颯HAYATE★我儘のべる

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青いのは芝生だけ? 1 【~5完】




約束をキッチリと守り、4年後に迎えに来た道明寺とすんなり結婚できるほど世の中は甘くなく・・・

大学を卒業した私は―――今、なぜかメープルホテル・ジャパンで働いている。





♪TRRRRRRR・・・・♪

仕事中、携帯が鳴り出した。 この音は道明寺専用。

「はい」

「牧野、今日は一緒に昼めし食わねぇか?」

ここ1ヶ月くらい、道明寺とは会うこともままならない。

「道明寺・・・ゴメン・・・」

彼も忙しいのはわかっている。休み時間は彼が自由になる貴重な時間。

会いたくてたまらない。だけど、仕事を投げ出すわけには絶対にいかない。

あの魔女に認めてもらうためには頑張らないといけない・・・。

「―――仕事なら仕方ねぇけどよ・・・お前、最近ちゃんと休んでいるか?

俺からあのババアに言ってやろうか?」

「やめて!! そんなこと言わなくていいから!!」

そんなことを言えば、彼女になんと思われるだろう。甘えていると思われるかもしれない。

「―――お前、本当に大丈夫か?」

「大丈夫だから! 今日はゴメン! まだ仕事があるから!」

一気に言って、電話を無理矢理に切った。

道明寺に会いたい気持ちは強い、だけど今はあの魔女に認めてもらうことが大事だった。






「牧野さ~ん」

後ろから呼ばれる声に驚いて書類を落としそうになった。

振り向くと、そこには同期入社の古暮がいた。今、私はメープルホテルの企画室にいる。

メープルは私のような一般庶民が宿泊することは難しい高級ホテルだが、こういうホテルにも季節に応じた企画がある。

それは部屋のアレンジであったり、ロビーを利用してのものだったりする。

たとえば、フロントに飾る花にしてもメープルでは企画室の仕事になっている。

古暮は同じ企画室、つまりホテルの裏方の人間だ。表舞台に出てくることは私同様に殆どない。

「どうしたの?」

「いや、昼を一緒に・・・と思ってさ。」

道明寺の誘いを断れば、次がくる、か。つくしはため息をついた。時間が少なすぎる。

「ゴメン、忙しくてさ・・・」

そういうと引くと思っていたが、古暮は顔をしかめて、道明寺と同じことを言った。

「牧野さん、ちゃんと休んでいる? 身体を適度に休めないと良い仕事はできないよ。」

「―――わかっているけど、とにかく今はこれを・・・」

「牧野さん! 食事はキチンとしなくちゃ。そうしないと身体がついていかない、体調の自己管理も社会人としての常識だ!

もし、ここで牧野さんが倒れたらどうなる? 結局は色々な人に迷惑をかけることになる。

それなら少しの時間を割いて身体を休めるようにしないといけないよ。」

そういうと彼はいきなりつくしの腕を掴み、引きずるようにホテル内にあるカフェへと連れて行った。





「強引だね」

さすがに店内に入ってしまえば、つくしも逆らうことはできない。

お客様もいるし、みっともないマネはできないからだ。

そこまで考えて古暮はここに連れてきたのかもしれない。

通常、社員はホテル内では食事をしない。制服を脱いでいれば、食事をしてもOKなのだが、なんとなく遠慮してしまうのだ。

「強引に出ないと飯抜きでしょ。それに、ここなら軽い食事もできるし、時間もかからないよ。」

「確かにね・・・それに味もいいし。」

「そう、ホテルのリサーチにもなる。」

「自分の勤めるホテルをリサーチ??」

「企画室としては当然! 他社のリサーチは当然ながら、自社知らずして他社を出し抜くことはできません。

これはどんな業種でもいえることだろ? 違うか?」

「ううん、確かに・・・ね」

その通りなのだが、その余裕がないのも事実。

隣の芝生は青いんですよ、古暮さん。 自宅よりも隣が気になるのが人間なんです。 ああ・・・疲れたな。

つくしの心の中が見えたのか、古暮はニッと笑うと皿を指差し、「食え」とだけ言った。

つくしは小さめのサンドウィッチが綺麗に盛られた皿を見て、渋々と手を伸ばした。





「最近の牧野さんを見てると鬼気迫るものがあるんだけど、どうかした?

入社当時から、何か必死さはあったけど、最近は特にひどいよね。」

古暮はノホホンとしているようで周りをよく見ている。こういう奴が出世するのかもしれない。

「―――なんか、自分だけが取り残されている気がするんだよね」

「何に?」

「―――ん、いろんなものにね・・・」

実際は道明寺に置いていかれる気がしていた。NYから戻ったアイツはバリバリの企業人になっていて

私の知っていた道明寺司ではなく、大人の男になっていた。

完全に道明寺財閥の後継者として成長していた。

じゃあ、私は―――?

道明寺の援助で大学に通い、バイトに明け暮れ、何か成長しただろうか?

大学の4年間で必死に英語や上流ノマナーというものは一通り身につけたつもりだったが

滋さんや桜子に比べれば、まだまだ子供レベルだろう。

追いつけないのはわかっているが、せめて道明寺の横で釣り合いが取れる存在になれればと思っていた。

でも、彼はどんどん裂きに行ってしまって遠ざかる一方のような気がする。

「牧野さんの出す企画はいつも良いものばかりだと思うよ。この間のカフェと若手芸術家のコラボも良かったし。」

古暮はつくしの落ち込みを仕事のせいだと思ったようだ。

「ありがとう」

つくしは素直に礼を言った。確かにあれは成功した企画だった。

だが・・・それだけだ、後が続かない。

「―――でもさ、なんか思うんだけど・・・俺や牧野に上が求めているものは何か違う気がするんだよね。」

「え・・・?」

「俺らって自信過剰なわけじゃなくてさ、本当に期待されていると思う、んだけど・・・

実際に部長や課長からだって大事にされている気がしないか?」

「―――うん」

「それって、俺らがそれなりに期待に応えているからだと思う、だけど」

―――だけど、がつくわけ?

私も頑張っているつもりだが、空回りしている気がするのも事実だった。

「俺もハッキリとは言えないんだけどさ、何か別のものっていうか・・・

牧野の出す企画、俺は良いと思う。メープルっぽいよな。

―――俺の出す企画もそうなんだよ、ついメープルのイメージを追いかけてる。

メープルの高級感やそのイメージは大事だけど、上が求めているのは違う気がして・・・

実際、俺たちの出した企画の一部は通っているわけだから、考えすぎかもしれない。けど・・・なんか、さ。」

古暮はそう言うとコーヒーをグイッと飲み干した。

彼の言っていることはよく理解できないが、心に引っかかっていた。






余裕のない牧野の応対の俺は唖然としていた。

俺が帰国し、アイツがババアの下で働くようになってから、アイツはどんどんトゲトゲしくなっていく。

俺がアイツを支えなくてはならないと思っていても、俺自身が忙しいのと・・・アイツが素直に俺を頼るわけもなく・・・

愛する女を支えることすらできない現実に打ちのめされる。

「どうしたらいいんだろうな・・・」

一人つぶやくと、頭に浮かぶのは親友の顔だった。

俺が支えられないなら、俺の代わりを頼めばいい。

総二郎もあきらも、類もみんな力になってくれるだろう。

以前の俺なら、俺以外の男が牧野を支え、アイツ自身が頼ることを許せなかっただろう。

だが・・・これも成長なのだろうか、アイツが楽になれるなら・・・

牧野も人を頼ることを覚えるべきだ、俺はそう思った。

アイツはきっと俺にだけは絶対に弱みをみせないだろう。

頑ななアイツが少しでも本音を見せる相手は一人しかいない・・・類。

多少の苛立ちは覚えるが、ここは牧野のことを一番に考えるべきだろう。

司はゆっくりと受話器を取り、昔からかけなれた番号を押した。





「はい」

「よお」

「珍しいね」

名前を名乗らなくても通じるのは、幼稚園の頃から親友をやっているおかげだろう。

「まあな、お互いに忙しいからな」

「その忙しい身の司がいったい何の用?」

相変わらずの飄々とした類の態度に苛立ちながら、俺は本題を切り出した。

「―――いいの?」

「どういう意味だよ!」

「俺が牧野に会って、相談にのってもいいの?」

類の言いたいことはわかる。今までの俺なら、類と牧野が二人で会うなど許せなかった。

俺にはわからない絆が二人にはあるような気がしていた。

どうしても嫉妬を抑えることができず、つい二人を見ると当たり散らしていたものだ。

「それでアイツの気持ちが少しでも楽になるなら、気にしねぇよ。俺はアイツを信じているからな」

「―――へえ」

「なんだよ」

「成長したんだねぇ」

「ったりめぇだ!! 俺と牧野の愛は強いからな。ちょっとやそっとじゃ壊れねぇ!」

「―――ふうん」

「―――文句があるのか?」

「いや、からかいがいが無くなると思って」

「てめぇ・・・」

「ま、司の代わりに牧野に会うよ。ちょうど明日、メープルの方へ行くから、1時間くらいは空けられると思うし。」

「―――悪りぃな、頼むよ。・・・後で電話くれ」

「ああ」

電話を切ると、言葉とは裏腹にかすかな嫉妬がこみ上げてきた。

「俺もまだまだだな」

自分に苦笑しながら、仕事に戻った。





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