Last Esperanzars

Last Esperanzars

プロローグ 未来を告げる神話


   遠い過去、あるいは――

「……かはっ、くはっ……」
 目の前が赤く染まる。染めたものが血だと認識して初めて、自分が吐血したと気付いた。
「ちょっと……無理しちゃったかな……」
 あはは、と笑う。どうして笑っているのか自分でもわからない。
 こんな風だったかな、あたし。諦めはいい方だったと思うけど。過去を振り返らずに新しい世界に目を向ける。それがあたしだったはず。名前どおりの人生。そうだったんだけど。
『もう終わりかい、スクルド? 残念だよ。でも、君は昔から諦めがいい方だったからね』
 どくん。
 通信してきた相手の下卑た薄笑いを耳にした時、心臓の鼓動がひときわ強く鳴った。
 ――あれ、なんでだろ。なんかすっごいムカつく……。
 そこでやっと自分が倒れていることに気付いた。ゆっくりと、どうしてだかわからないけど立ち上がる。立ち上がらなければいけない気がした。
 立ってみると、自分は酷い格好をしていた。自慢の長髪はボサボサだし、結構気に入っていた赤い甲冑は砕けてボコボコだ。元からへそとか太ももとか露出の高い甲冑だったけど、今はほとんど服として体を隠す機能すら無くなってしまっている。
 ボロボロなのはあたしだけではなかった。愛機もかなり損傷していた。いつもは女神像みたいな紅の鎧を纏った綺麗な姿は見るも無残に破壊されていた。鎧はところどころ壊れて中身の華奢な姿を浮き彫りにしていたし、ジェルメタルが傷口から血みたく流れ出していた。酷い容姿。これが伝説の戦姫だなんて信じられない。
「……まあ、それはあたしもだけどね。はは……」
 自分で何してるんだろうと思う。こんなになるまで戦って戦って。辛いのに、苦しいのに。どうして?
『愚かなりスクルド……まだ立ち上がるのかね? もはや雌雄は決したというのに』
 またあいつの声がした。目の前に自分の戦姫よりずっと大きい漆黒の騎士がいた。
『哀れな……なんと醜い姿だ。僕の元にさえいれば、こんなことにはならなかったのに。でも、花は散り際こそ美しい。これで良かったのかも知れないな』
「……黙りなさい。このナルシスト」
『……え?』
 ふと、そんな言葉が自然に出た。自覚なしに勝手に。
「なにが散り際よ。ふざけんじゃないわよ。あたしはあんたの花なんかじゃない。花じゃない。あたしは死なない。生きるんだ。あんたを倒して……生きるんだ」
 子供の頃、花に憧れていた。女らしさのかけらも無いと言われ続けた少女時代、その言葉に反発を感じると同時に自覚もしていた。花みたいに、可憐で美しく、おしとやかになりたいと願っていた。
 でも、今は違う。そんなことこれっぽっちも考えない。花のように誰かに与えられるだけで生きるなんて冗談じゃない。自分の意志で、自分の力で生きる。そうでなくちゃいてけないんだ。
 散り際? ざけんな。人間死んだっていいことなんかあるもんか。生きてるから不幸だろうが幸せだろうがなんだってなれるんじゃないか。「死人なんか最低食料くらいにしかならないぞ」なんて言ってたけど、その通りかもしれない。人間死んだら何も出来ないんだ。だから生きるんだ。生きる。生き残る。生きたい。
「はあああああああああああああ……っ!」
 体が熱い。全身を行き交うちが全部沸騰したかのように燃え上がり、余すところ無く駆け巡っているみたいだ。いける。これならまだ戦える。
 半壊した戦姫を紅蓮の炎が包み込む。燃え盛る炎、しかしそれは熱くなく、暖かかった。生を望む命の炎。生命を繋ぐ血の色、魂の紅。
『……な。ば、馬鹿な……』
 さっきまでの余裕はどこへやら、愕然とした声に変わっていた。ほとんど崩れかけていた戦姫が赤き命のオーラで再生されていく様は命無き者からすれば恐怖以外の何者でもあるまい。
「――今わかった。あたし、未来の言葉の意味を間違えていたんだ――」
 未だ来ぬものと書いて未来。誰も知らぬ、新たなる場所。未来とはそういうものだと思っていた。
 そうじゃない。未来はそんな不確かなものじゃない。一生が道で、過去が既に通った道、現在が今歩いている道なら、未来は次に進むどんなものかわからない暗黒の道。だけど、その未来という名の道を進めるように照らしたり、歩いていくために道を道とするのは、他ならない過去と今なんだ。
「だから、戦う。未来を作るために、幸せを手に入れるために――!」
『スクルド……自ら死の道を歩むというのか?』
「あたしは死なない!」
 大声で叫ぶ。あいつの声をかき消すくらいの力で。生の力で。
 戦姫の手のひらに銀の水が溜まる。水はぐにゃぐにゃと形を変え、大きくなっていく。
「スクルド、出力最大……いっくぞおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
 戦姫の背中から羽が生え、凄まじい速度で眼前の黒騎士に突撃する。手のひらの水は形を球体で固まり、炎を纏う。
 黒騎士は剣を抜いて構えようとするが、そうはさせない。一気にケリをつける!
 燃え盛る炎の玉を、黒騎士に投げつけた。

 ――かつて、人が神の知を持っていた時代、世界には大いなる巨神が存在していた。
 しかし、巨神の大いなる力に魅せられた人々は争いを行い、世界は荒れ果てた。
 神は怒り、自らの従者たる獣を地に放ち、巨神と人々に罰を与えようとした。
 神の罰により世界が終わろうとしていたその時、慈悲深き戦姫が地上に降り立ち、獣たちを倒し、世界を救った。
 だが戦姫たちは傷つき倒れ、深き眠りに入る。
 目覚めぬことを願いながら――。

 GIGANTOMACHIA~巨神戦姫ブレイブノルン
 プロローグ 未来を告げる神話


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