颯HAYATE★我儘のべる

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参観日には戦闘服で離婚まで 2



お袋は高天のクラスから見ると言っていたので、まだ来ていない。兄弟がいることも考えてか英徳の授業参観はまる1日とられていた。

1日に50分授業が6回ある。それが英徳の授業だった。その6回の授業すべてを見てもいいし、教科を選んで1回だけで帰ってもいい。つまりお袋は高天と俺たち双子をキチンと見られるという訳だ。

あと普通の参観日と違うところは・・・広い教室の後ろに椅子が用意されていることだろう。つまり座って授業を見ることができるのだ。

時間もキチンと話し合っていたらしく、祥吾の両親もまだ来ていない。

だがそろそろ来るだろう、お袋は午前中しか時間が取れないといっていた。それならあと2時間、2回の授業しかない。

おそらく1時限目を高天、2時限目を椛に振り分けたんだろう。

3時限目に俺を見て、おそらく祥吾の両親と食事でもして帰るつもりじゃないだろうか。

そんなことを考えていたら、どこで待ち合わせたのかお袋と祥吾の両親が入ってきた。

すでに教室にいた数名の母親が一斉にそっちを見る―――道明寺夫人とは気付いていないようだ。

道明寺財閥夫人が安物の既製服で来るとは思ってもいないのだろう。3人を見た者たちの顔に嘲笑が浮かぶ。

「まあ、この英徳にあんな服で来るなんて・・・」

さすがに学校ということもあってか、小声だが後ろの席にいる俺にはハッキリ聞こえたし、隣にいる祥吾にも聞こえたのは間違いない。

祥吾はムッとした表情で言った母親を睨みつけた・・・が、お袋の応酬は早かった。

「まあ! 富沢様ですね、お久しぶりです。」

授業が始まるまでにあと5分はある。その間に親たちを黙らせる気らしい。

「・・・・?」

「道明寺です。」

お袋が名乗ると信じられないように目を細めて・・・真っ赤になった。

「ま、まあ!!! すぐに気がつかなくて・・・申し訳ありません。まさか、そんな・・・」

「何でしょうか?」

お袋は笑顔で聞いている。言いたいことはわかっているだろうに人が悪い。

「い、いえ。あの、そちらの方は?」

「息子の親友のご両親です。」

サッと二人を紹介すると、お袋は祥吾の両親を促してサッサと椅子に座ってしまった。

成り行きを見守っていた他の親もただ黙って座っていた。今まで服の自慢話や最近買った高級品について話していた母親たちは一斉に黙って授業が始まるのを待っていた。

するとまた教室のドアが開いた。入ってきたのは・・・やはり安そうな既製服を着た男性だった。

「―――類おじさん!?」

俺は思わず声をあげてしまった。安物のスーツに身を包んだ男性は花沢類だった。

「やあ、榊。牧野も・・・やっぱり来ていたね。」

「類?まさか来ると思わなかったわよ。」

「なずなの親は俺だけだからね。きちんと見てきたよ。」

「偉いじゃない。」

「ここ、いい?」

類さんはお袋の隣を指差して、返事を待たずに座った。

―――俺は嫌な予感がしていた。

参観日のことは親父に言っていない。お袋もどうせ来られないだろうから言わないと言っていた。

でも、英徳の理事でもある親父が知らないなんてことあるだろうか?

ましてや、類おじさんが来ている・・・お袋が来ることも掴んでいるだろう。

類おじさんは呑気に祥吾の両親に軽い挨拶をしてお袋としゃべっている。俺はとりあえず小声で聞いてみた。

「ねえ、類おじさん・・・親父は今日のこと知らないよね?」

「・・・」

「その無言は何?」

「甘いよね、榊って。司が知らないわけないでしょ。」

その言葉は俺を絶望へ突き落とした。別に親父を恥ずかしく思っているわけじゃない・・・だが親父が来ると確実に授業にならないだろう。

そんなことを考えていたら・・・ドアが勢いよく開いた。

「つくし! 俺をのけ者にするとはどういう了見だ!?」

―――親父!!! 

「司!?なんで・・・」

「なんでもクソもあるか! お前らがコソコソしているんで調べたんだ。」

偉そうに踏ん反りかえって言う親父の後ろにはなぜか・・・総おじさんとあきらおじさんが手を振っていた。

「「牧野~」」

「ちょっ・・・なんで、アンタたちまでいるのよ!?」

「おもしろそうだから。」

「ちょうど暇だったんで見に来た。」

「参観日は親が子供の授業風景を見るものよ! アンタたちの子は英徳にまだいないじゃない!」

「え~?別に学園長に聞いたらOKだったぞ?」

そんなお袋たちの問答を祥吾の両親を含め、他の親たちは遠慮がちにチラチラと見ていた。

英徳では伝説のF4が授業参観に揃ってしまった―――祥吾の親以外は顔を赤らめ、憧れの視線を送っているのがわかる。

「あ、あの・・・」

「ああ!ごめんなさい。これが榊の父親です。」

お袋が祥吾の両親に説明するが・・・普通は夫ですとか、主人ですって紹介しねぇ?なんで俺の父親ですって紹介なんだよ!?

「なんだ、お前らは?」

「―――司!!!!!お前らなんて失礼な!!榊の親友、祥吾くんのご両親よ、謝りなさい!」

「・・・」

「司―――謝罪しないと実家に帰るわよ。」

お袋の脅迫。お袋にベタ惚れの親父はこの言葉に弱い。慌てて「すまなかった」と祥吾の両親に謝罪した。

「い、いえ・・・榊くんには祥吾もお世話になって・・・」

ドギマギしながら祥吾の両親が挨拶しているが、親父は謝罪してしまったらもう興味はない。視線は完全にお袋を睨みつけている。

「アンタは忙しいから来ないと思ったのよ。参観日くらいで怒らないでよね。」

「なんで類は来ているんだ!?類には言ったのか?」

「―――類は当たり前じゃない。なずなちゃんがいるんだから、私が言わなくても知っているでしょ。」

「知っていたけど、牧野から連絡もらったよ」

「る、類! よけいなことを・・・」

「なっ!! お前ら、俺に内緒で連絡を取り合っているのか?」

「内緒って・・・類に電話するのにアンタの許可は必要ないでしょ、私の友達でもあるんだから!」

突然始まった道明寺夫妻の喧嘩に周囲は唖然としていた。親たちはもちろん、生徒も呆気にとられて見守っていた。

みんなが後ろを向いていたので気がつかなかったのだが・・・親父とお袋が大きな声で喧嘩をする中、小声で必死に訴える人がいた。

「あの・・・授業を・・・」

それは参観日を提案した若き教師だった。ゴージャスな衣装に身を包んだ母親やF4を目の当たりにして緊張してしまったようだ。

誰もこの教師の声に気がつく者はいなかった。

「でも類だけに知らせるってなんで? 俺たちだって牧野の友達だろ?」

そう言ったのはニヤニヤと笑みを浮かべる総おじさん。

「・・・アンタたちには関係ない話題じゃない。類には英徳に通うなずなちゃんがいるし、うちと違って父子家庭なんだから行くとしたら類しかいないじゃない。それに相談もあったしね。」

お袋の言う相談が、類おじさんが着ている安物の既製服スーツだろうと察しはついたが、何も知らない親父はさらに不機嫌になって怒鳴りはじめた。

「なんだよ!相談って!! お前は夫である俺に相談しないで、類に相談するのか!?」

「うるさいわね!アンタに相談したって仕方のない話だから類にしたのよ!」

「・・・あの、授業をはじめ・・・」

つぶやくような声が聞こえるが何を言っているのか微妙に聞こえない。この喧騒の中ではその声に注意をする者はいないだろう。

誰もが親父とお袋に注目しているなか、必死で授業の開始を訴えるが道明寺夫妻の言い合いの前では誰も授業に興味などなかった。

「お、お前・・・!! 俺に相談しても仕方ないだと!?」

真っ青になった親父が今度は真っ赤になった。面白い・・・

「牧野・・・司にそれは残酷だぞ。」

あきらおじさんがお袋を諌めるが、お袋は意に介さず『本当のことだ、何が悪い』という態度だった。

「お前、子供のことを相談するのに父親じゃなく類ってどういうことだ? お前ら、まさかデキてんじゃねぇだろうな?」

「―――道明寺・・・言っていいことと悪いことがあるわよ・・・」

お袋が本当に怒ると親父のことを『道明寺』と呼ぶ。なぜか学生時代に戻ってしまうらしい。

「「・・・」」

「デキてるって何が?」

総おじさんとあきらおじさんは黙りこみ、状況を傍観している類おじさんは呑気に質問している。

類おじさんはいつも親父とお袋をからかって遊んでいる節があるので、この質問もわざとかもしれない。

「お、お前が俺じゃなく類に相談なんかするからだろ・・・?」

「そうよ、アンタに相談しても答えはわかっているし、協力するはずがないから類に相談したのよ。それを・・・私が浮気をしたみたいに・・・許せない」


「せ、精神的浮気だろ?」

「司が精神的浮気なんて言うとは・・・間違えずに」

茶化したようなことを言うのは総おじさん。どこまでフザけるのかわからない・・・。

「総二郎、黙れ!」

「こわっ!マジじゃん。」

「当たり前だ!妻が他の男を頼っているんだぞ!? これを精神的浮気といわないでなんと言うんだ?」

「「他の男って・・・」」

総おじさんとあきらおじさんが呆れたようにハモる。

「俺以外の男はみんな他の男だろうが!」

―――確かにそうだが、なんか違う。

「・・・道明寺、アンタがどこまで私を信じていないかよくわかった。なんの相談をしたのか、なぜアンタに相談しなかったのか理由も聞かずに私を浮気したと責めるのね?

信じてもらえない相手と結婚生活を続けるわけには行かないわね。離婚した方がいいかもしれない、子供たちはかわいそうだけど」

「「「おい」」」

親父だけでなく総おじさんとあきらおじさんも焦った声を出した。お袋は頑固だ、一度言い出すと撤回しないことが多々ある。

それだけに離婚を口に出したら怖いものがあるのだ。

「高天と楸は当然私が引き取ります。まだ幼いのでアンタが育てるのは無理だわ。榊と椛は本人に決めさせましょう、もう高校生だから自分で決められるでしょう。そうね、榊?」

マジかよ・・・俺はげんなりしながら頷いた。

「おい、榊・・・止めなくていいのか?」

気がつけば周囲がシンとしている。何度も授業を始めたいといっていた教師も黙って両親に注目している。

それはそうだろう、世界の道明寺財閥総帥が離婚されるかもしれないのだから。

「お袋は言い出したら聞かないし、止めても無駄だよ。犬も食わないってヤツだからほっとけよ。」

「でも本当に離婚したら・・・」

「大丈夫。離婚したらしたで、それなりに仲良く生活するさ。」

「そういうモンなのか?」

「俺んちはそういうモンだって。それに・・・離婚は有り得ないし」

「?」

俺が小さく最後に付け加えた言葉に祥吾は首をかしげたが、俺は絶対に離婚は有り得ないとわかっていた。

だって当然だろう? やっと手に入れたお袋を親父が簡単に手放すはずがない。それにお袋にベタ惚れの親父だぞ?

「榊、お前はどっちについていくの?」

類おじさんがこの場にそぐわないほど呑気に聞いてきた。

「え?」

「もし二人が離婚したら司につくの?牧野と一緒に行くの?」

「あ、それは俺も興味あるな。道明寺財閥の後継者は父親につくのか、母親につくのか!?」

類おじさんの言葉に総おじさんが楽しそうに乗っかってきた。もう、人ごとだと思って・・・

「子供は全部俺とつくしの子だ!!両方の子だ!」

親父が激怒して話に割ってはいる。当然俺は道明寺司とつくしの子供だけどさ・・・そういうことじゃないんだけど。

「つくし、お前は本当に俺と離婚したいのか?」

「したいわけないじゃない!でも類と浮気したなんて疑われるなんて許せないっ!疑われてアンタと生活するくらいなら離婚した方がマシよ」

「―――本当に疑っているわけじゃねぇよ! ただ・・・俺じゃなく類に相談するから・・・」

親父が言いよどむ、これは珍しいことだ。明日は大雪、もしくは雹が降るかもしれないな。

「相談って今回のことはアンタに相談しても仕方ないのよね・・・」

「言ってみないとわからねぇ!!何なんだよ!」

「―――もう今日が参観日ってことは知っているわね?ここに類のようなスーツを着てから来てほしかったんだけど?」

「類のスーツ?」

親父はそう言って、類おじさんが安物の既製服を着ていることにやっと気がついたようだ。

「お前、なんだそのスーツ。どこのだよ。花沢物産は経営が悪くなったのか?」

「普通だよ。」

類おじさんはそれ以外言わない。いつも必要最小限、それも自分にとって必要なことしか言わないのが類おじさんだ。

「そんな見るからに貧乏人の着る服を着て普通ってことはねえだろ?」

「貧乏人で悪かったわね! アンタ考えてモノを言いなさいよ!!」

親父はやっとお袋の着ている服に気がついたようだった。

「なにすんだよ・・・ってお前は相変わらず庶民の服が似合うな。」

「そうね。それで結構よ!! たかが子供の参観日に何十万、何百万の服を着てくるほうがおかしいのよ」

親父の着ている服はホークロードに特注したオートクチュールだ。ハッキリ言って上下とシャツを合わせれば100万以上はするだろう。

完全に親父へのあてつけ。

「う、うるせぇ!! で、なんで類がび・・・そんなスーツを着ているんだよ? そのことをなんで類に相談するんだ?」

「家に帰って説明するわよ。」

お袋はそう言って周囲を見渡すと自分たちが注目を浴び、授業を止めていることに気がついた。


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