その他の国の小説
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■ いつか王子駅で(堀江敏幸)
☆☆☆ / 新潮社・164P
久しぶりに読んだ村上春樹以外の日本の作家。いろんな文学賞を取りまくっている。巧みに研ぎ澄まされた文章だが、流行の若い作家にありがちな「ほら、かっこいいだろ、オレって」みたいな押し付けがましさがなくて好きかも。早稲田卒で、現在明治大学“理工学部”助教授、というのもちょっと変わっていて興味深い。もっと長いの(せめて350ページ)を読んでみたい、書いてみてほしい。(2003.7.8)
■ 器用な痛み(アンドリュー・ミラー)
☆☆☆ / 白水社・387P
18世紀イギリスを舞台にしたピカレスク小説。主人公は、体に「痛み」を感じない体質の天才外科医。凝った文体と時代設定の面白さで、各所で大評判をとったのもうなづける。わたし自身は、あんまり感情移入できなかったのと、重たい文体のわりにテーマが浅い気がしたので、気に入り度はそこそこ。(2003.5.19)
■ 墜落のある風景(マイケル・フレイン)
☆☆☆☆ / 創元推理文庫・285P
作者は1933年ロンドン生まれ、元新聞記者で、脚本家かつチェーホフの翻訳家。ウィーンの美術史美術館に行く前に読みたかった!簡単にいうと「笑劇名画ミステリー」だが、ひとことで片付けてしまうのは惜しい。芸術、歴史、宗教、哲学と奥深い世界が詰め込まれている。推理小説の香りがする総合小説、というのがこの人の持ち味なのだと思うが、これはちょっと「笑劇」の趣が強すぎて、本の風格を貶めているのが残念。(2003.7.27)
■ スパイたちの夏(マイケル・フレイン)
☆☆☆☆☆ / 白水社・285P
イギリス、2002年ウィットブレッド賞受賞作。第二次世界大戦中、ロンドンの郊外に住む少年が主人公。自分では「冴えない」と思っているけれど、なかなか頭の良い気持ちのきれいな男の子。壊れやすい、強固な、みずみずしい、老い衰えた、清純な、エロチックな、明るい、暗い、柔らかい、鋭い、暖かい、冷徹な・・・すべての形容があてはまるお話。うっとりするよな、懐かしさと美しさ。ミステリーも格調の高さも存分楽しめる、魅力満載の1冊。
■ 遠い山なみの光(カズオ・イシグロ)
☆☆☆☆ / ハヤカワepi文庫・275P
渡英して永住を決めた日本人女性が、原爆後の長崎の復興期に過ごした日々を回想する、という仕立て。日系イギリス人が書いた英文学だが、普通の翻訳物が持つハンデとは逆に、日本語で読むといっそう楽しめるというのがよい。作中のあらゆる会話が全然会話になっておらず、いつも人はただ、自分は正しい、自分は幸せと自分のことをしゃべっているのみ。その肯定が毎日を生きる力になるのだ。暗いテーマにも滑稽味が漂って面白い、好き。
■ ホワイト・ティース(ゼイディ・スミス)
☆☆☆☆ / 新潮クレスト・上365P、下389P
イギリスでは、2000年の文学新人賞を総なめにした若いジャマイカ系女性作家、ゼイディ・スミスが大人気。民族、宗教、カルト、科学、家族、戦争・・・いろいろ詰まってはちきれそう、元気いっぱい痛快小説。2002年9月にChannel4でテレビドラマ化され、そちらも愉快でよくできていた。
■ スコットランドの黒い王様(ジャイルズ・フォーデン)
☆☆☆ / 新潮クレスト・494P
イギリス人作家による、元ウガンダ大統領イディ・アミン(実在。軍事政権で恐怖政治、大量虐殺を行った)の侍医を務めたスコットランド人医師(架空)の物語。70年代アフリカ情勢、イギリスと英連邦諸国(イギリス植民地だった50余りの国と地域)との関係、イングランドとスコットランドの関係など、興味深い。しかし何といっても心惹かれるのは、エキセントリックな独裁者に魅了され、恐怖でコントロールされていく悲しい人間の様。そしてちょっと大胆な邦題に敬礼。
■ 二都物語(チャールズ・ディケンズ)
☆☆☆ / 新潮文庫・上338P、下357P
ディケンズはもちろんよいが、つくづく中野好夫大先生の翻訳がすばらしいなあ、と思いながら読み終わり、あとがき(1967年)を読んだら最高にいかす。中野はディケンズを全然なってないとこてんぱん。「二都物語」はまだしも、 「デイヴィッド・コパフィールド」
はさらに悪し様にいっているのだが、そういいながらこれもちゃんと全四巻翻訳済み。こんな長編を苦労して訳しておいて、たいした小説じゃあないね、とあとがきで書く翻訳者なんて、いまじゃ絶対にいないはず(あとがきを読んでその本を買うかどうか決める人って多いでしょう)。にわかに中野好夫に興味が湧くが、中野本人関連の本は軒並み重版未定でがっかり。
■ 我らが共通の友(チャールズ・ディケンズ)
☆☆☆☆ / ちくま文庫・上564P、中566P、下488P
嘘つき、噂好き、ニセ紳士、成り金、金貸し、追随者、収賄議員に贈賄土建屋、ダメ弁護士からストーカーまで登場し、もちろん純真無垢な少女や、人の情けに頼らず生きる気丈なおばば、心優しいユダヤ人も入り乱れ、ヴィクトリア朝社会への風刺もたっぷり、ディケンズの真骨頂、賑やか極上ソープオペラ。ディケンズの著作権は消滅しているんだろうに、文庫で1冊1200円は高すぎ(きっと数が出ないんだろうなあ)。
■ 海辺のカフカ(村上春樹)
☆☆☆ / 新潮社・上397P、下429P
「羊をめぐる冒険」から「ねじまき鳥クロニクル」あたりの村上の小説は、読んでいると黒くて固い冷たい塊が、胸にずっしりと残るようでつらかった。村上の苦しみや迷いがそのまま作品になったようだった。でもこれは、なんだか親密なものに囲まれてリラックスして書かれたもののような気がする。相変わらず、正体不明の湿った生暖かいもので、二の腕あたりを撫でられている、そんな気持ちの悪さは健在。
■ 百年の孤独(G・ガルシア=マルケス)
☆☆☆ / 新潮社・445P
ノーベル賞コロンビア人作家が1967年に発表。おいしさと希少さで名高い焼酎にも名前がとられている。読んだのは2度目だが、前回はさんだ覚書が出てきて笑えた。とにかく家系が複雑で代々生まれてくる子に繰り返し同じ名前をつけるので、だれがだれやら混乱すること間違いなし。家系図を作りながら読みすすめることをおすすめする。
■ ダブル/ダブル(マイケル・リチャードソン)
☆☆ / 白水Uブックス・248P
20世紀にかかれたデンマーク、イギリス、イタリア、アメリカ、カナダ、アルゼンチンなどの作家による短編のアンソロジー。テーマは、影、双子、鏡、分身など。どれもなかなか上質で、企画も愉快だが、不可解さを丸呑みにできないたちのわたしは、集中して読めなかった・・・。でもきっとこの本には、ハマる人がいると思う。