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新訳サジタリウス10
「…………」
「……ヘレナ様?」
「……なんだ?」
「………………」
「あの、少しやり過ぎではないでしょうか?」
「……そうか?」
「………………………」
「さすがに、首枷手枷足枷はどうかと。完全に身動き取れないようですし」
「そうか。一機、どうなんだ?」
無言。正確にはうーあー言っているが、首が締まって呼吸すらままならないので今の一機に人間語を話すのは不可能だった。宿舎の一室で鎧姿のまま寝ころぶのはなんとも無様だ。
あの戦闘から一夜明け、というか《サジタリウス》から引きずりおろされた瞬間から懲罰は始まっていた。首のみならず四肢も鉄球付き鎖で縛られ、しかもその一つ一つは前よりでかくなっている。もう特訓とかそんなレベルではなく明らかにリンチだ。
しかしながら、文句をつける筋合いがないのは一機自身承知していた。勝手に抜け出してMNに乗り込むという前代未聞の真似をした馬鹿にはこれくらい軽いものだろう。絶対死ぬけど。それより一機が恐れるものがあった。
――ヘレナさん、そんな鬼のような形相しないで。
懇願する一機の目には、本物の鬼が映っていた。
いや、鬼ではない。確かにヘレナではあるが、目が完全に三角。乱闘の時見たのが子供だましに思えるほど怖かった。MNの操縦には体力を使うと聞いた通りヘトヘトになっていた自分にはまさに死神の姿だった。
だが、《サジタリウス》に乗ったこと自体は反省しても後悔はしていなかった。やる必要はなかったんじゃないかとは思うが、少なくともヘレナたちの危機を減らすことができた。それしなければよかったとは微塵も思わない。だから罰を甘んじて受けることにしたが……正直、辛い。きつい。死ぬ、絶対に。
でも、今生きていられるのはひとえにエミーナの存在あってだろう。あいつが口添えしてくれなければ処刑は必至だ。口添えと言っても「あいつはお前ら助けようとあれ動かしたんだぞ! 泣きながらな!」とか叫んだだけだが。そっちの方が死にそうですハイ。
てなわけであれから半日、さすがのグレタもこれには引いたらしい。やっと外してくれた。自由にはなったが昨日の疲れが残って全身筋肉痛で痛い。
「うぐぐぐぐぐぐ……」
「喚くな。今はもう寝てろ」
「そうさせて貰います。いたたたた……」
赤子が初めてあるいたようなヨチヨチ歩きでその場を去る。睨みつけてくるヘレナの視線が痛かった。
扱いひでえ、と思いつつも、まあ仕方がないかと諦めた。腰をさすりながら。
「……はあ」
一機が部屋を出たと同時に、知らずヘレナはため息をついていた。
自分でもはじめ気づかないくらい小さなものだったが、グレタには聞かれていたらしい。
「……ヘレナ様」
「……なんだ」
「何を、そんないらついているのですか?」
「……いらついているように見えるか」
「ええ」
口先では敬意を払っているが、その実非難している。何をしているんだ、と一機に対する行為を咎めている。一番きつく当たっていたのは自分だろう、と言いたいところだが、心の内を読まれているのでそうも言えない。
わかっている。苛立っているのも、叱りたいのも、自分自身だということを。
「……恥ずかしいんだよ、私は」
「恥ずかしい? 何がです?」
「無論、自分がだ。一機のことを見誤り、命まで救われたこの身がな」
そう言うと、グレタも苦渋を顔に出した。悔しさゆ腹立ちを抱えているのは誰もが一緒のはずだ。数日前に親衛隊入りした男に助けられるなんて。
もっとも、カールに封印されていたFMN《アレ》――《サジタリウス》だったか――を、何の訓練も積んでいない素人が起動させるなんて誰も予想できない。素人でも動かせはするが、戦闘などまず無理だ。
が、問題はそこではない。どんな経緯であれ、どんなMNであれ、『命を救われた』こと。《サジタリウス》の介入がなければ、自分達はやられていただろう。
そのことに対する、羞恥。
自分に対する憤りが、それを与えた一機に向けられる。なんと恥さらしなことか。
結局、無力感。無力な自分を呪いたい気持ちが苛立たせている。あいつもとんだとばっちりだろう。
しかし、一番の理由がそれでもないことに、腹立たしいがヘレナ自身気付いていた。
「……少し素振りしてくる。後は任せた」
「ヘレナ様、それよりも出立の予定を立てるべきでは?」
「――ああ、そうだったな」
ずっかり失念していた。ここにきてもう四日近く、目立った成果もない――と言いたいが、そうでもない――ので、王都に戻る予定を立てるつもりだったのだ。
「ですがヘレナ様、本当によろしいのですか? 《アレ》を動かそうとしていたらしいのに、放っておくというのは」
「だからだ。確かに怪しくはあるが、自衛のためと言われればそれまで。封印したFMNを動かせるようにしてはいけないなど誰も言ってないのだからな。――まあ、動かないこと前提では当然だが。確固たる証拠もないのでは動けるか。我々にできるのは、早々と戻って報告するくらいだ」
正直言って、ヘレナ自身猜疑の念はある。だが、あいにくヘレナもグレタもこういった駆け引きは大の苦手だ。あのひょうひょうとした男には束になっても敵うまい。
「で、どうするんですか? 《アレ》の処分は」
「……再封印だ。決まっているんだろう」
少し逡巡して言ったのに、自分でも気づいた。魅入られていることは百も承知だ。
今、《サジタリウス》は親衛隊の方で解析されている。「なんだこりゃ」とマリー含む整備員たちが言葉を失ったFMNは、一機曰くこの世界ではあり得ない技術の塊、だそうだ。危険極まりない。
だが、それでもあの力に、《サジタリウス》に焦がれている。あの圧倒的な力さえあれば、親衛隊は無敵となり、失墜した地位も取り戻せる。先代隊長の汚名も、晴らすことができる。
――冗談ではない。
誰がそんなこと、先代隊長だって許しはしまい。あんな化け物を、しかも素人を乗せて戦うことなど。それこそシルヴィア親衛隊の権威を地に墜とすだろう。
素人、か。
果たして、一機をそう呼んでいいのだろうか。実際に数日前入ったばかりの新米だが、訓練が必要なはずのMNを動かし、操縦してみせた。大砲など習ったこともないヘレナにはわからないが、ああも命中させるのは見事だと思う。あいつは鉄伝がどうとかわけのわからんことを抜かしていたが。
「――馬鹿な。近づかれたら終わりだったろうが。いい加減未練がましいな、私は」
「ヘレナ様?」
「あっと、なんだグレタ?」
「いえ、なにかブツブツ呟いていたので」
「……なんでもない。気にするな」
頬が赤くなったような気がするが、無視する。とにかく、もう一度ジャクソン殿と会ってあれを埋めるよう求めねば……すると、目の前から隊員が駆け込んできた。
「どうした、ライラ。そんなに慌てて」
「そ、それが……」
そこで聞かされた内容に、ヘレナもグレタも唖然とする。
「……なんでまたこんなとこに来てるかなあ」
「知るか」
そう返したヘレナの声は一段と固い。綺麗な顔がこうもふてくされていると台無しだ。いや、それでも十分すぎるくらいだけど……と思考が明後日の方向に向かったのを一機は押しとどめた。
またここに来てしまった、と辺りの金ぴか豪華絢爛大ホールを見渡す。魔獣の死体を片づけるなど残務処理をした翌日、一樹達はまたもゴルド・ライノス城に呼ばれた。しかも今度はパーティ。既に他にも人が席についている。
昨夜の件で謝罪とお礼を兼ねたパーティをと願い出たのはジャクソンだった。ほとんど見殺し同然のことしたくせに何言ってんだ、とは誰も言えず応じることになった。そこに《サジタリウス》のパイロットたる一機、ヴェックも招かれた次第だが、一機にとってこれは好都合でもあった。
一機がジャクソンに会いたい理由。
それは、エミーナに関することだった。
エミーナと出会って数日と経っていないが、それまでのエミーナの言動から一機はある疑いを抱いていた。
初めは些細な疑念だった。それが話していくうちにどんどん大きくなって……もはや、確信に近くなっている。危険な仮説が。
だというのに、一機はヘレナにそれを話していなかった。話すべき内容であり、ジャクソンにも関わるものであるにも関わらず、確証がないので話せなかったのだ。
……いや、つまらない言い訳はやめよう。認めたくないが、一機は自分の気持ちを理解していた。
一機は、エミーナに対し親愛のようなものを持っている。
『ようなもの』なのは、一機に友達がいなかったからわからないからだが、とにかくあいつを売るような真似をしたくないという思いがあるのは事実だった。
どうかしてる、と一機は失笑した。この俺が、『ばら撒きヴェック』が、愛も優しさもほぼ無縁だった自分が友情だと? あり得ない。やっぱりこっちに来てから狂ったようだ。首にかけたアクセが、こちらを笑うように鈍く輝いたのは幻覚だろうか?
狂ったのであれなんであれ、一旦生まれた疑惑を忘れるのは無理だった。ならば、確信を得ることにしようと思い、借りた礼服のポッケにあるものを入れていた。
正直、今でも迷っている。
やらない方がいい、知らない方がいい、頭のどこかで誰かが語る。
でも、もう引き返せない。もしかしたら、自分の心に留めておけばいい問題じゃないのかもしれないから――
「一機、何をボーッとしてる」
「え、あ……」
声をかけられたので振り向くと、軍服に着替えたヘレナの姿があった。
「…………」
「なんだその顔は。軍服よりもドレスがよかったなど不埒なことを考えているのであるまいな」
「な、なぬ!? いえ、決してそんな変態チックなことは!」
「胸と尻ばかり視線を向けていてよく言えるな。私は親衛隊に入った時点で女など捨てている。ドレスなど着るかっ」
嘘つくな、と口の中で一機は呟いた。軍服の下から、むしろ体のラインを出しているのでなおさら強調される巨乳と尻を持っていながら女捨てたとは言わせん。てか嫉妬されんのかこのスタイル。
隣にグレタもいたが、一機が上から下を視線を降ろして「へっ」と笑うとぶん殴ってきた。しょうがないだろ、月とスッポンなんだから。
パーティとやらは立食式だった。親衛隊の宿舎ではお目にかかれない食べ物がたくさんある。どれも一機が知っているようで知らないものばかり……いや、違う。
「あれ、これチーズじゃんか」
宿舎にて、魚の腐った匂いのするソース(多分、しょっつるみたいな醤の類)を塗ってチーズはないと言われ軽いショックを受けていた一機、なんだあるじゃないかと二人に見せると、露骨に嫌そうな顔をされた。
「な、なんだそれだったのか『ちーず』とやらは!?」
「あーうん、俺の世界では乳製品を固めて発酵させたのチーズての。知ってたの?」
「そ、そんな臭いものどかしなさい! ああ酷い臭い!」
露骨に嫌がられた。どうも乳製品の匂いはお気に召さないようだ。ま、これブルーチーズだしな。
そんなことはどうでもいいか。パーティは元々企画されていたもので、丁度タイミングぴったりなので俺たちを呼んだらしい。どこかのでかい商人らしき方々がそこひかしこにいる。普通なら完全に場違いだろうが、昨日の英雄譚が彼らを表面上は好意的にした。
しかし、そんなの面の顔一枚に過ぎないのはさすがの一機でもわかった。明らかに嘲笑と侮蔑が見て取れる。数日前の酒場を思い出す。
ヘレナもグレタも、こんな中を生きてきたのか。自分だったら耐えきれんだろうな、と同情する。それでいて、こっちに興味がいかないように注意をそらしているのだから頭が下がる。これが貴族というものか。
――あー、これだったらあっちで通帳片手に鉄伝やってた方がずいぶんマシだったな。
ここに来て、何度思ったろう。あれだけ嫌がってた世界が、今は懐かしい。つまらない生活が、穏やかで気楽だったのだとわかる。まったく、どっちが……
「どこに行っても、俺が俺である限り仕方ないってか? なあ、麻紀」
ネックレスのアクセをいじくり呟く。どこかから、「ふふり」と笑う声がした気がした。
「おやおや、英雄君が壁の花かね」
「え、あっと、すみません」
気が付くと、目の前にジャクソンの豪勢な着物があった。相変わらずチカチカするな。あわててネックレスをしまう。
「本日はどうもお招きにあずかりまして」
「なあに、当然のことだよ。この街を救ってくれた方々なのだから、遠慮はいらないよ」
どの口が抜かすんだか、とグレタなら思ったかもしれないが、一機はそんなに腹を立てていなかった。間違った判断はしていないし、それどころじゃないという気持ちもあったからだが。
「ところで……エミーナさんはどちらへ?」
「ああ、あいつはこういったパーティとかは嫌いでね。まったく、我が娘ながらあんな風になってしまって、本当に申し訳ない」
「いえ、そんな」
エミーナが来ていないことに、一機はホッとし同時に残念であった。好都合ではあるが、いずれ会わねばなるまい。どっちにしろ、今の自分にあいつに合わせる顔などないが。
とにかく、ここですべきなのはこいつから確信を得ること。その後は……後で考えることにしよう。
「それにしても、大きくて立派な街ですね。私が住んでいた田舎とは比べ物になりませんよ」
「なあに、元々街自体は広かったのですよ。私がしたことは街を綺麗にした程度に過ぎません」
「ですが、ライノスが発展したのはひとえに貴方の手腕があってこそなのでしょう? エミーナさんも語っていましたよ」
「ははは、私の力など。幸運に恵まれただけですよ。それに、手腕なら君の方が優れているでしょう?」
「え、私、ですか?」
「一昨日の魔獣を退治した腕前、巷で噂になっていますよ。《サジタリウス》でしたかな。どういった意味でしょう?」
「あ、いや、それは……」
ダメだ、まるでわからん。一機は開始早々白旗を挙げた。
会話から探ろうと思ったが、逆にこっちが探られている。こうなりゃ仕方無い、とポケットに入っていたものわざとを落とした。
「おや、何か落としましたよ」
「え? ええと……どこに落ちたかな」
「ああ、私が拾ってあげましょう。これで……」
その刹那、ジャクソンの営業スマイルがピクリと歪んだ、気がした。
射るように睨んでいた一機でもわかるかわからないかという変化。すぐさま元に戻り、落とした物を差し出す。
親指程度の、中心に穴が開いた丸い金属製品だった。
「これで間違いありませんか?」
「ええ、すみませんお手数を掛けて。知人から貰った髪飾りでしてね」
「――髪飾り?」
「そうです。人形のですがね」
そう言って笑ったかざした物は、あちらの世界で『五円玉』と呼ばれている硬貨だった。こっちでは何の価値もないが。
硬貨を髪飾り、麻紀が読んでた落語解説の本にそんなのがあったはずだ。まさかそんな戯言を喋る日が来るとはね。
「変わった友人でしてね。いつも馬鹿にされて腹を立てたものですが、それほど嫌いじゃありませんでした。その女からのプレゼントなんです」
「なるほど、それでは大事になさるべきですな。今度は落とさるように。では私はこれで」
去っていくジャクソンの背中に、はあと一機はため息をついた。
結局、確信は得られなかった。顔色一つ変えやしない。さすが大商人、かあるいは本当に知らないのかもしれない。
ま、知らない方がむしろいいんだけど……ひとまず胸を撫で下ろした一機に、フッと影が差した。
「ヴェック君」
「う、うぇ!?」
ま後ろにジャクソンが立っていた。先ほどと変わらぬ笑顔で。
「な、なにか?」
「そういえば、エミーナから聞いたのだけれどね、『マヨイガの秘宝』に興味があるそうじゃないか?」
「ああ、はい……」
「よかったら、書斎に資料があるから見てみないかい? まあ、大したものはないんだけどね」
「い、いいんですか?」
「構わないよそれぐらい。第一……」
そこで切ると、耳元でこう囁いた。
「君も、このまま壁の花でいるのは楽しくあるまい?」
「は、はは……」
苦笑を返しつつ、どうしたものか思案した。
何のつもりだろう。純粋に好意か、それとも……と邪推したくなってくる。少し逡巡したものの、
「――行きます」
と答えた。
もうこうなりゃ、虎穴に入らずんば虎児を得ずだ。
案内された書斎は、書斎というより倉庫だった。
母校の図書室より圧倒的な本で部屋が埋め尽くされている。しかしながら、足元にはほとんど埃がないのはどうしたことだろう。本棚は地層までできているのに。
で、その本の墓場の中で、お目当ての『マヨイガの秘宝』に関する本はたった数冊。それもエミーナに語ってもらったことくらいしか載っていない。ほとんど似たり寄ったりだ。
で、こんなところに連れてきた張本人は「お得意さんへ顔を見せなきゃいけないから」とかで早々と帰っていった。何を考えているのだか。
そんなわけで、着いて早々飽きてしまった。シルヴィア関連の本なら読んでいて損はないと思うが、どうも拍子抜けして読む気がしない。
「仕方ない、帰るか……ん?」
戻ろうとしたら、本棚と本棚の間に妙に開いた空間があるのを見つけた。
「……?」
なんとなく気になり、近づいてみると、壁に細い隙間がある。
「…………」
隙間に指を這わせてみる。ゆっくり下に下ろしていくと――何か取っ手のようなものが。
促されるように引っ張ると、壁と思っていたドアが開き、階段があった。なんだこのご都合主義展開。
「……虎穴に入らずんば、虎児を得ずってか」
その言葉の重みを噛みしめ、一機は階段へ足を降ろした。
どれくらい降りたのか、らせん階段だったのではっきりしない。ただ、その階段は結構古く年代を感じさせた。例のヒカリゴケで視界は悪くないが、一つ一つ降りていく度ふくれていく不安感は一機を押しつぶそうとしていた。
戻れ、やめろ。心の中の誰かがそう答える。エミーナとのケンカで聞こえた声だろうか。
知らない方がいい、わからない方がいい。関係ない振りして、火の当たらないところで傍観してろ。それが的場一機だ。君子危うきに近づかず、三十六計逃げるに然り、さわらぬ神に祟りなし……
「うるせえ。冗談じゃないって言ってるだろ」
自分でも意外に力強い声を出せた声に驚く。誰とも知らぬ声は消え去り、かわりに響いたのは、よく知る嘲笑の声。
『あらあら、急に慣れないことしちゃ体に毒ですよ?』
「……っせえな、半分はお前のせいみたいなもんだぞ」
ネックレスを握りしめ、震えてしまいそうな足を前に進める。どこかで嗅いだ奇妙な匂いがしてきた。
「この匂いは……」
昔、あっちの世界で確実に嗅いだ事がある。一人暮らしをする前、親戚の家で、いやもっと前、父と暮らしていた頃……
やがて、らせん階段が終わって開けた場所に出た。
「ここは……?」
地下にできた空間。
最初に一機が思い浮かべたのは『ディダル』の採掘場だったが、どこにも骨は埋まってない。しかし、いくつもの坑道やトロッコを運ぶレールが敷かれている。
あったのは、大きな穴。
いや、穴ではない。空間の中央に何かが溜まっている。
液体のようだ。真っ黒で、ドロドロと粘っこくて、昔科学の実験で作った砂鉄入りスライムのようだ。水とは明らかに違う。
水?
「……っ!」
その時、
一機の脳内で、ここに来て以来見聞きした全ての情報が集まり、繋がった。
『――それがおかしな話で、その財宝は「何億何兆の価値を持つが、まったくお金にならない」財宝なんだって』
『ここは土地が悪くてな、『黒い水』という飲めない水が出てきて、作物を枯らすんだ』
『その旅人は宝を見つけたと言ったけど誰にも理解されなかった――で、最後は「ここは地獄だ、こんなところいたくない」って泣きながら死んでいったとさ』
いくつものフレーズが重なり、記憶の底にある匂いの正体に気づく。
ずっと昔嗅いだ、臭い油の匂い。
中学生には危険だし買うのも手間だというので、ハロゲンヒーターとエアコンにすることが決まったので、完全に忘れていた、ファンヒーターが出す臭気。
「まさか、これって……」
「石油だよ」
ギョッとした。周囲を見回すと、そこに男が立っていた。
「ジャクソン……?」
「やはり来たか。いやあ驚いたよ。君がここまで能動的とは思わなかった」
どこかおかしげに笑っているジャクソンに、あのニヤケ顔はなかった。
全てを見通すようなギラギラした瞳で、一機は初めてこの男が大陸最大の商人になれた理由を悟った。
「なにが来たかだ。これみよがしに誘いやがって。わざと隠し階段見つけさせたろ?」
「いやいや、お膳立てしたのは認めるが、それ以降は君の意志だ。実を言うと、あまり期待していなかった。申し訳ない」
ははは、と苦笑しつつ、目は全然笑っていない。言いようのない恐怖を感じて、足が震えるのをなんとか止めた。
「『マヨイガの秘宝』ってそういう意味か……本で読んだよ」
マヨイガ、『迷い家』と書いてそう読む。東北や関東に古くから伝わる奇談の一つだ。
山奥に迷い込んだ人が、場違いなほど豪勢な屋敷にたどり着く。綺麗な食器や沸きたての風呂があるが、何故か無人。迷い人がそこで休息を取り、食器を携えて屋敷を後にする。山を降り、屋敷を訪ねようとしても二度と戻れなかった――という内容だが、後日談としてこんな話がある。
迷い人が食器などを持ち帰ると、その家は栄え大金持ちになると。
「――なるほど、つまり伝説で語られている旅人は、迷い家から出られなかったわけだ」
「そういうことらしいな。百年以上昔にライノスへ訪れたそいつが誰だったのかはわからんが、石油――正確には原油だが――の価値を知っていたんだろう。メガラでは、石油なんぞ何の価値もないしね」
「『何億何兆の価値を持つが、まったくお金にならない』……言い得て妙だなこりゃ」
どれくらいの埋蔵量があるかわからないが、これ全てあっちに持って帰れば一瞬で億万長者だ。だがここでは単なる汚い『黒い水』。帰りたい帰りたい喚いた気持ちもわかる。
しかし、そこまでわかるということは、やっぱりこいつは……
「あんた、やっぱりそうなんだな」
「なんだ、今さら確認が必要かね?」
大して悪びれもせず、むしろ楽しそうにジャクソンは応じた。嫌な汗をかいたものの、一機は続けた。
「あんた、アマデミアンだったのか」
「ご明察」
ショーを終えた奇術師のように、大げさに手を広げるポーズをした。
不敵に笑うその男は、まさにシルヴィア王国、いやメガラ大陸全体を騙して地位と権力を手に入れた無法者(アマデミアン)であった。
「てことはライノスの、貴族の息子ってのは嘘か。いったいどこの誰なんだ?」
「訂正させて貰おう、息子なのは確かだ。義理のだがね。先代の領主様が私の手腕を買ってくれて養子にした。子供に恵まれず、後継者がいない彼にはまさしく天からの授けものだったのさ」
要するに子のいない貧乏貴族に上手いこと取り入って地位も財産も奪ったということか。畏れと軽蔑の入り混じった一機の視線をものともせず、ジャクソンは語る。
「ま、それもこれもツイていただけだよ。この秘宝を見つけたのもそう。ただ私は商人だから、価値がないからと言って諦めはしないがね。地方の領地へ細々と買い手を探してなんとか売ってるよ」
「……なんでそこまで話す?」
言ってみて後悔した。確認するまでもないのは承知だが、聞かざるを得なかった。聞きたくなかったが。
そんな心の内を読み取ったのか、「決まってるだろう?」と口を開いた。
「君が、アマデミアンだからだ」
「……どうして」
そんなことがわかる、とは口にできなかった。ジャクソンの目を見ると、とても嘘がつけそうにない。人生経験の致命的なまでの差を思い知らされる。
「それを聞きたいのはこっちだよ。どうしてわかった? まあエミーナからだろうが、あいつもまあ馬鹿だか墓穴を掘るほど迂闊ではないはずだがね」
「……ん」
一機は何も言わず、ただ握りこぶしを突き出して中指を立ててみせた。
「……!」
ジャクソンが目を見開くと、してやったりと顔を歪ませる。
「ファックサインてんでしょ、これ?」
「……なに?」
「俺の祖国じゃ単なる中傷の意味だけど、欧米じゃそんな生易しいことじゃ済まない。だってこれはケンカの挑発そのものなんだから。故にやっちゃいけないんだけど……それは、あっちの世界での話だよね?」
「……あ」
合点がいったらしいく、今度は目が点になる。相当驚いてるようだ。
「最初に会った時、ついエミーナにやっちゃってさ。そりゃ怒るよな。それがきっかけで、あとはなんとなく話しているうちにね。そこから、そのエミーナを娘と言ってるあんたに疑問を抱くのは当然だろ?」
「……道理だな。それで五円玉なんか出して確認したか。髪飾りなんて言われた時は笑いを堪えるのに必死だったぞ」
全然気づかなかったのだか。表面を取り繕う術で勝てる気がしなかった。
「そういうあんたは、どうして気付いた?」
「私か? 私の場合は根拠などないよ。同類は目を見ればわかる、と言ったところかな。それに、経験則だ」
「……経験則?」
「君が想像するより、この世界のアマデミアンはずっと多いのさ。ここカールにも、自警団にも血縁を含めれば複数いる。私自身把握していないのも含めれば何人いることやら……」
「……もう一度聞く。どうしてそこまで話す?」
ここまで話した以上、ただで帰すとは思えなかった。ライノスの血縁でないことだけでも大問題であろうに、迫害されるアマデミアンの存在すら露呈したのだから。
余裕の笑みを浮かべるジャクソンの心が読めない。蜘蛛の糸に絡め取られる感覚を感じた。
「同じアマデミアン同士だ、仲良くならないか?」
「……どういう意味で」
「ライノスに来ないか、という意味で」
やはりか。納得したものの、その言葉が額面通りだけではないことはわかっている。
「それは、《サジタリウス》を含めてか?」
「ああ、そうだね。そうしてくれるとありがたい」
「はん、何がアマデミアン同士だ。最初からそれが目的だろ。で、その力を利用してシルヴィアに反逆しようってのか?」
「――反逆?」
そこで顔をうつむけると、ジャクソンは腹の底から笑いだした。哄笑と呼ぶべきそれに一機は面食らう。
「じゃ、ジャクソン……?」
「はっはっはっはっは、いや失礼。つい笑ってしまったよ。いくら私が大陸最大の商人でも、こじんまりした領しかない身で大国に反乱など起こせるわけがあるまい? 良くてあと五年か十年かかる。どこかの馬鹿の妄想だそんなもの」
「じゃ、じゃあなんで《サジタリウス》を――!」
「あれは本当に自衛用だ。カールのMNもそう多くなくてね。あとは興味本位と……探求だ」
「……探求?」
「そうとも、知ってるか? あれには、FMNと呼ばれる機体には現行機の十倍以上の『アマダス』が搭載されている」
「それがどうした。『アマダス』が大量にあるからって、引き出せる力が増えるわけじゃないんだろ?」
マリーから聞いている。パイロットの霊力に反応して『アマダス』は力を引き出し、それによってMNは動くが、そのために必要なのはパイロットの精神力であると。
「知っているさ。私が欲しいのは強力なMNでも、軍事力でもない」
「だったらなんだ?」
「帰る手段」
ドクン、と心臓が高鳴る音がした。
「……なに?」
「帰るんだよ、あっちの世界に。これだけの原油を持ちながらほとんど金にならないで済ませられるか? この大量の原油を持ってあちらへ戻れば、大成は間違いない」
「んな馬鹿な、あっちの世界へ方法はないはずだ」
「誰も知らないだけだ。だれもわからなかっただけだ。解明すればいい、『アマダス』の力を、制御し、戻る方法を」
「……つまり、シルヴィアに楯突く気はないと?」
予想外の反応に戸惑っている一機だが、それだけは聞かなければいけなかった。それを聞くためにここまで来たのだから。
だが、そう聞くとわざとらしく明後日を向いて、
「さてね、それもいいかもね」
とだけ言った。一機は言葉を失う。
「は……?」
「仮にあっちに石油を持って帰ったところで、現行の石油産業にケンカを売ることになるから命が危ないしな。こっちで武力を手に入れてから戻るべきかもしれない。いや、いっそのことストレートに世界征服というのも悪くない。ふふ」
そう言って笑う様に、一機は怯えた。何を考えているかさっぱりわからない。そこ知れぬ恐怖があった。
違う。そうじゃない。どこでもない場所を見ているようなジャクソンの目を見て、一機は悟る。
何をしたいのか、何をするのか、こいつ自身わかってない。あまりにも手に入れた地位と権力が大きすぎて、それによって生まれた多くの可能性に戸惑っている。あまりに膨大な選択肢に対して、ニヤつきながらえり好みしているのだ。
生理的な恐怖を感じる一方、憧れすら一機は感じていた。
こいつには自由がある。かつて自分が持っていた、いやそれ以上の自由が。奪うことも与えることも、思うがまま生きれる自由が。好き勝手しているようで、実は他人の目を気にしていつもビクビクしていた自分とは比べ物にならない自由が、この男にはある。
「でだ」ジャクソンが口を開いたのは、まさにそのタイミングだった。
「何をするにしても、君の《サジタリウス》は必要なのさ。現在シルヴィアが所有しない砲戦用MN、それだけでも脅威だが、欲しいのはその技術。ここにいるアマデミアンならばそれを解析し、量産化することだって容易だ。そしてなお重要なのは、動かせるパイロット」
「……っ」
息を呑むと、ジャクソンは手を広げ大仰なポーズを取る。
「そう、君だよヴェック君。この私の資金とパイプに、無敵の《サジタリウス》と君の操縦テクニックが伝わればまさに最強だ。誰にも束縛されることもない自由な生き様が、君を待っている」
「…………」
言葉を咀嚼してはいけない、とためらっているとジャクソンは「シルヴィアはもう終わりだ」とたたみ掛けてきた。
「巨大すぎる国家はその支配力を失い、反乱の兆しは各地で芽生えつつある。ここライノスなど氷山の一角ですらない。国家が滅びるのは歴史の必然、君のせいではない。君が行うのは、起こるべくして起こる破滅に、少しばかり花を添えるだけだ。責任も罪悪も、君が負う必要はない。結果的に、彼女たちを裏切ることになったとしても」
ドキリ、とした。今まで完全に失念していた。こいつの要求に応えるということが、どういう結果をもたらすか……
「だけど、それこそ君のせいではない。所詮君も私もアマデミアン、排斥される存在だ。今はかろうじて平静を保っているが、遅かれ早かれ離別の時が来る。……それに、潰れるる国の親衛隊にいたっていいことなどないぞ?」
「……っ」
これが数日前の一機なら、カチンときていたかもしれない。しかし今は波風すら立たない。
飲まれている、そういった実感はあった。だが反論が何一つ思いつかない。
「我々の仲間になれば、富も名声を約束される。なにせ建国の英雄だ。好きなだけのことを好きなだけさせてやる、いやできるようになる。その資格を、それを為せる力を、君は持っている。君が必要なのだよ、ヴァン・デル・ヴェッケン君」
「……俺、が……」
それ以上は言葉にならなかった。不可能だった。
全て正しかった。親衛隊にいても感じるシルヴィアという国の疲弊と衰退、世が常に盛者必衰ならば既にその兆しは見えている。それに引き換えライノスの盛況ぶり……どちらに利があるか、考えるまでもない。
それに、自分はこういうことが望みだったのではないか? 何の面白みのなかった地獄から抜け出したのは思うがままに生きるため、そうだ、だからこそ俺は……
プツリと、何かが切れる音がした。
自覚する間もなく、ぶかぶかな軍服を何かがするりと抜けて地面に落ち、鈍い音を鳴らした。
不意を突かれ、何の気なしに一機は地面を見下ろした。
落ちていたのは、細かく千切れた鎖と、
鍵と剣が刺さった王冠のアクセサリー。
「……!」
雷に打たれたような衝撃を受けた一機は、そのアクセサリー達に、二人の女性の姿を幻視した。
目を三角にして叱責する顔、面白そうに嘲笑する顔。
二つの顔が重なりあい、一つになる。頭をハンマーで殴られた感覚が走り、
目が、覚めた。
「……く」
くっと、体を九の字に曲げる。引き込みの途中いきなりの変容にジャクソンも不意を突かれた様子。しかし、驚くのはここからだった。
「くくく……くはははは、はーはっはっはっはっは! ひゃーはっはっはっはっは!!」
何の前触れもなく、笑いだした。それも腹を抱えて、足を地団駄させての大笑い。ムードを完全にぶち壊されたジャクソンはさすがに面食らう。
「な、な……何がおかしいのかね、ヴェック君」
それでも平静を取り戻して、恐る恐るといった風情で尋ねてみると、ピタリと笑い声は収まった。
代わりに、一機は口元を裂けるほど歪めた顔を持ち上げる。
「いんやあ、別に何も面白くないよ。むしろくだらないよ」
「……くだらない、だと?」
一瞬顔をしかめたが、すぐに紳士然をした能面みたいな顔に戻る。さすがに役者が違うか。
「ああくだらないね、あんたが今の今まで語ってたその壮大な野望、それを行うための計画。それら全て、おっと、加えてあんた自身も実にくだらない」
今度は本当に困惑した様子、楽しくなってきたので「だってそうじゃないか」とたたみ掛ける。なんかデジャヴを感じた。
「あんたが今までえっらそーに話してくれちゃったメガラ脱出計画やらシルヴィア征服計画やら、どこに具体的な内容があるよ? 単なる妄想の垂れ流しじゃないか。具体的なことは何も言わずただでかいことばかり喋って相手をその気にさせる、そこいらの詐欺師ばりの低級テクニックだな」
ピシリと、能面にひびが入ったように見えた。図星を刺されたからか、あるいは逆鱗に触れたか、どちらにしろ一機は自分の舌を止められなかった。
「大国随一の商人が、どうしてそこまでアマデミアンのクソガキを洗脳しようとするのかね? ……答えられない? なら代わりに言ってやろうか。本当は、財力も軍事力も誇るほど持ってないんだろ? ついでに周辺領地の協力も」
あるいは、渋られているかとは付け加えなかった。口から出る前に息を呑んだからだ。
今度ははっきりと目に見えてわかる。余裕を持ったポーカーフェイスが崩れ、忌々しそうに顔をしかめさせたのが。
考えてみれば、あり得ない話ではなかった。いくら天才商人でも、いやだからこそ生まれる問題もある。ライノスまで道路を整備したり、経済成長に伴ってインフラを整えたり、それにここまで成長するのに賄賂なしとは思えない。もう一つ付け加えるなら、相手を威圧させるための装飾品やら何やら。すかんぴんとは言わずとも、出銭も相当と見て間違いない。
だからこそ、ヘレナの前で馬鹿を演じてさっさと帰らせたかったんだろう。言ったとおり今シルヴィアとやる気はない、というよりできないのだ。お抱えの自警団も大した戦力なのではあるまい。それが《サジタリウス》に勝手に乗り込んで動かした馬鹿のせいでこんなになった、と。……悪いの、ひょっとして俺か。
「……参ったねこれは。エミーナからは馬鹿な奴と聞いていたが、なかなか聡明じゃないか」
「一応、褒め言葉としておく」
「いやいや、本当に褒めているんだよ。ただし、感心はせんがね」
余計なこと気付きやがって、ということか。苦々しさを出しながらまだ冷静な紳士であり続けるのは、ジャクソン並みのプライドなのだろう。
「お察しの通り、ここライノスの台所事情はあまり芳しいとは言えん。だけどそれがどうかしたか? 先に言ったとおり、私はシルヴィアと事を構える気はない。たとえそうなったとしても、それはずっと後だろう。私の望みは、あくまであちらへ世界へ戻ることだ。それに関して、君が嗤う理由は何かね?」
「確かに、あんたの目的が帰還して金もうけだけなら反対する理由はない。好きにしろってもんだ。だが、あんたがそれで済ませるとは到底思えない」
「ほう? 根拠はなにかね」
「あんたが俺を勧誘したこと自体だ」
帰る手段を探るため『アマダス』が必要ならば、《サジタリウス》からえぐり出せばいい。量産化だって外側から調べるだけで十分だ。それをしなかったということは俺を、否、動かせる人間を待っていたに違いない。さすがにあれほどの巨砲をすぐ作るのは不可能だからな。
今のこいつは、欲望を吸って肥大化したブラックホールみたいな輩だ。実質を無視して膨れ上がるそれは、どちらの世界にあっても危険極まりない。
「あんたを放っておけば、あっちだろうがこっちだろうがやばいことになる。ましてや、それに協力するなんて冗談じゃねえや」
「……なぜ、そこまで彼女たちに肩入れする。それと、絶望の国(ナイトメアワールド)にも。君はそこから逃げて来たんだろう?」
「……逃げてきた、か」
事実、その通りだ。『アマダス』が人の思いに反応するのなら、俺の「逃げ出したい」という思いに応えたのだろう。願いどおり、あの世界からは逃げだせた。だけど、
「……俺はね、ここを楽園だと思ってたんだよ」
苦笑して、一機は呟いた。嘲笑の相手は、誰でもない自分自身。
「あんたのおっしゃる通り、絶望の国なんて名前のあの世界にいるのが嫌で嫌で仕方無くてね。だからこそ、ここに来たのが嬉しかった。大いに喜んだんだ。……でもさー、ここ全然楽園じゃなかったんだよ」
はっはっは、と大きく笑いだす。どこか狂気を感じさせるその様にさすがのジャクソンも震えを覚えた。
「しょっぱなからレズ女の大群に追い回されるわ縛られるわ、何キロかわからん走り込みやらされるわ股間は踏みつけられるわ。何度となく殺されかかったしな。しまいには俺が悪いにしてもチビガキにはリアルに殺されると思ったし。はは、本当に災難だ。どっちが絶望の国だよ」
哄笑して見下ろす一機の視線は、地面に落ちた二つのアクセから離れない。
「でもね……いいこともあったんだ」
視線は、剣と王冠のアクセに一つを捉える。そこには、流れるような金髪を携えた剣士の笑顔があった。
「どんな形であれ、あいつは俺を受け入れてくれた。打算一物だから何? 俺にとってそのこと自体が重要、あとは関係なし。俺にとってこの世界の価値は、あいつの存在だけでグンと上がる」
「……ずいぶん欲がないな」
「価値観なんか人それぞれだよ。とにかく、言いたいことはただ一つ」
我ながら馬鹿みたいなことを言ってるなと内心苦笑しつつ、一機は続ける。
「ここは楽園じゃない。でも地獄でもない。……それは、あっちの世界でも同じことだ」
今度は、小さな鍵のアクセに目を向ける。三つ編みツインテールの少女が、八重歯を覗かせて笑っているが、それはいつもの嘲笑ではなく「やっとわかったか、バーカ」と呆れるているようなのは気のせいだろうか。
「自覚してなかった、いや、わかろうとしてなかっただけで、俺はあいつとの日々を、図書室での時間を楽しく思っていた。それだけじゃない。目を閉じ耳を塞ぎ口を開かなかった俺は、嫌なことと同時に楽しいことからも逃げていた――だったら面白いわけがない。ほぼ何もしなかったんだからな」
そう、何もしなかった。
だからこそ、何も得なかった。
さっきの嘲笑は、ジャクソンに向けてではない。かつての、いや今の自分への嘲笑だ。
そしてまた俺は、何もしないことを選択しようとしている。
「絶望の国(ナイトメアワールド)? アホらしい。自分でそうなるよう生きただけだ。あの世界は地獄じゃない、天国でもない。ただの世界だ。どっちもそうだ。どっちも……それは、ここから出たがってるあんた自身わかってるだろ?」
ぐっと、ジャクソンが息を呑む。してやったり顔を作ろうとして、あまりにむなしいのでやめておいた。
『マヨイガの秘宝』の逸話に出てくるアマデミアンだってそう、理由はどうあれここが本当に楽園なら帰りたいなど言うわけがない。結局、楽園か地獄かなんて個人の過ぎず、考えることすら意味がない。
ジャクソンを睨みつけ、フッと笑う。これ以上言うな、やばいと頭の中で声がするが、気にも止まらない。それより強く、激しい感情が口を開かせていた。
「確かにあっちの世界にいい思い出はロクにないがね、それでもあっちにはあの女がいる。だからこそ、そこへ侵攻するなんてあんたのくだらん野望を受けるわけにはいかない。それはこっちでも同じこと。あいつが守ろうとしている国と敵対するあんたに、協力なんてしたくないね。どんな国かはどうでもいい。あいつらを傷つけるような真似をしたくない、まあ理由はそれだけだ」
「……すると、君は何か? そのたった世界にたった一人の女たちのために、私の申し出を断るというのか?」
「――正確には、もう一人いるけどね」
「わからん、まったくもってわからん!」
声を荒げてきた。さすがに限界のようだ。
「どうしてそこまで嫌がる。チャンスなんだぞ? 誰にも縛られることもない、自分自身で富も名誉も権力も得られるのに、そんな弱気でどうする。女? そんなものは後でいくらでも手に入れられる! 人一人傷つけられなくて、何が為せると思って……!」
「だったらなんだ!」
こちらも叫ぶ。もう一機自身何を言っているのかわからなくなってきた。
「一人の女のためで何が悪い! 欲望を求めなくて何が悪い! 何もしなくて何が悪い! そんなことのためにあいつらに牙を剥けってのか!? 傷つけろってのか!? そんな生き方できるかぁ!」
激昂して叫びつつ、ああと自分で情けなくなってきた。
結局、何も選択していない。今この立ち位置を維持しようというだけ、まるで変化なし。ジャクソンの言い分が正しいとわかっているのに、結果ではなく過程のみ見て拒絶している。
強者が、目的のためならあらゆる行いを為せる者を指すならば、これは明らかに弱者の、負け犬の理論だ。
だけど、まあいいと思った。
たまには、考えなしに行動して何が悪い。
「殊勝なことだ。臆病と言ってもいい。そんな奴はすぐに悪賢い誰かに潰される。情けないほど器が小さい子供が……!」
「笑えよ、見下せよ、蔑めよ! 俺はあんたとは違う、弱いんだよ! だから、そんな生き方しかできない!!」
宣言したその言葉を、発した途端後悔した。千載一遇のチャンスを自ら捨てたことに対しての惜しい気持ち、ないわけがない。
でも、ここでそれを選んだら、もっと後悔する。
だから、これでいい。
たとえ、虚飾の仮面を剥ぎ取り、冷徹を越えて無表情になったジャクソンが、ガラス玉のような瞳をこちらに向けたまま例服に手を入れたとしても。
「……なるほど。どうやら、もう語り合う必要はなさそうだな。では質問だ、君はどこ出身かね?」
「――日本」
「ほう、やっぱりジャパニーズか。それではもう一つ、ジャパンではこういうときどういったことをするのがマナーかね」
「――『じゃあもう用はない』って、拳銃を突きつけるんだよ」
「なるほど、そこは万国共通だな」
胸ポケットから取り出された手には、やはりというべきか、拳銃が握られていた。アメリカのガンアクションなどで出てくるオートマチック、こちらへ来る際持っていたか、あるいは別の機会に持ち込まれたものか。
いずれにしろ変わらないのは、その銃口が一機の眉間に向けられているであろうことだけ。
ま、こうなるよなと、一機の心にあったのは恐怖でも怒りでもなく、ただ諦観の思いだけだった。
意外と短い人生(もの)だったけど、最後の方は美女の裸を拝めるわロボットに乗れるわ、我も張れたことだし及第点としておこう。……未練があるとすれば、このアクセを返していないことだが……仕方がない。
さすがに銃弾が脳天に食い込むのを見たくはないので目を閉じた。そのまま、嫌にスッキリした気分で死の瞬間を待ち……
「よく言った、一機」
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