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颯HAYATE★我儘のべる
明けない夜はないから 13
「あら司さん、お珍しいわね。今日は一緒に寝てくれる愛人がいなかったのかしら?」
沙織は薄いナイトドレスで、まるで誘惑するかのように俺の前に立っていた。
妊娠しているのは間違いないが、まだお腹はそれとわかるほど膨れていない。
「・・・私を抱きにいらしたの?私の貞節を疑っておきながら、私がおとなしくあなたに抱かれるとお思い?」
この女の下卑た皮肉には腹がたって仕方がない。
貞節を疑う?結婚したときからお前には貞節などないじゃないか!
この女は俺が気がつかないとでも思っていたのか?どこまで俺をバカにすれば気がすむんだ。
『初めてなの、優しくして・・・』
ムリヤリ行かされたハネムーンで初夜を迎え、俺は義務感からこの女を抱いた。
その時にこの女はそう言ったのだ。
俺は吐き気をこらえ、こいつは金だ、道明寺を救う金とそう思って殴りたくなる気持ちを必死で抑えた。
俺がつらぬいた時、この女は恥ずかしげもなく芝居を続け大きな叫び声をあげた。
俺は皮肉は笑いがこみ上げたものだ・・・。
牧野の処女を俺が奪ったとき、彼女は小さな悲鳴をあげた。決して叫び声じゃない。
俺は何も言わなかった。どうでもよかったからだ。
いまどき、処女で結婚する女はいないだろう、だが嘘をついてまで処女を演じるこの女がおかしかった。
この女に唾を吐きかけ、俺は牧野のもとへ戻りたかった・・・
「お前に貞節などないだろう?結婚したときから、結婚の誓いを守ったことなどないのだからな」
「・・・私は結婚したとき、処女だったのよ!!」
まだ言うか・・・
「お前が処女だと言うのなら、世の中の女はすべてそうだろう。俺の母親もお前の母親もそうだ。世の中全ての子供は処女懐胎ってわけだ」
女が唇をかみ締め、屈辱に顔を赤らめるのを俺は楽しんでいた。
「あ、あんただって・・・教会での誓いの言葉を守ったことなどないじゃない!」
だんだんメッキが剥がれ落ちていく。俺をあんたなんて呼ぶのは初めてのことだ。
わざとらしくお上品に振舞う余裕がなくなってきたのだろう。
「俺は誓ってなどいないからな。誓いますの言葉のあと、俺は指をクロスさせて懺悔したしな。
俺があの言葉を誓い、守るとしたらその相手はお前じゃない」
「・・・あの女ね・・・あんたが付き合っていた女・・・」
俺はギクリとした。やはり牧野のことを知っていたのだ。
何をやっているんだ?こんなことを言っていたら、この女をけしかけているようなものだ。
牧野を守るどころか、危険に突き落としている。
「なんのことかわからないが、お前に重要な話があってこの部屋に来たんだ。
ああ、これはもう決定事項だ。お前の反論を聞く気はない。
お前とは離婚する。弁護士に言って離婚届を持ってこさせるからサインをしておけ。」
女の顔が一瞬のうちに真っ青になった。沙織はこの話がでることは覚悟していた。
だが、こんなに早く言ってくるとは思ってもいなかった。
「・・・私が簡単に離婚すると思っているの?離婚するというのなら、相応の慰謝料を請求するわ!!」
「なぜお前に慰謝料を支払う義務がある?不義の子を妊娠しているというだけでも俺の方が慰謝料を請求できるだろう?」
沙織は屈辱からか、真っ青な顔でブルブルと震えている。
俺はこの女の言った次の言葉に衝撃を受けた。
「私という妻がいながら愛人を囲い、牧野つくしとの間に隠し子までいるくせに!!」
俺はこの女が発した言葉を理解できなかった。
何を言っているんだ?俺に隠し子・・・?
「知らなかったでしょう?」
沙織は意地の悪そうな笑みを浮かべ、勝ち誇ったように言った。俺はただ呆然と立ち尽くしていた。
嘘だ・・・牧野が俺の子を産んだ?でも、もしも本当だとしたら・・・
類たちはなぜか必死で牧野を探していた。自殺の心配をしていたのは俺だけだった。
それなのに、なぜあいつらはあんなに必死で彼女を探していたんだろう。
それは妊娠していたからじゃないのか?だから、心配していたんじゃないのか?
「笑っちゃうわね、あの結婚会見の日・・・あの女は病院にいたのよ。
まさしく、あの日に妊娠がわかったみたいね。
私はあなたがあの女と付き合っていたことは当然知っていたわ、有名な話ですものね。
随分前から私、人を雇ってあの女に見張りをつけていたの。私たちの結婚を邪魔されたくなかったから。
あの日、彼女が消えた日もね。あなたのお友達がつけたSPは簡単にまかれてしまったようだけど、
私が雇った者は優秀だったわ、きちんと尾行して報告してくれたのよ。」
沙織は興奮して一気にまくしたてた。これが俺の不貞の証拠だとでも言うかのように。
「ショックで流産すればよかったのに!!まさかそこで鷹野財閥が救いの手を差し延べるとは思っても見なかったわ。
運のいい女よね。鷹野に助けられたあとはガードが厳しくて、調べようがなかった。
生まれたのか、死んだのか・・・でも、あの女は日本にやってきたわ。そして最近、知ったのよ!あの女に子供がいるってね!
子供・・・年齢的に間違いなくあの時の子供だわ・・・。」
俺は呆然と沙織の言葉を聞いていた。牧野が俺の子を・・・これは現実だと少しずつ俺の頭に浸透していった。
牧野が俺に言わなかったことは理解できる。言わなくて当然だ。
妊娠がわかったその日に、俺の結婚会見を見た。まさにアイツにとっては天国から地獄だったに違いない。
彼女のショックは計り知れないものだっただろう。俺はどれだけアイツを傷つけたんだろう。
この女が隠し子というからには、調べは万全なのだろう。間違いない、牧野は俺の子を産んだんだ!
俺の子・・・一生会えないかもしれない、俺の子供。彼女は俺を許してくれるだろうか?
俺は不覚にも、このとてつもなく傲慢な女の前で涙を流しそうになった。
過去の悲しみと現在の懺悔を必死にわきに追いやり、俺は女に最終通告を言い渡した。
「牧野が俺の子を産もうと産むまいとお前に慰謝料を払う義務はないな。
1週間以内に離婚届を弁護士に持ってこさせる。お前はさっさとサインをしてこの家から出て行ってもらおうか」
「・・・私がほかの男の子を身ごもったから離婚というなら、あなただってほかの女に自分の子を産ませたのよ!同じことじゃないの!」
この女の理屈は、相変わらず自分中心に成り立っている。
「この会話を録音していると言ったら・・・どうする?」
実際は録音などしていない。だが、この女に衝撃を与えたかった。
女は意味がわからずに立ち尽くしている。この女はさっき自分がなんと言ったのかわかっていない。
「お前はさっき俺に『知らなかったでしょう』と言ったんだ。そう、俺はお前の言うとおり知らなかった。
つまり俺に隠し子はいない。お前の言うことが本当だとしたら俺に隠された子がいるだけだ。
裁判になった場合、裁判長の印象はどちらが悪くなるだろうな?
お前が裁判に持ち込みたいと言うのなら、俺は反対しないぞ。
お前も弁護士をたてて俺を訴えろ。ああ、楽しみだな。どんな結果になるんだろうな?」
俺は不敵な笑みを浮かべつつ、この女の悪臭漂う部屋をあとにした。
沙織はしばらくの間、動くことさえできなかった。
離婚の話は覚悟していた。ただ、こんなに早く離婚を言ってくるとは思ってもみなかった。
もう少し時間があると思っていた。
計画を早めなければ・・・離婚されてからでは遅いのだから。
司は部屋を出ると、翌日の仕事をすべてキャンセルして類に電話をした。
『司?珍しいね』
「類、お前に聞きたいことがある。明日、会ってくれないか?」
俺は何をしたんだろう?とにかく牧野が俺の子を産んだのか、無事に生まれているのか類の口から聞きたかった。
男なのか、女なのか・・・俺には知る権利はないかもしれないが、せめてそれくらい知っておきたかった。
『明日?そうだね・・・じゃ、お昼でも一緒にどう?』
なんでもいい!明日会えるなら問題はなかった。
「ああ、昼頃に電話をする。花沢物産ビルに迎えに行くよ。下で会おう」
俺を電話を切ると大きく息を吐き出した。緊張のあまり、呼吸することすら忘れていた気がする。
俺は目を閉じて、イスにもたれた。目を閉じれば牧野の顔が見える。
罪悪感からだろうか、出てくる顔はアイツの泣き顔ばかりだった。
彼女の幸せな笑顔を思い出したいのに・・・。
牧野、俺を許してくれ。俺は・・・お前をもう一度、この手に抱きたい。
司の聞きたいことっていうのは、間違いなく牧野絡みだろう。
もしかしたら・・・司は気がついたのかもしれない。
双子の将来のためにも、きちんとしたほうがいい。
牧野はどう考えているんだろう?俺からは何も言うつもりはない。
司のしたことを考えれば、一生知らせなくても文句は言えないだろう。
だが、これからずっと双子が日本で暮らしていくなら、はっきりさせなくてはいけない。
あんなに司に似ていては、いずれ誰かが気がつく。そうなったときマスコミはなんと騒ぎたてるだろうか?
こんど傷つくのは司でも牧野でもない、子供たちだ。
「牧野・・・決断のときがきたのかもしれないよ・・・」
類は窓の外をじっと見つめ、つぶやいた。
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