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新訳サジタリウス9
激昂したエミーナが、石に向かって叫ぶ。一機はそれをただ不安げに見ているしかできなかった。
(言っただろ、こちらが持つMNは旧式で数も少ない。とても実戦に出せる段階ではないのだよ)
「だからって、親衛隊なんかに戦わせてどうする! なんのための自警団だ!」
(別に戦わせた覚えなどない。あちらが勝手に出撃したんだ)
「は!?」
エミーナは絶句した。言葉を失ったのは一機もだったが、同時にジャクソンの思惑も理解する。
ライノスの戦闘能力が本当にあるかないかはともかく、領主としてはできれば使いたくない。そこに誇り高い親衛隊がいるとすれば、立場上もヘレナの性格からしても動かないわけがない。要請したわけじゃないから全滅しても責任ないし、うまいこと使おうってわけか。
「馬鹿言うな! ここは俺らの領だぞ! あんな連中に守らせてどうするんだよ!」
(とにかくこれは決定だ。どこにいるかは知らんが、お前もおとなしくしておけそれじゃ、おわるぞ)
「お、おいちょっと待て……ああっ!」
一方的に切られた通信に、憤慨したエミーナは《サジタリウス》を蹴り上げる。勢いあまってその場で転び、頭を強く打って悶えるというコントを繰り広げていたが、一機は笑ってられなかった。
ヘレナが戦う。MNに乗って、魔獣とかいう怪物と。
しかも隊員も揃っていなくて、少数で戦うしかないらしい。いくら親衛隊でも、そんな少数で魔獣の大群に勝てるか? 魔獣の力もわからないし、親衛隊の実力だって未知数だ。だけど、大丈夫の言葉が頭に出てくることはなかった。
負けるかもしれない。やられるかもしれない。死んでしまうかもしれない。
ヘレナが。グレタが。マリーだって、ヘレナたちがやられればどうなるかわかったものじゃない。他の親衛隊員も、みんな、みんなやられてしまうかもしれない。
しかし、今一機の頭を支配しているのは、そんな恐怖心ではなかった。
「……くそっ!」
ドン、と横にあった金属製の物体を叩いた。さして鈍い音もせず、それを揺らすこともない。一機の無力を証明するかのように。
そう、一機は苛立っていた。
襲いかかってきた魔獣にではなく、使命感で無茶な戦いをしようとするヘレナにでもなく、そのヘレナを利用してしまおうとするジャクソンにでもなく、何もできない自分自身に。
「これじゃ……あっちと変わんねぇじゃないか……!」
疎外感。いてもいなくても同じ。役立たず。そんな言葉が頭をよぎる。
あっちじゃ何もできなかった。だから逃げ出したかった。そして逃げてきた。しかし、その逃げた楽園でも結局この有様か。
「ど畜生!」
横にあった金属製の物体を、再び力強く叩いて八つ当たりをする。――と、そこで一機は、自分がさっきから殴りつけていたものが何なのか気づく。
「…………」
FMN。五十年前のグリード侵攻の際運用された機体。そして今も、整備は滞りなくされているものの何故か動かない。
「……なあ、エミーナ」
「だから、さっさと俺のMNを出せって! 領主様からの命令!? お前俺様と領主様どっちが怖いんだよ!」
「エミーナってば」
「あん!? なんだカズキ、こっちは忙しいんだけ」
「《サジタリウス》、動かせないかな」
「……は?」
思わずポロッと通信用の石を落したエミーナは、もう絵に描いたような唖然とした表情をしていた。やべえこいつ面白い。
「な、何言ってんだ? さっきも言ったろ、こいつは動かせないんだ。俺だって何度も試したが、全然……」
「だから、俺が乗る」
「はい?」
「俺が乗るって言ったんだ。《サジタリウス》は見た目通り砲撃戦専用機、口径も十五センチは下るまい。魔獣がどんなものか知らないけど、これだけの大口径なら十分撃破は可能だ」
「いや、あの……」
理解できていないのだろう、言葉を失っているエミーナを無視して、一機は乗り口がどこか探し始めたが、すぐ止められた。
「待てこら待て! こいつが……いや、もういい、《サジタリウス》がどんなものか知らないけど、動かせないんじゃしょうがないだろ!?」
「やってみなけりゃわからん、とにかく乗せろ」
「ちょっ、無視するなおい! 第一お前新米だろ!? 素人がMNに乗ること自体が絶対に……」
「……嫌なんだよもう」
「あ?」
ため息をついて、《サジタリウス》に額を押し付けると、一機は弱音ともたわ言とも取れる言葉を吐いた。
「もうまっぴらだ、役立たずも蚊帳の外も。別の世界に来てまで、そんな目に遭いたくない。何もしない、できないは……あっちの世界だけで十分だ」
目を見開いたエミーナ。つい口が滑ったか、まあいい。乗り口を探す。腰の部分にコクピットはあるはずだから、どっかにそこまで上がる手段が……
ぐい、とシャツの襟を引かれた。振り返った先には、目を逸らしたエミーナが指さしている。
「……あそこにあるだろ、ラッタル」
「え?」
言われてみると、確かに装甲表面にラッタルが付いている。なるほど、これで上り下りするのか。
「ついてこい。動かし方なんかわかんないだろ」
「え、いいのかよ?」
一人ずんずん登ってしまうのでなんとか追いすがると、「今さら何だ」と笑われた。
「あれだけ乗る乗る言っておいてビビったか? いいから、さっさと来やがれ」
陳腐な挑発と知りつつムカついた一機は、エミーナと一緒にコクピットに入った。マジックミラーなのか魔術的な何かなのか、コクピットの内壁から外が丸見えだった。
「うわっ、何もないな……シートベルトは?」
「ねえよ。専用の鎧があって、シートに付いてるジョイントと接続するんだけど……そこらの縄で体縛っとけ」
「んな無茶な! てちょっと待て、操縦どうすんだ?」
「何もしない。ただ考えたらそう動く。手とか足動かすのと一緒だって」
――要するに思考制御か。進んでるのか遅れてるのかわからんが、俺みたいな素人には好都合だな。
「あーわかったわかった。で、どうやって起動させるんだ」
「動けと思や動く」
「あら単純」
まあ思考制御なんかそんなものか。えーと、目でも瞑るべきか……
………………………………………………………………
……あれ?
「あの、手ごたえないんだけど、動いてる?」
「全然。だから動かないんだってば」
エミーナの失笑した声が、狭いコクピットに木霊した。一機は小さく震えて「……エミーナ」と呼び掛けた。
「悪いけど、ちょっと降りててくれないか?」
「え、な、なんだ怖いなお前。わ、わかったよ……」
見えない威圧に気押され、エミーナはコクピットから降りていった。
完全に降りたことを確認すると、一機は息を一つ吐いて、
「おらぁ!」
《サジタリウス》を思いっきり蹴った。
「動け、動け、動けぇ!」
初めは「叩けば動くだろう」みたいな単純な考えだったが、やっているうちにどんどんヤケを起こして蹴り上げていった。
「こんな、こんなとこまで来て、役立たずはゴメンなんだよ! 動けよ、《サジタリウス》なんだろお前は!?」
ガンガン何度も蹴りつけているうちに、もうほとんど泣きじゃくっていた。悔しくて、情けなくて、惨めで、馬鹿らしくて……
「また見てるだけとか、関係ないとか嫌なんだよ! もう、もうあっちの俺とは違うんだ! 的場一機じゃないんだ! 誰かの視線に震えてる、臆病者の俺じゃないんだ!」
ずっと、他人が怖かった。
屈服するのも服従するのも大嫌いなくせに、我を通す力もない。でも媚びを売る生き方もできず、全てから逃げるしかなかった。世の中全部を避けて通るしかなかった。――結果、ああなったのは自業自得を通り越して滑稽ですらある。
だから、あの世界からも逃げ出した。居場所のない世界から、楽園という居場所へ。
だけど、結局この世界にも居場所なんてなく、楽園とは大違いの場所だった。来た途端大勢の女に追い回されるわ、縄でがんじがらめに縛られるわ、前時代的な筋トレやらされてれて股間を潰されるわ、あげく子犬みたいな女に殺されかけてなんとか助かったものの見事な右ストレート、おまけに鉄球首にはめられ自分が犬になってしまった。これが地獄じゃなきゃエベレストも常夏だ。
けど、それでも……
「……それでも、いていいって言われたんだ」
いつの間にか足を止めていた。首からぶら下げられたネックレスがシャツからはみ出て揺れている。
小さな鍵のアクセと、王冠と剣のアクセ。その一つが、金色の髪を携えた美女の笑顔に重なる。
どんな意図があれ、自分に居場所を与えてくれた女。自分に役目をくれた女。あの笑顔を――みせてくれた女。
正直、一機も自分がどうして激昂しているかわからなかった。だがはっきりしているのは、さっきからヘレナの顔が頭から離れないということ。またコクピットを蹴り上げる。
「やっと……やっと手に入れた居場所を失うなんて、御免なんだよぉ! 動け、動け、動け《サジタリウス》うぅぅぅぅ!!」
足がジンジンするのにも構わず、大きく足を振ると、
「うおっ!?」
機体が大きくぐらついた。いや、違う。
「う、動いて、るのか?」
中腰くらいだった《サジタリウス》が、ゆっくりと立ち上がる。外の景色が少しずつ上場したのがはっきりとわかった。
「……はは、ははは」
最初理解できず、呆然としていた一機も、じわじわと笑いだし、
「ひゃは、ひゃはは、ひゃーはっはっはっはっは!」
大爆笑する。コクピット内部に木霊しうるさいくらいだ。
「やった! やった! やったあぁぁぁ! さまあ見やがれ! 麻紀にも見せてやりたいぜひゃっはー!!」
(うるせーぞ一機!)
「わっ!」
突然、自分以外いないコクピットにエミーナの怒声が響いた。辺りを見回すがどこにもいない。でも声はする。
「な、ど、どこだ?」
(ここだよ、席の正面に箱あるだろ? そっからだ)
「箱? あこれか。お前いくらちびっこいからってこんな中に入れるなんて大道芸人なれるぞ」
(なわけあるか! さっき使ってたろ、『ジスタ』って霊石……まあ要するに遠くの人と話すための石が入ってるんだよ)
『ジスタ』……ああ、さっき喋ってたのか。携帯みたいな機能を持つ石か。それを搭載することでMN同士で意思の疎通ができるってことか。
(しかし、まさか本当に動かせるとは……)
「んな話はあとだ。エミーナ、これどうやって外へ出すんだ」
乗る前から気になっていたのだが、この地下室にはMN用の扉も通路もない。これじゃ《サジタリウス》を起動させても外へ出せないじゃないか。
(安心しろ。左側にレバーあるのわかるか? それを回せ)
「レバーって……これか? えーと……」
言われたまま、《サジタリウス》の行動を考える。おお動いた。そのまま左手を上げ、外壁の真横にあるレバーを回した。
ギギギギギ……という音と共に、てっぺんが開いていく。あそこから上がるのか? しかしこの体躯でよじ登るのは無理だ。どうするって……うおっ?
「うわぁ!」
急に地面の底が抜け、《サジタリウス》ごと落下した。固定されていなかった体は内部で浮遊し、したたか叩きつけられる。
「つう……なにすん……え?」
気がつくと、周りが土ではなく鉄のような金属に包まれていた。上には大穴があり、そこから落ちてきたのがわかった。
周囲はちょうど《サジタリウス》がはまるかはまらないか微妙な隙間があり、下には何か蓋のようなものが。
「…………」
なんだろう、どうしてだかわからないけど、こう、もんのすっごく嫌な汗が全身からダラダラと……。
「……エミーナ?」
(なんだ一機、時間がないんだ。さっさとロープで体縛れ!)
「ロープで体縛るって、何する気? この、つつみたいなのにはめてどうするの?」
(カタパルトだよカタパルト、緊急時に出撃できるよう、備え付けの)
「カ、カタパルト?」
「そ。カタパルトに入れて、火薬でドーンって発射するんだ』
「ちょい待ち! それはカタパルトじゃなくて人間大砲だぁ!!」
『ああもううるせえ! 発射するからなんかで体固定しろ! いくぞ!!』
「ままま、まったああああああああ!!」
こいつマジだ、と怯えた一機はあわててロープで体を操縦席に縛りつけようとするが、いかんせんパニック起こしている身で上手くいくわけない。必然的に間に合わず、
ドオオオオォン!!!
「わああああああああああああああああ!!」
強烈なGを全身に浴びた。
それより数刻前。
「くっ……はあああああぁ!」
掛け声と共に、ヘレナは《ヴァルキリー》のロングソードで《ビクフ》――白いゴリラのような姿をした大型魔獣――を切り裂いた。
左半身を切り落とされた《ビクフ》は、断末魔を上げると血しぶきとともに地面に倒れる。
しかし、鮮血のカーテンが下りた先には、紅蓮の相貌で犬歯をむき出しにした《ビクフ》が大群で迫ってくる。
「ちい……装甲兵!」
左腕にひし形の小型盾を装備した《ヴァルキリー》がマントを翻して下がると同時に、全長の二倍近く巨大な盾を持った《エンジェル》三体が前に出て《ビクフ》の突撃を止める。
「いくぞ、うおおおっ!」
ヘレナは、他の剣を装備した《エンジェル》と一緒に突きの構えで盾へ突撃した。正確には、盾の裏側にある弁の部分へ。
ザシュ! という音がして、盾の反対側にいた《ビクフ》を串刺しにする。密集戦や集団で襲いかかる敵に対し、こういった戦法を取るためこの手の盾には弁がいくつもあり、装甲兵と呼ばれる盾持ちの兵との連携も訓練されている。これで数匹仕留めた。
「開け!」
合図と同時に、装甲兵が互いに離れて隙間を作る。その間駆け込むように《ビクフ》が押し寄せる。かかった。
「ヘレナ・マリュース、参る!」
《ヴァルキリー》のロングソートで、向かってきた《ビクフ》を腹から縦一閃した。が、真横にもう一匹迫っていた。
「ぬおっ!」
左腕の盾で振り下ろされた腕を受け止める。衝撃が操縦席にまで響き、固定されている体を激しく揺さぶった。
「ぐううぅ……まだまだぁ!」
剛腕を防ぎながら、右手に構えなおしたロングソードを胸に突き立てる。潰れたカエルのような声を上げると、その場に崩れ落ちる。
(後ろががら空きですよ、ヘレナ様!)
『ジスタ』を介した声とともに、後方にいたグレタの《エンジェル》がこちらの背後を取った《ビクフ》に槍を刺す。さすが、後ろは預けられるな。他の隊員たちも奮戦している。
だが、それでも《ビクフ》は減ることはなく、後方にはまだ二十匹以上が迫って来ている。
「おのれ……弓兵!」
(了解!)
命令するまでもなく、MN専用の弓を携えた兵達が矢を放つ。何本かは命中するが、、大柄な《ビクフ》の体躯には急所に当たらなければそうそう効くものではない。第一、弓兵が二名しかいないのでは焼け石に水だった。
「くそ……他の者はまだ戻らんのか!」
(そ、それが、街は大混乱で、みんな戻るどころか人ごみから出るのもままならないらしくて……)
ヘレナは忌々しげに唇を噛んだ。全ては自分の招いた種、油断しすぎた。ここ数日の苛立ちが最悪の形で芽吹いたようだ。
(ヘレナ様、いない者を気にしても仕方ありません。今はこの戦場を制することだけを)
「ああ、わかってる」
グレタの一言が頭を冷やしてくれる。されど、体の熱さ、疲労は消せるわけもない。戦闘を開始して数刻、疲れはそれほどでもないが、それもいつまで持つか。MNの操縦には精神力と体力が必要とする。霊力と呼ばれる力が、MNに搭載されたアマダスに反応し、MNを動作させる。
つまりMNで戦うということは、生身で戦うこととほとんど変わりはない。自然疲労は刻一刻と溜まる。特に、このような乱戦では。
このままでは勝ち目がない、のは誰の目にも明らかだ。いっそ、後退してカールまで戻るか? 目の前まで迫られたら、さすがにジャクソン殿も兵を出さずにはいられない……などという考えが頭をよぎり、すぐに馬鹿な事をと切り捨てた。
冗談じゃない、そんな恥知らずな真似ができるか。そんな手を使うくらいなら、全滅した方がまだマシだ。市民を守るための親衛隊にして騎士団、市民を盾にするような下衆なことをするわけにはいかない。
だとしても、今のままでいいわけでなし。どうすべきか……とヘレナが思案していると、
ドオオオオォン!!! と、ものすごい音がした。
「な、なんだ!?」
MNの中でも、周囲の音は聞こえる。詳しい原理はヘレナも不案内だが、どうも装甲の隙間に外の音が聞こえるよう何らかの部品が組まれているらしい。それ故、耳をつんざく爆音が操縦席内部で暴れまわった。
「ぐお……な、なにが起こったんだ!」
(わ、わかりません、首都の方からのようですが……)
(隊長、何か首都で爆発のような音が!)
爆発? 火事でもあったか? 昔から火の気が多い地方と聞いたが……振り返ると、黒煙が立ち上り、空には火の玉が……火の玉?
「っ!」
よく見ると、それは火の玉ではなかった。赤く燃えた、大きな物体。高く舞い上がり、下降し……こっちに落ちてくる。
「う、うおわあああああぁ!?」
他の隊員も《ビクフ》たちもそれに気づき、散り散りになって逃げ出す。その合間に、火の玉は激しい音と衝撃を伴って落下した。何回か弾んで、地面を大きく削り停止する。
「なんだあれは……」
呟かれた言葉に、誰も答えられるものはいない。――否、どこからか声がする。
(……キ、カズキ! どうした、まさかショックでくたばったんじゃないだろうな!)
『ジスタ』から聞こえる甲高い声は、うちの隊員では聞き覚えのないものだった。しかし、この声は……
すると、今しがた落ちてきた物体がむくりと起き上った。赤く燃えたその物体は、どうやらMNだったらしい。MNが飛んできた? ヘレナもさすがに困惑する。だが、そのMNの姿を見てさらに混乱した。
全長は《ヴァルキリー》より巨大に見える。けれどもその黒塗りのゴツゴツした鎧と五角形の兜はこれまで拝見したどのMNとも違っていた。
中でも異形なのはその右腕、というより右腕であった部分。MNに匹敵する全長を持った筒。あれは……大砲か? しかしあんな大砲、ライノスどころか王都にも――
FMN。ふと頭に浮かんだ単語に恐怖する。
封印された伝説のFMN。あり得なくはない。《アレ》の姿形など誰も知らないのだ。ライノスが自力であそこまでのMNを作れたとは思いがたい。ならば、あれが――?
馬鹿な。《アレ》は誰にも動かせないはずだ。否定の言葉も、目の前にある異形を説明するには不適切であり、確信に近い疑念はどんどんふくらんでいった。そしてもう一つ、ヘレナにはわからないことがあった。
あれがMNなら、誰が乗っているのか。ライノス側が支援するわけもなし、隊員であるはずもない。ならば、どこの誰が――待て、今さっき通信で……
(おい、聞こえるか!? そっちどうなのか見えねえんだよ、さっさと返事しろ!)
またこの声だ。もう一度聞いて、今度は思い出せた。自警団長にして領主ジャクソンの娘エミーナだ。何故こいつの声が、と考えて、『ジスタ』に割り込んできたのだとわかった。エミーナはこちらではなく、《アレ》の搭乗者と会話しているのだ。ということは、彼女は搭乗者を知っている。
(おい、しっかりしろ、カズキ!)
(……うるさいよ、エミーナ)
ドクン、と心臓が爆ぜたのは、一機という名の時点であった。憎らしげに紡がれた台詞が、それに拍車をかける。
《アレ》に、最強と呼ばれたFMNに、一機が乗っている――?
縄はなんとか巻けたものの、ほとんど気休めにもならなかった。
いや、実際巻いていなかったらコクピットの中でシェイクされ最悪死んでいたろうが、人間大砲にされた身としては大差なかった。
飛ばされた《サジタリウス》は空高く舞い上がり、火力によってもたらされた運動エネルギーを消費すると、今度は位置エネルギーを消費して地面に落ちていった。重力が異世界にもあることを嘆きながら叩きつけられ、何度かバウンドしてやっと停止、気絶しなかったのは奇跡に近い。全身痛いけど。
それで起き上がれたのはまた奇跡だ。《サジタリウス》の体型では一旦前のめりに倒れたりしたら二度と自力で立つのは不可能だろう。たまたま体勢がよかった。まったく誰だこんな奇跡が続かないと使えない緊急出撃システム作ったの。もう死んでるだろうが殴り飛ばしてやりたい。
(おい、しっかりしろ、カズキ!)
「……うるさいよ、エミーナ」
『ジスタ』とやらが入った箱からの声に応じる。さっきから聞こえていたものの、うるさいし憎らしいので無視していた。こんな死ぬかと思う目に遭わせた張本人だし。
(なんだ、起きてるなら返事しろよ! 死んだのかと思ったじゃねえか)
「……死んだらまっさきに貴様を祟ってやる」
(乗せてやったんだからむしろ感謝しろ! で、《サジタリウス》はどうなんだよカズキ)
「ええと……なんとか動かせそうだな。あれだけ叩きつけられたってのに平気とは、メガラの科学力恐るべし……」
(一機!? 一機なのかそれに乗っているのは!?)
「ぬおっ!」
突然別の声がした。これは、ヘレナか? どうしてヘレナの声がするんだ?
(お前今までどこに、ああそれは後でいい、そのMNは、どうしてお前が……ああもう!)
どうも聞きたいことが多すぎてどれを聞けばいいかわからないらしい。可愛いと思いつつ、それどころじゃないと頭を振った。
「ええと、こいつは《サジタリウス》で……えと、助太刀に来ました」
(はあ!?)
いかん、さらに混乱させてしまった。声色が低くなる。
(《サジタリウス》など聞いたこともないぞ! それに助太刀だと!? 馬鹿を言うな、素人がMNを操れるものか!)
(カズキは動かせたぞ。なんでかは知らんが)
(部外者は黙っていなさい! ヴェック、貴方こんな勝手が許されると思って……!)
今度はグレタ副長が割り込んできた。どうもこの言霊石ってのは近くで使うと音声を無差別に入れちゃうらしい。コクピットの中は女の黄色い悲鳴でコンサート会場の如しだ。
こんなことをしている暇はない。起きあがらせた《サジタリウス》で周囲を確認する。あの白いゴリラみたいなのが魔獣とやらか。赤い瞳をギラギラさせてこちらを睨んでいる。ザッと見ただけで二十は下らないな、と一機は鉄伝と同じペースであらゆる情報を収集していた。
その間にも女たちの口げんかは続く。《サジタリウス》を慣らし運転しているといい加減嫌になってきた。ん、前にこんなことあったような……
「あのー、うるさいんだけど」
(((誰のせいだ(ですか!!)))
怒られた。はい俺のせいですごめんなさい。謝罪すると同時に、やはりなかったと改めた。
もう一度周囲を索敵する。親衛隊の《エンジェル》に《ヴァルキリー》合わせて十機、それに比べて巨大な白ゴリラが三十匹近く。よく無事だったものだ。三倍以上の戦力差、別に珍しくない。鉄伝ではいつもこう、時にはもっといたこともある。
だがここはパソコンの画面上ではない。映る景色も3Dではないし、迫る敵も01の塊ではなくアミノ酸と水。
そして何より、視界の先にはあいつらがいる。自分をここまで動かしたあいつらが。
「……砲身、セット」
《サジタリウス》の右腕、砲身を持ち上げる。フォアグリップを掴み、ゆっくりと正面へ向けた。
「照準固定……!」
化け物の一群、こちらへ向かってくる数体に対して構えた。鉄伝の画面のようにスコープもサイトも表示されないが……見える。わかる。撃つべき場所が、放つタイミングが。
ぐっと、存在しないトリガーを握る感触がした。同時に手のひらが汗でぬれていることに気づく。
問題ない。いつも通りやれば大丈夫だ。そう言い聞かせ、『的場一機』から『ヴァン・デル・ヴェッケン』へと変貌していく。
「四十六センチ砲(フォーティシックス)じゃないのが残念だが……喰らえ、《サジタリウス》の十五.五センチ砲(フィフティーンファイブ)を!」
実際の口径なんぞ知る由もないが、それくらいだと勝手に納得し、トリガーを引いた。
瞬間、激しい爆音とともに衝撃がコクピットに響き渡る。
「ぐっ……!」
縄で縛られただけの体がビシビシと揺れ、掻き回された視界がブラックアウトしそうなるが、歯を食いしばって耐えぬき、一直線に進む砲弾を追った。
《サジタリウス》ほどの大口径砲で撃たれる砲弾からすれば、魔獣のいた地点など至近距離に近く、秒かからずに命中した。
回転された砲弾は、命中した《ビクフ》の筋肉質な肢体を容易に貫き、生じた衝撃波だけで四散させた。
血で汚れた鋼鉄の砲弾は勢いを減退させることなく地面に突き刺さり、地面を抉って爆発した。
周囲にいた数体の《ビクフ》逃げるどころか何が起こったか知覚することも叶わず、爆風によりミンチ化し、焦げたハンバーグとなった。
肉が焼ける匂いが漂う戦場で、薬きょうが地面に落ちて次弾装填された大砲の音以外、何もかもが一瞬静寂に包まれた。
《ヴァルキリー》のコクピットの中、マジックミラーでその全てを捉えていたヘレナも例外ではなかった。
「な、なんだ、あれは……」
そう呟いたヘレナの喉は、カラカラに乾いていた。
ヘレナでも、大砲は知っていた。何度かその砲撃を見たことがある。ただMNが主体の現代戦で大砲はあまり意味がないのと、シルヴィア特有の頭の固さによって敬遠されているので親衛隊にも置かれていない。ヘレナも存在を知る程度だった。
だが、今のあれは完全に別物だった。大きさも、その威力も。あれだけの《ビクフ》を一発で倒すなんて。とても信じられない。
などと言ったところで、実際に黒煙は上がっている。そして、あわてふためいた様子の別の《ビクフ》たちに、《サジタリウス》と名付けられたMNは砲身を向けた。
轟音。《サジタリウス》の肩口から煙が上がり、火の玉が直進する。固まっていた《ビクフ》の群れは赤く染まった夜空に飛んだ。
「これが……伝説の、最強の力なのか」
それ以上何も言えなかった。もはや、ヘレナの理解の範疇を超越した光景だった。黒く塗られた《サジタリウス》の鎧が、揺らめく炎に照らされたその姿はまさに『怪物』だった。
――だが、ここでヘレナは思わず失念した。
いかに《サジタリウス》が強大であっても、乗っているのが素人の一機であることを。
「……馬鹿、一機後ろだ!」
「ん、ぐえっ!?」
砲撃に夢中になっていたら、ヘレナの叫びとともに突然衝撃が走った。発射のものとは別の。
「んな、これ……!」
振り返ると、今までハンバーグにしていた魔獣の数匹が《サジタリウス》に張り付いていた。砲撃の合間に接近された? 自分の粗忽さを呪う。
「警報とか鳴っても……鳴るわけないか。ぐわっと!」
拳を叩きつけられる。幸いというか重装甲の《サジタリウス》には屁でもないようだが、揺らされるこっちはたまったものではない。気分悪くなってきた。
「ええい! ミサイル……ないか。ガトリング……あるわけない。ええい、いつまで鉄伝やってるつもりなんだ!」
頭を振る。そう、もうこれはゲームじゃないのだ。《サジタリウス》とてこれ以上食らえばどうなるかわからん。破壊されれば待つのはたった一つ。
「エミーナ! 接近戦用の武器ないのか!」
(か、カズキ? 今鉄伝って……)
「うるせえ! なんかないのかって!」
(あ、えと、腰に剣がぶら下がってたろ)
「これか!? ってええい、まとわりつくなぁ!」
掴みかかってくる魔獣を左の裏拳で殴り飛ばす。立ち回りは困難だが重量は確かなので弾かれていく。その間に剣を取った。
形としては、ローマ重装歩兵が使用した有名すぎる片手剣グラディウスに酷似していた。斬るにも突くにも適したこの剣は身軽に動けない《サジタリウス》にとって適切であったものの、敵がゼロ距離なこの状況では使いようがなかった。
「……なら!」
突発的に一機は《サジタリウス》の主砲を天高く上げると、真上に向かって砲撃した。
爆音と爆風が周囲を包み、魔獣が上手い具合にひるんだ。そのすきに一機は機体を前進(驚いたことに、《サジタリウス》はキャタピラ駆動である)させた。
ある程度離れると《サジタリウス》をかがませ、砲身を地面に突き立てる。
それと同時に、真上に飛んだ砲弾が運動エネルギーを失い、地面に落下。その爆発は、煙に巻かれていた魔獣たちを爆散させる。
「ぐおっ……次ぃ!」
爆発の衝撃波に屈せず、近くにいた魔獣に撃つ。砲弾そのものは右肩に命中したが、威力が強すぎて爆発せず貫いていずこへ飛び立ってしまった。
「っ! やば……!」
肩から血をふき出した魔獣は、それでもこちらに突進してくる。次弾装填が間に合わない。やられる。と、その時、
(じっとするな一機!)
掛け声とともに、魔獣が縦一文字に両断された。
「う、え……?」
理解できない一機の眼前に、銀色の機体がマントを携えて現れる。血にまみれ赤く汚れているが、その輝きと神々しさはまるで衰えていない。
「《ヴァルキリー》……ヘレナか!?」
(調子に乗りすぎだ馬鹿! 素人のくせに一人で全滅させる気だったのか!?)
「だ、だって、数の差多いし、ピンチだと思って……」
(これくらい敵がいるうちに入りません!)
別の声が割り込んできた。グレタだとわかったのは、槍を構えた《エンジェル》が魔獣を串刺しにしたのと同時だった。
それを期に他のMNも戦闘を再開する。巨大な鎧を纏ったロボットが散り散りになった魔獣を剣、槍、弓など各々の武器で各個撃破する様は爽快でもあった。
「……すげえ」
知らずのうちに呟いていた。それぞれがバラバラなようで統率が取れている。鉄伝で互いにいがみ合って戦っていた連中に見せてやりたい。
これが、シルヴィア王国親衛隊。たった十機なのに魔獣の大群を翻弄している。エミーナがここにいたら、さぞかし唖然とした顔をしてくれるに違いない。と、ここでまた通信に割り込む声が。
(隊長お待たせしました! 隊員たちが帰って……え? な、なんですかそのMN?)
相手はマリーのようだ。祭に行っていた隊員がMNに乗って向かって来ている。こっちを視界に捉えているのか、謎のMNのこと聞いてきた。
「お前が話してた、ここに眠る伝説のFMNだよ、マリー」
(え? 一機? どうしてここに……ってまさか、一機が乗ってるの!?)
「あー、そういうのもう一回やっちゃったからやんないよ」
(は!?)
戸惑っているマリーを無視して戦場を確認する。まだ親衛隊全員が帰ってきたわけではなさそうだが、少なくとも数の優位性は潰えた。勝ちは決まった、とシートにもたれかかって初めて、自分が壮大なまでに汗をかいていることに気づく。
「鉄伝の時とはえらい違い……なんて、当り前か」
起き上がり、仕上げだとばかりに一機は砲身を向けた。
フォアグリップを握り、存在しないサイトを中心にターゲットを視野にいれ、トリガーに指をかけ――ようとして、息を大きく吐いて脱力すると砲身をゆっくり降ろした。
必要ない。もう決着はついている。《サジタリウス》によって一応の危機は免れたのかもしれないが、それも本当に必要だったか疑わしくなってきた。
これが本物、か。お遊びの経験値でなんとかなると思っていた俺はやはりただのガキだった、いやガキなようだ。失望とともに、妙な安堵感もあった。
なんだろう、この気分は? こんな気持ちは生まれて初めて――違うな、どこかであった。どこだったか……
(ちょっと一機、ちゃんと説明してよ宿舎から抜けだした間何が起こったのか)
「わあってるって……しかし、ずいぶん早く帰ってこれたもんだな。あの喧噪からしてもっと遅くなると思ったが」
疲れを感じシートに体を預けた一機は、ふと疑問に思ったことを何気なく口にした。すると、マリーの声がやけに低くなった。
(……それがさ、最初人ごみに巻かれてオタオタしてたんだけど、避難を誘導してくれた人がいるんだって)
「避難誘導? 誰がんなことやったのさ」
(自警団の人たち。怯えたみんなを避難させて、こっちまで連れて来てくれたんだって)
「……なんでまた、ってああ、そういうことか」
非協力とはねのけた自警団がどうして、という疑問は、形になる前に消滅した。
おそらく、というか間違いなくエミーナの差し金だろう。さすがに自警団を出撃させるのは無理だったからそれ以外でできることをしたわけだ。
(なんか、犬か狼みたいなケダモノが屋根づたいに走っていったらしいって)
……否、どうやら本人が駆け付けたらしい。あの身体能力ならできなくもないか。まったく恐ろしい女だ。
「よりによってケダモノとは、あいつ聞いたら怒るだろうな……ん、終わったか」
辺りを見回すと、戦っているMNはもういなくなっていた。終わったか、と息を吐くと同時に、安堵感の正体に気づいた。
鉄伝では、あっちの世界ではいつも一人だった。周りに見えるもの全て敵で、いつ襲ってくるか、襲われたらどう対処するか神経を研ぎ澄まさなければならなかった。
しかし、今は一人じゃない。
味方がいる。自分を傷つけない人がいる。自分を助けてくれる人がいる。それだけが、ここまで穏やかな気持ちにさせるなんて。
「ま、悪くはないかな。飛んできた甲斐はあったみたいだし」
(そうか。では飛んできた理由を聞きたいのだが)
……否、穏やかな気分になるどころではなかったようだ。完全に失念していた。
(とりあえず戻るぞ。そして、何があったのか最初から最後まできっちり説明してもらおうか)
「……説明なさったら、その後はどうなるんで」
(言わなければわからんか?)
「いえ、すいません」
声だけでも鬼の形相をしていることが容易にわかる。通信機からドス黒いオーラが昇っているのは厳格だろうか。
そりゃ勝手にMN乗って大暴れしたら怒るよな。結果は元より、そうしなきゃならん身だし。
何にせよ、これでまた首枷再開か……《サジタリウス》で重い足取りをなんとか歩きつつ、現実逃避に別のことを考えることにした。
――犬か狼、ねえ。
ずっと、頭にひっかかっていたことがある。恐らく最初から、エミーナに会ったときから感じていたもの。今日話してみてそれは深くなった、いや明瞭になった。全てのピースは揃っていて、組み込むだけではっきりする、そんな感覚。
でも、バラバラのピースだけでもおおまかな形は見えていて、結果が何かだいたい見当が付いてしまっている。
しかし、あり得ない。
エミーナが、あいつが、そんな……
(どうした、ボケっとして突っ立ってるんじゃない)
「……なあ、ヘレナ」
(うん? どうしたいきなり)
そう言うと一機は、随行する《ヴァルキリー》に向けて《サジタリウス》の中指を立てて突き出した。
(……? 何をしている?)
「いや、なんでもない」
そう言って終わらせた一機の額には、先ほどまでとは違う嫌な汗が浮かんでいた。
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