颯HAYATE★我儘のべる

颯HAYATE★我儘のべる

青いのは芝生だけ? 3



ワンコールでいきなり声が聞こえてくる。

「牧野!?」

何を慌てているのだと、つくしは苦笑を浮かべた。

「―――うん、今・・・いい?」

「いいに決まっている」

決まってはいないと思うが、彼がそう言ってくれることに甘えることにした。

「この前から、F3が次から次にホテルに来てくれたよ」

「―――ああ」

「道明寺が類に行くように言ったんだよね。」

「まあな。お前がなんだか不安定だったからな。アイツらと話すと少しはリラックスできるだろ?」

「不安定・・・って何よ、ソレ」

「変だっただろ?」

「―――そうかもね」

つくしがそう返すと受話器の向こうから微かな笑い声が聞こえた。

「素直じゃねぇか」

「ふん、私はいつでも素直だっつうの」

「お前がいつも素直なら俺は苦労しねぇよ・・・」

間違いなく本心と思える真剣な口調だった。

いつもそんなに素直じゃなかった?天邪鬼だった・・・?

「道明寺・・・近いうちに会えない? 話がしたいんだ。」

「―――お前から会いたいなんて言葉聞くの初めてじゃねぇか?不気味だな」

そんなことを言われると、いつもの意地っ張りで天邪鬼な性格が顔を出す。

「―――じゃあ、もういい。」

そう言って電話を切ろうとすると、彼の慌てた声が聞こえてくる。

「待て!ちょっと待てよ!! かわいい冗談じゃねぇか! 本気にするなよ」

つくしはちょっと顔を膨らまし、口を尖らせていた。

そういう自分に気がついて真っ赤になってしまう。

「冗談に聞こえなかった」

「あのな~・・・お前が素直じゃないのは今に始まったことじゃねぇだろ。

今更、そんなことで拗ねるなよ・・・」

「―――拗ねてない」

「まあいい。今夜8時には時間があく。それでいいか? 俺がメープルに迎えに行くよ。」

「ダメ!! ホテルにアンタが来たら目立つじゃない。私が行く、どこがいい?」

「じゃあ、会社の近くに『daybreak』ってバーがある。そこでいいか? うちの車をまわすから。」

「ううん、電車でいくから」

「タクシーにしろ!! そのバーはこのあたりじゃ有名だから、運転手に名前を言えばわかる。

迎えが嫌ならタクシーで来い! 夜に出歩くんじゃねぇ!!!」

道明寺の剣幕に唖然としながら、仕方なく「わかった」と答えた。

「絶対に車で来いよ、いいな!!」

そう言って、彼は電話を切った。

「過保護なヤツ・・・」

口からそんな言葉が出たが、彼が自分を心配しているのはよくわかっている。

数ヶ月ぶりに心が晴れたような気がした。

道明寺の声を聞き、軽い会話をするだけで気持ちが浮き立つとは・・・

つくしは改めて、道明寺司という存在が自分の身近にあることを嬉しく感じていた。







バーはすぐに見つかった。

重厚そうなドアを開けて中へ入ると、そこは夜明けという名前に相応しく、暗さの中にぼんやりと早朝を思わせるオレンジの明かりが灯っている。

それが壁に反射し、まるで山から上る朝日のように丸く写っている。

とても落ち着いた雰囲気の洒落たバーだった。

「お一人ですか?」

マスターだろうか、優しい笑顔でつくしに声をかけてくる。

こういう場所に行き慣れていないつくしは少し緊張しながら「待ち合わせです。ど、道明寺さんって・・・」アタフタと答えた。

つくしの緊張がわかったのか、その男性は笑顔で応えてくれた。

「道明寺さまから伺っております。どうぞこちらへ」

そういって案内された席は、すでに道明寺が予約していたのだろう。

個室ではないが、衝立と観葉植物で区切られた、おそらくこの店のVIP席と思われるところだった。

「何にされますか?」

アルコールを口にしないつくしは酒の名前を何も知らない。こういうバーでビールを頼む人もいないだろう。

「あ、あの・・・」

言いよどむと男性は、お待ちくださいといい残してカウンターへと消えた。

しばらくして「それでは、コレを」と笑顔でグラスを渡された。

ブランデーだろうか、薄茶色の透明感のある飲み物。

つくしは仕方なくグラスを手に取り、口をつけた。

アルコールを覚悟していたが、咽喉に入ってきたものはつくしも飲みなれたものだった。

「あ・・・れ、これって・・・」

「待ち人が来られるまで、ごゆっくりどうぞ。」

そう言ったあと、男は顔を近づけて小さな声で囁いた。

「ノンアルコールの飲み物はこれだけなんです。1杯はサービスです。」

やはりウーロン茶だった。

飲めない人もいるが、これなら酒に見えるので見栄っ張りな客のために置いているのかもしれない。

つくしは微笑んで、遠慮なく飲むことにした。






道明寺はすぐにやってきた。

「牧野」

来るなり、案内もなく席へとやってくる。

「待ったか?」

「ううん、10分もたってないんじゃないかな。」

「そっか・・・」

道明寺がネクタイを緩めながら席につくと、それを見計らったようにあの男性がやってくる。

「いらっしゃいませ、道明寺様。お飲み物はどうされますか?」

「あ~、お前は何を飲んでんの?」

「え・・・あ」

つくしが言いよどむと、男性が続けてくれる。

「牧野様はお酒は苦手とのことですので・・・お茶をお出ししました。」

「あ、そうか。すまねぇな、テンぱっちまって、お前が酒を飲まねぇの忘れてたわ。」

「テンパってって・・・」

「お前から電話があるなんて珍しいことだろうが!」

確かにそうだが、それだけでアセるような男でもないだろう。

「じゃあ、俺も今日はお茶にしとく。大事な話もあるし、アルコールは入れないほうがいいだろう。バーに来ておいて申し訳ないが。」

司がそういうと彼はやはり笑顔で「かまいませんよ、またお越しの際にはボトルを入れていただきますから。」

そう言ってカウンターへと戻っていった。

「―――ちゃっかりしてるよな。ああ言われると今度は絶対にボトルを入れる。」

「そんなモンなの?」

「酒を飲むための店で酒を頼まないんだぞ、ある意味マナー違反だろ。

それを認めてくれたんだから、次はボトルくらい入れないと申し訳ないだろうが。」

「アンタは飲めば?」

「―――いや、今日はお前と素面で話したいからな。」






男性が飲み物を持ってきて去ると二人きりになってしまう。

周りの声もあまり聞こえないような席だから、当然、静かなものだ。

「・・・で、お前は少し落ち着いたのか?」

何も言わないつくしに司が切り出した。

「うん・・・ねぇ、なんで類をよこしたの?」

「あのなぁ・・・」

つくしの言葉に司は呆れたような顔で答えた。

「本当は俺が行きたかったさ、だけど、お前は俺に対して素直になれないだろ。

対等でいたいという意識が強すぎて、甘えることもできないし反発するのがお前だろうが。

アイツらにも素直とは言いがたいが、俺に対するよりはマシだろう。」

「―――そうかな?」

確かにそうかもしれない。道明寺は恋人だし、結婚も考えている。

だからこそ、対等でいたいという思いは強い。

「そうだろうが!! 俺だって類に頼みたかったわけじゃねぇ。

誰が好き好んでライバルに自分の女を託すヤツがいるよ!?

だが、俺が行くとお前は絶対に頑なになるのがわかっているからな。

妙なところで頑固だからな・・・。お前は昔から類にだけは少し素直になる。

それに・・・アイツらの顔を見れば少しは気分転換できると思ってよ。」

「うん・・・ありがとう。」

「―――本当に素直だな」

「類や西門さんが言ったこと、よくわからなかったんだけど・・・

美作さんがそれを説明してくれたっていうか・・・」

「―――そうか」

「うん」

何と言ったらいいのだろう。今の自分の気持ちをどう伝えたらいいのだろう。

「・・・牧野?」

黙り込んだつくしに、司が先を促す。

「私、道明寺の・・・お母さんに認められたかったの・・・」

司は黙っていた。

「道明寺との交際を認めてもらうには、早く彼女に認められる存在にならなくちゃって・・・

そう思って、仕事も必死にこなしていた。もう本当に必死で・・・ユトリなんて全くなかった。

精神的にも追い詰められていたと思う、今考えるとね。」

「―――そんな感じだったな。会えば顔色は悪い、それなのに仕事が忙しいと言ってすぐに戻ろうとするし。

俺も心配で仕方なかったが、お前の頑張りの理由も少しはわかるし何も言えなかった。」

たぶん、道明寺はすべてをわかっていたと思う。

だけど、自分たちのためにしているのだから何も言えなかったのだろう。

それに、言っても私は素直に聞き入れなかっただろう・・・。

彼と私の未来のために頑張っているのだと、もっとムキになったかもしれない。

だから彼のしたことは間違っていない。

「そう、なんだ・・・。道明寺、私ね・・・美作さんに言われるまで気がつかなかった。

私はアンタの隣にいても文句を言われない存在になりたかったんだけど、

いつのまにか目標を見失っていて、「道明寺楓」が目標になっていた、彼女を目指すようになっていたよ。

彼女になれば文句は言われないと思っていた気がするんだよね・・・。

私が彼女になれるわけないけど、少しでも近づければいいと思っていた。

でも美作さんに言われちゃった。道明寺は母親を求めているんじゃない、牧野つくしを求めているんだって。

アンタはそのままの私を求めているのに、道明寺楓になってどうするんだって。」

「―――その通りだ。俺は自分の女に母親なんて求めてねぇぞ。

男は母親に似た女を嫁にすれば幸せになれると言うが・・・俺は子供の頃からあのババアが母親で幸せだと感じたことはない。

母親とまったく違う暖かい女だからこそ、俺はお前に惚れたんだぜ? お前が氷の女になってどうするんだ。」

それは美作さんにも言われたことだ。つまり類と西門さんも遠まわしに伝えていたこと。

「うん・・・ゴメン」

「あのな、俺はそのままのお前が好きだ。

それに・・・お前は気がついていないようだが、氷の女より暖かい女の方が凄いだろうが。

温もりは氷を溶かしていくんだぜ? お前はすでに少しずつ、あの女の氷も溶かしているよ。」

司は微笑むとゆっくりと手をつくしの頬にあてた。

「牧野、焦る必要はないんだ。俺はお前以外の女と結婚する気はないし、俺たちは成人している。

高校生だった頃とは違う、親の許可なんて必要ないんだよ!」

そう言う彼の顔がだんだん近づいてくる。

あ・・・キス・・・?

そう思った瞬間、唇が重なった。

久しぶりに感じる彼の温もりに、身体が一気に熱を帯びる。

「ん・・・あっ」

彼の舌が口内を蹂躙する。こんなにも道明寺を欲していたと、つくしは改めて思い知った。

熱くなる体を抑えることができない。

「んん・・・はあ、ん」

舌と舌が絡み合い。唾液が行き交う音が静かな店内に響いている気がした。

恥ずかしさが一気にこみ上げてくる。

「―――牧野、ホテルに行こう・・・」

甘美な誘惑の声に逆らえるわけがない。つくしは恥ずかしげに俯き、小さく頷いた。




© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: