mikken☆のあしあと

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ハルの根っこ

ハルの根っこーリクとの出会いー



「虹が入ってる!」
たった今買ったばかりの水晶を陽にかざしながら、ハルはドキドキしていました。日本式双晶という名の形をした水晶は、まるで蝶の羽のようです。少しひんやりとする薄羽を陽に透かしてみると、ちょうど羽の付け根の辺りに小さな七色の光が輝いたのでした。

家に帰ったハルは、八重に重なるパリダの葉っぱに水晶を乗せてみました。
「ホントに蝶々だね」我ながらステキな思いつきに、ハルはそっと満足しました。

小学校生活も三年になるというのに、ハルにとっての学校生活はいまだに大きな不安と大きな緊張に潰されそうな毎日でした。
「先生に嫌われないかな?」
「友だちはどう思ってるのかな?」
いつでも自分の言うことや遣ることにビクビクしていたのです。周りの感情や状況に一々反応して爆発してしまう自分に、一番ドキドキしてしまうのはハル自身でした。


 ある日、ハルがいつものようにパリダの鉢植えに水をあげようとすると、
「待って!」と声がしました。

「そう毎日水びたしじゃ、死んじゃうよ!」

その声は、なんとパリダの葉っぱの間から聞こえてきたのです。
キョトンッとしたハルの目の前に、水晶から小さな虹色の光が浮かんできました。
「何?」思わずハルが声を出すと、光は「水晶の妖精だよ。リクってんだ。・・・訳あって、ちょっと体が固まっちゃってね。」と答えたのです。

「死んじゃうって、パリダのこと?こんなに緑なのに。」ハルが口を尖らせると、リクが言いました。
「外見じゃわからないよ。水びたしで根っこが息できないんだ。君と同じさ。」

ハルはドキッとしました。
「どういうこと?」
「君もだいぶ水びたしだね」
「どこが?」
ハルが怒ると、リクはクルッと回って言いました。
「だから根っこ!」
ハルはプイとそっぽを向いて、どたばたと部屋を出ていきました。


 怒りはしたけれど、確かにハルの鉢植えはすぐに枯れてしまうことが多かったのです。ハルは鉢の土が充分に乾いてから水をやるように気をつけました。
ふわふわ浮かぶ光を横目にしながら。
ハルが話しかけないせいか、あれ以来光の玉は一言も声を出しません。


 「どお?少しは回復した?」
一週間後、ふわふわを無視できずにとうとうハルが声をかけると、リクは跳ね上がって答えました。
「喜んでるよ。やっと根っこも息ができるって!」
「よかった」
ハルはリクの声を聞いて何だかホッとしました。ところがはしゃいだリクはさらに「君の方は相変わらずだね」と言ったのです。
ハルが「え?」と聞くと、
「水びたしの根っこだよ」とリクは笑いました。
「根っこってどこよ?」ハルが尖った声を出すと、リクはふっとハルの胸元に上がって言いました。
「ここだよ!ずいぶん涙をため込んでるじゃないか?」

「そんなことないわ!」
ハルは思わず大声を出しました。するとリクはクルクルと回って
「怒るのは身に覚えがあるからだよ。」と言いました。
「泣きたいことなんてないわ!私は『普通』なんだから」
「フツウって何さ?」
「普通は普通よ!」
「何でそんなにムキになるのさ?」
「うるさいわね!普通って言ってるんだから、それでいいでしょ!」

「本当にフツウっていいことなの?」リクが聞きました。
「当たり前じゃない!先生の言うことを聞いて、友だちと仲良くして・・・」
ハルは言葉を投げた後、とても小さな声で
「そうしないとお母さんが心配するし。・・・私だって頑張ってるのよ・・・」
と言いました。

「頑張らなきゃフツウでいられないんだ。フツウって大変なんだね。」
リクの言葉を聞いた時、ハルの心は大きく波打ちました。


 虹色の光は淡くふくらみながら、ハルの目の前に浮かんできました。
「ねぇ、フツウって誰が決めるの?フツウでいるためにハルは何を我慢してるの?」

次の瞬間、ポンッと爆ぜた光は無数の輝く粒となってハルを包み込みました。
光以外何も見えなくなったハルが感じているのは、ハルの心そのものでした。


 私は寂しかった。
 私は悲しかった。
 そういう感情はイケナイものだと思っていた。
 誰かに拒まれることが怖かった。
 大切な人を悲しませたくなかった。

気がつくとハルは大声で泣いていました。涙はあとからあとから溢れ出て、体の震えが止まりませんでした。


 やがてまぶしい光の中からふわっと温かい手が伸びてきて、ハルの震える体をそっと抱きとめました。ハルのお母さんでした。辛いことは何も言わないと一人で決めてしまったハルのことを、ずっと心配していたのです。ハルさえ振り向いたなら、お母さんはいつでもそこにいたのです。

 次第に柔らかくなる光の中で、ハルはやっと自分の気持ちを受けとめて、お母さんに心ごと抱きしめてもらうことができたのでした。



 青く抜けた空の下パリダを日光浴させながら、ハルは水晶を陽に透かしていました。

「何だか体が軽くなったみたい」ハルが笑うと、水晶の中でリクもクルクルッと七色に回って
「根っこで息をするって、そういうことさ」と笑いました。

陽に透けてチラチラ揺れる光の中でほんの一瞬、水晶の薄羽が柔らかくひるがえったような気がしました。


(了) 


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