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颯HAYATE★我儘のべる
明けない夜はないから 1 【~21完】
●明けない夜はないから●
まさにあの日は天国と地獄という感じだった。
早朝から具合が悪く、その原因に思い当たった私は早速病院に行った。
そして診察を終えて、待合室に入ったとたんに耳に入ったニュース。
『道明寺財閥のご長男、道明寺司さんの結婚が発表されました』
テレビから聞こえる声に私は呆然とした。
嘘でしょ?
『それでは、記者会見の会場をお呼びしましょう』
恐る恐るテレビに目を向けると・・・道明寺と綺麗な女性が一緒に座り、カメ
ラのフラッシュを浴びている。
道明寺の隣にはにこやかな顔の魔女。
道明寺・・・何、これ?
『いつ、ご結婚ということになるのでしょうか?』
『そうですね、3ヶ月後を予定しております。色々と準備がございますから。
とりあえずは結婚というよりも婚約の発表ということですね。』
魔女の声には喜びがにじみ出ていた。
道明寺は少し俯いて顔をこわばらせている。女性は・・・嬉しそうに道明寺に
視線を向けていた。
・・・どういうことなの!?道明寺・・・
『では、司さんにお聞きしますが、彼女のどこに惹かれたのでしょう?』
『・・・寛大なところ・・・でしょうか?でも、これから惹かれるところが増えていくでしょう』
私は震える手で携帯を取り出した。道明寺に聞かなくちゃ・・・
携帯は私の手から滑り落ち、床に音を立てて転がった。
その瞬間、目の前が真っ暗になった。
私は意識を手放した。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
目が覚めたとき、私は病院のベッドの上にいた。
今日、診察を受けた病院。その病院で倒れたのだから当然だが。
ベッドの横にはF3がいた。
なぜ、ここがわかったのだろう。
「類?西門さんも美作さんも・・・どうしたの?」
「大丈夫、牧野?」
花沢類の静かな優しい声が混乱した頭を落ち着かせた。
あれは夢だったのかもしれない。
「うん。なんか・・・道明寺が結婚した夢を見てた」
「「「・・・・」」」
黙っているF3にまた不安と混乱がよみがえってきた。
夢じゃなかったとか?
「牧野、それは夢じゃない。結婚はまだだけど・・・司は婚約した」
「・・・・あの記者会見・・・夢じゃなかったんだ・・・」
「ああ」
「・・・そう・・・そういえば、なんでみんなここがわかったの?」
なんとなく、道明寺の話をしたくなかった。司に裏切られたなんて考えたくな
かった。
「携帯だよ。お前、倒れたときどこかに電話しようとしてただろ?そのまま倒
れたせいか類の短縮を押したみたいだな。
拾った看護婦が電話にでて状況を説明してくれた。俺らもその時、類と一緒にいたんだ。
そしてお前がここで倒れたことを知ってさ、慌ててきたんだよ」
「そういえば、道明寺に電話しようとしたけど、手が震えて・・・」
「・・・そうだろうな。」
美作さんは悲しそうにほほ笑んだ。
私がいる病院は特殊なところだ。私がここで診察を受けたということは90%があることを示す。
それは・・・妊娠。
「牧野、司の子?」
類が単刀直入に聞いてくる。
「・・・ここにいるんだもん、隠してもしょうがないね。そうだよ、道明寺の赤ちゃん」
「今なら間にあう。司に連絡しよう」
そう言って美作さんはポケットから携帯を取り出した。
「待って、あきら。牧野はどうしたい?」
電話をかけようとするあきらを類が制止した。
「・・・わかんない。どうして道明寺は・・・」
そこまでいうと涙がでてきた止まらなくなった。
F3が言うのなら婚約は現実。つまり、4年後に迎えに来るという言葉は消えたのだ。
道明寺がフランスで誓った言葉も寒々しい嘘ということだ。
どうして?どうして?どうして?
「司がなぜ婚約したのかはわからない。でも牧野を愛しているのも事実だよ。
だからきっと理由があるんだろうけど、それを牧野に説明もせずにいきなり記者会見して世間に発表するなんて俺は許せない。
まず牧野になんらかの説明か別れ話をするべきだよ」
「おい、類!別れ話って・・・そういうことは・・・」
「司が別の人と婚約した以上、司と牧野は別れたってことでしょ?それも一方的に」
「ああ、そうだな」
同意したのは、今まで黙っていた西門さん。
泣きじゃくる私の頭に手をおいてゆっくりと優しくなでてくれている。
「牧野、どうするんだ?」
「とりあえず、道明寺に聞きたいよ・・・でも婚約は現実でもうすぐ結婚するんだよね。あれは間違いじゃないんだよね・・・」
「ああ、司は婚約した。現実だよ。それに結婚も現実だ。実は日取りも決まっているんだ。昨日、式の招待状が届いた」
「招待状・・・?」
「ああ、3ヵ月後の結婚式の招待状だ」
「昨日ってことは・・・以前から決まっていたってことだよね」
「ああ、少なくとも1週間前にはな」
「1週間?」
「それくらいあれば式場は確保できるし、どうせメープルホテルであるんだ。
どうとでもなる。招待状もそれだけの時間があれば作って郵送できる」
すごいショックを受けていたが、なぜか頭ははっきりとしている。
今、私の頭の中にある言葉は「裏切り」
だけど・・・考えてみれば道明寺は4年後に迎えに来ると宣言しただけで私と約束したわけじゃない。
フランスでだって正式に誓ったわけでもない。ただ、神の前にお互いの気持ちを口にしただけだ。
なんの約束もしていない・・・つまりは「裏切り」ではないのかもしれない。
「裏切り」と思う気持ちは私の感情の問題なのだろう。
「ねえ、その招待状・・・見せて?」
「俺は・・・持ってない。家にある」
「俺も」
「俺は持ってる。ポケットに入れたままだった」
そう言って類が差し出した綺麗な封書。結婚式の招待状らしい綺麗な封書・・・
中には庶民と同じように出欠のハガキと会場の地図などが入っていた。
『このたび、道明寺司と若宮沙織は結婚することになりました』
こういう書き出しではじまった招待状には3ヶ月後の8月の日付が結婚式の日として記載されていた。
「現実なんだね・・・」
「司に連絡してみる?」
「ううん。今まで何も話してくれなかったってことは・・・道明寺も後ろめたいんでしょ。
もう、いいよ・・・この招待状を見れば二人の結婚は本当のことで私の入り込む場所はないでしょう?」
「・・・子供がいる」
「・・・そうだね。でも、子供をたてにして道明寺に結婚を迫る気はないよ。
彼が話してくれなかった。ちゃんと別れてくれなかったってことは私は・・・
それだけの相手だったってことだよ・・・」
「司は牧野のことを本当に愛しているよ」
類が私の涙を指ですくいながら言った。
「そうだ。司は間違いなく牧野を愛している。だけど・・・どういうことだ?俺たちにも理由がわからないんだ」
美作さんが辛そうに腕を組んで壁にもたれた。
「ああ、俺たちにも何の連絡もないんだ。昨日招待状が届くまで何も知らなかった」
西門さんは相変わらず私の頭をなでている。
みんなが私を力づけようとしているのがよくわかる。
だけど、今は何も考えたくない。
「とにかく、牧野、疲れているみたいだよ。寝なさい。俺たちで司に連絡をとって理由を聞いておくから」
「・・・今更・・・理由をきいても仕方がないよ・・・」
そういって私は顔を背けた。
「牧野?・・・いなくなるなよ。俺たちがなんとかするから。それに俺たちが助けるから。先走ったことだけはするなよ!」
西門さんが力を込めた声で言うのが聞こえたが、私の耳にはただ聞こえただけで頭には残らなかった。
そう、今さら理由をきいてどうなるというのだろう。
道明寺は婚約した。3ヶ月後に結婚する。
それは、さっき現実にテレビによって全国に配信されたこと。
どういう理由をきいてもその現実は変わらない・・・
そう思ったとき、私のなかにある決意が生まれた。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
そうなるだろうとは思っていたが、案の定、牧野が消えた。
アイツの今までの行動パターンから考えて、そうなるとわかっていた。
だからこそ、SPをつけて尾行もさせていた。
牧野は自分のアパートに戻った。
しばらくすると大きな旅行バッグとトートバッグを片手に家ををでてきた。
それはSPも確認して尾行した。
その後、牧野は駅に向かった。
その時点でどこにいくかはわからなかったが、とにかくSPは最長の駅の切符を買い尾行を続けた。
着いたところは牧野の実家。両親と弟がいるアパートだった。
やはり、しばらくして牧野はバッグを手にそこをでてきた。
そして、あるファミリーレストランで一人で食事をしたと報告を受けている。
そして、そこで牧野は姿を消した。
牧野はまず、支払いを済ませ、そこで店員にトイレの場所を聞いた。
そして、大きなバッグを床に置き、トートバッグだけを片手にトイレへ向かった。
SPは男だったのでトイレの中まではいけない。
つまり・・・油断したのだ。バッグが床にある以上はまたここに出てくると・・・
牧野はトートバッグを手にトイレから消えた。
そのファミレスのトイレには窓しかないが、身軽な人間なら乗り越えられる。
牧野は俺たちがSPをつけることがわかっていたんだろう。
完全に牧野を見失ってしまったが、俺やあきら、総二郎の力を持ってすればすぐに見つけられると思っていた。
だが、なぜか牧野は見つからなかった。
俺たちがすぐに考えたことは「道明寺の魔女」だった。
彼女が何かしたに違いない、そう思った。
俺たちはちょうど日本にいる彼女に面会を求め道明寺邸を訪れた。
そこには司もいた。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「よお」
「・・・」
司は黙って俯いている。何も言えないのだろう。
黙って婚約したことで、司は俺たちも裏切ったのだから。
司が牧野を傷つけることなどないと思っていた。
だけど現実に彼女は傷つき、姿を消した。
「あなたがたがお揃いでご訪問とは。」
「おばさん、おひさしぶりですね。このたびは司のご婚約、おめでとうございます」
「まあ、ありがとう。昔はつまらない女にひっかかって困らせられましたが、
司もやっと道明寺財閥の後継者としての自覚をもってくれたようですわ」
このおばさんは何を企んでいるんだ?
俺たちの頭の中に浮かんだのはそれだった。
「司、牧野が消えた」
俺のその言葉を聞いたとたん、司の顔色が変わった。
間違いない。司はまだ牧野を愛している。
俺たちは確信した。
「消えた?消えたってどういうことだよ!」
「落ち着けよ。気になるのか?
牧野に別れも告げずにいきなり結婚発表なんかして、牧野が傷つかないとでも思ったのか?
お前はいったい何をしてるんだ!?」
いつもは冷静なあきらが言うと結構堪えるものがあるだろう。
俺は司を見つめ、考えていた。道明寺財閥で何が起こっているのだろう。
「司、何があったの?」
「司さん、牧野さんが失踪しても貴方が気にすることではありません。
貴方は沙織さんと婚約している身です。
過去の女性などすっぱりと忘れておしまいなさい!」
横から楓が口をだす。
この言葉に俺たちはここへ来た目的を思い出した。
視線を司からこの魔女へとうつす。
「おばさん、牧野をどうしたんですか?
俺たち三人の力でも探し出せないとなると道明寺が絡んでいるとしか考えられない。
牧野に何をしました?」
この言葉を聞いて司はさらに真っ青になった。
「失礼な!確かに以前は司さんと別れさせるために色々と手を尽くしたことは認めましょう。
ですが、司さんが私の認める女性と婚約し、3ヶ月後には結婚することが決まっている今、彼女をどうこうする必要が私にありますか?」
そうだ、確かに司が牧野を捨てる形になった今、彼女が手を下す必要はないだろう。
「では、今度の牧野の失踪に道明寺は絡んでいないと言うんですね?」
「ええ、まったく知らないわ。牧野さんは過去の例から見て自分で姿を消したのでは?」
「・・・その可能性はありますが、俺たちで探せ出せないのが腑に落ちない。
ですが、道明寺が絡んでいないとなると・・・牧野が自ら姿を消したというのは間違いないでしょう。
彼女は探してほしいとは思っていない。
でも、俺たちには探さないといけない理由がある」
牧野は今、司の子を妊娠している。
彼女のことだ、きっと中絶は考えない。
・・・となると無理して働いて身体をこわしても産もうとするだろう。
衰弱した身体でお産をする結果になれば・・・彼女自身が死ぬこともある。
「どういう・・・ことだ?」
俯いて黙って俺とおばさんの会話を聞いていた司が口を開いた。
司が婚約し、結婚を発表した以上は牧野を心配する権利はない・・・・
が、言うべきだろうか?牧野は隠しておきたいに違いない・・・
「お前に知る権利があるのか?牧野の心配は俺たちでする」
やはり黙って聞いていた総二郎が少し怒りをあらわにした。
司に対して怒りを抱いているのは総二郎だけじゃない。
俺もあきらも同じだ。
総二郎の言うように牧野を捨てた司に心配する権利はない。
だが、牧野の子は司の子でもある。
「なあ、総二郎、俺も司に対しては怒りがある。でもここは話を聞こう。
なぜこういうことになったのか理由を聞いてから・・・牧野のことを考えよう」
冷静なあきらが総二郎をなだめる。
司が牧野を裏切り、俺らも裏切った理由。
「どっか・・・部屋ないか?俺らだけで話したい。おばさん、いいですよね?」
「・・・かまいませんよ。この部屋でどうぞ。私が遠慮いたします。
でも何を言っても決まった結婚は取り消せませんよ!」
楓が出て行った部屋で俺たちは司と向かいあった。
「牧野は・・・?」
「お前がしたことを考えたら牧野が消えることは当然のことだろう!?」
他人のことで総二郎がここまで怒りをあらわにするのは珍しいことに違いない。
それだけ牧野つくしという女性が俺たちに与えた影響はすごいということだ。
「あいつを傷つけるつもりはなかった」
「じゃあ、なぜいきなりこんな結婚を発表したんだ!?
俺たちにとって政略結婚なんて当たり前のことだが、お前は違うと思っていた!
牧野を愛して、結婚だって考えていただろう?
実際・・・お前と牧野はフランスで・・・ヤったんだろ?
昔、お前言っていたよな。好きな相手じゃないと気持ち悪いって。
その好きな相手、愛している人をお前は捨てたんだぞ。
まるでゴミみたいに・・・。お前が信じられないよ」
総二郎は一気にまくしたてた。
あきらと俺はただ総二郎の怒りを黙って聞いていた。
俺たちも同じ気持ちだったからだ。
「ねえ司、俺は司が牧野を簡単に捨てたとは思ってないよ。
何か理由があると思っている。でもね、今更その理由というか、
それを聞いても牧野が傷ついたことは変えられない。
以前・・・俺言ったよね。牧野が幸せならそれでいいって。
今、牧野は幸せ?違うよね。
俺は理由があると思っているけど、聞きたいとは思っていない。
でも・・・牧野のために聞いておきたい。
司、今回のことはどういうことなんだ?」
「牧野を・・・探さないといけない理由って・・・なんだ?まさか・・・」
俺の質問を無視して司は聞いてきた。
「・・・自殺とか考えてるの?牧野は何があっても命を捨てるようなヤツじゃないでしょ?
はっきり言うけど、俺たちが牧野を探す理由は言えない。
言うか言わないかは牧野が決めることだ。
お前は牧野を裏切った時点で知る権利を失ったんだよ。
もう、牧野はお前とは何の関係もない。
今、司は牧野に未練があったとしても・・・ね。
でも、理由?言い訳と言い換えてもいいけど、それは聞かせてもらうよ」
俺の言い方は厳しいかもしれない。でも同情する気はおきない。
司は真っ青になって震えていた。
「・・・親父が・・・危ないんだ。その情報が漏れている。
そのせいで道明寺の土台が・・・揺れている。
俺じゃ・・・まだ完全には支えられない。
道明寺で働く何千、何万の人を路頭に迷わすわけにはいかない・・・
道明寺を立て直すには・・・今回の結婚が必要だったんだ・・・」
司が牧野と別れるからには、それ相応の理由があることはわかっていた。
わかっていたが・・・
「それが今回の政略結婚のからくり?それなら、なぜ牧野にそう言わなかったの?
牧野ならわかってくれたと思うけど。傷つくのは同じでもわかってくれたよ、彼女なら。
何も知らされないでいきなりテレビで知らされて・・・牧野の気持ちがわかる?」
司はしばらく黙ったあと・・・自分の気持ちを素直に言った。
「俺は・・・別れたくなかったんだ。こうするしかない、仕方ないってわかっていたけど、
もしかしたら、親父が持ち直して元通りになるかもしれないって期待もあった。
どうしようもないって・・・わかっていたさ!わかっていたけど・・・別れたくなかったんだ・・・
俺には牧野しかいない・・・でも・・・」
司の目から涙がこぼれた。
道明寺司の泣く姿なんて初めて見た。
俺たち3人は固まってしまった。
司がどれだけ辛いのか・・・俺たちは知った。
だが、俺たちは牧野の秘密を知っている。
たぶん、彼女の方が数千倍辛いに違いないし、これからも大変な人生を歩むことになるだろう。
司に秘密をあかせば、こいつのことだ・・・道明寺を捨てる。
だが、もう遅い・・・発表は全国にされてしまった。
発表された以上、道明寺財閥を捨てたときの被害は・・・さらにひどくなるだろう。
今まで黙っていたあきらが司を慰めるかのように肩をつかんで言った。
「お前の辛い立場と気持ちはわかった。お前の決断は道明寺のトップとしては間違っていない。
俺が同じ立場だったとしても、同じ決断をすると思う。
だが・・・お前があの若宮って女と結婚する覚悟を決めたときに牧野としっかり別れるべきだったんだ。
そうすれば牧野だって多少は浅い傷で済んだと思うぜ。
アイツは周りのことを考えすぎるヤツだろ?きっとわかってくれたはずだ。
・・・きっと笑って別れてくれたはずだ・・・
お前には本当に同情する。同情するよ、だけど・・・牧野をこんな形で捨てたことは許せない。
俺たちはなんとしても牧野を探さなければならないんだ。
たとえアイツが探してほしくないと思っていても、だ。
そのためには道明寺の力だって利用したい。
わかるか?お前に牧野を探す権利はないが、道明寺の力が必要なんだ」
司は真っ青な顔で黙って聞いていた。
もう涙はでていない。
「牧野・・・泣いていたか?」
「・・・本当に知りたいの?」
涙は流していなかった。表面的には。
だけど心で泣いているのは俺たち3人とも痛いほどわかっている。
「それを知ってどうなるの、司?お前は道明寺を選んだんだ。
ジュニアとしては間違ってないと俺も思う。
だから、司はもう牧野のことは忘れたほうがいい。
でも、最後に牧野を探してほしい。牧野は俺たちが守るから。」
「・・・わかった・・・」
「司、ひとつ言っておくけど・・・牧野を探し出しても会わないでね。
司は何もしないで。俺に知らせるだけにして、絶対に」
俺はそういうと司の返事を待った。
司の心の中が見えるようだ。
司は財閥にかかわる者のために道明寺を選んだが、まだ心は牧野にある。
これから一生・・・牧野に会わないという覚悟ができていない。
俺は心を鬼にして言った。
「司、いま覚悟を決めなよ。政略的とはいえ結婚するんだ、牧野に会うことは許されないよ。
たとえ司が牧野を愛していても、また・・・逆でもね。
牧野のことは俺が守るよ。たぶん総二郎とあきらも手を貸してくれるでしょ?
お前は牧野と完全に決別しろ。」
総二郎とあきらは無言でうなづいた。
司は黙って目を閉じて聞いていた。
そしてゆっくりと目を開いたとき・・・俺は司が覚悟を決めたことがわかった。
目、司の目はとても冷たかった。
牧野と出会うまえの荒んだ目。
昔の司に戻ってしまったな・・・
それはここにいる全員が感じていることだった。
司は牧野という存在があってこそ、人間らしくいられたのだから当然のことだろう。
「わかった。牧野を探し出す、そしてお前らに知らせるよ。俺は・・会わない」
そういうと司はさっさと部屋を出て行った。
俺たちも静かに後に続いた。
道明寺邸をでたとき、小雨が降っていた。
あの二人の別れはいつも雨が降るんだな・・・
車の中で俺はそんなことを考えていた。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
車の中で俺たちは考えていた。
「どうする?」
最初に口を開いたのは総二郎だった。
「とにかく、牧野を見つけてからだろう?」
「そうだね。今は無理しちゃダメだし、ほっといたら牧野は働きすぎて壊れるよ」
総二郎はただうなづいただけだったが、しばらくして心にひっかかっていることを口にした。
「あいつ・・・中絶とかは絶対に考えていないのか?」
あきらは驚いて総二郎の顔を見たが、冷静だった。
「あいつの性格ならありえないだろ」
「そう、牧野はそんなヤツじゃないでしょ?どんな命でも捨てるようなヤツじゃないよ。
だからこそ、心配なんだ・・・。」
「「そうだな・・・」」
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
司からの連絡を待って・・・すでに1週間以上が経過していた。
道明寺の力を持ってすればすぐにわかると思っていただけに俺たちは動揺した。
2週間が経過したころ、やっと司から電話を貰ったときはホッとした。
しかし、その結果は・・・
『類か?』
「ああ、牧野を見つけたんだね?」
『・・・』
司の沈黙が俺の不安を誘う。まさか・・・
「司?」
『すまん・・・俺も必死で探したんだが、わからないんだ。
もしかしたら、海外ってことも考えたが・・・パスポートを使った形跡がない。
まるで牧野つくしという人物が地球上に存在しないかのようだ・・・』
「なん、だって・・・?」
今度は俺が真っ青になる番だった。
道明寺なら見つけられると思っていた。
それが司の口からこんな言葉をきくとは考えてもいなかった。
「ほんとうに・・・必死に探したんだよね?」
『・・・当たりまえだろ!俺は・・・償いの気持ちもあったし・・・
お前らは大丈夫って言うけど、自殺ってことも俺は・・・考えていたから
本当に必死で探したさ!道明寺の名を使ってできることはすべてやったさ』
「そう・・・」
『類?・・・こうなっても牧野を探す理由・・・教えてもらえないのか?』
「・・・知ってどうするの?・・・教えないよ。
牧野が見つかるまで捜索は続けてくれる?
俺たちも探しているけど・・・」
『ああ、もちろんだ・・・じゃあ・・・』
司は電話を切った。
司の声は死んでいた。
牧野を捨てて別の女と婚約した時点で司は死んだんだろう。
俺は静かに受話器を下ろした。
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