪態をついていた。
「あーもうこれ噛みなさい、薬草だから」
「ああどうも……って苦っ! 苦すぎる! でもなんか気分晴れたかも!」
「え? いやこれそんな即効性なかったと思うけど……」
「ぶべばぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
プラシーボ効果だったらしい。回復したはずの気分がまた悪化した。
「だーもう、しばらくじっとしてなさい!」
「へいへい、言われるまでもなく……しかし、知らなかったよ。親衛隊がそんなことになっていたとはね」
「え? ああ、あはは、そうでしょうね。そんな恥なこと口に出せやしないわよね、貴族とか王族ってのはホント体面ばかり気にするんだから」
大口を開けて笑うマリーの瞳がどこか冷たく、言葉が尖っている。さっきまでの楽しそうに器械をいじくってるときの子供みたいな目や自爆で体調悪くしたこちらを(一応)案ずる優しい輝きはない。まあ彼女の立場からしては仕方ないのかもしれないが、しかし……
「いいご身分よね、貴族とか王族って。ただその家に生まれたってだけで国民から金もらってウハウハ生活。もう小憎らしいったらありゃしない」
酔っているからか口調は明るいが、言葉に毒が含まれている。自分を助けてくれて看病してもらい飯を作ってやった恩人が、同じく自分を助けてくれて看病してもらい飯もくれた恩人を誹謗しているところを見ると切なくなる。コップに酒を注ぎ、一口煽って喉を潤す。
違うと言ってやりたい。ヘレナは遊び半分でも単なる広告塔でもない。あいつは一生懸命やっている。グレタだって、他の隊員だってそうだ。貴族だから金持ちだからなんて関係ない、あいらは名ばかりの新生親衛隊に実を入れようとどんな小さなことからでも奮闘している、と。
しかし、実際に一機の口から出てきたのはまったく別のことだった。
「……別にさ、金持ってたり、社会的に高い位置にいる奴が幸せとは限らないと思うけどな」
「はあ?」
マリーが眉をひそめるのを、一機は気付かなかった。コップの酒に映った己の、酔いが覚めた顔を見つめていたからである。
「むしろ、変な義務とかしがらみとかあって疲れるもんさ。――疲れるというより、面倒ってとこかな?」
「なによあんた、知ったような口聞いちゃって」
「知ってるさ」
残った酒をぐいとあおると、半眼でマリーを睨みつけつつ答えた。
「俺なんて金持ちのボンボンだったんだぜ?」
***
「――名家の生まれ? あいつが?」
麻紀の発した言葉に、二人とも驚きで口をあんぐりとさせてしまった。
「ええ、結構な名士ですよ。私たちの住んでたところはそんな大都市じゃありませんが、聞くところによるとかなりの資産家だとか。地元じゃ的場の名字聞くと「ああ、あそこの人か」って反応されます。驚きました?」
「ああ、失礼ながら」
それがヘレナの正直な感想だった。自分も王族の一員であるし、貴族なんてものは嫌というほど見てきたから、そういった人間が出す雰囲気はなんとなくわかるつもりでいた。が、一機にはそういうものがまるでなかった。一般人としか思えなかったし、今も思えない。
「信じられない気持ちわかりますよ。実際あの人、家とは関係断ってましたから」
「なんだと?」
「勘当されたんですよ、ずいぶん昔に。実家とは縁を切られちゃいましてね」
「か、勘当?」
先ほどより斜め四十五度に驚きが増した二人の顔に、麻紀は失笑しつつ続けた。
「江戸時代――つーてもわからないね。とりあえずかなり昔からある家なんですが、それ故結構厳しいなんだそうで。一機さんはほら、無能というかパッとしない人でしょ? 両親ともうまくかみ合わなくて、結局妹さんがなかなか優秀だったから追い出される形で家を去ったようで」
「で、出来が悪いって……そんなことで、息子叩き出すんですか?」
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