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日頃 まだ子供が起きている時間に帰ってこれない夫。偶に まだ子供たちがワラワラしている(笑)時間に帰ってくると、そのまま居間に座り込んで 夕飯のおかずをおつまみの代わりにして晩酌を始めます。最近 からかい甲斐のある娘を相手にしてみたり(^^;)、珍しいもの(!)の匂いを嗅いで確かめる(?!)息子のおもちゃになったり( ̄▽ ̄;)・・・自分がタバコを吸わないため、職場で衣服や髪につくタバコの臭いが気になると言って帰宅後はすぐお風呂に入るのが日課のはずの夫に、「(晩酌より)先にお風呂に入ってくればいいのに。」という妻に、「もうすぐ(子供たちが寝るのに)布団を敷く時間だろう? 疲れている妻の代わりに出来るときくらい 布団の上げ下ろしをしてあげようと思っている夫の愛が分からないなんて ・・・・・『そこには 愛の欠片もない。』」と、決め台詞(!)を言う夫ですが。。。本音は、ちょっとの間でも子供たちと触れあえる時間に帰ってこれた時ぐらい子供たちの傍に居たいという、お風呂に入ってしまう時間さえ惜しいという、そんなところにあることくらい、ちゃんと気がついているつもりなんですよ。・・・・・『愛の欠片もない妻』とはいえ
2008年01月31日
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また中国産の食品で、10人以上(現在把握)もの人間が食中毒症状を起こしたとのこと。東京都品川区にある「ジェイティフーズ」が輸入し、全国のCO-OP店舗及び宅配で扱われている「手作り餃子」の中から検出されたのはなんと、農薬に使われる「メタミドホス」という有機リン系薬物。日本では登録も許可もされていないもので中国で混入されたものと思われるそうです。「自分の口に入ったら・・・?」という想像力が全く働かないのでしょうか?・・・しかも、お国の看板食品じゃないですか?プライドもないのでしょうか?
2008年01月30日
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・・・・・・・・・写楽クンのことではありません(笑) 三つ目は、こんなお話です。
2008年01月29日
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先週末にちょっと足を伸ばしたスーパーで福島県の物産店を見つけました。つらつらと眺めている内に夫が目を光らせたのは「メヒカリ」という魚の日干しの冷凍もの。夫「これ、唐揚げを食べたことがあるんだけど、結構美味しいんだよ。」というわけで、ご購入^^残念ながら、当日の夕飯メニューは決まっていたのでメヒカリの唐揚げが入る余地はありませんでしたが、翌日月曜日の休み時間に夫から入ってきた携帯メール。「唐揚げが美味しかったんだけど、日干しだから焼いた方がいいかな?」・・・・・・・って、すっかり食べる気になってる(笑)妻「唐揚げにしても問題ないと思うけど、どっちがお好み?」夫「唐揚げに1票。・・・別に今晩でなくてもいいよ。」妻「では今晩、唐揚げにしておきます」というメールの遣り取りをした晩、いつもより随分早く帰宅した夫は、「『水戸黄門を見るので今日は帰ります。』って言って帰ってきた♪」・・・・・・・余程メヒカリの唐揚げを楽しみにしてたんだな~~~小魚の唐揚げといったら豆アジとかワカサギぐらいしか馴染みがありませんでしたが、メヒカリの唐揚げというのは思いの外美味しかったです♪表面はカリッとしていて、白身はほわっとしていて結構味があって。夫「あんなところで売ってるとは思わなかったな~。今度は二袋買っておこう♪」☆ちなみに・・・・・・福島県沖で獲れるメヒカリは現在の分類ではヒメ目アオメエソ科に属する魚マルアオメエソであると考えられています。但し正確な分類を行った報告がないために福島県の漁業統計上は、メヒカリはアオメエソとして扱われているそうです。マルアオメエソの分布は千葉県の銚子沖から青森の間です。(2003年5月の乗船調査にて)高知県や宮崎県で獲れるメヒカリは標準和名でアオメエソと呼ばれ、分布は相模湾からフィリピン沖までとされています。(一部文献では、アオメエソはインドネシアや香港沖、 ニューカレドニアの深海にも生息するという報告もあります。)福島県沖で獲れるマルアオメエソは水深100mから300mに分布し、冬期は深所 (200~300m)、春~夏にかけては浅所(100~200m)に移動するのだとか。また、水温の高い年には漁獲量が多い傾向が見られるそうです。 産卵時期や場所などについては現在のところわかっていないようですが雌雄同体であることが知られており、繁殖生態について大きな興味を持たれている魚なのだそうです。メヒカリという名前の由来は、目が大きく、光を反射すると黄緑色に光って見えるためであるといわれています。実際には光を放つ発光器は肛門のあたりにあるそうです。
2008年01月29日
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フジテレビの深夜ドラマ「SP」最終回。撮っておいたものをやっと見ましたが・・・そうきたかっ!!という筋書きになってきましたね。「なってきた」・・・そう、これじゃ最終話にならない!案の定、4月に2時間のスペシャルドラマとしてゴールデンタイムに放送される予定だそうです。「正義」とは? 「大義」とは? 「悪」とは?殺人という行為に様々に付与される、当人たちにとっての「義」。対して、どのような対象であれ警護するとなれば自らの身体を張って守らなければならない「SP」という仕事の「義」。公安の人間が主人公に警告したように、「おまえの抱えている案件は、そんなに単純なものじゃない。」・・・・・いよいよ重篤になってきた主人公のシンクロ能力と頭痛。にもかかわらず「踊る大捜査線」の映画第3弾にSPの「井上薫」が出演するという話もあるようですし、まだまだ 私の中での「SP」熱は醒めそうにありません(?!)(^^;)
2008年01月28日
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大相撲、横綱同士の決戦になった千秋楽白鵬が優勝しました!昨年からの朝青龍問題には、人それぞれ思うことはあるでしょうけれど、私個人的には、今場所はどうしても白鵬に勝ってもらいたかった。大相撲をリアルタイムで観戦することなんて千代の富士の優勝決定戦以来でした(^^;)力が入りましたね~声も出てしまいました(笑)白鵬、頑張った!! 偉かった!! 素晴らしい取り組みだった!!!
2008年01月27日
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やっと見つけました! 安野光雄氏の「旅の絵本」(福音館書店)。シリーズ第1作です。独特の細かい筆使いで描かれた広々とした緑地の中に人が生活し、人が笑い、人が遊ぶ風情がほのぼのと優しい絵。或いは 活気溢れる街並み。 祭りの広場。この絵本には 読むべき文字がひとつもありません。それでも 描かれた風景は見るものにとってとても雄弁に「慎ましくも美しい世界」を謳歌しているようです。「こんな世界を旅してみたい。」と思わせる絵本です。上の表紙の写真の中に潜めてあるのは、これ(表と裏)。 とある機会で、栞づくりの材料としてあったのが「旅の絵本」の表紙カバーでした。当時から、「このカバーの本体が見たい!」と密かに探し始めていたのです
2008年01月27日
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思いがけず、感動していました。HINOKIO ヒノキオ『交通事故で母親を亡くした少年・サトルは、そのショックからリハビリを拒否して車椅子で部屋に引き籠もってしまう。1年後、彼は自由自在に動かすことのできる遠隔操作ロボット"ヒノキオ"で学校に行くのだが・・・。』暗い役がピッタリ嵌ってしまう本多奏多くんが悲しくなったり(笑)、ガキ大将の少年姿で出てくる多部未華子さんにドキッとしたり、アッケラカンと古色蒼然(?)たるイジメをする少年たちの心と、陰湿に年長者の力を借りて「邪魔な者」を排除しようとする少女の心との対比を考えさせられたり。画面に描かれる「傷」と 描かれない「傷」を考えさせられたり。級友たちと関わるようになって、外界・社会との接触を拒んでいた少年も「感じる」ことに郷愁(?)を覚え始め、遠隔操作するロボットに「感覚フィードバック機能」をインストールする辺り、人と触れ合うことの「温かさ」を求めることと「痛み」を受け入れることが同義であることへの気付き。単なる「ロボット・ファンタジー」ものだと軽くみていた私は終盤近く、ボロボロ泣いてしまいました^^;いつもは“泣き虫”の母親を覗き込んでからかう(!)娘までも、めずらしく目を真っ赤に泣き腫らして、食い入るように画面を見つめていました。・・・・・・・で、相も変わらず“(自称)お茶目な”お父さんは、ポロポロ泣いている母娘の傍で、無言でチャチャを入れまくっていたのでした
2008年01月26日
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・・・・・アップしました♪(* ̄∇ ̄*)
2008年01月26日
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・・・・・何気なくやり過ごしている日常の中にも、・・・・・ぼんやりと通り過ぎてしまう毎日の中にも、・・・・・思いもかけない世界が隠れているのかもしれません。フリーページに、創作童話を載せ始めました。ドキドキものです(* ̄▼ ̄*)ゞ
2008年01月25日
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ミシガン大の公衆衛生学部と心理学部の研究チームによると夫婦げんかは健康に役立つ可能性があるということです(笑)192組にのぼる対象の夫婦を、不当に攻撃されたと感じた際に・双方が怒りをあらわにするグループ、・双方が怒りを我慢するグループ、・妻だけが我慢するグループ、・夫だけが我慢するグループの4つのカテゴリーに分類した結果、怒りを我慢した人たちは、怒りをあらわにした人たちよりも早く死亡する確率が2倍だったのだとか。要するに、「不当な攻撃を受けた」=「悲しい」「辛い」「苦しい」「痛い」という感情を我慢して、放置して、鬱積させておくことは精神的のみならず身体的な健康にもよろしくない・・・というわけです。自分の気持ちを素直に認めたら、今度はそれを解決するために動き出す。結果が夫婦喧嘩になろうとも、原因についてとことん話し合うことができるならば、溜飲は下がり、凝りは解け、精神も身体も収まるところに落ち着く・・・と。当然と言えば当然の話です。ただね・・・大人なんだから、できれば感情を爆発させるような「喧嘩」になる前に、無理なく、歪みなく、自分の思いを相手に伝える方法を会得したいものだ・・・と思うのは、如何にも日本人的な考えでしょうか?(笑)・・・・・・・・・・・・そういえば、アメリカの映画やアニメを観ていると、『相手に銃を向ける(時には発砲さえする)ほどの激情に駆られながら、 直後にハグして仲直り』なんてパターンは飽きるほど見かけますね。そういうお国柄が「夫婦げんかが健康的な生活に役立つ」なんてタイトルを安易に引き出すのかな?(爆)
2008年01月25日
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このところ 晒された肌が切れるような寒さが続く日々が続いておりますが、我が家の北米難物小苗たちは 頑張って生きております。 本来、冬の時期は灌水を絶って圧縮するままにしておくのですが、以前 砂漠丸(ビスビーアナ種)の小苗をそうして圧縮させてしまったら・・・・・・春になって灌水を始めても脹らんで来なかった(泣)小苗には厳しすぎたようです。なので 今年は天気予報と、鉢の乾き具合と、苗の顔色(?)を見ながら、晴れ間が続きそうな時を狙って灌水し、灌水した後はできるだけ当日中に鉢土の表面からは水分が飛ぶように硝子越しの陽をたっぷりと浴びてもらってます。難しいサボテンながら、彼等の真っ白な、或いは仄かに赤みがかった美しい姿を見ると掛ける手間も全く苦にならないものです
2008年01月24日
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今日は 朝6時に起きて(目覚ましは6:30にかけたのですが、鳴る前に何度か目が覚めていました。)社会科見学に出掛ける息子のお弁当を作りました。慣れている担任はともかく、他のクラスの先生が目を丸くするという量の息子のお弁当はおにぎりを5個。使い捨てできるパックに一杯のおかずは鶏の唐揚げ、ウィンナー、卵焼き、白身魚のマヨネーズ焼きに、彩りでブロッコリーとプチトマト。・・・あれっ?デザート用に取っておいたはずの蜜柑がない?あれ~~~?と探して見つけたのは、ゴミ袋に捨てられてある・・・バラバラに千切られた蜜柑の皮。………( ̄∇ ̄;)犯人は息子か………いつの間に………ともあれ 出来上がったお弁当は例の如くリュックの1/3容量を占めて、期待に(何にっ??)胸脹らませた息子は殆ど飛び跳ねんばかりの足取りで学校へ向かったのでありました。その息子の背中を見送った母は、一旦家へ戻って朝の家事を手早く済ませて、息子の学校のPTA役員連絡委員会へと向かいます。朝早く起きるのが苦手な私それでもやむなく早起きした日の午後は・・・・・しばし思考回路が停止します
2008年01月24日
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前回は夜中だったので見逃してしまいましたが、今朝の窓の外は うっすらと雪化粧の景色。やがて雨に変わるまでの 束の間の静寂。
2008年01月23日
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「人間の心はいつでも 幸せになる自由も不幸せになる自由も 持っているのです。」「他人と比べても『私』の価値は変わるものではありません。 『オンリーワンとして生きる』 その自信を持つことが大切だと思います。」「この世の中に『雑用』という用はありません。 私たちが用を雑にした時に、雑用が生まれます。」「時間の使い方はそのまま『命の使い方』になります。」「人は誉められて初めて、自分のよさに気付きます。 愛されて、人を愛することができる人になります。 認められて、心にゆとりを持つことができます。」上は すべて渡辺和子氏の言葉です。昭和2年に北海道で生まれ、36歳という若さでノートルダム清心女子大学の学長に就任したシスターであり、教育者としても、また昭和59年にマザーテレサが来日した際に通訳を務めるなど、多方面で活躍した人物であり、著書も多数あります。氏の仰ることはすべて 極々当たり前のことです。自然の理です。自明の理です。それでありながら、人は 当たり前にある理を忘れた時に不信を託ち、不明に陥り、不幸せを育てるのですね。そうであることさえ、至極当然の理だと気付いていながら。
2008年01月23日
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18日月曜日に行われた第169回国会における福田総理の施政方針演説の結びの中に秋田県(当時は秋田郡)生まれの農村指導者石川理紀之助氏の言葉が引用されていました。1845年に生まれ1915年に亡くなったその生涯を貧農救済に捧げた「老農」或いは「農聖」と称えられた人物だそうです。理紀之助氏がはじめた種子交換や品種改良・育種についての情報交換を目的とする「種苗交換会」は戦中であっても休むことなく開催され続けて、現在では全国でも最大の農業祭に発展しているとのこと。秋田県山田村の再建の時には村民の起床を促すために、毎朝3時に掛け板を打ち鳴らしていた理紀之助。吹雪の朝も掛け板を打ち鳴らす彼は、「こんな日に打っても誰にも聞こえないし、 誰も起きてこないでしょう。」という妻に対して、「私はこの村の人々のためだけにやっているのではない。 ここから500里離れたところの人々にも、 また500年後に生まれる人々にも聞こえるように打っているのだ。」と答えたとか。また、6年に亘った2県8郡49町村の調査行には、常に顔を覆う白布、葬儀料、死亡届の為の戸籍謄本を身につけるなどその壮絶な覚悟が窺えます。福田総理が「私は日本人の力を信じています。 日本人は、目前に困難があろうとも、必ずや未来を切り拓く、 その力があると確信しています。」という言葉の後に理紀之助氏のものとして引用した言葉は「井戸を掘るなら、水が湧くまで掘れ。」「何よりも得難いのは信頼である。 進歩とは、厚い信頼でできた巣の中ですくすく育つのだ。」ねじれ国会と言われる中で、グローバルな諸問題と共に新年度に向けた様々な重要案件を抱え、それこそ壮絶な覚悟で臨まなければならない総理が重ねた「信頼」という言葉は慣れぬ権力を手に入れてやんちゃを繰り返す某野党に向けた精一杯のメッセージなのかもしれませんね
2008年01月22日
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「現実」とは たった今 現在の 可能と不可能。厳然たる 事実。目に見えるもの。手に触れるもの。「夢」とは 心の底にある望み。不可能を取り払った その先。不自由を脱ぎ捨てた その先。「未来」とは 未だ来たらぬ時間。未だ 目に見えぬもの。未だ 手に触れぬもの。必ず たった今現在を起点として 訪れるもの。「現実」は 「未来」へ続く起点ではあるけれど「未来」を形づくるものの総てではない。「夢」が 「未来」の「現実」になるかどうかを決めるのは他の誰でもない その人生を生きる自分。嘘偽りのない己と向き合う 勇気があれば地に足の着いた 注意深さがあれば諦めない 努力が伴えば「夢」と「未来」は 決して別物ではない。
2008年01月21日
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今年最初の風邪。。。家族を一巡してしまいました。最後に最高の発熱を出したのは 夫。お昼を食べ過ぎたかな~~なんて、胸のむかつきを軽くみて午後に 片道20分ぐらいのお出かけをして帰宅後、ぜんっぜんっお腹が空いてこないよ・・・と、夕飯時になっても。風邪を引いたんじゃない? と妻が言っても鈍い反応だったのが、夕飯後に 急に寒気が襲ってきてやおら 熱を計りましたら・・・数字を見て 途端に「寒い寒い」と震え始めたのでありました。・・・「一巡」と書きましたが、明らかに子供たちとは違う風邪の症状。職場でもらってきたようです。1月早々、家族揃って心身のお掃除をしたのかな
2008年01月20日
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本日20時からNHKで放映されていた「世界遺産」は中国の九賽溝でした。九寨溝はアムド(アバ・チベット族(羌族)自治州)に属し、成都より北西に約450km 世界遺産に指定された中でも秘境中の秘境と言われているそうです。(バスの移動だけで約12時間、 途中3,000メートルを超す峠を幾つか越さねばならないとか!)写真はこちらで見ることができます。↓http://china-go.info/siseki/jiuzaigou.html九賽溝とは9つの要塞の谷(一説には9つのチベット族の村)という意味だそうです。棚田状に形成された湖は、そこに生育する何百種類もの藻の種類によって様々な「青」色に染まって見えます。「水と森の奇跡」とも言われるそれは、驚くほどの清流。標高2,000メートル以上にもなる九賽溝に 見つかる海の生物の化石から急峻な溝(谷)を造ったのは 太古の昔氷河で埋め尽くされていたものがその緩慢な流れで岩肌を剃り刻んだためと判ります。元は長大な湖であったものを分割したのは、その氷河が溶けるたびに縁に残した岩石の名残。そして何億年もの間に度々起こった地震によって近くの山から崩れ落ちた石灰を含む土砂が、長い長い時間に土手を造っていったため。土手には樹木が茂り、その樹木の根元を清流が蕩々と流れ、滝となって更に下流へ伝う。流れの底が荒々しければ、真珠の玉のような飛沫を上げつつ下り、大きな山間に佇めば、鏡のような面で静まりかえる。九賽溝に住む魚は太古の昔から一種類だけなのだそうです。「嘉陵裸裂尻魚」という鱗のない魚。この地の固有種なのだそうで、プランクトンの居ない九寨溝で湖底の石灰分を漉し取ってそれを栄養源に生きているとのこと。三国志の世、蜀の都として成った成都の山水郷の美しさはつとに見(映像にて)聞きしておりましたが、これほどに美しい景観が・・・あるんですね
2008年01月19日
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先日娘が罹ったと思ったら 昨夜は息子が・・・。夕方から「ちょっと機嫌が悪いな~」とは思ったもののおやつはいつも通りの食欲で食べていたから ちょっと気が付くのが遅れて、夕飯の食べ具合が「おかしいぞ」と思った時には・・・・・・・・・・・・・・・・・・・アウト!!その後は、食べ物は勿論 水ものも一切絶つこと8時間。そうして胃腸を休めてしまいます。8時間以上経過してから、まずお猪口一杯くらいの白湯か常温の水を飲ませて15分。嘔吐や下痢の症状を見せなければ 消化の良いものから順次与えます。8時間以上もの間 飲まず食わずにさせておくのはかなり可哀相にも思えるのですが、我が家の子供は二人とも この処方が一番効きます。・・・何よりも、嘔吐が始まると口を濯ぐ水が喉を伝ってさえ それが切っ掛けになって また嘔吐を繰り返すその方がずっと 当人にとっては苦しいのですから。というわけで、娘も 息子も 2日間あればすっかり回復して また走り回っているのでした。
2008年01月18日
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「はてしない物語」の作者ミヒャエル・エンデが綴った19編の詩集です。 影の縫製機まず、題名に惹かれました。 「影」を縫製する?!何といっても あの「はてしない物語」の作者です。どんな世界が広がっているのか? とても興味がありました。19編の詩は どれも とても印象深い「絵(世界)」になっていました。林檎というものを とことん書き尽くしてみようと考える文士の話とか、透明になってしまった男の話とか、芸ひとすじを志す不世出の綱渡りが その芸を突き詰めていったら・・・という話とか、etc.etc.・・・どの詩も幻想的で、印象的で、人間というもの 人の世というものを レンズ越しに覗き込んだらこういう風にも見えるかな・・・と描いて見せた物語とも言えそうです。挿し絵はビネッテ・シュレーダー。差し色はなく、白と黒の世界。 線画で描かれた光と影。詩の風景を的確に表現・・・というより、観る側の想像力をかきたてる表現。『 笑いと神秘のわれらが舞台 ほかでは見られぬものをごらんいただいた まほうと 夢と かがやくがらくた これにて 詩はおしまい ・・・・・・・・・・・・・・・ 』最後の1編「閉幕」と題された詩の冒頭部です。私たちが何気なく過ごしてしまっている人の世でのあらゆる時間のひとコマ毎に『まほうと 夢と かがやくがらくた』は鏤められているのかもしれませんね。私たちが気が付かないだけで。表題になった「影の縫製機」という詩も 勿論載っています。文字通り「影」を縫製するお話です。誰が? 何のために? そこに意味があるのか?・・・・・・それら全ての答えは読み手に預けられているのかもしれません
2008年01月18日
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ユーキャンのCMで流れている「はじまりの歌」(大橋卓弥fromスキマスイッチ) 今日 車から流れてくるラジオで 初めてフルコーラスを聴きました。CMでのサビの部分だけでも充分印象深かったのですが、フルで歌詞を聴いてみると 益々好きになる曲です。『 向き合うのは成果ではなく 胸に住みついた弱虫 』『 向き合うのは評価ではなく 言い訳ばかりの弱虫 』『 うまくいかなくて苦しくて 涙があふれ出したら ほら一つ前に進めたっていう証 』『 不安とは 想像が生み出したトラップだ 足をとられぬように 自分を信じて 』『 うまくいかなくて悔しくて 涙がこぼれ落ちたら また一つ前に進めたっていう証 』軽快なメロディと 軽快な声質に乗せたメッセージは解りやすくて 嫌み無く心を打ちます。
2008年01月17日
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ウィッシュリストに入れて数ヶ月、漸く借りることができました。【初回仕様!】 レミーのおいしいレストラン(DVD) ◆20%OFF!料理人としては全くのど素人である青年を、天才的シェフの嗅覚と舌を持つネズミが操って素晴らしい料理を作り、評判を落としたレストランを盛りたてるのですが・・・ネズミがレストランの厨房で料理を作る?!奇想天外な筋立ての中に、自分の価値観を根底から覆して初めて得ることができるものの大切さを描いているようです。人間とネズミ・・・相容れない種族間での信頼関係というのはお伽噺だとしても。絵としても、大量に出てくるネズミたちの筋肉の動き、毛並みの動きがとってもリアルなのに驚き、夫と二人で感心しきりでした。
2008年01月16日
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昨晩 NHKで放映された「プロフェッショナル 仕事の流儀」は歌舞伎役者の板東玉三郎氏がゲストでした。美しさが命という女形を 57歳になっても第一人者として演じ続けていらっしゃるその背景には 余人に想いも及ばぬ真摯な姿勢に貫かれた日々の志があるのですね。毎日 「よく生きる」ことを重ねて 明日へ繋げる想い。明日のために 今日を抜かりなく生きることに 最善を尽くす。観る人々の幻想を裏切ってはならない「美しさ」を希求する姿にはあの細面のしなやかな容姿に 鬼気迫るものを見たような思いがします。・・・・・頭が痛い、胃が痛い、気持ちが悪いと言って半日を潰し、「娘の風邪をもらったかな?」なんて暢気に横になっているどこかの某主婦は録画してあった番組を見ながら 更に頭を抱えるのであります
2008年01月16日
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「 ねこ ねこ どこへ いってた? あっち きょろきょろ こっち きょろきょろ ぶらぶらしてた 」 読んでも、聞いても、その言葉のリズムが心地よい絵本です。 リスや魚、小鳥、馬 ……と、動物たちが次々に登場します。「どこへいってた?」と聞かれて、動物たちがそれぞれに答えてくれるのは何気ないけれど 満ち足りた幸せに溢れる日々のひとときを切り取った景色。版画の黒い線画に 着色は赤色だけというバーバラ・クーニーの絵もおしゃれです。 幸せってどういうことだろう?こんがらがってしまった大人にこそ 必要な絵本かもしれません。
2008年01月15日
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・・・・・・只今 自分の体感覚が揺れている(?!)mikkenです。今日は午前中の1時間半 生まれて初めてエアロビクスなるものをやってきました。息子の学校のPTA活動の専門部のひとつ研修部として3学期には「エアロビクス講習会」を企画したのです。2,3月になってしまうと小・中・高とも高学年は卒業に向けての企画準備が目白押し。高等部の卒業予定生は正に就職に向けて体験・研修がたて込んでくる。というわけで、この時期の開催。研修部員の中に、プロのエアロビクス講師に伝のある方がいらっしゃったので、PTA研修でエアロビ教室を体験できたのは、幸運(?!)でした。普段 運動で体を動かしているわけではないPTAの方々を相手のエアロビとあって、まずは念入りにストレッチ。椅子を使ったりするものもありますが、殆どは日常生活の中でも取り入れられる体の動きでした。・・・・・・・・・が、如何せん 普段使っていない筋肉を伸ばすのであっちこっちから 思わず声が漏れる(笑)40分ほどかけて充分に体をほぐしたところで、「例の如く」音楽に合わせて跳んだり跳ねたりする「アレ」が始まりました。約20分ほどでしたが、講師の方の動きを真似しながら動くことの 何と難しいことか!目で見たものを 頭で自分の体の各部位に指示を下す。そのタイムラグに・・・・・・・・・降る歳を感じざるを得ませんでしたたった20分で クタクタになってしまいました。その後30分ほどかけて、ストレッチと簡単な 主に足へのマッサージを教えて戴いて 正味1時間半。こんなに体を動かしたのは十数年振りでしたが、疲れはともかく気持ちはとってもスッキリしました。色々な運動があったけれど、一番真剣に覚えたのは下腹の脂肪を落とす動きと、自前の振り袖(!!)に効果的な動きですペンギン・・・ペンギン・・・
2008年01月15日
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今日一番 心臓に痛かったひとこと。「 (どう在るか? が問題なのではなく)あなたは どう在ろうとするのか? 」私はこの一言を いつまで どこまで 引きずっていくのだ?!これは人に言われることではなく 自分の身の内にあるべきことなのに。
2008年01月14日
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大好きなアンソニー・ホプキンスがっ~~~!!と、その老け具合に思わず叫んでしまうストーリーの始まりにショックを受けました(笑)。世界最速のインディアン スタンダード・エディションニュージーランド南端の小さな町に住む、年金暮らしの一人暮らしをする老人が、1920年型の伝説のバイク“インディアン”で世界最速の記録を達成するために、ユタ州のボンヌヴィル塩平原で行なわれるレースに参加しようという実話をもとにしたお話。アンソニー・ホプキンスが演じるのが、この主人公バート。夢を追い続けるだけの老齢ライダーが、その精神の純朴さで 旅の途中に触れ合う人々の好意と共感を友として夢を叶えていきます。アンソニー・ホプキンスの1ファンとして最初は、その老け芝居(?)に涙もの(!)の私でしたが、ストーリーが進むに連れて、夢に向かって行動を重ねるにつれ、次第に生気と鋭気を身にまとっていく演技力にやっぱり脱帽するのであります
2008年01月13日
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いつか きっと。そのうち 必ず。目の前のチャンスを見ながら呟くその言葉ほど 虚しいものはない。永遠の念仏となるだけだ。掴まずして 何のチャンスになるものか!
2008年01月13日
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『 ただ考えるだけの苦悩に 意味はない。 』 by エゴン・シーレエゴン・シーレ(Egon Schiele 1890-1918)とは20世紀初頭のオーストリアで活動した画家です。当時オーストリアで盛んだったウィーン分離派、象徴派、表現主義のいずれにも属さずに独自の芸術を追究したといいます。ウィーン分離派を代表するグスタフ・クリムトが「表現対象としての自分自身には興味がない」としていたのに反して、シーレはあくまでも自分自身の内部と向き合い、その苦悩と欲望に身を捩りながら生きる多くの自画像を残しています。哲学者には異を唱える向きもあるかもしれませんが(^^;)、現実を自分らしく生きようとする者、自分自身の人生を創っていこうとする者にとっては金言でもあり 苦言でもあります。
2008年01月12日
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結晶構造の内に記憶された情報それは光それは景色それは道私が探すのは 私が創る未来2008年新春セール開催中● 期間:1/12(土)12:00 ~ 1/14(月)23:59 ●セール割引率 40~45%off(一部セール対象外商品・割引率の異なる商品あり)Shop LapisBear Hug Stones・・・・・・できるならば「為してみよ」と 今日は朝から 意識を飛ばさんばかりの前頭葉頭痛。私は 私を生きることを諦めはしない
2008年01月12日
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今日は お昼の1時間を 某大手スーパーのレジ後方に立って「○○○ー・レシート・キャンペーン」なるものに参加してきました。某大手スーパーは、区内の福祉施設に寄せて月に何回か発行される黄色いレシートを回収し、そのレシートに記載された支払い金額の合計の1%にあたるスーパー販売商品を各福祉施設に寄付しようという活動をしています。黄色いレシートの回収にあたっては、各福祉施設ごとに区分けされたキャビネットやペットボトル製ボックスに、買い物客が無作為に、或いは希望の施設の箇所に黄色いレシートを投入します。この「無作為」層のレシートをターゲットにして、時間ごとに交代制で 各施設のスタッフなり保護者なりがレジ後方に募金箱ならぬレシート箱を持って立って「よろしかったら、黄色いレシートを『我が施設に』投入してください。」とお願いするわけです。自分の買い物金額の1%が、福祉施設への寄付になると承知してレシートを投入して下さる方々の厚意には心より頭が下がります
2008年01月11日
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・・・前述の件に追記。昨年の12月早々、学童クラブの大掃除について連絡網が回ってきた時にイラッときて・・・右手親指の付け根を故障しました。そして、大掃除当日に子どもの体調不良で参加できなかった私。大掃除当日欠席者の名前と一緒に 割り振られた掃除個所がクラブの壁に貼り出されたのを見て更にイラッときて意地を張った私は 腫れあがった右手を湿布と包帯で固定して2時間の草むしりをしました。当然 右手は悪化。骨は折れてないはず(自分で動かせる)なのに 最後に残った瘤のような赤みがまだ痛みます。・・・で、今日のパン焼き。パン焼き係である私が休むわけにはいかず、包帯なんか巻いてたら何もできないから、湿布も取っ払って数時間 パン生地捏ねたり伸ばしたり、使い終わった調理器具を洗ったり。結果、大分良くなってきたはずの右手親指の付け根 赤い瘤の辺りが何もしなくても 痛みが走るようになってしまいました。・・・やっぱり 悪化。原因も 停滞も すべて 学童クラブの作業と関わっているこの不具合。これをどう読むんだ? 私
2008年01月10日
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年が明けて子どもの学校が始まった途端に 早速学童クラブ保護者会のパン焼き。朝9時から始まって400個のパンを焼いて包装し終わるのは13時半。このパン焼き活動には、「年6回の内、会員各人必ず2回は参加すること。」という縛りがあります。裏を返せば、「2回参加すれば、会員としての義務は果たしたことになる」わけで、さっさと「義務」を片づけてしまいたい会員たちは第1回から第4回までのパン焼きの内でせっせと出席義務を果たし・・・5回目となる今日のパン焼き参加は パン焼き係員+有志の10名弱。2段×7台のオーブンをフル稼働させて次々とパンを焼いていく作業は各人休み無しの数時間となりました。このパン焼きに関わらず、当該障害児学童クラブの保護者会活動には殆ど全てに「強制義務」が掛かります。通年作業なら「必ず 各人○回以上参加すること」という決まりがある。時に応じて出てくる作業には「指定日時に必ず参加すること」となる。どうしても参加出来なければ、「作業担当を残しておく」から「やっておくように!」ということになる。つまり、「強制」なのです。私には この「強制義務」が途轍もない精神的重圧になります。こういう内容の連絡網が回って来るたびに 胸がギュッと締め付けられるのです。それでも、指定当日に動けるならまだいいのですが、偶々他の案件と重なってしまったり、体調が悪かったりすると、胸のむかつきが苛々にかわって挙げ句・・・日常生活に八つ当たりしていたりします(^^;)一つ一つの作業それ自体に否やは申しません。できるものなら、手伝うことも吝かではありません。障害を持つ子供たちにも 健全な放課後活動や長期休暇における集団活動を保障できる学童クラブの必要性は充分に承知しています。ですが、その組織の保全のためにする保護者会活動が「強制義務」になることに納得がいかないのです。必要な活動なら、有志を募って為せばいい。必要な活動を取捨選択し、段取りを付け、日程を組んだら、後は動けるときに動ける人間たちで進めていけばいい。それで回っていかない活動なら、それで必要な収益の上がらない活動なら、その活動は 既に破綻しているとはいえないでしょうか?要するに、「遣らなきゃいけないこと」があるのに沢山時間を割ける人間と、そうしない人間とが出てきて「不公平感」が生じるから 全ての会員に「公平に」作業・負担を分担するんだという。「不公平=自分が損をしている」と感じるなら、参加しなきゃいいんです。みんながそう言って 立ち行かなくなる活動なら 止めてしまえばいいんです。それで学童クラブ自体の運営費が賄えないと言うなら、喜んで 意義を認めて尚かつ時間を割ける人間たちで補える活動と、実費負担で出費する活動にすればいいんです。というわけで、来年度にこの学童クラブを退会するかどうか 思案中です。問題は 体力の有り余る中学生の息子の放課後活動や長期休暇をどうするか?自分の精神的苦痛と 息子の余暇活動の補償とを秤にかける母親です
2008年01月10日
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人がひとり、組織がひとつ、果ては 国がひとつ、瓦解する時は 坂を転がり落ちるようなもの。ほんの僅かの 気の弛み。「その先」を見ずに 指の先の我欲に囚われた瞬間から足下の 大地の石くれが一掴み 崩れ落ちる。肝要なことは自分がたった今動かす その一挙手一投足が何処へ通じるドミノの最初の一枚を倒すのか ということを見極めること。「その先」に 自分の望む未来が見えるか?その行為は その言葉は 自分の想う「美しさ」を体現しているか?特定業者との癒着を 友だち付き合いとして片づけようとしていた某元外務官僚。我が身は たかが300数十万を受け取り 接待漬けとなった果てに犯罪者に落ちぶれた挙げ句、その数千倍の損害を一国の財務に与え、防衛に危機を及ぼした。彼にも 転がり落ちる始めの一選択 一行為があったはずなのだ。
2008年01月09日
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松の内も明けて、3学期制の息子も2期制の娘もようやく本日から学校が始まりました。息子の場合、今日は始業式だけなので学校に常備する荷物も おいおい運び込んでいけばいいので問題はないのですが、かわいそうなのは娘。いきなり今日から給食ありで授業が始まるので、学校に常備する「道具箱」から「防災頭巾」etc.etc.・・・挙げ句に時間割の中に「書写」があるため、書道の大道具(!)も持って、登校していく姿はまるで 大小様々なピンクの手提げ袋に埋もれた状態でした。(! ・・・ピンクが好きな娘のリクエストにより 全部ディズニー・プリンセスの生地で手作りした結果、 こうなってしまいました^^;)欧米と違って 1年のうちでお正月(年末年始)が最大イベントになる日本で2期制を導入するのは 無理があるような気がします
2008年01月08日
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お馴染みの「ぐりとぐら」シリーズのコンビが40年以上前に出した絵本です。・・・・・(残念ながら 画像は英語版のものしかありませんでした^^;)『ゆうじが模型飛行機との交換で きつねからもらったそらいろのたね。 庭に埋めて水をあげたら なんと豆ぐらいのそらいろの家が出てきた!』ひよこが入り、猫が入り・・・やがて象まで入ってくるほどに育った大きなお家!それを見たきつねが欲張って・・・( ̄◇ ̄)まるでロシア民話の「てぶくろ」と日本昔話の「さるかに合戦」が合わさったようなお話です。
2008年01月07日
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研磨する前のダイヤモンドは 渋い煌めきの内側に自由奔放な光を溜め込んでいるようです。砂粒ほどの面が反射する光は 時に七色に遊び粒子に分解された光は 溢れて弾けて舞って散る。その景色は 見る側の心模様 そのものでもあります。私は 私という形の枠に囚われていないだろうか?私の観ている人は ものは 世界は 確かに 私の育てた思い込みというフィルター越しに覗いたものでしかない。だからこそ 純粋なそのカタチを 本質を 芯をそのものが放つ光を 見誤ることなく受けとめていたいものだと想うのです。自分自身が 枠とか 限界とか 澱みとか 凝りとかに惑わされず真まで透き通って 軽やかで 伸びやかで 清々しいものでありたいと心から願うのです。今のままの私ではなく 望む未来に望む姿で生きる私であるように。
2008年01月06日
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幼子の 可愛らしい声や 掌の柔らかさが思い出されるような絵本です。今や 出版作品が世界各国の言葉に翻訳されるという絵本作家酒井駒子氏の作品。ロンパーちゃんのおともだちにって、お母さんがスプーンを括り付けてくれた黄色い風船。一緒にお飯事をして 寝るときも一緒。ところが 風がピュウと吹いて・・・酒井氏独特の 鉛筆のラフな線の上に 柔らかく乗せられた温かな茶系の色合いと鮮やかに浮かび上がる黄色。幼子が 自ずから身に備えている 溢れるほどの愛らしさと彼等が 自ら気付かずに心に忍ばせる孤独とそういった 静かで穏やかで ひた寄せるような空気感はこの作家の持ち味なのでしょうね。おそらく 子どもにとっては親しめる共感を、大人にとっては懐かしい郷愁と 心に溢れる愛おしさを、呼び起こしてくれるような絵本です。
2008年01月05日
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「あけるな」と板打ちされた扉を見たら・・・開けたくなるのが人情(笑)好奇心を思いっきりくすぐってくれる表紙です。あけるな最初の何枚かは、捲ってもめくっても・・・「あれっ?」この感覚は なかなか面白くて、ニヤッとしてしまいます。何度かの警告(?)の後に出てくる世界は・・・そして その世界にもまた扉が・・・そうして最後に現れる場所とは?読み手の好奇心と心象を刺激してくれる おもしろい絵本です。小学4年の娘に読み聞かせたところ・・・「あけちゃダメっていうのに 開けたらいけないよね。 ・・・ダメだよ、開けたら・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・ ほ~らね。 困ったことになった! ねっ? やっぱり開けちゃいけなかったんだよ。」最後のページは娘の心にどう映ったものか。 読んでる母親には 娘の反応の方が面白かったりします
2008年01月04日
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図書館は 町の人なら誰でも入ることができます。約束を守ることさえできるなら、・・・・・たとえ、ライオンだって。としょかんライオンまるで大きなぬいぐるみのような こんなライオンが図書館にいたら確かに 長い尻尾も 大きな体も役に立ちそうですけれど、それ以上に きっと 温かくて ゆったりした時間を過ごすことができるのだろうな・・・そんな気持ちにさせてくれるお話です。決まり事に煩い館長さんも、人気者になってしまったライオンに嫉妬する図書館員さんも、それぞれの心に「豊かさ」を花開かせて ちょっと幸せな「明日」を迎えそうな予感が嬉しいお話です。ある日 突然 町の図書館に現れるライオン。 このライオンは一体どこから?という疑問に 答えてくれる文章はどこにもありませんが。・・・・・・・絵本ならではのお楽しみ♪ どうぞ想いの翼を広げてみて下さい^^
2008年01月03日
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高さ3.8cm 幅4.2cm 重さ約38gのガネーシュヒマール産 ヒマラヤ水晶です。トップには全体像を載せましたが見る角度によっては 畳んでいた羽根を今まさに広げんとし飛び立とうとする鳥のようにも見えます。氷の彫像のように 光を受けて煌めく美しさと、その光が 周囲の空気に精妙に忍び込んで硬質化していくような力強さと、大きさ(広がり)を感じます。
2008年01月02日
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『ほんものというのはね、ながいあいだに 子どもの ほんとうの ともだちになった おもちゃが なるものなのだ。 ただ あそぶだけではなく、こころから たいせつに だいじにおもわれた おもちゃは ほんとうのものになる。・・・』柊の枝と一緒に クリスマスの靴下に入っていたおもちゃのうさぎ。ふっくらした体にピンクサテンの耳を持った ビロードのうさぎ。ぼうやは どこで遊ぶときも 夜寝るときも ずっと一緒に連れて歩いてくれるのでビロードのうさぎは やがてヨレヨレのボロボロになりましたがぼうやと一緒にいられるだけで とってもしあわせでした。。。動かない「もの」にも たましいが宿る・・・ということ、人の心に寄り添った「もの」が「あたたかさ」から「愛おしさ」を覚えて更には 「よろこび」も「かなしみ」も 覚えていくこと、その過程が 静かに淡々と語られていきます。ビロードのうさぎが流す ほんものの一粒の涙の美しさが 目に見えるようなお話です。・・・・・・大丈夫です。 ハッピーエンドのお話ですから^^
2008年01月02日
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明けましておめでとうございます♪NHKのアナウンサーが「私たちは激動の直中にいるようだ」と言ってました。不安定な政治・経済に巻き込まれる社会の中で人それぞれの価値観や美意識が様々に試される時期にあるのかもしれませんね。そんな時代に 縁あって繋がることのできた全ての《あなた》が自ら力強く輝き 多くの笑みに囲まれて 果てしない高みへ飛び立って行くことを心から願ってやみません。久方ぶりに 気も心ものんびりまったりとしたお正月。思いっきりゴミ捨てに勤しんだ夫は お供えした御神酒を舐めた後、 と ですっかりご機嫌になって・・・夢の中です
2008年01月01日
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