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前門の虎、後門の狼 <年子を抱えて>
フライング入院
これまでも、お腹が張ることは日常茶飯事であったが、23日の夕方は張り方がひどかった。小姐がぐずっても放っておいて横になっていたほどだ。しかし何時間もぐずらせておくわけにもいかないし、なんとか夕飯を食べさせ、お風呂に入れて、寝かしつけた。自分はというと、なんだかつわりのように気持ち悪くてほとんど食べられなかった。
翌朝のご飯をとぐために台所へ下りてきた。夕方よりはお腹の張りが気にならなかったので、年賀状を書いていた。しかしそれも長くは続かず、まただんだん張ってきたので寝ることにした。
しかし、どうにも眠れない。お腹がいつまでも張っている。ひどい生理痛のような痛みである。布団に入ったのは10時を回った頃だったが、12時近くになってもまだ眠れない。すると、急に唾液がたまって、吐き気をもよおした。慌ててトイレに駆け込んだ。夕飯に少しだけ食べたきんぴらごぼうが全部出てきた。
吐いたことで、ハッとした。もしや、陣痛…!?小姐を出産する時、陣痛の合間に吐いたことがあったのを思い出した。まだ36週5日だが、あの時の状態に似ている気がした。とにかく、これでは不安だから帰ってきて欲しいと夫に連絡しようと思った。階段を下りる途中で、エンジンの音が聞こえた。ちょうど夫が帰ってきた。まだやるべき仕事は残っていたが、一旦キリがついたので帰ってきてしまったとのことであった。虫の知らせか?
もしかして陣痛かもしれない、でも現段階では確信がもてない。病院に行くのはまだ早い。とりあえず母に連絡した。すぐ来てくれるという。小姐を見ていてもらえるので非常に助かる。
2時頃から、時間を計り始めた。痛いといっても生理痛くらいだが、それでも12~13分おきに痛くなる。このくらいの間隔なら、もう少し痛いんじゃなかったか、と思いつつ、毎回同じとは限らないだろうし、経産婦は進行が早いというではないか。
喉が渇いたので、りんごジュースを飲んだ。するとたちまち吐き気に襲われた。トイレへ走った。うーん、まちがいない。ただの張りではない、やっぱり陣痛だ。小姐の時もこんな感じだった。病院に連絡することにした。
3時に病院へ向かった。回復室に通された。始めに内診されたのだが、これがものすごく痛かった。思わず声をあげてしまうほどであった。
「まだ下りてきていませんね。子宮口が開いているようでもないし、前駆陣痛かもしれないけど…まぁ、とりあえず様子を見ましょう。監視装置つけますね」
助産師さんが機械を取りに行くため部屋を出た時、両手に感覚がないことに気がついた。手首より先が、麻痺して動かないのだ。その旨伝えると、
「変な呼吸をするとそうなっちゃいますよ」
さっきの内診があまりにも痛かったため、過呼吸になったことが原因のようだ。その証拠に、監視装置をつけたら胎児の心音の早いこと早いこと!
「お母さんと赤ちゃんは以心伝心なんですよ。さぁ深呼吸して、落ち着いて~」
定期的な波形は確認できたが、少し弱いとのことだった。私自身も、なんだか中途半端な痛さだなぁと感じていたし、子宮口も開いていないようでは、もしかしたら、帰るように言われるかもしれないと思った。その後、監視装置が外され、一応朝までは様子を見ることになった。
弱いながらもやっぱり痛みはあるので、眠れなかった。(気の毒だったのは夫。残業で深夜に帰ってきたにもかかわらず、椅子に座って寝ることになって…。立ってでも眠れると本人は言うが、あんな体勢じゃ寝た気にならないに決まっている)7時頃、また監視装置をつけられた。結果は似たようなものであった。先生に診てもらってから帰りましょう、と言われた。帰りましょう、か。やっぱりね…。陣痛ってこんな甘っちょろいもんじゃないわ。先生に診てもらうのは外来の診察が始まる少し前のはずである。夫は朝食と出勤準備のため一旦帰宅した。(出産に立ち合い、お役御免となって帰ってきたのかと思った、とは母の弁)
すっかり帰る気でいたのに、いざ先生に診てもらったら、子宮口が2センチ開いたという。「入院だね」。会社に行くつもりでいた夫は、このドンデン返しにより休むことになった。
回復室で浣腸された。少したったらトイレへと言われたが、こらえきれずにすぐさまトイレに向かった。下痢のようだった。そして激しい腹痛に襲われた。おぉ来たか、本格的な陣痛が!落ち着いてからナースコールし、正式に入院するための個室に引っ越した。予約の際に希望した特別室は空いていないとのことで(だって私、まだまだ予定日より早いもんねぇ)普通の部屋に通された。それでも十分な広さ、豪華さであった。
産婦の入院服に着替えて、しばらくのんびりしていた。肝心の陣痛はというと、さっきトイレで激しく痛んだのに、その後が続かない。おかしいな…。10分間隔で痛くなるものの、弱いのだ。こんなに弱いはずがないのに…。
昼食が運ばれてきた。小姐の時は、朝食を食べたらまもなく吐いた。陣痛のせいで胃が圧迫されて船酔いのような状態になったせいである。そうなることを懸念して、少し控え目に食べたのだが、吐かなかった。吐かないということは、やはり陣痛が弱い証拠そのものだろうか。
私の陣痛に変化がないので、夫は母と小姐の様子を見てくるといって一旦帰宅した。話し相手もいないし、食べたせいか眠たくなってきた。ここで眠ってしまうようでは、やはりニセモノの陣痛だ。さらに弱まってきたみたいだ。来院した時のほうがよほど痛かった。
3時に、また監視装置がつけられた。なんだかもうあまり痛くない。波形もたいした高さがない。夕方に先生の診察があるけど、今度こそ帰るように言われるんじゃないかなぁ。
ところが、である。子宮口は朝より開いているとのこと。現在3センチ。わずか1センチの差とはいえ、あんな状態で過ごしたのに信じられない。
「帰りたければ帰ってもいいけど、夜中に急変しないとも限らないしねぇ」
そんなこと言われたら迷うじゃないかーっ!どうしよう。確かに、ここにいたほうが安心といえば安心だ。いくら家から病院まで3分といっても、小姐もいるし、またバタバタするのは嫌だ。夫や母と相談した結果、とりあえず帰らないことにした。
5時半に夕飯が運ばれてきた。今日はクリスマスイブ。チキンにシャンメリーまでついて、いかにもクリスマスという感じのメニューであった。食後には、いちごたっぷりのババロアも出てきた。あいかわらずお腹は痛くない。私ってば何やってんだろ…。これじゃぁまるでクリスマスディナーを食べに来たみたいじゃないの!
暇だなぁ…。だって痛くないんだもの。ナースステーションにいる赤ちゃんを見に行ったり、外来に雑誌を借りに行ったりしたが、たいした時間潰しにならない。布団に入っても眠くないし、なんだか悲しくなってきた。結局、変化がないまま夜は更け、朝を迎えた。今度こそ帰るように言われるね…。
やはり前駆陣痛だったようだ。前駆陣痛とは、本格的な陣痛の前に訪れる不規則な陣痛のことである。そもそも陣痛は間隔に規則性があるものだが、その規則性があまりない、あるいは、規則性はあってもそのうち遠のいてしまう陣痛を前駆陣痛という。てっきりこのまま入院、出産だと腹をくくっていただけに、なんたる肩透かしだろうか。
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