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プロローグ
男はウソをつくと饒舌になる。
女はウソをつくと沈黙になる。
何かの本にそう書かれていた。
それはある意味事実かもしれない。
また、それはある意味ウソなのかも知れない。
とある本の一節が頭から抜けない。
けれど、本当にウソが見抜けたのはあのことがあったからだ。
~プロローグ~
「結婚してほしい」
高鳴る鼓動を私はすごく感じていた。私の目の前には、付き合って3ヶ月の「佐藤かおり」がいる。
確かに付き合って3ヶ月でプロポーズは早いかもしれない。でも、私には「かおり」しかいない。
いや、タイミングとしては今じゃないとダメなんだ。私は心の中で何度も自分に言い聞かせていた。まるで自分を洗脳するように。何度も、何度も同じ事を繰り返していた。そう、その気持ちが真実であるとそう思っていた。いや、思いたかっただけかも知れない。
目の前にはシルバーの指輪。カルティエの3連リングがある。
少し高かったが、すらっとして、気品のある、そして、どこかつかみ所のないなんとも表現し
にくい雰囲気を持っている「かおり」には似合うと思った。
「本当に私なんかでいいの?」
目の前のかおりは戸惑っていた。いや、表情からは感情は読み取れなかった。うれしいのか、困惑をしているのか。その両方なのか。
私にはかおりの感情がつかめない時がある。端正なその顔立ちはたまによく出来た人形のようにも見える。少し大きな目は何かを見透かしているのではと思ってしまう。そう、私はいつもこの目にドキドキしていた。
「かおり」と出会ってからこの3ヶ月、私は仕事の許す限り会うようにしてきた。
ちょっとした仕事終わりの時間や、仕事の合間でたった数分の会話しか出来なくても時間をとってきた。私の生活は「かおり」を中心にまわり始めていた。
確かに、まだお互い知らないことだらけである。でも、それを埋めるための時間はこれからいっぱいあるのだ。だからこそ、「結婚」という選択をしたかった。
そう、それも「今」というタイミングでないとダメなんだ。
「かおり」をゆっくり見つめる。長く見つめると何かが壊れて、いや、この世界がひょっとしたら足元から壊れてしまうのではと思ってしまう。それくらい私の心臓は異常な動きをしていた。
下を見つめている「かおり」の表情は読めなかった。ただ、長いマスカラだけが見えていた。口元は笑っているようにも見えた。いや、私はそう思いたかっただけなのかも知れない。
「かおり」はゆっくりと、顔を上げて話し始めた。
「でも『ゆう』は私の事まだそんなに、知らないし。
私も『ゆう』の事知らないわよ。
まだ、付き合って3ヶ月だし、結婚は早いと思うの。
それに・・・」
かおりが言葉につまって、うつむいた。
いつもはこういう風ではない。断る時はさらっと、でも傷つかないように断ってくれる。
私はかおりの事を考えていないわけでもない。考えると確かに早すぎる決断かもしれない。
それは解っている。けれど、どうしようもないんだ。
私は心臓の音と、この沈黙という爆音に堪えきれなくなって言葉を発した。
「どうしたの?」
自分で言葉を出したにも関らず、この言葉の先に不安なものが出てくる予感がした。
いや、その予感はひょっとしたら気づいていたのかもしれない。
でも、私にはどうしても答えが欲しかった。別に断られて付き合いも破談にしたいわけじゃない。
自分でいうのもなんだが、収入もこの年齢、27歳という年齢から考えたら若干だが貰っているほうだ。私は若干の期待もしていた。過ごしてきた時間を考えたら悪い答えは出ないのではと思ってもいる。ただ、今でなく未来を約束された場合、私はどうやって「かおり」のその考えを変えられるのかを考えていた。
そう、諦めたくないからだ。
永遠に続くかと思われた沈黙だったが、かおりが話し始めた。
「ちょっと、ごめんね。
あれ、何言おうとしたんだっけ?
また、後で思い出すと思うわ。
そう、『ゆう』の方こそ私に何かあるんじゃないの?
結婚を急ぎたい理由が?
どうなの?」
一瞬ドキッとした。理由?正直、かおりを束縛したい。男友達も多いし、私だと不釣合いなくらい「かわいい」し「美人」だからだ。だからこそ、「うしないたくない」と思うからだ。
そう、理由はそのはずだ。自分にそう言い聞かせる。
でも、そんな事言うとかおりに器量の狭い男と思われてしまう。それはいやだ。
そう、どうにかしないといけない。本当にどうにかしないといけないんだ。
私の口からはそういう思いから言葉が出てきた。
「もう私も27歳だ。
まわりも結婚し始めてきているし、中途半端な気持ちで付き合っていると思ってほしくないんだ。
確かに、まだ、お互いの事は知らない事も多い。
でも、こういう関係ではなく、『結婚』して夫婦という関係で一緒に歩んで生きたいんだ。
だから、プロポーズしたんだ」
そう、その気持ちもウソじゃない。けれど、本当は違う理由がある。
今は、それはどうでもいいことだ。私はかおりから答えを、「Yes」という答えをもらえたらその理由を話そうと思っていた。理解してくれる。私の中でそう思っている。
だからこそ、今はどうでもいいことだ。
私はかおりを見つめた。まっすぐな瞳。私はこの瞳に魅せられたのかも知れない。大きなその目は時に力強く、時にガラスのように冷たく私に刺さってくる。
かおりの目に力が入る。それが解った。
いや、何も変わっていないのかも知れない。でも、私にはそう感じた。
かおりはさらに、さらにこう言ってきた。
「ゆうは今何か隠していない?
なんか理由はわからないけれど、そんな気がするの。
それにどうして今日プロポーズなの。
でも、ホントうれしいのよ。
でもね、気持ちの整理がつかないの。
ちょっと今日考えさせて。
明日の昼。私のマンションに来て。
考えているから、それまでメールも電話もでないから。
それでもいい?」
一瞬心臓が止まりそうだった。
なんで「今日なの?」
いや、今日じゃなきゃダメなんだ。
とりあえず、長い土曜の夜と日曜を過ごすことに決めた。
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