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颯HAYATE★我儘のべる
番外★それぞれの償い
●それぞれの償い●
道明寺司氏の前妻、死亡―――その言葉がワイドショーを賑わしたのは昨日のこと。
あの事件から、すでに10年が経過していた。
あの時にはまだ4歳だった榊と椛もすでに中学生になっている。
事件当時は小さかったこともあり、あまり覚えていないようだ。
彼女は精神を病み、懲役10年という罰をすべて病院で過ごした。危篤の報はその病院から受けた。
それが3日前のことだった。
離婚しているうえに、殺されかけたのだから本来なら、そういう報せを受けることもなかっただろう。
だけど沙織さんは孤独だった。
両親はすでに亡く、兄も債権者から逃亡したままで行方知れずだ。下手すればすでに生きていないかもしれない。
親族は少ないうえに、金の切れ目が縁の切れ目。沙織のおこした事件もあって、誰もが面倒を避けたがっていた。
ましてや、殺意の相手が道明寺財閥の御曹司ともなれば、誰も睨まれたくないのだろう。
触らぬ神にたたりなし。 誰も沙織を見舞うことも面会に訪れることもなかったそうだ。
だからなのか、すでに離婚した道明寺家に連絡が入ったのだ。
病院側としては、死亡すればニュースになるし、気を使ったのかもしれない。
司はまだ沙織さんを許せないらしく、見舞いに行く気も引き取る気もないと返事をしてそのままだった。
その結果、昨日彼女は亡くなったのだ―――――、孤独なままで。
確かに彼女を引き取る理由も義理もない。
だけど―――――今おもえば、彼女は寂しい人だったのだと思う。
マスコミは元道明寺夫人ということもあり、好き勝手に騒いでいた。
今日がお葬式というのに司が顔も見せないことに非難する人もいれば、殺されかけたのだから当然だという人もいる。
彼女はこのまま引取り手がなければ、無縁仏として葬られる。 親族が若宮の墓に入れることを拒否しているためだ。
無縁仏という言葉は、悲壮感を生む。人は同情する。
引き取らない司を非情な人と責める人も出てきた。事実、彼女との結婚で道明寺財閥が今もあるのだと指摘する者もいた。
司がどう言い訳しようと、沙織さんとの結婚で道明寺が潰れなかったのは事実だ。
その当時には、その結婚が役にたったはずなのだから―――――。
だが、彼女が司を殺そうとしたこと、愛人がいたことも有名なことなので、司を庇う人もいる。
「死んでまで世間を騒がすとは・・・あの女らしいな。」
テレビのワイドショーを見ていた司は、苦々しげに言葉を吐き出した。
「―――――司、沙織さんは仮にもアンタの奥さんだった人よ。あの女なんて言い方はよくない。」
「お前を殺そうとしたんだぞ!? 俺はあの女が一瞬でも道明寺を名乗っていたことを忘れたい。」
「――――司、忘れたくても現実は違うでしょ。 それに、沙織さんとの結婚が道明寺財閥を救ったのも事実でしょう?
そのお礼の意味で最後に沙織さんを引き取って、お父様と一緒のお墓に入れるように親族を説得しましょう。」
司は驚愕のまなざしでつくしを見つめていた。
「お前は・・・あの女を許せるのか? あの女のわがままから俺たちは引き裂かれて、そして俺は・・・妊娠しているお前を捨てた。
双子が生まれたことも知らずに、俺はあの女と結婚し、道明寺財閥のために生きていたんだぞ!?
あの女はお前を殺そうとして・・・お前は死にかけたんだぞ!? 許せるのか? 俺は許せないんだよ!」
司の叫びは過去の苦しみ、悲しみをすべて思い出させた。
彼女は私の存在を知っていた、知っていて司を欲した。
私が妊娠していることも知りながら、司が欲しいという子供的な感情だけで実家を動かし、司を無理矢理に手に入れた。
その後も好き勝手に生きて、愛人の子を妊娠し、そのうえ、その子を司の子として認めさせようともした。
それが叶わないと知ると彼女は・・・司を殺す決断をした。
道明寺財閥の金と力を手に入れるために、司を殺そうとし、それを実行した。
結局、刺されたのは私で、死にかけたのも私だが、彼女が殺そうとしたのは司なのだ。
「司、過去を差し替えちゃダメだよ。 彼女が殺そうとしたのは私じゃない、司だよ。
私がアンタと彼女の間に無理矢理入ったから私が刺されてしまっただけ。」
「―――そうだ、理由はどうあれ、あの女はお前を刺した。 俺は許すつもりはない。」
司がそう言うのは納得できるし、仕方がないとも思う。
だけど、亡くなった彼女を見捨てれば、きっと後悔するだろう。
その後悔が私を蝕み、今後の幸せに影を指すだろう。
私はどうしても彼にも沙織さんを許してもらいたかった。いや、許せなくても情けをかけてもらいたかった。
「司・・・お願い」
司が頑固に首を縦に振ることはなく、厳しい顔つきでテレビを睨んでいた。
数日後、ワイドショーも新しいネタに切り替わり、沙織さんのことは聞かれなくなった。
そんな時、病院の看護士から手紙が届いた。 沙織さんを受け持ち、看護していた女性からの手紙だった。
『道明寺氏と奥様が沙織さんを恨み、許せない気持ちは理解できます。
彼女はここでも夢の世界に住んでいました。 自分のしたことを認めず、自分が幸せだと感じる世界に閉じこもり生を終えました。
最後はお父様と同じガンでした。 生涯、反省や後悔はしなかったと思います。
ですが、彼女は人生の最後を檻のついた病院で過ごし、決まった人しか会えない日々を送りました。
償ったとは言えないのはわかっていますが、罰は受けたのではないでしょうか。
その彼女が死んでも尚、罰を受け続け、無縁仏として葬られるのは惨いと感じます。
彼女に科せられた罰は先日、終わりました。 懲役10年という刑を彼女は病院でまっとうしました。
どうか、許すことはできずとも彼女を若宮沙織として家族とともに葬っていただきたいのです。
すでに関係のない道明寺様にお願いすることではないのですが、あなたのお力でなんとかよろしくお願いいたします。』
彼女の手紙に書かれていることは自分でも思っていることだった。
なんとしても司を説得しなければ・・・・つくしは決心した。
つくしは帰宅した司に黙って手紙を見せた。 見て彼がどう感じるのか知りたかった。
「―――――で、俺にどうしろと?」
「司、やっぱり沙織さんを・・・」
「つくし、この手紙でもわかるだろう? あの女は反省すらしなかったんだぞ!?」
「確かに・・・そうね。 でも亡くなった人に罰を与える必要はないと思うの。
罰は神さまにまかせましょう。 人間が手出しするものじゃない。
それに私だって・・・罪はあるよ。 司にだって・・・。
そもそも司が彼女との結婚を決断したんでしょう? 断ることもできたって以前、自分でも言っていたよね?
自分の力で戦うべきだったのに、安易な道を選んだって。 つまり、司は彼女を利用したのよ。
自分の意思で私を捨てたの。」
そこまで言うと司の顔が後悔と悲しみで歪む。 本当は言いたくない。
司を責めたいわけじゃない。 だけど、どうしても・・・・
私は覚悟を決めて、先を続けた。
「私だって・・・司を彼女から取り戻す努力をするべきだったのに逃げてしまった。
妊娠したことを司に教えて、泣いてすがって彼女との結婚をやめさせることもできたのに、簡単に諦めてしまった。」
司は過去の決断を悔やんでいる、そして私に負い目を持っている。
さっきも言ったように、私を捨てたという事実があるからだ。
だが、すべての罪を沙織さんにかぶせてはいけない。 私たちは沙織さんの愚行を止められたはずだ。
その過去を利用してでも、司に彼女を引き取って若宮家のお墓に埋葬する手続きをしてほしかった。
「ね・・・司、彼女を道明寺夫人として葬れと言っているわけじゃない、彼女のお父様と一緒のお墓、
つまり、若宮家のお墓に入れてほしいと言っているの。
若宮家の人も道明寺の名前で諭せば、沙織さんを受け入れてくれるんじゃない?」
司の苦痛に満ちた表情が少しだけ和らいだ。 私はホッとして話を続けた。
「司、私たちの間違いを彼女のせいにするわけにはいかない。
私たちは過去の間違いを踏まえて幸せにならないといけないと思うの。
あなたは私を捨てた罪を、私はあなたを捨てた罪を沙織さんを若宮のお墓に入れることで償いましょう。」
私がそういうと、彼はいかにも渋々ではあったが小さく頷いた。
「――――いつまでたっても、お前は超お人よしだな。 あの女に殺されかけたのに・・・」
「彼女の殺意は私ではなく、司にあったのよ。
私が彼女のナイフの前に飛び出したの、それを忘れてはいけないわ。」
そういうと彼に向かって小さく笑った。
「―――――わかった。 納得のいかない部分もあるが、あの女を引き取る。
若宮智成と一緒の墓に入れさせる。 それで・・・お前は満足なんだよな?」
「ええ」
「―――――お前がそうしろと言うのなら俺は何でもやってやる。 それが俺の償いだ。」
司はそう言って、つくしを引き寄せ、唇に熱いキスを落とした。
「ん・・・」
「お前の言うことを聞くから、ご褒美をくれよ。」
司はそういうとニヤリと笑い、ネクタイを緩めた。
翌日、司は早速行動に移った。病院に連絡し、遺骨を引き取り、若宮家の墓を管理している親族に連絡をした。
最初は断っていた親族も、被害者でもある道明寺司がじきじきに頼むので断れず、渋々と了承した。
そして・・・沙織さんは若宮家の墓に埋葬された。
私は沙織さんの魂が両親の元で癒されることを願い、祈った―――――。
「これでいいんだよな? こうしないとお前が後悔するんだろう?
俺は・・・あんな女どうなったっていいんだけどな・・・」
司はそういうとつくしを抱きよせた。
私たちはこの10年幸せだった。 きっとこれからも幸せに生きていくだろう。
私の幸せは司のそばにあるし、きっと彼もそうに違いない。
―――沙織さん、今度生まれ変わったら・・・幸せになってほしい――――
つくしはそう願い、そして司の肩に頬を寄せた。
FIN
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