颯HAYATE★我儘のべる

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明けない夜はないから 20



だが、颯介が盗聴器をしかけていたし、SPも多数見張っているという事実が司に油断させていた。

あの男がなかなか手をだそうとしないので沙織がイラだっているのだろうと安易に考えていた。

「司、あの男がいないぜ?」

心配したあきらがそばにやってきた。昔からF4の中でも心配性で面倒見のいい男。多少神経質になっているようだ。

「ああ、沙織と消えたのは知っている。たいしたことじゃないだろう」

「本当にそういえるのか? 二人が消えてどれくらいたつ?」

「・・・30分くらいか」

時計をきちんと見た覚えはないが、そのくらいの時間は経過しているに違いない。

あの女が主役のパーティで30分も本人不在にするなんて有り得るだろうか?

あの女なら場の中心にいたがるに決まっている、それが30分も姿を現さない。

司は顔をしかめた。今、はじめて不安が胸をよぎった。嫌な予感がする・・・

「何をしているにしても長すぎるんじゃないか?」

あきらも思いは同じらしい。

「確かに・・・長すぎる」

俺は辺りを見渡した。沙織はいない、男もいない。もう一度ゆっくりと視線をまわす。

今度は視界の隅に・・・小さく映った女がいた。沙織だ。

なぜか、ゆっくりとした不自然な足取りでこっちへ向かってくる。

「いたぞ」

あきらが俺の視線の先に目をやる。あの女が俺に向かってゆっくりと歩いてくる。

自分たちの視界に現れたことで少し安心した。沙織は能面のような笑顔を貼り付けてこちらへ向かってくる。

暖かみのない、冷たい・・・笑顔。

「なんか、変じゃないか?」

あきらが怪訝な顔で俺を見た。どこがおかしいかはわからない、だが明らかに変だった。

「ああ、だが・・・」

沙織の足取りは本当にゆっくりとしたものだった。まるでスローモーションのように。

「道明寺!!!」

突然の叫び声に俺は飛び上がりそうになった。

牧野?牧野の声だ!

ここに牧野が来ている、その事実に俺は焦った。颯介と煬介も彼女の声に驚いている。

俺は声のしたほうに視線を送った。彼女は真っ青な顔で立っていたが、突然、俺の方へ走ってきた。

いったい、どうしたんだ?

俺は沙織よりも牧野を見つめていた。アイツが俺に向かって走ってくる。

「司・・・」

横であきらの声がした。

その声に俺は一瞬あきらの方を向いた、そして牧野が・・・

俺に抱きついてきた。

「牧野!?いったい・・・」

彼女らしからぬ行動に俺はとまどっていた。コイツが自分から抱きつくなんて・・・。

俺は真っ赤になって照れていた。そんな場合でもないのに・・・

俺にはまったく状況が読めていなかった。

「牧野!?」 「「紅!」」 「「牧野!!!」」

あきらの声、颯介と煬介の声、総二郎と類の声。

いったい何が起こったのか・・・俺はまったく気がついていなかった。

「邪魔だわ・・・」

耳元で声がした。牧野じゃない、沙織の声・・・その声に俺は我に返った。

いつのまにか、俺にぴったりと寄り添うように沙織がくっついていた。

「いつのまに・・・」

俺の腕の中には牧野がいる。俺は彼女をしっかりと抱きしめ、そして・・・

「牧野?」

「ど・・・うみょ、じ・・・」

やっと俺は異変に気がついた。

沙織の方を見ると・・・うつろな目をしてブツブツと何かをつぶやいていた。

右手にはどこから持ってきたのか小さなナイフ。血が滴る小さなナイフ・・・

俺は全身から血の気が引いていくのがわかった。

「ま、きの?」

牧野の背中から血が流れている。牧野が刺された、俺をかばって・・・。

「牧野?牧野!?なんで・・・」

「し、心配だったの・・・」

彼女は痛いのか顔をしかめながら小さい声で答えた。

答えられるなら大丈夫だ!俺はそう信じて親友たちを見た。

親友たちは無言でうなづき、あきらは救急車を手配した。

総二郎と類は沙織の手からナイフを取り上げた。

「この私を侮辱するなんて・・・許せない。司さんも健吾さんも・・・」

小さな声で呪いの言葉を吐き出している沙織に俺は怒りが沸々とわいてきた。

この女は・・・どこまで俺の幸せを奪うのだろう?

周りのことは目にはいらなかったが、これだけの場で大声で話していたのだ、

誰もが現状に気がついたに違いない。遠巻きに俺たちを囲んで輪ができていた。

誰もが青ざめ、無言で俺たちを見ていた。

「おい!紅は大丈夫なんだろうな?」

呆然としている俺の耳に煬介の声が聞こえた。俺は声の方を振り返り、ただ颯介と煬介を見つめていた。

「・・・牧野?死ぬんじゃねぇぞ。・・・俺たちはやっと、これから幸せになれるんだ。

こんな・・・苦しい思いばっかりで死ぬんじゃねぇぞ。牧野・・・」

俺は搾り出すように彼女に声をかけた。

「死んでしまえばいいのはあなたよ・・・なぜまだここにいるの・・・?」

沙織の小さな声が俺の耳に届いた。この女は・・・。

沙織の目は何も映していない。

「なんで!なんで牧野を・・・!」

俺は怒りでいっぱいになった。この女が死ねばいいんだ・・・そんな思いが俺を縛り付ける。

「別に・・・彼女を殺したかったわけじゃないわ・・・死ぬべき人間はあなただったのに。

彼女が飛び出すからいけないのよ。私は、この女が大嫌いだけど殺そうとまでは考えていなかったわ・・・」

この会場にいる誰もが息を飲んだ。沙織が俺への殺意を認める言葉を吐いたからだ。

その時、鷹野のSPがやって来て、沙織の腕をつかんだ。道明寺のSPはどうしていいのかわからなかったらしい。

一応、女も「道明寺」だったからだろう。俺の命令を待っているようだった。

男たちに引っ張られるように連れて行かれる沙織を俺は呆然と見送った。

牧野がどうしてここにいるんだ?

「紅?いったいどうして、ここに来たんだ」

颯介と煬介も同じ思いらしい。彼女は家にいるはずだった。

その時、あきらの声がした。

「救急車の方が来たぞ。」

一応、ヘリも手配していたが、どっちが早く来るかわからなかったので、救急車もヘリも手配していた。

「わかった・・・」

俺は何に返事をしたかはわかっていなかったが、とにかく牧野を抱え立ち上がった。

救急隊の数名が俺たちに駆け寄ってくるのが見える。

ストレッチャーを広げ、彼女を乗せる。そして・・・何か言っている。

「司、一緒に行くでしょ?」

類が俺の肩をたたき、何か言った。

「あ?」

「司、しっかりしなよ!牧野と一緒に救急車に乗って行くでしょ?」

「あ・・・ああ!もちろんだ!」





司は動転していた。病院に着いてもつくしの側を離れようとしなかった。

医者が「大丈夫、命に別状はない」と請け負っても信じられず、頑固に側にいようとした。

治療ができず、医者は何度も出て行くように言ったが、司はただつくしの手を握り、狂ったかのように励まし続けていた。

しばらくして、颯介と煬介がやってきて、やっとムリヤリにつくしの側から離された。

「紅は大丈夫だ。キズは思ったより浅いし、心臓からは逸れている。君が側にいると助かるものも助からない。治療ができないじゃないか!」

颯介に一喝されて、司はやっと我にかえった。

「あ・・・牧野は大丈夫、なんだな?」

「ああ。大丈夫だ、医者が太鼓判を押してるよ」

司は力が抜けたように床に座り込んだ。

「立つんだ。あっちに座ろう。そこは医者や看護婦の邪魔になる」

それでも力が入らないような司を颯介と煬介は両脇から抱え上げ、引きずってイスに座らせた。







「油断していたよ。まさか紅が来るとはな」

颯介が話しだした。

「紅は子供たちと一緒に留守番のはずだったし、使用人に紅が抜け出さないように見張らせていたんだが・・・」

煬介も何か話していないと不安なのだろう、颯介に相槌を打った。

司はやっと現実に戻っていた。子供たち!!そうだ、子供たちは・・・

「こ・・・子供たち・・・は?」

「ああ、大丈夫だ。すぐに屋敷に連絡しておいた。使用人が面倒を見てるよ。まだぐっすり寝てるしな。」

「そうか・・・それにしても・・・なんで牧野が・・・」

司はそこまでしか言えなかった。

「たぶん君が心配で仕方なかったんだろうな。だから会いたくなった、タイミングが悪く、君が刺されようとした瞬間だったんだ。

あの女のナイフが目に入ったんだろう。あとは必死だったんじゃないかな。」

「俺の・・・俺のせいだ・・・」

颯介は首を振った。煬介はただ黙って俯いていた。

「君のせいじゃない。誰の責任かというなら紅自身の責任だ。子供たちもいるんだ、危険な場所に来るものじゃない。

実際、俺は留守番するように言った。それを子供たちを残してやって来たのは紅だ。俺の言うことを無視した紅が悪いし、

プロがガードしていたんだ。SPたちも油断していた、それも悪い。

だが、一番悪いのは当然、あの女だろう?自分の思い通りにいかないからって人を傷つけてどうするんだ?

紅の傷が誰の責任かというなら紅自身の責任だし、誰が悪いと言うなら沙織さんだろう。

自分を無意味に責めても紅の傷が治ってなくなるわけじゃない。」

颯介の言葉は正しいが、司は簡単に自分を許すことはできなかった。

その時、手術中のランプが消えた。

「あ、終わったぞ。ほら、短時間ですむってことは大したことないって証拠だ。

キズも軽いし、紅は生きている。そう、生きているってことが一番大事だろう?」

司は立ち上がって医者がでてくるのを待っていた。

医者が現れたとたんに彼女は大丈夫なのかと詰め寄った。医者は驚いたようだったが笑顔で大丈夫だと答えた。

入院も1週間程度。盲腸とかわらないと言われた。

ただ、キズ跡は多少残る・・・

司は安心して床に座り込み、声を抑えて泣いていた。今度は颯介も煬介も黙って泣かせていた。









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