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イン ワンダーランド -3



トランプのカード。クローバー、ハート、ダイア、そしてスペード。
スペードだけは意味を知っていた。
確か『騎士』だったはず。だから私はこの世界は中世のヨーロッパで、騎士がいっぱい出てくるのかと思っていた。理由はわからない。けれど、そんなイメージを持っていた。ひょっとしたら屈強な騎士と戦わないといけないのかも知れない。そんなイメージを持っていた。
けれど扉の向こうに待っていたのは、石畳の町並みだった。ただ、誰一人街にいなかった。
石畳の横にはレンガで造られた家が並んでいる。家の中は明かりがともっているし、人がいる気配がある。けれど、誰も街にいない。しかも、この街には店も露天売りもない。
いや、元々は店だったのかも知れない場所はある。けれど、そこは閉じられていた。そう、家の中から人の気配がする。けれど、人が生活する音が聞こえないんだ。耳を澄ましてみる。かすかに音が聞こえる。カタカタカタカタ。何かを書いている音だ。ペンがこすれる音が聞こえる。どこからともなく、聞こえてくる。私は近くにあった家のチャイムをならした。

「どうぞお入りください」

奥から声が聞こえてきた。私は部屋の奥に入っていった。部屋のおくには書斎があって、そこにテーブルに向かって何かを書いている女性がいた。女性は少し明るい茶色の髪。肩ぐらいの長さ。ボブ。大き目の目は少し猫みたいでかわいい感じ。左小指の王冠をイメージした指輪をしている女性がそこにいた。変わったペンをもっていた。ペンには甲冑をきた騎士が飾られていた。近くには猫がいた。彼女は猫が来るのを待っていて、なでていた。三毛猫。かわいい感じ。私はなんだか優しいその景色を見ていた。ボブの髪形の彼女が話しかけてきた。

「はじめまして、私は***です。あなたは?」

やはり、名前は音にもならず消えていった。私はこの消えていく音に慣れてきてしまった。
そして、このボブの髪型の女の子を見てびっくりした。そう、足が1本の木になっていたからだ。床にしっかりと根となっている。よく見たら足だけじゃない。腰あたりからすでに木になっているのがわかった。そう、下半身が木となって、根付いているんだ。この机の前で。
だから動けなかったんだ。私はその足を見ながら話した。

「私の名は、今は『アリス』よ。あなたの足はどうしたの?」

私は聞いてはいけなかったのかも知れないけれど、聞いてしまった。
だって、聞かずにはいられなかったから。でも、このボブの髪型の彼女が話したことはこの世界、スペードの世界を物語っていた。

「私の足は代償なの。ここはスペードの世界。騎士が治めている世界だったの。
 でも、誰かがある日こう言ったの。
『ペンは剣よりも強いんだって』
 そう、この言葉ですべてが変わってしまった。それまでこの世界を治めていた騎士はペンに負けたんだ。だから騎士はペンになったんだ。ほら、私の持っているペンも騎士がついているでしょ。そう、すべての騎士はペンに変えられて、このスペードの世界から剣がなくなったの。そして、このペンでこの不思議なノートに書いた内容はすべて現実のものになるの。そのかわり、この世界のルールとしてこノート紙に一回でも何かを書きこんだ人はその瞬間から木に束縛されてしまうの。ほら、私の下半身みたいに木になってしまうの。はじめは誰もこんな怪しい紙に何も書くなんてしなかった。そう、どれだけ書いても、書いてもこのなくならないノートは魅力的だったの。私はつい書いてしまった。このノートに。でも、意外と難しいのよ。たとえばおなかがすいたからカレーを食べたいとするじゃない。でも、そのカレーがどんなカレーなのかをきちんと説明をしないとそれはこのノートから出てくるカレーはただカレーっぽいものでしかないの。だから、ほとんどレシピなくらいかかないとおいしいものは食べられないの。でも、このペンを手にした人はこの自分で表現することが実現できることに魅入られていったの。だって、自分の表現がこのノートにわかりやすく伝わればそれはどんなリアルよりリアルなの。目を閉じたらどこにでもいける。それに私が書いた小説だって、リアルにキャラが動き出すのよ。それが何よりも楽しくて仕方がなかった。ねえ、アリスは何か書きたいと思わないの?」

私はこのボブの髪型の彼女の話しを聞きながら思っていた。確かにそそられる世界でもある。
自分が書く世界がそのまま現実になるなんて。でも、それって本当に幸せなんだろうか。
自分の望む世界、自分が書き表す世界。その世界ではすべてが自分の思うがまま、そう自分だけの世界だからだ。なんだかそんな世界飽きてしまいそう。私はボブの髪型の彼女に聞いてみた。

「その世界で退屈っておもったことはないの?」

ボブの髪型の彼女はこう言ってきた。

「ぜんぜん退屈じゃないわよ。だって、自分が書いたキャラが動き出すのよ。私の書いている小説で、***ってキャラがいるの。絶世の美女なんだけれど、ものすごく無愛想なの。誰にも心を開かないって感じなのね。んでも、すごい魔法使いなの。魔物は一撃で倒せちゃうの。でも、魔物しか倒せないのね。しかもこの***は男性でも女性でもないの。キレイな顔立ちをしているけれどね。んな***に一目ぼれをして旅についていくのが***なの。勇者っていわれて剣で魔物を戦っていく。そういう物語よ。
 今まで文字で書いていて、自分でもほかの人にもキャラを書いてもらったけれど、やっぱり書いた世界がそのまま動き出して、私はものすごく近くでその世界を見ている。退屈ってなったらそのキャラをいじめたりするの。心をなかなか開かない***に気持ちを言わせるようなことをさせたりとかね。また、会話に私が現れてみたり。全然退屈なんてしないわ。もう、このペンのおかげよ。でも、ペンもノートも私の分しかないからあげられないの。もし、興味があるのならば、私の家を出てまっすぐに行くと大きな館があるから。そこに騎士をペンにした名前はわからないけれど、人がいるから。私たちはその人を『スペードのエース』と言っているけれどね。エースにいうとペンはもらえるよ。ただし、エースはあなたを試すかも知れないけれどね。あなたが本当に私たちと同じ世界を望むのならば会いにいくといいよ」

そうボブの髪型をした彼女は言って、ノートに何かを書き始めた。もう、彼女の意識はここにはなかった。私はこの状況に似たのを「ハート」の世界で見てきていたから。体はここにあるけれど、心はすでに違うところにある。私はこの部屋を、この家を出た。家を出て左右を見たら、どちらの先にも大きな館があった。一体どっちに『エース』はいるんだろう。私は右側の大きな館に向かって歩いていった。


誰もいない街。私はでもどこからともなくカタカタカタって文字を書く音だけが聞こえる。
人の気配があるのに、誰もいない街は心細かった。影がぐにゃりとまがった。チェシャが出てきた。私の不安を察して出てきてくれたみたいだった。出てきたチェシャは青と白を基調にしたチアガールのカッコをしていた。手には応援する青いぽんぽんを持っていた。猫耳は青色に白で縁取られたものをつけていた。やはり左目は金髪で隠れている。

「チェシャ、寂しかったよ」

私はこの不安な世界に一人ぼっちなカンジがして不安になっていた。その時に現れたチェシャはすごく安心できた。チェシャは少し照れながら話してくれた。

「このスペードの世界は騎士がいなくなって、おかしくなっている。騎士は騎士で自信をなくしている。ここの住人は夢に捕らわれて動けなくなっている。ほら、見てごらん。あの先を」

そういって私はチェシャが指差した先を見た。大きな樹がそこにあった。その下に館がある。
さっきのボブの髪型の彼女の家から見た道の両端の館よりも遠いところだった。

「チェシャ、あの場所は?」

私は本能で気がついていた。あの樹の所に私はいかないと行けない。でも、まだ今の私では早いことも。チェシャは私のその様子を知ってか知らないかわらかないけれど優しく笑いかけて、話し出した。

「あの場所は元々は騎士が集まる城があったんだ。けれど、今は大きな樹に覆われている。そして、あの樹にこのスペードの世界の住人が捕らわれている。アリスならこの世界も解放できるよ。行き先はアリスが決めるといい。僕らの『アリス』が望むままに。アリスが望むのなら剣になって戦うことも、盾となって守ることも、寒さを凌ぐマントにだってなれるんだからね」

そう言って、チェシャはマントになった。一瞬ビックリしたけれど、その瞬間に雨が降ってきた。チェシャが雨から私を守ってくれている。私はその温かいフードつきのマントに守られて館についた。

館の中は薄暗かった。

「すみません」

私の声がどこかに消えていってしまいそう。一階にはダンスのレッスンが出来るように鏡が一面になっているフロアがあった。その奥に進んでいったら、一人の女性の後ろ姿が見えた。少し華奢なその後ろ姿。髪は後ろに束ねられていた。

「あら、お客さんだったのね」

少し振り向いたその人は、気品のある感じの女性だった。肌がきれいで髪を後ろでとめているためおでこがすごくチャーミングだった。

「はじめまして、私『アリス』っていいます」

私は先に名乗った。その気品ある女性は私に話しかけてきてくれた。

「あなたが、あの『アリス』なのね。私は***。あなたは、このスペードの世界をどうしたいの?」

気品ある彼女は優しく話して来た。望む世界かも知れない。けれどそれは下半身を木に捕らわれてしまっている。やはり、この気品ある女性も騎士のペンを持っていた。私がペンをまじまじと見ていたら、気品ある女性は話して来た。

「アリスもこのペンが欲しいの?」

気品ある女性はそう言ってきた。私は答えた。

「いいえ、私は私が望む未来は自分の手で切り開きます。だって、世界は無限に広いんですもの」

私はなぜか自然とこう言葉が出た。なんだか身に着けているマントが本当に私を優しく包み込んで勇気をくれる気がした。気品ある女性は少し悩んでいた。私は続けて話した。

「あなたも本当はもっとしたいことがあったのでは?ここに来る前に見たけれど、あなたはバレエがしたいのでは?でも、その足じゃ、出来ない。ひょっとして後悔しているんじゃないの?」

私は思っていた。この気品ある女性はどこか悩んでいた。踏み込んだ先が望んでいた世界じゃないことだって世の中には多い。そして、後戻りが出来ない時があるのもまた事実。
気品ある女性はうつむいている。私は続けてさらに話した。

「あなたは何をそこまでそのペンで書きたかったの?」

しばらく沈黙が続いた。そして、気品ある女性が話し出した。

「私は子供に向けた本が書きたかったの。悩んで書いて、また悩んで。そんな時にこのペンに魅入られたのかも知れない。でも、気がついたら私はもう戻れないことになっていた。だから夢の中で本を書いているの」

気品ある彼女は悲しそうな表情をしていた。私は気がついたら言葉が口から出ていた。

「この世界は、今のこのスペードの世界は理想かも知れない。でも、用意された世界での
幸せってなんだか違和感があるわ。それに、本は、物語りは書くことじゃなく、誰かに読まれてこそだと思うの。あなたの本を求めている子供はいるは。私が前にいたクラブの世界にいた子供はあなたの本を、物語を読みたいって思うもの」

気品ある彼女は泣いていた。泣きながらゆっくりと話し出した。

「どうにかしたいの。でも、どうしたら抜け出せるのか解らないの」

その言葉を聞いていたときにマントから、いや、チェシャが話して来た。私の頭の中に直接。

「僕らの『アリス』この世界は騎士が自信をなくしている。もう一度ペンじゃなく騎士であることを思い出させてあげて」

私はその言葉を聞いて、その気品ある人が机に置いてあるペンを取った。そして、そのペンにいやその騎士に名前をつけた。やっぱり騎士ならつける名前は「ランスロット」だと思った。
その瞬間、ペンはりりしい騎士に戻っていった。でも、まだ気品ある女性の下半身は木のままだ。何かが足りない。そう思っていた。頭の中に直接チェシャが語りかけてくる。

「僕を剣に変えて。そして、あの木の根っこのところに持っていって」

私はチェシャの言うとおりに手を伸ばした。マントはぐにゃって曲がって剣になっていった。
剣は前に見たときに比べてきれいだった。銀色に輝いて、その輝きに魅せられそうだった。私はその剣をチェシャに言われた通り、気品ある女性の足の下あたりにもっていった。気品ある女性が話して来た。

「私はどうなるの?」

私は答えた。

「もう一度、自分の足で歩くのよ。その覚悟はある?」

私がそう話した声に気品ある女性は頷いた。私は剣を木に当てた。木が脈打っているのが解る。地面の奥からドクンって。私はその脈打っているところを突き刺した。木は一気に地面に戻っていった。私は足が木になっていると思っていたが、地面から這い出てきた木に体がとりこまれていたんだって解った。でも、その気品ある女性の足がまだ戻っていない。
頭に声が響く。

「僕らの『アリス』が出来ることを」

私はその気品ある女性を見てバレエをしている彼女の名前。口から出た言葉は「あなたの名前はエトワールよ」という言葉だった。
気品ある彼女の顔が笑顔になった。まだ木の状態だった足はじょおじょに元に戻っていった。

「ありがとう、私たちの『アリス』私を助けてくれて。どんなに辛くても目を閉じちゃダメだものね。私はこの足で歩いてくね。どんなに困難でも」

エトワールはそう言って抱きついてきた。嬉しかった。でも、私自身も辛い時に立ち向かえているのかな。不安になった。

「大丈夫だよ、僕らの『アリス』」

頭の中でチェシャが優しく話してくれた。

「行かないと」

私はここでまどろんでいるわけには行かない。私は館を出て一つ一つの家に入って騎士に名前をつけて、そして、居ている人に名前をつけた。この世界に来て初めに出逢った人にも。
彼女には「イズミ」と名づけた。彼女にはどうしてもその名前しか思いつかなかったから。

私はもう一つの大きな館の前に来た。そう、ここには「エース」がいるはずだから。まさか、ここで出逢うと思っていなかった。この人に。


雨が徐々に止んできた。私はこの雨の中、マントが、いやチェシャが守ってくれているので温かかった。館に近づいてきた。館の前に立っている人物を見て私はビックリした。そこには金髪の髪をツインテールにして、右目が隠れるくらい前髪がある人。服は青と白を基調にしたチアのカッコ。猫耳。青いぼんぼんまで持っている。そうチェシャがそこに居たんだ。
私は何が起こったのかわからなかった。
マントがぐにゃりとまがった。チェシャが現れた。私を守ってくれていたチェシャはその館の前に居るチェシャとそっくりだった。ただ、違ったのは私を守ってくれていたチェシャは左目が隠れていた。チェシャが話しかけてくる。

「僕らの『アリス』驚かせてしまったね。僕らは二人で一人なんだ。実は交互に『アリス』を支えてきている。一番最初に出逢ったチェシャは右目が隠れていた方だったんだ。覚えている?」

左目が隠れているチェシャがそう言って来た。確かに言われてみればそうかも知れない。
でも、一体どうして。私はまだ状況が解らなかった。二人のチェシャは私の目の前に並んで話して来た。

「僕らが交互にしか『アリス』を助けられなかったのは、まだ『アリス』が力を持ってなかったから。『アリス』に力が足りないから僕らはどちらかで『アリス』を助けてきたんだ。でも、すでにこのスペードの世界で『アリス』の刻印もかなり押されている。だから、こうして二人で現れることが出来たんだ。僕らの一人はアリスの剣となり、盾となって戦うんだ。もう一人はアリス自身を守る「ナイト」なんだ。これからの世界では僕ら二人で『アリス』を守るよ」

二人のチェシャは笑いかけてきた。私は、チェシャは気まぐれだと思っていた。でも、ホントは助けたいけれど私にまだ力がなかったから助けに来られなかっただけなのかも。でも、私にいったいどういう力があるというのだろう。私は二人のチェシャを見ながら思っていた。
その時に思った。
二人チェシャがいるなんて名前をどうしよう。でも、チェシャって名前は変えたくない。私は深呼吸をしてこう話した。

「じゃあ、これからも宜しくね。右目のチェシャ」

私はそう言って、右目が隠れているチェシャに呼びかけた。更に続けてもう一人の左目が隠れているチェシャには、「いつも守ってくれてありがとうね。左目のチェシャ」と話した。二人は笑顔になった。

「ありがとう。僕らの『アリス』僕らにも名前をくれて」

二人のチェシャは私を迎えてくれた。私は不安で一人ぼっちだと思っていたけれど、ホントは違ったんだ。そう思えた。
ガチャ。
館の扉が開いた。
そこから出てきたのはトランプに黒い手足がついた兵士だった。胸にはスペードのマークと2が書かれている。次々に出てくる。2から13まで出てきた。エースがいない。
囲まれる中で、右目のチェシャは腰にある剣を抜いていた。左目のチェシャは剣になって私の手の中で脈打ってくれている。力強い。こんなにも危険な状態なのに私はなぜか安心できた。

「君が騎士を解放したのかい」

館の奥から人が出てきて話し出した。優しい顔をした若い男性。耳には大きめのヘッドフォンをしている。音が大きいのか少し音漏れがしている。目は少しうつろだ。ヘッドフォンの彼がゆっくりと剣を取り出した。そのしぐさがすごく違和感があった。私の予感は多分間違っていない。このヘッドフォンの彼は心を奪われている。私はそう思った。そうあのハートの世界の人形みたいな動きだからだ。私はこのことを伝えたくて右目のチェシャを見た。右目のチェシャはトランプの兵隊をひきつけて戦ってくれている。トランプの兵隊は不思議と切られてもすぐに体が戻っていく。そのトランプの兵隊に苦戦中の右目のチェシャが言って来た。

「僕らの『アリス』先に行って欲しい。この先にこの世界を歪めた『アイツ』がいるから」

右目のチェシャはそう言って私が進める道を作ってくれた。私は右目のチェシャに伝えた。

「あの、ヘッドフォンの彼。心がここにないみたい。操られているんだよね。彼を助けてあげて」

私はそう右目のチェシャに伝えた。右目のチェシャは軽く頷いた。頭の中に左目のチェシャの声が響く。

「僕らの『アリス』僕らは『アリス』が望むことならなんでもするよ。だから『アリス』は信じて欲しい。そして、僕らに命令をして欲しい」

その言葉を聞いて私は右目のチェシャにこう伝えた。

「生きて。絶対に生き延びてね」

私はそう伝えて走った。あの、気品ある女性。『エトワール』が居た館にいく途中に見たあの樹のあるところに。
あの場所にある小屋が全ての現況だって、感じていた。走りながら不安になっていた。右目のチェシャは一人で13人も相手にしている。そのうちあのヘッドフォンの彼には攻撃できない。残りの12人は倒してもすぐに復活してしまう。私は涙が止まらなかった。振り返ると右目のチェシャが傷ついていくところを見てしまうかも知れない。泣いていると頭の中に直接左目のチェシャが話しかけてきた。

「僕らの『アリス』、『アリス』が不安になったらこの世界はみんな不安になってしまう。僕も、右目のチェシャもね。だから『アリス』にはどんなに辛くても笑って、自信を持ってそして、信じて欲しいんだ。辛いかも知れないけれど、その思いが僕らを動かしているんだよ」

左目のチェシャがそう伝えてきた。優しい気持ち、私を大事に思ってくれているのがすごく伝わってきた。私は力いっぱい走った。不安にならないように、笑顔に、笑顔で。

あの大樹の近くにやってきた。そこにはこのスペードの世界には似合わない真っ赤なドレスを着た女性と、先ほどのヘッドフォンの彼が小さくなったような子供が居た。
白いフードをかぶって笑っている。左目のチェシャが頭に直接話しかけてきた。

「どうして、スペードの世界に赤の女王がいるんだ。赤の女王はハートの世界かダイアの世界にしか居られないはず。それなのに、このスペードの世界にいるなんて」

真っ赤なドレスの女性、赤の女王は不機嫌そうだった。顔はしかめっ面で眉間には皺がある。
爪も長く赤い。赤の女王はこう言って来た。

「忌々しい『アリス』か。あんたがこの世界に、この『ワンダーランド』にやってきてから、全てが予定調和を超えてきている」

その言葉を聞きながら私はなんだか悲しくなった。私だって好きでこの世界に来たわけじゃない。あのシロウサギのキレイな顔に魅せられただけなのに。そして、チェシャのキレイな顔に吸い寄せられただけなのに。そんな予定調和が越えただなんて私は知らない。でも、この歪になっている世界は私がここにいるせいなのかって、私は不安になっていた。頭の中で声が聞こえる。左目のチェシャの声ではない。誰の声か私にはわからなかった。声はこう伝えてきた。

「この世界は崩れてはまた作られる定め。壊れるその時は毎回違う。でも、それは何かのきっかけが必要なことでもある。今回は僕らの『アリス』が来たことがそのきっかけ。間違わないで。誰が来ても壊れることは、崩れることは決まっていた。だって、この世界はそういう運命なんだから」

声は私を安心させるものではなかった。運命って一体。その時私の手を引っ張った何かがあった。そこにはあのヘッドフォンの彼を小さくした子供がいた。そのミニヘッドフォンの子供はこう言って来た。

「ねえ、お姉ちゃん遊ぼうよ~」

私がそのミニヘッドフォンの彼に話しかけようとした時、風で吹き飛ばされた。風は赤の女王から吹いていた。赤の女王は私をにらみながらこう言って来た。

「忌々しいアリス。私のものよ。その子は。私から奪うつもり」

私はそのセリフを聞いて赤の女王に言った。

「この子はあなたの、赤の女王のものではないわ。この子はあのヘッドフォンの彼の心よ。だからこの子はもとあるべき所に戻さないと行けない。さあ、開放しなさい」

私はそう言って、このミニヘッドフォンの彼に名前をつけた。

「ソング」

って。
音楽を愛している人。この人には音を奏でて欲しいって思った。その瞬間、そのミニヘッドフォンの彼は一瞬笑いかけたと思ったら、光になって右目のチェシャがいたところに飛んでいった。左目のチェシャが頭に直接語りかけてきた。

「これでこのスペードの世界もアリスの刻印は押せた。でも、あの赤の女王は何かを失っている。おそらくハートの世界にあるはずの慈愛を失っている。元々はあんなカンジじゃないんだ。そう、もともとは。でも、このスペードの世界にいたおかげで赤が赤黒く変わってきている。僕らのアリス。赤の女王をすくってほしいんだ」

そう言ってきた。
だが、わなわなと震えている赤の女王はいきなり叫びだして風の渦となり暴走し始めた。
左目のチェシャは私の左手で大きな盾となって私を守ってくれている。

「お前さえいなければ、お前さえ」

赤の女王はそう言って徐々に近づいてきた。戦わなきゃ。私はそう思ったときに右手に剣がうまれた。いや、少しだけ左手の盾が小さくなった。左目のチェシャが私に語りかけてくる。

「アリスがこのスペードの世界を開放してくれたから、こういうことも出来るようになったんだよ」

私は赤の女王が出す風を盾で受け止めて剣で攻撃をした。赤の女王は一歩下がった。そして、常に体から出されていた風を止めて右手に風を集中させている。赤の女王の右手に風で出来た剣があらわれた。その風の剣で私を攻撃してくる。盾で防ごうとした。けれど、風で私の体ごと吹き飛ばされてしまった。
地面にぶつかる。
私は痛みをこらえながら立ち上がった。手に盾も剣もない。吹き飛ばされた時に離れてしまったんだ。少し離れた所に盾と剣がある。ぐにゃりと両方がまがって左目のチェシャになろうとしている。左目のチェシャが私に向かって走ってくる。でも、赤の女王の風で出来た剣が私を切り裂くほうが先。私は目を瞑った。こんなところで終わってしまうのね。
その瞬間風が吹いた。
私と赤の女王の間に誰かがいた。守ってくれている。私は目を開けた。そこに居たのは黒い霧の体。白い仮面のジョーカーだった。ジョーカーはこう言った。

「赤の女王。彼女は伝説の『アリス』ですよ。伝説を刻むことをしないといけない役目があるんです。あなたの刃を向ける相手じゃない」

ジョーカーに言われて赤の女王はこう言った。

「私は憎い。もうすでに赤かった私のドレスも赤黒くなってきている。まるで、このスペードの黒が私を侵食してきているみたいに。ジョーカー。どうしたら私は赤く戻れるの」

ジョーカーはくすくす笑っている。そして、ゆっくりと体の霧の部分から大きな鎌を取り出した。

「簡単なことですよ。もう一度赤く染めればいいんですよ」

そう言って、ジョーカーは鎌を振り落とした。鎌は女王に向かっていく。鈍い音がした。金属と金属がぶつかり合う音だ。横から出てきた剣が鎌をとめた。剣の先を見た。右目のチェシャがそこに居た。体中傷だらけでボロボロだった。右目のチェシャは髪を掻き揚げていつも隠れているほうの目を出した。そこには目がなかった。渦になっているだけ。そして、右目のチェシャが言った。

「赤の女王よ。赤の世界に戻るがいい」

そう言った後、赤の女王は右目のチェシャのその渦に吸い込まれていった。私は座ったまま、立ち上がることが出来なかった。鎌を持ちながらジョーカーは私を見た。その白い仮面が少しずれていた。私はその下にある顔を見たことがある。でも、雰囲気が全然違う。こんなイメージの人じゃないからだ。私はジョーカーに向かって話した。

「助けてくれてありがとう。でも、どうして?」

私は不思議だった。まさかジョーカーに助けられると思っていなかったからだ。ジョーカーはくすくす笑いながらこう言って来た。

「アリスには伝説を刻んでもらわないといけないから。私は誰の味方でもない。ただ私は私だけのものだから」

そう言ってジョーカーは消えていった。ふと見上げた時にはあの大樹はなくなっていて、そこには大きな城が聳え立っていた。私はその景色を見て、このスペードの世界が開放されたってようやく思えた。気がついたら倒れていた。


気がついたら、私はあの気品ある女性、エトワールの館で眠っていた。横にはイズミとソングも居た。

「大丈夫ですか?」

私はその優しい声に体を起こした。エトワールが話しかけてきた。

「アリス。ありがとう。あなたのおかげでこのスペードの世界は救われたわ。アリスが教えてくれた通り、私たちは困難かもだけれど、一歩ずつ歩いていくから。失敗はするかも知れないけれど、それは私たちが未完成だから仕方がないのかも。でも、こう苦難を乗り越えたときって宝物を見つけたようになるのかな?アリスはそういうことあるの?」

私はその言葉を聞いて思っていた。私はまだまだ未完成だし、宝物って思えるような経験ってあったのかな。なんだか不安になってきた。
イズミが話す。

「アリスと出会えたことは一番の宝物だよ。絶対に忘れないからね。たとえ世界が崩れ落ちたとしても」

その笑顔に私もこの世界で出会ったことは忘れないって思った。私は楽しく話し合った後に、あの城に向かって歩いていった。

「みんなありがとうね」

私は見送ってくれた人に手を振った。振り返ると、二人のチェシャがそこに居た。
手にイアリングを持っている。赤く可愛いハートのイアリング。二人のチェシャが私につけてくれた。二人とも顔が近くてドキっとしてしまった。近くで見ると右目のチェシャがいっぱい傷ついているのがわかった。右目のチェシャが話して来た。

「心配しないで下さい。僕らの『アリス』を守るのは僕らの役目ですから」

そう優しく囁かれて私は少し胸が高鳴る思いがした。この音が聞かれそう。私はごまかすように言った。

「チェシャ、行きましょう。扉を」

何事もなかったように扉が1つ現れた。そして扉を開けた。「ダイア」の扉を。

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