Last Esperanzars

Last Esperanzars

第二話・刻まれぬ英雄伝


「メインタンクブロー、敵神獣に対し魚雷攻撃をかける」
「了解、魚雷戦用意!」
 潜水艦内に第一種戦闘配備のサイレンが鳴り響く。ずいぶん久しぶりだ、最近哨戒任務ばかりで干されていたからなと発令所で椅子に座りながら一人思う。
「ったく、相模の奴、なにが『今のところは戦いとは関係ない』、だ。二ヶ月足らずで戦闘するとは思わなかったぞ」
 まあ、相模も御剣さんもこれは想定外の事態だろう。こんなに早く神獣が蘇るとは。事実ただの試運転だったはずなのに急な会敵、戦闘で発令所内もちょっとしたパニックになりかけた。
「しかし、話半分で聞いていた……わけではないが、まさか本当にこんな生き物がいるとはな……」
 ソナーに映る影は、どんな潜水艦とも違う形をしていた。どちらかと言うと鯨とかに近いが、鯨はこんなにトゲトゲはしていまい。まるでヤドカリだ。そのヤドカリが200m以上の巨大さを誇るこの最新鋭潜水艦『アノマロカリス』とほぼ同じくらいで、50ノットで追いかけっこをしている、それだけだ。
「デタラメもいいところだ。ADといい、世界はいつSF小説になったんだ?」
 富田がポツリと愚痴を漏らした。この一月後、その思いを胸に世界を敵に回す少年がいることを知らない。
「艦長、敵神獣は50ノットを維持したまま本艦を追撃中。信じられないスピードです」
 副長が躊躇いがちに言う。本来は叱責するところだがまあ仕方が無い。まさか神獣がこれほどまでデタラメとは考えていなかったんだろう。恐らく、この艦の乗員全員同じ気持ちだ。
 だが、だからと言って『あり得ない』で片付けるわけにはいかない。そこに奴は『いる』のだから。それが軍人の仕事だ。
「後部発射菅開け。一番から四番、順次発射!」
 後部から魚雷が発射される。四本の魚雷が、アクティブ・ソナーに反応するまでもなくピッタリ後ろに張り付いていた神獣に喰らいつく。
 ドオォン!
 爆破音が艦内にも響く。
「魚雷全弾命中を確認!」
 ソナー手からの声に一瞬ブリッジが色めき立つ。しかし、それは本当に一瞬だった。
「!? て、敵神獣健在! 速度を全く変えることなく本艦を追撃中」
 ちっ、やはりダメか。予想していたこととはいえ、通常潜水艦なら一発でも沈められる特殊弾で平然とされてはこれはもう嫌味だ。
「艦長、ここは撤退した方がよろしいかと……」
「撤退? どうやって? こいつの限界は70ノット、しかも時間限定付きだ。あんな怪物に逃げ切れるわけないだろ」
 しかし……! と言う副長の気持ちもわかる。データが確かならこの艦の装備であの神獣を倒すことは不可能だ。逃げるしかない。
 ただし、一発食らわせてからな――!
「後部発射菅一番から四番まで魚雷発射用意。雷数八。発射と同時に180度旋回し主砲発射。奴の脳天に一発かましてやるぞ」
「ええっ!?」
 ブリッジが騒ぎ出した。そりゃそうだ。
「何を騒ぐ。あれは水中でも使えるように改造されているんだろう?」
「しかし、それは設計上の話でまだ試験すら――!」
「このままでは倒すどころか逃げることもままならん。方法は一つ、奴に動けなくなるくらいのダメージを与えて、この場を離脱するしかない」
「……了解しました。後部発射菅、雷数八、一番から四番、発射用意!」
 なんとも無茶苦茶な指揮だと自分でもわかっていたが、それでも乗員達が従ってくれるのが幸いだった。正直、この二ヶ月で信頼が得られたか甚だ疑問だったからな。
「てぇ!」
 声と同時に魚雷が水中に軌跡を描いて滑っていく。が、そんなものに目をくれる暇は無い。
「180度旋回! 全員何かにしがみつけ!」
 200m以上の船体を水中で、しかも50ノットで飛ばしながら急激な方向転換は、誰がどう考えても無謀な行為だ。艦全体が横に引っ張られ、固定されていない調度品などがゴロゴロ転がっていく。今晩の食事であったカレーも見事に一回転し、乗員総勢で艦長に抗議したそうだ。
 一方、八本直撃はさすがに響いたのか、神獣はその場で一旦停止したが、すぐに最大速で突っ込んでくる。それが不幸の元だった。
 アノマロカリスの艦首が開き、水中用に特別改装された戦艦用40cm砲が顔を出す。
「てぇ!!」
 主砲から海水を切り裂くかの如く砲弾が発射された。加速した神獣のスピードがさらに威力を高め、肉体に深く食い込むと同時に爆発した。



 GIGANTOMACHIA~巨神戦車・駆け抜ける咆哮
 第二話・刻まれぬ英雄伝



「くそっ! なんなんだあいつは!」
 再び発砲炎。コアドールのすぐ側を砲弾が突っ切っていった。
 先ほどから連続した発砲炎が響くと同時に砲弾が廃墟を逃げ惑うコアドールに喰らいつこうとする。1kmも離れていないからほとんどゼロ距離だ、敵に未来位置予測の能力があれば一撃だろう。
 いや、これほどの腕を持つ敵がそれくらいできないとは思えない。恐らくこちらの速度とスケール比を把握し切れていないのだろう。狙撃とはデリケートな仕事だ、少しでも狂うと全てが台無しになる。それにいくら崩壊しているとはいえかつての首都の象徴といえるコンクリートジャングルはそう簡単には破壊できない。まだ形状を維持しているビルは多く立ち並びそれが目隠しとなって姿を晦ましてくれる。先ほどは嫌気が刺したビル郡に助けられるとは、感謝するべきなのだろうか。
 ――感謝?
 ほんの一瞬、自分の発した言葉の意味が判らなかった。感謝? 感謝とはなんだ? 世の中にあるのは利益と怨恨、そして狂気しか人を繋げるものはない。そうだ。そうなのだ。そうであるはずだ。そうでしかない……。
「ぐっ……!」
 ダメだ、考えるな、そう命令するが思考の流れが何故か止まらない。脳がかつてない刺激で荒れ狂う。同時に、何かが、何かが記憶の奥底から引きずり出されるような感覚が――
「!? くおっ!」
 目の前でビルが爆ぜた。瞬間的に機体を下げて瓦礫に押し潰されずに済んだか。汗が一気に零れる。やはり余計なことを考えている暇はない。今は敵を倒すことに専念せねば。
 しかし、いくらなんでも敵の行動が単純過ぎないか? ふとそう思った。先ほどからの砲撃を見てみると、狙いは正確だが正確すぎてすぐに読める。避けられ続けているのもそれが原因だと言ってもいい。それにさっきからアンブッシュ(狙撃)ポイントをまるで変えていない。おかげでどこにいるか丸解りで、反撃出来るならし放題。砲撃が途切れなく続くので隙がないのと、そもそもこちらにあの化け物を破壊可能な武器があればだが。敵はそれに気付いて余裕で相手をしているのか? いやそれはないだろう、その判断はあまりにも軽率すぎる。仲間がいる可能性も否定できないし、武器がないというのも仮定でしかない。理由はわからないが、敵がそんな愚か者とは思えない。
 ではどうしてだ? こういう思考は是非ともするべきだが、こちらはいくら巡らせても結論が出ない。
 そこに、ガラガラと崩れる音が響いた。砲弾に貫かれたビルが自重に耐え切れず崩壊したのだ。
 それでやっと気付いた。敵がどうしてこんな単調な砲撃を繰り返すのか。
「地ならしか……くそっ!」

 我ながら馬鹿みたいなことやってるな、と機体の中で黄昏――蚩尤は一人ごちた。
 アンブッシュポイントをまるで変えず単調な砲撃連射、しかも砲弾も任意に変更せず上からガチャンガチャンと機械的に変えているだけ。セオリー無視どころか死にたいのかこの野郎といういい加減振りである。自分で言うのもなんだが、まったく命知らずこの上ない。が、無論無駄な行いではない。
 大砲のみならず銃というのはいくら大量生産品でもそれぞれクセが存在する。それは作られた時からのもののみならず使用、保存、損傷などその武器が存在した歴史からも生じるやむを得ない事象だ。しかも大砲というのは砲弾を撃つと熱により膨張する。そこら辺を計算に入れて修正し射撃しなければ当たるものではない。そういった大砲自体のクセがあるのは仕方がない。問題はそれを把握し、どう修正するか。今までの射撃はそのための試し撃ちだ。それだけじゃないけど。
 モニターから敵機を確認する。さすがにこのビル群では熱だろうが光学だろうが正確な索敵は厳しいものがある。ま、そんなことはどうでいいか。
 車体の弾薬庫からAP(徹甲弾)選択され、装填装置に送られる。砲尾が開き、砲弾が装填された。狙うは敵機、ではなく、横の邪魔なオフィスビル。三棟ほど風穴開けて四棟目を吹き飛ばしてやれ。
 ゴオォン!
 雷鳴のような音がしたと同時に、黄昏の視界が斜めになった。正確には麒麟の車体が大きく傾いた。
「うおっ!?」
 一瞬確実に心臓が止まった。車体はその勢いでひっくり返ることなく、元の位置にドシンと着陸するが、中の蚩尤は腰を据えるどころではない。バクンバクンとさっきの停止の汚名を取り戻そうとする心臓の激しさを宥めようと必死だ。
 ――馬鹿じゃないの!? 横に撃つだけでひっくり返りかけるなんて、大口径砲積みすぎなんだよ!
 実は、転倒を防ぐため両側面にはアンカーが装備されているのだが、なまじ麒麟を知っているが故説明書を流し読みしてしまっていたので蚩尤は知らない。が、それであったとしても転倒の危険ありは問題だ。
 なんとなく、麒麟――ADTが不採用になった理由が解った気がする。デカすぎる、いくらなんでも。そして重すぎる。いくらネオ・メテオエンジンを積むためとはいえ、この車体は砂漠や野原ならともかく市街地や丘陵地では行動を著しく制限する楔にしかなるまい。
 そう、さっきから単調な砲撃で“街を壊している”のはここにあった。この東京のビル群においてこの車体は全く噛み合わず、動かせるかどうかすら怪しいほどであった。簡単に言えば、ビルに邪魔されて麒麟が通れないのだ。かつての戦闘の傷跡で多くのビルが破壊されているが、それでも麒麟を塞ぐには充分だった。大通りを渡れば問題はないが、それではルートが決まってしまう。あの男が崩壊前、もしくは今現在の東京の正確な地図があったとしたら、元々履帯機動故ADと違い未来位置が予測しやすい戦車はあっという間に追い込まれ、罠に掛けられるのは目に見えている。だからビルなどの建造物を破壊してルートを確保したのだ。一言で言うなら『地ならし』か。
 こんなこと言いたくない、言いたくないが、どうしても言わざるを得ない。
 この戦車、あまり使えない。
 というより、欠点が多すぎる。もしADTが採用、量産化されたら、この麒麟より小型化、低性能化、簡易生産化してだろう。今のままでは問題がありすぎる。
「……ただし」
 ずれたバイザーを着け直す。少々気が動転したが問題ない、戦闘態勢に戻る。誰か蚩尤の顔を見ているものがいれば、別人のように目つきが変わったのに驚くだろう。
「それは、乗り手が通常の兵士であった場合……だろ、麒麟?」
 麒麟に、相棒に話しかける。無論返事をするわけがないが、同じはずの駆動音がひときわ大きく響いた気がした。
「よし、だいたいクセは把握したな……APFSDS (Armor Piercing Fin Stabilized Discarding Sabot:装弾筒付翼安定徹甲弾)装填、次弾も同じ!」
 本気の一発、景気づけの意味を込めて24cmのAPFSDSというパワードスーツにはもったいなさ過ぎる砲弾を装填した。
 さあ、思いっきり、驚け。
 轟音が響くと同時に、履帯を最大速で動かした。

「つう……!」
 自分でも無茶な機動に激しく揺られながら、今までの砲撃とは違うものを感じていた。どうやら『地ならし』は済んだらしい。本気になった、ということだ。
 相手は全速力で追撃し、砲撃を止めることはない。対してこちらは敵の攻撃を回避、ビルの間を潜って逃走しているのみ。今の状態を言葉にするなら『なぶり殺し』。まったく冗談ではない。
 しかし、これといった対処法も思いつかない。いや、手は一応ある。コアドールはパワードスーツである以上AD並みの兵装は期待できない。超振動ブレイドとマシンガンぐらいはあるが、戦車の装甲、しかもあの大型、強度は通常のそれと比較になるまい。豆鉄砲、という言葉がこの国にあったはずだ。だが、対AD用のグレネードランチャーは別のはず。コアドールはその変形機構上どうしても武装が貧弱にならざるを得ない。余裕がないからだ。したがって手数優先にしてしまいグレネードランチャーはこっちには三発しか持ってこなかった。自分の迂闊さを呪うのは後回しにして、今はこれを有効利用する手立てを考えるとしよう。
 タイヤを全力で回して、一旦距離を置く。グレネードはこちらの切り札、無闇に使い存在を知られれば警戒され、以後命中させるのは非常に困難になる。故に実質上一発限り、接近して確実に仕留めなければいけないが、こう砲弾の雨が降り注いでいてはどうにもならない。距離を開けて落ち着いてから策を練ることにしよう。敵もただ単に追撃するのではなく、速度や進行方向をわざとデタラメにして未来位置を予測できなくするようになってきた。これ以上敵の勝手を許すわけにはいかない。
 後退しつつ、作戦を練った。いざという時の“最終手段”も含めて。

「逃げる……いや、ないな。一度下がって策でも練るか、あるいは既に策を練って実行中か……まあ、どっちもかな」
 後退し始めたコアドールを追う蚩尤の頭には、最初から『逃亡』という考えは存在しなかった。10m近い戦車と2、3m程度のパワードスーツ、アリと巨象じゃあるまいし勝ちがわかっているような戦いに思えるが、蚩尤はそう考えなかった。何の保証もなかったが、敵――ロゼルガとやらか?――は逃げない、という確信があった。
 一時撤退、いや距離をとったとすれば、どういう行動を取るだろうか? 戦いでは敵の行動を先読みした方が勝つ。言うのは簡単だが実はかなり難しいこの行為、しかし敵のこれまでの戦闘や敵機の性能を材料にすればだいたい予想はつく。恐らく敵は対AD、悪くて対戦車用のミサイルかグレネードを所持している。パワードスーツが実用化された例は聞いたことがないが、その手の兵器は主に対人用でありもう一つグレードが上の兵器と対等になる必要はまるでない――もしできるのならADなど作る必要がない――が、敵が麒麟の情報を知って来たとすればそれぐらいあるのが普通だ。麒麟に対処するならADレベルが必要とも思うが……どうもロゼルガの行動には矛盾がある気がする。
 まあそれはいい。今は予測される敵の攻撃を回避、そして敵を迎撃することが優先だ。あちらも多分読まれていることは読んでいるだろう。下手に接近するとこちらの主砲の餌食、かと言って遠くからではこの高機動戦車、直撃は難しい。いくら回避が困難だとしても強固な正面装甲に撃つはずもない。ちょっと当てるだけでいいなら無理ではないが、そんなもので麒麟を撃破するのは不可能だ。主砲か履帯、メインカメラを狙うとしても少しは接近する必要がある。ミサイルは威力が高すぎて巻き込まれる危険があるし、グレネードはその威力に応じて一定距離発射されないと爆発しない安全距離という構造があるため、肉薄はないと思うが、一応警戒するか。
 ――まあ、肉薄しようとしたらしたで、“好都合”ではあるがね。
 煙草をふかしつつ、“奥の手”を優しく撫でる。いけないと思いつつ、昂揚感に顔が緩んでいた。

「来るか……!」
 破壊されていないビル群に構わず、化け物戦車は突っ込んでくる。この辺りは大通りなのかあの巨体でもなんとか通れる。だが撃たないのはそんな理由ではあるまい。こちらの攻撃に対し、すぐさま対応できるようにするためだ。やはりグレネードはバレていると見て間違いない。“まあ別にどうでもいいが”。
 ビル群を利用し、戦車の死角からグレネードを撃つ。敵もそれぐらいは予想しているはずだ。しかしいくら速く動けても、方向転換が困難な戦車の宿命、回避など叶わず撃破されるだろう。だからこそビルとビルの狭間――と言っても、コアドールのそれなりの横幅なため交差点の左側ぐらいしか場所がなかったが――にこうして隠れ待ち伏せている。問題は奴がその巨体を利用してビルごと突っ込むなどという愚を冒さないかだが、そこまで馬鹿ではあるまい。車体へのダメージが大きすぎる。
 ――いや、馬鹿はこっちか。あんな怪物戦車に、対人用のコアドールで立ち向かう気なのだからな……。
 どこかで聞いたことがある。風車を魔物と思い槍で倒そうとし、吹き飛ばされた馬鹿な老人の話を。どこだったか……と思い出そうとして、止めた。無駄な思考だ。今はそんなくだらないことを気にかける必要はない。
 そこで、耳障りな履帯の音がこちらに近付いてきているのに気付いた。
(来たっ!)
 マシンガン下部に取り付けたランチャーを交差点の先に向ける。あちらもメテオエンジン搭載機ならばレーダーは使えない、こっちがADならメテオエンジンの反応を逆探して位置を特定する手もあるが、あいにくコアドールは充電式、スラスターでも焚かない限り熱も出さない。この状況下、こちらの位置を把握することは不可能。あいにく、あんな巨大で戦車という扱いづらい兵器は戦場にいるべきではないのだ。
「まあ、楽しませてはもらったがな……ここで終わらせてもらう……!」
 と、自分でも意識せずにそんな言葉を発していた。
 ――楽しむ? 何を言ってるんだ?
 自分の言葉が信じられなかった。楽しむとはなんだ? 戦いは勝てばそれでいい。楽しむ必要性など――
 ギャギャギャという耳障りな音が響いたとき、現実に戻った。もう敵の鼻先が交差点から出ている。
「しまっ……!」
 出遅れた、など判断している暇もない。あらかじめ履帯側面に向けられていたランチャーを、ほぼ脊髄反射の域で撃つ。戦争では0.1秒にも満たない差で全てが変わる。しかし、さすがに0.1秒では回避できまい!
 だが、『先手を打つ』という戦争の大前提を誤ったロゼルガに、そんな甘い展開が待つはずがなかった。
 急速で旋回された主砲が、横合いからグレネードを弾く。硬球のように勢いよく飛ばされた弾は、そこらのビルに突き刺さり爆発を起こす。
「んな……っ!」
 信じられなかった。こちらを把握して対応できることではない。こちらの未来位置、そして狙いを読んで弾くという選択を選んだに違いない。あるいは、あちら側の場合は違う対処法があったのかもしれないが。さすがに24cm砲を撃つための大砲は、グレネード一発では曲がりもしない。
 ――いや、違うな。失敗したのは、撃つのが遅れたせいだ。こっちのミスだ……!
 馬鹿なことをした。あれほど余計なことを考えるなと教え込まれたきたのに、と舌を打つ。本当に、どうしてしまったのだろう。
 とにかく、こちらの攻撃は失敗した。これは奴を仕留めることができなくなったことを意味する。“第一撃では”。
「くおっ!」
 グレネードの二発目を装填、後部スラスター最大出力で全速前進。数秒かからず至近距離まで到着した。
 読んでいたわけではない。万が一のため、準備だけはしておいた。安全距離は既に解除している。誘爆? 知ったことではない。こいつを倒すことに比べれば。
 狙いは――この際贅沢をしよう。主砲後部にあるメインカメラ――あれだけの巨体だ、目視ではなくモニターなのは当然だ――にする。履帯を破壊しても戦艦並みの主砲は健在だが、目を奪われれば発射など叶わぬ。撃破したのと同じこと。これで終わりだ。
 ロゼルガは気付かなかったが、その時、冷静沈着であることを重んじる彼の顔は、
 ぐにゃりと、歪んでいた。
「死ねぇ!」
 狂気の笑みを浮かべたまま、決着の引き金を引いた。
 巨大な裏拳で殴り飛ばされた後に。
「がっ……!」
 理解するより先に衝撃が来た。見当違いの方向に飛んでいくグレネードが尾のように引いていき、傍から見ればかなり滑稽だったろう。少し宙を舞った後、地面に叩きつけられて道路をさらにメチャクチャにしてやっと停止した。
「な、なにが……!?」
 意識が飛びそうになったが、なんとか踏みとどまる。視界がレッドアラートで赤く染まり、コアドールが危険域に達したことを表す文字と音で周囲が占められる。外部から過剰負荷がかかったらしい。つまり衝撃に繊細な機械部品が壊れたということだ。
 そう、問題は衝撃だ? 主砲? いや、そんなもの喰らっては大破程度では済むまい。ミンチどころか粉だ。最悪蒸発。それに主砲は完全にあさっての方向を向いていた。いくら旋回が速くてもこちらを叩くのは無理だ。
 じゃあなんだ? いくら考えても結論が出ない。こういう場合は働け頭と殴り飛ばしたいが、それをやると完全に気絶するだろう。どうもさっきから無駄な思考が多い。
 しかし、ロゼルガがどうしても解明できなかった謎は、意外と簡単に出てきた。
 霞が晴れてきた彼の目の前にあったのは。
「……な」
 さっきより全高が高くなった敵戦車が、頭――いや、あれは元々あったメイン、アイカメラか――と腕を生やして、マシンガンをこちらに向けている姿。
 怪物にふさわしい姿だ、と笑った。銃弾を回避した後に。

「んな……、外した!?」
 半人型形態――ケンタウロスモードだったか?――になった麒麟のコクピットに狼狽した声が響く。これまでいくら主砲が避けられても平然としていたが、さすがにこれは予想外だったらしい。これで決めるつもりだったから無理もない。だからこそ危ない橋もずいぶん渡ったのだ。
 正直に言って、先ほどのグレネードホームラン(バット=主砲)はヤマカンだった。ある程度未来位置を把握し、グレネードのアンブッシュポイントを予想はしていたが、交差点の右か左かは確信はなかった。左にヤマをかけ、右は装備されてるチャフロケットでも発射するかなと軽く考えていた。盛りだくさんなのはいいことだと思いつつ、どうしてそんな賭けができたのか、どうして敵の手に乗る気になったのか自分でもわからないのである。
 ――やはり、楽しんでいるのかもしれない。なんて馬鹿なんだろう。戦場で戦いを楽しむ奴は指揮官かよっぽどのチキンハート(腰抜け)でない限り即死する。よく若者向けの戦争物でエンジョイキラー軍人が出てくるが、そんなのはファンタジーのみ。その手の人間は戦闘に遊びが入り、そこが隙となって死ぬ。戦争で生き残るのは、どんな時も冷静な人間だけなのだ。
 が、さすがに今は驚いてもいいと思う。実は主砲で弾を払う直前から既に変形モーションに入っていた。その運用目的上主砲旋回と変形はかなり早くなっている。しかしそれで機構、操作の複雑化、特にターレットはずいぶん華奢になってしまったようだが……どうしてわざわざ変形なんて余計なシステムを積んだのかわからない。何を考えていたんだ開発陣は?
 まあ、いくら気に入らないとはいえある物はある。ならばそれを有効利用しなければなるまい。だからこその一回こっきり驚かし戦法だったが……避けられるとは思わなかった。裏拳でもう死んでいるとすら予想していたのに。どうもあのパワードスーツは頑丈らしい。もしくは敵。あれだけただの戦車と思わせてやったのだ、まさかとっさに後ろに下がれるわけはない。
 どうでもいいかそんなこと。奴は実際こちらのマシンガンを回避した。されたのだから事実として受け止めねば。次の戦法を考えることにしよう。
 ふと、左手首の腕時計を見た。去年未来が誕生日プレゼントとくれたものだが、銭湯に篭っていて時計があまり必要ない生活なためとりあえず貰ったんだからと巻いている代物だったが、その時計が記す時刻を見て少々驚いた。さっき交差点に突撃してから一分も経っていない。ということは今の戦闘は三十秒もかからなかったわけか。いつでも戦闘とはそんなもんだが、疲労時計は数時間強経過した気がする。あちらもそうであってくれればいいが。
 そう、問題はあちらの方だろう。こっちは伏兵を見破られた展開だが、主砲も健在だしマシンガンが自由に使えるようになったのでむしろ追い風だ。対してあちらはグレネードランチャーも二発もパアにされその上裏拳、生きていても損傷はしているはずだ。状況はあちらが完全に不利、もう何発かグレネードがあるなら別かもしれんが、普通の奴なら逃げるだろう。
 しかし――どうしてだかわからないが、奴が、ロゼルガが逃げるとはとても思えなかった。理屈で言えば逃げるのが正道なのに、ロゼルガが撤退するとはあり得ないと思えてしまう。実際、蚩尤の想像通りであった。
「ん……!」
 突如、ビルの隙間から白い煙が昇った。その白い煙は花火のように高く飛んで……空中で弾け天を光で染めた。
「発光弾? 増援でも呼ぶ気……だっ!?」
 アラートが響く。パワードスーツがマシンガン乱射しながら突っ込んできた。
「何を……おらぁ!」
 こちらも応戦、銃弾をばら撒く。ヤケでも起こしたか、この突撃は単調すぎる。これで終わらせてもらうか。
 ところが、すぐにその考えは間違いであったことを悟らされる。出てきたと思ったらすぐにビルの影に引っ込んだ。そしてまた出てきて乱射、引っ込むを繰り返す。
「な……時間稼ぎなんぞさせると思うか!」
 ガチンと、脳の中で何かが外れる音がした。多分堪忍袋の緒が外れたのだろう。今更増援を呼ぶとは。正しい判断だが、とにかくムカつく。水を差す気かこの馬鹿野郎は。
 ――何を考えているんだかな、俺は。
 自分で自分の言っていることがわからない。ロゼルガの行為のどこに文句をつけるところがある。自分で言ったとおり状況はあちらの完全不利。逃げていいくらいのところを救援とは命知らずの馬鹿と言うのが道理なのに、何が水を差しただ。これではデートの邪魔をされた少年ではないか。
 しかし――蚩尤は、自分でもう既にわかっていた。
 自分の顔が、異様なまでににやけていることを。
「――ん? 何か変だな」
 どうもおかしい。ロゼルガがやっていることは時間稼ぎ。それはわかる。だが、何のための? 増援だったらまず後退して合流すべきではないか。いやこのままだと撃破される恐れがあるのだ、そうしたほうがいい。牽制は時間稼ぎとかく乱にはいいが、自らを囮にするようなもの、自身の安全にはむしろ不都合。狙われると増援の方が危険? ADならそれもあり得るが、そんな単純な話か? ナリは大きいが二足歩行の利点、方向展開の容易さを利用すれば長距離に限った話簡単なはず。方向転換が面倒な戦車や速過ぎて旋回が大回りで読める航空機ならともかく……航空機?
「っ!」
 各センサー、メイン及びサブカメラをフル起動、周辺を捜索……あった、高高度に熱源。
「本命はこっちか!」
 メインカメラで拡大――って、これはなんだ? この巨大さは。20m近くはある。巡航ミサイル? いや、メテオエンジン下では確実な誘導は不可能。座標入力式は勿論、ロゼルガが誘導レーザーを送るとしても高機動戦車麒麟を捉えるのは至難の業。たとえそうだとしても、巻き添えを恐れてすぐさま退却するだろう。第一、あんな一発しかないミサイル撃ち落せばいい。いくら高速で動いても、到達点、つまりは俺の位置がわかってるんだから軌道も読める。撃墜は難しくない。ミサイルというのは核でもない限り大量に雨あられと撃つべき代物だ。確実に当たらないのなら尚更。ならば、あの無駄にでかいミサイルの意味は
「ってちょっと待て、確かADの輸送用にミサイルを……ぬわっ!?」
 その時、車体側面に激しい銃弾の雨が降った。無論対人用のマシンガン如きでは麒麟を壊せるわけがない。が、ふと寒気が走った。その寒気に呼応したのか、ピンク色の煙が麒麟の周囲を覆う。
「なっ……スモークディスチャージャー!?」
 麒麟の側面装甲には、スモークディスチャージャーというかく乱用の煙幕が装備されている。マシンガンによってそれを誤作動させられたか。
「ちいっ、こんなもの!」
 その姑息さに歯痒く思うものの、すぐに対抗手段に講じる。煙を吹き飛ばすのには当然風。装填されたままの主砲のトリガーを引く。砲弾は関係ない!
 ドウォン! と強烈な発射音と共に、カメラの向こうが晴れる。発射による爆風は煙幕如きに防げる代物ではなかったか。ふん、と鼻で笑――えなかった。
「ん?」
 集音マイクに変な音がしたので、上を向いてみたら、
 百以上の目をつけたぬりかべが、落ちてきた。
「――っ!!」
 咄嗟に麒麟を全速で後退させようとするが、間に合わない。ぬりかべ、否、ビルの残骸が降り注ぐ。衝撃が振動と轟音へと変わり蚩尤に喰らい付く。
「ぐっ……味な真似を!」
 ロゼルガの奴、こちらが煙に巻かれた時、いや多分それよりもっと前からこのビルを砕いていたに違いない。こちらへの波状攻撃と見せかけ、壊れかかったビルを倒した。足止めのために。
「各部チェック…………よし、問題ないか」
 そう、足止めだ。あいにくこの辺のビルでは大きさ=重さでこいつをどうにかできるビルは存在しない。両腕を大きく振って残骸を振り払う。衝撃はかなりきたが、それでも仕留めるには足りなすぎる。向こうも承知の上。ならば、奴の狙いは一つ。あのミサイルとの『合流』だ。
両腕を振り回し、瓦礫を払う。だいぶ時間を食った。センサーでフルスキャンをかけたが、もう空中に熱源は存在しなかった。消えた? 違う、降りたか。
 もう一度、今度は地上を捜索する。と、一つ見たこともないセンサーが反応した。
「……メテオジャミング反応?」
 なんのことだかわからなかった。少なくとも、自分が乗っていた戦車にこんなもの付いてはいない。しかし予想はつく。あの大災害以降発見された新物質エデニウムによるメテオエンジン、高エネルギーと環境汚染0の理想的エネルギーの弱点である磁場障害のことだろう。 メテオエンジンはそのエネルギー発生時に高熱と特殊な磁場を放つ。その磁場が電波障害を起こすため、長距離誘導兵器はほとんどこの世から消えた。それをメテオジャミングと呼ばれ、後の兵器開発にもかなりの影響を与えた。
 そのメテオジャミングの名を冠しているのだから、十中八九こいつはメテオエンジンが発する磁場を探知するセンサー。それが反応しているということは――
「あれは……」
 やがて、ミサイルの着陸点が判明した。カメラを回してみると、煙の中それは存在した。
 シルエット的には、さっきのパワードスーツとさして変わりはない。しかし違うのはその体躯、望遠カメラから映される周囲のビル、道路から推測するとその全長は10mを下るまい。
 メテオジャミング、あのシルエット、そして巨体から導き出される結論はたった一つだった。
 メテオジャミングにより大転換を余儀なくされた兵器開発の波が作り出した、まるでSF世界から飛び出したような滑稽な兵器。
 そして、自分から全てを奪った悪魔。
「アサルト……ドール……!」
 蚩尤の顔にさっきまでの昂揚感は存在せず、あったのは例えようもない憎悪だけであった。


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