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2010年10月25日
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 昭和60年の夏、盆踊りの練習を終えて庭のベンチで夕涼みをしていたとき、50メートルほど離れた左方の崖下から突然青白い火の玉がゆっくりと舞い上がった。大きさはバレーボール大で透きとおるような鮮やかな輝きであった。泡盛を飲んでいた十数人の隣近所の旦那達は騒然となり悲鳴を上げる者もいた。

 火の玉は弧を描いて前方上空を飛び、沖縄電力の構内へ吸い込まれるように消えた。翌日、その構内の工事現場からおびただしい数の遺骨が出てきた。一帯は海を埋め立てた所で、戦時中、日本軍が海から奇襲攻撃をかけて米軍の反撃にあい、大勢が死んだ一帯である。場所は浦添市牧港941番地、沖電の高い煙突が立っている所です。遺骨は浦添市役所が葬ったと聞かされている。あの火の玉は一体何だったのか、今でも不思議でたまらない。





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最終更新日  2010年10月25日 21時54分27秒
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