Last Esperanzars

Last Esperanzars

第1話 その出会い、運命にあらず


 降り注ぐ酸性雨の中、ふと立ち止まって朝早くから溜め息を落とす。寒さが日増しに強くなっていく秋の寒空に一瞬白く現れて消えた。
 3年間通ってきたこの通学路に、何回溜め息を捨てたか考えようとして、止める。意味がない。
 傘のなかの学生服にジャンパーのみの姿が、身長以上に小さく、薄く見える。存在感がないのだ。
「……あ~あ」
 周りを2、3人で仲良く歩いていく同校の人間が増えてきたところで、県立燃余(もえあま)高等学校3-A、的場 一機(まとば かずき)は溜め息記録を1つ追加した。

 ――うるさい。
 耐えかねなくなって、一機はメガネを外して短髪頭をガリガリ掻く。ウザッたくて仕方ない。
「……で、~~が、**だって」
「うっそーっ! じゃあ、〇〇が……」
 周囲を見まわすと、女子が声高々に軽口を叩き合っている。別の所では男子も同じく。弁当食っているやつもいる。マンガ雑誌をスナック片手に読み漁っているのも。まあそれは別に普通だ。
 ここが教室で、しかも授業中でなければ。
 ――なにしに学校来てんだよ、お前ら。
 周りの人間を馬鹿共が……と見下す一機も、別にノートをしっかり取っているわけではない。書かないこともないが、大抵は手持ちぶたさに暇そうにしているだけ。
「え~、つまり、ここの数式はこうなって……」
 教壇では物理教師が、我関せずと言ったように黙々と誰も聞いてない授業をこなしている。注意もなにもせず。教師もやる気が全然ないのだ。
 でも、この物理教師などひどく勤勉な方で、だいたいの教師はビデオ流したりCD流したりしているだけだったりする。
 一見するとありえないこの現状。だが、この県立燃余高校ではそれが成立するのだ。

「……あ、また誰か吸いやがったな……」
 枯れ散る落ち葉に隠れていた吸殻が箒によって掘り出される。いっそ学校燃やしてしまえ。ただでさえ朝の雨で地面がぬかるんでいるのに、と一機の名かで危険な考えが芽生える。
 今一機がいるのは高校の体育館裏。清掃の時間なので掃除中だ。一機1人で。
 ここと屋上はこの学校の人間は知らぬもののいない喫煙スポット。実のところ教室だろうが職員室だろうが吸っても1人を覗いて誰も気にしないのだが、隠れて吸うのにスリルでも感じているのだろうか。
 なのでここは吸殻がたまるたまる。いくら掃いてもキリがないくらい。たまに中に液体が入っている丸まったゴム製の物体とか毟り取られたようなボタンとか歯とかある。この前は女物の下着もあった。そんな場所を誰の手助けなく掃除しても綺麗になるわけがない。それも非公式的に。
「あのー、一機、くん」
「ん? ああ、先生、どうかしました?」
 後ろから声を掛けられた。振り返るまでもなく一機には誰だか分かった。いつものことだから。
 腰あたりまであるロングヘアーにスラリとした楕円型メガネ。霞 今日子(かすみ きょうこ)、新任の英語教師。この人が『1人を除いて』の1人。
「あ、あのね、どうして掃除しているの……?」
「? まだ掃除の時間じゃないですか。普通でしょう」
 教師の意図するところはそこじゃないのをわかっていて一機はすっとぼける。「いや、あの」とあわてふためくのもいつものことと鼻で笑う。
「そうじゃなくて、ここ、一機くんの担当じゃないでしょ」
 その通り。本来の一機の掃除場所は全然違うところなのに、勝手に掃いているのだ。ここが一機の掃除区域だったのは一機が1年生の時になる。
「いいじゃないですか。どうせここ誰も来ないんだし、そっちには他の奴がちゃんといるでしょう」
「だから、そういうことじゃなくてね、ちゃんと決められた場所をきちんと……」
 ――あー、うるさい。
 一機はうっとうしそうに
おどおどしているくせに変に真面目。何度も話しているのに全然止めないのを知っててなおも諦めぬ所は賞賛に値するが、正直うざったい。
「だってここ、俺がいないとすぐゴミだらけになるんですもん。とても見てられません」
「それはいいことだと思うけど、でも……」
「それより先生こそ、視聴覚室担当でしょ。こんなとこいて良いんですか」
「……だって、いても誰もこないから……」
「はい?」
 ボソリと呟いた言葉を聞き返す。ちゃんと聞こえたのだが。
「あ、ううん。なんでもないわ。そうよね。それじゃ、あしたはちゃんと掃除するのよ」
 言うだけいって、トタトタと早足で帰っていく。ボロが出るのを恐れたのだろう。
 あの先公がいつもここに来るのは、本来の自分の区域には誰もこないから寂しくて、いつも定位置にいる一機が恋しくなるのだろう。一機はこの学校では珍しい教師に従順なタイプだから。
 実際問題、この学校での掃除時間は昼休みの延長でしかない。ほとんど誰もマトモに掃除などしやしない。この学校は、既にモラルなど崩壊しているのだ。
 一機がここを掃除するのは、ほかに理由がある。
 何かしていないと落ち着かないし、この時間帯ここにいれば誰にも会わなくてすむ。
 耳障りなノイズを奏でる、騒々しい害虫どもに。

「……あのー、閉館ですよ」
「……ん? あ」
 放課後の図書室で突っ伏して寝ていたら、目の前に『図書室の魔女』が立っていた。
 三つ編みの少し伸びた前髪の下から、無機質な眼差しで貫いてくる。
「貴方、いつも来てますね。こんな蔵書の少ない所に来て何が楽しいんですか」
「……それはお互い様じゃないか、魔女さん」
 そう言うと、間陀羅 麻紀(まだら まき)はにやりと嘲ったような薄笑いを見せた。口から八重歯が覗く。
 この女は、図書委員会所属だからと組まれているはずのシフトを完全無視して毎日図書室に居座り番をしている。その奇怪さと元来の毒舌家と無表情で『図書室の魔女』呼ばわりされている謎が多い人物。まあこいつがいなかったら図書室は毎日無人になるが。
「確か、弓道部だったんじゃないか。こう毎日番してていいのかよ」
「ご心配なく。ちゃんと行ってますから」
「……おたく俺のクラスメートだろ。とっくに引退してるはずでは?」
「知ってて言う貴方も貴方ですね。弓を撃つだけですよ。私1人で」
「ああ、おたくんとこも幽霊部か……」
 この高校において幽霊部はそれほど珍しくない。部室は暇人どもの溜まり場と化している。高校全体がそうとも言えるが。
「廃部したほうがいいと思うんですけど、さすがに部活がない学校なんて誰も来ませんしね。……あ、噂をすれば」
 窓の外から怒声と物が割れる音が聞こえる。これもこの高校の日課だ。
「また野球部か……部長が代議士の息子じゃなかったらとっくに逮捕されてるな」
「逮捕はされてますよ。すぐに釈放されるだけで」
「あんな連中でも卒業できんだからいい高校だよなあ……単位制万歳ってとこか」
 その悪名高い野球部部長は3-C山伏 幸光(やまぶし ゆきみつ)と言い、父の威を借りてヤリたい放題している。暴力事件は日常茶飯事、女子を部室に連れ込んでいるとの噂も。ついでに一機が掃除している体育館裏のタバコもこいつと取り巻きの仕業だ。
「入学基準が甘すぎるんでしょ。自由な校風を掲げてますから普通の高校じゃ鼻にもかけない奴も入れてしまい、そう言ったからには退学させ辛くて無法者の溜まり場みたくなってしまう」
「ときたま思うんだけど、ここって絶対隔離病棟だよな……公害病の」
「腐ったミカンですか。言い得て妙かも知れませんね。それはそうと、さっき番がどうとか言ってましたが、あなたこそ図書委員でしょ。ちゃんとシフト通りに出てください」
「……無理やり話を戻したな。いいじゃん別にお前いっつもいるんだから。ていうか違う意味でシフト守ってない奴に言われたくない」
「……やれやれ、あなたも腐ったミカンですね」
「ぐ……」
 冷たい微笑みと共に突きつけられた言葉がグサリと刺さる。
「そ、そう言うお前はどうなんだよ。なんでここに入ったんだ」
「別にどこでもよかったけど、ここは受験が簡単だったからです。貴方もそうでしょ?」
「う……ん」
 もうなにも言えなくなった。図星を刺されすぎだ。
「さて、無駄話はここまでにしてと。さっさと帰ってください。閉館です」
「はいはいわかったよ。ところで、雨まだ降ってるか?」
「そんなもんとっくに止みましたよ。外くらい見たらどうですか」

「……いちいち毒がある言葉だなどうも。しかし、今日は珍しくよくしゃべるな」
「……それこそ、貴方には言われたくないですよ」
 魔女の笑みを背に受けながら、図書室から去っていく。

 あとから考えると、麻紀は悟っていたのかもしれない。
 話す機会がもうここしかないのに。

「あーあ、雨止んじまってるよホント。こんなだったら自転車で来るべきだったかな」
 掃除中止んでいたがまだ曇天模様だったためこりゃすぐまた振り出すなと予想していたが見事に外れ。
 グチグチ文句をたれながら帰路につく。

 ――もし、雨が降らなかったら。
 あるいは、降りつづけていたら。

「こりゃ見事な快晴だ。自転車の方が良かったなぁ……もう秋だってのに太陽がまぶし―」
 まだブツブツ言い続けている。世間一般が思っているおとなしい寡黙な少年、などというイメージは幻想だ。
「さてと、ほんとにどうすっかなあ……家帰っても仕方ないし、自転車ないんじゃ本屋にもカラオケにもビデオ屋にだって行けないし……う~ん」

 ――もし、太陽が照りつけていなかったら。
 もし、自転車があれば。

「――仕方がない、帰って寝るか。くっそ、この道通るんじゃなかった。遠回りだな」
 一機は最初街に寄るつもりだったので、自宅とは逆方向に向かっていた。行かないとすれば、いったん戻って抜け道を通らなくてはならない。
「あ~あ、なにしてんだろ俺……」
 1人つぶやいた問いになど、誰も答えなかった。

 ――もし、道を戻らなければ。
 そうすれば、見つけることはなかった。

「早く帰って、ちゃっちゃと寝るか……ん?」
 チカチカと、光が目に入った。
 光源をみると、道ばたに何か光るものがあった。
 近づいてみるとガラス玉のようなものが。雨で濡れたガラス玉に、太陽の光が反射したのだろう。
「なんだこりゃ……?」
 ふと気になって、手に取ってみる。

 そんな、偶然と呼ぶにはあまりにも作為的で、運命と呼ぶにはあまりにも幼稚な積み重ね。
 それらすべてが重なって、1つになったとき、

「ガラス……じゃないな。ダイヤ……なわけないか」
 拾い上げてみると、それは手の平台の透き通った石だった。
 だがダイヤのわけはあるまい。こんな大きさのダイヤ値段が付けられまい。そんなものがここにあるわけ――
「――え?」
 ドクン。
「え? え、え?」
 ドクンドクン。
「え……ええ?」
 ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン……!
「え? え……えぇ!?」
 急に鼓動が強くなっていく。心臓が通常の数十倍のスピードで稼働している。燃え尽きんがばかりに。
「な……なんだよ、これ……?」
 突然起こった異常事態にわけが分からなくなっている。それでも手は離さない。
 ――そうだ、こいつ――!
 原因はこれしかない。手の中にある石を見る。
「――!?」
 すると、信じられないことが起こった。
 透明であるはずの石の中に、光が見える。
 ――いや、
 光などと呼んでいいのだろうか。
 それは、その光は、
 どこまでも黒く、どこまでも暗く、
 そして――
 どこまでも、空虚。
「あ、ああ……ああああああああアアアアアアアアAaAaAaAaAaAaAaAaーーーッ!!?」
 絶叫。
 なにに対して、なにが怖かったのか、自分でもわからずに、ただ叫んでいた。
 その声に呼応するかのように黒い旋風が起こり、一機を吹き飛ばしたが、その時にはもう意識を失っていた。

「……!!」
「老、どうかしましたか? 引きつった顔をして」
 とある場所。城塞の地下深くの小部屋。
「また……新たなものがきた……」
 老と呼ばれた男はその名の通り年老いている。齢100に届くだろうか。
 それを聞くと、男は感心したかのようにフッと笑う。こちらは30過ぎくらいか。
「また、ですか。あいかわらず恐れ入りますな。で、今回は?」
「むう……」
「……? なにか、まずいものでも?」
 いつもと違うのに気がつき、返事を急かす。ここまでこの老人がもったいぶるのは珍しいからだ。
「いや……力はそれほどではない。ただ……」
「……ただ?」
「因果を……感じる。途方もない、因果を……」
「因……果?」
「さよう……まるで……」

「神の……ごとく」
「か、かみ……ですって?」
 同時刻。また別の場所。ある塔の奥。
 雪のように白い少女が、10歳ほど上の女性にしがみついている。
「うん……そう聞こえた。今は大したことないけど、すぐにすごい嵐を生み出す存在になるって……怖い、怖いよう……」
「大丈夫、大丈夫だからね……」
 泣き出した少女をあわててあやす。
「でも……そんなすごい嵐を巻き起こすだなんて……そんなもの、神じゃなくて……」

「悪魔……ではないのか?」
 同時刻。また別の場所。荒波を漂う巨船の中。
「は。そうとも言えるかもしれません」
 40過ぎの肥え太った大男に、フードで全身を覆った筋肉質の巨漢が言った。
「なんてことだ……君らとの交渉にわざわざ出向いてきてみて、最初の一言がこれとはな……」
 疲れ果てたかのように天を仰ぐ。
「我らとて、そのようなお告げが下るとは夢にも思わず。好きこのんでではありませぬ」
「ああ、わかっている。しかし、カリータ随一の力の持ち主でも、神か悪魔かもわからぬか……まあ、似たようなものかお互い」
「…………」
 フードの下に隠れていた巨漢の目が鋭くとぎすまされたのを見て、大男はギョッとする。
「あ、すまない。別にアルガルフ神を侮辱したわけではないよ」
「……承知しております」
 殺意が消えたので息を吐く。ほんの一瞬のことなのに冷や汗が大量に流れ出ていた。
「フゥ……しかし、我々の悲願が成就せしというところで、こんな横やりが入るとは。それで、ほかになんと言っていた?」
「はっ。そのもの、神としても悪魔としても、必ずこの世界に……」
「……この、世界に?」

「……破滅を、招く」
 今度は全く別の場所。深淵の黒き森の中に佇む、鋼鉄の城。
「やはり、来たか……そうでなくては……」
 20代前半の若い男の顔が、グニャリと歪む。
「さあ……始まるぞ、この世界の終焉が」
 スッと立ち上がり、見えぬ天を仰ぎ見る。
「終焉は奴によって生まれ、育まれ、そして滅びる。奴には、その力がある。才がある……」
 クックックと、押し殺していた笑いがこぼれ始める。耐えきれないようだ。
「そして! そのときこそ、我が目的が果たされる! 待っている、待っているぞこの俺はっ!! ……フッフッフッフ、ハッハッハッハッハ、ハーハッハッハッハッ、ヒャーハッハッハッハッハ!!」
 城すべてに響き渡る狂気の笑い声が、いつ果てるともなく続いていた――

 ――そう。それらすべてが重なって、1つになったとき、
 多くの、あまりにも多くのものの運命を狂わす、災厄となる――

「――おい、おい、しっかりしろ」
 ――ん?
 暗闇の中、誰かに揺さぶられる感覚と、自分を呼ぶ声が聞こえる。
「おいお前、大丈夫か? ケガは――してないようだが」
 ――誰だ、俺を呼ぶのは?
 今だまどろみの中にいる頭で考えるが、誰とも違う、優しくて強い声。
「おい、起きろ。何があったんだ、おい」
 ――俺を、呼ぶ人間なんて、いないのに――
 夢だと思った。現実で自分を呼ぶ者などいない。必要ないから。
「まったく、囮となって隊を離れてみたら行き倒れを見つけるとはな……こんなところに人がいるはずはないのだが……」
 ――誰、なんだ、いったい――?
 目を開けて、姿を見たかったが、意識が完全に戻っておらずどうにもならない。――あるいは、目を開けて夢だと知りたくないのか。
「む……見慣れぬ服だな……ひょっとすると『文明の漂流』に巻き込まれたのか?」
 ――ブンメイ? ヒョウリュウ? わからない――
 聞き覚えの無い単語。やはり夢か。ならば目覚めたくない。このままこの声を聞いていたい。
「――しょうがない。連れて行くか。置いていくわけにもいかぬし……む」
 ――ん?
 声が怪訝なものに変わったと思ったそのとき、地震のように大地が揺れる感覚が。
「――きたっ!」
 ガシャン! ズガガッ! バシイィン!!
「ギシャアアアアアアアアアアアッ!!」
 ――!?
 何か大きな物が倒れる音がしたかと思うと、鼓膜が破れるほど大きな獣の叫びが辺りに響いた。
「くっ、さっきの魔獣かっ! 生き残りがいたか……MNに乗らねば。おいお前、そこを動くなよ!!」
 切羽詰ったその声が、自分の側から離れていくのがわかった。
 ――ま、待って。置いてか、ないで……!
 1人になる。
 そのいい知れない恐怖にとらわれ、追いすがろうとするが、大地を揺るがす轟音で阻まれる。
「うおおおおおおっ!!」
 その声は、天にも届かんばかりの、正に戦いの女神の叫びだった。
「なん……なんだ……?」
 ゆっくりと目を開けた先に見えたもの。それは、
 ――これは、
 光の中、巨大な獣を斬りつける巨人。
 その鋼鉄の肢体から、確かに感じ取れる。
 戦乙女の息吹と、魂の輝きが。
 ――なんて、キレイなんだ――
 それを最後に、また意識が途絶えた。

 それが、二人の出会いだった。
 運命を揺るがす、伝説の物語。
 始まりとなる、出会い――



 サジタリウス~神の遊戯~
 第1話 その出会い、運命にあらず

 to be continued……


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