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第9話 信奉者達
そんなアホなことを考えていたら、パソコンは既に起動を越えてスクリーンセーバーに入っていた。意外と長く考え込んでたらしい。あわてて元に戻し、お目当てのサイトに入る。web作家の投稿小説サイトだ。この手のファンには知られたサイトらしく、ちょっと昔に25万HITくらいを達成したらしい。ずいぶん入ってるものだなあ。
その中のチャットルームをクリックする。すっかり慣れた行為だ。なんの抵抗もなくチャットに参加した。
「……ん? 女ができた?」
ここのチャットにはライトノベルと大日本帝国憲法並みに合わない単語が飛び込んできた。スクロールしてみると、チャット仲間のオゾンが片思いしたらしい。腐女子の先輩とやらに。チャットは大パニックを起こしていた。
「腐女子て……どんな女だよ」
正直web起源の言語はよくわからないのが多く、顔文字すらまともに扱えない自分にとってここはヒエログリフより難解であることが度々ある。まあ腐女子くらいは知ってるが。ようするにここのチャットに来る人には理想的というわけだ。故に総員ブーブー言っている。醜いことだ。まあ俺もそうだけど。
と、しばらく流し見てたら話題が変わっていた。アリスが自分の春休みはゴールデンウィークまであると露呈したのだ。長すぎる。どんな学校だよ。高校でも大学でもあり得るのかそんなの。会社なら論外だろうし、大学の休みなんぞ知らん俺には本当に大学行ってるのかと疑いたくなる。まあそういうとこもあるのかも知れんが、正直1、2も行く身分としては藁人形でも打ちたい気分にさせてくれる。言わなきゃいいのに。
「あーあアリスもリリィも怒ってるよ……アリスは就職決まったんだからいいだろうが」
と、誰か入ってきたな……って
「来たよラピス……」
頭を抱えた。こいつめ、三日に一度くらいしか来ないクセに。
ラピスの名の通り、あの電波ソングを歌っているラピス・ラズリと本人は自称しているんだが、本当かどうかなんてわからない。ただ、チャットの中の発言はラピスらしく電波ではあるが。
「あ、オフ会か……」
いつの間にか話題が今度のオフ会のことになっていた。開催は今度の盆休み。みんな参加する気満々のようだ。
「……ふん」
キーボードから手を離す。俺は最初から行く気がないが、それを言うのも憚られるので黙っているのが正しい。
正直、チャットは好きだ。ここは話題もかみ合うことも多いし、楽しい。
しかし、面と会うのはまた別だ。チャットはこうして画面越しに話すもので、面と向かってするものではない。オフ会なんて例外だ、と思っている。
――会うの怖いだけなんじゃないですか?
ふと、どこからか――俺がつい口を滑らせたんだった――聞きつけたあいつの言葉が蘇る。心底楽しそうにしてたっけ。
余計なお世話だっての。別に図星でもなんでもないわそんなの。
総帥が意外と男前だと言うのは正直事実か知りたいが、別に行く必要性はないだろう。
「……行くべきだったかも知れんな。こういう時の対処法が知れたかもしれん」
「ぬあ~? なに言ってんだおめえ?」
「なんでもないですなんでもないです勘弁してください腕痛いです首痛いです」
酔っ払いにチョークスリーパーをマジでかまされ苦痛に顔が歪む。
なんでこんなことになったんだろう。誰が想像できたろう。
今髪を振り乱して暴れる酔っ払いが――
サジタリウス~神の遊戯~
第9話 信奉者達
「……また買出しですか」
「いや、今日は届け物だ。この町にカルディニス教の司祭がいる。その者に預かっているものがあってな。それを返してきて欲しい」
つまりは使いっぱじゃないか。そう言いたかったがやめておく。もう慣れてしまった。
しかし、どう慣れても耐えられないのは……
「……なんで、グレタ副長のお付なんですか?」
「それはこっちの台詞です、ロージャ」
と、横にいるグレタ副長に刺すような目で睨まれることだ。ていうかこの人本当に隙あらば殺されそうで怖い。
その副長とよりによって二人きりでお使いをしろと言われたんだから、反感の口くらい聞くのは当然だ。
「ロージャは表向き存在しないも同然の人間です。せめて寄宿地に閉じ込めておくのが正しい待遇だというのに、このように動きまわさせてどうするのですか」
「別に顔を隠しているし、何、ハンスが入った今親衛隊の神聖など破られている。一人増えたと思われるだけだ」
「そのこと自体が親衛隊を汚しているのです! 貴方は親衛隊を何だと……!」
「急いでるんだ、早く頼むぞ」
議論は終わりだ、と暗に告げる言葉に、グレタは口ごもった。堅物だから上官に逆らおうとは思えないんだよな結局。そのままグレタは退室してしまった。
比較的乱暴に閉められたドアを見つめながら、「はあ……」とヘレナはため息をついた。
「どうしてああも堅物なのか……昔から何一つ変わらない」
「昔から? 昔っていつさ」
「いつ?」
そう聞くと、ヘレナは遠い目をしながら微笑む。
「いつどころか、子供のころからの付き合いだ。グレタの母は私の――先代シルヴィア女王陛下の側近でな。よく遊んだものさ。私が騎士の道を選び親衛隊に見習いとして入ったときは、もう既にグレタがいた」
「それじゃ、グレタの方が先輩?」
「まあな。本当はあいつが隊長になるのが相応しいのだが、四年前に――あ」
そこでヘレナが不自然に言葉を切った。
「四年前? 四年前どうしたのさ?」
「い、いや、なんでもない。聞かなかったことにしてくれ」
明らかになんでもなくない様子だったが、どうせ言わないと判断して聞かないことにした。まあ、隠しておきたいこともあるだろう。
「わかったよ、とりあえず、グレタと一緒に行けばいいんだな」
「ああ、頼むぞ。出来れば仲良くやってくれ」
それはどちらかと言うと、あっちに言うべきことではないだろうか。
「親衛隊副長、グレタ・エラルド。ヘレナ・マリュース隊長の命により参りました」
「あらご苦労様。殿下はお元気?」
「はい、お変わりなく」
で、二人でその町一番の司祭とやらに会いに行った。
なんか司祭という割にはずいぶん豪勢な服着てるな。無論司祭服だからあからさまに派手ではないが、それでもいい物である事は一目瞭然。ま、昔からどこの国でも金持といえば貴族と地主と寺院だったなんて言葉もあるしな。こんなもんだろう。
「それで、そちらの子は?」
ドキリ、とする。一応顔はフードで覆い隠しているが、まさか全部隠すわけにはいかないから見ようと思えば見れる。ジロジロ嘗め回されるような視線は痛い……。
「ああ、これは一応うちの雑用を勤めているロジオン・ロマーヌイチ・ラスコーリニコフという者です。一応は親衛隊の隊員ということになっておりますええ一応」
ちょ、そんな一応を強調しなくても! 司祭さんとやらもそんな値踏みするような目を向けるな!
「まあいいでしょう。さて、お茶でもしましょうか。君は……」
「必要ありません。たまたま親衛隊に入りなんとなく雑用見習い補佐もどきになったその場の勢いで留まってる奴など放っておいて構いません。ロージャ、その場にいなさい」
――惨すぎて何も言えん。意識が遠くなってきた。それを無視して、グレタたちは行ってしまった。
棒立ちになる以外、俺に選択肢はなかった。
「ずいぶんな言い様じゃないの、グレタさん。一応でもなんでも親衛隊の一員なのでしょう?」
「構いません。そもそもあのようなのが栄光ある親衛隊にいること自体おこがましいというもの。どんな扱いでも文句を言われる筋合いはありません」
司祭より進められた紅茶を啜りながら――苦い。いい物なのはなんとなくわかるが、やはり素で紅茶は飲めない。しかし砂糖を入れることに反対でしたからねこの人は――私は応じた。少々投げやりすぎる気がしたが、まあいい。親衛隊内のことにまで口出しされる気はない。
「まあ、また殿下の我がまま? ゴールド家のことはまあ仕方ないにしても、最近横暴が過ぎるわねえ」
「確かに。あの方は腕は優れておりますが、自由奔放すぎて困ります。『兵達の禁』をまるで無視しているが如く……」
言葉では同意しているが、グレタ自身は反発の心もあった。あれでずいぶん無理をしている。近衛隊になり代わり本来王都を守護するべき親衛隊が、辺境へ行かねばならなくなったのはシルヴィア国自体の国力低下もある。なりふり構わず、御輿として担いだ王家の血を引く者を使い走りにしなければならないのは、王国そのものの不実が招いた愚行に他ならない。
しかし、司祭の言うこともわかる。それ故にヘレナ――隊長はその現状を最大限に利用し、自らが是とすることを平然と行っている。イーネのような罪人に始まり、あまり家柄が良くないマリーを親衛隊に入れたり、ハンスの例だって最大貴族のゴリ押しという形は取っているが、ほとんど隊長が二つ返事で決めたようなものだ。さらにはロージャ、一機の一件も――横暴と言われても仕方ない。グレタはため息をついた。
「でも、今回の遠征も勝利で終えたんでしょう? さすが殿下ね。『シルヴィア一世の再来』の名は伊達ではないわ」
「恐縮です」
ぐっと顔が強張ったのが自分にもわかった。なんとか返したが、気付かれたか?
『シルヴィア一世の再来』。その言葉が全て決めてしまった。4年前のあの日、何もかも変わってしまったあの日、あんなことがなければ……!
「どうかした? 顔色悪いけど」
「え? い、いえ、なんでもありません」
「そう? でも大変ね貴方も。そういったサポートも込めてよくやっているわ。どうして貴方が選ばれなかったか不思議でしょうがないわ私」
「……そんな、私のような者が親衛隊隊長など」
こいつもか。呆れをなんとか隠して紅茶を啜る。……苦い。
年からも入隊順からも、剣の腕も私のほうが上とはよく言われ、また4年前もそういった声が多かったのは事実だ。しかしそれでもヘレナ、様に決まった理由は……まあ、そんなことを今更言っても仕方がない。
だけど、今この司祭が、いや4年前に私を進めた連中の心中はそんなことではない。単純に、ヘレナ様を隊長にしたくなかっただけだ。
本人は隠しているようだが、ヘレナ様がカルディニス教に対して猜疑的なのは元老院や教団の関係者はみんな知っている。先代のシルヴィア17世の悪い部分を引き継いだとして陰口を叩かれる有様、まあヘレナ様は無視しているが、そのため熱心な信者である(と思われている)私に白羽の矢が立つのが、当たり前といえば当たり前だ。
個人的に、今の教団に猜疑的なのは私も一緒だが――ヘレナ、様ほど拒絶するようにはなれない。合理的とすれば聞こえはいいが、シルヴィア500年の栄光と繁栄を支える女神をなんだと思っているのか、あの方は。
「それにしても、もうすぐ戴冠式ね」
「戴冠? ああ、そうでしたね」
戴冠――シルヴィア元王女、ヘレナ様の姉君が正式に次の女王シルヴィア18世となる日だ。実際は既にそう呼ばれているが、まだ正式にはそうなっていない。
シルヴィア王家は通常長女を次の女王にするため、長女に生まれた者は自然シルヴィアの名が受け継がれる。本当は何らかの理由で女王になれなかった際のため別に名前があるらしいが、それは王家と元老院しか知らない秘密となっている。かく言う私もヘレナ様から全く聞かされていない。聞いてもいないが。
その戴冠式が、半年後に迫っている。本来は是が非でも早くしたいのが元老院側の心境だろうが、本来こういった形の戴冠式が異様なのだ。やれること自体ゴリ押しが正直なところ、これ以上何も出来ない元老院が、余計なことが起きないように親衛隊で地ならしを行うのと同時に、現王女殿下に強大な影響力を持つヘレナ様を王都から離しておきたいという企みも働いているだろう。大司祭か、いや元老院でもこれくらいは思いつくか。
とにかく、やっと戻って来れたのにまたどこかで出されるのは確実だろう。せめて兵とMNを休ませる余裕くらいは欲しいものだが……どうせ戴冠式の際には呼び戻されるか。ギヴィンかグリードが戦でも起こさない限り。
「今日は殿下に会えなくて残念だったけど、戴冠式にはお出になるのよね?」
「勿論です。シルヴィア様の戴冠式に妹君であるヘレナ様が居られないなどあり得ません」
「そう。久々にお会いになれるのを楽しみに待っているわ。これでギヴィンやグリードが来なければ助かるんだけど」
――やはり、気になるのはそこか。100年前、シルヴィア13世を暗殺という500年の歴史に泥を塗った行為を犯したギヴィン、そしてあんな不細工な鉄人形でシルヴィアを崩壊寸前にまで追い込んだグリード、どちらもあれ以来異様な沈黙を保っている。ギヴィンの場合はあの国の領地が砂漠地帯が多い貧相な場所なので戦争を起こすほどの国力が整わないという見方もあるが、グリードに至っては国力どころか国自体の詳細すら明らかになっていない。昔からシルヴィアは海軍弱者だが、あの暗黒諸島はシルヴィアのみならずギヴィンやアエスとも国交を開いていないそうだし、情報の掴みようがない。国境付近に兵力を置いておくのか関の山だ。
ギヴィンとグリード、両者ともシルヴィアの栄光と名誉、そしてカルディナ神のためにいずれは滅せねばならない相手。しかし、国がガタガタな今は手出しができない。地方領主を威嚇するために親衛隊を各領地に転々と歩かせるのもこんな効果を期待してのこと。まったく嘆かわしい。
歯がゆい、という気持ちは誰しも持っている。このような自分の地位保全しか考えていない司祭や領主はともかく。自分のとこに飛び火しないか戦々恐々、というのが本音だろうに。これだからヘレナ様は私に押し付けたか。貧乏くじを引かされた身としては堪ったものではないな……。
まあいい。顔見せもこれで終わりだ。さっさと帰るか。
「それでは、私はここで失礼させていただきます」
「あら、もう帰るの? せっかくエルバインから調達した紅茶なのに……」
「申し訳ありません」
冗談じゃない、そんな渋いばかりのもの飲んでいられるか。
「……長い」
玄関口で待たされてどれほど経ったか。近くに時計がないのではっきりとした時間がわからない。ま、わかったらわかったで辛いだろうが。
冷遇するようにとグレタが言ったのか、給仕どころか誰も来やしない。ここは貴族の館じゃなくて教会だが、それでもシスターくらい他にいるだろう。お付きを相手するかせめてどこかお通ししようと思わんのかね。なんだか泣きたくなってきた。
もう我慢できん。中に入ってしまおう。どうせちょっと見えているんだから。
「う~ん……様子は昔来た事ある教会と変わらないな」
キョロキョロ見回すが、何故か誰にも会わなかった。最初から人がいないのかどこか出ているのか……あの司祭1人ってのはあり得ないから後者だろう。
すると、大きなところに出た。礼拝堂だろう。ミサに訪れた信者たちが祈りを捧げる木製の長椅子が何列も並べられており、その最前列の先に、神父――母か?――などが説教をする一段高くなった壇。それから信仰の対象であるものを祀る祭壇がある。祭壇の上に大きなステンドグラスがあり、脇にチャーチオルガンがあることなども、まさにキリスト教の教会の姿そのものだ。
しかし、それが自分の知っている教会と違うところがあった。祭壇に祀られているものが十字架とキリストではない。十字に近いがこれは斜めに傾いている。そしてそこにある人物は――やはり女性だ。穏やかで優しそうな少女。
でも、どこか悲しそうな――
「これが……カルディナ神?」
「いいえ。これは始祖王シルヴィア一世様の妹、セイル様です」
後ろから発された声に驚く。振り返ると、怒りを露わにしたグレタがいた。
「何をしているのです。待っていろと伝えたでしょう」
「あ、ええと……もう司祭さんとの話は終わったんですか?」
「ええ」
と吐き捨てるように言った。なんか今日はいつもより輪をかけて機嫌が悪く見える。何かあったのか?
「シルヴィア一世……ヘレナのご先祖様も姉妹だったんですか?」
「そうです。シルヴィア一世様は親族を早くに亡くされ、事実上唯一の肉親だったようです。当時のシルヴィア大陸は、愚劣な男共による争いが絶えず、人々は苦しんでいた。それを救ったのが始祖王シルヴィア・マリュース一世様、世界は破壊することしかできぬ男子ではなく、生み出す力を持つ崇高な女子が統治するべきと語り、見事5年も経たず大陸全土を統一という栄誉を成し遂げるに至った。これも全て、当時は認められていなかったカルディナ神ことが唯一絶対の神である証明……」
「……5年?」
5年という単語に眉をひそめる。詳しく聞いてみたかったが、グレタの奴陶酔してやがる。こりゃダメだ。
ずいぶん短いな。当時シルヴィアにはMNも何もなかったろうに、よくもまあ5年で支配できたもんだ。シルヴィアって俺が予想していたよりはるかに小さい大陸なのか? それとも他に何か要因があったんだろうか? 男性社会から女性社会に転換しようてんだ、並大抵の苦労ではないはずだ。
そりゃ、500年前の話だから、だいぶ捻じ曲げられている可能性だってある。しかし、だとしても……
「――の筒の力とカルディナ神の加護により、こうしてシルヴィア一世は最大の敵アルーダー国を打倒したのですって、聞いてるんですかロージャ?」
「え? あ、ああもちろん」
全く聞いていなかった。だいぶグレタは話し込んでいたらしい。顔がかなり怒っている。
「ははあ、さすが建国の女王。並大抵の苦労じゃなかったろうねえ。ところでさ副長さん」
「なんですか改まって。貴方に副長と言われると虫酸が走ります」
「……じゃあ、グレタさん」
「きいいいい! 名前で呼ぶな怖気が走るぅ!!」
「どっちなんですか……呼べないんですか俺は貴方のこと」
「く、くくく、くくくくく……ふ、副長で構いません」
しばらくしてやっと折れた。言っておくが手抜きだの行稼ぎだと言われたくなくて端折ったが、実際は「くくく……」を五行分くらい発している。
「え? いいの? じゃあ副長」
「ぐはぁ!」
今度は悶絶しやがった。そんなに嫌か畜生。
どうしてここまで俺が嫌いなのか。男嫌いというのもあるだろう。でも、ジェニスやジェシーのようにヘレナが好きというのはないと思う。二人の様子からはそんなものは見て取れない。まあ節穴な俺の目では頼りにならんが……
とにかく、グレタからは別のものを感じる。あいつらよりははるかに具体的で、かつ抽象的な……ううむ、自分でも何言ってるかわからん。
ま、病気みたいなものと諦めるしかないか。こっちも分かり合う気は無いし……ヘレナに怒られちゃうかな。
「ところでさ、どうして妹の絵が教会にあるんだ? 神でもシルヴィア一世でもないのに」
「知らないというのはこれだから……セイル様は、姉君の戦勝のために『奉魂の儀』を行ったのです」
「『奉魂の儀』?」
「お体が弱かったセイル様は、統一のため戦うシルヴィア一世様のために残り少ない命をカルディナ神に奉げシルヴィア一世様を守る力となった。これは後に『奉魂の儀』と呼ばれ500年の歴史に度々……だから、聞きなさいと言っているでしょう」
「あ、すいません」
アクビを咎められてしまった。要するに生贄か。くだらん。馬鹿馬鹿しい。シルヴィア大陸のこういう所は嫌気が差す。まあ科学もロクに発達してないんじゃ仕方ないが……神なんて、何の意味があるんだ。
「それじゃあ、もう帰りますか?」
「だから最初からそう言っているでしょう。行きますよ」
はいはい、とぶっきらぼうに返答した。やっとこれで帰れる。
教会とかは、やっぱり好きになれない。来たくなかった。
しかし、後々一機は、この時大事なことを聞きそびれていたことに気付くこととなる。
「でさ」
「なんです?」
「帰るんじゃなかったの?」
「帰りますよ。ただ、寄っただけです」
「私と居たいんですか?」
「冗談じゃない。一刻も早く離れたいですよ」
その言葉には嘘は無さそうだった。ならば何故、俺たちは喫茶店らしき店で紅茶を待っているのだ?
ちょっと古びた小さな店。風格があるとか時代を感じるという言い方はあるが、俺からすればただのボロだ。
「紅茶はあっちで飲んだんじゃないんですか?」
「あの方は砂糖を入れるのが嫌いで……いや、なんでもありません」
おや? これは驚いた。グレタは甘党なのか? 顔を赤くしているのがなんだか可愛かった。
「お待たせしました」
そうしていると、紅茶が二つ持ってこられた。ここの娘さんだろうか、綺麗な顔をしている。しかしヘレナには幾分劣る――。
「いいからこれを飲んだらとっとと帰りますよ。まったく、これで荷が下りる――」
そこまで言うなら、宿舎に帰ってから紅茶を飲めばよかったのに。よほど耐え切れなかったのだろうか。砂糖ドバドバ入れてるし、案外子供みたいなところが……
(――ん?)
ふと、こちらを見る視線に気付いた。反対側、グレタに背を向けるようにいる三人の団体……店の中でフードを被っている、変な奴ら。どうも見られているような。
ゴテン、とテーブルが揺れた。
「え?」
気がつくと、グレタがテーブルに突っ伏していた。
「え、ちょっ、副長!?」
あまりに突然、さっきまで何ともなかったのにいきなり突っ伏した。何があった。まさか、何か病気か。それとも、毒……
「副長!? ちょっと、しっかりしてください!」
「……るさいなあ」
と、妙に低い声が聞こえた。それがグレタのものと判断するのにしばらくかかるほど低い声が。
「え? あ、あの副長……?」
「ぶぐぢょうぶぐぢょううるざいっでんのよ。わだじをだれだどおもっでんの? なれなれじいっだらありゃじない……んぐっ、んぐっ」
「いや、そんなビールかっ喰らうように紅茶飲んじゃ……」
「うっぜえ馬鹿! ぶぐぢょうざまにざじずずんな!」
「ひいっ!」
釣り上がった瞳で睨まれた。ちなみにパソコンの表記上再現できないので省いたが実際は全ての言葉に『゛』をつけているようなガラガラ声である。どうしてしまったんだグレタの奴。酒場の酔っ払いじゃあるまいし……酔っ払い?
背中に寒いものが走った。恐る恐る自分の紅茶を啜ってみる……うん、紅茶だ。でもなんか不思議な風味が――
「ってこれブランデー入りか!?」
間違いない。昔試しに買ってきたブランデーと同じ匂いがする。そういえばブランデーを紅茶に入れて飲むというのがあったような。
てことは、グレタは酔っ払っている!?
「おい、何だぁ口そんな広げて。馬鹿みたいな顔が余計馬鹿っぽくなってるぞぎゃははははははは!」
――間違いない。シラフでこんな事言う奴だったらもっと付き合えやすかったろうに。なんか残念。
しかしちょっと待て。紅茶にちょっと入れたぐらいの量でこんななるのか!? どんだけ弱いんだこの女は!
「ふ、副長とりあえず落ち着いて……」
「落ち着いて、だあ!? てめえいつからそんな口聞けるようになりやがった!」
「ひいっ!」
吊りあがった目、髪を振り乱すその様に俺が知っているグレタの面影はなかった。酒は恐ろしい……あ、他の客もチラホラ逃げていく。店員も困り顔だけど近付いてこない。関わりあいたくないのか、怖いのか……ああ、俺も関わりあいたくない。
ん? 一組だけ残ってるのがいるな。誰だろう。こんなところでフード被ったまんまで……。
「おい! どこ見てんだてめえ!」
「あ、いやなんでもないですごめんなさい」
「ったく、いつもそうしてりゃいいんだ……おぅい! 足りねえぞ! 持ってこぉい!!」
「え!? あのちょっと止めといたほうが……」
「ああん!? 何か言ったか!?」
「いいえ、なんでもありません」
逆らえない。
俺はただ、湯水のようにブランデー入り紅茶をガブガブ飲みまくる副長のそばで怯えることしかできなかった。
「はあ、はあ、はあ……」
チョークスリーパーから解放された俺の息は荒かった。一時は本当に呼吸困難になったから仕方がない。
状況は回復の兆しがない。いやむしろ完全に悪化している。注ぎ込まれるブランデー入り紅茶、否、もはや紅茶風味ブランデーと配合が変わった代物は機関車の石炭の如くくべられるたびにグレタを燃やしていく。時に爆笑、時に激怒するその様は何かに取り憑かれてるんじゃないかと心配したくなるほどだ。
やばい。そろそろ遅いし帰りたいが、こういう時の対処法を俺は知らない。酒飲みだって飲み屋なんぞ行かず一人でテレビ見ながらビール煽るのがせいぜいで、酔っ払いなんぞ鏡でも見たことないのだ。こんな状況、俺の人生にはなかったはずだ。……ま、それ言ったらシルヴィアに来た事自体そうだけど。
さっきはオフ会に行かなかったのを後悔したが、果たしてそれだけでどうにかなっただろうか? 俺と同年代くらいの連中だったらそんな酔うことも無いだろうし、ここまでの酔っ払いがそう易々といるとは思えんし……。
「あーあ、こんな奴が親衛隊に入るなんて、シルヴィアも堕ちたもんだなあ……ヘレナ様も勝手なんだから……」
「……ん」
呟かれた一言に眉をひそめる。グレタがヘレナに対してこんな風に愚痴を言うのは初めてだ。いつも反抗の台詞を言うことはあるが、あくまで意見としてであり、陰口などするようには見えなかったが、やはり憤懣は溜まっていたらしい。ま、勝手と言われても仕方がないこと色々しているから当然か。
俺を例に出すまでもなく、元義賊のイーネやカリータ人の血を引くマリー、ミオとナオもそんな良い家柄でも無さそうだし、女性だけのシルヴィア親衛隊に通常なら入れるわけがない。ヘレナのゴリ押しなのは誰が見ても明らかだ。生真面目で堅物なグレタが嫌がるのはわかる。
――だけど、それにしてもおかしいよな。
前から疑問に思っていた。親衛隊の連中はみんな若い。せいぜいグレタやイーネがやっと30に片足突っ込んだくらいで、残りはほぼ10代だ。親衛隊というのはどういうものかわからんが、大抵こういうのは精鋭ばかりになるものではないか? そんな中いるのは素人に毛が生えたような若輩がほとんど。どうも噛みあわない。だいたい、いくら王女だって、24のヘレナが隊長というのもどうも……。しかし、どうも聞くことが躊躇われたというか、聞けるような雰囲気じゃないというか、とりあえずわからないまま今までやってきていた。
考えてみれば、これはチャンスではないか? 今のグレタならうっかり口を滑らすだろうし、聞いたことも忘れる確率が高い。ヘレナは言いたがらなかったし、これなら……
「あの……さ」
「あん? なんだぁ?」
ギロリと睨まれた。「いいえ、なんでもないです」と言いそうになったのをどうにか堪え、質問を搾り出す。
「親衛隊ってさ……みんな随分若いけど……どうして?」
「んあ?」と意味不明の言語で返したグレタは、しばらく考え込むようにして、
「それは……あれか。私が若くないとでも?」
「い、いえいえいえいえいえいえ! そうことじゃなくて! グレタも! みんな若いでしょって!!」
剣を抜き始めたグレタに対し両手をブンブンさせる。眼光が数倍増したよこの人!
「若い、か?」
「う、うん、若い若い!」
「――そうだなぁ、わがいんだよなあ……」
最後のは誰かに対してではなく呟いた。すると、突然テーブルに突っ伏してしまった。
「あ、あの……?」
「昔はこんなんじゃなかったんだけどなあ……小娘ばっかの集まりになっちゃって……うあああ」
今度は泣き出したよおい。どうもその点は俺と同じことを思っていたらしい。
「昔はもっとベテランの騎士がいて、今よりもっと隊員も大勢いたってのに……ううう」
「はあ……じゃあ、それがどうして?」
聞いちゃいけない質問かもしれない、というのは頭をよぎったが、好奇心がそれに勝った。……最近こんなことばかりしている気がする。
グレタは、ぐいとブランデー(もはや完全にブランデーになってしまった)を飲み干すと一言、
「……4年前に親衛隊は壊滅したのよ」
とだけ言った。
「……壊滅?」
その単語を理解するのに俺の頭は数秒かかった。
「ありゃもう4年も前なのかぁ……私ら親衛隊が蛮族討伐作戦に参加することになって……その頃からもうシルヴィアの弱体化は始まってたんだけど……とにかく、私らは頻繁にテロを繰り返してたカリータ人のアルガルフ教派を討ち取りに行ったのよ」
カリータ人。聞き覚えがある言葉。マリーだ。マリーが語っていた、母の故郷、母の民族……それが、親衛隊と?
「普通な作戦だった。いつものことだった。大した戦いじゃなかったはずだった。それなのに、それなのに……」
グレタの体がブルブル震えている。さっきまでのとは違う恐怖を、俺は感じていた。
「あのクソ犬共! 自分の村焼いてまで私達を分断させて、そして、そして……」
そこで言葉を切ると、テーブルに突っ伏してしまった。
困惑していた。自分で聞いたのに、そこから先を聞きたくない。でも、グレタは続けてしまう。
「――ほとんどがそこで戦死した。助かった人もいたけどみんな再起不能、まともに動けたのは私とヘレナ様だけ。まあ、カリータの連中を仕留められたのが不幸中の幸いだけど」
仕留めた。その単語が持つ意味に怖気が走る。何を今更、そう嗤う部分が頭にあったが、意識してこなかった。そうだ。親衛隊とは、騎士とは本来そういう仕事なのだ。ヘレナたちも、みんな……
「それで、壊滅した親衛隊を建て直す事になったけど、現役は私とヘレナ様以外全員ダメ。でもだからってこの国力減退の時期に、ただでさえ少ない女騎士を他所の隊から引っ張ってきたら編成が乱れてしまう。でもシルヴィア王国の象徴である親衛隊を無くす訳にはいかない。だから……」
「だから、素人に毛が生えたような奴をにわか仕込みで親衛隊に入れた、というわけか……」
「うん……まだ定員に至ってないけど」
だろうな。どうりで少ないと思ったよ。同時に、ヘレナがあれだけ人事に関して好き勝手できる理由もわかった。
好き勝手しているのではない。そもそも人員なんていないのだ。親衛隊としての体裁を維持しなければならないシルヴィアの上の方々は、とにかくなんでもいいから戦力として使い物になって欲しい。だからヘレナもそれに応えているだけだろう。――横暴的一面は無きにしもあらずだが。
それと、ヘレナが隊長になった理由もわかった。親衛隊壊滅という大失態、国民から隠してもいずれ伝わるだろうそのバッドニュースを誤魔化すため、王家の血を引く騎士、始祖王シルヴィア・マリュース一世の再来と呼ばれるヘレナ・マリュースを隊長とすることが必要だったわけだ。もっとも、だからヘレナが騎士としてグレタより劣っているとは限らないけど。
それにしても、気のせいかだんだんグレタの声が低くなっているような……いや、現実から目を逸らしてはならない。なんかどす黒いオーラがグレタの全身から出ている……確実に。
「確かに、確かに兵力が無いのは事実だし、なりふり構っていられない、ってのはわかるけどさぁ……よりによって『絶望の国』の男なんか――」
「――『絶望の国』?」
ふと紡がれた台詞。妙に引っかかるものを感じて聞き返すと「あん?」と鼻で嗤われた。
「ヘレナ様から聞いてないのか? そりゃそうかぁ……あんたの世界のことだよ、一機ぃ」
「俺、の?」
何のことかよくわからなかった。
「こっちの世界での呼び名。夢もなく、希望もなく、優しさもなく、愛もなく、正義もなく、光もない。殺戮にのみ優れたそこにあるのは憎悪と絶望のみ。故に――」
「――絶望の国、か。ずいぶんな言われようだな……間違ってないけど」
誰が言ったか知らないが、これでもかというくらい真理をつきやがるなおい。殺戮のみに優れ、夢も希望もない――実際、あの世界はそういう所だった。
と、物思いに耽っていると、突っ伏したグレタの様子が変わったのに気付いた。いや変なのはさっきからだが、なんかふるふる震えて……
「あんなことさえなければ、こんな馬の骨を親衛隊に入れるなんてあり得なかったのに、あんな、あんなことさえなければ……うっ、ううっ……」
め、目の錯覚か、あるいは幻惑の魔術か、グレタの眼鏡越しから見える眼球から何かわからない透明な液体が出ているような……
「うえっ、うえ……うええええええええええええええええええええええええええええんっ!!!」
「ひいぃ!?」
泣き出した。
しかも泣いたとかそんな生易しい代物ではない。まるで爆発したかのような大泣き。大粒の涙をボロボロ零し、力の限り泣き叫ぶその様はまるで赤子。これを誰が誇り高きシルヴィア王国親衛隊副長グレタ・エラルドの姿だと誰が信じるだろうか。耳がキーンと泣いているよおい。
「レルレード様ぁアルフィー様ぁロジェンヌ様ぁ! リールエリゼリットモーリエぇ!!」
とうとうひっくり返って誰かわからない名前を叫びながら暴れだした。店の人柱の陰に隠れて怯えてるよ。俺もそうしたい。てか誰だその人たち。
――まさか、4年前戦死したっていう隊員たちの名前? いや、この場合そう考えるのが自然か――。
「パーシェスメルゼルフィンレゼンシア様ぁ!! あああああああああああぁ……」
「え、あ、副長?」
ひとしきり泣き喚くと、突然力が抜けたようにう動かなくなり、そのまま
「ぐすん……」
寝てしまった。
「ちょっ、ちょっと!?」
揺り動かす前から既にいびきかいてやがる。いかん、泣き止んだのは結構だが寝られるのは正直困る。
「勘弁してくださいよ、起きて下さいってば副長! 副長ってば!」
揺さぶっても顔をはたいても反応なし……ダメだこりゃ。
仕方がない。金だけ払っておぶって帰るか。いくら俺より大きいからって所詮は女、それぐらい余裕で……
「って重っ!」
――おぶるどころか持ち上げることすら叶わない。当然か。騎士として鍛えてるから見た目以上に筋肉質だろうし、そもそも体格が違う。色々装備もあるし……うわあ、どうしようこれ。
「……ったく、見てらんねえな」
ふと、後ろから声がかけられた。
振り返ってみると、さっきのフードを被った客の中の1人が立ち上がってこっちに来た。
「おい……」と同じテーブルの客が制するが、構わずこちらに来て、
「あんたシルヴィア親衛隊の人?」
「え? ど、どうして……」
「さっきから大声で言ってただろ」
「……ごもっともです」
それはわかるが、この人は何をしに来たんだ? フードで顔がよくわからないが、声からするとどうも40越えのおっさんらしいが……
「どこに行きゃいいんだい?」
「は?」
「宿舎なんだろ? 送ってってやるよ」
「い、いいんですか?」
これぞ地獄に仏、すぐさま飛びつきたかったが……寸前で止まる。
いくらなんでも話が上手すぎる。ここは日本じゃないんだ、そう簡単に人を信じていいのか? グレタがこんなになってしまった以上、責任は俺が取らねばいかんのだし……
「ぐへ、ぐべべべべ、べばばばばば……」
「…………」
「で、送るのか? 送らなくていいのか?」
「……お願いします」
カエルより酷い鳴き声が、俺の優しさを打ち消した。
とりあえずグレタの財布から店に紅茶代と迷惑料払ってから店を出た。親切な方々は三人いて、みなフードを被っていて顔がわからずメチャ怪しい。
店から出て改めて承諾してよかったのかと後悔したが、「ハイヨー」とか喚きながらおんぶされてるグレタを見ると仕方ないと言う気分になってくる。
「どうもすみません。見ず知らずの方にご迷惑かけて」
「…………」
返事もしない。顔がわからないがどうも憮然としているようだ。先ほどのおじさんの連れの一人で、送ると言ったら色々揉めていた。そりゃそうだろう。こんな酔っ払い関わりあいたくない。むしろどうして助けてくれる気になったんだろう。
「あ、すぐそこですから。いやあ助かりました。もう途方に暮れていたところでしたから……」
「…………」
無視。いっそここまで相手にしてくれないと逆に気分いい――わけない。なんだこっちが珍しくヘコヘコしているというのに。なんか腹立ってきた。
「いやあ、ごめんなさいね」
「え?」
すると、脇にいた三人目の方が謝罪してきた。女、の子だったのか?
「うちの団長は元からこんなもんでね。無愛想なのはいつものことだから気にしないで、ね?」
とケラケラ笑っている彼女。なんか人当たりがよさそうでいいな。まるで……ん、誰だ?
「……ビビ」
「あ、す、すいません団長」
「…………」
「じゃなかった。ええと……なんでもないです」
団長とやら、無言の迫力でビビさん(らしい)を黙らせてしまった。全身からオーラが感じられる……怖い。
――てか、さっきから気付いていたんだが、この人たち……。
「と……ここじゃないのか?」
「あ、はい、どうも……」
いつの間にか宿舎前に来ていた。とりあえずその場で待ってもらうことにして、俺は宿舎へ入った。
「……飲んだ!? 馬鹿な、グレタは一滴も飲めんぞ!?」
「いや、だから好きで飲んだわけじゃなくて、偶然……」
「ええい、なんてことだ。とにかく、送ってきてくれた方々にお礼をせねば……」
そう言いながら俺たちは玄関前に戻ってきた。
「申し訳ありません、うちの隊員がご迷惑を――」
と、謝罪の言葉を出しかけたヘレナは、三人の風貌を視界に収めると、
「――!」
息を呑んだ。
――やっぱりな。
何となく、そんな予感がしていた。時にフードから覗く、褐色の肌から。わずかながらその面影を残すという、マリーの肌を思い出して。
この人たち、カリータの人間だ、と。
まさかとは思った。タイミングが良すぎる。グレタが偶然酔っ払ってあんな暴露話を披露した時に、たまたまカリータ人があの店にいたなんてあり得ない。どんな確率だよ。
微妙な空気が流れる。どうしたものか。グレタの話からするとカリータ人を憎んでいるのはヘレナも同じだろうし。でも、世話になった人たちを斬るなんてことは――いや、俺が立ち入っていい話じゃないな。
すっと、ヘレナが歩み寄った。唾を飲む。やめて、と言いたいのに指先一つすら動かせない。
そして団長と呼ばれた男の前に立つと、ヘレナは、
「――ありがとうございました」
と言って手を差し出した。
後ろの二人が目を見開いたようだが、団長は眉一つ動かさず、その握手に応じた。――褐色の手で。
「……っ」
何も言えなかった。
ヘレナの笑顔が、氷像のように硬いのに気付いてしまったから。
「はあああああああああっ!」
ザシュッ!
「ぎゃあああ!」
また斬った。これで何人目だ? 途中から数えられなくなったし、そもそも数えたりしない。几帳面なエルゼリットは47人まで数えたというが、あんな真似は……
「……え?」
ふと、やけに静かなのに気付いた。寒気が走り、辺りを見回す。
「な、なに……?」
自分が見ているもの全て、赤だった。
炎に包まれた村。破壊され、その死骸を焦がすMN。そして……血みどろの死体。
そう、死体。
ある者は頭部を打ち砕かれ、ある者は内蔵が飛び出していた。またある者は下半身がどこかにいってしまい……それでもなお、生きている。いや、そんなものはもう生きられない。生きているとは言えない。死んでいる。生きた、死体。
自分はどうだ? そんな考えが頭をよぎり、怖気を感じた。自分の身体は――赤かった。
己の血か、それとも返り血か。もうそんなことすらわからないくらい血まみれ、血のついていない部分が存在しないほどだ。これは誰の血だ? 自分のか? だったら私ももう生きてはいまい、死んでいる。死んで、死んだ……
違う。押し潰されそうな心を取り戻す。こんな風になるのも、一人でいるからだ。こんな赤まみれのところ、もういたくない。誰か、誰かいないのか。誰か、誰か――
いない。誰もいない。
「……レルレード様?」
返事はない。
「アルフィー様、ロジェンヌ様、ミーゼ隊長……?」
誰も応えてくれない。ただパチパチ燃える炎の音がするだけだ。
「い、いや……」
全滅、その単語が頭に浮かんだ。
馬鹿な、そんなはずはない。私達は栄光あるシルヴィア王国親衛隊だ。その我々が、こんな蛮族討伐任務などで全滅などあるはずが、あるわけが、ありは、あ……
「あ……あああああああああああああああああああ!!!」
駆け出していた。どこにというわけではない。そもそも何も考えていない。ただ走っていた。
逃げるのだ。こんなところから。剣も鎧も捨てた。ここは地獄だ。こんなところ、親衛隊が死ぬところではない。こんな、こんな……
「リール! エリゼリット! モーリエぇ!!」
力の限り叫ぶ。だか、返事どころかうめき声すら誰も上げない。
嫌だ、嫌だ、嫌だ!
こんな、こんな、こんなところで……たった1人で……!
「あ、あああ、ああああ……ヘレナぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
終わりだ。もう。
これで返事がなかったら、もうダメだ。諦めよう。そんな思いが頭をよぎった時、
「……え?」
見つけた。
広場の真ん中、死体で埋め尽くされた溜り場の中央に、立ち尽くす影が。
「ヘ、レナ……?」
誰が間違えるものか。幼い頃から、物心着いた頃から2人一緒、同じ道を歩んできた。身分に違いはあれど、いつだって。そこにいつもあった、輝く金髪を、忘れるものか。
「ヘレ……」
駆け寄ろうとして、
その場で硬直した。
「ん……?」
「やっと起きたか、グレタ。調子はどうだ?」
気がついたら、ベッドの中にいた。呆れたようなヘレナ様の声がした方向を首を向けようとすると、
「……っ!?」
頭に激痛が走った。
「やれやれ、まだダメらしいな。相変わらず弱いな」
「弱いって、私は何を……?」
見回すと、宿舎での自分の部屋であることはわかった。傍でヘレナ様が呆れ顔で見下ろしている。
「まったく、本当に覚えてないのか? お前、酔っ払って倒れたんだぞ」
「酔っ払って……?」
あり得ない。昔パーティで飲んで、何をしたかは覚えていないがそれ以来「絶対に飲むな」と皆から厳命されてきた。それを破って飲むことなど考えられない。
「一機の話だと、間違って飲んだそうだ。まったく、弱すぎるにも程があるぞ。紅茶に入ったブランデー如きであそこまで酔うとは」
紅茶、で断片的ながら思い出した。そうだ。確かに私は教会での渋い紅茶に耐え切れず、喫茶店へ飲みに入ったのだ。一口含んで、それで……ダメだ、思い出せない。
「そうですか……それで、ロージャが運んでくれたんですか?」
「……ああ」
嘘だ。あいつにそんな力はない。それに嘘だと顔で言っている。嘘が苦手なのは昔と変わらないな……とふと懐かしさを覚えた。
「とにかく、今は休め。明日は昼頃に出発する予定は変えん。親衛隊副長たる者が二日酔いで倒れたから延期なんてことが……」
「ヘレナ様、ウカリでの戦いを覚えていますか?」
ピクリ、とヘレナ様は硬直した。しばらくすると、ふっと笑って、
「……忘れられるなら、喜んで忘れるさ」
とだけ言った。
ああ、同じ笑顔だ。4年前、隊員たちの死骸の前で笑った、あの笑顔と。
『何が――神だ。何が、親衛隊だ――』
――あの時、この人の神は死んだんだ――
事実、何もかも失った戦いだった。簡単な任務だと甘く見たせいで罠にはまり、隊列を乱され親衛隊は総崩れ。MNも縄や落とし穴で動かなくなり、後は各個撃破されていった。だが敵のアルガルフ信者も余裕とは程遠く、敵味方入り乱れる乱戦と化した。
誇りも騎士道もない、凄惨な戦いだった。とにかく斬る。とにかく殺す。女だ、子供だという認識はとっくに麻痺して、褐色の肌を見つけたら体が勝手に判断して斬り殺していた。いや、ひょっとしたら味方すら殺していたかもしれない。あの時、私の目には全てが赤く映っていた。
ヘレナ様もそうだったのかもしれない。駆け寄ったヘレナ様は、笑っていた。違う。無茶苦茶な感情が乱れ狂い、表す手段を失った顔が滑稽なほど引きつっていただけのこと。大粒の涙が、顔にかかった返り血を洗っていた。
あれで親衛隊は深刻な打撃を受けた。生き残った者たちは両手で事足りるほど。しかも戦線復帰できるのは私とヘレナ様くらい。これではどうしようもないと再建の必要に迫られたが、100人近くをどこかから持ってくればシルヴィア騎士団全体の弱体化に繋がりかねないと、素人どもの溜り場になってしまった親衛隊――確かに、何が栄光ある親衛隊だ、だ。そう思えば、合理主義に傾くのも理解できなくもない。
だが、それは間違っている。確かに洗礼を受けカルディナ神の加護を一番授かっているはずの我々は負けた。でもそれはカルディナ神の存在自体が偽りだからではない。今の教団が誤っているのだ。
神の皮を被り、特権を貪る寄生虫――あのような輩がカルディナ神の名を汚していった。それで加護が与えられるわけがない。全てはシルヴィア500年の汚濁による災厄なのだ。……そう思わねば、誰が救われる。
歩む道が、違いつつある――そんな予感はきっと、私だけの物ではないのだろう。寂しくはある。が、当然のことなんだ、きっと。
「……ヘレナ様」
「ん、なんだ?」
「……いいえ、なんでもありません」
何が聞きたかったのか、自分でもよくわからなかった。
「はああ……未だに頭が痛い……あ、すみません。シルヴィア王国親衛隊副長、グレタ・エラルドです。次回はようやく王都まで目前に控えたんですが、またしても事件に巻き込まれてしまいます。果たしてこれは天災か人災か……まさか、またあの犬共が? 次回、サジタリウス~神の遊戯~ 第10話『愚劣なる隠者(前編)』……ん? 前後編ですか? 前からしている気がしますが……」
to be continued……
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