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小説 「君に何が残せたのかな」-1
上司との面談。
プロジェクトが終わったら行う決まりになっている。
今回はメディカルビーという中規模な医療系派遣会社の販売管理システムの導入だった。
どうやら、この不景気の中、大手派遣会社の一部門だけが売却された後のシステム導入。
元々のシステムと買収した企業とのシステムとの橋渡し的なシステムの構築だった。
運良く相性も悪くなかったから思ったより早く終わった。
デバックも上手く行ったから後は運用面でのトラブルシューティングだけだ。
これくらいの問題なら、対応は私でなくても大丈夫だろう。
エンドが見えるまでは残業がひどかった。
最後のほうは最終電車での帰宅かタクシーでの帰宅だった。
そのためか、プロジェクト終了には健康診断の受診が義務となっている。
ま、この面談の後はしばらく定時上がりが出来るから助かるというものだ。
「失礼します」
上司との個人面談のため面接ブースに入る。
そこには六角形の眼鏡をした30代後半の男性がいる。
上司の霧島だ。
元々は外資系の戦略コンサルタント会社にいた。
その後にこの会社にやってきた。
若いがものすごく頭の切れる人だ。
一言で言うと尊敬できる人物である。
仕事の結果だけを見ればだが。
「結城くん。お疲れさん
大変だったろう。
今回はかなりエンドからの評価がいい。
この成功は次回の給与交渉でのプレゼンに活かすといいよ。
それと、1週間休んだら次は別のプロジェクトがある。
君に任せたいんだ。
後、そろそろ人を育てる事をして欲しい。
君塚をつけるから宜しくな。
後、健康診断の二次検診の結果。
まだ、取りに行っていないだろう。
取りに行ったらメールするように。
それでは」
そういって、霧島は出て行った。
そう、霧島のコミュニケーションは一方的だ。
意見は全てメールで送付することになっている。
霧島チームに入って2年。
このコミュニケーションにも慣れてきた。
面談にもなりはしない。
私はそう思いながら、二次検診の結果を貰うために病院へ向かうことを告げた。
私の会社は基本的にフレックスだ。
いや、裁量制といったほうがいいのかも知れない。
自分で業務時間の申告をする。
そして、年1回の給与交渉時に成果の報告を行う。
会社は労務時間と成果を比較して賃金査定を行う。
まるで野球選手の契約更新みたいなものだ。
そして、そのためのプレゼン資料も自分で作らないといけない。
上司、役員の前でプレゼンをするのだ。
もちろん、マイナス要因も全てその場で持っていって説明を出来るようにしないといけない。
タクシーの使用頻度、その理由。
超過時間の管理。
それと、部下の育成。
私は入社して3年。
本来ならば専属の部下がいてもおかしくない年数だ。
だが、専属の部下は私に取っては足かせにしか思えなかった。
軌道に乗せるまでは自分で工程表を作成する。
そして、関係会社、部署と打合せをする。
自分で全てを管理するからこそ管理も行いやすい。
だが、一部を任せると不安で仕方がないのだ。
霧島に言わせると
「だから出世が出来ないんだ」
と言われるのだが。
ま、この会社でよかったと思うことは労務管理をされていないことだ。
体調が悪くて会社を休んでも控除されない。
そう、出社と申告をすれば通るからだ。
結果が全ての会社。
翌年の更新時に会社が更新をしないだけ。
そう、私たちは正社員としての雇用になっていない。
1年更新の契約社員だ。
さぼっていれば更新をされずに契約解除になるだけ。
ま、プロジェクトが終わった直後だし私はのんびりしようと決めた。
病院に行く前に買っていた宝くじの確認もしようと決めた。
先に銀行に行くかな。
「行って来ます」
その言葉を投げ捨てて、オフィスを出て行った。
銀行。
この宝くじは昔のプロジェクトの付き合いで買ったものだ。
「お久しぶりです。 結城マネージャー」
銀行に入ると奥から人がやってきた。
名前は
「佐伯 勤」
だ。
そう、前のプロジェクトでこの人と一緒に仕事をしたのだ。
大体クライアントやエンドの企業で仕事がすることが多い。
そのため、この仕事をしているとそのままクライアントの会社に転職するものも多い。
確かに雇用の安定があるわけじゃない。
ある程度有名な会社で正社員として雇用されるのであればそのほうが安全と考える人も多いようだ。
そう、結婚して家庭を持った人がこの道を選ぶ人が多い。
長くその会社で仕事をしていると自分の会社の同僚よりも仲良くなるものだ。
この佐伯さんもその一人。
このプロジェクトに関っていた際に良く飲みに行ったものだ。
宝くじはお付き合いだったかもしれない。
ただ、通常より少しだけ割引になることから買ったんだ。
給料には別に困っていない。
おそらくこの年齢でこの給料を貰っている人は少ないだろう。
当たればラッキー。
外れて当たり前。
当たったら彼女に、綾に何かをプレゼントしよう。
そう、軽い気持ちで思っていた。
「結城さん、こちらで話しましょうか」
そういって、奥の応接室へ案内された。
だが、この行為にはちゃんと理由があったことをすぐにわかる。
「佐伯さん
気を使わなくていいですよ。
今日は単に前に購入した宝くじの結果を聞きに来ただけですから。
ちょっとプロジェクトが立て込んでいたので遅れましたけれど大丈夫ですよね」
差し出されるコーヒーを見ながらそう思った。
でも、違和感もあった。
今までこんな待遇を受けていただろうか?
久しぶりなので感覚が、記憶が鈍っているのかもしれない。
「いえいえ、
結城さん
その宝くじなんですよ。
別にお付き合いだからとかそういうのではないんです。
本当にたまたまなんですけれど、購入していただいた宝くじに当選があったんです。
1等の」
佐伯さんが書類を用意しながらそう言って来た。
一瞬頭の中が真っ白になった。
1等。
確か3億円だな。
3億といえば普通のサラリーマンの生涯給料額だ。
つまりこの年でもう働かなくても生涯給料を手にしたということだ。
おかしなものだ。
別にお金に困っていない。
いや、むしろ使う時間がなくてたまっているくらいだ。
なのに3億円なんて。
一体何に使おうか。
仕事はどうしようか。
やりがいもある。楽しい。
でも、こんなに辛い仕事じゃなくてもいいんじゃないのか。
いや、やりがいがなくなったら生きている意味が解らなくなるかも知れない。
色んな思いが頭の中を巡ってきた。
だが、そんな妄想をしている私だが強制的に現実に戻された。
携帯が震える。
携帯を見ると、スケジュールが入っている事を知らせる。
この時間に出ないと2次検診の受取と説明の時間に遅れるからだ。
「佐伯さん
なんだか現実をまだ認識できないですが、とりあえずびっくりしています。
それと次行くところがあるので、今日また来ます。
何時くらいが都合いいですか?」
私は携帯とスケジュール帳の二つを開いた。
携帯は事前アラームセットをする。
そう、何かをしていても、次に移動する時間を逆算して知らせるようにするためだ。
そして、スケジュール帳は記録として残すため。
この仕事についてからの癖になった。
佐伯さんはこう言って来た。
「本日であれば、15時から1時間だけ打合せがあるのでそれ以外であれば
都合は付きますよ」
佐伯さんも時間管理は徹底されている。
いや、私と仕事をする人には時間管理は同じレベルで依頼をしている。
そう、佐伯さんもこのあたりはなれてきているようだ。
「では、14時に再度きます。
話しは1時間もあれば終わりますよ」
私はスケジュール帳にメモと携帯に登録をした。
銀行を出る前に佐伯さんに言われた。
「規則として、後で遺言状の話しもします。
相続について考えていただけると時間は短くなりますから」
遺言なんて現実的でないな。
私はそう思った。
ただ、3億というお金だと仕方ないのかも知れない。
私はそう思いながら病院へ向かった。
時間には遅れることなく5分前には病院へ付きそうだ。
5分前行動。
何かに集中してしまうと時間が分からなくなる時もある。
そのため、私は全て携帯にアラームセットをしていく。
病院へついて、受付カウンターで会社名と名前を告げる。
2次検診なんていっても間違いか何かだと思っていた。
体調だって悪いと感じたこともない。
いや、むしろ仕事も順調だし、問題を感じることなんてなかった。
だが、診察室に呼ばれた時にその空気の重さがいやになった。
「え~と、結城さんですね。
親族の方は近くにおられますか?」
ドラマとかでよく聞くセリフだ。
不謹慎だがちょっとだけドキドキしてしまった。
いや、頭の中が3億円という響きで舞い上がっているだけなのかもしれない。
そう、どこかで3億円というお金を使ってどうやって彼女を喜ばせようか考えていた。
だから、現実にいるというよりふわふわしているといったほうが正しかったのかも知れない。
ふわふわしているけれど、どこかで質問に答えなきゃと思った。
「親族はこちらにはいません。
田舎なのでなかなか出てきることもないでしょう。
私もいい大人です。話してください」
そう、言い切った。
だが、その答えを聞いたとき、受け止めるには厳しいということが解った。
「結城さん
あなたの症状ですが、かなり悪いです。
あなたのような若い方には酷ですが、今のままだともって6ヶ月。
入院したとしても1年もつかどうかというところでしょう」
告知を受けながらあとは耳に入らなかった。
病名を言われたがそれも覚えられなかった。
ただ、入院については見送らせて欲しいと伝えた。
気が付いたら公園にいた。
どこの公園かわからない。
ブランコに乗ってゆれていた。
どこかで現実を受け入れていない自分がいる。
確かに健康診断の結果の時、一つだけ数値に異常があった。
何かの間違いと思っていた。
27歳。
もし、人生がこの年で終わるって解っていたらどんな人生を選んだだろうか。
今と同じ人生だろうか。
わからない。
誰かに相談をしたい。
彼女には、綾には言えない。
彼女にとって別れたほうがいいのだろうか。
彼女も私と同じ27歳。
大学時代から付き合っているからもう7年。
そろそろ結婚も考えてお互いの両親とも会っている。
今更別れるなんていったらどうなるんだろう。
でも、エゴかもしれないが、彼女を苦しませること、悲しませることはしたくない。
それだったら別れて私の死を知らないほうが幸せなのかもしれない。
私はそう思いながら携帯をいじっていた。
一人の名に目がとまる。
「日比谷 雄哉」
大学時代の友達。
彼女、綾とも仲がいい。
それに、日比谷だったらちゃんと考えてくれる。
相談をすることなんて滅多にない私だが日比谷にメールをした。
「ちょっと相談したいことがあるんだ
今日って時間あるか?」
確かどこかメーカーの営業をしていたはずだ。
時間は作ってくれるだろう。
携帯がなる。
アラームだ。
「銀行に向かう時間」
そう出ている。
ああ、そうだ。
私がどんな状況でも仕事が出来るようにアラームをセットしていたんだ。
習慣とは怖いものだ。
私は普通に銀行に向かった。
そして、その時に向かい合った
「遺言状」
さっきまで彼女に、綾に知られたくない。
どうしたらいいだろうか。
なんて思っていたが、相続人に綾の名前を書いてしまった。
それともう1名。
母親だった。
父親の名前は書かなかった。
ずっとケンカばかりしている。
仲直りしないといけないな。
後少しなんだし。
先に逝く親不孝者が、なんて怒鳴るだろうか。
解らない。
でも、久しぶりに実家に帰ることもしないといけないと思った。
社会人なり立てのときは良く戻っていた。
だが、ここ最近は忙しくて実家に戻るなんてしていなかった。
なんて切り出そうか。
いや、切り出すのが一番大変なのは彼女だ。
私はそう思っていた。
佐伯さんと何を話したのかなんてまったく覚えていなかった。
気が付いたら銀行に3億円が振り込まれていた。
見たことがない残高を見て私は一瞬笑ってしまった。
今日はなんだか非日常が続いていた。
このまま笑って全てがウソでしたなんて誰かが言ってくれたらいいのに。
私はそう思っていた。
携帯が震える。
「日比谷」からだ。
「今仕事終わったからいつでもいいぞ
どこで待ち合わせする?
最速だったら六本木だね」
日比谷は私が今会社にいると思っている。
確かに二人とも六本木にオフィスがある。
こんな仕事をするに向いていない場所で仕事をするのかなんて思った。
「いいよ
じゃ、アマンドの所で」
と返した。
返してすぐに気が付いた。
今、アマンドが入っていたビルは工事をしていて、六本木交差点から奥に入らないといけない。
間違いに気が付いたが、日比谷はすぐに返してきた。
「旧アマンドのところだな?
六本木交差点所でタバコすってるよ」
日比谷はこういう時理解が早い。
頭の回転が速いからこそ安心できる。
それに、昔からの親友だ。
だが、なんて言おう。
病気のことだけは言わないといけない。
そういう思いだけをもって私は六本木交差点へ向かった。
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