Last Esperanzars

Last Esperanzars

中編


 コアドール、いや『ドラゴンブラッド』になった機体の中で、ロゼルガは薄く笑った。
 かなり無茶な機動をさせた。コアドール本体はあと十分足らずで動けなくなっていただろう。ビルの隙間を生かし出現、乱射、後退を繰り返すその様は、近いもので例えるならハエがライオンの周りを飛び回るようだ。正気の沙汰ではない。その速さによりライオンはハエを仕留められず困惑するが、ハエはライオンに傷一つつけられない。それでいい。元より対人用の銃弾で戦車を殺せるものか。
 さっきので最後のグレネードが故障した。潰れて誤爆しなかったのが幸い、もう使い物にはなるまい。これで勝てる見込みはなくなった。コアドールでは。故にAD輸送用ミサイル到達まで時間を稼がせてもらっただけだ。
 輸送潜水艦の連中は目を白黒させているかもしれん。あれだけ自分達を相手にせず、大したことのない任務だと平然としていたのに、救難信号を、『ドラゴンブラッド』射出命令を出したのだから。メテオエンジン下では電波通信は不可能なため、発光弾は有効な通信手段ではある。しかし、発光弾を使用すれば当然相手にも悟られる。何か講じているのは逃げないだけで承知済みのはずだが、周辺を警戒されるのは困る。“あれ”を狙撃でもされたら、それこそ逃げるしかなくなる。それだけは避けねば。
 ――本当に、どうしてしまったんだろうな、俺は――
 どうしてそこまで倒したいのだろう、いくら方法があるとはいえ、こんな不利な状況では撤退、いや逃げるのが正しい。元より意味不明な作戦、しかも情報の改ざんもあったらしい、ADの上半身などアルセーヌから得たケンタウロスのデータには記載されていなかった。偽りの情報、偽りの仕事、傭兵への最大のタブーをあいつは犯した。こんな馬鹿な戦いしていないで、さっさとアルセーヌを殺さねばならない。それが正しい判断であり行動であり、ついさっきまで、あの男と出会うまでの俺だったら間違いなくそうしている。
 でも、嫌だった。
 退きたく、逃げたくなかった。
 この男に、後ろなど決して見せたくはなかった。
 心を殺すことを旨としてきたロゼルガには、それが執着、固執、そして『情熱』であることに気付けなかった。
「しかし……これで形勢逆転だ」
 先ほどまでアラームを鳴らしていた各機器が、急におとなしくなる。ドラゴンブラッドへの接続が完了した証だ。
 コアドール自体は新型パワードスーツの実験機だが、もう一つ別な機体の実験機でもある。コアドールはその言葉通り“核”、AD『ドラゴンブラッド』の操縦席なのだ。ドラゴンブラッドには腹部に接続部分が存在し、そこにコアドールをドッキングさせることによりコアドールに乗ったままその操縦システムを生かしつつADを操縦できる。正確に言うとコアドールはドラゴンブラッドの脱出ユニットとして考案されたそうだが、今回は使い方がまるで逆。大した問題ではないが。
 兎にも角にも、これで形勢は逆転。同等の攻撃力と比べ物にならない機動性、防御力を手に入れた今、戦車の化け物など問題にならない“はず”だ。油断は決して出来ない。今やっと同じフィールドに立っただけなのだから。
「さあ、行くぞ……!」
 ドラゴンブラッド標準装備であるアサルトライフルを構え、フルオートで発射する。
 無様に後退するその姿に、狩る側が変わったのを確信し、顔が歪むのを知覚した。

「ぐう……っ!」
 狩られる側に回ったか、そう認識した蚩尤の動きは早かった。
 敵ADのアサルトライフルが火を噴くのを待たず後退、邪魔な障害物を主砲やマシンガンで破壊しつつただ下がっていた。
「ち、がう……!」
 最大速度で履帯を踊らせるその揺れに、通常衝撃を緩和する機構がさすがにその役目を果たしきれないらしい。グラグラ振り回されながら、吐き捨てるかのように言った。
 下がっているのではない、逃げている。自分は逃げているのだ、あの鋼鉄の木偶人形から。
 正直、攻撃力と速度ならまだ自信はあった。あのADの全長は基本的なADと比べて一回りほど小さい。おそらく10m程度だろう。試作か新造の小型機かどうか知らないが、あのサイズでネオ・メテオエンジン機となればペイロードは必然限られてくる。メテオエンジンはその性質上大型の容器に積まないと爆発してしまうからだ。だから、あのスケールで通常AD並みの戦闘能力があるとすれば、武装を削減するしかない。武装を充実させたければ、電子機器など必要な部分を外すより他ない。つまり、どっちだとしても蚩尤には有利な話であった。
 だがそんなものはあまりにも楽観的な考え方だ。武装が大量に積めないのならば、強力な兵器を少量積めばいい。ADとまともに相対したことがないのに、あのスケールで大した性能がないだのどうして言える。結局それは、自分に対する言い訳でしかない。
 分かっているのだ、勝てないと。
 あのアサルトライフル、当然AD用の大型弾、ほとんど大砲レベルの弾を乱射する代物のはずだ。24cm砲という巨大砲を使用するため、反動に耐えるためと防御上の理由で麒麟の特殊合金による複合装甲はADのそれを上回っているが、それでも豆鉄砲にはなるまい。一撃必殺は不可能だが、ダメージは与えられる。攻撃が通用しないという圧倒的優位性は崩れた。
 それに勿論のこと、武装があれだけなわけがない。見た感じ後部に大型のバックパックが着いているが、あれが予備弾倉かあるいはバーニアか、もしくは武装パックか。いずれにしろ先ほどのグレネードのような一撃必殺の武器はあるはずだ。
「せめて、二本足でドシドシ歩いてくれると助かるんだが……!」
 呻きというかぼやきというか、そんなわずかな望みも掃射の雨を撃ち終わらせた敵機によりいとも簡単に砕かれた。
 ギャギィと八年前と今回の戦闘で傷ついたアスファルトを削るように響いた、タイヤによる走行音。
「あっちもローラー付きかよ、くそっ!」
 さらにモニターで分析してみると、後部のバックパックから炎が出ている。どうやらあれはフレキシブルバーニア。様々な方向に稼動するフレキシブルバーニアは必要に応じて向きを変更することで素早い方向転換が可能、とどこかの軍事関連書籍で読んだことがある。
 最悪だ、と改めて思った。
 ローラーとバーニアで直進すれば高速、さらに方向転換も二本足の特性とフレキシブルバーニアで楽勝、万能ということではないか。
 対してこちらは直進ならば充分勝てるスピードを持っているが、方向転換となると右に曲がるだけで一苦労の戦車が勝てるわけがない。丁度ヘリコプターと戦闘機に近い立ち位置か。
 必死で履帯をフル起動させて、ADの追撃から逃れる。いくら高機動とはいえ、さすがにこんな荒れた道をタイヤで走り抜けるのは至難の技らしい。パイロットがその機動性を活かしきれていない。一言で言うなら、戸惑っている。ここだけは戦車のほうが有利か、と内心ほくそ笑んだ。
 しかしそれもぬか喜びだった。ADの後部からバーニアとは違う炎が燃え上がった。その炎は分かれ、空に尾を描きこちらに向かってくる。
「ミサイル!? 面倒なものを……」
 しかも、さっきとは違い本来の雨あられ式。いちいち相手していられない、どうせこの状況下ではせいぜい座標入力式のはず、下がれば問題ないと速度を上げ、未来位置を予測されている危険性もあるのでジグザグに後退した。
 が、ある程度接近した次の瞬間、一斉に爆発した。
 誤爆、という選択肢は最初からなかった。爆炎から飛来してくる、多くの火花たち……
「っ! クラスター!」
 もう後退だけでは追いつかない。慌ててマシンガンを空中に撃ち鳴らすが時既に遅し。爆散したクラスターは一つ一つが小規模な爆弾となり、麒麟の車体に容赦なく喰らいつく。
「おんのれぇ……」
 揺れで少し舌を噛んだ。口に広がる血の味を文字通り噛み締めながら、「損傷チェック!」と音声入力で機体のチェックを行う。
 クラスター爆弾。その原型を第二次大戦で使用された『モロトフのパン籠』と呼ばれた焼夷弾に持つ対人・対戦車用の空対地爆弾。爆弾本体の中に何百という子爆弾を内蔵し、空中で破裂、飛散し広範囲の敵を攻撃する兵器だ。本来は面制圧の兵器だが、奴め、こちらの機動力に対して威力は低くとも確実に当たる兵器で削りにかかったか。
 実際被害は甚大だ。履帯及び主砲には問題ないが、メインモニターにノイズが走るようになった。左腕の調子も悪い。マシンガンも片方破壊された。畜生、弾がまだ残ってたというのに。
 操縦桿から手を離し、胸ポケットの煙草とライターを取り出す。半分ヤケクソ気味に火をつけ、肺に煙を注ぎ込む。
「まったく……最新兵器のオンパレードかよ」
 なんとなくだが、あのADの素性が解った気がする。恐らくあれはどこかの軍が作った試作機だろう。一回り小さくしたサイズ、フレキシブルバーニアにローラー駆動、さらにはクラスター爆弾を応用した新型ミサイル、実験的装備の博覧会だ。その試験も兼ねているに違いない
 正直、ずるいと思った。
 向こうは最新の装備に機体、センサー類やコンピューター、メテオエンジンも小型化された新型だろう。それに比べてこちらは整備はされているとはいえ設計は八年前のままである麒麟とは雲泥の差。
 勝てない、絶対に。
 勝てるわけがない。
 こんな最新鋭機に、こんな旧式の戦車の怪物みたいな車両で、
 “生半可なことで”、勝てるはずがない。
「……仕方がない」
 一応安全な範囲まで後退してから、モニターの一つを付近のマップに変更する。麒麟にはAD用の複眼光学センサーの他に車体各所にサブセンサーが備わっている。それら多数のセンサーから多角的に得られた情報により直視に近い映像をモニターに再現、さらに精密な射撃に必要なデータも手に入るわけだ。GPSもなく、僚機からのデータ送信もできない今の状況では貴重な代物であった。
 その多数のセンサーからリアルタイムで得られた情報をそのままマップとして映し出すことも可能だった。つまりは即興で地図を作成するのだが、通常の光学センサーには難しい芸当、まさかこんなものまで積んではいまい。
「小細工を、弄するか」
 マップを確認しつつ、別のモニターに違う画面を出す。今蚩尤は多数のことを並行して行っていた。一つ一つ丁寧にやるなど出来ない。そんな暇はもうない。
 戦場では全てが一瞬、ならばその一瞬に多くのことが出来なければ死ぬしかないのだ。
「――勝てない戦いはするな。しかし、どうしても戦わなければならないなら……」
 胸いっぱいに吸い込んだ煙を吐き出す。煙が前面に広がって見えなくなる。
「どんな姑息な手を使ってでも、勝てる戦いに引きずり込め……」
 煙の向こうに、いかつい顔をした中年の顔が浮かんだ気がした。

「ずいぶんと……冗談みたいな機体だな」
 クラスターの直撃を受けてなお、平然と動き出したケンタウロスの姿に舌打ちしつつ、ロゼルガはそう自然と口にしていた。
 期待していたわけではなかった。せいぜい足止めか中程度のダメージにしかならないとは自分でもわかっていた。あの機動性の高さとターレットの旋回スピードから、ミサイルでは命中確立が低いと判断し、クラスター弾にセットしたがそれでもあれだけ動くとは。戦車の、それもあれだけの巨砲を撃つ機体ならば当然といえば当然。しかし、もう少しダメージを食らってもいい気がするが。
 無論無傷ではあるまい。何らかの損傷は加えられているはずだが、それもはっきりしない以上期待するのは危険だ。要するにさっきと何も変わってはいない。むしろこっちの手を知られたのだからマイナスと言ってもいい。
 ドラゴンブラットの脚部ローラーがギャリギャリ鳴るのが集音マイクを通して伝わってくる。路面は最悪、高速を重視したドラゴンブラットのホイールでは不具合が多いが、履帯ではそれほど問題にはなるまい。オンロードとオフロードの違いか、とロゼルガは一人ごちた。
 機動性、という言葉を単純にスピードと取るならあちらが有利、方向転換の容易さや瞬発力と取るならこちらが有利。いずれも方向性がまるで逆で、比較することに意味はない。優位性は状況的なものに委ねられる。そしてその状況は、あちらに向いていた。
「くそ、こうも道が悪いとな……おまけに障害物だらけだ」
 そう、それが頭を悩ませているもう一つの問題だった。ドラゴンブラッドになったことに戦闘能力は上がったが、機体自身が簡単に言えば巨大化したということで、先ほどはそれほど問題にしなかった廃墟のビル群が露骨に邪魔をしてくる。主砲の壁にはなるがうまく先へ進めない。ケンタウロスが破壊した道を進むのが一番早いが、そんなことをすれば確実に未来位置を把握され撃破される。これでは追いつけない。
 小型ミサイルポッドはその名に違わず小型であるが、それでも全長がそもそも小さいドラゴンブラッドでは充分な弾数は見込めず、あと数回しか撃てない。しかもクラスター弾の存在が露呈した今、奴はさらに注意を払うようになりさっきのように食らってはくれまい。やはり接近しAD用グレネード弾を撃つしかない。数分前の再現のようだが、長距離戦だけでどうにかなる相手ならとっくに勝っているという確信がロゼルガにはあった。
 残ったミサイルを全弾発射してかく乱、その間に突撃してグレネードを撃ち込む、と瞬時に作戦を決め、実行に移そうとしたその時、麒麟からマズルフラッシュが放たれ急制動をかけた。
「ぐうっ! ……?」
 反射的に回避行動を取ったが、砲弾は的外れな場所に着弾した。元々の未来位置でも命中しないその弾を不審に思ったが、不審なのは他にもあった。いつまで経っても爆発しない。不発弾? 判断の暇は与えられず、二発目三発目が落ちてくる。だがどれも命中には程遠い。しかも、どれも爆発しない。
「……!」
 寒気を感じて、着弾した場所を確認する。ほぼ円形状に、こちらを包み込むよう時計回りに撃たれ……
「しまっ……!」
 罠だ、と認識したのは、ドラゴンブラット全体にゼロ距離からマシンガンで撃たれたような衝撃が走った時だった。
「ぐう……!」
 機体全体を連続で叩きつける打撃。違う、マシンガンなどという生易しい代物ではない。これは――小型爆弾?
「クラスター!? さっきの仕返しか畜生!」
 そうとしか考えられなかった。恐らくさっきの弾はクラスターと同じく広範囲に爆弾を散布する面制圧用の砲弾。どちらかというと対空散弾か? メテオジャミングにより誘導兵器が使えなくなった現在、対航空兵器用兵器は旧時代に戻り、気化爆弾や散弾系の兵器が注目を浴びている。敵機が飛来する空間を埋め尽くすほどの散弾で撃破するわけだ。ケンタウロスも戦車ならば航空兵器は最大の障害。その障害用の散弾を装備していて当然だ。
 と思考を巡らして、それどころではないと断ち切る。バーニアを噴き上げて散弾から逃げるが、まったく別方向から散弾が再び喰らいついてくる。
「っう! なんだ、どこから!?」
 攻撃の先を確認する。さっき砲弾が着弾した場所。それで全て理解した。
「そうか、時限信管!」
 弾薬を作動させる信管は多くの種類を持つ。中でも時限信管はその名の通り着弾しただけでは作動せず、設定された時間に作動する。主に照明弾や発煙弾に使用される時限信管を、奴は散弾に使用したのだ。周囲を取り囲んでから爆発するように。しかもそれだけに留まらず、時間差をつけて連鎖的に爆発させて。下手に回避しようとしたら逆に新たな散弾の雨に撃たれたドカン、だ。
「――ならば!」
 瞬時に判断し、最初に爆発した砲弾の方へ疾走する。砲弾は時計回りで撃たれ、時計回りに爆発している。ならば既に散布された後の砲弾跡が一番散弾から離れられ安全なはず。逃げれる隙間はここしかない。
 バーニア、そしてホイールを全開にしようとペダルを踏みしめ……ようとして思い留まった。
 ――待て。どうして馬鹿正直に時計回りに爆発させる。時間設定をそれぞれデタラメにすれば逃げ場など作れないはずなのに……。
 一瞬の躊躇、それがロゼルガを引き止めた。
 センサーが警告音を鳴らす。上空から新たな砲弾が飛来してきた。
 愚かなAD乗りを喰らいつくそうとする、二つの牙。
「!!!」
 ペダルを全力で踏んだ。ただし逆方向、バーニアも通常補助全て使い切る勢いで。「ミサイル!」とほとんど絶叫気味に発しながら残った全弾発射する。
 いくつもの光源が空中でぶつかり合い、暗黒のみになった東京に太陽を生み出す。
「ぐおおおおおおっ!!」
 爆風に呑まれ、大きく吹き飛ばされながらもどうにか体勢を立て直そうとするが、もうどこが上か下かわからない。平衡感覚を失った頭でただもみくちゃにされる。
 そのうち再び激しい衝撃が来て、それから機体も停止した。どうやら地面に叩きつけられたようだ。そういえば前にもこんなことがあった気がする、とふと思いつき、それが数十分前であることに気付いて愕然とする。
 何があったのか、はなんとなく察しがつく。
 時限信管に設定した対空散弾を、敵機推定位置の周囲に時計回りに撃ち、時間差で爆発させた。そこまでは読みどおりだったが、その後が大きく間違えた。
 もしバーニアを噴かされ空中に逃げられたら、とでも考えたのだろう、もう一つ手を加えてきた。信管作動を時間差にしてこちらを誘導し、まんまと逃げ込んできたところを焼夷榴弾で爆発、炎上させる。ビルが壁になりこちらは見えていないはずだから、推測という名の当てずっぽうで全て計算したと思われる。完全にはめられたわけだ。最後の最後で気付いて、ギリギリ回避される以外は。
「……動くのか?」
 既にレッドアラートは鳴り響いている。目立った損傷は右腕破損、アサルトライフル大破、フレキシブルバーニア出力20%ダウンというところだが、目立たなくても機体全体に限界が来ているはずだ。
 もうそろそろ潮時だろう、と頭のどこかが言った。しかし、頭の別のどこかが違うことを言った。
 正直、ずるいと思った。
 敵は、ケンタウロスのパイロットは相当な手練だ。それはここまでの戦いぶりでわかる。
 しかし、この強さはそれだけではない。ケンタウロスが、奴の能力を十二分に発揮する潜在能力を備えているのだ。ある種無茶苦茶とも言える作戦を実行できたのが何よりの証。機体との相性がいいということか。対してこちらは最新兵器、試作機と言えば聞こえはいいがつまりは実験兵器、試験の名目で使い勝手もわからない装備を実戦で使わされる側としてはたまったものではない。
 勝てるか、こんなもので。
 勝てるわけがないではないか。
 こんな怪物のような戦車に、こんな半端物の機体で、
 “生半可なことで”、勝てるわけがない。
「……仕方がない」
 なんとか動く左手で、後部バックパックからハンドガンのようなものを取り出す。
 ハンドガンの名の通り形状はオートマチックをAD用に変えただけのような代物だったが、一つ違うところがあった。スライドの部分がない。全体的につるつるしており、どこか未来的なフォルムをしていた。
「くくくく……これだけは使いたくなかったんだがな、何せ数発で機体がダウンするらしいからな」
 機体停止、そんな最悪の状況を語っているにもかかわらず、ロゼルガの瞳には、嗜虐的な炎が、メラメラと燃えていた。
 それほどまでロゼルガを動かす感情、それはたった一つの言葉に集束された。それは、

「……ちい、ダメか」
 三本目の煙草を吸殻入れ(何故か備わっていた)に押し込んだ蚩尤は、予想よりいくらか高い場所で爆発した砲弾を見て瞬時に失敗と判断した。
 麒麟の砲弾は電気変換式で、全弾使用目的に応じて信管設定を自由に変更できる。それを利用した今回の作戦だったが、まさかこれまで退けられるとは。自分が戦っているのは本当に人間なのか疑わしくなってくる。
 ――いや、奴は人間だ。ただ、恐ろしく強い――
 出会った瞬間を思い出す。あの時、どうしてだかわからないが殺さねばと思った。そしてその激情で今、ここにいる。自分は軍人だ、殺人鬼ではない。そう叫ぶ部分が脳内にあるが、そんなものはこの激情の前では雑音にもならない。
 胸にあるのは、たった一つの思い、それは、

 『あの男を、絶対に殺す』

 二人の戦士が激情をぶつけ合った瞬間、
 大量のミサイルが、両者に降り注いだ。

「んなっ……!?」
 完全に予想外のミサイル、敵機とは逆方向、海側から撃たれたものだ。泡を食った蚩尤はあわてて回避行動を取りつつ対空散弾やマシンガンを撃ち鳴らすが、それでさばき切れるものではない。下がるより他なかった。
 どこから来た? ロゼルガの増援……いや、遅すぎる。危機ならもっとずっと早く来ているはずだ。奴の要請というのも変。さっきのように発光弾なと撃っていないし、メテオジャミング下、こんな障害物だらけの場所で通信など無理がある。
 第一この爆撃は散布界が広すぎる。これではロゼルガも危険ではないか。海からならば海上艦か潜水艦が、航空機からのデータ受信もせずただ闇雲に撃っているのか? とても軍隊の行為とは思えず、第三者の攻撃かと思い始めた蚩尤の頭上で、天が再び瞬いた。
 それは、二発目の、しかしさっきとは逆の意味の発光信号だった。

「撤退命令だと!? 何を考えているんだいったい!?」
 発光信号の意味を知った瞬間、ロゼルガは反射的に叫んでいた。
 突如海上から撃たれたミサイル、タイミングからして考えるまでもなく運び役をしてくれた自衛軍のものだとわかった。救援など頼んではいないし自発的にやるわけもない。“切り札”をしまいサブマシンガンでミサイルをハードキルしていた矢先に、撃たれた発光信号。
 間違いない、アルセーヌが動いたんだ。詳細を意図的に隠蔽して任務に就かせ、突然戦闘を中断して帰れと言う。その身勝手さに殺意を覚える一方、今までアルセーヌの存在を忘却していた自分に驚く。
 完全に脳が沸騰していたらしい。文字通り水を差された気分になったロゼルガは、命令どおり撤退することにした。
 無論、好き好んでではなく。

「行ったか……」
 ミサイル爆撃が止んだ時、蚩尤はポツリと呟いた。
 ミサイルの後に続いての発光信号、そして止んだと思ったら気配を感じられなくなったロゼルガ。そこまで判断材料があれば、わからない方が馬鹿というものだ。
 あれは多分、ロゼルガが所属する軍か何かの撤退命令だったんだろう。無茶をしだしたロゼルガに呆れたのかどうしたのかは知らないが、目を覚まさせる目的でロゼルガ自身にも爆撃をし、撤退するよう仕向けたのだ。そうわかった時、ふと寂しさを覚えた。
 行ってしまった。決着をつけることもなく。命令なのだから当然だし、圧倒的不利にも関わらず戦う方が軍人としては失格、そうわかってはいるものの、先ほどまでの昂揚感が逆転したかのような冷たさは消せなかった。
「ふう……」
 バイザーを外し、汗を拭くと、自分の凄惨さが始めてわかった。
 全身汗だくだ。大雨の中立っていたんじゃないかと思うほど服が濡れている。特にズボンが……
「……ん?」
 ズボンに目を向ける。濡れ方が異常だ、何かおかしい。ズボンに手を入れてみて……手にぬめりを感じて情けない気分になった。
 何をしているんだ俺は。戦闘中に気付かず絶頂に達するとはどこの快楽殺人鬼(エンジョイキラー)だ。そう呆れる一方で、納得している自分に気がついていた。
 楽しかった。そう、楽しかったのだ。知を持ち力を持って、強敵と命を削りあう戦いが楽しくて仕方がなかったのだ。だからこその快楽、だからこその絶頂。あの昂揚感が全身に染み付いて離れない。
 忘れられるかな、とモニター越しの虚空に向かって呟いた。その答えは、自分自身が一番知っていた。

 ――神無黄昏、いや蚩尤と、ロゼルガ・オブ・ブラッドマニア――
 この戦いの中で両者は、明らかに戦いに悦楽を覚えた。
 その瞬間、彼らは兵士ではなくなった。
 ただ戦いを、強敵を求め、倒すことに快楽を抱く戦士と化したのだ。
 そして両者は、既に悟っていた。
 もう、元の兵士には戻れないことを――


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