気付くといつも左側を空けている。
街中を一人で歩いていても、
部屋のソファに腰掛けていても、
気付くといつも左側を空けている。
そして更に滑稽な事に、
その空虚に向かって
僕は時々目をやってしまうんだ。
夏物がディスプレイされる
デパートのショウウィンドウ。
目に入るのはそこに映った僕の姿。苦笑い。
『理由なんて、無いけど』
そう言って彼女はまた 僕の左側にまわった。
こっちのが、好き。そう言って目を細める。
変なの、とつぶやきながらも僕は左手を出して、
シルバーリングをはめた太い指に
彼女の細い指が絡まった。
左手。いつも左手にひんやりとして、
でも暖かい感触があって。
左側に視線をうつして 目を合わせるのが好きだった。
街の人ごみの中でも、
お互いの声が聞こえないくらいの喧騒の中でも、
そうやって目を合わせて、その度彼女は目を細めた。
僕はいつも極力表情を変えずに
目線を戻し、少しだけ指に力を込めた。
僕の歩幅は大きかったから、
彼女は僕より少し後ろを歩く形になって
時々、速いよ、と手を引いた。
その度少しだけ振り返るような形で左を向いて。
それから少しだけゆっくり歩く。
狭い歩道で2人、横に並ぶのは窮屈で、
でも知らないフリして彼女が歩きやすいように左側を空けた。
ちょっと車に轢かれそうだったけど。
すれ違う人は迷惑そうな顔をしてたけど。
映画館の座席でも、家のソファに座っても、
当たり前だけど車の座席も、そして眠るときも、
左側に居て、左手を伸ばすとキュッと指を絡めてきて。
その度 左側に目をやって。
だからいつでも 左側を空けていた。
『お前の指定席だよ』ってクサイ台詞は
絶対に言うことは無かったけど、
こっちのが、好き。そう言って目を細める顔を見る度に、
ずっと空けておこうと思ってた。
デパートのショウウィンドウのマネキンが厚着を始めた頃、
左手を伸ばしても、
シルバーリングをはめた太い指に細い指は絡まなかった。
相変わらず僕は大またで、
狭い道でも左側を空けて歩いて。
すれ違う人はみんな僕の左側を歩いていく。
自分でもこれは滑稽なことだと思うのだけれども、
気付くといつも左側を空けている。
街中を一人で歩いていても、
部屋のソファに腰掛けていても、
気付くといつも左側を空けている。
そして更に滑稽な事に、
その空虚に向かって僕は時々目をやってしまうんだ。
そして、今日も左側を。見通しの良い、左側を。
チッ。あのベンチに座ってる子、
もうちょっと足を広げてくれたら、見えるのになぁ。
お話のつづきを、いつか、また。 2005.06.14
チェリー(702の場合) 2005.06.11
やわらかい、かぜ。 2005.06.06