Last Esperanzars

Last Esperanzars

後編


 強風と雨に打たれる東馬の目の前には、フロートを装着させたレイバー用トレイラーが次々と東京湾へと乗り込んでいった。その目的がなんであるか、あえて語る必要は、この場にいる人間にはもうない。

「よくあんなの借りれましたね、驚きですよ」
「霞が浦の空挺レイバー部隊におねだりしたのさ。例の試作レイバーの一件をちらつかせたら、すぐ貸してくれてね」
「そりゃあっちも不憫なことで……でも、本当にいいんですか、こんなことやって」

 隣にいる後藤隊長に改めて問いかける。たぶん無駄だとわかってはいるが、それでも聞くしかなかった。

「今ならまだ呼び戻せますよ。作戦が成功したとしても、帆場の犯罪を証明できなかったら」
「そのときは俺たちが犯罪者さ。ただし何もせず手をこまねいていて被害が現実のものとなってしまったら、やっぱり俺たちは犯罪者。どっちがいいですか」
「だとしても、ですよ。本庁から黙認は受け取ったとはいえ、建前上は独断専行。成功失敗にかかわらず、露呈でもすれば貴方がただけに詰め腹切らせて知らぬ存ぜぬ。仮に帆場のことがわかったところで、結果は一緒でしょう。これだけのリスクを背負って、還るものがなさすぎませんかね」
「そりゃ仕方がないですよ、そういう仕事だから」

 そう言った後藤隊長の目は、いつもの半分閉じたやる気のないものとは違って見えた。

「それに俺たちにゃ、もともと選択の余地なんて残されちゃいないのさ。もし失敗するようなことがあれば湾岸一帯は壊滅、被害がどこまで広がるか見当もつかん。しかし成功したとしても、バビロンプロジェクトは大きく後退することになる。どっちに転んでも分のない勝負さ。もしかしたらあいつが飛び降りたとき、すでに本当の勝負はついていたのかもしれん。そうは思わない?」

 だろうな。東馬はため息を返事にした。
 たしかに、遅きに失した。ここまで事態が切迫した以上、手段はこれしか残っていない。俺たちが勝つ方法は、帆場を生きたまま逮捕してホスをバラさせることだったんだろう。狙ったようなタイミングで自殺して――ここまで来ると、他に何かやっているような気がしてならない。なるべく外れてほしいが。

「でも、ここまで貴方がたがする必要はない。なんだったらうちで処理して構いませんよ」
「いいんですか、一中尉がそんな約束して」
「この手の仕事に就いてるとね、敵より味方のほうが信用ならないんですよ。身を守る術は心得ています。ちょっと融通を利かすくらいはね」

 まあ、その“融通”は俺の場合、ちょっとどころではないとは思うが――それはいいか。

「こういうことは、我々のほうが専門でしょう。こちらが始末してしまえば、貴方がたを犯罪者になってしまうこともない。どうです? ほんのお礼ということで……」
「如月さん」

 いつもと変わらぬ口調で、しかし強い口調で呼ばれた東馬は、口をつぐむ。

「これ、警察の仕事ですから」

 有無を言わさぬその姿に後ずさったものの、すぐ「へっ」とおどけたように笑う。

「『方舟』壊すのが警察の仕事ですか?」

 失笑する東馬に対して、後藤隊長は無表情を貫いていた。

 そう。今から第二小隊は、このフル装備で『方舟』を破壊しに行くのだ。
 無論レイバー如きであの巨大建造物を破壊できるわけがない。火災なと緊急時に使用するイマージェンシーシステム――要するに『方舟』を自動で解体するシステム――を利用して壊す。『方舟』自体がなくなれば台風が来ようと関係ない。たしかにこれが唯一の手ではあるが……警察官がやることかね、ホント。

「わかりました。『方舟』はそちらにお任せします。私は――そこらで待たせて貰いますよ」
「ありゃ、一緒に来るとか言わないの?」
「いやいや、あの中にゃ《喪羽》入れませんからね。それにやっぱ、警察とECOASが共同戦線ってのはやっぱまずいですからねえ」

 今更何ほざいてんだか、なんて空気が辺りに広がった。お互いクスリとも笑わない。

「――んじゃ、そっちはお任せします。俺はこれで」
「どちらへ?」
「本庁の黙認をとりつけたとはいえ、東京湾のど真ん中で派手にドンパチやらかすんだ。そうなりゃ海上保安庁や港湾局の連中が黙っちゃいない、こちらから出頭して時間を稼がにゃ」
「ああ、いや、そっちはこちらで根回ししておきましょう。上に掛け合っておきますよ。……まあ、でも、後々面倒だから、出頭はしてもらったほうがいいですかな」
「そりゃどうも」
「後藤隊長」
「はい」

 立ち去ろうとした後藤隊長に、東馬は引き止めて、口元を緩ませる。

「失礼ながら貴方は、いや、貴方がたは、とても警察には見えませんね」
「じゃあ、なんだってんです?」
「そうですねえ……」

 わざとらしく考える仕種をして、東馬は悪戯っぽく笑った。

「正義の味方ってところじゃないですか?」



 第二小隊総勢(後藤隊長除く)+元第二小隊で現在はNY市警察の香貫花・クランシーとやらを加えたチームの『方舟』破壊作戦は、途中ガードロボットの妨害に遭いながらも、中央制御室に押し入る時点までは順調だった。
 イマージェンシ―システムを立ち上げ、ガードロボットを含めたセキュリティをストップさせたことにより障害はなくなり、あとは『方舟』をパージさせるのに……といったところに、思わぬ事態が発生した。
 最上階にあるサブコントロールルームに、退避させたはずの人がいると反応があったのだ。
 しかもその人物は……No666、E・HOBA。帆場英一が篠原に所属していた際のIDナンバーである。
 だが帆場はとうの昔に死亡している。幽霊か、あるいは何らかの罠か……いずれにしろ、中央制御室では使用されていないサブコントロールルームと通信すらできない。ならば直接行って確かめるしかない。野亜が《イングラム》で急行することとなった。と同時に、台風が接近しているため、パージ作業も同じく進める。
 一方、特車二課基地では、解析されたホスのデータが送られてきていた……。



「ホスの正体が判明したんですって?」
「ああ、南雲隊長。たった今どっかから通信が入ったところで、例のファイルのばらしにやっと成功したそうです」
「……どっか?」

 東京湾から帰ったばかりの南雲隊長は、シバのどこか歯切れの悪い言葉に違和感を感じた。

「どこなのよ、MITからじゃないの?」
「それが、例の如月って奴が依頼していた相手かららしくて……あ、来た」

 音声通信が開かれる。相手が誰だかは秘匿されているが、声の調子や喋り方からいって子供に思えてしまう。

(彼からこちらへ送るように連絡されていました。残念ながらこちらの正体を明かすことはできませんが、ホスに関するデータを全て送ります。間に合いませんでしたが……)
「いいえ、これで帆場の犯罪を立証できました。ありがとうございます」

 解析されたホスは、完全に黒だった。バックアップメモリはもちろんあらゆるところに名前をかえて潜伏し、アクセスした対象に片っ端から侵入する。ホスおよびホスに接触したことのあるコンピューター――いや、この感染力なら、そのコンピュータに接触した他のコンピューターにも二次感染させられる。しかもひとしきり暴れた後は全てのデータを破壊し消滅、恐ろしいウイルスだ。夜が明ければ大騒ぎになるだろう。……だが、それだけではない。

「しかもこいつ、MSやレイバーなんぞの人型兵器のモーションパターンまでついてます。こりゃ最新鋭の無人機(ファントム)用の高性能品だ。こんなのが大量に暴れられたら……」

 ただじゃすまない。人間で例えるなら単に拳を振りまわすチンピラと、訓練されたテロリストぐらいの開きがある。こんなのが《零式》に搭載されていた。もし気付かなかったら――南雲隊長は怖気を感じた。

(今、アンチウイルスプログラムの作成に入っています。もっとも、かなりの時間を要すると思いますが……)
「仕方ねえやそればっかりは。――もう半日早けりゃ、連中だけで行かせずにすんだのにな。今からじゃ増援も出せやしねえ」
(はい――、こちらからも増援を出せるか検討したんですが、東馬さんから止められて……)
「東馬?」

 聞き覚えのない名前にシバが疑問の声を上げると、音声通信の主が「あ、いや……」と動揺したみたいだが、南雲隊長は聞いていなかった。自分の脳が導き出した恐るべき予想に、「ちょっと待って!」と意図せず叫んでいた。

「ホスおよびホスに接触した全コンピュータって言ったわね。それじゃ、彼らが解体に使っている『方舟』のメインコンピュータは……」



 同時刻『方舟』周辺
(Eレベル第5ブロックパージ三十秒前、当該ブロックで作業中の職員はすみやかに撤収してください)
 ガラガラとかガシャガシャとか、機械音声と警報を遮るほど大きい耳障りな音をさせて、『方舟』が内部から壊されていくのがわかる。パージ作業は順調と言えた。ただ一つ、野亜が最上階へ《イングラム》と向かっているのであまり進まないこと以外は。
(D5ブロック、パージ完了)
(アルフォンス、D6からD7へ向け移動中)
(次準備しとくぞ、D7のコードは)
(FPD00207――せめて、上層への移動を確認してから通過フロアを一気に落とせば)
(一度に大量のブロックを失うと、方舟のバランス自体が危なくなる。大丈夫、開放系のブロックから優先してパージすれば、共鳴効果を相当押さえられるはずだ。外の様子は?)
 中央管制室で『方舟』解体作業に勤しんでいる遊馬と進士たち。一応問題は抱えているものの滞りなく、というところ作業で一番気になるのは、無論時間。台風が上陸し、風速が四十mを越える瞬間だ。

(風速三十五、今三十六に上昇……あ、遊馬さん、あれ!)

 突然進士が金切り声を上げた。

(Dレベル第3、第5、第7、Cレベルも……どのフロアの通路も、レイバーで一杯です!)
(でもどうして、外の風速はまだ四十をこえていないのに!)

 半狂乱したような進士に、遊馬も狼狽したようだ。

(シュミレーションが甘かったのか、それともパージでできた空洞で風が巻いたのか……)
(かかって来やがれ、この有象無象どもが!!)

 突然、発砲音と共に野太い雄叫びが響く。相手が誰なのかは考えるまでもない。

(ひろみ、どうした!)
(橋の向こうに、暴走したレイバーが殺到しています! 今、太田さんが突撃しました!)
(どういうこと、まだ風速はそこまで……!)
(風速、四十m突破!)

 今度こそ悲鳴と言っていい叫びだった。イヤホンを外してさっきからキンキンキンキンする耳をフード越しにさすりつく、東馬はため息と一緒に煙を吐き出した。

「やれやれ……やっぱそうなったか」

 四十mを越えた暴風の中、闇色をしたレインコートを羽織った東馬はゆっくりと立ち上がる。
 波打ち際、とまではいかないが、たたでさえ豪雨に打たれているのにこれ以上吹いたら津波だな、と笑う。
 その視線の先には、無人にもかかわらずそこいらの機材を踏み潰して行進するレイバーの山。

「塔の歌が聞こえる時、小人たちは息を吹き返す――息を吹き返すんだ、すんなりいかないとは思ってたよ」

『方舟』破壊作戦に不参加して、わざわざこの悪天候の中生身を晒していたのはこのためだ。万が一失敗、否、“成功してもしなくても起こるのは確実”の暴走を抑える。これが東馬なりの“ほんのお礼”だった。
 本来なら、市ヶ谷のソフでも呼んで行動すべきなのだが、ホスの感染力が強すぎる故市ヶ谷の機体も安心できないので東馬一人がこの“作業”を行うことになった。ま、本当は吉崎を通してこっちが止めたのだが。

「おい第二小隊、聞こえるか」
(ん、なんだあんた!?)
「さっき会ったろ、如月だよ。状況は把握してる。外でも暴走が始まった。こりゃ時間の問題だな」
(な、なんですって……!)

 無線から息を呑んだ音がした。予測される最悪の事態の発生。しかし、帆場の計画はまだ完成してはいない。

「でもま、無視していいぜ。こっちのレイバー共はこっちで処理するから」
(処理って、あんた何する気……)
「これ、特殊部隊の仕事だから。……コード『羽根なしパピヨン』」

 稲妻と、狂った小人たちのランプしかない夜に、『ブラックライト』が『ENTER』の光を天に映し、《喪羽》が転移されてきた。
 すばやく飛び乗った東馬は、フードを脱いでコクピットの中舌なめずりをする。

「さあ、片っぱしから潰してやるよ。スプリットミサイル!」

 掛け声とともにバックパックから多量のミサイルが放出され、そこかしこの工場から流れ込んできたと思われる工業用レイバーへ食らいつき、次々と爆破していく。元来倍以上のサイズを誇るMS用なだけにほとんど紙切れと言っても過言ではない。が、それでも敵レイバーの総数から比べると微々たるものだ。

「さすがに数が多いな……時間がないんだ、とっとと失せろ!」

 今度はガトリングガンを空間から取り出して乱射する。レイバーの瓦礫は山のように重なっていくが、さすがに全レイバー中四十五%以上と呼ばれる東京、一区画だけでも相当量だ。

「わらわらと集まりやがって……こんなの相手してる場合じゃないかもしれんというのに」

 レイバーだけならまだいい。例の通達によってバビロンプロジェクトに関係ない工場や施設など『方舟』以外の場所にも大抵ひと括りでまとめられている。迎撃する側としてはありがたい限りだが、問題はその工場とか施設で扱ってるのがレイバーじゃない場合だ。

 先頃天野……うっちいから貰ったデータからすると、こいつの感染力ならばどのコンピューターが、どのくらいのロボットシステム(通称RS)が感染してるか予想すらできない。少なくとも、周辺基地のMSや防衛システムも暴走する確率が高い。
 この《喪羽》も通常のPTやMSより性能は高いが、それでも大量に飛び出されたりあるいは特機クラスでは危険だ。先日の《玄武人三号》とやり合った時を思い出して身震いする。
 とにかく、連中が作戦を完了するまで持たせるのが東馬の仕事。だから――こんな雑魚に、いちいち構っていられない。

「邪魔すんじゃねえ!」

 ガトリングを乱射したまま突撃する。と同時に、左腕から露出した三本のステークに電気をまとわせる。

「ジェット……ッ、」

 左マニピュレーターをレイバーに全力で叩き込み、ついでにその勢いで三機くらい巻き添えにして、トリガーを引いた。

「マグナムッ!!」

 打ち出された三本のプラズマ・ステーク(杭)が、三機の装甲を易々と貫き打ち砕いた。
 ジェット・マグナムは、《喪羽》の基となった《ゲシュペンスト》シリーズの量産型、《ゲシュペンストMk-II》の標準装備。三本のプラズマ・ステークに電撃をまとわせ、パイルバンカーのように撃ち出して敵を貫く格闘用の武装だ。《喪羽》にも当然積んであるが、あまり必要性がなかったので使わなかったが、こういう時役に立つな。

「はあ、はあ……やばいな、範囲が広くなってきてやがる」

 サブモニターを見るや舌打ちした。いつもは『羽根なしパピヨン』によって表示される未来の映像の代わりに、今回は東京周辺の地図と、小さな赤い丸――低周波によるホスの暴走圏が表示されていた。
 これによって暴走をある程度先読みして迎撃する気だったのだが……さすがに広範囲すぎる。いずれはじり貧だな。

「ん、緊急通信? この忙しい最中に……なんだ吉崎、こっちは大変なんだよ!」
(こっちも大変なんだよ! 機械獣の大群が光子力研究所に押し寄せてきてるんだ!)
「はあ!?」

 一瞬発言が理解できなかった。機械獣? Dr.ヘルの軍勢が、この台風の、この大騒ぎのど真ん中に襲ってきた? どうして?

「なんでそんなこと俺に通信するんだ! 護衛のMS部隊が……っ!」

 続きが告げなくなった東馬の頭に、先ほど自らが問いかけた疑問の解答があった。
 MS部隊はいない。動かせない。ホスの暴走の懸念があるため、東京周辺のMSは全機武装解除されている。というのは建前で、実際はある程度残されているんだろうが、それでもこの状況下で光子力研のために出撃しようなんて余裕はないはずだ。
 逆にいえば、今この瞬間こそが、光子力研を潰す最大のチャンス……まさか、見抜かれていた? ホスのことも、この武装解除も。
 あり得ない。ただでさえこの件は市ヶ谷と警察庁でも極秘とされている。しかもこれまでの戦闘から、Dr.ヘル及びその機械獣軍団は情報戦というものを軽視とされていた。あるいはその概念がないのか、力押しの傾向が強い。いきなりそんな諜報戦能力を手に入れられるとは思えない。
 だとすれば、誰かがこの情報を流した――? 誰が、いったいなんのために。

「……で、今戦況はどうなってるんだ」
(《グレートマジンガー》を含めた光子力研究所のロボットが戦闘中だけど、かなり不利らしい。なんか、敵もマジンガーを出してきたとか未確認の情報も……)

 マジンガー? そういえば、《マジンガーZ》が撃破された後敵に回収されたとか言っていたが……まあいい、この際そんなことは後回しだ。
 周囲の反応を探る。――特に何もなし。結構破壊したから、さすがに種切れか? 風速も四十m未満に収まっている。まだ台風は完全上陸していない。これならしばらく問題なさそうだ。

「……ベースジャバーは所定の位置に待機させてあったな」
(ホスに感染されてないと思われるやつなら。一から組み直されて整備班が死んでたけど)
「発症したら本当に殺してやるって言っとけ」

 本当に忙しい日だ、なんて呟きつつ、ベースジャバーへ瓦礫を弾き飛ばしつつスラスターを噴かせた。



 マッハ一以上出せるという(マッハは移動速度を指す言葉ではないが)ベースジャバーなら、東京湾から富士樹海の百キロ近い距離も八分程度で済む。しかしそれは最大速度を出せる場合であり、暴風で荒れた空に叶うものではなかった。
 それでも全力光子力研に急ぐ東馬だが、同時に第二小隊への連絡も続けていた。

「おい、『方舟』は、レイバーはどうなった! そろそろやばいんじゃないのか!?」
(やばいどころじゃない! あんた今どこにいるんだよ!)
「ちょっと野暮用だ。レイバーは粗方片付けたから安心しろ。それより、パージ作業はどうした」
(どうしただって!? もう風速が四十m突破してんだ、時間がない! 野亜、応答しろ、野亜!)

 どうやらまだサブコントロールにたどり着いていないらしい。まったく、死人の反応なんか無視してさっさと解体してりゃいいものを、警察ってのは……なんて辟易していると、(うわあ!)と悲鳴がスピーカーから流れてきた。

(どうした野亜、応答しろ!)
(か、烏が、烏の脚にプレートが……!)

 野亜がサブコントロールルームに着いたらしい。動揺しているようだが、帆場はいなかったのか? 烏って……

「……!?」

 その時、東馬の頭にフラッシュバックする光景があった。貧相なアパート、汚れきった部屋、窓に映る高層ビル。そして、異様に多い鳥の羽と“鳥籠”……

「烏……烏が、プレート……」
(制御室、こちら山崎、制御室応答願います! 暴走レイバーなお増加中、もの凄い数です)

 何か引っかかるものがあったのに、思考を邪魔された。どうやらあっちはかなりやばいことになっているらしい。

「おい、パージ作業はどうしたんだ!?」
(それが、『方舟』のメインコンピュータまで汚染されていて……!)
「っ!? しまっ……」

 あり得る、いや、むしろ当然考えられることだった。どうして気付かなかった。……気付けなかったのか? こうなる、ために……

(まだ、何か……何か打つ手があるはずだ……!)

 呟かれた遊馬はまだ諦めていない。解体する手を探しているようだ。しかし、コンピューターが使えない今となっては……

「……! 待て、コンピュータを経由しないで、結合ブロックの火薬を爆発させる手段があったはずだ!」
(え、あ、そうか! バックアップの集中点火線か!)
(で、でもこの混乱のなかを、どうやって点火線の場所まで……!)
(いいから早く!)

 二人の焦燥が伝わってくる。ベースジャバーはようやっと光子力研を視界に捉えるという頃合いだ。ここまで来た以上、引き返すのも無理か……なんてことを考えていると、通信機から二人が歓声を上げた。

(メインシャフト頭頂部……サブコントロールの真下!)
(やっぱ警官は人命尊重を貫いとくもんだ。土壇場で大正解!)
「な、なに?」

 その変わりように東馬も声を裏返らせる。その返答は遊馬の、笑みを浮かべているであろう一言。

(野明の足の下だよ)
「……!!」

 足の下。サブコントロールの真下。そこにおあつらえ向きにあった、集中点火線。
 この危機を脱する大逆転、そうであるのに、東馬は雷に打たれたようなショックを与えられた。

 そんな馬鹿な。どうしてそんな都合よくある。どうしてそんなところへこのタイミングで行った? 死人の反応、そんなものに引かれておちおち行ったから……烏?
 その時、目の前が一瞬暗くなり、再びフラッシュバックが起こった。
 貧相なアパート、汚れきった部屋、窓に映る高層ビル。鳥籠……だけじゃない。別のもの映っている。
 割れたガラス、冷たい雨と風が入ってくる。部屋を埋め尽くすばかりにいる大量の鳥。
 その中で、『666』のプレートを付けた烏が鳴いている。
 あの部屋にあった黒い羽根を持つ烏が……
 なんだこの光景は? 疑問が浮かぶより早く、言葉が脳髄を反響した。



『――それに俺たちにゃもともと選択の余地なんて残されちゃいないのさ。もし失敗するようなことがあれば湾岸一帯は壊滅、被害がどこまで広がるか見当もつかん。しかし成功したとしても、バビロンプロジェクトは大きく後退することになる。どっちに転んでも分のない勝負さ。もしかしたらあいつが飛び降りたとき、すでに本当の勝負はついていたのかもしれん。そうは思わない――?』



「な、な……なめくさりやがって!!」

 全てを知覚した東馬が叫ぶと、それに合わせたように目の前の空が閃光に染まった。

「っ! 雷、違う、ビームか!」

 発射された方角は光子力研、機械獣軍団の仕業かそれともマジンガーか。間に合ったか?

「光子力研究所、応答してください。こちらECOAS極東支部所属……」
(如月君か!?)

 弓教授の声だ。どうやら光子力研は無事らしい。とりあえずは安堵する。

「救援に参りました。そちらの状況は」
(いや、来てはいけない。《グレートマジンガー》がもう限界だ。ミスト君が戦っているが、このままでは……!)

 ミスト、なんて名前が出たが、少しの間誰だかわからなかった。すぐあのヘラヘラした整備員の顔を思い出し唖然とする。

「ミストって、あの整備士とかの!? あいつロボット乗りだったんですか!?」
(いや、彼が自主的に飛び出したんだ。どこからかロボットを持ち出して機械獣と応戦を……)
「はぁ!?」

 今日だけで何度驚かされたろう。数えたくもなったがすぐにかぶりを振った。

(しかし、相手が《マジンガー》では分が悪すぎる。研究所は放棄するしかない)
「ま、マジンガー? マジンガーが相手って、どういう……っだ!」

 突然、目の前からロボットが飛んできた。いや、飛ばされてきたというのが正しいか。
 オレンジと白で構成された彩色の背中を見せてこっちへ迫ってくる機械。あわててベースジャバーを蹴り飛ばして回避する。

「な、なんだぁ?」

 ベースジャバーと激しく激突して樹海に落下したのは、確かにロボットだった。しかし、こんなの見たことない。
 MSではない。PTでもない。持っている武装も銃と剣のマルチウエポンのようだが、少なくとも東馬の知る限りこのような武器は開発されてはいない。
 それに、わかる。
“これ”は違うと。
 俺の、この世界とは違う別のものであると、東馬自身の“記憶”が告げていた。

「なんだ、こいつ……!」
(つ、いたた……)

 思わずその機体に触れてしまい、接触回線が開かれた。中のパイロット――ミストとやらはまだ生きているか。

「おい、お前いったい……!」

 詰問するはずだった次の言葉は、口に出す前に消えた。巨大な影が眼前に現れたからだ。

「……それどころじゃないか」

《喪羽》と正体不明の機体を取り囲むように現れた機械獣軍団、その中で一つ、異形の存在があった。

「《マジンガーZ》……いや、違うか」

 中心にそびえ立った黒い巨人は、そのフォルムといい外見といい間違いなく鉄の城であったが、別物であった。
 全体的に鉄球のようなやけにケバケバしい装飾がとりつけられている。第一、頭部にあるはずのパイルダーがなく、かわりに変なコクピットらしきものが乗っかっている。

「《マジンガーZ》を改造したのか……なるほど、これなら《グレート》が倒されるわけだ」

 雨が叩きつけられるカメラは、光子力研に寄りかかるように倒れた《グレートマジンガー》の半壊した様を映している。修理が万全でない《グレートマジンガー》に、よりによって《マジンガーZ》相手では分が悪いに決まっている。この結果は必然だろう。

((ふっふっふ、チョコマカと手こずらせおって。そんなわけのわからんロボットでこの《あしゅらマジンガー》に勝てると思ったか。その蛾のロボットもろとも消しズミにしてくれるわ))
「……蛾じゃねえよ、蝶だこの半分こ野郎」

 カチンときた東馬は、目の前の《あしゅらマジンガー》にフォトンサーベルを突き付ける。乗っているであろう機械獣軍団の幹部あしゅら男爵は、男の体と女の体を繋ぎ合わせて作った文字通り『半分こ』であることで知られていた。

「プログラム起動、コード『羽根なしパピヨン』」

 いつも通りメインモニターが割れ、サブモニターを出現させる。
 東馬は負ける気がしなかった。機械獣の大軍に囲まれ、最強の名高いスーパーロボット《マジンガーZ》が敵であっても、勝利を確信していた。ここでご自慢のロケットパンチを発射されても、ブレストファイヤー、超高温の熱線を発射したところでかわしきれる。破壊されるのはこの何処ともしれんロボだけだと信じて疑わなかった。
 だから、サブモニターにあらぬ方向から赤き閃光が飛んできた時は相当驚かされてしまった。

「!? やば、伏せろ!」

 頭を下げた《喪羽》に一拍遅れて、熱線が豪雨を蒸発させつつ周囲を駆け巡った。
 熱線を受けた機械獣はすぐさま破壊、いや溶解していく。凄まじいエネルギーだ。

((な、なんだ、なんだこれは!?)
「ブレストファイヤー……違う!」

 今目の前にいる《あしゅらマジンガー》はまだブレストファイヤーを発射していない。同じくブレストファイヤーの改良型、ブレストバーンを放てる《グレート》は死に体だ。だったら、これは誰が撃ったものだ?

(あ、あれは……)

 そこで、ミストが絶句して指をさす。
 その方向に視線を動かすと――いた。

「……な」

 言葉を失う。
 東馬が目にしたのは、確かにマジンガーだった。
 だがあれは、マジンガーなのか? 東馬は断言できない。

 特徴は全てマジンガーを受け継いでいる。しかし、その造形は《あしゅらマジンガー》のほうがまだ美しいと言っていい禍々しい代物だった。
 全長が《マジンガーZ》より一回りほどおおきくなっており、がっしりと筋肉質な出来になっている。
 しかし、そのマジンガーが放つ異様さはそんな外見的な代物ではない。
 その内側から、何かが出ている。
 神々しさでも、瘴気でもない、人を畏れさせる何かが……

(ま、《マジンカイザー》!?)

 弓教授が信じられないというように叫んだ。《マジンカイザー》? それがこのマジンガーの名称だというのか。

((何物かは知らぬが邪魔はさせん。ロケットパーンチ!))

 勇気があるのか鈍いのか、あしゅら男爵は怯むことなく《マジンカイザー》にロケットパンチを撃ちつけた。
 しかし、あっさりとはじき返されてしまう。

((馬鹿な!? 光子力ビーム!))

 続けての第二射。マジンガーシリーズ全体の動力源である光子力をそのままビームに変えた強力な破壊光線。
 だがそれすらものとせず、《マジンカイザー》は《あしゅらマジンガー》を一発殴りつけた。
 あっさりと倒され、胸部装甲にへこみが出来る。

(そんな、超合金Zをいとも簡単に砕くなんて!)

 ミストの驚愕は東馬も一緒だった。超合金Zと言えば日本、いや地球圏最強最硬と呼ばれる金属。それも砕くなんて、あのマジンガーはどんな金属でできているのだろうか。

((やむを得ん、脱出だ!))

 マウントを取られたあしゅら男爵は限界を知り、頭部を解放して《あしゅらマジンガー》から脱出、空へ逃げ出していった。
 敵はいない、これで終わった……というわけにはいかないらしい。
 破壊された《あしゅらマジンガー》を投げだした《マジンカイザー》が、こちらへその機械の瞳を向けたのだ。

「やれやれ、本日最大のドッキリだな」

 滝のように流れる雨をベールにして、鉄の魔神が一歩ずつ近づいてくる。恐怖は感じたが、恐れている場合じゃなさそうなのは確かだった。
《マジンカイザー》の姿をもう一度確認する。ブレストファイヤーだけじゃない、ロケットパンチも光子力ビームも、特機が持つ強力な武装を有しているに違いない。一撃でも、《喪羽》を破壊させる力を持った武器が。

「――なら、食らう余裕はないな!」

 ペダルを踏みしめた東馬は、同時に『ステルスコーティング』を発動させた。相手がこちらを見失った刹那で一気に距離を詰める。
 眼前、《マジンカイザー》と触れ合うギリギリで『ステルスコーティング』を解除。左腕のジェット・マグナムを構える。狙うは一つ。マジンガーシリーズ共通のコクピット、剥き出しのパイルダーだ。

「ジェットッ!」
(やめて、甲児君!)

 一撃を入れようとしたまさにその時、どこからかの悲痛な叫びを聞いた。
 思わず声の方向を向く。するとそこには、ライダースーツに着込んだ弓さやか――弓教授の娘――がいた。……甲児君?
 ギョッとなり、今自分がステークを打ち込もうとしていたパイルダーを直視する。
 そこには、当たり前だが人がいた。だがぐったりしている。気絶しているのかもしれない。
 顔を俯けていてよくわからないが、あれは資料で見た、兜……

「……っ、しまっ!」

 パイルダーの中身を映し出していたカメラは、突然空に視点を変えた。
《マジンカイザー》の強烈なアッパーが、《喪羽》を殴り飛ばしたのだ。

「ぐわああぁ!!」

 意識が暗転する直前、東馬は再びフラッシュバック、いや、詩のような短文を思い出した。



 ……機械に生まれた魂は、神を越えるか悪魔を倒すか。偽りの魔神が猛る時、皇帝は玉座に戻る――



 翌朝。東京湾

「いやあ、ものの見事に壊れたもんだなありゃ」
「よく言うわね、自分で指示しておいて。帆場の犯罪が立証できたからいいけど、そうでなかったら歴史に名を残してたわよ?」

 能天気ともとれる後藤に呆れつつ、南雲はヘリの中から『方舟』の“跡地”を見下ろした。
 バビロンプロジェクトの要、再開発の象徴でもあった洋上プラットフォーム『方舟』は、今は七本の支柱と土台以外見る影もなく崩れ落ちていた。事前に話は聞かされて、シミュレーションも見ていたが、実際に解体された様とは迫力がやはり違う。

「どっちにしろ名を残すさ。これだけの大建築物が一夜にして崩壊したんだもの。ま、やらなかったらもっととんでもない事件になってただろうしね」
「……そうね、悔しいけど」

 どっちにしろ分のない勝負――後藤が語った言葉が胸に圧し掛かる。これが最小限の敗北、か。警官としての無力感と口惜しさを感じているのは、こちらよりはるかに強いだろう。

「それで、どうなると思うこれから」
「篠原と政府は一旦隠し通すとしちまったんだ、どうにもならんだろうね。『方舟』崩壊は台風の仕業、ウイルスは秘密裏に処理されていくと思うよ。俺たちのことはもちろん、ホスや帆場の犯罪のことも隠ぺいされる。『方舟』がなくなったからといって都市再開発は続くし、市ヶ谷が絡んでるんだもん」

 市ヶ谷――日本政府の裏に潜むと言われる謎の存在。南雲も自衛隊と関わっていた頃、名前だけは聞き及んでいたが都市伝説の範疇に過ぎない。彼が来た時は、実在するなんてと驚いてしまったものだ。
 ヘリに同行したシバが何事か携帯で連絡を取っている。きっと榊さんとだろう、プライベートな内容のようなので聞かないことにして視線を外へ向けると、港に残骸となったレイバーが多く転がっていた。

「あれ、彼の仕業みたいね。たった一人で潰していったそうよ」
「彼って、ああ、如月くん?」
「そう。なんか気に入られたみたいね。聞いてたわよ、正義の味方とか言われて……」
「気に入られた? 冗談じゃない、ありゃ馬鹿にして言ったんだよ」

 南雲は、自分の目が点になったことを感じた。それにいつもの無気力そうな目で笑い、後藤は続ける。

「勝ち目がないばかりか負け分のみの勝負をしようって俺を、それに乗ってついてきたあいつらを、心底嘲笑して軽蔑して出た言葉だよ。おかしな奴さ。あんなに若いのに、冷め過ぎてる。でなきゃあんな笑顔できはしない。世の中には守るものも賭けるものもありゃしないって、悟っちまった顔だ。まあ、市ヶ谷なんてとこにいれば自然そうなっちゃうのかもしれないけど」
「……そんな冷めきった男が、どうして国家を守る秘密組織なんかにいるの?」

 ついそう質問してしまった。答えが出るとは思えなかったが、聞かずにはおれなかったのだ。
 しかし、後藤は意外にも「そうだね」と返し、こう続けた。



「諦観、ってとこじゃないの?」



 次回予告

 突如目覚めた人が作りし魔神、その力は世界に何をもたらすのか。

 始まったWWW再戦。しかし州倭慎吾の胸中には戦いへの恐れと迷いがあった。

 だが運命の刃は、容赦なく慎吾へ向けられる。

 防人の名を受け継ぐ男は、何を語るのか。

 次回、スーパーロボット大戦B 第五話『防人の末裔』

 to be continued……


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