マーラとだんなの結婚までの道のり（４）
いつも横に座る人と仲良くなっておしゃべりするのに、その時ばかりは無口だった。
着陸前に回ってくる、税関用の紙に必要事項を書き込んでサインをすると
もうシアトルはすぐそこ。抜け殻状態でも、やっぱり彼に会えるのは嬉しかった。
乗客数はまあまあ。税関の前の列に並んで、私は自分の順番を待っていた。
私の前に二組ほど赤い紙というかプレートだったか、もらっている人がいて、
彼らは税関の窓口の端にあるブースに座らされていた。
何となく嫌な予感がした。
私の番がやってきて、窓口に行くと、私もすぐに赤いプレートをもらってしまった。
でも、私の前の二組はすぐにブースから解放されたので、私もそうなるんだろうと
思っていたら、「こっちに来なさい」とある部屋に通された。
部屋に入ると、案内してくれた人はすぐ出て行って、外から鍵をかける音がした。
暫くして、検査官みたいな人が部屋に入ってきた。
なぜアメリカに来たのか、誰のところに泊まる予定なのか、など
その他にもいろんな質問をされた。彼が空港まで迎えに来てくれていると言うと、
検査官は彼と話してくる、と部屋を出て行った。
２０分くらい経っただろうか。検査官が戻ってきた。が、今度はその検査官の
上司のようなやつと私の荷物もいっしょにやって来た。
私の荷物は、母の家で詰め替えた、大きな段ボール箱一つ。
検査官は、
「僕は彼女は本当の事を言っていると思う」
と言っているのに、上司は
「いや、僕は信じないね」
といいつつ部下を外に出して扉を閉めて、中からガチャンと鍵をかけた。
上司は部下が私に聞いたこととほぼ同じような事を質問してきた。
部下と違ったのは、部下と同じような質問プラス、ひねったような質問をし始めた事。
「空港に来ているという彼と結婚するために入国してきたんだろう？！」
私が、今回はホリデーシーズンを彼と過ごすために来ただけで、往復チケットを
持っているし、２月にはそれで日本に帰るんだ、と答えたけど、上司は信じない。
私の事を待っている彼のところに、上司は質問に行った。戻ってきて、
「これは君の荷物だよね。開けてもいいかな」
と言った時にはもうカッターで箱を開けていた。
まさかそんな事になるとは思ってもみなかった私は、箱の中にI-20を入れていた。
「ほら、君は学校に行くつもりだったんだろう？」
「いいえ。それは捨てるのを忘れてただけです。そのI-20はもう期限も切れてます」
箱の中の荷物をどんどんカウンターに出す上司。
私の手書きのレシピを見つけて、
「これを使って、アメリカでクックになるつもりだったんだろう？！」
私が友達に書いてあげたホロスコープを見て、
「今からこれを翻訳して、もしこの中に結婚の事が書いてあったらアウトだぞ」
ホロスコープなんだから、恋愛の事が書いてあって当たり前！！
その他にも、根掘り葉掘り聞いてくるし、それも無理やりこじつけたような
事ばかり言うので、私はだんだん頭に来て、上司に投げ捨てる様に言った。
「そんなに調べたかったら、何でも調べればいいでしょう！！」
すると、上司はくるっと私の方に向き直り、低い声で言った。
「僕にそんな口の聞き方をするな。覚えてるかい？君はここに着陸する前に
税関の紙にサインしてるんだよ。それには『強制送還になってもいい』と
書いてあるだろう？僕は君をいつでも日本に返すことができるんだ」
・・・悔しかった。でも悔しくても何も言えなかった。あまりに悔しくて
体が震えた。ただ上司を無言で睨むことしかできない状態の私。
上司はまた彼のところに話に部屋を出て行った。
どれくらい経ったか、上司が部屋に帰って来て、
「まぁ、いいだろう」
と、やっと私を解放した。部屋に通されてから２時間半という時間が経っていた。
私が上司が箱から出したままの荷物を箱に入れていると、税関の女の人が
私のためにカートを持って来てくれた。
そのカートに荷物を載せながら、私の目には悔し涙があふれて来た。それを見て、
「そんなに泣くことはないだろう」
と上司は言い放った。それを聞いて私はますます悔しくなり、おえおえと
言いながら泣き続けた。
スライディンググラスの向こうには、薔薇の花を持って私を迎えに来ていた彼と、
私のために空港に来てくれていたK子ちゃんが、心配そうに立っていた。
二人を見て、私は大泣き状態になった。
"What happened? What did they do to you?!"
彼から聞かれても、そんなの、言葉では言い表せなかった。
怒りと悔しさで私はK子ちゃんにも抱きついて大泣きした。
シアトルの税関は厳しいと友達みんなが言っていたし、ちょっと引っかかりそうな
子はロス経由で入ってくるという噂を聞いた事はあったけど、
まさか自分がこんなひどい目に遭うとは・・・。
でもこれも日本の家族を裏切った罰だ、と思いながら、私は何とか無事に
アメリカ再入国を果たしたのであった。
うるうるストーリー５ へ
© Rakuten Group, Inc.
