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濡れたベール
特に、激しい雨は大嫌いだった。
だって――
濡れたベール
また雨だ。いくら梅雨時だからって正直ウンザリする。
六月の花嫁などと言う連中の気が、いや期が知れない。こんなジメジメした時期に結婚したらどんな熱々カップルも水浸しで一気にマリッジブルー突入するぞ。
放課後の教室の中、窓辺でそんなことを思っていた。
「なんだよ雄司、また機嫌悪いのか?」
「……勝也か。仕方ないだろうが、この時期は嫌いなんだよ」
「まあ俺も、泥だらけになって思うようにシュート決められないから嫌だけどな」
この玉蹴り中毒が……雨だろうが雪だろうが構わずやってるくせにと口の中で毒づく。
「で、今日はやらないのか?」
「やろうっ言ってんのに先輩達が軟弱でさ、今日は休み休み言ってきかねーんだよ」
そりゃそうだろうな、三日連続前後不覚のドシャ降りの中走らされたらどんなサッカー少年だってトラウマになる。一年のクセにエースとはこういう時厄介だ。誰も止められない。
「今日くらい休んだらどうだ。風邪ひいたら元も子もないだろ」
「大丈夫だ。俺は生まれてこのかた風邪をひいたことがない」
ああ、あの伝説は本当だったんだなあ……こいつを見てると心からそう思う。
んで、その伝説の体現者は「自っ主練自っ主練♪」と行ってしまった。好きにしろこの馬鹿が。
勝也とはそれなりには話すが別に友人ではない。あっちがどう思ってるかは知らないが、俺個人としてはただの話し相手に過ぎない。それもうざったい場合がかなり多い。
さてどうしたものか――と考えた。放課後になっても教室を離れないのは単純にこの雨のせいであった。傘は持ってきたがこの勢力の雨ではあまり意味を成さない。と言って待ってても勢いが弱まる気配は無いし――うん、困った。
「……ん?」
ふと、校庭に目を向けると、ど真ん中に人影らしきものが見えた。
始めは見間違いだと思った。だってその影は傘らしいものを差してなかったから。勝也じゃあるまいしこの雨の中傘無しで突っ立っていられるのは修行僧くらいしかいない。
と、馬鹿みたいなこと考えていたら、廊下をドタドタ必要以上にやかましく走る音が聞こえた。俺が知る限りそんな奴は一人しかいない。
「お、おい大変だ雄司!」
案の定勝也だ。この短時間で既に自主練とやらは始めていたらしく、頭から足までビショビショでユニフォームはドロドロだ。廊下も教室もそれに続く。担任見たら泣くな。
「どうしたサッカー少年。親友(ボール)をこんな豪雨に置いてきていいのかね」
「それどこじゃねえ! 伊月ちゃんが校庭にいるぞ!」
「……伊月?」
視線を校庭の人影に戻す。雨でよくわからないないが……いや、わかる。確かにあれは伊月だ。
「何やってんだあいつあんなとこで……」
「さっき見かけたんだけどな、あれまともな様子じゃなかったぞ! 行ってやれよ!」
「……俺にどうしろと?」
「お前ら幼馴染なんだろ! 彼女のことならお前が一番知ってるだろ!」
ああ、もう。と頭を抱えそうになった。どうもこの馬鹿は『幼馴染』というものを誤解しているようだ。どこぞのギャルゲじゃあるまいし、高校生にもなって同世代の男女が仲良いなんてあり得ないだろ。
確かに昔は仲良かった。隣の家で育って親も同年代だったのでなんとなく仲良くなっていった。きっかけなんて覚えてない。幼稚園小学校と一緒で、「イツキちゃん」「ユウくん」と呼び合いよく二人で鬼ごっこしたりかくれんぼしたり遊んだものだ。
しかしそれはローティーンまでの話。中学に上がる頃にはいつの間にか距離ができていき、高校生になった今は完全に断絶している。最後に話したのはいつだったか全然覚えていない。伊月もずいぶん変わっちまった。昔は男勝りでケンカ好きだったのに、今は委員長タイプのメガネが似合うガリ勉女と化した。もう完全に『知らない人』だ。
だから何か期待されても困るのだ。にもかかわらずこの馬鹿は「頼れるのはお前だけだ」みたいな眼差しで見つめてくる。勘弁してくれ。
「何をしてるんだ。早く行けよ。彼女はお前を待ってるかもしれないぞ」
「待ってたらこっちに何かアクションがあると思うんだが。そんな言うならお前行けよ」
「なっ!? ば、馬鹿を言うな! 俺は別に伊月ちゃんのことなんて……いや伊月ちゃんはなんてなんかじゃないけど……」
――何を言ってるんだこの男は? 顔真っ赤にしやがって……どこの純情少年だ。
「どこがいいんだあのビン底メガネの……」
「なにぃ!? 伊月ちゃんを馬鹿にするのは許さんぞぉ!!」
あーもう、ウザい、超ウザい。ギネスブックに登録したいくらいウザい。
これ以上付き合いたくないので、こいつの望みを聞くことにした。
「わかったよ……ちょっと行ってくるわ」
「うっ!? …………よ、よし、伊月ちゃんを救ってきてくれ」
おたくの中で伊月はどうなってるんですか……? と聞きたかったが、涙を必死で堪える顔にそれを叩きつけるのは躊躇われた。
教室から出た矢先、堪えようとして全く堪えられてない泣き声を聞いて、溜息を吐くしかなかった。
雨はますます酷くなっていく。傘を差す手が辛いくらいだ。まるで滝のこの雨に身体を晒すのはやはり修行僧くらいだろう。
つまり、目の前にいるこの女は出家志願者ということになる。酸性雨でロングヘアが溶ければ散髪代も浮く。なんて経済的なんでしょう。
「……何してるんだ、伊月」
ある程度まで近付いたものの、なんと声をかければいいかわからず馬鹿なこと想像して時間を潰していたが、いつまで経っても状況が変わらないのでとりあえずぶっきらぼうに声をかけてみた。
こういう時幼馴染というのは面倒だ。昔みたく接していいのか、全くの他人のように礼節をわきまえるべきなのか全然わからない。声をかけた瞬間後悔した。
「…………」
ほら無表情だ。同じクラスなのに、久々に顔を見た気がする。こんな顔だったか? 仲良かった時の顔しか思い出せない俺は、目の前の彼女が伊月かどうかすぐにはわからなかった。
「……何って、何?」
冷たい、降りしきる雨より冷たい言葉がかけられる。前言撤回、こいつは本当に伊月か? 顔とか身体的特徴は伊月だが、双子かクローンと言ってくれたほうがまだ現実味がある。幼い頃の面影は、完全に消えうせていた。
「いや、その……こんな雨の中何してるのかなって……」
「……別に、何も……」
拒絶。伊月からは強い拒絶が感じられた。
目が、昔感じた優しさや力強さがこれっぽっちも感じられない目が「帰れ」と、「失せろ」と言っている。
ああ、と思った。
もうこの人は、「イツキちゃん」じゃないんだ。ただの「伊月さん」なんだ。もう俺の知らない全然別の人なんだ。
幼馴染なんてそんなもん、わかってたつもりなのに、酷くショックを受けている自分を自覚していた。立っているのが辛い。倒れてしまいそうだ。
もうその場にいられない。そのまま二言目を継げず早足で逃げ出した。
「伊月さん」は、その場に立ち尽くしていた。
雨は、まだ降り続けた。
「はあ……」
翌日、今日通算――うんと、忘れた――目の溜息を吐いた。
なんでだろう。昨日からどうも調子が悪い。風邪をひいてもいないし、身体には悪い点は見当たらないのにただ調子が悪い。朝食もほとんど箸をつけられなかったし。
――何をしているんだ、俺は。あんなこと気にして。
とっくにわかっていたはずだ。そう何度も何度も言い聞かせても全然効果がない。あの時の伊月の顔が頭から離れないのだ。
もう三年以上口を聞いてすらいなかったのに、ひょっとしたら昔のように笑いかけてくれるかも、なんて心の隅で期待していたのかも。
まったく馬鹿馬鹿しい。心からそう思う。これでは勝也を笑えない。男というのはロマンチストな生き物だと言うが、俺も例外ではなかったようだ。
――懐かしいな、あの頃が。
今の伊月のことはろくに覚えてないのに、「イツキちゃん」のことは昨日のことのように覚えている。鬼ごっこで鬼気迫る顔で追ってきて泣かされたこと、缶蹴りで蹴った缶が顔を直撃して泣かされたこと、相撲のはずが何故かバックドロップをかまされ泣かされたこと――泣かされてばっかだな俺。それにバックドロップは泣くどころか気絶して救急車が駆けつける大騒ぎになったんだった。
あとかくれんぼでは――かく、れんぼ?
「――あ」
そこで気がついた。教室誰もいない。時計を見ると、この時間は理科室で実験タイムだ。やばいボケッとして時間忘れてた。
急いで支度をする。すると、
「――ん、なんだあれ」
床にクリアファイルが落ちているのを見つけた。別にどこでも売っていそうな普通のクリアファイル、いつもだったら気にも留めなかったろうが、それは少し違った。
なにせ、伊月の机の下に落ちていたから。
「…………」
考えたわけではない。しかし気がつくとそのファイルを手に取っていた。
クリアファイルの表と裏には何も書いていなかった。奇妙だ。伊月はあれでわりと几帳面なタイプで、鉛筆にもノートにも欠かさず名前と住所を書いていた。ノートの場合は使う教科も。にもかかわらずそのクリアファイルは綺麗なもの、本当に伊月のものかこれは? ――いや、そんな印象も過去のことか。
どうせ授業のファイルか何かだろう。そう思って、大して躊躇うこともなくファイルを開いた。
『またも自殺サイト――嘱託殺人犯逮捕』
「――え?」
開いてみて、最初に目に入った単語に目を疑った。
「なんだよ、これ――」
何かの間違いだと思い、ページを再びめくる。
『アパートで四人練炭中毒死――自殺サイトでの集団自殺か』
『――線でまたしても人身事故』
『睡眠導入剤で自殺――ネット販売取締り困難』
「ちょっと待てよ……冗談だろ……!」
しかしいくらページをめくっても出てくるのはそんな単語ばかり。
クリアファイルに入っていたのは、自殺記事のスクラップだ。様々な新聞雑誌から切り取ったらしく、恐ろしい量だ。とても冗談ですることではない。
「どうなってんだよ……なんであいつ……」
信じられなかった。何のつもりで伊月はこんなものを集めているのか。何のために、どうしようというのか。
――何の、ため――?
「……まさか」
すると突然、クリアファイルが奪い取られた。
「えっ……!」
振り返ると、そこには、
「……伊月」
憤怒の表情をした伊月がいた。
「あんた……何やってんの……!」
怖い。
そう思った。
でもそれは怒りを露にした伊月が怖いのではなかった。
自殺記事を集めたファイルを見られて怒っている彼女の心境が、怖かった。
「あの……それ……」
「……っ」
二の句を告げる暇を与えず、伊月は教室から走り去ってしまった。
雨はまだ、晴れていない。
「それで、伊月ちゃんとはどうしたんだよ」
「……知るか」
放課後、HRが終わるや否や勝也が駆けてきた。
「とぼけても無駄だぞ。伊月ちゃん4限から様子おかしいじゃないか。何かあったんだろ」
「……特に言うことはないよ」
確かに伊月は4限、つまり理科室での授業からおかしかった。どんな授業も完璧にこなす優等生が実験で単純なミスばかり犯していた。アルコールランプを倒して危うく先生の薄毛頭を完全に不毛の大地にしかけたのはなかなか滑稽だったが異様な事態である。
なにより、目がやばい。この馬鹿でも気付くくらい生気が感じられない。あれではまるで――
「お前伊月ちゃんに何したんだよ。正直に言えよ」
勝也の、遠慮の無い言葉が酷くウザかった。
言えと言うのか? 自殺記事を集めてましたよと。何かの資料っぽく。
それとあの生気の無い目があれば――答えは、馬鹿でもわかるはすだ。
何より、軽々しく伊月ちゃん言いやがって――ってなんだそりゃ。
「なあ、雄司――」
ポン、と手を置いて悟ったような顔して見つめてきた。気持ち悪いな、そっちの気は無いぞ俺は。
「今まで黙っていたが、俺実は伊月ちゃんが好きだったんだ……」
――まあ、それは前々からわかっていたことですが。確信得たの昨日だけど。
「だが、彼女には幼馴染が、お前という彼氏がいた。だから俺は諦めていた――」
――は? 彼氏? 俺が? 何勘違いしてるんだこの馬鹿は。幼馴染=恋人かよ。
「しかしなんだあその態度は! 愛しい彼女が苦しんでいるというのに、その素っ気ない態度はどういうつもりだあ!」
あー……こっちがどういうつもりなんだと聞きたい。勝手に勘違いして興奮して首根っこ捻るのは勘弁して。
「お前がそんな態度じゃ俺は! 諦めた俺があまりにも哀れ……!」
「じゃあ素っ気なくなくなればいいんだな?」
「えっ?」
校庭を確認する。よし、いるな。
「んじゃちょっと行ってくるわ。自主練今日も止めといた方いいぞ」
「え、あの、その、なにを」
「諦めたお前に報いてくる」
「へ? いや、それはそれで困るような……」
置いてけぼりの勝也を放っておいて校庭に急ぐ。
正直、どうしたらいいかまるでわからなかった。いやわからない。でもそれでも足を早める。
早く行かなきゃいけない、行かなきゃ一生後悔する。そんな気がした。
雨のベールから、あいつを引きずり出す。
「よう、伊月」
「……なに?」
さらに勢いを増していく雨の中、傘を差した俺の前で、伊月は昨日と同じく立っていた。
いや、同じなのは雨と立っていることだけだ。伊月自体はまるで違っていた。
昨日の殺意すら感じられた目は光を失い、今にもこの雨にかき消されてしまいそうなほど儚い。別人と思うくらいだ。
――いや、違う。
「……私に何の用?」
それでも俺に対する眼差しは冷たい。完全な拒絶。彼女はそこだけは揺らがなかった。
だったら、
パサッ……
「……え?」
傘を、捨てた。
叩きつける雨が、冷たいというより痛かった。でもそんなの気にしていられない。
伊月が、雨の中にいる伊月が出る気がないのなら、こっちから雨の中に押し入るしかない。それには傘は邪魔だから。
「……なんのつもり?」
その質問には答えない。代わりに、
「……さっきさあ、俺があのクリアファイル見たとき、すごい顔してたよな?」
ピクリ、と顔が歪んだ。そして伊月はフッと笑う。
「怖かった? そうでしょうね。殺してやるって目で睨み付けてやったもんね私」
「いや、安心したよ」
「……はい?」
「だって……イツキちゃんまだあんな顔できたんだなって思ってさ」
昔の、懐かしいあの頃の口調で告げた。嬉しかった、と。
「な……!」
イツキちゃんは顔を赤くした。かわいい。昔のままだ。
そう、イツキちゃんは変わっていない。昔のままだ。
ちょっとひねくれたかもしれないけど、あの頃のままじゃないか。
「な、何を馬鹿なことを……」
赤くなったまま、その場を立ち去ろうとする。
雨の、中へ。
昔から雨は嫌いだった。
特に、激しい雨は大嫌いだった。
だって――
イツキちゃんが、雨の中に消えていなくなっちゃうから。
「えっ――!」
がばっと、
雨のベールに隠れようとしたイツキちゃんを抱き止めた。
「ちょっと、何を――!」
じたばた暴れるが、絶対に離さない。離してたまるか。
「……ねえ、覚えてる? 二人で雨の中かくれんぼしたときのこと」
「……かくれ、んぼ?」
ピクリと抵抗を止める。よかった、覚えていてくれた。
「酷い雨でさあ、もうどこがどこだかもわかんなくなって、それでも必死になって探したんだけどイツキちゃんいなくて、雨の中イツキちゃん消えちゃったってわんわん泣いたんだよね」
「……そう、だったわね」
返事をしてくれたイツキちゃんをぎゅっと強く抱きしめる。ここにいると確認するために。いなくならないように。
「今度は連れていかせないよ」
「…………」
「雨の向こうが、天国とか地獄とかに繋がってるならなおさらね」
「…………」
無言。ただ雨の音だけがその場を支配していた。
そして、イツキちゃんは一言、
「……バカね、ユウくん……」
と、昔のように笑いながら言った。
「……ばあぁっくしょいっ!」
「……不倫?」
「そう。雄司も覚えてるでしょ、いとこの幸博兄さん。私、あの人と付き合っていたのよ」
伊月の実家のアパートで、二人はココア片手にバスタオルにくるまりながら話していた。
ビジョビジョの濡れ鼠を見たとき最初叔母さんは驚いていたが、すぐに「あらあらあんたたち、とうとう」とおかしなことを言いながらバスタオルを渡し、伊月の部屋へ誘導した。ちなみに服を脱ごうとした伊月を覗き見したら目覚まし時計をぶつけられたのは今となっては笑い話である。
「好きだったわあの人のこと――。でも、私はあの人の理想とする女からはほど遠かった。だから私はあの人好みの女になろうと必死で努力した」
「中学入ってから急に変わったのはそのせいか」
「うん。遊びも趣味も今までの友達も――雄司も捨てて私はようやくあの人に見て貰える女になった。――けど、あの人は私を女としてしか見てくれなかった」
「…………」
「口では甘い言葉言ってくれたけど、最初から別れる気も結婚する気も、愛すらなかったのよ。でも、それでも好きだった……」
「…………」
雄司は何も答えない。伊月はそのまま続ける。
「そしたらこの前、そろそろ怪しまれたから別れてくれって。ずいぶんなセリフだと思わない? あれだけ尽くしたのに、せめて気の利いたセリフを言う価値すらないなんて。怒るより呆れちゃったわ」
「……ちょっと出かけてくる」
「いいわよ別に殴りに行かなくたって。もうあの人のことはいいの」
ペキペキ腕を鳴らす雄司を引き止める。雄司は納得していない様子で食って掛かる。
「だけど……!」
「本当よ。別れ話切り出された時にはもうあの人に対する愛は冷めてたわ。でもなかなか切れられなくて、あの人から切り出された時はちょうどいいと思ったくらいだもん」
自嘲気味に笑う伊月のその顔に嘘はなかった。でも納得できない。
「嘘だ、伊月――! じゃあなんであんなスクラップを――!」
「あの人のことで自殺しようなんて思わないし、自殺する気も最初から無かったわよ」
キッパリとそう言われ、言葉を失う。
しかし、伊月は「ただ」と付け加えた。
「そうすると、何もかも捨ててあの人に捧げたこの三年間が何だったのかな、って思ってね……つい集めてただけよ。本当にそれだけ」
「――つまり、自殺したくはあったわけだな」
「……うん」
それだけ言うと、まだ熱いココアを啜った。
「――ところで」
「ん? なんだよ伊月」
「伊月って呼ぶのね? さっきは『イツキちゃん』だったのに」
「な!?」
顔を真っ赤にしてしまう。あれ実は結構恥ずかしかったんだぞ。
「何顔真っ赤にしてるの? おっかしい子」
「く、くそ……呼ばれたかったのかよ」
そう言うと、伊月は自嘲気味に笑って、
「……かもね」
とだけ言った。
「伊月?」
「ごめん、そうじゃないの。ただ……」
ふと伊月は窓を見上げた。空はまだ曇っていたが、彼女が見ているのは雨に濡れた空ではない。
そのベールの中にある、取り戻せない過去(モノ)。
「あの頃に、楽しかったあの頃に戻れたら、ってね」
そう言うとまた笑った。その顔は酷く悲しかった。
悲しく、そして辛いその顔に雄司は、
「……いいじゃん、戻らなくたって」
笑って、そう答えた。
「え……?」
「もうお互い子供じゃないんだ。ユウくんイツキちゃんなんて呼ばなくていい。昔とは違う関係だって、楽しければそれでいいじゃない」
そう、二人は変わった。
もう子供じゃない。あの頃には戻れない。あの懐かしいごっこ遊びはもうできない。
だけど、いくら変わっても、年を取っても、一番重要で根本的なこと、雄司と伊月であるということは変わりない。
だったら、やっていける。上手くいく。
理由なんて何も無いけど、そんな気がした。
「そう、かな……」
「そうだよ。それに……」
「? それに?」
立ち上がり、カーテンを勢いよく開ける。雨はまだ降り続けているが、だいぶ小雨になってきた。この調子ならすぐに止むだろう。
「子供の頃には出来なかったことってのも、色々あるからさ」
「…………」
二秒。
沈黙の後、伊月から一言、
「……変態」
と言って、飲み干した空カップを雄司に投げつけてきた。
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