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颯HAYATE★我儘のべる
明けない夜はないから 9
沙織は実家に戻るとすぐに父親の静養する部屋へと入っていった。
「なんだ、ノックもせずに」
「娘ですもの、必要ないでしょ。緊急事態なのよ。助けてもらいたいの」
智成は嫌な顔をした。娘が助けを求めてくるときはろくでもない内容が多い。
いつもとんでもないことをしでかしたときだ。
「お前には夫がいるだろう。司くんに助けてもらいなさい」
その言葉に沙織は激怒した。
「あの人に助けてもらえるくらいなら、お父様のところへなど来ませんわ!!
娘が困っているというのに助けられないと言いますの!?」
智成は大きなため息をついた。なんてわがままな娘だ。育て方を間違った・・・。
それは今の正直な気持ちだった。子供たちを甘やかしすぎた。
会社を大きくすることに熱中するあまり、子育てを雇った乳母に任せた結果がこれだ。
妻とは経也(きょうや)と沙織が小さい頃に離婚した。まあ、あの母親ならいないほうがマシだろうが。
こんなことなら、親父たちが手助けを申し出たときに断らなければよかった。
だが、あの頃は会社を継いだばかりで親父を越えようと必死だった。親父に反発もしていた。
両親の助けを断り、自分で育てた結果が・・・息子は内弁慶で気が弱く、頼りにならない上に
口だけが達者な愚か者で、娘は甘やかされ、何でも自分の思い通りになると思っているわがままもの。
どちらも大人になることのできない人間だ・・・。智成はまた大きなため息をついた。
「いくら必要なんだ?」
沙織が助けを求めてくるのはいつも金がらみだ。
「・・・とりあえず子供がおろせるくらいかしら?」
これには智成も驚いて大声をだした。
「なんだって!?子供をおろすだと!」
「大きな声をださないで!そうですわ、子供をおろしたいの」
「司くんに知られたらどうするんだ?」
「知られなくないから・・・ですわ」
「まさか・・・司くんの子じゃないのか!?」
沙織は何も言わなかった。だが、その無言がイエスと答えたようなものだった。
「お前というやつは・・・。そもそも司くんとの結婚を望んだのはお前だろう?それなのになぜ・・・」
「司さんがあんなにつまらない男とは思いませんでしたわ。でも安心なさって、離婚するつもりはありませんから。
私の横に並んでつりあう男性は彼くらいですからね。
それに私が望んだのは確かですが、お父様だって会社に都合のよい縁組だからと私たちの結婚を望んでいたでしょう?」
確かにあの当時はよい縁組だと思っていた。自分の会社のことしか考えず、ムリヤリに二人の結婚を推し進めた。
司くんの気持ちも考えずに・・・その罰がいま下されているに違いない。
ここ最近の体調の悪さがまさか・・・ガンだったとは。なんてことだ。
会社は道明寺との縁もあり、ますます発展したがそれが未来に繋がるとは思えない。
経也には才覚がない。沙織にはもちろん無理だ。身内で若宮財閥を背負っていける人物といえば娘婿の道明寺司しかいない。
だが、沙織が不義の子を身ごもったことがバレれば、離婚は免れない。
ああ、司くんと沙織の間に子供ができれば・・・その子に若宮財閥の将来を託せるのに。
結婚して5年、二人の間に子供のできる気配はない。
やっと子供ができたかと思えば不倫相手の子とは笑い話にしかならない。
「司くんは・・・気がついていないのか?」
「・・・私に愛人がいることは知っていますわ。それはお互い様というものです。
ですが、妊娠については半信半疑ってところですわね」
「半信半疑!?つまり疑われているということか?なんてことだ!」
「まだ完全にバレているわけではありませんわ。だからこそ、彼に完全にバレてしまう前におろしたいのです。」
「なんてバカな娘だ・・・。司くんは道明寺財閥の次期総裁だ、バカではないんだぞ。
彼が疑っているなら今頃はきっと決定的な証拠を掴んでいるだろう。お前に逃げ場はない」
沙織は青ざめたが、それは一瞬のことだった。すぐに立ち直った。
「・・・それならば、また5年前と同じように道明寺を脅せば済むことですわ。
融資を打ち切るとか言って。それで解決ですわよ」
本当にバカな娘だ。5年前と今では状況が違うことがわかっていない。
「彼は・・すでに5年前に融資したお金を全額返済している。もちろん利子をつけてだ。
すでに道明寺は若宮に一円の借りもないんだよ。」
沙織は父親の言っている意味を理解することができなかった。
「お前は何もわかっていない。5年前とは立場が入れ替わっているんだよ・・・。
つまり道明寺に手を切られると困るのはうちのほうだ。道明寺と切れたとたんに若宮は崩壊するだろう。
つまりは何もかも失ってしまうということだ・・・」
これにはさすがの沙織も言葉を失った。何もかも失う?
つまり家も服もアクセサリーも・・・パーティにでることもできなくなる。
今までにような生活ができなくなる・・・冗談じゃないわ!そんなことは耐えられない!
「な、なぜ・・・そんなことになったのよ!?」
「私は2年ほど前から体調が悪い。ここのところ更に悪くなってしまった。
だから経也に経営のある程度を任せているが・・・あいつにはその器がなかった。
会社には素晴らしい部下がいたのに、それらの意見を完全に無視し自分の意見を押し通した。
経験もない未熟な社長代理が自分の意見を押し通して会社が傾かないほうがおかしいだろう。
それにお前ときたら結婚したにもかかわらず実家に小遣いをせびりに来る。
金は使えばなくなる。働いて初めて金を得られるんだよ、お前たちはそれをわかっていない。」
いや、わかっていないんじゃない、知らないんだ。私がそれを教えなかった。
子供に使いきれないほどのお金を与え、甘やかして育ててしまった。
自分の手に入らないものはないと思い込んでいる愚かな娘。
「仕方ないでしょう!司さんがあんなにケチだとは思わなかったんですもの。
お金はすべて司さんが管理していて、毎月決まったお金しかくれないのよ!
数回買い物しただけでなくなってしまうような金額なのよ。カードなんて役に立たないわ!!」
智成は疲れてしまった。ああ、私の娘はなんて愚かなんだろう。
これが私の人生の結果とは・・・情けなくて涙もでない。
「・・・人は誰もが与えられたもので我慢をして生きているんだよ・・・」
そうだ、私も5年前にそれを思い出すべきだったんだ。
会社を発展させることばかり考えて、人の人生を踏みにじってしまった。
司くんには心に決めた女性がいたというのに・・・。
私のやったことは何人もの不幸せな人間を作ってしまった。
娘もある意味では不幸せだ・・・。ああ、疲れた・・・
「お父様!お父様!?聞いてらっしゃるの!?私はいやよ、惨めな生活なんて!」
呆れたものだ。私の具合が悪いというのに興味のあるのは自分の生活のことだけとは。
この娘はここに来てから一度も私の容態を気遣うそぶりを見せてはいない。
「はは・・・」
智成は自然に笑いが口にでた。笑うしかないじゃないか。
私の人生はいったいなんだったんだろう。
父に張り合い、家庭を顧みずに会社を発展させて得られたものは・・・自分中心の息子と娘。
「お父様!笑っている場合ではないでしょう?お兄様がダメなら、お父様がやればいいのよ!
そうよ、具合が悪いなんて言っていないで社長に復帰すればいいのよ!そうして立て直すの!」
なんてことだ!私の体調よりも自分のことが大事だとハッキリ口にしているも同じではないか。
「・・・たとえ私が復帰しても立て直せるとは思えんよ・・」
「お父様なら大丈夫よ!頑張ってちょうだい。立て直してもらわないと困るのよ!」
沙織は必死だった。このままだと司との離婚は時間の問題だ。
そうなると実家だけが頼みだというのに、まさか倒産寸前とは・・・!!
こんなことはありえない。あってはならないことだわ。
「私が復帰しても道明寺の名が必要なんだよ。もう若宮の力だけでは無理なんだ。
道明寺と縁つづきということで銀行も手を引かずにいてくれるんだ、それがなくなれば私でも経也でも同じことだ」
沙織は愕然とした。まさかそこまで悪いとは思ってもみなかった。なぜ、こんなことに・・・
そういうことなら司とは絶対に別れるわけにはいかない。どうすればいい?
このままでは・・・私の人生は悪夢となってしまうわ・・・
沙織は必死で自分を守る道を探していた。自分の生活水準をこのままに保つ方法を―。
・・・そうだわ・・・そうよ!子供もおろさずに今までとおりの生活をできる方法がひとつだけあるじゃないの・・・
沙織は不吉な笑みを浮かべて智成の部屋を出て行った。
結局、お金も得ずに帰っていった娘。なにかおかしい・・・。
智成は不安だった。娘の浮かべた笑みが気になって仕方がない。
なにかよからぬことを企んでいつような気がする。
取り返しのつかないことにならなければいいのだが・・・。
沙織は中絶費用のことなど、もう頭になかった。もうそれは必要ない。
子供を産んでも幸せでいる方法を思いついたのだから―。
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