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颯HAYATE★我儘のべる
短編
久々に・・・ここの小話を更新。
読んでみます??
■忘却は罪■
「うそだろ・・・」
腹部を襲った痛み。この痛みは知っている。
腹を刺されたのはこれで2度目だ、1度目はそう、まだ高校生だった・・・。
またかよ・・・俺は痛みを感じた瞬間、そう思った。
だが、すぐに頭に浮かんだのは愛するつくしの顔、そして双子の顔。
あの時、俺はつくしだけを忘れて傷つけた。
絶対に同じことを繰り返すわけにはいかない―――――。
やっと取れた休み、俺は初めての家族サービスを実行していた。
双子の希望で朝から遊園地に来ていた。
散々いろんなものを乗り回し、お弁当を食べた後で双子が一番に乗りたいと言ったのは観覧車だった。
どこが楽しいのかわからないが、俺とつくしは双子と共に観覧車に乗り込んだ。
下に見えるSPに手を振り、双子はご機嫌だった。
SPに手を振り続ける榊の「見て」という声に俺も下を見ると、観覧車の乗降口付近に立つ男が見えた。
男の家族らしい人物は近くにいない、ただ男だけが一人、立っている。
男一人で観覧車・・・? 不思議に思い、少し気になったがそれだけだった。
やがて観覧車は一周し、元の位置に戻る。
ご機嫌の双子が降りた後、それを追うようにつくしが降りる。全員降りたのを見届けて俺が降りる・・・。
そのとき、入れ違いに乗ろうとする男が横切った。
その瞬間、横腹に痛みが走った。なんだ・・・?
何が起こったのかわからなかったが、すぐに昔の記憶が蘇る。
この痛みは知っている、腹を刺されたんだ――――。
「うそだろ」
出てきた言葉はこれだけだった。そのまま俺は腹を押さえて倒れこんだ。
その瞬間に聞こえたのは男の怒鳴り声とつくしの悲鳴。
そして耳元に小さな声で吐かれた「過去を償え」という言葉。
男の「過去を償え」と言う言葉が耳を離れなかった。
意識が混濁している間もずっと頭の中に響き続ける言葉。
チラリと見た男の顔に見覚えは全くなかった。
また道明寺を恨む男なのだろうか?
だが倒れる瞬間に見た男の目は道明寺というよりも司個人に恨みをもつ者の目だった。
俺を憎んでいる目――――。
だが、どこで恨みを買ったのか・・・覚えがなかった。
意識が戻って最初に聞こえたのは男の声。
「あの男は・・・司さんを恨んでいたんですよ」
誰だ・・・? 一瞬、そう思ったが声の主には覚えがあった。遊園地に同行していたSP、橘だった。
俺を刺した男はSPが捕えたに違いない。
「そう、恨む気持ちもわかるけど・・・でも・・・」
つくしの声がした途端、俺は愕然とした。つくしは冷静に「俺を恨む気持ちもわかる」とそう言ったのだ。
どういうことだろう、つくしが犯人に同情する理由はなんだろう?
俺は必死に声を出そうとするが、うまく声が出ない。まるで声の出し方を忘れてしまったようだ。
「あの頃の司は荒れていたから・・・F4全員、同罪よね。」
アイツらもにも関係があるのか?俺は必死に口を動かそうとしたが、魚のようにただ口をパクパクとするだけだった。
うなり声一つ出なかった。目を開けようとしても瞼が重い。瞼を持ち上げることすらできないほどに力がないことに俺は愕然とした。
俺はいったいどうなったんだ・・・?つくしと橘は俺の様子にまったく気がつかず、会話を続けていた。
「―――で、医者はなんと?」
「命に別状はないそうよ、ただ・・・なんらかの後遺症は残るかもしれないと。」
「意識が戻らないのは?」
「クスリのせいみたい、麻酔と痛み止めのせいね。たぶん今夜か明日には意識はハッキリとするわよ。」
「―――奥様、申し訳ありません。自分がついていながら・・・」
「橘さんのせいじゃない。橘さんがいたから、被害が広がらなかったんだと思う。
双子も私も無事だし、プライベートってことでSPを一人しか連れて行かなかった私たちが悪いのよ。
たった一人で四人も守っていたんだもの、大変だったわね・・・ゴメンなさい。」
そう、今日は完全に家族だけで過ごしたかったのだ、だからSPは連れて行きたくなかった。
だがそういうわけにもいかず、橘だけを同行させたのだ。それが裏目にでたというわけか。
「そう・・・言っていただけると・・・」
「橘さんは立派な仕事をしたわ。犯人はすぐに取り押さえられたし、気にしないで。」
つくしはそれだけ言って、橘を安心させてようだ。
「ねぇ、橘さん・・・確かに司は刺されて重傷よ。でもね・・・生死がかかっていないだけ、あの時よりはいい。
あの時は・・・死ぬかもしれないという恐怖があったもの。」
あの時とは高校時代のことだろう、奇跡の生還だった・・・、そしてつくしだけを忘れたのだ。
俺は今、アイツを忘れることなく、ベッドに横たわっている。それだけでも俺はホッとした。
ホッとした途端、クスリの影響かまた眠気が襲ってきた。
次に目覚めたとき、俺のベッド脇には親友たちが勢ぞろいしていた。
総二郎、あきら、類、それに桜子に滋。枕元にはつくしがいた。
「あ・・・」
今度は何とか声が出たが、口の中が張り付く感じがしてうまく喋ることができない。
つくしがそれに気がつき、水を飲ませてくれた。
少しの水を咽喉に通すだけで、随分と楽に声がだせるようになった。
「あ、れから・・・なん、にち・・・た、った?」
まだシッカリと喋ることができない、掠れたような声。
「3日だよ。遊園地に行った日から3日。何度か意識が戻ったのかな、ってこともあったけど、司ってば疲れてたのね、眠り続けちゃって。」
つくしの顔は微笑んでいた。俺が生きていることへの喜びが素直に伝わってくる。
「そ、うか・・・アイ、ツは?」
「アイツ?」
「―――司を刺したヤツでしょ?」
類の言葉に俺は小さく頷く。あの男は俺を恨んでいた、憎んでいた。憎しみの原因は何だ?
「司は顔を見なかった?」
「み、た・・・けど、知らない・・・ヤツ、だった」
「―――そう」
つくしの顔が悲しげに歪んだ。俺はF3を見たが、F3も複雑な表情だった。
コイツらはあの男を知っているのだろうか?司は怪訝に思いながらも尋ねた。
「彼は俺たちと同じ英徳の出身だよ。いや・・・卒業はしていないか、中退したからね。」
類の言葉にも俺は犯人とのつながりを思い出すことができなかった。
「ねえ・・・道明寺さんはまだ意識が戻ったばかりだし、日を改めた方がいいんじゃないですか?」
「そうだよ、そうしたほうがいいよ。」
桜子と滋が俺を気遣って言うが、俺は今すぐに原因を知りたかった。
「―――司、よく考えて。本当に・・・彼に見覚えがない?」
司の思いがわかったのか、つくしが言う。そして写真を差し出した。
それには英徳高校の校舎をバックに数名の生徒が写っていたが、一人として記憶にある者はいなかった。
「ど・・・いつ・・もしら、ない」
「―――そう。」
また悲しげな表情だ。俺はこの男を知っているのか? なぜつくしがこんな顔をする?
「司、水・・・飲んで。苦しそうだよ。」
つくしはそう言うと、水差しを俺の口元に当てる。渇いていた喉をぬるい水がゆっくりと通っていく。
「俺は・・・知っているはずなのか?」
「そうだよ、俺たちも知っている。コイツは同級生ってヤツだ。
豊永篤志、豊永産業って会社があっただろう?もう倒産してしまったけどな。そこの息子だ。
俺たちが学生の頃は不思議な時代だったよな、どの企業も濡れ手に粟で大したことをしなくても儲かった。
豊永産業も当時は年に10億近く稼ぐ優良企業だったが、夢の時代が終わると色々な企業が倒産した。
豊永の取引先も例外じゃない。そのせいと企業を拡大しすぎたことが原因で倒産だ。」
あきらの言葉に俺は安堵した。
「道明寺が絡んでいる・・・わけじゃないんだな?」
「ああ、倒産そのものは時代の流れだ。その流れを読めなかった豊永の父親が悪いのさ。」
「じゃあ、なんで・・・」
「アイツはね・・・英徳在学中に階段から落ちたんだ。それが原因で足を痛め、今でも多少引きずって歩いている。
手術を何回かしたそうだが、完全にはよくならなかった。
その階段から落ちた原因だが・・・生徒から逃げていたからだ。つまり苛めにあっていたんだ。」
生徒から逃げていた?それを聞いて頭に浮かんだのは織部順平だった。
親友が俺のせいで身体を壊し、学校を辞めていった復讐につくしを利用した男。
「―――まさか」
「赤札だよ」
俺は何も言えなかった。あの頃、俺は虐めの対象に赤札を貼ることで全校生徒に標的を知らせ、虐めを促していた。
俺は直接手を下さない。他のヤツらが俺の言いなりに標的となった者を虐待する様を楽しんでいた。
今おもえば、そうとう人間として歪んでいる。だが、それを止めさせたのがつくしだった。
虐める方も虐められる方も俺に意見するやつはいなかった。
いや―――極稀にいたが、そいつに赤札を貼ることで報復していた。
つくしにも同じことをした―――。アイツも俺の餌食になった。
だがアイツはそれでも俺に立ち向かってきた。それが今までの奴らとは違った。
そのおかげで俺は今、まともな人間になることができたんだ。
「赤札・・・の犠牲者、か?」
「ああ、豊永は俺たちの赤札で標的になっていた。それで生徒から逃げている最中に階段から落ちた。
腰を強打して入院したんだが、退院したときは当然だが・・・学校を辞めていたよ。」
俺はつくしがよく冗談のように言っていた言葉を思い出した。
『虐めたほうは忘れても、虐められたほうは忘れないものよ。』
本気で聞いていなかった。そしてそれを戒めるかのように、俺は刺されたわけだ。
つくしも俺に赤札を貼られ、虐められたことを忘れることはない。
いまだに俺を懲らしめるためだと思うが、口にすることがある。
俺は愛情の裏返しの言葉だと思っていたが・・・違うのかもしれない。
本当に忘れられない、苦しい記憶なのかもしれない。
俺は・・・あの当時の自分を反省していないわけじゃない、だが酷い目にあわせた男の顔も覚えていない。
これでは反省したとは言えないだろう。
道明寺の力を使って、せめて赤札が原因で学校を辞めていった奴を調べるべきだった。
たとえ許してもらえなくても、謝罪するべきだったのだと・・・今、悟った。
だが今回はまだいい。標的は俺だった。織部の時のように、つくしや双子を利用されることがなかっただけ良かった。
「その・・・豊永、はどこ・・・だ?」
「お前んとこのSPがすぐに取り押さえたからな、現行犯逮捕だろ。目撃者も多かったしな。」
「やっぱり、俺を恨んでいる・・・んだよな?」
俺の悔恨の言葉を聞いて、つくしは俺の顔をのぞきこんだ。
「司、気分は?」
「大丈夫・・・だ」
「じゃあ・・・アンタも含め、F4全員に聞いてほしい。」
そう言って、部屋にいる全員を見渡した。俺は不安に襲われた。
まさか・・・俺に愛想を尽かしたわけじゃないよな?
桜子も滋もF3も無言で頷く。
「これは昨日、橘さんが警察から聞いた話なの。豊永くんは少しずつ動機を話しているそうよ。」
つくしはそういうと小さく深呼吸をした。
「何て言っているの?」
先を促したのは類。つくしは類を見て、すぐに視線を俺に戻した。
「彼はね・・・恨むというより、忘れたかったみたいよ。そうよね、誰でも虐められた記憶なんて無くしてしまいたいもの。
だから、みんなを殺したいとかそんな恨みや憎しみをずっと抱いていたわけじゃない。
忘れたいから思い出さないようにしていたらしいわ・・・」
「じゃ、なんで・・・?」
俺は搾り出すように声を発した。
「アンタが忘れていたからよ。」
つくしの言葉に俺は眉を寄せた。F3もわけがわからないという表情をしている。
「この間、司を見かけたそうよ。いえ、偶然に同じ店にいたらしいわね。そこでアンタが落としたペンを拾ってあげたそうよ。」
つくしの言葉に俺は思いだした。
仕事の途中で立ち寄ったバーガー屋。普通なら絶対に食わないバーガーを買おうとしたのは、こういう妙なものを好むつくしと双子のためだった。
家族のために何か買ってみたく、俺は自ら店に入り注文したのだ。
その時、普段は使うことのない現金をだそうとポケットを探った際にペンが落ちた。
あれを拾ってくれたのは・・・色白で華奢な杖をついた青年。
俺と同じ歳には見えなかった。もっと若い感じの男だった。
「アイツが・・・」
「司、その時なんて言ったか覚えている?」
あの時・・・普通に礼を言っただけだと思うが・・・
『お、サンキュー。 あれ、お前、足が悪いんか? ま、頑張れよ。』
それだけ言ってペンを受け取った気がする。
「彼は写真を見る限り、学生時代から容姿が殆ど変わっていない。身長も2cmしか伸びなかったそうよ。
それなのに司は全く彼を思い出さなかった。そして足が悪いのか、頑張れって言ったんだって。」
そう、確かに俺はそういった。足が悪いことを気にしていたのか?
障害を持って働くことは大変だと思った、だから励ました・・・それがいけなかったのだろうか?
「これはF4全員に言えることだけど、類も西門さんも美作さんも司がこういう目にあうまで、豊永くんのことは忘れていたでしょう?
自分たちが赤札を貼って、幼稚な虐めをしていたことは覚えていても、それを誰に対して実行したかは覚えていない、違う?」
「ああ、そうだ。今おもえば酷い話だけど、俺たちにとってアレは暇つぶしだったからな。
覚える価値すらない出来事だったんだ・・・」
つくしの問いに答えたのは総二郎だった。
「そういうアンタたちを私も知っているけど・・・それはとても酷いことよね。
覚えていないってことは存在価値がないってことにも繋がるでしょう?
相手にそう取られても仕方がないと思う。ましてや、足を悪くした原因なのに・・・。
―――私、よく言っているよね。『虐めたほうは忘れても虐められたほうは忘れない』って。
あれ、本当のことだよ。どんなに忘れようとしても忘れられないの。
何かの拍子に思い出してしまう。それなのに虐めたほうは簡単に忘れ、同級生だったことすら覚えていない。
憎しみを感じても仕方がないと思わない? 自分を虐めたことすら忘れ、頑張れよ、なんて加害者から言われたのよ?」
「でも・・・それで人を刺したら自分が・・・」
おずおずと言ったのは滋だった。
「そうだね、自分が結局損をする。だけど、衝動的にやってしまうこともあるよ。
私は司を殴ったけど・・・彼にはF4に対抗する力がなかった、恐怖が先にたって何もできなかったんだよ。
必死で当時から抑え付けていた感情が司のその言葉で爆発してしまったの。
したことは悪いことだよ。許されることじゃない。だけど・・・司たちにも問題はあるよね。」
つくしはそう言うと、俺たちを見渡して返事を促した。
「「「「ああ・・・」」」」
俺たちはそう答えるしかなかった。
「後からなら何とでも言えるけどね・・・彼は言っているそうよ。
もしも司が自分を覚えていて、一言だけでも『あの頃はすまなかった』そう言ってくれたらって。
そうすれば、完全に忘れることができたと思うって。」
「―――そうか」
俺はそれ以上、何も言えなかった。
「類や西門さん、美作さんも忘れていたんでしょう? 同罪だよ。
今回の被害者は司だったけど、もしも会っていたのがアンタたちだったとしても同じ結果だったよ。
被害者が司かアンタたちの誰かっていう違いだけで。」
「そうだね・・・俺は赤札を貼られた人だけじゃなく、司や総二郎、あきら、静以外に興味のある人間がいなかった。
人間そのものに興味を持ったのは「牧野つくし」を知ってからだから・・・。
他人がどうなろうと興味もなかった。虐めには加わらなかったけど、司を止めたこともないし、彼らの中では当然、俺も加害者だよね。」
「――――そうだよ。」
つくしはハッキリとそう答えた。赤札を貼ることを知っていながら、止めもしない。
そしてソイツラの親友で行動を共にしているのだ、自分は関係ないで済むわけがない。
「司、意識も戻ったし・・・体力が回復したらすぐにリハビリだよ。
先生は後遺症が残るかもって言っていた。もしかしたら豊永くんのように杖が必要になるかもしれない。
でも・・・歩けるようになったら彼に会いに行こう。」
つくしは隠すことなく、後遺症が残るといった。俺は他人に健康を奪った、その俺が多少の後遺症くらいで落ち込んでもいられない。
「たとえ足を引きずることになっても杖なんか使うもんか。自分の足で歩いてアイツに会いに行く。
そして謝罪するよ―――、許してもらえるとは思えないけどな。」
「うん、今さら謝罪しても過去は変えられないからね。だけど・・・そうすることで未来は変わるかもしれないよ。」
「俺もその時は一緒にいくから。」
「ああ、そうだな。」
あきらの言葉に総二郎と類が同意する。
「確かに忘れられるのは辛いもんですよ。私の場合は全身を変えてしまったから覚えていないのも仕方ないです。
でも、それでも覚えていてもらいたいもんです。自分の存在そのものを否定されたような気がしますから。
忘れるっていうもの・・・時には罪ですよ。」
桜子の言葉には重みがある。桜子も俺に忘れられた一人だからだ。
「そうか・・・すまなかったな。」
俺は初めて桜子に謝罪した。桜子もつくしを利用したことがある。
桜子は泣いて謝罪して・・・つくしに許してもらったのだ。
だが、桜子がつくしを利用した原因は俺にあるのに、俺は謝罪したことはなかった。
「―――道明寺さんが謝罪の言葉を吐くと・・・気持ち悪いですね。」
桜子の言葉に俺はさらに眉間に皺を寄せた。
1年後、俺はリハビリを終えてアイツの前にいた。足は結局少し引きずる結果になった。
だが杖をつく必要はない。俺は自分の足で立ち、豊永篤志の前にいた。
豊永は俺が訴えることなく、減刑を願ったので、最近出所していた。
「―――よくここがわかったね。」
豊永は小さな声でそういった。
「道明寺の力を使えば、人ひとりを探し出すくらい簡単だ。―――上がってもいいか?」
「ああ・・・茶はないよ。」
「かまわない」
俺は彼の住むアパートに上がった。一部屋しかないそこにはベッドもテーブルも何もなかった。
「・・・何もないな。」
「ああ、今の俺の人生そのものだよ。」
「―――お前の人生は何もないのか?」
「ああ、ないな。お前を刺したことで自分が築いてきた全てを失ったからな。」
事件のせいで職を失い、友を失ったことは知っていた。
道明寺司を刺したことは俺が意識を失っている間に大々的に報道され、豊永の顔も大きく報道された。
道明寺の力を恐れた会社は即刻彼を首にし、つくしの元へ謝罪に訪れたと聞いた。
彼の友達も道明寺を恐れ、連絡を絶ったらしい。
自業自得なところもある。だが・・・豊永がこういう暴挙にでた原因は全部俺にある。
「―――豊永、昔のことだが・・・すまなかった。今さら謝っても仕方がないが、許してほしい。
あの当時の俺は・・・人間として最低だった。今はそれがわかる。」
「―――本当に今さらだ。だけど・・・俺も君を刺して殺そうとしたんだから同罪なんだよね。
もう、虐められたことを理由にして君を責める資格はない。」
「豊永・・・俺は変わった。人間として真っ当な生き方をしていると思う。
それは妻のおかげだ。アイツも俺の赤札の犠牲者なんだ・・・だけど、アイツは逃げることなく、俺を殴りやがった。」
「―――妻って女性だよね? 道明寺くんを・・・殴った?」
「ああ、アイツは俺を殴りたおしたんだ。俺は・・・当時、たぶんお前よりもガキだったんだ。
人を虐めることでしか溜まった鬱憤を晴らすことができなかった。完全な八つ当たりだ。
お前は俺の八つ当たりの犠牲になったんだ・・・本当にすまなかった。」
俺の謝罪を彼は神妙な顔で聞いていた。そして・・・
「俺も悪かった。申し訳ない、君を・・・障害者にしてしまった。すまない。」
「―――これは自業自得だ。俺はつくし以外に赤札の犠牲者を覚えていなかったんだ。
今、俺は当時・・・赤札を貼られた人間を調べている。調べないとわからないんだ。
酷い人間だよな・・・今さらだけど、謝罪してまわっている。類たちも一緒だ。」
「―――花沢くんたちもこの間・・・来たよ。」
「そうか」
「もう・・・お互いに過去にしよう。俺は忘れることはできなくても、過去として区切ることはできる。」
豊永の言葉に俺は同意した。確かに俺のやったことも、彼がやったことも忘れるには大きすぎる出来事だ。
だが・・・過去として思い出の中に葬ることはできるだろう。
「ああ・・・わかった。もう言わない。」
「―――今日は謝罪に来てくれて嬉しかったよ。ありがとう。」
彼はそういうと微かに頭を下げた。
豊永は今、道明寺系列の末端にある書店で働いている。
職を失った彼に俺はその職場を提供した。新しく道明寺が買い取った書店の店長として頑張っている。
初めは断った彼だが、彼の今までの実績を調べた結果のスカウトだというと同意してくれた。
俺は―――今、やっと少し成長した気がしている。
男として、父親として・・・そして何より人間として俺は一つ成長した。
そう感じていた。
FIN
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