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小説 「君に何が残せたのかな」-14
日曜日の夜、綾と篠塚に呼び出されていた。
場所は篠塚の家だった。
「駅に着いたら連絡頂戴ね」
篠塚からのメールを見ながら日比谷はなんとも言えない気持ちになっていた。
どこかで篠塚を見ているとあおいを思い出してしまう。
だから、意識して避けていた。
綾が呼ぶときはいつも篠塚がいた。
いや、綾もどこかで篠塚にあおいの面影を追いかけているのかも知れない。
そう、この前の飲み会の時にそう思った。
だからこそ、綾はあおいのことを乗り越えれたのかも。
いや、ごまかしているだけなのかも知れない。
なら、もっと心の支えになっている結城がいなくなったら、どうなるんだろう。
日比谷は自分自身で綾に言ったことを少し後悔をしていた。
結城の判断は間違っていなかったのかも知れない。
だが、どれだけ思っても過去には戻ってくれない。
綾を出来るだけ支えていこう。
気がついたら、篠塚が住んでいる都立家政についていた。
改札を出て、メールをしようとしたらそこには見慣れた長い髪のすらっとした女性がいた。
「あおい」
日比谷は一瞬言いそうになった。
あおいがいないことはもうわかっている。来たこともない場所なのにやっぱり思ってしまう。
「お待たせ」
日比谷は言いかけた言葉を飲み込んでそう言った。
横に綾もいた。
下を向いているが、目が真っ赤に腫れているのが解った。
私たちは無言で篠塚の家に向かった。
駅から一方通行だろうか、道を入っていった先にある3階建てのマンション。
そこがあおいの住んでいる所だ。
初めて知った。
マンションは、1階に大家が住んでいるのか、一戸建てにも見える。横にある小さな門を開けて中に入っていく。
階段を上がって3階までいった。
大きくないマンション。1つの階に4部屋しかない。
篠塚のマンションは「302号室」だった。
中に入るときれいにごく普通の1Kのマンションだった。
ミニキッチンがあって、その奥に薄い青色のベット。ガラスのテーブルに洋服ダンス。
そして、テレビを置いている棚。姿見の鏡に、化粧台。
ものすごくシンプルな感じだった。
ただ、一つだけ、テレビの横に50センチくらいの大きなリラックマのぬいぐるみがあった。
そういえば、「あおい」もリラックマが好きだったな。
コンビニで食器が当たるからといっていて一時ものすごくサンドイッチやら何かを食べていたのを思い出した。
「適当に座っていて」
篠塚はそう言って冷蔵庫から何かを出していた。
綾はベットに座っていた。
日比谷はガラスのテーブルの近くに座った。
そういえば、綾は強く見えるけれど、本当は弱い所を隠していて、それを他人に見せないようにしていたはず。
そう、だから初めて会った時はものすごくはきはきしている子だと思っていた。
何事もなく、順調ならば問題はないんだ。
けれど、一旦かけ違いが始まると、順調というレールから外れると大変になる。
あおいが教えてくれたことだ。
夢を諦めさせられたこと。希望を見出せなかった世界で希望を見つけたら、綾自身についている足かせが夢の一番の障害になって。
そして、そのかけ違いを一身に受けた「近江ヒロ」
でも、その「近江ヒロ」も重圧で綾の前から消えてしまった。
仮面を被って自分を演じていたあの頃の綾よりは今のほうが確かにいいのかも知れない。
日比谷はちょっと今の綾を見ているとそう思ってしまう。
あおいもそう思うだろう。
あの時の綾は本当に危うかったから。
いや、今の綾はどうなのだろう。
日比谷は不安になっていた。
綾は今までこう感情を外に出していただろうか?
「はい、お茶でいい?」
篠塚がお茶を持ってきた。
まだ9月下旬。ほのかに暑い時期だ。
出てきたのは麦茶だった。
3人そろったが、気がついたら沈黙だった。
重い空気。解っている。
その理由を。
静かに綾は話し出した。
「ゆっくんと過ごす時間。大切にしたい。
少しでも、思い出に残したいから。
でも、ゆっくんは自分から言ってくれなさそう。
楽しい時間を過ごしているのに、どこかでもうここにゆっくんは来れないんだろうな。
って、もうゆっくんとこの風景を見れないんだって。
泣きそうになる。でも、決めたの。
私はゆっくんの前では絶対に泣かないから。
だから、ここで泣かせて欲しいの。
日比谷さん。私どうしたらいい?
自分から知っているって、言っちゃダメだよね」
綾が泣いている。静かに泣いていた。
日比谷は少し考えてからこう話した。
「綾にとって一番はもう決まっているよね。
だったら、綾がしたいことをしたほうがいい。誰も綾を責めたりしないから。
限られた時間をどう使うのか。正解は綾が選んだ道だよ」
日比谷はわかっていなかったのかも知れない。
いや、これから起こることは避けられないことだけはわかっている。
でも、どこかに希望を持ちたいって、そう思っていた。
多分、ここにいる3人とも。
もし、奇跡が起こるのなら起きて欲しい。
日比谷はそう思っていた。
~ブログ~
【タイトル 残り166日】
仕事は暗礁に乗り上げたみたいに上手く行かない。
クライアントがまとめ切れていないからだ。
部下の苛立ちもわかる。
何も手につかない。
今まではどうしていたんだろう。
なんだか、こんなことをしている自分が少しだけイヤになってきた。
残された時間はどんどん短くなってきているのに。
それと、今週末実家に帰ろうと思います。
家族にどう切り出していいのかわからない。
だから、今週病院に行ったときに診断書をもらうことに決めました。
もらうのは3通。
一つは家族に。
もう一つは会社に。
最期は、自分に対して。
どこかで信じたくないって思っている。
向き合うために持って置こうって決めました。
【タイトル 残り165日】
今日は部下から相談を受けてしまいました。
上手く行っていない焦りがすごく出ているのわかります。
ただ、提案する内容に相手が理解を示していない。
どこかでこちらも妥協が必要だってことを伝えました。
生きていくうえで何かに妥協をする。
そういうことを多くしてきていたのかも知れない。
そう、思うとなんだか変な気分になってきた。
最近仕事が上手く行っていないせいか帰りがまた遅くなってきている。
だが、不思議とそこまで体調も悪くない。
ひょっとしたら死ぬのは誤診だったんじゃないのか。
そう思うときが多い。
今より体調が悪いことなんて過去あったから。
そう思うと不思議な気分になってしまう。
【タイトル 残り164日】
病院へ行ってきた。
検査結果は無慈悲にも事実を告げてくれる。
ああ、やっぱりウソじゃなかったんだ。
そう思ってしまう。
それと、診断書が事実を突きつけてくる。
逃げちゃダメなんだ。
これから家族に言わなきゃいけないから。
彼女にはどうしても言えそうにない。
コメントでそういえば、
「弱い自分を見せたくないからですか?」
ともらっていたかな。
それもあるけれど、彼女の涙をみたくないからです。
笑顔を最期まで焼き付けていたい。
だから、言いたくないのかも。
泣き顔になんてさせたくないから。
~結城 side~
仕事で資料作成に行き詰っていた。
色んな角度から提案をしている。
過去の業務改善の成功例も出している。
けれど、クライアントはどれも要望を飲まない。
「もう、無理っす。あんなのただのわがままな子供と一緒じゃないっすか」
君塚がそう言っていた。
確かにそうだ。
理解できないから否定をする。理解しやすいようにシンプルにすると資料になっていないという。
私も君塚も限界だったかも知れない。
いや、相手の要望を聞きすぎているのかも知れない。
「あ~なんか、テンションおちてきたんで、明日来ますわ」
君塚はそう言って帰ろうとした。
明日は土曜日。私は明日実家に帰っている。
「あ、君塚くん。私は明日と明後日いないからね」
私はそう言ったら、君塚は手だけを振り返してそのまま帰っていった。
多分、君塚はこの週末両方出て資料を作るだろう。
私はそう確信していた。
負けず嫌い、そして、今まで誰も君塚にきちんと仕事をさせていなかった。
そういう意味ではやる気があるんだろう。
資料もセンスのいいものを作ってくる。
いや、過去の資料をよく研究しているのがわかった。
私は後少しだけ仕事をして帰ろうと思っていた。
時計をみる。22時だ。その時、携帯が鳴った。
日比谷からメールだった。
「まだ、仕事か?良かったらメシでもどう?」
日比谷からだった。もうちょっと仕事をしようと思っていたが、諦めも肝心だと思って返事した。
「ノンアルコールならいいよ」
日比谷からはすぐに返事が来た。
「OK じゃ、TMTに行くよ。下で待っていてくれ」
仕事を片付けて、机を整理してからエレベータでおりた。
1階ロビーに行くと、そこには日比谷と綾がいた。
「お疲れ様。仕事終わったの?」
綾がそう言ってくる。
綾だって、毎日仕事が遅いほうだ。顔をみて仕事帰りに新宿から六本木に来たのがわかった。
「さっき、偶然あってね」
日比谷はそう言ってきた。
よく考えたらこの3人では病気のことがわかる前は良く会っていた。
そう、日比谷に話してから、病気のこと、綾には話せないことを、話してからこのシチュエーションを避けていたのかも知れない。
「私、うどんが食べたい。つるとんたんがいいな~」
綾がそう言ってきた。
「いいよ。じゃあ行こうか」
そう言って歩き始めた。
日比谷が先頭を歩く。
その後に私と綾。
日比谷はいつも3人で会うときは気を使ってくれていた。
だが、平日に綾が六本木に来るなんて滅多にない。
お互い平日はかなり忙しいからだ。
最近の綾はなんだか少し、おかしい。
いや、違和感があるんだ。
どこかに。
私は綾を見つめてみた。
いつもの赤い眼鏡の奥にある瞳からは何も読み取れなかった。
なんだか楽しそうな綾。
だが、どこか無理しているようにも見える。
私は綾に話しかけた。
「最近、仕事はどう。
前に言っていた変なクライアントに前捕まっているってまだつかまっているの?」
聞きたい事は違っている。
でも、何かを押し殺している時の綾は逆にテンションが上がる時がある。
前にクライアントから執拗に飲みに誘われていて閉口していたときがそうだ。
いや、もっと前。
近江ヒロに踏ん切りをつけるために全国を二人で旅行した時の最期。
鹿児島で見せた綾の笑顔にも似ているように感じる。
あの時も無理をいっぱいしていた。
ふと、思い出してしまった。
あの時のこと。綾が過去を断ち切り、私を選んでくれたときのことを。
~回想 綾と結城~
「ねえ、解っているの?」
第一食堂であおいが話しかけてくる。
十分解っているつもりだった。
だが、いつまでもいない人を待ち続けている綾をどうにかしたかった。
確かにはじめはそういう思いだった。
けれど、日に日に私は綾に惹かれていた。
だから、綾と会うようにしていった。
この大学だけじゃない。
いないはずの近江ヒロを探す綾にずっとついていっていた。
だからこそ、どうにかして綾に踏ん切りをつける手助けがしたかった。
「ああ、解っているよ」
私は色んな事を聞いた。
家族のこと。夢を諦めたこと。
その全ての想いを、辛さを一人の人に押し付けてしまった自分の弱さのこと。
腫れ物に触れるように距離をとっている人が多い中、私は綾の中に飛び込んでいったんだ。
はじめは綾の笑顔が見たかった。
どこかに違和感があった笑顔。
顔は笑っているけれど、どこか笑っていない。
そう、『ここ』に綾がいや綾の心が『ここ』にいないからだ。
だから、私は連れ戻したいって思った。
そう、綾に負担をかけるつもりはない。
けれど、告白をしようって思ったんだ。
ただ、単に『好きだ』なんて言うつもりはない。
綾はすでにいない近江ヒロという呪縛に囚われている。それは綾自身が作り出した鎖だ。
だからその鎖を断ち切れるのも綾以外にはいない。
その手助けをずっとしていきたいって、思った。
私と綾が会うのをあおいは嫌がっていた。
確かに一番辛い時の綾を支えていたのは『あおい』だろう。
だからあおいがいう気持ちもわかる。
でも、あおいは綾を一番に受け止められる状態でもなくなっている。
「あおい、結城は決めたら行動するやつだ。とめても仕方ない」
あおいの横に座っている日比谷はそういう。
そう、あおいは日比谷と付き合ったからだ。
経緯はわからない。けれど、私からみても日比谷はいい男だ。
背も高い。端正な顔立ちはモデルみたいにも見える。
それに浮いた噂すらなかった。
この大学でノートや授業、教科書。
何に困っても日比谷に聞けばすぐに何でも揃う。
私もはじめのうちは助けてもらった。
いつも言うことは
「いいって事よ、お互い様だろ」
という言葉だった。
確かに大学の中での日比谷は人気だった。綾のこともあり、一緒にいる機会が多かったあおいが恋に落ちるのは仕方なかったのかも知れない。
けれど、聞いた話だと告白をしたのは日比谷からだと聞いた。
その背景はずっとわからなかった。
「でも、まだ綾は他人を受け入れられるような状態じゃないよ」
あおいは日比谷にそういう。
それは、私も良くわかっている。
だから私は決めている。
「付き合って欲しいなんて思っていないんだ。
好きだから、手伝いたい。綾自身が納得するまで」
私はそう決めたんだ。
綾はまだどこかに近江ヒロがいると信じている。
この東京にいないのならば、他の場所にいるのじゃないかって。
実際、近江ヒロについては私も調べた。
近江ヒロの死がなぜ綾に気づかれないのか。
それは、近江ヒロの家庭にあった。
近江ヒロの家庭はかなり複雑だった。
もともと父親と二人暮らしだったが、父親が過労死自殺していた。
近江ヒロはそのことを誰にも言わなかった。
そう、高校を卒業して大学に入る間の出来事だったからだ。
そんな状態の近江ヒロは夢を打ち砕かれた綾を受け止めようとした。
そして、受け止め切れなかった。
近江ヒロの自殺はある意味計画的だった。
綾に気づかれないように住まいを解約して、携帯を解約して。
そして、誰も知らないところで首吊り自殺をした。
ただ、唯一『あおい』にだけは真実をメールして。
身寄りのない死体。
個人を特定できるものを何も持っていない人物の自殺という形であった。
「あおい」ならその真実を受け止めるって、そして、綾をフォローしてくれるって、近江ヒロは思っていた。
あおいは確かに受け止めていた。
いや、多分日比谷に会っていなかったらどうなっていたのか解らない。
その負担がわかっていたから日比谷もあおいには優しかった。
今思うとそれは同情じゃなく、好きという感情からだったのかも知れない。
その真実を知ることは出来ないけれど。
私はあおいと日比谷を見た。
あおいはまだ不安そうだった。
日比谷が声をかけてくる。
「どうするつもりなんだ?」
そう、私は決めていた。
私は自分の気持ちをゆっくり話し出した。
「告白をするんじゃないんだ。気持ちだけを伝えるだけ。
綾が踏ん切りをつかないのならつくまでとことんしてみようって。
綾が気の済むまで。
どこかに近江ヒロがいるって思うのなら全国旅に出たっていいじゃない。
だからバイトをして、車を買ったんだ。
綾は前に進みたがっている。でも、どこかで近江ヒロを探している。
いや、多分綾が言ったあのセリフのせいで近江ヒロがいなくなったって思っているから
だ。
そんなことはないけれど、誰が何を言ってもそのセリフは今の綾には届かない。
だから、綾の納得できるとこまで付き合おうって決めたんだ」
私はそう言って、休学届けを二人の前に出した。
そう、1年間綾と一緒に旅をしようって思ったんだ。
あおいはびっくりしていた。
それからは大変だった。
一瞬戸惑ったけれど、綾は私の提案を受け入れてくれた。
車に乗って日本をまず北上。
街につくと私は日雇いバイトをして日銭を稼いだ。
泊まるところは、綾はホテルで私はほとんどを車で過ごしていた。
たまに収入が思ったより合ったときは私もホテルに泊まっていた。
そう、一緒に旅をしているがそこはきちんとしていた。
仙台にもいった。青森はきれいだった。
北海道で夜景を見たときは横に綾がいたな。
秋田にいって、福井、富山。
大阪ではたこやきを食べていたな。
綾は近江ヒロを探していたけれど、山口県から福岡に入ったあたりから少しずつ変わってきた。
「ねえ、今日は一緒に出かけない?」
そう言って来たのは綾からだった。
日雇いバイトでまだそこまでお金はたまっていない。
私と綾は一風堂で黒丸ラーメンを食べた。
「おいしいね」
綾がそう言った時の笑顔が忘れられない。
何がキッカケなのか解らなかったが、ここからは楽しかった。
鹿児島もまわって、私は綾に言った。
「後は沖縄だけだね」
そう言ってふと見た綾の表情はいつもと違っていた。
何かをすごく考えているみたいだった。
そして、話しだした。
「あのね、もういいの。
私、この旅で大事なもの見つけたから。
旅のはじめに結城さんはこう言ってくれたよね。
『綾のことが好きだ。でも、綾が近江ヒロを忘れることが出来ないのもわかっている
だから、綾が納得するまで、応援する。その先に私を選ばなくてもいい。それは
綾が決めることだから。だから一緒に近江ヒロを探す旅に出よう。この世界のどこか
にいるかも知れないから。綾が望むのならそれをかなえたいから』
って、私甘えていた。でも、嬉しかった。
旅を続けて、色んな場所を見て、私ってなんかちっぽけなことで悩んでいるんだな~
って、ね。
んで、私はちょっと観光気分で楽しんでいたけれど、泊まるところも、費用も結城さん
が出してくれていた。はじめは悪いって思っていたのに、途中からそれが当たり前にな
って。でも、そのことに一切不満を言わず、一生懸命汗を流して働いている結城さんを
見て、私も変わらなきゃって思ったの。
まだ、気持ちは整理がついていないかも知れないけれど、こんな状態の私でもいいです
か?」
綾がちょっと前に進むために決心した時。そう綾の中で決意の表れだったんだ。
あの時の笑顔は。
私はその時、こういったのを覚えている。
「綾を泣かせるようなことはしないよ」
そう、だから泣かせるようなことはしたくなかった。
こんなことになるなんてあの時思っていたら私は違う行動をとっていたのかな。
遠い記憶のように感じる。あの時の1年間の旅が。
今見ている綾の笑顔。
なんだか決意をした時のような笑顔をしている。
気のせいだろうか。
私は少しの不安を胸に抱いた。
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