颯HAYATE★我儘のべる

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明けない夜はないから 6



一瞬、伝えないでおこうかとも思った。

牧野に会ってから伝えてもいいような気がしたからだ。

だが・・・これは俺の気持ちの問題かもしれない。

「司?今・・・いいかな?」

「類か? 牧野のことがわかったんだな。お前から電話があるなんて牧野のこと以外ないよな」

司の声が震えているような気がする。

「ああ。今日、鷹野颯介に会ってきた。結論から言うと鷹野つくしは牧野だった」

受話器の向こうからは何も聞こえない。まるで誰も存在しないかのようだ。

司の息遣いさえ聞こえない。

「司?」

俺は少し不安になって、受話器の向こうにいるはずの司に呼びかけた。

何も返ってこなかった。相変わらずの静寂。

「司!?」

今度はもう少し大きな声で呼びかける。

すると息を吸う音がした。おそらく深呼吸をしたのだろう。

「牧野・・・だったんだな。やっぱり」

やっぱりというからには司も俺たち同様、彼女は牧野だと確信していたということだ。

「そうだよ、牧野だった。残念ながら会えなかったけど」

「・・・よかった・・・生きていたんだな。

俺は・・・それほど傷つけたんだと・・・死を選ぶほど・・・」

「自惚れるなって言ったでしょ?」

「ああ、そうだな。だけど・・・行方がつかめないと色々考えるものだ」

司の声は振るえ、かすれていた。

泣いている、そう思った。

たとえ会えなくても彼女が生きて、存在していることが嬉しいのだろう。

「牧野が会ってくれるかはわからない。だけどあの颯介って人に頼んだから。

あとは牧野次第だね。もしも・・・会えたらまた知らせるよ」

「・・・ああ、ありがとう」

俺はここで電話を切るべきか迷った。

颯介に聞いた話をするべきだろうか?

この件に関しては司にも知る権利はある・・・

「司、お前があの女と結婚することになったいきさつだけど・・・」

「あ?」

司の声が途端に不機嫌になったのがわかる。

だが、俺は気にせず颯介に聞いたことを伝えた。

それを知ってどう動くかは司の勝手。俺の知ったことではない。





「それは・・・本当か?」

「ああ、鷹野颯介がそう言っていたし、鷹野財閥が調べた結果だ。

その場には総二郎もあきらもいたから、俺の言っていることが嘘じゃないと証明できるよ」

「お前が嘘をついているとは思ってない。

だが・・・鷹野はなぜ、そんなことを調べたんだ?」

「それはわからないよ。でも、おじさんは鷹野になにか相談をしていたらしいから」

「親父と鷹野・・・?いったい親父のヤツ何を・・・」

司は黙って考えこんだ。

「類、ありがとう。こっちで調べてみる。

牧野のことは・・・また知らせてくれ。勝手だが、アイツの無事を感じたいんだ・・・」

「ああ」

俺はそっと受話器を置いた。

若宮と道明寺の問題はいずれハッキリとするだろう。

それは『道明寺』が解決すべき事柄だ。

俺たちはその結果だけを知ればいい。








俺は嵌められたのか?

俺は牧野を裏切り、傷つけた。その原因をつくったのは若宮なのか?

―たとえ原因が若宮でも牧野を傷つけたのは俺だ―

5年前、俺の知らないところで何かがおこっていた。

それは間違いないだろう。

親父が鷹野財閥の総裁に相談していたことも気になる。

とにかく、親父と話すべきなのだろう。

健康とはいえ、ショックを与えればでまた発作を起こす可能性がある。

ガタがきた心臓は新品には戻らない。

どんなに正常に機能していても、いつかはまた壊れる・・・

俺は大きなため息をついた。

どこで俺と牧野の道は別れはじめたんだろう。

何につまづいたんだろう。

こんなはずじゃなかったという思いが俺の中を駆け巡る。

・・・親父に話す前に・・・若宮財閥を調べてみるか・・・




調べてわかったことは経也の経営は最悪だということだ。

期待はしていないし、興味もないがこれでは倒産しないほうがおかしい。

義父は体調が悪く、最近はあまり表にでない。

だが、若宮が傾いたのは最近の話だ。

5年前は好調だった・・・ということはこれは関係のない話なのだろう。

俺に係わりがないなら、経也が若宮を潰そうがどうしようが関係ない。

いっそ潰れたほうがあの女も扱いやすくなるかもしれないな。

若宮財閥の金と権力にドップリと浸かって、腐臭を身にまとったような女。

自分を最高の女だと思いこんでいる愚かな女。

だが・・・そんな女が俺の妻・・・最悪だ。

何が正解かなんてわからないが、俺が選んだ道は間違っていたことだけは確かだ。

類が教えてくれた事実がさらにそれをわからせてくれた。

若かったとはいえ、俺は何もわからないボンクラではなかったはずだ。

なぜ調べなかった?なぜ疑わなかった?

今更、自分を責めても仕方のないことだが・・・自分の愚かさが腹立たしい。

あんな女との結婚を決める前に、なぜ自分でなんとかする努力をしなかったのだろう。

俺を生かすのは牧野への愛と償い、そして後悔。罪悪感・・・

昔の俺からは考えられないくらいの気弱さだ。

高校の頃の俺の自信はいったいどこから来ていたのだろう。

―牧野がそばにいたから、俺は俺でいられたんだ―






「司さん、検査の件はどうなりました?」

朝食をとっていると珍しくあの女がやってきた。

いつもは昼近くまで寝て、俺を送りだすことなどない「妻」が。

すべては使用人まかせで好き勝手に生きている女。

どんな時でも上からものを言う女。

朝一番から聞かされるうんざりする声・・・。

最悪の日になりそうだ。

「検査?なんのことだ?」

「・・・もちろん、あなたに生殖機能があるかどうかってことですわ」

歯に衣着せぬ言い方だが、自分の夫に言う言葉か?

まあ、俺もこの女を妻だと考えたことは一度もないが。

強いて言うなら「道明寺」の妻だろう。決して俺の妻ではない。

俺は女を睨みつけた。何度同じことを言わせるつもりだ?

「その件なら決着がついているはずだが?」

「決着?何を言ってらっしゃるの?私はお義姉さんの子供にこの家を継がせるなんて認めないと言ったはずです!

この家の跡継ぎは当然、私の子であるべきです。」

私の子・・・ね。決して俺の子ではないわけだ。

そう思うと嫌味のひとつも言ってやりたくなった。

「・・・お前の子である必要はないだろ。俺の子であればいいだけだ」

女の顔が青ざめる。俺は少し胸がスッとした。

情けない男になったものだ。女に嫌味を言ってウサ晴らしをしているのだから。

これが天下の道明寺司なのか? 自分でも信じられない。

「まさか・・・あなた、あの子たちを・・・?」

女が何を言っているのかわからなかった。

あの子たち?どの子を言っているんだ?

「何を言ってるんだ?」

「・・・なんでもないわ。あなたの妻は私だということを忘れないでください。

道明寺の子を産むのは私です。どこかの私生児にこの家を渡すつもりはないわ!」

・・・すでに俺の子ですらないわけだな。「道明寺」の子。

呆れてものが言えない。

それにしても、この女はなぜ突然に子供を欲しがるんだ?

俺の頭の中に何かが浮かんだ。

今まで、子供が欲しいなんていったことがあるか?

いや、この5年間に一度もないはずだ。

なぜ、最近になって急に子供を欲しがる?

俺もコイツも24歳だ、まだ焦るような年齢でもない。

それに・・・体型が崩れるのを嫌っていたはずだ。何を考えている?

「俺に私生児はいねぇ。体だけの関係を持った女ならたくさんいるさ、それは否定しないが、別にかまわないはずだ。

お前にだっているだろう?俺が知らないとでも思っているのか?」

そうだ、この女にはヒモのような男がいる。愛してはいないだろう。

だが相性はいいのだろう、実際にこの情けない男とは3年ほど続いている。

まさか・・・

「お前、その男の子が腹にいるんじゃねぇのか?」

女は真っ青になった。口の端がピクピクと動いている。もしや、図星か?

「いいえ。他に男性がいることは否定しませんが、妊娠なんて失敗はしませんわ。

それに・・・お互い様でしょ!私を責める資格はないわ。

はっきり申し上げて、私は結婚するまで処女でしたわ、あなたと違って貞節という意味をよく理解していますの」

貞節が聞いて呆れる。お互い様だろうと何だろうと夫以外の男と寝たと認めておいて貞節を守っているだと?

信じられないくらいバカな女だ・・・。

それに処女だっただと?お前が処女だというなら世界中の女が処女だろう。

俺が気づかないとでも思っていたのか?なんって愚かな女なんだ。

「・・・ま、様子を見てみようじゃないか。俺はお前の言葉が信じられない。

当然だよな、男がいることは認めたんだから。

これから数ヶ月は寝室を別にしようじゃないか、そもそも最近は忙しかったからご無沙汰だろ?

お前の言葉が本当なら数ヶ月後には医者にかからずとも答えがでるだろう?

それとも、今から医者にいくか?」

この女は妊娠している、俺はそう確信した。

俺の子が道明寺を継ぐ必要はないが、この女と愛人との間にできた子が継ぐというのは許されない。

さあ、この女はどうでるだろう?楽しみだ・・・

俺は自然と笑みが浮かんだ。

俺も証拠でも集めておくか。この女にいつまでも大きな顔をさせておく必要はない。

離婚するつもりはないが、愛人の子を産むなら離婚も仕方がないことだ。

まあ、俺にはどうでもいいことだ・・・

とりあえず、若宮の動向、この女の動向に目を光らせておこう・・・






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