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ウソ -1
日曜になって、刻々と12時が近づいてきた。
待ちきれなくて、かおりのマンションの近くで時間を過ごしていた。
閑静な住宅街の中にかおりのマンションはある。12階建ての薄茶色のマンションだ。遠くからでも少し目立つこのマンションは防犯設備もかなり行き届いている。入り口はオートロックになっていて、門の所には二つ監視カメラがある。確か去年完成した新築マンションのはずだ。
何度かかおりの家を訪問したが、1階の扉を鍵で開けたら、奥にあるエレベーターは自動的に指定の階のみを案内してくれる。
高級マンション。
おそらく世間ではそう言われるだろう。かおりはこのマンションに一人で住んでいる。
私はマンションの近くにある喫茶店でコーヒーを飲んでいた。
特に路上喫煙を禁止している地区ではないのだが、私自身外でタバコを吸うことは控えている。
タバコを吸いながら私は携帯を見つめていた。何度かメールが来ていないかセンター問い合わせをする。
ただ、何度しても同じ結果になる。新しいメッセージはありません。解っているけれど、私は自分の黒い携帯を眺めてしまう。ストラップもつけていないシンプルな携帯。私は自分の携帯を何度も見つめていた。
携帯が震える。
私は着信音をダウンロードするのが好きじゃないのか、いつもマナーモードにしている。
めんどくさいのではない。曲が流れるとその曲で趣味を疑われたらどうしようという恐怖心が出てくるからだ。
メールはかおりからだ。
「昨日はプロポーズありがとう。
正直うれしかったの。
でも、私、ゆうに話さないといけないことがあるの。
それを、知ってもそれでも私を受け止めてくれる?
受け止める自信があるのなら、マンションに来て。
鍵は郵便受けに封筒を入れているから。
それであがってきて」
私は、メールを見ながら、かおりのマンションの近くに来ていてよかったと思った。
会計を済ませて、私は気がついたら走っていた。歩けば10分くらいはかかる距離に喫茶店は
ある。閑静な住宅街の近くにはあまり店がないからだ。どうしてこんなに住居ばかりがならぶのだろう。
私は頭の隅にそう思いながら一心不乱に走っていた。多分真夏だったら汗だくになっていたかも知れない。いや5月といえども今日はかなり天気もいい。私は気が付いたら汗をかいていた。
鞄からタオルを取り出す。流れ出る汗を拭きながらようやくかおりのマンションについた。
時間は5分くらいだろう。
いつもこの場所、かおりのマンションに来ると緊張する。
どうしてもこういう高級感があるところに来ると自分が場違いなのではと思ってしまうからだ。
でも、今の私はそういう色んな思いはどこかへ飛んでいっていた。
いや、先ほどの汗と一緒に流れてタオルに付着しているのかも知れない。
私は呼吸を整えて郵便受けのあるほうへ向かった。
入り口から少し奥にあるその郵便受けはダイヤル式になっている。
郵便受けの後ろには宅配便を入れる場所もある。
私はかおりが住んでいる601号室を探した。
普段ここはかおりが郵便物を受け取る時に遠くから見ていただけだった。
だが、すくに解った。
601号室の郵便受けには少し白い封筒が出ていた。
封筒を取り出す。
宛名を書くところには
「高尾祐一へ」
と書かれていた。
中をみるとそこには「S」と刻印されている金色の鍵が出てきた。
普通、鍵は銀色だよな。こういうところまで普通と変えているのか。
私は今いるマンションがどうしても現実から離れているようにしか見えなかった。
いや、今の自分が現実にいないのかも知れない。
昨日から高鳴り続けている胸が普通なのだと無理やり思うことで気持ちを飲み込んでみた。
そう、今はこんな高級マンションに飲まれている時ではないんだ。
はやる気持ちを胸に、鍵を手にとって1階にある扉をあけた。
どこかで何かの機械音がしてから扉が開く。
おそらく認識をするために扉が開く時間が短いのだろう。
そして、不思議と私が通り過ぎると扉はすぐに閉まる。
まるで秘密基地の要塞のようだ。私はそう思っていた。
エレベータも1階に来ている。配電盤を押すこともない。乗ったことが何かで確認されたらゆっくりと扉が自動的にしまっていく。
エレベータを降りて、すぐの部屋。そこに601号室がある。
扉の前に門がある。一戸建てでたまに家の前にあるような腰くらいまでの門がそこにある。
私は手を伸ばして門を開ける。そして、その奥にある、灰色の扉の近くのインターフォンを押した。
数分、いや1、2分かも知れない。「かおり」は出てこなかったので、手に持っている鍵で扉を開けた。
そこには、、、
一瞬何が起こったか、わからなかった。いや、わかったけれど認識したくなかった。
部屋にあるべきものが何もなかった。家具もベッドも何もかも。
まるで、マンションの下見にでも来たみたいに。
そして、どこにもかおりがいない。
ただ、部屋にあるのはむき出しのフローリングと携帯が一つ。
携帯は白い携帯で見覚えのあるストラップ。すでに廃盤であったが、無理を言って作ってもらったシルバーアクセ。十字架にストーンがちりばめられている。
そう、1ヶ月前かおりとふたりで注文したもの。
そう、目の前にかおりの携帯だけがそこにあった。
ズボンに入れていた携帯が震える。
動転しているのか、手に持っていたかおりの携帯の着信かと思い中を開いた。
画面はキーロックがかかっていた。
今までかおりの携帯を盗み見しようと思ったことはなかった。
普段からロックをかけていたのだろう。
私はかおりの携帯出ないことがわかってようやく自分の携帯を取り出した。
メールが来ていた。
アドレスは見たことがない。
スパムメールか、広告メールだと思った。だが、その思いは開封してすぐに変わった。
そう、こういうメールだったからだ。
「はじめまして、『ゆう』
私は『ライヤー』
まずはプロポーズおめでとう。
でも、私は君のプロポーズを認めていない。
だから、ゲームをしよう。
これから、『かおり』がいるところを探して、救い出してみな。
見つけ出したら、君とかおりの結婚を考えてあげてもいい。
けれど、見つけ出せなかった場合は、かおりは一生手に入らない世界に行ってもらいます。
もちろん、警察なんかに話した場合、ゲームオーバーとさせてもらうよ。
さあ、ゲームの始まりだ。
莫迦な君のためにヒントをあげよう。
君が持っているもの。それがすべてだ」
メールはそれだけだった。
何が起こったのかわからなかった。ただ、何もない、かおりの部屋にずっといたかった。
いつかかおりが帰ってくるんじゃないかと。
しばらく途方にくれていた。
壁にもたれて、部屋の中心にある、かおりの携帯を手にとってみた。
キーロック中。この中に何かがあるのかも知れない。
暗証番号を推測していた。かおりの誕生日は確か、「7月14日」
0714を入力してみる。けれど、開かない。
まさか、私の誕生日に設定しているのだろうか。「2月17日」
0217を入力してみる。やはり、あかない。
悩んでもわからない。とりあえず、かおりの携帯を手にして、外に出ようと思った。
どうしても、イライラしている。タバコが吸いたい。けれど、何もないこの部屋では灰皿すらない。
そういえば、何度かこの部屋に来たときもベランダでタバコを吸ったな。そう思って、タバコを探したが、切れていた。
かおりから連絡があるまで待ちきれずにタバコを全部吸い終わってしまったんだ。
少し離れているが歩いた所にコンビニがあったはずだ。
前もかおりの部屋に来た時にタバコがなくて会に行ったことがある。
自動販売機すら近くにない。
住宅街というところは不測の事態が起きた時どう生活をするのか私には解らない。
そう、思ってしまった。
私は考えもまとまらないから、コンビニにタバコを買いに行った。
そう、もし、もしこの時、私が注意深かったら、ずっと抱いていた違和感に気がついていたかもしれない。
かおりのマンションから5分ほど歩いたところににローソンがある。
そこでマルボロメンソールを買った。
コンビニを出たところにある灰皿付近でタバコを吸っていた。ニコチン中毒。そうなのかも知れない。タバコを吸うとどこか冷静になれる自分がいる。1本吸い終わった頃には徐々に落ち着いてきた。
ずっと考えていたが、かおりの行き先、いやライヤーについても想像が付かない。警察に話すとゲームオーバー。ただ、ゲームといっているくらいだから「かおり」は無事なのではないだろうか?では、一体誰が何の目的で?相手は私がプロポーズをした事を知っている。私はある特定の人以外にはそのことを話していない。ということは、かおりの交友関係ではないだろうか?
だが、私はまだそれほどかおりの友人を知らない。知っている人物は2人。
一人は、
「高見 聡」
もう一人は、
「小林 朋美」
である。
「ライヤー」からは警察に通報するなと書いてあったが、誰にも連絡するなとは書いていなかった。
とりあえず、この2人にメールをした。
「今日会えないか?」
と。
どんな、理由をつけたとしても、正直一人で背負いたくなかった。いや、背負いきれないと思った。私はどこかでこの現実を否定しているのがわかった。現実でこんなことなど起きるはずがない。悪い夢を見ているのではないのか。ひょっとしたら手のこんだドッキリなのでは。
どこかでそう思っている自分がいた。目の前に現実を突きつけられても私はその現実を受け止めたくないだけなのかもしれない。けれど、どこかでどうにかしないといけないと思っている自分もいる。だから、この二人の名前が出てきたのだと思う。
だが、そんな不安だからとか、何していいかわからないなんて、思いたくない。
自分の気持ちを何か違う気持ちで塗り替える。そう、少しでも前向きであると、言い聞かせていく。そうでないとどこかでくじけてしまいそうだから。自分で考えながら笑ってしまう。
所詮これが「私」という人物の限界なのかも知れないな。
なんて、思ったからだ。
携帯が震える。メールが来ていた。
相手は「高見 聡」
「今日は時間あるけれど、どうかしたか?」
高見とはこれから会えそうだ。私はさっそく駅近くでいつものところで待ち合わせをした。
駅に向かいながら自分の頭の中を整理していた。
高見という人物とともに。
~高見との出会い 回想~
高見との出会いは少し変わっている。
大学も出身もぜんぜん違う。そう、普通にしていたら出会うことなかった人物だ。
たまたま、就職活動をしていた時にとある選考会で横にいたのが、高見だ。いきなり高見がこう話しかけてきた。
「悪い、書くもの貸してくれないか?」
そう、それから、度々高見とは選考会で会うことになった。第一印象は「なんだこいつ」という思いだった。だが、気さくな性格や、愛嬌のある笑顔。本当ならぴりぴりしているはずの選考会なのに、高見の笑顔のおかげで私はリラックスできたのを覚えている。
それから何度か選考会や一次面接で一緒になった。
就職活動をしていた時の私は特に自分がしたいことなど見つけられなかった。
ただ、選考が早い広告会社からエントリーをしていった。大学のOB訪問で大手広告会社のリクルーターの人にも会っていた。
なんとなく面白そうかも。
漠然と思っていた私に色々と業界のことを違った視点で教えてくれたのも高見だった。
説明会や選考会などいつも一人で行っていたが、帰りは誰かと一緒になっていた。
高見は一緒になる確率が高く、その都度帰りにファーストフードに寄ってはあそのこ会社の選考でこんな質問をされただの、筆記試験はSPIじゃなくて、まるで公務員の試験のような問題だっただの話しをしていた。
後はエントリーシートに何を書いただの話しをしていた。気が付いたら人も増えていて、一種のサークル活動のような感じになっていた。その中心にはいつも高見がいた。
こういう集まりも楽しいかも知れない。
不思議と本来の就職活動よりもその後に誰かと会って話しをするほうが楽しくなっていっていた。
選考会をする場所も大体限られている。そして、時間も。
終わった頃に駅でいつもいくファーストフードに行けば高見はいつもいた。
それが一つの安心だった。
けれど、内定が出ると人はどんどん減っていった。
当たり前だ。
残りの大学生活を楽しみたいから、わざわざこんなところにきて苦しい思いなんてしたくない。
少し寂しいけれど、ここに集まっているメンバーは内定を取るという目的でいるわけであって、仲良くなるという目的ではなかったのかも知れない。
せっかく出会ったにも関らず。
そういう寂しい思いをしていた時に高見が思いもよらないことを言い出した。
「せっかく就職活動を通じて知り合ったんだ。何かその後も出会えるようなサークルを作ろう。
でも、みんな住んでいるところも、大学も違う。だから、ネット上にサークルをつくろう」
そう言って、まずはメーリングリストでみんなに連絡配信できる環境を作った。
それから掲示板、SNSへと発展をしていった。
参加をしてみると、同じ大学だが今まで話したことのない人との出会いも会った。
また、この時にはやったのが、他の大学の講義を受けに行くこと。
他の大学の学食を食べに行くことがツアーとして起きた。
気が付いたら教授も巻き込んでゼミへの参加や論文発表なんかも参加していた。
そう、面白い授業、興味がある授業や教授に会いにいったり、学校にもぐりこんだりしていた。
社会人になってもこのつながりは残っていた。
たまに同窓会のようにオフ会をしたりしていた。
また、仕事上での繋がりも増えてかなり不思議な付き合いが出来ていた。
ただ、私はどうしてもこの中で彼女を作りたいと思えなかった。
このサークル外でかおりとは出会った。どうしても、付き合う人を探すのならば、このサークルの外がいい。そう、思ったからだ。
ただ、不思議と高見はかおりを知っていたが。
この年代では高見はある意味カリスマだから仕方ないのかも知れない。
そう、知り合いをたどっていくとどこかで高見にたどり着く。
別に不思議なことじゃない。
そう思う事にした。その方が楽だからだ。
気がついたら楽なほうへ逃げている。いや、お互いその距離のほうが傷つかなくてすむからだ。
人付き合いなんてそんなもののほうが確かに楽だ。
私は過去を思い出しながら駅へと向かった。
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