颯HAYATE★我儘のべる

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雨が止まない 12



帰ってくるなりの夫の言葉が理解できずにマヌケな顔をしてしまった。

「・・・提携?」

「う~ん・・・俺に言ってきても最終的には親父の決断なんだけどねぇ。

ま、司くんがみずからホークロードにやって来て話をね・・・。

俺もちょうど時間が空いていたし、会って聞いたんだけど。

悪くない話なんだけどねぇ・・・動機が動機だから乗っていいものか」

動機? まさか、またアイツは無謀なことを考えているのだろうか?

「動機って・・・?」

「大河原だよ。 彼は奥さんと離婚したいんだよ。 でもそうなると大河原との業務提携が破綻する恐れがある。

その場合、それに変わる企業が必要になる。 だから鷹野に目をつけたってわけだ。」

「わけだって・・・そんなに簡単なものなの?」

「簡単じゃないけどね、でも業務提携じたいは、そう難しいものじゃない。

時間はかかるだろうけど。 ま、彼もお前に会いたいとかそういう気持ちを抑えてる感じだから

多少は大人になったのかな・・・。 覚悟は決めたって感じだったね。

少なくとも俺はそう感じた。 ふっ切れてはいないだろうけど、無理なことはしないと思う。」

「そう・・・?」

「―――残念か?」

「―――ううん。 私の中ではすでに道明寺は素敵な思い出になってる。

全部って言ったら嘘かもしれないけど、ほとんど思い出だよ。」

颯介は微笑んで、つくしの頭を撫でた。

「やめて。 私は子供じゃないから。」

ムッとした顔で睨みつけるつくしを、颯介は笑顔でかわした。

「ま、提携の件はよく考えるよ。 鷹野としてはともかく、ホークロードとしては悪くないかもって思ってるから。」






滋は司の気持ちが自分に向かない事実に傷つき、そして怒りを感じていた。

司の気がなく、離婚を申し渡された状態で道明寺邸にいるのはプライドが許さなかった。

だが、実家に戻れば、離婚された女として見られるだろう。

それもプライドが許さない。 だから滋はマンションを購入し、一人で暮らしていた。

滋にとって相談できる相手というのは、もう両親以外は残されていなかった。

だが、両親は決して自分の望む結末を用意してくれないだろう。

経済措置を頼んでも、それは断られた。

司が自分を愛することはないという現実を受け入れることが、どうしてもできない。

なんとか振り向かせたいという思いは、あれだけハッキリと司に言われても消えることはなかった。

以前の自分には受け入れられたことが、今は・・・なぜか困難だった。

でも、どうしていいのかわからない、すでに頼れる者がいない滋のとるべき道はひとつだけだった。

滋はいまや、つくしを憎んでいた。 友人、それも親友だと思っていた女性が今ではただの恋敵だ。

いや、昔から・・・そうだった。

本当は司を諦めたくなかった、でも高校生の時は、つくしの人の良さと司の強い思いに負けて諦めたのだ。

なぜ、私が何度も振られ、諦めなければならないの?

なぜ、つくしに夫を奪われるの? そう、つくしは私の夫を奪った。

つくしと私の違いなんて、本当はない―――――

司が盲目的に彼女を愛しているだけ。 

だからと言って、つくしを消しても司は彼女を愛し続け、私には見向きもしないだろう。

心が手に入らないなら、いっそ司の器だけを私のものにすればいい―――――

それなら、きっと我慢できる。心がなくても司は司だ。

そう、司の身体だけを手に入れよう。

滋の目には暗い炎がやどっていた。

昔の彼女からは考えられない、暗く濁った目をしていた。

滋は今、司を愛している、という思いに捕らえられていた。

暗い炎は次第に勢いを増し、やがて全身を覆っていく―――――。






鷹野颯介からの返事は思ったよりもはやく得られた。

OKという言葉に少なからず驚いた。 

颯介は俺に良い印象はないだろう、だからこそ拒否するだろうと思っていた。

すんなりと良い返事をもらえたことが、少しだけ疑問でもある。

ただ、大河原の石油事業に比べるとホークロードとの提携は弱い。

鷹野財閥の名は大河原よりも大きいが、なにぶん、手を結ぶ相手がトップではなく、その息子。

颯介からも鷹野財閥としてよりもホークロードという一企業との提携と言われた。

俺は・・・大河原と手が切れて損をすることになっても構わなかった。

親父にそれに見合う企業と手を結べと言われたが、俺はホークロードで構わなかった。

長い目で見れば、鷹野財閥の御曹司と手を結ぶのは悪いことではない。

親父をどう説得するかは大きな問題だが・・・

滋との離婚を遅々として進まない。 滋が離婚を承知しないせいだが、俺はどんな手を使っても離婚するつもりだった。

滋の両親にも挨拶に行くつもりだった。

離婚する旨の挨拶など、前代未聞かもしれないが、仕事上のこともある。

一度は絶対に話し合う必要がある・・・。

どんな結果になるのか、自分でもわからないが司の気持ちは固まっていた。

諦めるしかない女だから、側にいる女でいいなんてことはありえない。

滋は・・・もしかしたら、俺と同じかもしれない。

俺は牧野に執着し、アイツは俺に執着する。 どんな手を使っても手に入れたい相手。

滋と俺の違い・・・俺は気がついたということだろう。

相手の幸せを願うことが、俺自身の幸せに繋がるものであると。

まだ完全に類と同じ境地にはなれない。

牧野が幸せなら俺も幸せだとはまだ思えない。

だけど、アイツが幸せそうに笑う姿を見るのは嬉しい。

それを壊してまで俺の幸せを突き詰めれば、アイツはきっと不幸になるのだろう。

それに気がついた・・・。

滋は自分の幸せだけを考えている。 それが俺とアイツの違いなのだ―――――。

滋という見本があるから、俺はもしかしたら、こんな気持ちになれたのかもしれない。

皮肉なものだ――――。






経済制裁と叱責を覚悟して大河原邸へと乗り込んだ。

しかし、そこで司は大河原会長の度量の大きさと企業人としての信念を目の当たりにした。

滋本人との離婚話が進んでいないのに、その両親に伝えるのはどうかとも思ったが

この結婚はもともとが政略結婚、すべては仕事に繋がってしまう。

そこで、司は叱責と経済制裁を覚悟して大河原家を訪ねたのだ。

「やはり離婚したいんだね」

「・・・お義父さん、お義母さんには申し訳ありませんが、私と滋さんはもともと愛情で結ばれているわけではありません。

私は記憶を失い、愛する女性を忘れてしまった。

大河原さんには失礼ですが、どうせ政略結婚なら誰でもいいと思って滋さんとの結婚を決意しました。」

「―――それはわかっている。 だが、誰でも良かったのにどうして今は離婚したいんだ?

それに滋との短い結婚生活の中には幸せはなかったのかね?」

司は自分の気持ちを正直に話していた。 滋との結婚は自分で決意したものだ、だからその責任を逃れるつもりはなかった。

「彼女との結婚は幸せとは程遠いものです。 

滋さんが悪いわけじゃなく、記憶を失くしていても、心の奥深くで忘れてしまった女性を覚えていたのだと思います。

そして、記憶が戻った・・・。その後はもう・・・。」

「―――君の愛している女性のことは知っている。 最初のお見合いの時に見ているからね。

彼女と別れさせるために楓さんが無理矢理お見合いを仕組んだんだったね。」

「はい・・・」

「牧野つくしさん・・・だったね。 彼女は鷹野颯介氏と結婚したはずだ。

だったら、滋との生活をやり直すことはできないのかな?」

司はどう答えていいのかわからなかった。 滋とやり直すなど考えられない。

だが、気持ちの全てを正直に話せば、滋を憎んでしまっている自分、許せない自分をさらけ出さなくてはならない。

それは彼女の両親を侮辱する行為でもあるだろう。

そう思うと、ただ・・・素直な返事をするだけだった。

「それは・・・できません。」

「―――まだ牧野さんを愛している、か。 滋も彼女とは友達だったと聞いている。

と、言うことは滋は君の気持ちも牧野さんの気持ちも知っていたということだ。

君はそれを知りながら結婚を望んだ滋が許せないのじゃないか?」

何も言わなくても司の気持ちは完全に読まれていた。

これが大財閥を背負っている男の凄さなのかもしれない。

「・・・そこまでご存知なら、私の正直な気持ちを言いましょう。

私はまだ牧野さん・・・鷹野つくしさんを愛しています。

確かに彼女は結婚しましたが、だからと言って他の女性を愛せるとは思えません。

私の気持ちを知りながら、記憶喪失を利用し、お見合いを仕組み、結婚を勧めた滋を許せません。

記憶喪失とはいえ、結婚は自分で決断しました。 それは彼女を責められない。

だが、彼女は記憶を失う前の気持ちを知っていた。罪はあるでしょう。

記憶が戻れば、こうなることは滋さんも覚悟していたと思いますが?」

一瞬の間に、やはり怒らせたかと感じた。 だが会長はかすかに苦笑しただけだった。

「覚悟はしてなかっただろうな。 あの子は賭けをしたんだと思う。

君の記憶が一生戻らない方へね。 そしてその賭けに破れた。

賭けに負けたものは、その場を去るべきだろうが、滋にはそれができない。

それは私と妻が甘やかした結果だろうね。 だが最小限の常識というものは教えて育てたつもりだ。

しかしね・・・人を愛する気持ちっていうのはどうしようもない。

他人に何と言われても、譲れないものがあるのだろう。」

それはそうだと思う。俺自身、たとえアイツが結婚しても諦めることができないでいる。

今でも牧野を愛している。鷹野颯介の妻となってしまった、手の届かないアイツを。

「今、滋はマンションで一人暮らしをしている。 実家に戻るのはプライドが許さないのだろう。

一人と言っても、家政婦がいないと暮らせない子なんだがね・・・牧野さんとは違って。

あの子は思いつめてしまっている。 今は意地でも君と別れないだろうね。

だが、私はあの子の幸せを望んでいる。 それは親として当然のことだ。

君に執着していると、あの子は不幸だ。 なんとか、あの子を説得して離婚させよう。

今の娘の姿を見ていると私も君を憎みそうになる。 だが・・・それは個人的感情だ。

司くん、私は業務提携から手を引くつもりはない。 仕事は仕事だ。

プライベートな事情で、会社を動かすつもりはないよ。」

司はハッとした。 ようするに会長は俺が来た理由をわかっていたのだ。

そして、俺が言うまでもなく話をしてくれている。

経済制裁などしないと言ってくれているのだ。

娘を不幸にし、離婚をしようとしている義理の息子に対する態度に尊敬の念を抱いた。

つまらないヤツなら、経済制裁はもちろん、道明寺を訴え、マスコミを利用し話をでっちあげたりもするに違いない。

司は晴れやかな気持ちで大河原のトップを見つめた。 その目には間違いなく畏敬の念が表れていた。







味方は誰もいない―――――

滋は孤立していた。 ただ司と別れたくない、それなのに両親にすら裏切られた。

まさか、父が離婚を進めるとは思ってもみなかった。

「お前は本当に司くんを愛しているのか?」

父にそう問われ、私は唖然とした。 それは当然のことだったからだ。

「当たり前じゃない。 だからこそ、別れたくないのよ。」

「―――本当にその人を愛していれば、相手の幸せを望むものだ」

言っている意味がわからなかった。 つくしがすでに他人と結婚している以上、司につくしとの幸せはない。

それなら、私との幸せを望んで何が悪いの? 司だって友達としての私を好きだと言っていた。

じゃあ、それが男女の愛に変わることだってあるんじゃないの?

「私は司に幸せになってもらいたいけど?」

「―――私にはそうは思えない。 お前は自分の幸せをまず第一に考えている。

相手の気持ちを考えていないだろう? それは本当の愛情ではない。」

つまり、父は私に司との離婚を勧めているのだ。

「―――離婚しろってこと?」

「そうだ、それがお前にとっても彼にとっても最良の道だと思うがね。」

「・・・私の幸せは司とともにあるの。 離婚はしない。」

「彼が離婚を望み、お前はそれを拒否する。 お前は今の自分の顔を鏡で見てみなさい。

それは・・・愛情じゃない。 ただの執着だ。 私の大事な娘が醜い顔になってしまっている。

私はそれが悲しいよ、滋。 司くんへの執着を克服すればお前は幸せになれるんだよ。」

父はすでに味方ではない。 実の父がなぜ司の味方になるのか理解できなかった。

司がこの家を訪れたことは使用人から聞いて知っている。離婚の話もしたに違いない。

そして、どうしたことか父まで味方につけてしまった。

「私はどんな状況でも司とともにいれば、幸せだわ。」

「それが・・・幸せな人間の顔かね? 滋、司くんとは別れなさい。

そして家に戻りなさい。 あのマンションは引き払ってここに戻ってくるように。」

滋はこれ以上は何も言わなかった。 何を言っても同じだ、父は司に丸め込まれている。

私の気持ちをわかってくれる人は誰もいない・・・

孤独だ、司は私と会おうともしない。 完全に私の前から姿をくらましている。

会社に押しかけても、会議だ、多忙だと面会すらしてもらえない。

私は司の心はおろか、身体すら手に入れることができない。

――――それなら・・・・いっそ、私から逃れられないようにしたらいい。





滋は自分の体内に取り込まれていくモノを静かに感じていた。

これで・・・司は私から逃れられない。

そう思いながら、そっと目を閉じた。 

おそらく、つくしも私を忘れられなくなるだろう。

あの二人は私を傷つけた。 そのことを一生背負って生きていけばいい。

そう、二人とも私から逃れられない、そして一生、彼らの心が結びつくこともない。

後悔はない、これでいいのだ―――――

自分に言い聞かせる。 司を手に入れるにはこうするしかないのだから。



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