Last Esperanzars

Last Esperanzars

第一話・目覚めるは女神なり(前編)


 花はいつも可憐で、輝いていて、見る人の心を和ませ、優しい気持ちにさせてくれる。
 それに比べて、私はいつも粗暴で、やかましくて、見る人の心を荒んだものにしてしまう。
 わかっていても、どうしようもなかった。それが自分だから。変えたくても、変えられるものじゃない。
 でも、それでも、花になれない自分が嫌だった。

 ――2055年、二月二十六日、東京
「……ふう」
 タバコを口に挟んだまま、ため息をついた。白銀の世界に白い玉が生まれ、すぐに消えた。
「ダメですよ、吸っちゃ」
「……わかってる。銜えてるだけだ。それぐらい認めろよ。さっきから全然吸ってないんだぞこのニコ中が」
「なんですかニコ中って。控えてくださいよ安栖里三尉。タバコの煙でばれたらどうするんですか」
 だから、わかってるっての。言われなくても、ここでばれたら反抗作戦が台無しなことくらい。そう告げようとしたが、それこそ皆わかってることだ。止めておく。
 今、国会議事堂周辺を我が物顔で居座ってる新日本連合――なにが新日本連合だ。ジョーギンスの尻馬に乗っただけのクセに――対する一大反抗作戦の真っ最中だった。具体的にはこれから始まるのだが、そのためわが連隊も複数に別れ、交戦の用意を整え作戦開始時間を待っている。隊員を連れて寒空の下息を潜めるのは、普通科の仕事とはいえさすがにきつい。
「しかし、驚きました……こんなにも大勢の同胞が裏切るだなんて」
 さっきまでの上官を上官と思わない非難はどこへやら、小声で未だに信じられないと村岡は告げた。
「そうか? 俺はあんまり驚かなかったぞ。中央の連中も結構行っちまったし、今の状勢が気に食わないやつなんかいくらでもいるさ。特に、俺なんかな」
 そう言ったら、面白いくらい顔を強張らせてしまった。相変わらず、堅物で冗談が効かないやつだ。まあ、半分本気だが。
「ちょっ、その……」
「……いい。大砲屋はなんて言ってる?」
「は? ああ、ADのせいで無線が使えないので、なんとも……」
「馬鹿か。無線封鎖なの忘れたか? 出る前なんて言ってたかって聞いてんだよ」
「は、ええと……ADのせいで誘導弾が使えないが、榴弾砲でカバーするから頑張れと……」
「頑張れって……運動会かよ」
 呆れてしまう。しかし、言っても仕方ないだろう。なんせ、自衛軍には今ろくな司令官がいないのだ。
 電光石火とはあのことだ。三日前に自由アメリカ共和国の上陸用舟艇が東京に上陸、あっと言う間に都心及び周辺区を制圧してしまった。無論いくら日米安保が破棄されたとはいえ、いやならばなおさらそう簡単に東京が占領されるわけがない。にもかかわらずこんなにも電撃的にやられたのは、東京周辺に駐留する一部の自衛軍が自由アメリカ共和国に寝返ってしまったからだ。つまりはクーデター。村岡にはああ言ったものの、正直自分もかなり驚いた。
 首都が制圧され、総理も防衛も大臣という肩書きのついた奴はみんな捕まり、指揮する人間がいないので自衛軍はただただ混乱するだけ。もはや絶望的だと思ったろう。外にいる連中は。
 無論自衛軍全部が裏切って新日本連合軍になったわけではない。クーデター時の奇襲によって相当量殲滅されたものの、まだ東京にも正しい意味での自衛軍は残されている。――現状維持が善だとすれば、な。とはいえ、自アメの下僕でしかないあいつらが正しいとも思えん。生き残りを集めての反抗作戦のため、全隊所定の位置で待機している。自分の前には、全長15mほどの巨大人型機動兵器――AD(アサルトドール)とか言ったか――が立ちすくんでいた。
 あれがこちらの目標だ。今東京湾のまん前で海自の護衛艦共が新日本の連中と睨みあいをしているのだが、ADに搭載されたネオ・メテオエンジンが発する特殊磁場によって護衛艦のミサイル誘導が阻害されてしまうため、攻撃できないのだ。連合軍に寝返った奴らには海自はいない。つまりADを機能停止にすれば磁場が消失、誘導兵器が使用可能になり火力で圧倒できるわけだ。
 無論そんな簡単ではない。軍用兵器であるADはその用途上陸上で使用される全ての通常火器に対抗できる防御力を備えてある。歩兵が持てる火器でどうにかなりはしまい。しかし関節部を狙えば転倒させるくらいはできるだろうし、最悪ダメでも砲兵科か空自がやってくれるだろう。
「隊長、そろそろ時間です」
「おう」
 作戦開始時刻が来た。全員身構える。都外の奴らではどうにかなるまい。これが最後のチャンス、これに負けたら日本は自アメの物になる。皆それをわかっている。自分達が日本の最後の希望だと。
「作戦開始十秒前。八、七、六、五」
 村岡のカウントダウンと共に、心臓の鼓動が大きくなるのを感じる。ポケットからライターを取り出した。開始と同時に点けていいという約束だったのだ。どのみち戦闘が始まったら火の海になる。ライター無しでタバコが吸えるほどに。このままじゃ昂りすぎた鼓動で心臓が吹っ飛ぶ。少々フライングだが、ライターに手を掛け――
 ドオォォォン!
「!?」
 突然爆音が響いた。馬鹿な、早すぎる!
「無線封鎖解除! 部隊と連絡を入れろ!」
 動揺する隊員を激昂を浴びせ、命令する。戦場では状況が不明なのが最大の脅威……それが南上官の教えだったから。
「作戦が露呈されていた模様! 格部隊が戦闘を始めました!」
 目の前が暗くなるかと思った。新日本との戦力差は圧倒的、だから奇襲戦しか勝利する手段がなかったというのに。何故ばれた? 監視されてたか? 自衛軍にまだ裏切り者が? それとも――泳がせていたのか、俺達を?
 どうしてわざわざそんなことをと、一瞬頭によぎったが、絶望で塗り固められた頭がそれを受け付けようとはしなかった。
 通信機から悲鳴が聞こえてくる。かなり凄惨なことになっているのは声だけでわかる。
「隊長……」
 村岡が顔を青白く染めて泣き顔で訴えてきた。もはやこれまで、誰もがそう思った。
 ドオォォォォォン!!
「ぐわっ!?」
「わああああっ!?」
 再び轟音。しかし今度はかなり近い。爆風がこちらまで来て飛ばされてしまった。
 今度はなんだ? 爆風が晴れ、着弾点付近を確認すると、目を疑った。
 ADの装甲が潰れている。明らかに攻撃を受けた証拠だ。見るに、大口径砲の直撃を喰らった痕。
 何が起こった? そう思ったら、通信機から別の声がしてきた。
「こちら特科だ。遅れてすまない。今作戦を開始する」
 作戦開始? 奇襲が失敗した現状で? 信じられないことだったが、実際に攻撃は行われている。それでは、攻撃を受けながらも撃っているというのか? レーダーも使えない現状では、精密な射撃は不可能であるのに。
「……突入するぞ」
「り、了解!」
 隊員たちの顔から、さっきまでの絶望感が嘘のように消えていた。大砲屋共だけにいいカッコさせてたまるか。北海道撤退戦五英雄の弟子の力見せてやる。
 総員、無反動砲、携帯対戦車弾をADに向ける。絶望とは逆に、消えていた鼓動が再び騒がしいまで振動しているのがわかった。
「撃てぇ!!」
 砲が火を噴く。激しい爆音の中で、自分たちもそれに加われたことが歓喜するほど嬉しかった。

 2054年、アメリカ海軍グレン・ジョーギンス少佐のクーデターは、大災害後アメリカに流入してきたカナダ難民やヒスパニック、長年に渡り差別を受けてきた黒人達が一斉蜂起し、長きに渡る争いの末合衆国はサンベルト一帯を含む国土の半分を奪われ、それらは自由アメリカ共和国として名を変えた。世界統一戦争の混迷の中合衆国には奪還するための軍事もそれを支える経済力もなく、黙認するのが精一杯であった。自由アメリカ共和国は最初の建国以降合衆国へ侵攻など目立った行動はせず、異様な沈黙を保っている。
 一方、自由アメリカ共和国の建国は、日本の右翼的軍人の戦意を煽ることになった。大災害の後に混迷する世界でアメリカの弱体化とともに米軍基地が撤退する中、軍備増強を余儀なくされた日本は憲法九条を改正、自衛隊は自衛軍として自国防衛の道をひた走ることに。しかし憲法と国民の脆弱性から軍事国家とはならず、それが軍人達の反感を買い、ついに2055年二月二十三日、一部自衛軍が新日本連合を名乗り、自由アメリカ共和国と手を組んで国会議事堂含む都心を占拠するクーデターが発生した。この事件は後に『二、二十三事件』と呼ばれる。
 東京は完全に制圧され、軍事国家樹立已むなしかと思われたが、三日後の二十六日に残存する自衛軍が新日本連合と戦闘を開始、戦いは熾烈を極め、最後は東京への絨毯爆撃を敢行、新日本連合は殲滅されたものの、東京、特に都心に甚大な被害をもたらし、事実上東京都は壊滅した。道州化の導入、地方集権への変化により東京にかつてほどの国家的重要性は減っていたため混乱は早くに収束し、新たに大阪を首都とした。その後東京は破壊された特別区とし閉鎖され、残る八王子、奥多摩などは山梨、埼玉、神奈川に取り込まれる形で落ち着いた。これが『東京戦争』の顛末である。今かつての首都にあるのは、瓦礫と亡骸、そして――

 ――2043年、某日、沖縄某所
「……じめじめして陰気な場所だ。こんな所に、伝説の戦姫がいると本気で信じているのかね?」
「別に、戦姫が絶世の美女とは限るまい? エジプト神話のセクメトなど、顔が獅子だ。同じ荒ぶる闘神なら、むしろこんな所が好みかもしれん」
 白夜の軽口を軽口で返したら、口ごもってしまった。別に大した話ではない。退屈な洞窟移動の気晴らしでしかない。
 洞窟の中、私は白夜や研究員たちとともに歩いていた。とうの昔に太陽の光は離れ、暗闇の中をヘッドライトで照らしながら進んでいる。確かにじめじめしているし空気も悪い。研究員の言葉ではガスの類は検出されていないようだが、愚痴の一つや二つも言いたくなる気持ちはわかる。
 そもそも、白夜はこの調査にはあまり乗り気ではなかった。むしろ反対していたくらいだ。あんな不明瞭な古文書一つで何がわかる。先史文明の遺産など非現実的だ――白夜の言い分はもっともだ。それはわかる。
 しかし、だからと言って偽文と嘲笑って無視するには大きすぎる代物だ。ムー大陸――と呼ぶのは適切ではないが、一応便宜的に呼んでいる――の存在。あの一万年前の古文書にはそれが記されていた。実際ムー大陸ではないだろうが、超古代文明の遺跡がこの沖縄にある。そう書かれてあった。
 無論学会からは笑われた。それどころか研究室でも偽文だとされ、実のところ私以外はみんな信じておらず、休暇半分で訪れたのが真実だ。まあ馬鹿に付き合ってやるのもいいかというのが心の内だろう。それでも構わない。白夜に比べて私が嫌われてるのは百も承知だし、三十を越した身で出世からは縁遠い自分に研究以外することはない。
「……まだなのか東? こう洞窟の中をただただ歩いていくだけでは飽きてしまう」
「……よく見てみろ。洞窟の表面を」
 ふとおかしなことを言った私に怪訝な顔をしつつも、表面をなぞりながら何なのかと確認する。すると、見る見る顔がこわばっていく。
「わかっただろ? 一見すると自然に作られた洞窟のようだが、よく見ると明らかに人工的なものだ。刃物か何かで削った後がある」
 白夜の顔が今まで見たことがないような面白いものになった。後ろからついてきた学生たちも騒ぎ出した。
 ここが古文書に書かれてあった『愚者の道』に違いない。この道を進んでいけば、戦姫にたどり着けるはずだ。
 ――しかし、いくら考えてもおかしいな。世界を救った戦姫への道に、愚者など名づけるか? 解読ミスかもしれないが……。
 ゴゴゴゴゴ……。
「!?」
「じ、地震だ!」
 誰かの叫びを合図にしたかのように、突然洞窟が大きく揺れた。立つこともままならず、倒れそうになる。必死に体制を維持しようとするが足を滑らせる。いや、地面が崩れた。
「うわあああああっ!」

「う……うう……」
「おーい、誰かいるのかー? 返事しろー」
 頭部に焼けるような痛みを感じながら、白夜の呼ぶ声が木霊で聞こえ目を覚ましてみると、自分が倒れているのがわかった。どうやらさっきの地震で洞窟が崩れ落とされてしまったらしい。他のみんなは無事か?
「白夜、お前だけか? 他にいないのか?」
「ダメだー、真っ暗で何も見えーん」
 なるほど確かに目を覚ましたはずなのに目の前は真っ暗だ。手探りでさっきまで被っていたはずののヘッドライトを探す。どうやら落ちた際取れてしまったようだ。
「え……と、これか? おーい、今ライトをつけるー」
「わかったー」
 今舌打ちのような音が聞こえた。普通だったらまずわからないだろうがこの閉鎖空間で見事に木霊し予想以上の大音量になったんだろう。白夜も今頃驚いている。舌打ちくらいは当然といえば当然だ。こんな馬鹿の我が儘に付き合わされて大事故になってしまったのだから。
 パッと光った。相当深く落ちたようだな。土の色が全然変わっている。黄金色だ。
「……黄金?」
 一瞬、自分の目が壊れたと思った。
 目の前に広がっていたのは、見回す限りの金、金、金。壁どころか天井も床も金で覆われて光で包まれていた。
「まさか……そんな……」
 先ほどの顔が児戯に思えるほど、今度の白夜の顔は笑いを誘うものであった。状況を忘れて腹を抱えたくなる。
 いや、そんなことをしている場合ではない。頭の痛みなど目にもくれず、奥まで走る。
 ――古文書通りだ。間違いない。ここが『愚者の道』だ。ここを真っ直ぐ進めば……
「……これは」
 足が止まった。
 止めるほかなかった。
 止めないわけにはいかなかった。
 進めるわけがなかった。
 だって……
「……美しい……」
 そこにいた戦姫が、あまりにも神々し過ぎたから。

 2043年、戦姫と呼ばれる古代兵器、現代で例えるなら巨大ロボットが発見された。
 約一万年以上前に高度に発達した文明社会があった事実は世界を揺るがしたが、この発見はもう一つ世界を混乱させる要因を生み出した。
 これとほぼ同時期に世界中から同様の巨人、後にBW(バトルウォーリヤー)と呼称されるロボット群が発掘されていく。オーバーテクノロジーの塊であるBWはロボット工学など様々な科学技術を発達させ、後のAD開発に大いに貢献する結果となった。
 ――だが、BWの力を悪用する者が現れた。各国でBWを利用したテロが発生、ついに2058年宗教的テロ組織ゲルダー教による武装蜂起が起きた。『BW戦役』と呼ばれるこの戦いにおいて、BW研究の権威であった白夜克烙(びゃくや かつらく)は自身の研究機関だった白夜オーパーツ機関を解体、新たに対BW、対ゲルダー組織『セイヴァーズ』として結成した。
 二年ほど続いたBW戦役は、東京湾攻防戦で一応の収束にたどり着くが、その時点で百機近く存在していたBWはほとんど全てが破壊された。現存するBWは、確認されるだけで三機のみである。
 ――だが、世界は未だ知らない。
 このBW戦役が、これから始まる巨神達の戦いにしてみれば児戯に等しい行為であったことを……。

 ……熱い。
 熱い。熱い。
 熱い熱い熱い。
 身体がまるで火のように熱い。燃えているみたい。
 いや、私は燃えている。熱く燃える鎧を纏っている。
 そして、私の周りも燃えている。全てが燃えている。
 車も、電柱も、ビルも、道路も。
 そして人間も。
 違う。一つだけ燃えてないものがある。
 ゆらりと、炎の中熱さを気にも留めずただ立ちすくんでいる一つの影。
 ――どうして? どうしてこんなこと……
 ――許さない。絶対許さない。あんただけは……
 心の中で二つの激しい感情が対立する。
 それに呼応するかのように、私も叫ぶ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
 感情の赴くまま、その影に突撃する。手には銀色に輝く玉が。
「……ッ!」
 その影も気付いたのか、手に持っていた剣を構える。
 ギイン!
 玉と剣は激しくぶつかり合い、両者弾かれたように飛び退く。
 ――いや、やめて、私あなたと戦いたくない……
 ――殺す。あんたを。絶対に……
 心の対立は激しくなっていく。同時に戦いもぶつかるごとに熾烈を極める。
 ギイン! ギインガキイン!!
 二人の中にあるのは、相手に対する怒り、そして……
「ぬおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「くっ!」
 影に飛ばされて後ろに大きく後退する。体勢を立て直そうとするが、影の後ろを見て驚愕する。
 影の後ろには、巨大な魔神がいた。全てを破壊する、炎の魔神が。
 スッと剣を高く上げて、掛け声と共に一気に振り下ろす。
「ッッッてぇ!!」

 ――2063年 四月十八日 南関東州 神奈川県 須藤宅
 バコォン!
 私の眠りを妨げた不埒な目覚まし時計を投げ飛ばす。時計如きが私に逆らうとは身の程知らずが。
「って、いっけない……」
 と、私、須藤未来(すどう みくる)はそこで正気に戻った。
 またやってしまった。これで何度目だろう。買い換えてから一ヶ月だから……八回目? いや十回くらいはいったかも。
 朝に弱い身体に渇を入れ、やっと起き上がる。秘かに自慢にしているスラッとした長髪がボサボサ。これじゃホラー映画みたい。
 壁に叩きつけた時計を拾い上げた。まだ生きてますように、と願ったがやっぱりダメだった。時計さんご臨終。
「あちゃあ……また修理に出さないと。こんなんだから夕のやつに「世界一寝汚い女」なんて言われるのよねえ……」
 ため息をつく。これで延べ二十個は目覚まし時計をスクラップにした。延べなのは修理に出しているからで、いつも買い換えていたら私はとっくに破産している。昔は修理のほうが高くついたそうだけど信じられない。
 ――でもそれでも五個は再起不能にしてるのよね。このクセ治さないと本当に破産しちゃう……ってあ、いけない。
 寝汚さも問題だけど、とりあえず今は学校への支度が大事。時計ブレイクに気を取られて思った以上に時間を取られた。早くしないと朝練に間に合わない。急いでパジャマを脱いでバスルームに駆け込む。誰もいないから裸でいいや!

「うう、パン口に咥えて登校って、どこの漫画よ私……」
 でも本当に時間無かったんだからしょうがない。寒いからお風呂からなかなか出れなかったのが運のつき。気がつけばもうギリギリなんてレベルじゃなかった。もう走る。走るしかない。遅れたら部長に怒られる~。
「ああ、茜ちゃんが羨ましい。遅れそうになったら夕にバイクか車で送って貰ってるんだろうなあ」
 前に乗せてって頼んだけど、あいつ全然聞きもしない。自分で免許取れって、できるわけないでしょ忙しいんだから。
「なによ、私だってそんないつも乗せてもらってるわけじゃないのよ」
「え、あ、茜ちゃん!?」
 いつの間にか、真横に同じ園崎高校の茜ちゃん、神無茜(かみなし あかね)がいた。同様に走っているので遅刻したらしい。ポニーテールが走りにあわせて揺れている。相変わらず綺麗な髪してるなあ。髪で茜ちゃんには勝てる気がしない。……いや、胸も顔もスタイルも劣っているかな。なんだか泣きたくなってきた。
「しっかし、あんたもずいぶんベタなことしてるわね。パン口に咥えて登校なんて実物見たことないわ」
「うう、意外と食べづらいし喉につかえそうだし、パンが冷えちゃって……」
「そりゃそうでしょ。あんたまだ起きられないの?」
「そんな可哀想な人を見る目で見ないで……」
 本当に泣きたくなってきた。茜とは高校に入ってからだからもう二年くらいの付き合いになるか。でも十年来の友達である叶ちゃんや華子ちゃんと同じくらい仲がいい。ウマが合うんだろうか。
「夕は?」
「まだ寝てるわよ。この前乗せてったらグチグチグチグチ文句垂れるんだから、ちょっとはお姉さまに楽させたって天罰下らないわよ」
「あはは」
 茜ちゃんは一見怒ってるようだけど、その実笑顔だ。本当に仲がいいんだなこの姉弟は。
「おっと、こんなだべってる暇は無いわね。急がないと」
「そうだね、早く……あ」
 足を止めた。そのまま走っていた茜ちゃんが不思議な顔をして戻ってくる。
「どうしたの、未来」
「え、いや、別に……」
 あわてて誤魔化したが、やっぱりおかしな顔をされた。無理もない。
 視線の先には、歩きながら単語帳を読みふける真面目風の女子生徒がいた。
「……夢見ちゃん」
 その姿に、ただ寂しげに呟くしか出来なかった。
 桜はまだ、咲いていなかった。

「ほら未来、そっち行ったよ!」
「は、はへぶっ!?」
 キャプテンの声に気がついた時にはもう遅く、バレーボールは私の顔に直撃した。そのまま大きく倒れる。私朝から漫画みたいなことしてるなあ。
「うう、痛い……」
「おい、どうした未来?」
 キャプテンがあまりの無様さに駆け寄ってきた。さっきから本当に無様だなあ私。アタックはポールに跳ね返って顔に命中するし、パスは顔面で受けるし、トスは手をすり抜け頭突きで上げるし。……顔潰れるな、私。
「今日はずいぶん調子悪いな。朝が弱いのはいつもだけど、ここまでじゃないだろ。朝食は?」
「うう、パン一枚……」
「よし、問題ないな」
 どこがですか、と聞きたかった。腹ペコなんですけど私。朝練終わったら早弁しなくちゃ、ああでもお弁当ないやどうしよう。
「何かあったのか? さっきからボーッとして。悩み事か?」
 ……ああ、そういうことか。キャプテンはとっくに見抜いていたんだ。それだけじゃないってこと。
 でも、
「えへへへへ……なんでもありませんよ」
 と言うしかなかった。
「……ったく、変わったな、未来」
 ズキリ。
 変わった、の一言にどこか、胸のどこかが痛む。
 鋭いような、悲しいような、そんな痛み。

「どうしたの、未来? ご飯全然食べてないじゃない」
 学食で、叶ちゃん、天見叶(あまみ きょう)が声をかけてきた。体育だったのか、汗で湿った髪を流したらしく天然パーマのショートヘアがストレートになっている。
「あはは、そうかな?」
「そうだよ」
 言われなくても自分でもわかる。こっちは授業早く終わったからずっと前に食べ始めていたのに、確かに今来た叶ちゃんのお盆と大して変わりない。
「あはは……今日調子悪くて」
「ふうん……あ、茜、こっちこっち!」
 と、そこに茜ちゃんも来たので隣に誘う。良かった、これでちょっとは話逸らせるかな。
「あれ、未来どうしたの? いつもなら三杯はいくのに」
「なあ? 俺もおっかしいと思ったんだよ。で、どうした?」
 ……甘かった。危険が倍になっただけだった。
「いやあ、今日はちょっと調子悪くて……」
「朝はまるで普通だったのにねえ。どっか悪いの?」
「べ、別に……私、もう行くねっ」
「あ、おい!」
 もうダメだ。これ以上いるとボロが出てしまう。私はその場を逃げ出した。

「……ったく、あいつホントに変わったよな」
「変わった? 昔からあんなだと思ってたけど」
 茜は怪訝に思ったが、叶は「冗談」と返した。
「高校入った頃にはもうあんなだったから茜はわかんないだろうけどさ、今と全然違かったよ。俺より気性が激しいくらいでさ」
「えっ、嘘!?」
 叶の気性の激しさを知っている茜は学食中に響くほどの大声を出してしまった。叶、かなり微妙な顔をする。
「なんかさー、中学の頃はバレーじゃなくてソフトボール部に入ってたんだけど、最後の夏辺りで何があったのか急に部辞めちゃってさ。それ以来だよ、あんなになったの」
 茜は正直信じられなかった。叶の性格上嘘だとは思っていないが、それでも今の未来とあまりにもかけ離れていた姿を想像できなかったのだ。
「何があったか知らないの?」
「いや、全然。俺もその頃部長と大喧嘩して空手部辞めるってんで騒いでてさ、構ってやれなかったんだよね」
「あ、だから高校入ったら総合格闘技同好会作ったの……」
 呆れてしまい、茜は問い詰める気力を失ってしまった。それ以前に昼休みが限りなくゼロに近付いてきている。

「あらあら、今日の運勢は大凶ですね未来さん」
「……華子ちゃん、勝手に人を占うのは辞めてって言ってるでしょ。あとどこから出てきたの」
 放課後、SHRを終えてさあ部活だと空元気で行こうとしたら、突然筮竹をジャラジャラ鳴らして占われた。二つに分けて結っている三つ編みが面白そうに揺れ、不適に笑い八重歯が見えた。
 篠村華子(しのむら かこ)、叶ちゃんと同じく十年来の付き合いだけど、未だによくわからなかったりする。占い好きで、神社の娘なのにタロットだの西洋占星術(ホロスコープ)だのを勉強し、今度は筮竹。でもどうもやり方がいい加減な気がする。よくわかってないのかもしれない。
 そもそも華子ちゃんの占いは当たったことがない。いやないこともないのだけど、どうでもいいような、だからどうしたみたいなものばかりで、信用性はまるで無い。どうも占いが真剣にやりたいのではなく、おかしなことを言って人が焦るのを楽しんでいるみたいだ。
「これも全ては呪術同好会を作るための地道な宣伝活動です。いくら未来さんでも、文句を言われる筋合いはありません」
「まだ諦めないんだ、もう三年生なのに。ていうか知ってる? 華子ちゃん学校の七不思議の一つに登録されてるんだよ?」
 ちなみに残りの六つは『篠村華子が六つ分不思議』らしい。七不思議じゃないじゃんと言いたいが、納得できる気がするのが何か嫌。
 そう言うと、ニヤリと笑った。華子ちゃんには褒め言葉だったらしい。
「ええ、もちろん」
「あ、そう……生きた七不思議ってのもある意味貴重かもね」
「いえ、そっちではなく」
「?」七不思議のことかと思ったが違うらしい。じゃあ何と聞くと、またニヤリと笑って、
「諦め悪いのは仕様ですから、誰かさんとは違って」
「……!」
 グサリと、
 魔女とまで呼ばれる華子ちゃんの微笑みが、胸を抉った。
 そこで、初めて気がついた。
 一見笑っている華子ちゃんの瞳に、全く別の色があることに。
「…………」
「それじゃ、私はこれで。何かご相談があればいつでもお呼び下さい。暇だったらお相手します」
 その場で固まっている私を無視して、華子ちゃんは行ってしまった。

「はあ……」
 それからしばらくして、私は夕焼け色に染まる校舎をトボトボ歩いていた。制服で。
 本来はまだバレー部の練習時間なのだが、先ほどもうさっさと帰れと言われてしまった。酷い発言のようだが、言われても仕方が無い。何せ朝練に輪をかけて無様なものだったから。それは……ああ、思い出すのも恥ずかしい。それで今日は家に帰って頭冷やしてこいと宣告され、今に至るわけ。
 ――ま、原因はわかってるけどね。
 朝夢見ちゃんで揺れていた心に、華子ちゃんがトドメを刺した。いや、こんなこと言えないのはわかっている。華子ちゃんの非難は正当だ。
 ソフトボール部を辞めた理由は叶ちゃんにも、華子ちゃんにも、誰にも告げていない。でも勘がいい華子ちゃんのことだ、なんとなく察しているんだろう。何をしているんだと、そう言っているんだ。
 ――でも、じゃあどうしろって言うの?
 あの時の選択が間違っていたかどうかは今でも悩むことがある。でも、同時に他にどうしようもなかったとも思っている。どっちにしろ結果は同じだったと、心のどこかが言っている。
『なんであんたはそういつも諦められるの!? なんであんたはそう簡単に諦められるのっ!?』
 ふと、懐かしい言葉が頭をよぎった。
 そう、懐かしいだけ。苦しいとか悲しいとか辛いとは思わない。その言葉の意味も言った彼女の気持ちもわかっているけど、もう風化しきってしまった。
 時間とは恐ろしい、とはいつも思う。どれだけ悲しい気持ちも、辛い気持ちも、熱い気持ちも時間は全て消し去ってしまう。
 みんなが『変わった』という。昔の『須藤未来』はどこに行ってしまったのか、と嘆く人もいる。
 でもそれは当然じゃないか。人間いつまでも同じではいられない。いくら嘆かれたって昔には戻れない。これが未来(みらい)を生きるってこと、これが今の『須藤未来』なんだ。過去を振り返らずに新しい世界に目を向ける、それが私の生き方だ。
「……じゃあ、なんでこんなに苦しいんだろう……」
「あれ、未来もう帰るの?」
 突然後ろから声をかけられ、ギョッとした。振り返ってみると、そこには茜ちゃんが。まだこんな時間なのに、下校支度を整えている。
「あ、あれ、茜ちゃん、部活は?」
「え? 今日は部室改装工事があるからないんだけど……どうしたの、顔青いよ?」
「い、いや別に……」
 何とか平静を装うが、内心ヒヤヒヤしていた。さっきの独り言を聞かれていたのではないか。見た感じ大丈夫そうだけど……。
「そう? ふうん……ねえ、一緒に帰らない?」
 突然そんなことを言われて、過敏に動揺してしまった。
「え? ど、どうして?」
「どうしてって……別に理由なんか無いけど」
「あ、そ、そうよね……ははは」
 いけない、私パニクっている。落ち着け落ち着け落ち着け落ち着けおちけつ……って何それ。
「何ブツブツ呟いてるの、未来」
「な、なんでもないよ。それじゃ、帰ろうか」
 眉をひそめられたが、断ってもおかしいし一緒に帰ることにした。と、そこにまた人が来た。
「ん、お前らどうしたの?」
 叶ちゃんだった。こっちも帰り支度をしている。
「叶こそ、総合格闘技同好会は?」
「いや、しばらくバック殴ってたんだけど、今日はのらなくてさー、もう帰ることにしたよ」
「だから部員あんたしかいないのよ……よく部室没収されないわね」
「あの生徒会長、俺に気でもあるんじゃないの? あはははは」
 叶ちゃんは笑っているが、それが正解であることは学校の誰もが知っている――本人以外。
「さて、帰るんだろ? 俺も一緒でいいか?」
「ん……いいけど」
「じゃあ私も一緒ということで」
「うわっ!?」
 真横に突然華子ちゃんが現れた。どうしてこの子は神出鬼没なんだろう。
「い、いつの間に!?」
「さっきからずっといました。では私も一緒に帰ります」
『一緒に帰る』発言にちょっと顔が引きつった。さっきのことがあるので正直顔を合わせたくないのだが、今更抜けることは出来ないしかと言って突っぱねるのは無理だ。諦めるしかない。
 ――諦める、か。
 今や座右の銘となってしまったそれが、私の心を締め付けた。

「なあ、このまま帰るのもつんないだろ。どっか寄ってかないか?」
「う~ん、どうしようかな……」
「私は別に構いませんが、未来さんはどうします?」
「え、ええと……」
 悩んでる風にしてみたが、心の中では冗談じゃないと思っていた。個人的に早く家に帰ってベッドで寝たい。寝て起きたら多分大丈夫になってると思うから。
 でも許してくれそうに無い。茜ちゃんや叶ちゃんはともかく、華子ちゃんは絶対に。だって、今でも目がそう言っている。
 仕方が無いか……とまた諦めようとしたその時、
「……おーい、茜ー」
「ん?」
 後ろからバイクの音と男の子の声がした。いや、誰だかはみんなわかる。
 バイクは私達を追い抜き、前方で止まり、ヘルメットを外す。黒髪のショートヘアに鋭いながらも優しい瞳、胸元に銀のネックレス。やっぱりこいつか。
 神無黄昏(かみなし たそがれ)。茜ちゃんの実の弟だ。茜ちゃんがちょっと驚いて駆け寄る。二言三言くらい話して、戻ってきた。
「ごめん、私パスね。この埋め合わせは今度するから、三人で楽しんで」
 とだけ言って、夕(黄昏のあだ名)とバイクに乗って帰っていってしまった。残ったのは、微妙な顔をしている三人娘のみ。
「……帰るか」
「うん……」
 誰がというわけでもなく、自然と三人そのまま帰路に着くことに決めた。

 ――熱い。
 私は、燃え盛る炎の中にいた。
 身体が、心が、燃えるように熱い。
 でも、その熱さは辛くなかった。苦しくなかった。
 むしろ、心地いい。とても熱く、激しいのに、どこか優しい――そんな炎だった。
 すると、炎一色だった私の視界にゆらりと蠢くなにかが入った。
 なんだろう、あれは?
 よく目を凝らそうとするが、炎の勢いが強くてよくわからない。人のようにも見えるし、獣のようにも見える。
 ただ、なんとなく、なんとなくだけど――
 それが、この優しい炎を生み出しているのがわかった。

 ――四月二十二日 早朝
「ん……」
 起きてみて、ふとおかしなことに気がついた。目覚ましを投げた感触が無い。いやあったら困るんだけど、不思議に思い目覚ましの定位置に目を向けると、目覚ましはそこに変わらずあった。しかし驚いたのはそこではない。時計の針が、まだ目覚ましが鳴る時間を刺していない。
 自分で言うのも何だが寝ぼすけな方だ。目覚ましを破壊してしまうと承知でなおかつ使い続けるのは、ひとえに目覚ましがないと起きれる気がしないから。だと言うのに、目覚ましがなる前に起きて、しかもこんなに気分がいいなんて信じられない。人生十七年目にして初めての体験だ。
 ――ひょっとして、あの夢のせいかな。
 ここのところ、連日変な夢を見ていた。私が炎を纏って、誰か、いや何かと戦う夢。内容はいつも一緒で、最後は魔神が現れて何かを放ち、そこでプツリと切れてしまう。夢だから当然かもしれないが、打ち切りアニメのような突然のエンディングだ。
 しかし、一つだけ、その夢に出てくる“何か”に対しての激しい憎しみと悲しみだけは覚えている。自分でも信じられないような、恐ろしいくらいの、憎しみ、そして悲しみ……。
 そんな夢ばかり見るので、正直最近寝覚めが悪かった。連日目覚ましを投げて、時計クラッシャーに拍車がかかっていた。もし夢を操作できる機械があれば買っていたかもしれない。
 でも今日の夢は違った。同じく炎に包まれているのに、なんだか暖かい気持ちになれた。とても優しい力に包まれているような気分になった。だから今日は良く眠れたのかもしれない。
 おっと、せっかく早起きできたんだからだから準備しないと。パン一枚なんて悲しい朝食は繰り返させない。
 着替えをしながらテレビをつける。いつものニュース番組が映った。
『……本日未明、新奥多摩市方面でセイヴァーズとゲルダーツヴァイとの戦闘が発生しました。戦闘は小規模なものでしたが、ゲルダーツヴァイに元セイヴァーズ所属、『炎の魔女』竹本流(たけもと ながれ)のフレイムザウラーがいたためセイヴァーズに多大な被害が出たらしく、セイヴァーズに弱体化の声が……』

「ふう、こう優雅に歩いていくのも悪くないわね……あれ、あいつは……?」
 時間がたっぷりあるのでちょっと浸りながら登校していると、道の先にボケーっと少しふらついた様子で歩く男の子がいた。誰だか後姿だけでわかる。
「夕、こんな時間に何してるの?」
「ん? って未来、珍しいじゃないかこんな時間に。寝ぼすけさんが」
「寝ぼすけ言わないでよ夕。それより、そっちこそどうしたのこんな時間に? 茜ちゃんは?」
「ああ、茜は今日早いらしくてとっくに出たよ。俺はちょっと買い物で……ふわあああ」
 正面だったら口の中が見える大きなあくびをした。どうも寝不足らしい。
「また夜遊び? 茜ちゃん心配してたよ、昔から不良だったけど、最近奇行が目立つようになったって」
「……言うなあいつも。夜遊びも心外だが、奇行はないだろ奇行は」
「えー、テレビがどうだか新聞がどうだかなんでしょ?」
「……それは、まあ」
 さすがにこれは口ごもった。聞くところによると、十九日辺りから変なことをするようになったらしい。新聞も週刊誌も漫画雑誌すらあるもの全部買い込んで読みながら、テレビチャンネルある所秒単位で回しながら見ているそうな。何それ、と思わず聞き返してしまった。
「何してるのいったい。そりゃ茜ちゃんじゃなくても変に思うよ」
「ううんと……ちょっと世間を知ろうかなと」
「ごめん、全然納得できない」
 そうキッパリ言うと夕は困り顔になった。聞かれると困る内容みたいだけど、意味はキチンとあるらしい。決して奇行ではない、ちゃんとした意味が。
「なんて言えばいいのやら……とりあえず、聞かないでくれ」
「聞かなかったら教えてくれるの?」
「……いや、無理」
「じゃあやだ」
「ええー……」
 なんか変なやり取りしてる。傍から見たらどう見えるだろう。夫婦漫才?
「あ、そうだ。朝からなんか騒がしいんだけどさ、どうかしたのか?」
「……へ? 知らないのアンタ?」
「? 何を?」
 その顔からすると、本当に知らないらしい。あんなトップニュースになったのに。さっきの話は眉唾?
「ほら、例のセイヴァーズとゲルダーツヴァイがまたドンパチやらかしたのよ、明け方くらいに」
 私も旧首都と目と鼻の先にある神奈川人だ、三年前のBW戦役くらいはよく知っているが、今のセイヴァーズやゲルダーツヴァイはよくわからない。かなりややこしい構造だった気がする。確か、旧セイヴァーズのリーダーが崩壊しかけたゲルダー教を復活させて、他のメンバーも相当引き抜いてゲルダーツヴァイを作ったとか。ああ、うろ覚え。
「またセイヴァーズとゲルダーツヴァイが? ったく、麒麟で吹っ飛ばしてやろうか……いやいや、なんでもない」
「???」
 キリン? よく聞こえなかったけど、なんか妙に、さっきとは違う感じで焦っているようだ。
「……おい、いいのか? そろそろ時間じゃね?」
「え? あ、やばい!」
 話し込みすぎていた。気がついたら結構やばい時間。ああ、せっかく早起きしたのに。
「そ、それじゃまたね夕!」
「ああ、また……」
 正直、もうちょっと話していたかったけど……ってそんな余裕ない、全力ダッシュ!
「……、……」
 後ろで夕が何か言ったような気がした。でも気にする暇も、聞きに戻る暇も無かった。



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