Last Esperanzars

Last Esperanzars

第4話 鏡映しの悪魔


 多分、木枯らしが吹く寒波がやって来た時期だったと思う。
 掃除が終わり、授業が始まるから教室に戻ろうと階段を上っていたときだった。
 上にあの女がいた。折口の金魚のフン、藤沢 慶だ。でも、最初そうだとは思えなかった。
「……ふぅ」
 明らかに雰囲気が違う。いつもの徹底的に媚びを売るいやらしさも、人を軽蔑する鋭い目もない。そこにいたのは、寂しげなただの少女だった。
 ――なんだろう。なんか紙切れ見てるみたいだけど。
 そこに、一筋の風が吹いた。
 悪戯な風は藤沢から紙切れを奪い、こちらへ飛ばしてきた。
「あっ」
「おっと……と」
 無性に見たくなって、ヒラヒラ浮かぶ紙切れを掴み取る。初めて俺の存在に気付いた藤沢はギョッとして、
「よ、止せっ、見るなっ!!」
 血相を変えて駆け寄るが、もうその時には見ていた。
 そこに書いてあったのは――
「――劇団潮風第32回公演『岬の丘』?」
「返せっ!!」
 奪い取られてしまった。興奮したのか息を荒くした藤沢の目を見て、今度はこちらがギョッとした。
 やはりそこにいたのはいつものこいつではない。視線だけで人を刺し殺せそうなほど強烈で凶悪、でも、少し悲しそうな目だった。
 ――誰だ? こいつ。
「――くそっ!」
 癇癪を起こしたのか紙切れをグチャグチャにしてポケットに突っ込んだ。そしてその顔のまま下へ。
 ――なんなんだあいつ?
 さっきの紙切れは地方劇団の公演のパンフらしい。あの寄生虫にそんな趣味があったとは。
 ――趣味、なのか?
 どうもそんな安っぽいものとは思えない。いや趣味ではないと思う。あの寂しげで辛そうな目は尋常ではない。と言って恨みや憎しみでもない。あえて言うなら未練? 
 ――まあいいか。
 人の過去をあれこれ詮索してどうなる。意味のないことだ。
 と、そこまで考えた所で下が騒がしくなった。
「――ですからね慶、私はあの1件に関してはそう考えているのですよ」
「さすがは麗奈さん、聡明でいらっしゃるわ」
 下から折口や藤沢、あといつもの取り巻き連中か上がってくる。下で合流したのだろう。藤沢はいつものゴマすりモードに戻っている。
 ――やっぱ気のせいか。
 とりあえずここにいると面倒だ。さっさと上がっちまおう。
 あのエセお嬢様と関わるとろくな事がない。



 サジタリウス~神の遊戯~
 第4話 鏡映しの悪魔



「――どうでもいいけど、折口に似てるよなこいつ……」
「何か言いました無礼者」
「いえ別に」
 いっけね、声出しちまった。
 爽やかな朝の朝食の時間、親衛隊の食堂で何故かジェニス・フォンダが前にいる。言っておくが先に俺の方がここに座っていた。ここ数日見ていたが、定位置と言う概念もないはずだ。
 先日の地獄の体験からしても、この女が蛇蝎の如く俺を嫌っているのは明白。ならばどうして目の前に座るのか。さっきから観察してるがこちらを見ようともしない。用事があるようには思えんし、不可思議極まりない。おかげで食事も喉を通りません。
 ――ええい、悩んでも仕方がない。気にするだけ負けだ。食おう。
 喉を通らなかった筈のパンを(米食いたい……)をムシャクシャ食いながら、早朝のヘレナの言葉を思い出した。
 ――この国は既に衰退しきっている、か――。

 ヘレナの話、かいつまんで話すとこうだ。
 500年前シルヴィア・マリュース1世(ヘレナのご先祖様)が大陸を統一した。そもそもこれに無理があった。戦に長けるシルヴィア1世の統一の方法は当然戦争。圧倒的な軍事力を縦に他国を次々と侵攻、侵略。しかも大抵の国は根絶やしにするのだから徹底している。まさに大英帝国そのものだ。
 無論そんなやり方をしていれば侵略された他国民の恨みを買うのは必然。シルヴィア大陸統一とはいっても、実の所内乱がなかった年など一度もない。ヨーロッパ100年戦争ならぬシルヴィア500年戦争だ。
 特に褐色黒目のカリータ人の破壊活動は留まる所を知らず、昨今は相当量のMUを使用したテロも勃発しているらしい。
 そして100年前、シルヴィア13世が何者かに暗殺された事件の混乱の際に決定的な事件が発生する。
 ギヴィン帝国の建国だ。
 シルヴィア王国最強と呼ばれた近衛隊以下多数の騎士(男)が、北部の都市国家に亡命。その際王国第1子(男)を連れて祭り上げ、近隣諸国を巻き込みギヴィン帝国建国を宣言してしまった。シルヴィアの制度や国家宗教であるカルディニス教を捨て去ったこの国はシルヴィアの体制に不満を持っていた都市国家の支持を受け今もなお勢力を高めている。余談だがこの事件を境にシルヴィアの女尊男卑はますますひどくなったのだと。
 シルヴィア王国に比べればずっと小さい国であるギヴィン帝国だが、ただでさえ内乱が多発し不満が表面化しているのに全面戦争などをしたらいくつの都市国家が反旗を翻すかわかったものではない。故に放っておくしかなく手をこまねいていた。だが、それから50年後に大事件が再び発生する。
 ピスティア王国の崩壊。グリード皇国の建国、そして侵攻。
 ピスティア王国はシルヴィア大陸から南側に存在する小さな島々が1つの国として成立していた国で、シルヴィアとは友好国だった。(シルヴィアの航海能力が乏しくて、侵攻出来なかったのかもしれない byヘレナ)その国にクーデターが発生。詳しくはわからないが、そのクーデターで王族は全員処刑され、皇帝グリードか支配する新国家グリード皇国が建国された。そしてすぐにシルヴィア、ギヴィンに対し宣戦布告。国力では圧倒的に勝るシルヴィアの勝利かと思われたが、その目論見は簡単に崩れ去った。
 MUの存在によって。
 グリード皇国が侵攻の際使用した多数のMUによりパワーバランスは崩れ、(なにしろ剣や弓で戦っている時代に15mの鋼鉄の巨人だ勝てるわけがない)敗北かと思われた。だがこの侵攻は失敗する。
 理由は簡単。シルヴィアのMUの存在だ。
 実はピスティア崩壊以前に多数の亡命者がシルヴィア大陸に流れ込み、同時にMUの製造技術をシルヴィア、ギヴィン両国にもたらした。それを用い急ピッチでMUを製造。両国は緊急事態として一時的に同盟を組み、辛くもグリード皇国を撃退する。ちなみに、亡命の際持ち出したMUをFMU(ファーストメタルユニット)、特にMNをFMN(ファーストメタルナイト)と言い、サジタリウスもそれにあたるとのこと。
 とにかく、グリード侵攻は失敗し、グリード皇国軍はシルヴィア大陸から撤退、MUの建造費と長きにわたった戦争によって国力が衰退したので追激戦は不可能となり、ここにグリード侵攻は終結した。はずだった。が、話はこれで終わらなかった。
 新興国家アエス共和国の建国。
 疲弊しきったシルヴィア王国は全体に支配体制が行き渡らなくなり、マリノル海峡から西側の国土が独立宣言をしてしまった。すぐに出兵しようとしたがすでにそんな力はなく、ギヴィン同様放っておくしかなかった。
 あれから50年、ギヴィン帝国との同盟はとっくに解消され、いつ内部と外部から攻められるかわからないという緊張状態を維持したままシルヴィア王国は存在している――と。

 ――で、そんな毎時紛争状況じゃ兵の需要が高くて、いくら増員してもキリがない。だから兵士の低年齢化も仕方なくて、さすがの親衛隊もその波には逆らえなかったと。まったく、戦争してるねぇ……。
 衰退してるとは容易に予想できたが、まさかこれほどまでとは。今こうしてパン食ってるけど、アフリカみたく飢えで死んでる子どもとかもいるんだろうな。――食いづらくなってきた。
「なんだ一機、まだ食べ終わってなかったのか?」
「あ、あれ? ヘレナ?」
 いろいろ考えていたらヘレナが隣にやって来た。まだ食べてなかったのか?
「どこ行ってたの?」
「王都から連絡があってな。少々話が込み入ってこんな時間になった。まったく、堅物共が……」
 ふてくされながら食べはじめた。やっぱり食べ方1つ1つが妙に綺麗だ。王族出身だとよくわかる。
「…………うぅっ」
 ん? なんか殺意が大量に混入された視線を感じる。前方正面から……あ、誰だかわかった。
 恐怖しつつも勇気を振り絞って(怖いもの見たさ、とも言う)ちらりと顔色を窺うと、すっげぇ怖い。
 ないはずの犬歯剥き出しで歯軋りしてるし、緑の目は憤怒で赤く染まってるし、黄色縦ロールのお嬢様風の髪は逆立って暗いオーラが……ああ、これ以上説明するとページが消される。
「む……どうかしたかジェニス。機嫌がよくなさそうだが」
「え? いいええ、お気遣いありがとうございますお姉様。でも大丈夫、ジェニスは元気いーっぱいですのよ♪」
 早っ。視覚で判断できぬスピードでブリッコモードに。ここまでくると尊敬に値するな。したくないけど。
「そうか。ならいいのだが。さて一機、今日は朝練出来なかったからみっちり鍛えねばな。来い」
「来いって、ちょい待ち。ヘレナまだ食べ終えて……るよおい。すごい早食い」
「お前が遅いのだ。早くしろ」
「ま、待てって……!」
 急かされて無理矢理口に詰め込んで食い終わる。呼吸しづらくてちょっとウッとなった。
 う……また殺意が大量に混入された視線が……いっぱい感じる。
 こわくて後ろを振り返れませんでした。

「そんで……ヘレナ……どう……すんの……?」
「何をだ?」
「だから……昨日の……サジタリウス……親衛隊で……使うの?」
「……!」
 前を先行していたヘレナが立ち止まる。やれやれやっとだよ……。
 恒例の特訓で2人で走ってました。こっちは息せき切っているのにヘレナは汗1つかかない。天と地ほどの身体能力の差。休まないとやばいと感じたけど「これぐらいどうした!」と言われるのが関の山なのでなんか話して止まらせるしかない。見事成功。でも、この話題はまずかったか? 思いつめた顔で空を見上げてしまった。
「あの……」
「……正直、迷っている」
「へ?」
 迷ってる? ヘレナが? 俺を親衛隊に入れるときも、魔獣が出現したときも、スパッと決断したのに。
「お前の言う通り、確かに我が親衛隊、いやシルヴィアには戦力が必要だ。たった1機で50機を倒したサジタリウスの力、あれを眠らせておくのは惜しい」
 じゃあ使えばいいじゃん。
「だがな、あれは我々の行ってきた戦いから逸脱した兵器だ。サジタリウスを使用した戦いは、戦などと呼べるかどうか……」
 ――要するに、『騎士道に反する』とやらか? 馬鹿馬鹿しい。何が騎士道だ。
「これは騎士道ではない。それ以前の問題だ。実際昨日の戦いではサジタリウスの攻撃に相手は反撃も出来ず一方的にやられていただけだった。あんなものは戦とは呼べぬ」
「――とりあえず聞いていいか? 何故こちらの考えている事がわかる?」
「お前の顔を見れば一目瞭然だ。顔に出やすいタイプだな」
 うっ……きついことを……。
「……まぁ、それはそれとしてだ。どんな手段でも、勝てるならそれでいいじゃないか。昨日だって、サジタリウスがいなきゃあの大軍にやられていただろうし」
「それは感謝している。私も恩知らずではない。しかしこれは別問題。私にはあの力、災いを呼ぶ源に思えてならないのだ。先代の親衛隊隊長の言葉が頭を離れん」
「何て言ったの?」
「“FMNには触れるべからず”だ」
 くだらない。迷信や信仰は大嫌いなんだ。
 個人的な話だが、神や宗教の類いは信じていない。俺と同世代の人間で疑問に思わない奴はおかしい。その想いは宗教関連の本を読み漁ってますます強くなった。知れば知るほど意味不明な考えや矛盾が露骨に見えてくる。あれを信じる方も信じる方だが、信じろと言う方も言う方だ。
「触れるべからずったって、もう触れちゃったじゃないか。今さらな気もするがね」
「勝手に目覚めさせたのだろ。責任逃れするな」
「いや、そういうつもりじゃ……」
 手をブンブン振って否定する。やばいと思った。
 うっわぁ、睨んでるよ……まだ怒ってんのか。そりゃそうだ。
「だ、だけど、そりゃ危険かもしれないけど、あんなすごい力を使わないなんて手はないよ。長い戦争を終結させられるかもしれないし、それに……」
「1つ聞いていいか一機。何故そこまであの機体にこだわる?」
「! そ、それは……」
 口ごもる。嫌な汗が出てきた。当然だ。
「ふむ……やはり使うか。お前ではない誰かに乗ってもらって」
「なっ!? 冗談じゃない!」
「ほう、どうしてだ?」
 その時、ヘレナの視線に気付いた。寒気がする目つきだ。鼠をいたぶる猫のような、嗜虐的な目。違う。さっきの目は怒っていたんじゃない。気付いていたんだ。自分のこの感情に。今の目は非難の目だ。
 でも、言えるわけないじゃないか。
 あの時感じた感覚が忘れられないから、なんて――!
 あの時、自らがサジタリウスになって46センチ砲を撃ち、敵が吹っ飛ぶ様を眺めながら感じた不可思議な感情。
 今まで感じた事がないような、未体験の感覚。でも、なんだかは簡単にわかる。
 あれは――快楽だ。
 喉が潤い、カラッポの心が満たされる。
 あの快楽を、もう一度。いや何度も味わいたい。
 サジタリウスに乗って――
「今はまだ、お前をMNに乗せたくはない。体力的な問題もあるしな。実際、お前はあの後倒れてしまった。どうしても乗りたければ特訓あるのみだ。走るぞ」
「あ、ああ……」
 特訓が再開された。ヘレナを追いながら、俺は苦悩していた。
 ――ヘレナは俺の事を危険だと思っているのかもしれない。それはわかるよ。でも、それでもあの感覚が頭を離れないんだ――。
 ヘレナの思いを理解しながら、まるで麻薬中毒者のようにサジタリウスのみを求めつづけた。

「――だから、そのネジはそっちじゃないって言ってるでしょ! こっちの大きいやつ!」
「全部たいして違わないじゃないか!」
「こっちの子はちょっとクールガイ気取ってるじゃない! あんたが取ったのはハードボイルドタイプ、全然違う!」
「ネジにクールガイもハードボイルドもあるか!」
 意味不明な発言にまた足痛くなってきた。例によって筋肉痛だ。
 親衛隊MN格納庫にて。今俺は前回出撃したMNの修理の手伝いをしていた。
 親衛隊は専属整備士としてマリーがいるが、人手不足なため修理は総員で行う。難しい所はマリーに任せ、あとは自分のMNは自分で整備するといった所だ。
 ちなみに今整備しているのはサジタリウスではなくイーネ専用エンジェル改。何で改なのかというと今説明する。
「しかしさあ……このエンジェルだけなんか他と違くない? 装甲は少ないし、武器もダガー(短刀)2つだし。まるでアマゾネスだ」
「イーネさん元義賊でしょ。この方が戦い易いのよ」
「なるほど……ほいペンチ」
「あいよ」
 器具を渡しながら、マリーを観察する。こちらの視線に気付かず、見もしない。
 なんか、キラキラ輝いている。手品師のマジックに目を奪われた子どものようだ。嬉々として修理に没頭する様は、マッドサイエンティストの匂いを嗅ぐわせる。
 ホントに好きなんだな、と思う。熱中症(熱中の意味が違う)になるなこれは。
「――しかし、熱い――!」
 と、言ったら、
 スコーン!
「あだっ!」
 ドライバーが飛んできて見事頭部に命中。幸い下からだったので大した力も入らず無事だったが、痛ぇんだよ!
「誰だ投げた奴は!」
「ここだっ!」
 堂々と名乗った先にいたのはライラ。またこいつか!
「なんのつもりだ!」
「熱いのなどみな承知しとる! それでも考えぬように誰も言わなかったのに、わざわざ言って意識させるとは何事だ!」
「それ現実逃避って言うんだよ! それ以前にんな馬鹿げた事でドライバー投げるなっ!」
「男が聞いたような口を聞くなっ!」
 ああああ、また『男が』か! どいつもこいつもバカにしやがって、男をいったいなんだと思――
「――――!!!??」
「ああっ、一機が落ちた!」
「落ちてねぇよ!」
 事実仰天のあまりずっこけて15mから転落しそうになりましたけどねー!(心臓バクバクで一時的にハイテンション)
 で、転落の原因を凝視してます。
 なんのつもりだあいつ!? いや待てよ、中世ヨーロッパではそんな風習もあったって聞くし、こっちでも別に普通なのでは……
「レ、レミィ! だから上着無しで出歩くのは止めなさいと言ったでしょう!」
「えっ!? それが当然じゃないのっ!?」
「当たり前です! レミィだけですこんなことをするのはっ!」
 副長(また顔赤い)から明かされた驚愕の事実。う~ん残念。ってちがぁう!
「だって暑いんですもん」
「暑いからって、そ、そんな破廉恥な姿で……!」
「男はいいのに、どうして女はダメなんですか? ボクそういうの好きじゃなくて」
 すっごいナチュラルに一言。こいつ、全然男女差を意識してないなやっぱり……。
 その態度に男をなんだと思ってるんだと怒りを持ちながら、たまたまポケットに入れてた携帯でレミィを激写しまくって文明の利器に感謝の祈りを捧げると同時にもっと画質のいいのを買えばよかったと後悔した。何とでも言え。

「――戻る? どこに?」
「シルヴィア王国王都アガタにだ。先の戦いでカルバナ周辺の盗賊は殲滅したと判断されたのでな」
「なるほどね……でもいいの? この都市って防衛能力ないんじゃなかった」
「たしかにそうなんだが……」
 そう言うとヘレナは頭を抱える素振りを見せた。なるほど。納得できないけど上からの命令ってわけだ。所詮は軍隊か。
 夕食時、ヘレナと向かい合わせで会話中。慣れない紅茶を飲んで全然味がせず、砂糖をポットからドボドボ落とす。
「出発は?」
「3日後にする予定だ。アガタまで各地方都市を経由していけば2週間ほどで到着する」
「2週間。ずいぶん遠くに来たんだね」
「朝説明したとおりだ。まったく嫌な世になった……一機、砂糖入れすぎだ。甘いだけだぞそれでは」
「紅茶の味なんてわかんなくてさ。あっちじゃココアぐらいしか飲まなかったし……うわ、甘っ」
 甘ったるい味に顔をしかめたら「ほらやっぱり」と笑われた。ぐうう……。顔をふくらませる。
「――でだ。話は変わるが、一機に言っておく事がある」
「あー、何だよ」
「サジタリウスの件だが……」
「――!」
 驚きのあまり反射的に姿勢を正す。その話題が来るとは思わなかった。
「――結局、どうする事にしたんだ?」
「――使う事にした」
 机の下でよしっ! と拳を握り締めた。だけど、まだ問題がある。
「誰を乗せることに?」
「――――お前だ、一機」
 さっきよりさらに重々しく発された言葉にまた拳を握り締めた。
「嬉しそうだな」
「そうでもないさ。でも驚いたな。てっきり使わないと言うとばかり思ってたけど」
 そういうと、ヘレナも「はあ……」とため息をつく。やっぱり苦渋の決断ってやつか。
「仕方がない。戦力不足は確かだし、それに……元老院に昨日の戦いを知られてな。使わないわけにはいかなくなった」
 なるほど。つまり不本意だと。まぁそうだろうな。甘ったるい紅茶をまた1口飲んで新たな質問をする。
「で、どうして操縦者を俺に? 他のやつはダメなの?」
「……それなんだがな……一機、お前サジタリウスに何かしたか?」
「は? いや別に」
「では、おかしなこととかは?」
 おかしなこと? ていうかあんな鉄の人形が動く事自体不思議で、それ以外で変な事なんて……あるな、1つだけ。
「動かし方が教わらなくてもわかったけど、それって普通のことじゃないの?」
 首を横に振られた。
 実を言うとあの時のことはおぼろげにしか覚えていない。後でぶっ倒れたせいかどうか知らないが、ボヤーッともやがかかったような記憶しかない。前述したように強い快楽を感じたのは鮮明に記憶しているのだが。
「実は昨日、お前が寝たあとに試しにサジタリウスに乗ってみたのだが」
「な!? 人の機体になにを!」
「馬鹿、まだお前のものではあるまい。それで、乗ってはみたものの、全然動かなかったんだ。他にも何人か乗ってもらったのだが同様だった。マリーの話では何故だかわからないがサジタリウスがお前以外受け付けなくなったんじゃないかと言っている」
「……ええー? 受け付けなくなったって、そんなのまるでサジタリウスに意思があるみたいじゃないか」
 その言葉にヘレナも渋い顔をした。ヘレナにとっても不可解な出来事らしい。
「わからん。とにかく今言えることは、サジタリウスは現在お前にしか扱えないと言うことだけだ。だから、使うと決めたからにはお前しかいないんだ」
「そうかい……。ま、いいけど」
「やはり嬉しそうだな」
「そう見える?」
 自分ではなんでもなさそうな顔にしようと努力してるつもりだが、やはり顔に出てしまうか。でも、こっちにも見栄がある。
「とにかく、そうと決まったのだからもっと厳しい特訓をお前に課す必要がある。明日は早いぞ」
「了解……わかってるさ」
 思わずため息が出た。予測できたとはいえ大変そうだ。でもサジタリウスに乗るからには鍛えとかないと、またぶっ倒れたら嫌だし……ん?
 寒気を広報に感じて振り返る。後ろでは親衛隊員が何事もなかったかのようにもくもくと静かに食事中。絶対殺気送ってたと思う。
 しかし、ちょっと敵意強すぎないか? いくら宗教的に男嫌いだからって、ここまで強烈なのは異常じゃあ……。他に理由でもあるのか?

「……眠れん」
 深夜。もう既に就寝時間が過ぎた頃の城内廊下。
 深夜用豆電球の薄明かりの中をトボトボ歩いていた。目的地はトイレ。
 親衛隊用の宿舎には男子トイレがなく、ハンスが来た際共同には隊員のほとんどが猛反発したため急遽外に建設された。なので結構遠い。
 なんでこんな時間に起きているのかと言うと、まあ単に体中痛くてしかたがないからである。元々寝つきが悪いたちなので全然寝付けず、明日早いので寝ようとベットの中で悶々とした状態を維持してきたが、とうとうダメだこりゃと判断して起き、とりあえずトイレにでも行くかと決めて今にいたるわけで。
「眠気はあるんだけど眠れないってのが1番きついんだよね……あれ?」
 ふと、前方の部屋の前で誰かがしゃがみこんでいるのを発見した。あそこはヘレナの部屋だが、ヘレナじゃないらしい。誰だ?
 ゆっくりと近づいてみるが、まったく気付かない。鍵穴から部屋の中をのぞきこんでいるようだ。いよいよ怪しいぞこれは。
 トントンと肩を叩く。相手は飛び上がった。
「な、な、な、わ、ワタクシ、何もしておりませんわ! ヘ、ヘ、ヘレナ様の部屋を覗いていたなんて、そんなやらしいことは……ってあら?」
 パニックを起こした相手は、こちらが誰か把握する前に言い訳を始めた。自分の犯罪を自分で暴露したのは、やたら高級そうなネグリジェ姿のジェニスだった。
「あ、あら、こんな夜中に何をしてますのこの変態男。まさかヘレナ様の部屋に忍び込もうとしてたのではありませんよね。んまぁ、男ったらみんなスケベですからねぇ」
「…………」
 いつもの高慢ちきな態度に戻ったが、こちらの物いいたげな冷ややかな視線を受けてう……と口ごもる。ちなみに俺が目から発射した視線は「貴様が言えたセリフか?」である。
「な、何ですかその目は? 私を疑っているのですか? 私はこの鍵穴からヘレナ様のあられもない寝巻き姿を覗き見ようなんてこれっぽっちも……あら?」
 そこまで言ってやっと自分が墓穴を掘ったのに気付いた。馬鹿だこいつ……。
「……ちょっ、ちょっと、なんですのその目つき! このワタクシを愚弄するつもり!?」
 愚弄って、そんなことやってる人間に対してそれは当然では……ん? 待てよ。このセリフどっかで聞いたことあるような……。
「男ごときにそんな目をされるいわれはありません! だいたい、あなたのせいでヘレナ様はワタクシたちの訓練に全然出てこなくなくなって、我が親衛隊は灯が落ちたかのような物悲しさに包まれているのっ!」
 なんかいきなり語りだした。昨日のマリーを思い出す。この2人実は似たもの同士なのかもしれない。
「それで、その悲しさを紛らわせようとあなたをボコボコにしたりライラたちと組んで迫害しても、ヘレナ様を失った穴はそう簡単に埋まらず、苦悩する日々……よよよ」
「……なあ」
「それもこれも、みぃんなあなたが突然現れたから! この……」
「おたく、ひょっとしてヘレナのこと好きなの?」
「――!!?」
 ボッと、まさに火がついたかのように赤くなった。やっぱりか……。
「な、な、なに、なに、を、ば、ば、ばか、なこと、を、わ、わた、わたく、しは……」
 うひゃあ、ここまで動揺しながら否定するとかえってはっきりとわかるわ。こういう奴を古い言葉でウブって言うのかねぇ。
 しかし、そうなると皆にあそこまで嫌われてるのも納得だな。ありゃ嫉妬してたわけだ。多分へレナLOVEの人間はかなりいるだろうな。全員男嫌いなんだから当然っちゃ当然か。
「ちょっと聞いてますの!? ワタクシのような一般貴族がヘレナ様と一緒にいるのも恐れ多いというのに、そ、そんな好きなんて……!」
「じゃあ嫌いなんだ」
「そんなわけないでしょう!! ……あ」
「ほらやっぱり」
 あのジェニスがこちらのいいように弄ばれている。ぐふふふふ……もんのすっごく気分がいい。
「こ、この変態男、このジェニス・フォンダに対しそのような態度が許されると思って……」
「人の部屋勝手に覗いてる変態のほうが許されないと思うけど」
「くくく……!」
 ああ、とてつもない快感が全身を駆け巡っている。こんな楽しい事が続くなんて人生初めて……ん?
 ひた、ひたひた。
 なにこの音? 裸足で廊下歩いているような……
「……え?」
 む、向こうから誰か来る。遠いし薄明かりだからよくわかんないけど、なんか幽霊チックにゆらゆらと……
「ジェ、ジェシー?」
 恐怖で顔を引きつらせたジェニスが妹の名前を呼ぶ。あれがジェシー!? 変なオーラがでてるんだけど。
「姉さま……何をしてらっしゃるんですか?」
 フランス人形みたいな容姿がかえって不気味さをかもし出している。人形に取り付いた幽霊の方が正しいか。
「い、いえ、別に何も……」
 声が完全に裏返っている。さっき赤かった顔が信号機並みのスピードで真っ青に。
「また覗きですか。あれほど止めてくださいと言ったのにこりもせず……」
 なんか虚ろに近づいて来る。てちょっと待て。右手になんか持って……斧!?
「ヘレナ様にかまってもらえなくて辛いのは自分だけじゃないのに、1人だけいい思いして……それもこれも……」
 やばい。脳が『逃げろ』と言っているがあまりの怖さに体が動かない。まもなく射程範囲内に。
「あなたが……男なんかがいるからぁあああああああああ!!!」
「わああああああああああああっ!!!」
 逃げる、逃げる逃げる!!
 奇声を上げ追いかけて来るジェシーから全速力で逃げる!!
 あの体のどこにそんな力があるのかと思うくらい斧をブンブン振り回してくる。
 つーか助けてくれぇ!!
「ああああああああああっ!!」
「いやぁああああああああああああっ!!」
「男も姉さまも、いなくなってしまええええええええええっ!!!」
 ジェニスも同様に追っかけられている。今俺たち2人は1つになった。コンバインも可能だろう。

「――何をしてるんだこんな夜中に」
 ジェニス&ジェシー姉妹と共に正座させられている俺の前に呆れたヘレナの顔がそこにあった。あの、俺は被害者でして……。
 でもまぁ、あれだけ騒げばそりゃ誰だって起きてくる。ホラー映画顔負けに斧を振りかざすジェシーを見て悲鳴が連鎖的に宿舎内に広がり大パニックに。んでやっと収束して廊下で3人そろって正座中。
「ジェシー、この大馬鹿者。あれほど癇癪を起こすなと言ったのに」
 癇癪? あの、俺殺されかけたんですけど、癇癪の一言で済ますつもり?
「悪かったな一機。ジェシ―は普段は大人しいのだが、一旦癇癪を起こすとなにをするかわからんのだ。言っておくべきだった」
「ええ。言っておいてください」
 死にかけましたんで。
 そんでジェシーは今俯いてしょぼんとしている。元に戻ったのか、あるいはヘレナ用の仮面か……。怖い。
「ちょっと、だからヘレナ様に対してなんて口の聞き方を……」
「お前は何をしていたんだジェニス?」
「え? その、それは……」
 今度はこっちが俯いた。さすが姉妹。こういう雰囲気は似ている。
「俺はもういいでしょ。寝てきます……」
「ああ、わかった。着がえてこい」
 ちょっとトイレと思っただけなのに大事件に。もう疲れた……今ならぐっすりと眠れ……着がえる?
「……なんで?」
「時間だ。特訓を開始するぞ。ほら、早くしろ」
 ……泣いていい?



「あらあら、次はミオですかぁ? はーい。シルヴィア王国騎士団親衛隊看護兵、ミオ・ローラグレイでぇ~す。チュッ♪ 今回はカズキン大変だったみたいだけど、次はもっと大変そうなの。やっと王都に戻ろうとするんだけど、そこで襲撃にあってしまうの。サジタリウス再びで、カズキン大活躍! 次回、サジタリウス~神の遊戯~ 第5話 『野犬達の咆哮』をよ・ろ・し・く♪ いやん、恥ずかしい♪」

 to be continued……


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