2006.01.27
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先週見逃していた「その時歴史が動いた」の蘇我馬子、ついに見ました。
再放送を待っていてよかった。o(*^▽^*)o~♪

噂に聞いていた通り、飛鳥寺のCGは確かによかった。
あの当時のイメージが画像になることにより、本でしか知らなかった飛鳥寺が、目の前に現れたようだった。

飛鳥寺

作り始めてから完成までに二十年の歳月を費やしている。
この飛鳥寺には、大きな意味があったのだ。
その当時の倭国は、大王といえども今から思えば相当質素な建物に住んでいた。

この飛鳥寺は、それまでの倭国にない中国風の文化的な建物であった。
つまり、この飛鳥寺を作ることによって先進技術を導入することが出来たのである。


確かに当時、馬子は最高権力者ではあったが、大王ではない。
テレビではほとんど触れらてれはいなかったが、用明天皇が亡くなってからは、大王は推古天皇で、摂政は廐戸皇子であった。

もちろん、推古天皇や聖徳太子まで話しに入れるととても一時間では収まらないのかもそれない。
しかし、それにしても遣隋使も、そのときの倭国の新体制(十七条憲法や冠位十二階)まで、何もかも馬子が一人で行い、推古天皇や廐戸には相談しただけの様な印象を与えてしまっていた。
ちょっと納得いかないな~、などと思いながら見ていた。

しかし、今回の主役は蘇我馬子。
馬子が倭国にもたらした影響は確かに大きい。

それまでは、倭国は伊耶那岐、伊耶那美、天照大神から続く神の国だった。
天孫降臨の時に活躍した神饒速日命(ニニギノミコト)の子孫である物部氏が神祀と軍事をつかさどる権力者であった。

蘇我馬子は仏教の導入を大王に主張する。
物部守屋は神教からの立場で反対する。

その場所が大神神社の裏手にある金屋石仏の場所である。

金屋の石仏

そして、蘇我、物部の戦いになる。
守屋は矢に当たり死亡する。
大将を失った物部はばらばらになりついに蘇我氏が勝利を収める。
そして、実権は蘇我氏が握っていく。


隋は、高句麗を攻め、朝鮮半島も戦いに明け暮れていた。
倭国も、国際的な国家にならなければ何時侵略されるかも分からない状況だったのだ。

そのため、倭国でも蘇我馬子が朝鮮半島を通じての中国文化である、仏教と共に建設技術や、文字などの文化を取り入れることを進めたのであった。

(一説には蘇我氏の先祖はは百済王朝の子孫であるとも言われている。
だから、百済から金銭的な援助だけでなく、たくさんの技術を得ることが出来たのかもしれない。)

そう思うと、蘇我氏がいなければ大陸の文明を受け入れることが大変遅れ倭国の発展も随分遅れたのかもしれない。

馬子の館跡が発見された甘樫の丘に登ると今でも当時と同じ空の下で同じ空気が流れているような気持ちになる。

甘樫の丘

飛鳥は飛鳥寺の完成の後、急速に発展していった。
建設技術も格段に進歩しただけではなく、交易もすすんだ。
大神神社の裏手にあるツバイチはまさに、そんな交易の中心地であったのであろう。

つばいち観音

ツバイチを少し下ると大和川にでる。
その川岸に仏教伝来を記す石像が立っている。

仏教伝来の地

蘇我馬子は仏教を通じて、建設技術、文字などの文明、交易などを倭国に広げた人物であったことは間違いなさそうである。

ちなみに飛鳥の石舞台は蘇我馬子のお墓とも言われている。
石舞台

今回の「その時歴史が動いた・蘇我馬子」は物足りない部分もあったけれど、飛鳥寺のCGや発掘品など楽しいものもたくさんあった。
息子は、高校の秋の遠足で行ったところがいっぱい写されていたので、喜んで見ていた。
私も夫も楽しんで見ることが出来たと思う。








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Last updated  2006.01.27 21:40:15
コメント(10) | コメントを書く


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Re:再放送「その時歴史が動いた・蘇我馬子」(01/27)  
jasmintea7  さん
お、もう再放送してたんですね♪
この番組は私とレーナマリアさんのキューピットですね(*^o^*)

私もツッコミや「はぁ??」は満載だったのですがやはりあのCGを発掘品だけで見る価値ありましたよね。
どうせなら再現ドラマなんてカットしてずっと発掘品見せてくれたらよかったのに~!!
なんてそれでは番組が違ってしまいますね(^^; ....

(2006.01.27 21:44:27)

Re:再放送「その時歴史が動いた・蘇我馬子」(01/27)  
olive2004  さん
見てれ良かったですね、わたしはそのあとの小田和正も感激してみていました。

黒岩さんは物部氏と蘇我氏が仏教導入で争ったということは無いと書いていました。

まあ飛鳥が当時どんなのだかイメージするにはおもしろい番組でしたね。 (2006.01.27 21:58:58)

Re[1]:再放送「その時歴史が動いた・蘇我馬子」(01/27)  
jasmintea7さん
>お、もう再放送してたんですね♪
>この番組は私とレーナマリアさんのキューピットですね(*^o^*)

その通りです。
見そこねた私が必死で誰かブログに書いていないかと探し回っていてめぐり合いました。
今となっては、「見そこねてよかった」って感じです。(笑)

>私もツッコミや「はぁ??」は満載だったのですがやはりあのCGを発掘品だけで見る価値ありましたよね。
>どうせなら再現ドラマなんてカットしてずっと発掘品見せてくれたらよかったのに~!!
>なんてそれでは番組が違ってしまいますね(^^; ....
-----
そうですね、中途半端な再現ドラマは「は~ぁ」って感じの時がありますよね。
なかなか見ることに出来ない発掘品や当時の様子をCDで再現してくれるのが満載の番組があれば良いですね。

古代史はいろいろな説があり、それがまた面白くもあります。
古代の出来事を伝承してきた人々の思いに触れる事が出来た時が私にとって一番楽しくまた、幸せなひと時です。
(2006.01.27 22:33:55)

Re[1]:再放送「その時歴史が動いた・蘇我馬子」(01/27)  
olive2004さん
>見てれ良かったですね、わたしはそのあとの小田和正も感激してみていました。

小田和正ってえ~っと、「東京ラブストーリー」の主題歌を歌っている人でしたかしら?

>黒岩さんは物部氏と蘇我氏が仏教導入で争ったということは無いと書いていました。

そうなのですか。
一つの出来事についても、いろいろな見方が出来るように思います。
誰にスポットを当てるかで取り様が随分違ったりもするものですね。

>まあ飛鳥が当時どんなのだかイメージするにはおもしろい番組でしたね。
-----
はい、飛鳥を見ているだけでもとっても幸せな気持ちになれます。(笑)

(2006.01.27 22:37:13)

Re:再放送「その時歴史が動いた・蘇我馬子」(01/27)  
machirun  さん
>蘇我氏がいなければ大陸の文明を受け入れることが大変遅れ倭国の発展も随分遅れたのかもしれない

確かにそうかもしれませんね。
蘇我の印象はあまり良くないのですが(当時の教科書では)、この一族がいるといないとでは日本の歴史もまた違うものになっていたのでしょうね。

ところで、その番組・・・先週ですか? 
再放送も終わったということはもう観る機会はなさそうですね; 残念です; (2006.01.28 00:51:05)

私は…  
ple-plus  さん
単純におもしろいなって思いました。
普段、堅苦しい文字を追い、目にする遺跡から古の盛時を想像することしか出来ない古代史ファンにとっては、映像や再現ドラマはうれしくてたまりません。
飛鳥の都のCGもよかったですね。
飛鳥資料館には、飛鳥京の模型があります。
あんなの、自分の部屋に欲しいです。 (2006.01.28 08:32:13)

Re[1]:再放送「その時歴史が動いた・蘇我馬子」(01/27)  
machirunさん
>>蘇我氏がいなければ大陸の文明を受け入れることが大変遅れ倭国の発展も随分遅れたのかもしれない

>確かにそうかもしれませんね。
>蘇我の印象はあまり良くないのですが(当時の教科書では)、この一族がいるといないとでは日本の歴史もまた違うものになっていたのでしょうね。

そうなのです。
最近の子供達の教科書は私が習った時ともずいぶん違ってきています。
これから更に違ってくるかもしれませんね。

>ところで、その番組・・・先週ですか? 
>再放送も終わったということはもう観る機会はなさそうですね; 残念です;
-----
はい、再放送は終わってしまいました。
でも、人気のあった放送は時々、再々放送や、再々再放送をしていることもあるので、もしかしたこれもまた放送するかもしれませんね。
(2006.01.28 13:38:06)

Re:私は…(01/27)  
ple-plusさん
>単純におもしろいなって思いました。
>普段、堅苦しい文字を追い、目にする遺跡から古の盛時を想像することしか出来ない古代史ファンにとっては、映像や再現ドラマはうれしくてたまりません。
>飛鳥の都のCGもよかったですね。
>飛鳥資料館には、飛鳥京の模型があります。
>あんなの、自分の部屋に欲しいです。
-----
はい、楽しく見させていただきました。
磐余の帰りに飛鳥資料館も行きました。
飛鳥京の模型いいですね。
私も欲しいです。
(2006.01.28 13:39:36)

Re:再放送「その時歴史が動いた・蘇我馬子」(01/27)  
朝日6844  さん
お早う御座います。
昨日は多賀大社に行ってました。
神饒速日命(ニニギノミコト)の社がその中にあって印象的でした。
最近はTVをあまり見ていないので。。ちょっと残念です。
蘇我氏がいなければ大陸文明の導入が難しかったのかも、かつ大王に匹敵する勢力があると国内が混乱・・滅び行く運命だったのでしょうか・・
CG画像は見てみたかったです。
今日も有り難う御座いました・感謝です!
(2006.01.29 09:42:08)

Re[1]:再放送「その時歴史が動いた・蘇我馬子」(01/27)  
朝日6844さん
>お早う御座います。
>昨日は多賀大社に行ってました。
>神饒速日命(ニニギノミコト)の社がその中にあって印象的でした。

多賀神社に神饒速日命ですか!!
何かつながりがあるのですね。
夫の実家は八尾市にあり、私も結婚した年少しだけ住んでいたので、物部氏(神饒速日命の子孫)には興味があります。
多賀神社にも行ってみたいです。

>蘇我氏がいなければ大陸文明の導入が難しかったのかも、かつ大王に匹敵する勢力があると国内が混乱・・滅び行く運命だったのでしょうか・・

そうですね、大陸文明(朝鮮半島を通って)の導入はやはり、蘇我氏の貢献は大きいと思います。
しかし、それが無いと直接滅び行く運命かどうかは分かりませんが、やはり大陸から倭国を馬鹿にされないためには必要だったのかもしれません。

>CG画像は見てみたかったです。
>今日も有り難う御座いました・感謝です!
-----
こちらこそありがとうございます。
(2006.01.29 17:38:03)

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