milestone ブログ

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トリップ -4



「よく考えたらこのサークル。ほとんどこの四人が常連だよな。このエンジェルミストにはまったのは。でも、どうして俺だけ0.001mgなんだ?」

 片岡が不服そうに話していた。私が誤って0.002mgの使用をしてから、私も、あたるも、綾瀬も0.002mgを使用していた。健忘が確かに怖い。だが、慣れてくると覚醒時に見る夢で自分が何をしているのかが、解るようになった。
ある意味、この現実とエンジェルミストでの世界との間にいる時も、心地よい。
だが、やはり全てを把握できるわけでもなく、部分的にしか記憶は残せない。
そう、どこかで何をしているのかわからない自分がいる。だからこそ、0.002mgを使うのなら安心できる相手がいい。
いつも思っていたことは、この記憶があやふやになるのに、綾瀬はいつも一緒にいることが不思議だった。

「怖くないの?」

 あたると二人で聞いたら、綾瀬はこう答えた。

「怖くないわよ。だって、あなたたち明らかに安全って感じだもの。それにあなたたちって狼にはなれそうにないし。それにね」

 綾瀬はそう言って私を見つめた。あたるも私を見ていた。その空気が何かを伝えていたのかも知れないけれど、私には何も解らなかった。私がきょとんとしていると綾瀬はくすってわらった。その笑顔が印象的だった。
 いかにも若者って感じの綾瀬が私とあたるとつるむ理由は良く解らなかった。そう、この時は。でも、綾瀬と話していて私は楽しかった。どうして、エンジェルミストを使いたいのかは知らなかったが。

「いつか話せたら話して欲しい」

 そう思っていたけれど、なかなか聞くタイミングが持てなかった。
 だが、私は片岡が少し怖かった。身長も有る、体も筋肉質。ただ、その筋肉の上にうっすら脂肪がついている。そう、スポーツをしていた人がやめたときに太る感じの体系だ。おそらく何かのスポーツをしていたのだろう。そんな体格の人間が記憶を飛ばして動く。意識もない。正直怖かった。だが、確かにこの常連になりつつある片岡は0.002mgへのチャレンジを求めていた。

「いいんじゃないの」

 けだるそうに綾瀬が言った。一番不安だったのは片岡が綾瀬に何かするのではないかということだった。だが、この時、片岡に「0.002mg」の「エンジェルミスト」を使用したことで、私は片岡という人間を垣間見る事が出来た。健忘の時、片岡は叫んでいた。

「お前もか、お前もなのか」

 ずっと叫んでいた。何が起こったのか解らなかった。唖然とする私に綾瀬は冷静に話しかけてきた。

「きっと強がっているけれど、裏切られて人間不信になっているのよ」

 ここにいる四人はお互い過去を知らない。そして、私はそんな過去なんかどうでもいいと思っている。一人だけ知っている人物がいる。そうあたるの過去だけだ。
あたるの家庭はちょっと複雑だ。まだ、あたるが小さい頃、あたるの父親は蒸発。
その後母親が再婚。次の父親は優しかった。だが、借金を作って蒸発。したのは実の母親のほうだった。今まで辛かったこと、我慢していたことが爆発したのだろう。
そういう、うわさだけが広がっていた。当人がいない中、うわさだけが先行。そして、残されたあたるは針のむしろだった。家にいたくない。でも、行く場所がないあたると私は良く遅くまで遊んだものだ。あの場所で。
 そう、0.002mgのエンジェルミストは確かに戻ってくる時の苦痛は安らぐ。けれど、覚醒時にどうしても不安が残る。そう、ふわふわした気持ちで、どことなく地に足が着いていない状態。
 それに、私にだけは覚醒時に恐怖があった。いや、誰も言わないだけなのかも知れない。あの夢の世界から強制的に抜け出る時に来る恐怖。黒い得体の知れないものに引っ張られるあの恐怖。私にはその黒い恐怖に包まれてもがいている時に現実に近い状態に戻ってくる。そして、ふわふわ感があって、徐々に意識がはっきりしてくる。
いつも最後には現実に帰って来たいと思っていた。そう、私はあの黒い恐怖から逃げていた。今もそうだ。逃げたい。だが、足が動かない。光だけが遠くに、かすかにある。
そこが出口なのか?そして、音がする。
 どこからともなく。ひたひたとそれはいつもやって来るんだ。


~現実 約束~

 携帯がなっていた。バイブにしていたが、床との摩擦で音が鳴っていた。少し眠っていたのか。時計を見ると1時になっていた。携帯を見るとあたるからメールが来ていた。私は少し眠っていたのかもしれない。いや、「エンジェルミスト」の毒気にあたったのかもしれない。久しぶりに人をトリップさせる。私もトリップをしていたんだ。何回も、何回もあの時もトリップをしていたんだ。あの世界に、エンジェルミスとの世界に魅せられていたんだ。あの光に、その奥に楽園があると信じていたんだ。ここではないどこかならそれは楽園に感じられていたのだから。でも、今ならわかる。楽園は自分で作るものだって。与えられたものは楽園なんかじゃない。作られたものは後から来るむなしさには勝てない。私はだからこそ、「エンジェルミスト」を・・・
 まとまらない。思考はいつだってそうだ。形をなしては消えていく。泡沫のようなもの。形に出来なかった思考はもう二度とやってこない。私にはそうだ。いつからそうなったんだろう。解らない。昔からかも知れないし、ここ最近かも知れない。ただ、形に出来なかったものはもう二度と私の前にはやってきてくれなかった。
 私は携帯を見た。あたるからのメールだった。

「明日13時から大学に行かないか?それと、あの埋めたビデオを掘り返したいんだ」

 そう、あたるは全てのビデオが埋まっていると思っている。私は一つだけビデオを抜いている。もっと早く「この事」を知っていれば、いや、もっと私に勇気があれば。私の時はあの時に止まっているのかも知れない。
 ほかのビデオは捨てても良かった。ただ、記録として、いや証として、いや私自身犯した咎の全てとして残しておいたんだ。全てを捨ててしまったら楽に慣れたのかも知れない。でも、忘却のかなたに持っていっていいものじゃない。受け止めないといけない。どこかでそれが解っている。現実がいつもひたひたと押し寄せてくるのと同じように。
ただ、一つだけ、これだけは手元においておきたかった。ここではこのビデオを見ることは出来ないけれど。でも、手元にあるだけで頼れるんだ。そして、私に全てを言い聞かせてくれる。
 私があたるに「わかった」というメールを送って、思い出した。ビデオを取る事になった時を。深く、よりもっと深く、私は沈み行くように身を委ねた。


~回想 ビデオ~

「ねぇ、買って来たよ。ビデオ。今ね、私ちょっとリッチなの」

 綾瀬がそう語る。何でリッチなのかは知らない。けれど、ビデオを買ってきた時はちょっとだけ、悲しげで、でも、どこかに達成感があった綾瀬だった。その表情はまるでつかめない幻のように儚げで、キレイだった。
 0.002mgの使用。あのカラオケでの時から一週間後のことだ。この時はまだ、1週間開けないと完全なトリップが出来ないとか、ダークなトリップを行うことを知らなかった。
そう、このことは綾瀬が使用してわかったことだ。

「ねぇ、もう一回トリップしたいの?いいでしょ」

 そういってきた綾瀬を止めることが出来なかった。0.002mgの連続使用。綾瀬はトリップをした。
 ビデオを回す。よくみると、あたるがいなくなっていた。あたるはたまにいなくなる。自己主張をしないせいか空気みたいに感じてしまう。でも、私にはあたるは必要なんだ。いないと私が私でなくなってしまいそうだから。私と綾瀬と二人きりのときに、覚醒時の「アレ」はいきなり起こった。

「こんなお金で片付けるの?私はそれだけの存在なの」

 綾瀬は泣きながら、叫びながら覚醒したわなわなと震える綾瀬。瞳孔は定まっていなかった。明らかに普通じゃない。いや、今まで見たことないくらい綾瀬は取り乱していた。
私は気がついたらカメラをそこに置いて綾瀬に近づいた。座り込んで頭を抱えて震えている。私はそっと抱き寄せて、頭をなでた。

「大丈夫、大丈夫だから」

 だが、綾瀬は私が近づくことで余計に暴れて、私を殴りつけて蹴りつけてもきた。泣きじゃくる綾瀬。半狂乱になっていた。その綾瀬を私は力任せに抱きしめた。どれだけ殴られても、けられても、綾瀬に、一人じゃないって伝えたかった。いや、それはただ私のエゴだったのかも知れない。ただ、次第に綾瀬が暴れるのが落ち着いていくのもわかった。 
 私は綾瀬が徐々に落ち着いていくのがわかった。そう、徐々に呼吸が落ち着いてくるのがわかる。時間だけが過ぎていった。綾瀬の呼吸が普通の状態になった。その瞬間だった。

「ちょっと、陸、何しているのよ」

 いきなり綾瀬はそういった。説明しても信じてもらえない。私は横に転げ落ちたけれどちゃんと今起こったことを撮ってくれていたビデオをその場で再生した。

「私、こんな事言ってたんだ。なんか今回は光じゃなかった。すごい、暗い世界に引きずり込まれて、あの、思い出したくもない事を
ずっとリピートを延々とするの。ずっと、ずっと。もう、連続でなんて使用しない。でも、一体なんで」

 綾瀬が不思議がっていた。私は自分の体で実験をした。間隔を狭めるとよりリアルにやってきた。黒い恐怖。ゴツゴツした感じ。そして、あのなんともいえない匂い、痛み。そのリピート。何度も自分の体で実験した。それでたどり着いたのが、1週間は使用しないという事だった。そして、もうひとつ。この時に今の自分の状況を調べた。
 医学的にもこの2分という時間はギリギリだと私は思っていた。心停止による無呼吸状態の時間が長いと脳が酸欠を起こす。そう、30秒以上ですら危険なのがもう2分である。ボーダーは10分。だからこそ、私たちは2分からの危険を踏み込むべきではなかった。そう、解っていたはずなのに、私たちはおろかな間違いを更に犯していった。


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