ぱんだの喘息日記

ぱんだの喘息日記

復帰そして卒業


身体の事を考え、学校の先生の配慮で、半期の授業を1年間かけて単位取得する事になった。
歩行器をとってから2週間。
まだ、歩行にも安定しない状態で本当に通えるのか不安だった。
出来るだけ、皆とは普通に過ごしたい。
久しぶりの学校には知っている顔はほとんどなく、仲良しだった子も休学していた為、ほとんど、二人でやっていく事になる。
授業がすごく新鮮で楽しくて、席は、いつも一番前に座った。
つまらない話でも先生の話が聞く事が嬉しくて・・・
学校が終わると、病院がない時は買い物に行ったり食べ放題に行った。
どんどん痩せていく私への友達の配慮だった。
学校への通学だけでも一日3km近くは歩く。
病院も合わせると5kmは歩く。他にも運動したり。。。
消費が激しかったのか、主治医から体重測定ばかりさせられて、点滴も知らずのうちに高カロリ-輸液に代わっていたのだ。
卒業まで、後少しというところで、またしくじった。
年末、主治医と大喧嘩した結果、悪化し入院となった。
また、病院から学校へ行く事となり、卒業式も病院から行った。
みんな一人ずつ壇上に昇って貰っている教員免許と卒業証書。
私には壇上に自分で昇れる力はなかった。
校長先生が壇上から降り、私の前に来て手渡してくれた。
貰えただけでもいいはずなのに、壇上に昇れなかった事が凄く悲しくて、辛くて、イヤだった。


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