Last Esperanzars

Last Esperanzars

新訳サジタリウス13



 事が大逆罪であるだけに、戦いに勝ってそれで終わり、とはならなかった。
 ジャクソンやエミーナを含めた自警団員の処分などを決定するため、本国への連絡やら後始末に親衛隊は奔走した。
 助かったのは、ジャクソンが責任は全て自分にあるとして側近たちへ罪を問わない代わりに全面的な協力を指示したことだった。無論、彼らが喜んで応じたわけはないが。
 しかしそれも、MNの操縦で疲れ果て三日ほど寝たきりだった一機にはあまり関係ないことであった。
 そして五日目、ようやく事後処理が終わった親衛隊一団は王都への帰路へ向かったのである。

「はあ……」
 一団の中、『マンタ』に揺られる牽引車の上で一機は体育座りのままため息をついていた。これで何度目であろうか。
 同乗するMNにもたれかかり、天を仰ぐ。雲ひとつない澄み切った青い空には、やはり巨大な赤い月があった。
 首にかけたネックレスから、一つのアクセを手に取った。黄土色の猫。あのあと倒れてしまったので、返しそびれてしまった。
「……情けない」
 今の自分を一言で表すと、一機はそれしか浮かばなかった。
 結局、あれだけ抜かしておいてエミーナを殺せなかった。エミーナは一足先に王都へ移送され――その後は、言うまでもないだろう。ジャクソンが消え、大逆罪の領と化したライノスの未来はどうなってしまうのか。
 いっそ、あの時殺すべきだったのかもしれない。否、そうしなければならなかった。エミーナもそれを望んでいた。
 だというのに自分は――本当情けないったらありゃしない。
 いずれにしろもう遅い。今の一機ができることは、こうして後悔することくらいだ。だからこそ、もう何度目かわからないため息をつく。
「……そう陰気くさい顔をするな。青空が台無しだ」
 声がして顔を上げると、初めて会った時と同じ流れるように美しい金髪がそこにあった。
「あ、ヘレナ……」
「隣、いいだろ」
 そう言うと、返答も聞かずに腰をおろしてくる。
「……なあ、ヘレナ」
 しばしの沈黙に耐えられず、口を開いた。
「なんだ」
「あの、その……ごめん」
 内心呆れかえった。言うべきことは山ほどあるのに、これくらいしか喋れない。
 あれだけ大言壮語はいたくせに結局何もできなかったとか、そもそもこの戦自体が自分の軽率さが招いたものであるとか、謝罪する事柄が色々あるのに何も言えない。
 いや……本当に言うべきことは、聞くべきことはそんなことじゃない。
「ヘレナ、俺……」
 俺はここにいていいのか。
 何もできず、それどころかかえって被害を拡大させ迷惑を被ることしかできない自分が、親衛隊にいていいのか。いいわけない。
 もし、そうであるならば――と続くはずだった一機の口は、
「うっ、え?」
 唐突に抱きしめられたことにより、閉ざされた。
「え? え?」
 顔中にふくよかな感触と、嗅いだ事のない甘くていい匂いがして思わず赤面する。離れようとするが、離してくれない。
「ちょっ、ヘレナ?」
「いい」
 短く、しかし優しい声に、一機の抵抗は収まる。
「いいんだ。いきなり最初からなんでもしようとするな。お前はまだ入ったばかりなんだ。ちょっと困らせるくらい、どうってことはない」
 言葉にする前に、全て伝わっていたらしい。
「お前はこれからだ。まだ、これからなんだ――」
「……ぅ」
 ヘレナを抱きしめかえし、嗚咽を漏らす。
 決して泣くものかと堪えるが、それでも涙はあふれ、情けない声が出てしまう。
 自分のシャツが濡れても、ヘレナは抱きしめてくれていた。

「……でさ」
「ん?」
 泣くのも終わり、体を離して(今にして思うと恥ずかしいが口惜しい気もする)また二人座っていたところで、一機が話しかけた。
「今更だけど、どうしてこれ持って帰ることにしたの?」
「……本当に今更だな」
 コンコンと拳で叩いたMN、《サジタリウス》も運ぶのは、つい今朝教えられたばかりだ。
「仕方あるまい。あのまま放っておくわけにはいかんだろ。これだけのもの、悪用しようとする奴が出るとも限らん。こっちで預かってるほうがマシだ。地下から、砲弾とか修理用の備品とかもあったしな」
「ああ、だからマリーやたら機嫌いいのか……そだ」
 何か思いついたのか、立ち上がった一機は隣にいるマリーを呼び出した。
「はいはい、何か用? こっちは《サジタリウス(このこ)》の整備で忙しいんだけど……」
「PLP、返してくれ」
「へ? ああ、いいけど……」
 なんだいきなりという顔をしながら、PLPを持ってくる。表面上はぶっ壊された様子はない。
 何か外れたパーツとかないか確認すると、
「うりゃ」
『マンタ』が歩く牽引車の中へ投げ込んだ。
「あーっ!?」
「なっ!?」
 驚く二人を無視して、フンと鼻を鳴らす。マリーは「ピーちゃーん!!」と叫んで飛び込んでいってしまった。小鳥か。
「お、お前、いいのか? 大事なものなんだろ?」
「いいんだよ。――いつまでも、迷子でいられるか」
 は? なんて顔をしたヘレナに苦笑しつつ、アクセサリを取りだした。
 王冠と剣、黄土色の猫。そして、銀の鍵。
「どうすっかなあ……」
 正直、ジャクソンの誘いも受けようかとは思った。こいつを返すためにも。
 でもそれを断ったからには、返すのはだいぶ先になるだろう。帰れたらだが。
「ホント、どうすっかなあ……」
 そう呟いていたら、横から視線を感じふと振り返る。ヘレナがじっと睨んでいた。
「ところで、そのアクセはいったいなんなんだ」
「あ、これ? これは……友人のだよ。なんか持ってきちまった」
 友人、と聞いてヘレナの顔に影が差す。
「ああ、違う違う。そいつとは別の友人だ。あっちのな」
「あっち? それでは……そうか。返したいなそれは」
「いいよ今は」
「なに?」
「こんなすぐ帰ったら、貴方は自分探しにインド行ってお金取られた間抜けな学生ですかなんて馬鹿にされるだけだ。どうせ帰るんだったら、もっと自慢話の種を持っていったほうがいい。それに……」
 そこで一旦背を向けると、くるっと体を回転させ、シルヴィア王国紋章をかたどったアクセを鳴らす。
「俺は親衛隊雑用見習い補佐もどきなんでしょ、隊長」
 決まった、と内心ガッツポーズをとっていたら、なにか小さく笑い声がする。
「ぷ、くく……ははははは、あーっはっはっはっはっは!」
 大爆笑された。えー、自分でもクサイなーと思いつつカッコつけたのに、そこまで笑う?
「ははは、すまんすまん。しかしよく言った。そこまで言うなら早速一人前になるよう特訓せんとな」
「え? は? な、なに鼻吹かしてるんですかヘレナさん。いや俺まだ体の痛み取れなくてって聞いてませんねこの人。ちょっとなにすんのいやー……」
 首に腕回されて連れられる。地獄の特訓復活。藪蛇だったか。
 ――まあ、いいか。
 諦観ではない、なんだか安らいだ気分で歩調を合わせた。
 来るんじゃなかったと思ったことはある。無下に扱われるわ痛い目見るわ、おまけにあんな巨人まで出てくるとは。
「……MN、か」
「ん、何か言ったか?」
「いや、全然」
 MN、メタルナイト。その意味を今ならわかる気がする。
あれを作り出したのがアマデミアン、絶望の国(ナイトメアワールド)から来た人間ならば、だいたいMN、悪夢の世界から来た鋼鉄の騎士(メタルナイト)ってところか? そう名付けたかった気持ちもわかる。俺だってそうだった。
 今までの人生、迷子というより、嵐を恐れて錨を上げず留まっていたようなものだった。しかしもう錨は外してしまった。
とびきり美人の戦乙女(ヴァルキリー)に誘われるままに。
ひょっとしたら戦乙女じゃなくてローレライかもしれん。この決断を、後々後悔するかもしれない。
 まあいい。今はそれよりもまず、この特訓を乗り切って認めてもらうことを第一に考えるべきだ。
「……なあ、ヘレナ」
「うん?」
「親衛隊雑用見習い補佐もどきって、やっぱやめてくれない?」
「……それは、自分で返上させるんだな」
「はいはい……汚名は挽回するほうが好きだがね」


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